全国高等学校野球選手権大会
| 全国高等学校野球選手権大会 | |
|---|---|
| 開始年 | 1915 |
| 主催 | 朝日新聞社 日本高等学校野球連盟 |
| 参加チーム数 | 49 (記念大会を除く) |
| 加盟国 | |
| 前回優勝 | 日大三高 (2011年) |
| 最多優勝 | 中京大中京高校(7回) |
| サイト | 高野連公式サイト |
全国高等学校野球選手権大会(ぜんこくこうとうがっこうやきゅうせんしゅけんたいかい)とは朝日新聞社と日本高等学校野球連盟の主催で、毎年8月に兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で行われる日本の高校野球大会である。
5年に1度(下1桁が0と5の回)は記念大会として実施されている。大会旗および優勝旗の色は赤で、優勝旗はその色から、「深紅の大優勝旗」と呼ばれている。大会の通称は「夏の(高校野球)大会」、「夏の甲子園」、「高校野球」、「夏の選手権」または単に「甲子園」。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 出場校
[編集] 地方大会と代表校
代表校は原則として各府県1校ずつだが、北海道は北北海道・南北海道で2つに分けた2校[1]、東京都は東東京・西東京で2つに分けた2校[2]となり合計で49校となる。6月中旬から7月下旬にかけて行う地方大会で勝ちあがった学校が出場できる。大会は地方大会、全国大会ともにすべてノックアウトトーナメントで開催される。なお第59回大会(1977年)まで(記念大会を除く)は、学校数の少ない府県は2つで1つの代表を選出していた。
「全国高等学校野球選手権地方大会」および「消滅した全国高等学校野球選手権地方大会の一覧」も参照
1敗も許されないトーナメント方式の大会を勝ち抜くことは、毎年非常に厳しいとされている。また、全国の参加校は現在約4000校以上ある。都道府県別では第60回記念大会(1978年)以降、256校以上の9回戦制になってしまう参加校がある北海道と東京都で各2校を出す他は、40校未満(例:山梨県・福井県・和歌山県・鳥取県・香川県・徳島県・高知県)の小地区でも、8回戦制の128校以上(例:埼玉県・千葉県・神奈川県・愛知県・大阪府・兵庫県・福岡県)の大地区でも、各府県1校だけである。特に第93回大会(2011年)現在、愛知県の地方大会は参加校が一番多い(188校)為に、非常に狭き門となっている。続いて大阪府(187校)、神奈川県(186校)[3]の順。逆に参加校が一番少ない地方大会は、鳥取県(25校)である。過去に各都道府県高野連に加盟する学校数が256校を超えたのは、東京都(267校)と北海道(293校)だけである。
なお第80回記念大会(1998年)では記念大会として従来通りの北海道・東京都に加えて、参加校128校を超える埼玉県・千葉県・神奈川県・愛知県・大阪府・兵庫県の6府県が最大8回戦制からそれぞれ2校に拡大され最大7回戦制になった為、その年に選手登録された生徒にとっては厳しさが緩和された[4]。しかし、同じく最大8回戦制である北海道2地区(北北海道、南北海道)、東京都2地区(東東京、西東京[5])、福岡県は緩和されず、超激戦地区大会だった。同様に第90回記念大会(2008年)も最大8回戦制である都道府県のうち先述の6府県だけが2校に拡大されている[6]。
地方大会の基本的なルールは選抜高等学校野球大会と同じく開催年度の公認野球規則、アマチュア野球内規、高校野球特別規則に則って行われる。地方大会では得点差によるコールドゲーム制度(5回10点差以上、7回7点差以上)が実施されている。但し、決勝戦においてはコールドゲームは適用されない。
[編集] 試合組み合わせ
組み合わせ抽選は大会直前に行われる組み合わせ抽選会でまず3回戦までの組み合わせを決定(併せて選手宣誓者も決定される)し、準々決勝4試合と準決勝2試合はその都度甲子園球場で決定される。シード制は採用されていないため、初戦で注目校同士の対戦になる事もある。
当初は選抜高等学校野球大会同様に、一度の抽選で決勝戦までの対戦を決めていた。しかし第40回大会(1958年)、第45回大会(1963年)は記念大会として1県1代表制を採り、出場校が増えたため現行と同様にまず3回戦までの組み合わせを決定し準々決勝と準決勝はその都度甲子園球場で決定される方式を採った。
↑発議:当時の朝日新聞縮刷版を見ると、両記念大会とも、その都度抽選を行っているようだ。また、1952年8月11日の朝日新聞紙上に「今度の大会から、第3日第1試合の第一回戦(7試合14チーム)の番組と、不戦一勝のクジを引いた残り9チームによる第2回戦の取り組みを決めるだけで、勝ち残ったチームがどのチームと顔を合わせるかは次の抽選まで決まらないという方式をとった。」(原文ママ)という記述がある。朝日新聞紙上で確認できるそれ以前については、敗者復活戦の制度が廃止された第5回から7回まではすべて抽選。8回から12回までは記述が見当たらず不明。1927年の第13回大会から中止前年の1940年第27回大会まではその都度抽選。戦後復活の1946年昭和21年度大会から、1951年の昭和26年度大会(この『~年度大会』という呼称は、1953年の昭和28年度大会まで続いている。1954年昭和29年から『第36回大会』に)までは、現行選抜大会と同じヤグラ方式である。以上のことから、1952年から1994年までは、その都度抽選を行ったことになる。
その後第76回大会(1994年)までは初戦[7]が大会直前に決定しその後の組み合わせは随時甲子園で抽選して決定していたが阪神・淡路大震災に因る交通障害、或いは選手の健康管理上試合スケジュールの均一化を図ることから第77回記念大会(1995年)から再びこの方式に戻された(この時1日4試合日の開始時刻も8:00開始から、30分繰り下げられて8:30開始となった)。
かつて一発抽選だった頃は、隣接県同士が初戦で対戦することも珍しくなかったが、第60回記念大会(1978年)以降1府県1代表制(但し北海道・東京都は2代表制)となってからは隣接県同士の対戦を避けるため[8]東海・近畿・北信越地区を境に東西対決方式で抽選する形が第88回大会(2006年)まで29年間続いていた。しかし、東海・近畿・北信越の隣接県同士が初戦でぶつかる弊害も何度か散見したため第89回大会(2007年)からは東西対決方式を廃止し、第59回大会(1977年)以来30年ぶりのフリー抽選式に戻した。但し、これまで通り北海道、東京都の2代表[9]に関しては初戦で直接当たらないように配慮している。
準々決勝戦については、第84回大会(2002年)までは1日4試合を一括開催していたが、第85回記念大会(2003年)から選手の健康管理を考えて、1日2試合ずつの2日間開催に変更した。但し、雨天中止による日程遅延が3日間以上続いた場合は日程消化の関係で4試合を一括開催する[10]。この関係で長年8月8日にほぼ固定されていた開幕日が、1 - 2日程度前倒しして行われるようになっている。
現在、夏の甲子園大会の出場校数が49(但し第80・90回の記念大会は55)であるため、1校だけ組み合わせの時点で初戦の対戦校が決定しない。その1校は1回戦を免除される(現在では2回戦で開幕戦に勝利した学校と対戦)利点があるものの、対戦成績は出場49校が定着した第60回記念大会(1978年)以降、第80回記念大会(1998年)・第90回記念大会(2008年)を含め7勝27敗(引き分け再試合1:2011年第93回大会時点)である。対戦校が決定している今日では第88回大会(2006年)で鹿児島工がこのジンクスを破って4強入りしたが、中迫監督は「試合を見に行かせた」「対戦相手の試合を見られることもいいこと」などと振り返っている[11]。
[編集] 夏の大会における甲子園の土
詳細は「日本の高校野球#甲子園の土」を参照
3年生部員にとってこの大会で負けると高校野球生活が終わるという意味をこめて「夏が終わる」と表現され[12]、大会途中で敗退したチームが試合終了直後に甲子園の土を拾い集める光景はよく報道でも取り上げられている。なお優勝・準優勝校が土を拾い集める場面はテレビ放送で流されないために、大会途中で敗退したチームのみが行うものと誤解されている場合もあるが、実際には優勝・準優勝校も閉会式や記念写真撮影、インタビュー終了後、グラウンドから去る寸前に土を拾っている。また1・2年生の中にはもう一度戻ってくるという意味を込めて持ち帰らない者もいる。
[編集] 大会歌
同大会歌は第29回大会(1947年)までは山田耕筰作曲、陸軍戸山学校合唱団が歌いポリドールより発売された『全国中等学校優勝野球大会の歌』。「いさおし、撃ちてし止まん」等、文語体で詞が統一されている。選抜高等学校野球大会の大会歌は『全国選抜中等学校野球大会の歌』であって作曲者、歌唱者さらにレコードレーベルが同じだったが曲調と詞は合間に手拍子が挿入されているなど、『全国中等学校優勝野球大会の歌』とは全く異なっていた[13]。
『栄冠は君に輝く』は山田に心酔していた古関裕而作曲によるもので「全国高等学校野球大会の歌」の副題が添えられ、伊藤久男とコロムビア男声合唱団によって歌われて1949年に日本コロムビアからレコードを発売。第30回大会(1948年)から大会歌となった。
[編集] 開会式
- 開式の辞
- 開式の言葉ののちファンファーレが鳴り響く。
- 選手入場
- ライトスタンドと1塁側アルプスの間に設けられたゲートから入場。曲は『大会行進曲』(作曲・山田耕筰)。春の選抜高校野球と違い、流行歌による入場行進曲の設定はない。先導者・国旗・大会旗の順に入場し各校がそれに続く。各校は前年度優勝校から下1桁が奇数回開催の時は北から南、下1桁が偶数回開催時は南から北の順に入場し外野側に整列し、全出場校が揃うとともに選手はバックネット方向へ前進する。
- 第31回大会(1949年)から西宮市立西宮高等学校2年生の女子生徒が国旗、大会旗、代表校のプラカードを持っている(プラカードガール)。
- 国旗掲揚・大会旗掲揚
- 優勝旗返還
- 選手宣誓
- 大会歌演奏・選手退場
[編集] 閉会式
- 選手入場・整列
- 審判委員長講評
- 日本高等学校野球連盟会長による。
- 優勝旗授与
- 優勝盾授与
- 準優勝盾授与
- 優勝メダル授与
- 準優勝メダル授与
- 大会会長の閉会の挨拶
- 朝日新聞社社長による。
- 大会旗降納(大会歌演奏)
- 国旗降納(国歌演奏)
- 場内一周(大会歌演奏)
- 退場
- 蛍の光演奏
[編集] 海外遠征
「日米親善高校野球大会」も参照
大会終了後、基本的に上位進出校の3年生選手を集め、国際親善を主目的とした海外遠征チームが組まれる。行き先は主にアメリカ(韓国、ブラジルへの遠征実績もあり)で、2006年以降はアーバンユース・アカデミー(カリフォルニア州コンプトンにあるMLBの野球振興・選手育成機関)との対戦が組まれている。
選手及びコーチングスタッフは、帽子マークは「J」、胸文字は「JAPAN」、袖に日章旗という、数十年間変わっていない簡素なデザインのユニフォーム(白及びグレー地)を着用する。また背番号は1(優勝投手)から投手→捕手→内野手→外野手の順に振り分けられる(つまり投手は背番号がほぼ一ケタ、野手は背番号が必ず10番台となる)。
真剣勝負の場であるAAA世界野球選手権大会[14]もしくはAAAアジア野球選手権大会に出場した年もあるが(その場合、選手権不出場校の選手や2年生以下の選手が選ばれたことがある)、2007年のAAAアジア選手権から使用バットが木製に変更されたこともあり、選手権出場選手選抜としては最近出場していない。
[編集] その他
- 日本の電力供給は全国高等学校野球選手権大会をピークに調整を行っている[要出典]という通説がある。
- 様々な感動的なドラマを生み、思いもよらない結末を迎える事から「甲子園には魔物が棲む」と言われている。
- 毎年8月15日は終戦の日の為、正午に選手、観客を含めて1分間の黙祷を行う(サイレン鳴響も行う)ため、試合は一時中断する。なお実際はインプレー中(打球が飛んでいる等)のケースを避ける為に正午より少し前からプレーが中断され、この間に場内放送でスタンドの観客にも黙祷への協力を求める。なお正午の段階で試合前の場合は、正午ではなく試合開始直前に行う場合が有る。例として第92回大会(2010年)は、第二試合の興南対明徳義塾戦の開始直前に黙祷が行われた。
- 第92回大会(2010年)現在、第1回から全ての大会の予選に参加した高校(皆勤校)は全国に15校ある。
- 夏季オリンピック開催年は、開催期間の重複を可能な限り避けるための日程調整が実施されることがある。例として、第74回大会(1992年・バルセロナ五輪)は史上最も遅い8月10日から、第90回記念大会(2008年・北京五輪)は史上最も早い8月2日にそれぞれ開幕していた。
[編集] 歴史
- 1915年(第1回大会) 全国中等学校優勝野球大会が豊中球場で行われる。
- 1916年(第2回大会) 敗者復活制度が施行される(第3回(1917年)まで)。
- 1917年(第3回大会) 会場が鳴尾球場に変更される。
- 1918年(第4回大会) 米騒動の影響で出場校は出揃ったものの中止。
- 1924年(第10回大会) 会場が甲子園球場に変更される。
- 1925年(第11回大会) 香川県の高松商が本州に所在する学校以外では初めてとなる優勝を達成。真紅の大優勝旗が初めて四国に渡る。また、高松商は春と夏、両大会の優勝経験がある初めての学校となった。
- 1933年(第19回大会) 準決勝の中京商対明石中の試合が延長25回で決着(中京商が勝利)。中京商は第17回大会(1931年)から大会史上唯一の3連覇。
- 1940年(第26回大会) 全日本中等学校体育競技総力大会の一部門として開催。この大会を最後に外地の地区予選が消滅。
- 1941年(第27回大会) 太平洋戦争の影響で地区予選の途中で中止( - 1945年)。
- 1946年(第28回大会) 全国中等学校野球連盟結成。阪急西宮球場で大会を再開。
- 1947年(第29回大会) 会場が再び甲子園球場になる。福岡県の小倉中が九州勢として初優勝を達成。真紅の大優勝旗が初めて九州に渡る。
- 1948年(第30回大会) 学制改革により全国高等学校野球選手権大会に名称を変更。小倉が連覇を達成。
- 1954年(第36回大会) 宮崎県代表の高鍋が出場したことを最後に、当時アメリカ施政下にあった沖縄県以外の空白県が消える。
- 1956年(第38回大会) 初のナイター試合(伊那北対静岡)。
- 1957年(第39回大会) 勝利校の校歌演奏と校旗掲揚が開始される。
- 1958年(第40回大会) 40回記念大会として、沖縄県を含む全国各都道府県の代表47校で開催。沖縄県は当時アメリカ施政下にあったため、沖縄県代表は琉球列島米国民政府発行の渡航証明書(パスポートに類似)を各自所持して参加した。阪急西宮球場と2会場に分かれて開催された。準々決勝の徳島商対魚津は春夏通じて初の規定による引き分け再試合となる。
- 1959年(第41回大会) 北海道代表が南北2代表に分かれる。
- 1960年(第42回大会) 打者用ヘルメットの着用が義務化。
- 1962年(第44回大会) 作新学院が史上初の春夏連覇達成。
- 1963年(第45回大会) 45回記念大会として、全国各都道府県(北海道は2代表。沖縄県はアメリカ施政下)の代表48校で開催。このため阪急西宮球場と2会場に分かれて開催された。
- 1965年(第47回大会) 走者に対してもヘルメットの着用が義務化。
- 1966年(第48回大会) 中京商が春夏連覇を達成。
- 1968年(第50回大会) 50回記念大会として、全国各都道府県(北海道は2代表。沖縄県はアメリカ施政下)の代表48校で開催。西宮は使用せず、全試合を甲子園で開催した。以後、全ての大会が甲子園で開催されている。
- 1969年(第51回大会) 松山商対三沢の試合が、春夏通じて史上初の決勝戦引き分け再試合。翌日の再試合は松山商が勝利し優勝。
- 1970年(第52回大会) この大会から2000年(第82回大会)まで30年間、閉会式において決勝戦進出校の全選手(優勝旗、優勝楯、準優勝楯を手に持っている選手を除く)による国旗・大会旗の降納が行われていた。
- 1972年(第54回大会) 耳付きヘルメットの着用が義務化。
- 1973年(第55回大会) 55回記念大会として、全国各都道府県(北海道は2代表。沖縄県は前年に返還)の代表48校で開催。
- 1974年(第56回大会) 金属バットを採用。東京代表が東西2代表に分かれる。
- 1978年(第60回大会) 60回記念大会として、全国各都道府県(北海道、東京は2代表)代表の49校で開催。この大会から2006年(第88回大会)まで29年間、初戦が東西対決となった。
- 1979年(第61回大会) この大会より、正式に現行の49代表制で開催。箕島が公立高校で唯一の春夏連覇を達成。滋賀県代表の比叡山の勝利を最後に未勝利県が消える。
- 1987年(第69回大会) PL学園が春夏連覇を達成。
- 1991年(第73回大会) 球場外野後方の左翼・右翼に設けられたラッキーゾーンが、この大会を最後に撤去される。
- 1992年(第74回大会) 高知県代表の明徳義塾が石川県代表の星稜・松井秀喜に5打席連続敬遠を行い、物議を醸した。
- 1996年(第78回大会) 松山商が決勝戦延長10回裏、奇跡のバックホームでサヨナラ負けを阻止。延長11回を制して、春夏を通じ「大正」「昭和」「平成」の3年号連続の優勝を達成。
- 1997年(第79回大会) この大会より、開会式及び閉会式の司会進行役が選出された男女計2名の現役高校生になる。又男子高校生による入場行進の先導も、同大会から行われた。
- 1998年(第80回大会) 80回記念大会として埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫の各地区を2分割し、55代表校で実施。横浜が春夏連覇を達成。松坂大輔が59年ぶりとなる決勝戦でのノーヒットノーランを達成。
- 2001年(第83回大会) 本大会から、延長戦の規定を15回引き分け再試合制に変更。
- 2003年(第85回大会) 本大会より、準々決勝戦を選手の健康負担を理由に「1日2試合ずつ、2日間の日程」で開催。ただし雨天順延日が3日間あったため予定を変更し、結局前年通りの「1日4試合」で開催された。
- 2004年(第86回大会) 南北海道代表の駒大苫小牧が北海道勢として初優勝。北海道の地に初めて深紅の大優勝旗が渡った。
- 2005年(第87回大会) 当初高知代表は明徳義塾だったが、開幕前に発覚した不祥事を理由に出場を辞退、高知が急遽代替出場。駒大苫小牧が史上6校目の2連覇を達成。
- 2006年(第88回大会) 駒大苫小牧対早稲田実の試合が大会史上2度目(延長15回引き分け再試合制度になってからは初)の決勝戦引き分け再試合。翌日の再試合は早稲田実が勝利し優勝。山形代表(日大山形)のベスト8入りにより、47都道府県の代表校全てがベスト8以上を記録。
- 2007年(第89回大会) 第60回(1978年)以降定着していた組み合わせ抽選における東西対決方式を廃止。また、選抜高等学校野球大会同様にダートサークルが追加。
- 2008年(第90回大会) 90回記念大会として第80回(1998年)と同様に埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫の各地区を2分割し史上最多タイの55代表校で実施。同年開催された北京オリンピックの開催期間と重なったため、開会日が史上最速の8月2日となる。スケジュールの都合上抽選会は省略され、地方代表決定戦終了後に組み合わせ抽選が行われた。
- 2010年(第92回大会) この年よりセンバツを主催する毎日新聞社が後援スポンサーとなる(甲子園の全国大会のみ。なお、同年からのセンバツ大会には朝日新聞社が後援スポンサーに就いた)。興南が沖縄県勢として初優勝。深紅の優勝旗が初めて沖縄に渡った。あわせて、史上6校目の春夏連覇も果たす。
- 2011年(第93回大会) 3月11日に発生した東日本大震災や福島第一原発事故等の影響で、試合開始の時間等が見直された。
[編集] 歴代優勝校
[編集] 夏の高校野球に関する様々なエピソード
[編集] 第1試合の基本的な開始時間
- 2試合以上開催する場合、「試合時間は2時間・その後のグラウンド整備と次の試合の練習に30分」と想定され新聞の組み合わせ発表では4試合日の場合「(1)8:30、(2)11:00、(3)13:30、(4)16:00」とそれぞれ掲載[17]されているがあくまでも目安であり、原則的に前の試合終了から30分後に次の試合を行う[18]。
[編集] 2011年・第93回大会の場合
2011年(第93回大会)は3月11日に発生した東日本大震災や福島第一原子力発電所事故、輪番停電(計画停電)等の余波を受けて試合開始時間が大幅に見直された。開会式の9時開始は従来通りだが、2日目以降の第1 - 3回戦、2試合日の準々決勝・準決勝の試合開始時間を8時に変更した。決勝戦は試合開始時間を9時30分に変更。夏選手権で午前中に決勝戦を実施するのは大会史上初となる[19]。
[編集] 各種記録
高校野球全国大会の記録一覧を参照。
2011年現在、以下の県が一度も決勝戦に進出したことがない。
- 岩手県
- 山形県(準決勝進出実績もなし)
- 山梨県
- 富山県
- 福井県
- 鳥取県
- 島根県
- 長崎県
- 宮崎県
[編集] 大会における問題点
- サスペンデッドゲームを採用していないこと、球場がドームではないことから、大量の得点差がついた試合も降雨等による天災でノーゲームとなり、先日の試合でリードされていた高校が、翌日の試合で勝利するという現象がしばしば起きている。
- 準々決勝後の再抽選では、インターバル期間に差が生じてしまうことがある。
[編集] テレビ・ラジオ中継
全国高等学校野球選手権地方大会内の各都道府県の項や、中継を行う各放送局の項も参照。
[編集] NHKでの中継
1954年(第36回大会)からNHKがテレビによる中継を始めた。基本的に総合テレビのみで18:00まで中継するというスタイル(国会中継のため、教育テレビに差し替えられた事例もある)であった。しかし、1974年(第56回大会)準々決勝の東海大相模対鹿児島実業戦が延長戦に突入した(試合は延長15回まで行われた)ため、テレビ中継放送が予定時間を大幅に超えてしまい、試合途中の18:55で中継放送を打ち切った(鹿児島地区のみ18:59まで延長)。その直後からNHKに対して視聴者から中継打ち切りに対する抗議が殺到し、天気予報とそれに続く『7時のニュース』終了後に中継を再開した。
これを受けて、NHKでは翌1975年(第57回大会)から現在のように総合テレビとEテレのリレー中継方式で完全生中継を行うようになった。ただし1998年(第80回大会)は編成の都合上、一部日程において午前中の教育テレビへリレー時に15分間の中断が存在した(当該試合出場校の地元局では中継を続行)。地上デジタル放送でも同様にリレー方式をとるためマルチ編成は行わないが、イベントリレー機能を利用してリレー時の案内を実施している。
現在は全試合アナウンサーと解説者1名で実況しているが、1998年までは初戦のみ両校関係者をゲストとして招き、4人体制で中継を行っていた。
2010年までは衛星第2テレビでも開会式、準々決勝、準決勝、決勝・閉会式のみ放送していた。なお、小笠原諸島、沖縄県大東島地方の地上波テレビの衛星再送信中継局ができるまでは、東・西東京代表と沖縄県代表出場校の試合も放送していた。
開会式、決勝、閉会式はリアルタイム字幕放送を実施。
海外向けのNHKワールド・プレミアムでも準決勝、決勝・閉会式を放送している。録画での時差放送(ニアライブ)となる場合と生中継となる場合があるが、近年は時差放送で行われることが多い。
[編集] 基本的な放送時間帯
2010年の4試合日の場合を具体例として記述する。
- テレビ
基本的に総合テレビで放送し、12時台のニュースや全国定時放送枠と18時以降の時間帯をEテレでリレー放送する。
- 総合テレビ
- 平日 8:15-11:54、13:05-18:00
- 土曜日 9:00-11:54、13:50-18:00
- 日曜日 8:35-9:00、10:05-11:54、13:05-18:00
- 9時台以降は毎時00分にニュース(10時と15時にはニュース・気象情報)を挿入。ただし攻撃中の場合は原則として00分に到達したときの学校の攻撃が終了してからニュースに切り替える。
- Eテレ
- 平日 11:54-13:05、18:00-最終試合終了まで
- 土曜日 8:35-9:00、11:54-13:50、18:00-最終試合終了まで
- 日曜日 9:00-10:05、11:54-13:05、18:00-最終試合終了まで
- 基本的な放送時間。地方局によっては放送時間が拡大される場合がある。
- 第92回(2010年)は平日が第1試合の開始前から、土・日曜日が第1試合の開始予定時刻より遅れて放送開始となる。
- 第93回(2011年)は試合開始時間の繰上げのため、土・日曜日が8:00(土曜がEテレ、日曜が総合)開始となった[20]。そのため、平日が第1試合の開始予定時刻より遅れて放送開始となった[21]。
- ラジオ
- ラジオ第1放送
- 平日 8:25-11:50、12:20-最終試合終了まで
- 土曜・日曜 8:25-11:55(一部地域では11:50で飛び降り)、 12:15-最終試合終了まで
- 18:50以降も試合が続く場合は、18:50より19:30までニュース・交通情報・気象情報のため中断(中断中に試合が終了した場合は、ニュースで結果のみ放送)。19:30以降も試合が続いている場合は19:30より中継を再開し、試合終了まで中継する。
- 地元校が関係する地域向けに午前は12:00まで、午後は19:00まで中継を延長する場合があり、当該地域は交通情報・気象情報をFM放送のみで放送する。
- 毎時00分の時報後にニュース挿入あり(挿入タイミングは総合テレビとほぼ同様)。このほか、全国の高速道路情報も随時挿入する場合がある。
第90回大会(2008年)まではNHKワールド・ラジオ日本でも決勝・閉会式のみラジオ第1放送(第90回大会・2008年はFMで放送)と同時放送を行っていた。 現在はテレビと同様にアナウンサーと解説者の2名で放送しているが、第67回大会(1985年)以前は決勝戦を除きアナウンサー1人で実況中継を行っていた。
広島平和記念式典、長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典、全国戦没者追悼式、国会中継、政見放送、その他重要な事件などにより中継出来ない場合は以下の通り振替中継する。
[編集] 地方大会の中継
総合テレビでは、各地方大会の決勝戦(一部地域では準々決勝・準決勝も含む)を放送している。特殊な例は以下の通り。
- 関東・中京・近畿広域圏では総合テレビ・Eテレで地域を分担して決勝戦を中継している。同日に行われる決勝戦が多い場合一部の試合が録画中継となる。
- 北海道内では、南北海道大会・北北海道大会を準決勝から生中継。両大会とも準決勝・決勝戦は原則全道放送するが、同日に重なった場合はローカル放送となり札幌・函館・室蘭放送局では南大会を、旭川・帯広・釧路・北見放送局では北大会を中継する。なお旭川・帯広・釧路・北見放送局では南大会、札幌・函館・室蘭放送局では北大会の試合経過速報も随時伝えている。
ラジオでは、各地の地方大会も生中継している。
- 多くの地区では原則として決勝戦が行われる球場での試合が中継され、その他の球場からは随時試合結果・経過速報を伝えている。
- 関東地区では東・西東京大会をラジオ第1放送で決勝戦のみ、その他はFM放送で準決勝・決勝を放送する。
- なおラジオ第1放送の同時放送を行っている国際放送「NHKワールド・ラジオ日本」およびIPサイマル配信「NHKネットラジオ らじる★らじる」では東・西東京大会の決勝戦を含め、高校野球地方大会中継(春季・秋季も含む)は一切行われないため、中継のない地域・既終了地域と同様、通常のラジオ第1放送の定時番組(ネット送出番組)を放送している。
- 北海道地方では、ラジオ第1放送とFM放送(ラジオ第1放送が中継できない場合に限る)を使って中継。各地の支部予選はブロック代表決定戦のみ道内各局別に放送し、南・北北海道大会は1回戦から全試合を中継。南大会と北大会の日程が重複しない限り南大会・北大会ともに全道放送している。なお、日程が重複した場合は南大会・北大会で地域別にローカル放送を行う場合もある。
[編集] 備考
- アナログ教育テレビでは通常正午に時報を送出していたが、高校野球中継を放送中は送出しなかった。このため時報音によって自動的に時刻調整を行う一部のビデオレコーダーにて、時刻調整が行われない事態も発生した。なお、デジタル放送はデータ圧縮によるタイムラグが生じるため、時報を送出しない。
- 北海道では駒大苫小牧の活躍を受けて第87回大会(2005年)・第88回大会(2006年)は決勝戦を生中継したほか、深夜に録画で再放送した。
- 1996年から1998年までは、球場外部に設けた「スタジオ甲子園」から進行を行っていた。
- ラジオ第1放送では第1、2試合終了後、総合テレビで出場校のふるさと紹介にも使用されている「栄冠は君に輝くNHK学校紹介用BGM」(龍野順義による演奏)の曲をバックに、当大会のホームページのお知らせが女声アナウンスより放送される。後、聴取者側の聴戦疲労の癒しを目的にテンポを下げたこの曲が流される。
[編集] 民放での中継
- 朝日放送は、ラジオが開局翌年の第34回大会(1952年)から、テレビは前身の「大阪テレビ放送」だった第39回大会(1957年)から(「全国高校野球選手権大会中継」)1回戦から決勝まで生中継を実施している。サンテレビジョンと提携した第67回大会(1985年)以降は土曜日と準々決勝以降を除き、昼の時間帯は近畿圏の独立UHF局とのリレーネットも実施している(CMも通常の全画面ではなく画面隅に追いやって、球場の風景も放送)。第77回大会(1995年)~第82回大会(2000年)の間、BSアナログハイビジョン試験放送(BS-9ch・JO248-BS-HDTV)において中継を行っていた。この名残からか、第83回大会(2001年)からは、BS朝日でも朝日放送との同時放送を行っている(ハイビジョン中継、連動データ放送あり[25]。CMは通常放送と同じく4:3の標準形式画像で全画面放送し、提供クレジットはCM終了後の後クレジットのみ表示となり、1本のCMを放送するたびにそのCMを放送したスポンサーのみ表示を行う)。CS放送「スカイ・A」でも生中継終了後、録画で放送される。朝日放送による中継については「全国高校野球選手権大会中継」の項も参照。
- ANN系列では北海道テレビ放送、福島放送、長野朝日放送、瀬戸内海放送、愛媛朝日テレビ、鹿児島放送、琉球朝日放送が準決勝まで地元校が出場する試合を中継しているが開会式の一部と決勝については全国中継される。テレビ朝日は長らく準決勝も一部中継(14、15時台=放送時間延長なし)していたが、第87回大会(2005年)を最後に取り止めた(第86回大会(2004年)もアテネオリンピック中継による試合開始時刻変更により放送無し)。
- 関西地方以外の地域で地元代表校出場試合が放送される場合(決勝は除く)、映像はABCテレビからのネットワークを受けるが、一部の放送局では実況は地元の放送局が派遣したアナウンサーによる「地元校応援実況」となっている。ただし、中継予定時間になっても地元校出場試合が始まっていない場合はABCアナウンサーの実況をそのまま放送する(回線の都合上、前の試合のどちらかの地元局の応援実況が放送されることもある)。2009年のみ全局がABCの実況となった。
- その他の地域は以下の通り(ANN系列局での中継が原則だが、ANN系列局の無い地区では他系列局が中継を担当)。かつては殆どのANN系列局が地方大会を開会式から決勝戦まで完全生中継していたが、スポンサー難や視聴率低迷等により放送体制は年々縮小され(開会式と3回戦・準決勝から決勝戦までのみ中継する局が増加)、開会式から決勝戦まで生中継する局は減少している。
- 北海道はANN系列局の北海道テレビ(HTB)で放送。地方大会は南北海道大会(決勝)のみ、全国大会は南北海道代表・北北海道代表の出場試合をそれぞれ中継。
- 青森県はANN系列局の青森朝日放送が青森市営野球場で開催される開会式と準々決勝から決勝までの試合を生中継。
- 岩手県はANN系列局の岩手朝日テレビが開会式から決勝戦まで生中継する[26]。
- 宮城県はANN系列局の東日本放送が準々決勝から決勝まで生中継。
- 秋田県はANN系列局の秋田朝日放送が開会式から決勝まで生中継。
- 山形県はANN系列局の山形テレビが準決勝と決勝を生中継。
- 福島県はANN系列局の福島放送が開会式及び3回戦から決勝まで生中継。
- 栃木県はとちぎテレビが地方大会の開会式から決勝戦まで生中継。
- 群馬県は地方大会3回戦から決勝と本大会を群馬テレビが生中継、独立UHF局としては珍しく地元校応援実況を行っていた。
- 埼玉県はテレ玉が地方大会1回戦から決勝戦まで生中継。
- 千葉県はチバテレビが地方大会を2回戦から決勝まで生中継。基本的に大会前半を千葉県野球場(2011年は修復工事のため市原臨海球場等に変更)、後半は千葉マリンスタジアムの試合を中継する。
- 東東京・西東京大会は、独立UHF局・TOKYO MXが中継している。かつてはテレビ朝日も生中継をしていたがTOKYO MX開局後は中継時間が減り、最後はダイジェスト版を放送するのみとなった(第87回大会・2005年まで)。TOKYO MXは以前は1回戦から決勝まで放送していたが、現在は神宮球場での準々決勝以降の試合(第92回大会・2010年までは雨天順延で日程が延びても中継開始日は変わらない為、準々決勝以前の試合を放送した事があった)を生中継する。2010年までは開会式と開幕戦(第90回大会・2008年は開会式のみ)を中継していた。
- 神奈川県はtvkが保土ヶ谷球場開催分、および準々決勝以降の全試合を生中継。
- 山梨県は、地方大会は決勝のみNNN系列の山梨放送が第89回大会(2007年)までと第92回大会(2010年)に中継していた。本大会はJNN系列のテレビ山梨が中継している(かつては本大会も山梨放送が中継した)。またケーブルテレビ局日本ネットワークサービスが1回戦から決勝戦まで、自主放送チャンネルで中継している。
- 長野県はANN系列局の長野朝日放送が3回戦から決勝まで中継。
- 新潟県はANN系列局の新潟テレビ21が開会式と準々決勝から決勝まで中継。
- 富山県は地方大会はNNN系列の北日本放送が中継していたが、現在は生中継を行わず夕方にダイジェスト版を放送する。本大会は主催新聞社の朝日新聞社と資本関係があるFNN系列の富山テレビが中継している(全国で唯一FNN系列での放送、かつては本大会も北日本放送が中継した)。
- 石川県はANN系列局の北陸朝日放送が1回戦から決勝まで中継。
- 福井県はNNN・ANNクロスネット局の福井放送が中継している。本大会は地元代表校が出場する試合もABCの実況を流す。
- 静岡県ではかつて県大会を静岡第一テレビを除く民放3局で中継したことがあった。現在は県大会・本大会とも静岡朝日テレビ(SATV)のみ。
- 岐阜県は岐阜放送が開幕試合及び4回戦から決勝戦までの試合を中継。2000年代前半に数年間地元校応援実況を行っていた事がある。
- 愛知県はANN系列局のメ~テレが準決勝と決勝を中継。
- 三重県は三重テレビが地方大会1回戦から決勝戦まで生中継。
- 滋賀県はびわ湖放送が準々決勝から決勝までを中継。第88回大会(2006年)までは1回戦から中継していた。
- 京都府は京都放送が準々決勝から決勝までを中継。
- 大阪府はANN系列局の朝日放送(ABC)が決勝を生中継。なお第89回大会(2007年)までは準決勝を生中継・準々決勝を深夜に録画放映していた)。
- 兵庫県はサンテレビが決勝を生中継(過去には準決勝以下の試合も生中継していた)。
- 和歌山県はテレビ和歌山とラジオの和歌山放送が地方大会全試合を生中継。
- 奈良県は奈良テレビが橿原公苑野球場の試合を3回戦から生中継。第90回大会(2008年)以降は全試合が生中継された。[27]
- 鳥取県は地方大会はNNN系列の日本海テレビが、本大会は決勝のみJNN系列の山陰放送が中継している。
- 島根県はJNN系列の山陰放送が中継している。決勝のみ。
- 広島県はANN系列局の広島ホームテレビが開会式と準々決勝から決勝までを中継。
- 山口県はANN系列局の山口朝日放送が1回戦から決勝まで生中継。
- 徳島県は、地方大会のみNNN系列の四国放送が中継している(かつては本大会も中継した)。
- 愛媛県はANN系列局の愛媛朝日テレビが1回戦から決勝まで生中継している。
- 高知県はJNN系列のテレビ高知が中継している(かつてはNNN系列の高知放送が中継した)。
- 福岡県はANN系列局の九州朝日放送が決勝を中継している。(以前は開幕試合、5回戦から決勝まで中継していたが縮小された)
- 長崎県はANN系列局の長崎文化放送が3回戦から決勝まで中継。
- 熊本県はANN系列局の熊本朝日放送が2回戦から決勝まで中継している。
- 大分県はANN系列局の大分朝日放送が3回戦から決勝まで中継している。
- 宮崎県はJNN系列の宮崎放送が中継している(かつてはANN系列でもあるテレビ宮崎が中継したこともある)。
- 鹿児島県はANN系列局の鹿児島放送が3回戦から決勝まで中継。
- 沖縄県は琉球朝日放送が1995年に開局するまでJNN系列の琉球放送が中継していたが一時期FNN系列の沖縄テレビも地方大会の決勝のみ中継したことがあり、NHKも含め当時の県内テレビすべての局が中継したことがあった(ラジオのほうは現在でも地方大会の決勝はAMラジオ局すべての局が放送している。最近までは本大会もそうだった)。
- 岡山県と香川県が放送区域になっている瀬戸内海放送は、岡山・香川の両地方大会準決勝・決勝と両代表校の試合を放送する。地方大会で放送対象の試合が同日に実施される場合、一方が生中継されもう一方は深夜に録画ダイジェストで放送される。
- 茨城県と佐賀県では民放での中継は行っていない[28]。
テレビ朝日系については「全国高校野球選手権大会中継」も参照。
- 民放ラジオによる地方大会の中継
- 県域民放テレビ局の無い茨城県ではAM局の茨城放送が中継を行っている。
- 県域民放AM局の無い群馬県ではFM局のFMぐんまが中継を行っている。
- かつてはテレビ朝日と関係を持っていた文化放送が東西東京・神奈川・千葉・埼玉県大会の決勝戦を中継していた時期がある。
- 県域民放テレビ局がある佐賀県ではAM局のNBCラジオ佐賀が決勝のみ中継を行っている。
解説者については高校野球解説者一覧を参照のこと。
また、テレビ朝日系列各局と朝日新聞資本がある一部のテレ朝系以外の放送局では7月中旬頃から朝日新聞の大会CMが放送される。バックのBGM「栄冠は君に輝く」は当初は学生の混声合唱であったが21世紀になってからはハウンドドッグ、サーカス (歌手)、森山良子、夏川りみ、小椋佳らイメージアーティストが歌うようになった。映像は前年度の本大会(年度により地方大会も)の模様をフィルム撮影したものを使っている。ナレーションは小林清志。
(2008年のナレーション例)「沖縄から、北海道から。この歓喜が真夏の日本を熱くする。今年は第90回記念大会。いざ、甲子園へ。全国高校野球選手権。この一球に、かける夏。朝日新聞からあなたへ…」
[編集] ケーブルテレビでの中継
- 一部のケーブルテレビでも、都道府県予選大会(主に放送エリア内の球場・学校の試合)を中継しており、近年は地域密着を掲げるケーブルテレビのコンテンツのひとつとなっている。
[編集] 夏の高校野球の球史に残る試合
長い歴史を持つ大会であるゆえに『球史に残る』とされる試合は多く、以下は一例である。
- 中京商対明石中延長25回(1933年)
- 小倉中対岐阜商の史上最短試合(現在も抜かれていない)(1947年)
- 魚津対徳島商延長18回引き分け再試合(1958年)
- 掛川西対八代東延長18回引き分け再試合(1964年)
- 三沢対松山商決勝延長18回引き分け再試合(1969年)
- 高松商業対仙台育英延長17回(1978年)
- 逆転のPL(1978年)
- 箕島対星稜延長18回(1979年)
- 松商学園対四日市工延長16回(1991年)
- 明徳義塾対星稜 松井秀喜5打席連続敬遠(1992年)
- 松山商対熊本工決勝 奇跡のバックホーム(1996年)
- 豊田大谷対宇部商業 延長15回サヨナラボーク(1998年)
- PL学園対横浜延長17回(1998年)
- 明徳義塾対横浜 6点差逆転試合(1998年)
- 智弁和歌山対帝京 9回表・裏の大逆転試合(2006年)
- 駒大苫小牧対早稲田実業決勝 延長15回引き分け再試合(2006年)
- 宇治山田商業対佐賀北延長15回引き分け再試合(2007年)
- 日本文理対中京大中京決勝 9回表2死走者無しから奇跡の粘り(2009年)
[編集] 脚注
- ^ 北海道は宗谷・オホーツク・根室・釧路・十勝・留萌・上川・空知の振興局を北北海道とし、石狩・後志・檜山・渡島・日高・胆振総合振興局を南北海道としている。
- ^ 東京都は東京23区のうち中野区・練馬区・杉並区を除いた20区・伊豆諸島・小笠原諸島の地域を東東京とし、多摩地域・東京23区のうち中野区・練馬区・杉並区の地域を西東京としている。
- ^ なお第91回大会(2009年)迄はほぼ例年、神奈川県地方大会の参加校が一番多く、一時200校を超えた時期もあった。
- ^ 大阪府のみ南北、他の5県は東西に分けて予選を行った。
- ^ 西東京大会は、参加校が減少し、128校以下になったため、近年は最大7回戦制となっている。
- ^ 埼玉県・神奈川県・大阪府は南北、千葉県・愛知県・兵庫県は東西に分けて予選を行った。
- ^ 1回戦、2回戦の一部
- ^ 前年の第59回大会(1977年)で、早稲田実(東東京)と桜美林(西東京)の東京勢同士が初戦で当たったのが大きな理由とされる。又第58回大会(1976年)でも、初戦で豊見城(沖縄)と鹿児島実(鹿児島)の隣県対決が発生していた。
- ^ なお10回毎の記念大会は、更に埼玉県、千葉県、神奈川県、愛知県、大阪府、兵庫県の6府県も含む。
- ^ 当初、準々決勝の分割開催を初めて導入の予定だった第85回記念大会は、3日間雨天順延となった影響により準々決勝は1日4試合一括で開催した。その為に事実上は、第86回大会(2004年)からの採用となっている。
- ^ “〈アルプス席〉「49」のジンクスに挑む”. 朝日新聞: p. 18面. (2010年8月13日) 2010年8月16日閲覧。
- ^ 国体出場校があるため必ずしも「高校野球生活が終わる」わけではない。
- ^ 現在も選手入場の際に使われている『(全国中等野球)大会行進曲』も山田耕筰が作曲した作品であり第21回大会(1935年)から使用されているが、富田砕花作詞の歌詞がある。この場合は『全国中等野球大会行進歌』と呼ばれる。
- ^ 日程的に出場することが困難なため、全国高校選抜としては2004年のみ出場している。
- ^ 第76回大会(1994年)までは、8:00開始だった。
- ^ 選抜高等学校野球大会では9:00開始。
- ^ かつては「(1)8:00、(2)10:20、(3)12:40、(4)15:00」を目安として前の試合終了から20分後に次の試合を行っていた。
- ^ なお、早く終了した場合は予定時刻より繰り上げられる場合もある。
- ^ 春選抜では第69回大会(1997年)の決勝戦が、午後からの雨天予報を考慮し午前10時に試合を開始したことがある。
- ^ リレーする時間は8:55に変更
- ^ NHK朝の連続テレビ小説『おひさま』の放送が優先されたため。
- ^ 2008年の北京オリンピック・2011年の国会中継時は、FMで全国放送した。
- ^ 途中緊急地震速報が発動し、地震発生による臨時ニュースで一時中断。
- ^ 週間手話ニュースによる中断あり。
- ^ BS朝日:以前は双方向対応連動データ放送だった。
- ^ IATで中継されるようになったのは第79回大会(1997年)より。IAT開局前の第78回大会(2006年)までは日本テレビ系列のテレビ岩手で中継されていた。
- ^ 2010年は、1・2回戦をワンセグ2サービス「ならセグ」のワンセグ独自編成(S1)で放送する。
- ^ 茨城県は県域民放テレビ局がないため、CS放送「スカイ・A」で放送している「全国地方大会決勝戦」では茨城大会の映像は東京ケーブルネットワークが制作したものを使用している。なお2011年は、東日本大震災復興支援の取り組みとして、千葉テレビ放送で、決勝戦を録画中継した。佐賀大会も唯一の民放局・サガテレビでは放送されていないので九州東通制作の映像を使ってスカイ・A独自に放送している。
[編集] 関連項目
- 全国高等学校野球選手権大会歴代優勝校
- 全国高等学校野球選手権地方大会
- 消滅した全国高等学校野球選手権地方大会の一覧
- 日本の高校野球
- 選抜高等学校野球大会(春のセンバツ)
- 全国高校野球選手権大会中継
- 速報!甲子園への道
- 熱闘甲子園
- ABCフレッシュアップベースボール
- 「ビクター・甲子園ポスター」キャンペーン
- 死のロード
- 阪神タイガース
- 団体専用列車
- 植草貞夫
- 野球実況アナウンサー一覧
- マモノ
- 甲子園の名がつく高校生大会一覧
- 全国高等学校軟式野球選手権大会
[編集] 外部リンク
- 財団法人 日本高等学校野球連盟
- 朝日新聞社「甲子園」高校野球特集
- 朝日放送(ABC)・全国高等学校野球選手権大会
- NHK 甲子園
- 高校野球ドットコム
- 高校野球情報
- 高校野球データベース
- 激闘の記憶と栄光の記録
- 高校野球百科事典
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