桂吉弥

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結び柏は、桂米朝一門定紋である。

桂 吉弥(かつら きちや、1971年2月25日 - )は大阪府茨木市出身の落語家俳優。本名は富谷 竜作(とみや りゅうさく)。既婚。子供2人。兵庫県尼崎市在住。 所属事務所米朝事務所上方落語協会会員。出囃子は『真室川音頭』。

大阪府立春日丘高等学校神戸大学教育学部卒業。在学中は家庭教師のアルバイトをしながら落語研究会に所属、会長となる。落語研究会時期の高座名は「甲家楽破(かぶとやらっぱ)」。卒業後の1993年11月に桂吉朝に入門。震災を経験。

2004年NHK大河ドラマ新選組!」では山崎烝役を演じた。

2007年10月からはNHK朝の連続テレビ小説ちりとてちん」に「徒然亭草原(つれづれていそうげん)」という落語家の役で出演した。

目次

[編集] エピソード

  • 学生時代はMBSラジオの笑福亭鶴光角淳一の「MBSヤングタウン」をよく聴いていた、葉書も投稿していて当時のラジオネームは「角淳二」。
  • 入門を認められたが桂ざこばだけに反対された。理由は「国立大学を卒業してまで噺家になるな」というものであった。これは何かにつけて高学歴の者に敵愾心をあらわにするさこばの学歴コンプレックスもあり「他人様の税金で国立大学に通って噺家かい!」と絡まれ縮み上がっている。本来の志望は小学校教員で、ゆとり教育が大勢を占める現場に直面し自信がつかず、演劇など芸能の道を模索し、1人で背景からすべての演者を表現する落語に魅入られ、落語家を目指すこととなった。
  • 1995年3月から3年間の内弟子時代に兄弟子の桂あさ吉等と共に桂米朝の家で住み込みで働いており、その時に米朝が人間国宝に認定されたりNHK紅白歌合戦を見に行けたりなどと内弟子としては珍しいほどいい事尽くめだった[1]。米朝一門の内弟子期間は概ね3年であるが稽古の他に雑用や運転手など、いつ兄弟子や師匠から急ぎの用事が来るかが不明で、いつでも用意が出来るように身構えて待機しているのが苦痛だったという。
  • 内弟子時代に米朝、枝雀の付き添いで新宿末廣亭の前座を努め「軽業」を披露した[1]
  • 「新撰組!」の出演のきっかけは夫婦揃って三谷幸喜のファンであり、ファンレターを贈ったところ返事が来て、それがきっかけで出演する事になった。出演以降吉弥の東京の落語会に突然三谷幸喜がふらっと自転車で楽屋に訪れたこともあった。
  • ドラマ「ちりとてちん」の影響で落語会に出演すると「ちりとてちん」を演じることが多い。他にも劇中登場するネタをやってくれと主催者側から頼まれることもある。
  • NHK朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」で演じた落語家の徒然亭草原の役名は、今でも高座の枕で観客のつかみを取れると「桂吉弥又の名を徒然亭草原と言います。」と言って使っている。
  • 2006年暮れには天満天神繁昌亭にて師匠・吉朝の十八番ネタである「地獄八景亡者戯」を披露し、閻魔の庁での一芸披露大会では一度暗転させ高座を降り2006年に死去した内山田洋とクール・ファイブ内山田洋を登場させ「長崎は今日も雨だった」を熱唱した。
  • 2010年に同じ一門の桂紅雀と「べにや」のコンビ名でM-1グランプリに挑戦し2回戦で敗退。

[編集] 受賞歴

[編集] 出演番組

[編集] CD・DVD

[編集] 落語

  • DVD 「落語笑笑散歩~京都そぞろ歩き風流」(2006年12月発売、Sony Music Direct)
  • DVD、CD 「繁昌亭らいぶシリーズ3 桂吉弥」(2008年3月発売、テイチクエンタテインメント)
  • DVD、CD 「桂吉弥のお仕事です。そろそろ」(2008年7月23日発売、テイチクエンタテインメント)
  • DVD、CD 「桂吉弥のお仕事です。ぼちぼち」(2009年10月21日発売、テイチクエンタテインメント)

[編集] ドラマ

[編集] 映画

[編集] 舞台

  • DVD「地獄八景‥浮世百景」(2008年6月発売、G2HP Monthly Shop)
    • G2produceHP[2]会員(入会金・会費無料)が、2008年6月中のみ購入可能

[編集] その他

  • 上方落語かるた※読み手担当

[編集] 弟子

[編集] 脚注

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  1. ^ a b ABCラジオ (2007年1月28日). “米朝よもやま噺/放送内容2007年1月28日”. 2009年5月4日閲覧。
  2. ^ G2produceHP

[編集] 出典

[編集] 外部リンク

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