尼崎市
| あまがさきし 尼崎市 |
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|---|---|
| 尼崎市旗 尼崎市章 | |
| 国 | |
| 地方 | 近畿地方 |
| 都道府県 | 兵庫県 |
| 団体コード | 28202-2 |
| 面積 | 49.97km² |
| 総人口 | 450,224人 (推計人口、2012年12月1日) |
| 人口密度 | 9,010人/km² |
| 隣接自治体 | 兵庫県:伊丹市、西宮市 大阪府:大阪市、豊中市 |
| 市の木 | ハナミズキ |
| 市の花 | キョウチクトウ |
| 市の草花 | ベゴニア |
| 尼崎市役所 | |
| 所在地 | 〒660-8501 兵庫県尼崎市東七松町一丁目23番1号 |
| 外部リンク | 尼崎市 |
| ウィキプロジェクト | |
尼崎市(あまがさきし)は、兵庫県南東部の県境に面する市。国から中核市に指定されている。
目次 |
概要 [編集]
兵庫県の南東端に位置する。南は大阪湾に面し、西は西宮市、北は伊丹市、北東は豊中市、東は大阪市(西淀川区及び淀川区)に接しており、市域は大阪平野に含まれる。兵庫県下第4位の規模の人口(かつては県下2位であったが、人口減により姫路市および西宮市に抜かれた。ただ、人口密度は兵庫県内で最も高く、日本国内においても20位以内に入る。後述)を有しており、中核市の指定を受けている。公害問題を抱えていた歴史から中核市指定以前から保健所政令市に指定されている。
主に市南部に工業地域、中南部には商業地域、そして市中部から北部にかけて住宅地が広がる形で発展している。鉄道を利用することにより、20分以内に大阪市や神戸市の都心へ到達することが出来るが、旧尼崎藩領や旧旗本領の元農村地域を中心に構成された工業都市であり、尼崎独自の都市圏を構成するために、大阪のベッドタウンとしての要素は薄く、拠点性がある。また、南部の海岸部は阪神工業地帯の中心部でもあるが、埋立地の部分が多く、海抜ゼロメートル以下の地域が少なくない。
当地を含めた京阪神都市圏内の住民からは、日常的に「尼(あま)」と略して呼ばれている。
明治初期、旧尼崎藩士族や地主の出資による近代紡績工場設立の際、資金難からやむを得ずに商業地大阪の資本参加を受け入れ、繊維取引の場所である大阪船場との電話通信費節約の目的で大阪市内から直接電話回線を引いたため、以来、市外局番は兵庫では唯一、大阪と同じ「06」となっている(#市外局番も参照)。
同じ幕府大坂城代の管轄地だった商業地の神戸市に比べ、商業地である大阪市との交流は、元々、農漁村地域であった西淀川区や此花区などを除いてほとんどなく、伊丹市、宝塚市などに広がる旧尼崎藩領地域の元農村地域を中心にした独自の中小都市圏を構成しているそれらの尼崎都市圏の交通手段として尼崎市営バス、伊丹市営バス、阪急バス(主に縦断)、阪神バス、阪神電気鉄道(本線・阪神なんば線)、阪急電鉄(神戸線・伊丹線)、JR東海道本線(神戸線)、JR福知山線(宝塚線)、JR東西線がある。
近年は、JR西日本や阪神沿線を中心とした市中南部の再開発事業にも力を入れており、これらの地域でも高層マンション群や巨大商業施設が多くみられるようになった。JR尼崎駅北側では大規模な開発計画(あまがさき緑遊新都心)を予定しており、その中核施設として阪神百貨店・平和堂を核としたショッピングモールであるCOCOEが2009年10月にオープンしている。
その一方で、2005年11月には海岸部の関西電力尼崎第三発電所跡地に、世界最大級と称される松下プラズマディスプレイ[1]の工場(松下プラズマディスプレイ第3工場)[2]が完成。大阪にほど近い立地条件の強みを生かし、衰退した工場用地を積極的に再利用しようとする動きも加速し、これに伴う人的な流動や同工場へと部品を調達する下請け企業の進出なども期待されたが、プラズマテレビの販売不振により、尼崎第1・第3工場が停止、残る第2工場も早ければ2014年度中の撤退が決定している[3]。
なお、市民人口は1971年度の554,155人から減少を続けていたが、前述のような理由により、徐々に減少傾向は緩やかになり、2008年は37年ぶりに人口増加に転じた。
政策 [編集]
都市美化への取組み [編集]
阪神工業地帯の中核を担う工業都市として「工都」と号し、立ち並ぶ煙突が町の誇りとされる一方、公害の都市として有名であった。近年では、かつて工業用排水・生活排水による汚染が著しかった市の中心部を流れる庄下川が魚の住める状態にまで改善されたとして、2000年度の建設大臣賞「蘇る水100選」を受賞した。また、NPO主催によるコンテストにおいても、「日本のきれいな都市」トップ5に選出されたことがある[要出典]など、美化事業に力を入れている。 同じく、NPO主催の「持続可能な地域社会をつくる日本の環境首都コンテスト」には2001年開催の第1回より毎年参加しており、特に2004年開催の第4回においては総合で4位、人口規模別で1位、地球温暖化防止部門の人口規模別で1位[4]となるなど、年ごとにランクがより上位に移るという良い傾向にある。その後も総合ランキングでトップ10の常連として名を連ねている。
尼崎21世紀の森構想 [編集]
尼崎市内の国道43号以南の約1,000ha を対象区域とし、21世紀を時間軸とした長期的な取り組みで行なう一大プロジェクトとして、兵庫県は、水と緑豊かな自然環境の創出による環境共生型のまちづくりをめざして、平成14年3月に「尼崎21世紀の森」構想を策定した。市民をはじめあらゆる主体の参画と協働により尼崎21世紀の森づくりを進めるために、平成14年8月に「尼崎21世紀の森づくり協議会」が設置され、現在、活動している[5]。
インターネット監視 [編集]
尼崎市は、在日朝鮮・韓国人や被差別部落にかかわる人権啓発と差別防止の為、2010年よりインターネットのモリタニング制度を始めた。これは、尼崎市に関連する差別的な書き込みを、市人権課の職員がパソコン5台を使って監視するシステムで、万一該当発言を確認した場合には、プロバイダーに連絡して削除の要請を行う、というものである。運用開始後一か月強で25件の差別的な書き込みを発見したが、個人名特定には繋がっておらず削除が必要と判断されるケースはなかったとされる。[6]
歴史 [編集]
尼崎は、猪名川・神崎川の河口に12世紀頃形成された砂州が陸地化した土地である(地名にも「長洲(ながす)」や「杭瀬(くいせ)」という地名があることからもそれは伺える)。中世には、神崎が淀川と大阪湾を結ぶ港町・一大遊興地として栄えていた。
- 紀元前100年頃、弥生時代、上ノ島で稲作がはじまり、この頃から田能で人々の生活が始まる
- 400年頃、古墳時代、池田山古墳(4世紀後半)、御園古墳(5世紀後半)、伊居太古墳(5世紀末)など塚口古墳群が築かれる
- 500年頃 猪名県主などの豪族が支配した
- 756年 東大寺の荘園として猪名荘が成立する
- 785年 長岡京遷都に際して、平安時代後期には、現尼崎市域の神崎・浜崎・今福・杭瀬といった港が栄える
- 11世紀頃 大物浦(大物町付近、淀川河口の要港)が繁栄する
- 1185年 大物浦から源義経率いる源氏軍が四国に撤退した平氏を追撃するため出航
- 1350年 長遠寺が日恩により創建される
- 1409年 性曇上人により塚口城が築かれる
- 1420年 本興寺が日隆により創建される
- 1467年 大内政弘によって市街地が焼き討ちにあう
- 1487年 薬師寺氏により富松城が築かれる
- 1569年 織田信長によって市街地が焼き討ちにあう
- 1617年 尼崎藩が設置され、戸田氏鉄により尼崎城が築かれて城下町となる
- 1871年 廃藩置県により尼崎県となる
- 1872年 兵庫県に編入
- 1873年 尼崎最初の小学校、常松小学校が開校
- 1874年 大阪と神戸を結ぶ官設鉄道(後の東海道本線、JR神戸線)が開通し、神崎ステーション(現・JR尼崎駅)が設置される
- 1889年 町村制施行により、川辺郡尼崎町・小田村・園田村・立花村、武庫郡大庄村・武庫村が発足
- 1889年 尼崎紡績(現・ユニチカ)が発足。この頃から工業が発展しはじめる
- 1891年 尼崎市と伊丹市を結ぶ川辺馬車鉄道(のち摂津鉄道・阪鶴鉄道を経て、現・JR福知山線(JR宝塚線))が開通する
- 1905年4月12日 大阪と神戸間を結ぶ日本初の本格的都市間電気鉄道、阪神電気鉄道本線が営業開始。市内に杭瀬駅、大物駅、尼崎駅、出屋敷駅が設置される
- 1916年 立花村の一部を合併して尼崎市となり、市制施行
- 1917年4月26日 - 初代の市章を制定する。[7]
- 1920年 阪神急行電鉄(後、京阪神急行電鉄を経て、現・阪急電鉄)神戸線・伊丹線が開通。当初、市内には塚口駅のみを設置(園田駅と武庫之荘駅は昭和10年代の設置)
- 1927年 阪神国道(現・国道2号)が開通。国道上の交通機関として阪神国道電軌(後・阪神国道線)開業
- 1936年 尼崎市と小田村が解消合併(合体)
- 1936年8月4日 - 2代目の市章を制定する。[8]
- 1942年 大庄・武庫・立花村を合併
- 1945年6月1日・6月15日 米軍のB29による大空襲によって大きな被害をうける
- 1947年 園田村が尼崎市に合併し、現在の尼崎市域となる
- 1955年 尼崎の海岸部全域を覆う大防潮堤建設が完了する
- 1962年 市庁舎竣工。設計は村野藤吾
- 1963年7月16日 日本初の都市間高速道路として名神高速道路、尼崎-栗東間(71.1km)が開通
- 1969年 西宮市との境界変更を実施、武庫川東岸の平左衛門町を西宮市から尼崎市に、西岸の田近野町を尼崎市から西宮市に変更
- 1975年 阪神国道線を廃止
- 1995年1月17日 阪神・淡路大震災発生。市内での死者49人、負傷者7145人
- 2001年4月1日 県下で初となる特例市の指定を受けて移行
- 2005年4月25日 JR福知山線脱線事故が発生。
- 2009年4月1日 県下で3番目となる中核市へ移行
地域 [編集]
人口 [編集]
平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、1.95%減の453,608人であり、増減率は県下41市町中18位、49行政区域中24位。
| 尼崎市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 尼崎市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||
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■紫色 ― 尼崎市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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尼崎市(に該当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 / 国勢調査 | ||||||||||||||||||||||||||||
地区・町名一覧 [編集]
市内は旧町村域をもとにした6地区に分けられている。
町名については、当リンクも参照
中央地区 [編集]
概ね旧尼崎町域、かつては市役所があり本庁地区とも称した。阪神尼崎駅を中心とした南中部。
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小田地区 [編集]
概ね旧小田村域。JR尼崎駅を中心とした南東部。
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大庄地区 [編集]
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立花地区 [編集]
概ね旧立花村域。立花駅を中心とした北中部。現在の市役所は立花地区に所在。阪急塚口駅は北側が含まれる(南側は園田地区)。
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武庫地区 [編集]
概ね旧武庫村域。武庫之荘駅を中心とした北西部。
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園田地区 [編集]
概ね旧園田村域。園田駅から塚口駅にかけて広がる北東部。園田地区も参照。
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姉妹都市・提携都市 [編集]
行政 [編集]
市長 [編集]
- 稲村和美(2010年12月12日 - 現任(現在1期目))
- 歴代市長
※尼崎市ホームページより引用
- 官選
- 櫻井忠剛(旧・尼崎町長、1916年8月11日~1922年5月18日)
- 上村盛治(1922年6月20日~1928年1月22日)
- 櫻井忠剛(1928年2月2日~1934年10月15日)
- 有吉實(1935年6月11日~1936年3月31日)
- 有吉實(1936年6月3日~1943年3月17日)
- 八木林作(1943年7月12日~1946年11月20日)
- 公選
- 六島誠之助(1947年4月6日~1951年4月4日)
- 阪本勝(1951年4月25日~1954年11月13日)
- 薄井一哉(1954年12月14日~1966年12月11日)
- 篠田隆義(1966年12月12日~1978年12月11日)
- 野草平十郎(1978年12月12日~1990年12月11日)
- 二代目・六島誠之助[9](1990年12月12日~1994年12月11日)
- 宮田良雄(1994年12月12日~2002年12月11日)
- 白井文(2002年12月12日~2010年12月11日)
- 稲村和美(2010年12月12日~)
- 市長職代理者
- 櫻井忠剛(市長臨時代理者、1916年4月1日~1916年8月10日)
- 古城林(市長職務管掌地方事務官、1936年4月1日~1936年6月2日)
- 寺畑春雄(市長職務代行者市事務吏員、1954年11月14日~1954年12月13日)
警察 [編集]
市内に兵庫県警尼崎北・尼崎東・尼崎南の3警察署が置かれている。このうち、尼崎南署は2006年4月1日に、尼崎中央署と尼崎西署が統合したもので、中心市街地に近い中央署庁舎を南署とし、旧西署は南警察署西分庁舎に格下げとなった。
消防 [編集]
尼崎市消防局が管理する。中・東・西・北の4消防署と、中署に三和分署、東署に常光寺出張所、西署に武庫分署と大庄出張所、北署に園田分署と塚口出張所がある。
水道 [編集]
尼崎市水道局が管理する。市役所近くに別の庁舎を設けている。
ゴミ [編集]
- 美化事業部の管理で、市湾岸部に2つの清掃工場(クリーンセンター)を設置し、処理を行っている。
- 2002年より家庭系ごみでは指定袋制を採用している。ゴムや皮革類・プラスチック類を含む「燃やすごみ」、主に食品系の缶を含む「びん・缶・ペットボトル」、「紙類・衣類」、小型家電・刃物類・ガラス類・スプレー缶などを含む「金属製小型ごみ」、みぞのどろ、し尿などの区分があり、地区ごとに設定された指定日に戸別収集が行われる。動物の死体や、大型家電などリサイクルシステムのないごみの収集は、別途の申し込みと処理にあたっての処理券の購入が必要である。クリーンセンターへの持ち込みも可能。
国の機関 [編集]
中核市移行 [編集]
尼崎市は、2007年5月21日正式に中核市への移行(人口50万人に達していない都市は面積100km²以上)を表明し、同5月23日に白井市長を本部長とする第1回中核市推進本部会議を開催した。
過去、人口要件は満たしていたものの、市域面積が約50km²と要件に満たなかったが、第28次地方制度調査会で「面積要件については廃止することが適当」とされ、2006年6月7日に地方自治法の改正・施行により正式に中核市都市候補となった。のちに2008年10月16日付けの官報により政令の公布がなされ、2009年4月1日に移行した。
隣接する西宮市は2008年4月1日に中核市に移行しており、兵庫県下では姫路市と合わせ3市が中核市である。
隣接する自治体・行政区 [編集]
交通 [編集]
鉄道 [編集]
市役所など行政の中心部は立花駅が近く、商工会議所などのある繁華街は阪神尼崎駅を中心に広がっている。
JRの尼崎駅は神戸・明石・姫路・宝塚・篠山・福知山方面からと大阪・京都・米原・敦賀・京橋・四條畷・木津方面からの列車が交わり接続する(=ジャンクション)駅のとしての役割を担っており、阪神尼崎駅も2009年春の阪神なんば線開業により大阪のキタ(阪神梅田駅)とミナミ(大阪難波駅)に接続された。関西私鉄で梅田・難波の2大ターミナル両方に乗り入れる鉄道は阪神が初めてである。
道路 [編集]
- 主要地方道
- 兵庫県道13号尼崎池田線(玉江橋線もしくは産業道路)
- 大阪府道・兵庫県道41号大阪伊丹線(一部・園田橋線および近松線)
- 兵庫県道42号尼崎宝塚線(尼宝線)
- 兵庫県道57号尼崎港線(玉江橋線の国道2号~43号間および五合橋線の国道43号以南)
- 兵庫県道74号尼崎停車場線(長洲線)
- 県道
- 兵庫県道142号米谷昆陽尼崎線(五合橋線)
- 兵庫県道192号尼崎港崇徳院線(尼宝線の国道2号以南)
- 兵庫県道336号東富松御願塚線
- 兵庫県道338号高田久々知線(山幹通りの一部)
- 兵庫県道339号昭和東本町線(大物線の一部)
- 兵庫県道341号甲子園尼崎線(出屋敷線)
- 兵庫県道・大阪府道606号西宮豊中線
- その他広域幹線道路
- 山手幹線(山幹通り)
- 主な市道(上記記載外の通り名)
- 弥生線
- 食満(けま)通り
- 田能通り
- 橘通り
- 波洲通り
- 道意線
- 七松線
- 琴浦通り(旧国道)
バス [編集]
- 尼崎市営バス 市域のほぼ全域を運行。
- 尼崎交通事業振興 尼崎港方面の路線を尼崎市営バスと共同で運行。
- 阪急バス 阪神電車~阪急電車間の連絡路線や、川西能勢口・伊丹方面を運行する主に縦断路線。
- 阪神バス 2006年6月14日阪神電鉄より分離して開業。2009年4月1日阪神電鉄直営バスを統合。阪神国道(国道2号)、尼宝線(県道42号)を中心に運行。
- 伊丹市営バス 伊丹市域より阪急塚口駅に乗り入れる路線を運行。
※尼崎市営バス・尼崎交通事業振興・伊丹市営バスは乗降方式が東京都営バスや横浜市営バスなどと同様に前乗り後降りで料金先払い。阪急バス・阪神バスは後乗り前降りで後払いである。市内の停留所は同じ箇所でも事業者で異なる場合も見られたが、2009年に一部停留所の名称統一を行うなど改善を行った。
港湾 [編集]
- 尼崎西宮芦屋港(通称:尼崎港)
マスメディア [編集]
- エフエムあまがさき FMaiai(えふえむ あいあい)- コミュニティFM局
- ベイ・コミュニケーションズ - ケーブルテレビ。もとは「チャンネルウェーブあまがさき」として開局。周辺のケーブルテレビ局と合併し現在に至る。
河川 [編集]
寺社・旧跡・文化遺産 [編集]
- 田能遺跡(国の史跡) - 弥生時代前期から古墳時代前期まで続いた遺跡で、弥生竪穴住居や掘立柱建物の遺構が見つかっており、埋葬施設としては木棺墓や方形周溝墓、土坑墓などが見つかっている。
- 尼崎市立田能資料館
- 近松公園 - 近松記念館や、近松の墓がある広済寺がある。
- 尼崎城趾公園 - 現在は、中央図書館がある公園になっている。尼崎市の名前発祥の碑がある櫻井神社がある。
- 興禅寺 - 栄西禅師ゆかりの禅宗の古刹、興禅護国論が有名。
- 寺町
- 浄光寺 (随心院末、紙本着色浄光寺縁起図/市指定重要文化財)
- 富松神社(兵庫県指定重要文化財)
- 大物主神社
- 深正院(大物町)- 尼崎藩主の菩提寺であるが、本堂は明治になり、尼崎城の本丸御殿の一部を移築したものだが、戦災にて焼失している。
文化施設・観光スポット・スポーツ施設 [編集]
- 世界の貯金箱博物館
- 尼信博物館
- 尼崎市総合文化センター(アルカイックホール)
- ピッコロシアター(ピッコロ劇団の本拠地)
- 尼崎市立図書館
- 中央図書館
- 北図書館
- ユニチカ記念館(1900年竣工の西洋館)
- 猪名川公園
- 武庫川河川敷緑地
- 尼崎の森中央緑地
- 尼っ子リンリン・ロード - 阪神尼崎駅を起点とし、尼崎スポーツの森を終点とする全長6kmの自転車道路。寺町、蓬川緑地、北堀運河、であい橋、尼ロックなどを結ぶ。
- 元浜緑地
- 北堀運河
- 上坂部西公園・尼崎緑の相談所(JR宝塚線の塚口駅下車の緑地公園)
- 尼崎競艇場
- 園田競馬場
- 東洋精機株式会社本館事務所 - 1941年竣工、古塚正治設計、国の登録有形文化財
- 尼崎市立大庄公民館 - 1937年竣工、村野藤吾設計、国の登録有形文化財
- 尼崎閘門 - 日本最大の閘門
- 北堀運河デッキプロムナード
- 尼崎市記念公園 - 陸上競技場、総合体育館、野球場、テニスコート
- 兵庫県立西武庫公園 - 1963年に開設された日本国内初の交通公園。
- 尼崎リサーチ・インキュベーションセンター(エーリックホール)
企業 [編集]
尼崎市に本社を置く企業 [編集]
- 尼崎信用金庫
- 日本スピンドル製造
- 日本電子材料
- タクマ
- エーデルワイス
- 皇漢堂製薬
- 木村化工機
- 大東精機
- いかりスーパーマーケット
- 大阪チタニウムテクノロジーズ
- トウアバルブグループ本社
- 神東塗料
- 関西ペイント(登記上の本店)
- 住友精密工業
- メック
- グンゼスポーツ(グンゼタウンセンター つかしん内)
- 日本山村硝子
- 阪神バス
- SECカーボン
- ジェイアール西日本ビルト
- ジェイアール西日本総合ビルサービス
- ジェイアール西日本デイリーサービスネット
- ジェイアール西日本商事
- ジェイアール西日本交通サービス
- MonotaRO
- ユニチカ(登記上の本店)
尼崎市に事業所を置く企業 [編集]
縁のある企業 [編集]
- 阪神電気鉄道 - 一時期尼崎に本社を設置
- ユニチカ - 尼崎紡績を前身とする。
- エディオン - 前身企業のミドリ電化が本社を設置していた
- 洋菓子のヒロタ - 市内南武庫之荘に本社工場を置いていた
- ヤンマーディーゼルサッカー部(現・セレッソ大阪。ヤンマー時代は尼崎市の本社工場直属のチームで工場敷地内に練習グランド[10]が、また試合は主に尼崎市記念公園陸上競技場や神戸市の神戸中央球技場(現在のホームズスタジアム)を使用していた)
- エーエム・ピーエム・関西(am/pmの近畿地方エリアフランチャイジーで2010年9月に事業本部を大阪市より移転[11])
教育 [編集]
2004年に尼崎計算教育特区(そろばん特区)の認定を受けた。
大学 [編集]
短期大学 [編集]
高等学校 [編集]
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中学・高等併設学校 [編集]
中学校 [編集]
小学校 [編集]
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特別支援学校 [編集]
- 尼崎市立尼崎養護学校(所在地は西宮市田近野町。田近野町はもとは尼崎市であった)
文化 [編集]
- 近松門左衛門(人形浄瑠璃)の町として様々な活動を行っている(近松が摂津国、現在の尼崎市にあった広済寺の再興に際し寄進したゆかりをもつ)
- 近松賞:近松門左衛門を記念して尼崎市が主催している公募脚本賞
- 尼いも(尼崎市で栽培される農作物)
- ゆるキャラは”ちっちゃいおっさん”酒田しんいち(市は未公認だが、大阪弁をしゃべるゆるキャラとして人気上昇。いろんなメディアに出演中)
人物 [編集]
難波七姓 [編集]
室町時代、川辺郡南部の尼崎を拠点として西摂津を支配した赤松氏が配下とした武士団を「難波七姓」と称した。7家の数え方は文献により若干相違があるが、概ね小寺氏、広岡氏、奥島氏、高岡氏、加島氏、木島氏、大江氏、上村氏、行本氏等のことをいう。江戸時代を通して同地域に勢力を保つ尼崎市の旧家である。
出身人物 [編集]
スポーツ [編集]
- 奥大介(元サッカー日本代表)
- 廣瀬芽(北京五輪ソフトボール代表)
- 狩野亜由美(北京五輪ソフトボール代表)
- 菊池宏之 - プロバスケットボール選手(高松ファイブアローズ所属)
- 小林可夢偉 (F1ドライバー)
- 池山隆寛(元プロ野球選手)
- 伊原正樹(オリックス・バファローズ投手)
- 伊良部秀輝(元プロ野球選手)
- 江夏豊(元プロ野球選手)
- 大西宏明(元プロ野球選手)
- 金刃憲人(東北楽天ゴールデンイーグルス投手)
- 野間口貴彦(読売ジャイアンツ投手)
- 松本匡史(元プロ野球選手)
- 的場寛一(元プロ野球選手)
- 宮本洋二郎(元プロ野球選手)
- 村山実(元プロ野球選手)
ゆかりの人物 [編集]
市外局番 [編集]
兵庫県に属するが、市全域が大阪市周辺と同じ「06」になっていて通話料金も大阪府扱いである。ただし、西日本電信電話の事業区域では兵庫県扱いになっている。
この理由は、大阪市との経済的な結びつきが強い尼崎市が、1890年当時大阪までしか通っていなかった電話をどうしても尼崎まで通してほしいということで、有限責任尼崎紡績会社(現在のユニチカ)が自費で尼崎市まで通してもらい、そして1954年に市外局番が適用された際、尼崎市も大阪市内と同じ通話料金で利用できるようにとの配慮で、尼崎市が工事費の一部を負担し、大阪市と同じ市外局番になったという経緯がある。当時は市外局番が同じ場所へ通話をする際、料金が市外局番が違う場所の半分で済んでいたことから、尼崎市は大きな恩恵を受けた[12][13]。
その他 [編集]
- 阪神尼崎駅北側の尼崎中央・三和・出屋敷商店街は、全店一丸となって阪神タイガースの応援をしている。シーズン開幕前から掲げるマジックボードが有名。
関連項目 [編集]
脚注・出典 [編集]
- ^ パナソニック(旧・松下電器産業)と東レによる合弁会社で、現在のパナソニック プラズマディスプレイ
- ^ プラズマディスプレイ、プラズマテレビ(主にVIERA)の生産拠点となっている。
- ^ 産経ニュースwest パナソニック、プラズマテレビ撤退へ 26年度にも
- ^ 第4回の結果概要 - 環境首都コンテスト全国ネットワーク
- ^ 尼崎21世紀の森づくりの記録
- ^ モニタリング制度:インターネット上の差別的な書き込み監視 尼崎市、県内初 /兵庫毎日新聞、2010年6月26日
- ^ apedia 尼崎市章
- ^ 図典 日本の市町村章 p158
- ^ 先代市長の六島誠之助の子息
- ^ 現在もセレッソの下部組織が練習に使っている
- ^ 元は近鉄系のエーエム・ピーエム・近鉄→カッパ・クリエイト系。2011年4月にファミリーマートと経営統合し、法人格解消。以後am/pmの店舗は順次ファミリーマートへ転換。
- ^ 『ニューススクランブル』 讀賣テレビ放送、2007年10月16日。
- ^ “序章 わが国綿業の近代化と尼崎紡績の創立(~明治45年) (PDF)”. ユニチカ百年史. ユニチカ (1991年6月1日). 2012年12月11日閲覧。
外部リンク [編集]
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