笑福亭鶴光

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五枚笹は、笑福亭一門の定紋である。

笑福亭 鶴光(しょうふくてい つるこ)は、上方落語名跡。当代は2代目。

  • 初代 笑福亭鶴光1892年 - 没年不詳)は、4代目笑福亭松鶴門下で、後に4代目笑福亭松竹を襲名。5代目笑福亭松鶴主催の「楽語荘」同人。本名は瀬尾伝治郎(昌平の諸説あり)。享年不詳だが、没年は昭和中期頃であると推測される。
  • 2代目 笑福亭鶴光1948年1月18日 - )は、本項にて詳述。

なお、「鶴光」の正式な読み方は「つるこう」ではなく「つるこ」である。笑福亭一門の由緒名である「光鶴」も、2代目の弟弟子である笑福亭鶴瓶も、それぞれ「こうかく」「つるべぇ(またはべぃ)」としばしば誤読されるが、正しくは「かく」「つる」である)。これは大阪弁では「がっこ(学校)」「せんせ(先生)」など、母音の発音を省略する傾向があることによる。[要出典]

しかし、2代目自ら「鶴光(つるこー)でおま!」をキャッチフレーズとしていた時期が長く、また、「光」をそのまま音読みで「コウ」と多くの人が読んでしまうため、現実には正式な読み方をする者は皆無に近い。この点は、フジテレビ系『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』の中でも指摘された。


2代目 笑福亭鶴光(しょうふくてい つるこ、本名:小林 幸男(こばやし ゆきお)、1948年1月18日 - )は、大阪府中河内郡長吉村長吉川辺(現 大阪市平野区)出身の落語家上方落語協会協会員、落語芸術協会真打。血液型はO型。大阪市立天王寺第二商業高等学校(定時制)卒業(演劇部の同級生に4代目林家小染がいる)、松竹芸能所属。出囃子は『春はうれしや』。桂三枝、桂春之輔と同期。弟子には笑福亭學光(しょうふくてい がっこ)らがいる。ラジオパーソナリティとしても不動の地位を築いている

上方落語協会の公式HPの会員プロフィールでは、読み方は正しく「しょうふくていつるこ」となっているのに対し、落語芸術協会の公式HPでは「しょうふくていつるこう」となっており、また自身の笑福亭鶴光のブログでもタイトルを「つるこうでおま!」としている。

目次

[編集] プロフィール

[編集] 落語家

  • 6代目笑福亭松鶴に師事。笑福亭仁鶴に次ぐ2番弟子。入門の際、松鶴の許を直接訪問せずに、「入門を認めるなら○、認めないなら×」という様な内容を記した往復はがきを郵送したエピソードが知られる。
  • 正式な入門は1967年4月。初舞台は1968年2月の新世界新花月
  • 上方落語協会関西演芸協会のほか、春風亭柳昇の口添えで、1990年より落語芸術協会にも真打として参加しており、通常は東京の寄席に出演している。これは鶴光が1987年から2003年の間、東京のニッポン放送で月-金の帯のレギュラー番組(後述)を持っていたというスケジュール上の事情が背景にあるが、これとは別に師匠である6代目松鶴が「鶴光が引き続き東京で活躍できるように」と計らい、落語芸術協会に働きかけたことによるものともいわれている。また、松鶴は、東京に上方の人間が常駐することによって、東京と上方の架け橋になればいいと、考えていたとも言われている。東京の寄席でトリをとれる上方落語家は鶴光のみ。東京の寄席事情を知る唯一の上方落語家として、上方落語協会の桂三枝会長の信頼も厚い。春風亭小朝をはじめ、鶴光に上方ネタをつけてもらう東京の噺家は多いという。東京での地道な活動が徐々に認められつつあり、NHK「日本の話芸」にも出演することが多い。

[編集] ラジオパーソナリティ

  • 松鶴に入門するや否や「まずは顔と名前を売らなアカン!」と考えた鶴光は「兄弟子の仁鶴、同期の三枝」をライバルとして、修業時代から関西ローカルのテレビやラジオに出演した。折りしも時代は演芸ブーム。長髪という落語家らしからぬ風貌と機転のきいたしゃべりはすぐに注目されることになり、ラジオのレギュラーだけで13本を抱える売れっ子になった(本人によると13本レギュラーを持っていてもギャラは1本一律千円で到底食える状態ではなかったらしい)。
  • 1971年4月より関西の人気深夜番組『MBSヤングタウン』のパーソナリティに抜擢。三枝とともに同番組の看板パーソナリティとなる。
  • そんな鶴光の活躍ぶりをラジオ大阪の関係者から聞きつけたニッポン放送の亀渕昭信が、全国ツアーで『オールナイトニッポン』を3ヶ月間休むことになっていたあのねのねのピンチヒッター要員としてオーディションを受けさせた。
  • 亀渕は、最初のオーディションに間違って桂朝丸(現・桂ざこば)を呼んでしまったという逸話があるが、見事オーディションに合格した鶴光は、1974年、『オールナイトニッポン』水曜日のパーソナリティを3ヶ月間担当することとなった。鶴光は、どうせ3ヶ月しかないのならと当時の全国ネットのラジオで殆ど聞くことのなかったコテコテの関西弁で下ネタを連発。一気にブレイクし、全国区への足がかりとなった。あのねのねがレギュラーに復帰すると土曜日に担当が変わり、最終的には11年9ヶ月という当時の歴代最長パーソナリティとなった(現在の最長パーソナリティはナインティナイン)。鶴光の成功により、以降明石家さんまをはじめ多くの関西芸人が東京のラジオで活躍することになる。
  • 笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』では「この歌はこんな風に聞こえる」「ミッドナイトストーリー」「驚き桃の木ピンク話」などH系のコーナーが満載で、悩める男子学生の股間を直撃した。AVがまだ存在しない時代で、悶々とした男たちにとってこの番組は福音でもあった。タモリとともに、「なんちゃっておじさん」ブームも巻き起こた。
  • エピソードも多く、生放送中に地震が発生し、怖じ気づいた鶴光は真夏の放送にも拘わらず「ストーブの火を消してください」とマニュアル通りにアナウンスした事や、放送直前にとある愉快犯より「爆弾を仕掛けた」旨通告を受け、厳戒態勢の中放送を行なった事などがある。鶴光はニッポン放送のポッドキャスト番組で地震関連の放送をした時に注意喚起のアナウンスの後で「あー怖わ!!」とコメントした他、リスナーから「こんなクソ暑い季節にストーブをつけてる家庭がどこにあるか!!アホ!!」と抗議されたということを後日談として披露した。また爆弾騒動のさなかの放送終了後、気丈に放送していた鶴光だったが、極度に緊張していた為放送終了後にトイレに駆け込み、嘔吐したと後に語っている。
  • 長丁場の番組中空腹をもよおし、屋台のおでんを食べに行こうということで、ミキサー1人を残してスタジオを離れた。その際、場つなぎとして「河内音頭」のレコードをフルコーラス(およそ30分)放送した。それをたまたまゴルフに行くため起きていた、当時の編成部長亀渕昭信が聞いていて、後日彼に説教をされたことがある。
  • 当時の女性アイドルもアシスタントとして出演しており(深夜4時台にアシスタント単独のコーナーもあった)、芦川よしみ日高のり子榊みちこ川島なお美松本明子坂上とし恵らも、アイドルとして売れなかった時代に鶴光のオールナイトのアシスタントを務めた。
  • 1985年のANN降板後は、東京と大阪を行き来しながら『鶴光の代打逆転サヨナラ満塁ホームラン』『かけこみワイド・鶴光のまかせなさい』を担当したが、1987年3月にABCラジオポップ対歌謡曲』以外のすべての大阪のレギュラー番組を降板。
  • 東京に単身赴任して『鶴光の噂のゴールデンアワー』のパーソナリティを16年間務めた。「乳頭(ニュートゥー)の色は?」「ダンナのアソコに小鳥は何羽止まりますか?」などの変わらぬトークぶりを展開し、主婦のアイドルとして不動の地位を築く。
  • しかしその後は『鶴光の笑う門には』『鶴光のドキがムネムネ』『鶴光のサウンドコレクション』そして、『笑福亭鶴光 デジラジキングダム』を担当したが単発に終わる。
  • 亀渕に見いだされたとはいえ、東京でのレギュラー番組はいずれもニッポン放送の番組であり、半ばニッポン放送専属の感がなきにしもあらずである。2005年以降、ニッポン放送の冬季限定レギュラーパーソナリティとなっており、2006年度は『オールナイトニッポンアゲイン』や他の特番等にも出演している。これはかつて、タモリにも見られた(タモリもANNレギュラー後、冬季限定パーソナリティだった)。
  • なお鶴光の中では、落語とラジオは「別物」として厳密に分けられていて、「ラジオのファンが高座に足を運んでくれるということは期待していない」(趣旨)と発言している。

[編集] コミックソング・映画

  • 数多くのレコードをリリースしたが、ヒットしたのは約20万枚を売り上げた『うぐいすだにミュージックホール』(作詞・作曲:山本正之)のみ。しかしこの曲のヒットで師匠の笑福亭松鶴は「落語の勉強もせんと、ストリップの歌など歌いおって!」と激怒し、鶴光は三ヶ月間破門を言い渡されている。(ラジオ番組で本人談)
  • 映画にも数多く出演している。代表作はレギュラー出演した『トラック野郎シリーズ』で、ビニ本屋の店長役など持ち味のエロを存分に発揮した。五月みどり主演の『奥様はお固いのがお好き』などポルノ映画にも出演。また、Vシネマミナミの帝王シリーズ』の3作品に友情出演している。

[編集] テレビCM

  • 2005年リクルートの「フロム・エー(FROM A)関東版/関西版」のテレビCMに出演し、様々なシチュエーションで「ええか~、ええか~」と言っているCMが人気を博していた。そのお陰か、再度このフレーズが流行当時を知らない若者を中心に大ブレイクし、このフレーズの着メロダウンロードが急激に増加した。
  • ちなみに、このCMでの台詞は「フロム・エー」という誌名の「エー」の部分にひっかけており、ええか~」のみを連呼していた。「エロ」イメージを極力引っ張らないため「ええのんか~」というフレーズは使われていなかった。[要出典]

[編集] 現在の活動

  • 現在は本業である落語に軸足を置いた活動をしている。売れ始めた頃はテレビなどで新作落語や小噺で繋いでいたが、円熟味を増してから師匠譲りの豪快な話芸で「三十石夢の通い路」「相撲場風景」「三人旅」「阿弥陀池」「ぜんざい公社」「竹の水仙」などを得意にしている。
  • また、「木津の勘助」「荒茶」「鼓ヶ滝」「竹の水仙」などの講談種や「掛川の宿」等の浪曲種、「袈裟御前」といった地噺を得意とする点が、顕著な特徴として認められる。これは、アドリブや小咄による本筋からの逸脱を自由自在に嵌め込みつつ笑いを取るスタイルが、カリスマパーソナリティーとして活躍した鶴光の芸風に合っているためだろう。2代目および3代目の笑福亭松鶴が講談師としても活躍した点を考慮するならば、笑福亭のお家芸への先祖帰りと見て取ることも可能かも知れない。
  • 高座は、もっぱら都内の定席や国立演芸場首都圏の市民ホールが中心であるが、学校寄席にも精力的に力を入れている。地元大阪では、天満天神繁昌亭の定席が新たに始まり、ABCラジオでの持ち番組の収録日に合わせて、おおよそ2-3ヶ月に一回のペースで昼席に出演しており、大トリも務める。

[編集] 弟子

  • 笑福亭學光(しょうふくてい がっこ)(上方落語協会・真打相当)
  • 笑福亭里光(しょうふくてい りこう)(落語芸術協会・二つ目)
  • 笑福亭和光(しょうふくてい わこう)(落語芸術協会・二つ目)
  • 笑福亭羽光(しょうふくてい うこう)(落語芸術協会・前座)
  • 鶴光は上方落語界の重鎮として、後進の育成にも取り組んでいる。これまでに學光・笑光・扇光・真光・久光・新之介・光壱・里光・つぐみ(女流)・和光・典光・乃光・羽光が入門。現在も芸能活動を続けているのは、學光・里光・和光・羽光の4人。いずれも松竹芸能所属。
  • 一番弟子の學光は徳島県出身。大阪在住。一番弟子の強みからか早くからマスコミで売れ、ラジオ大阪の帯番組「笑福亭学光のおおさか午後4時」のパーソナリティーを長くつとめた。探偵ナイトスクープの調査依頼で話題になった奈良健康ランドのCMにも長年出演していた(現在はほしのあきがメインキャラ)。現在は四国地方でテレビ1本、ラジオ1本のレギュラーを抱える。その一方で、中国の奥地に小学校を建てる運動にも熱心に取り組んでおり、内容については著書「學光学校」(浪速社)に詳しい。ちなみに芸名の名付け親は鶴光と親交が深い、漫画家のはらたいら。「東京らんでぶう」というレコードを出したことがある。
  • 里光・和光・羽光は東京で取った弟子。故に母音を省略せず、里光(りこう)、和光(わこう)、羽光(うこう)である。上方落語協会には所属せず、落語芸術協会の正会員として、主に都内の寄席や地域寄席に出演している。経済評論家でテレビやラジオで活躍している森永卓郎は、鶴光から「笑福亭呂光(えろこう)」の名を貰っている。
  • 笑光は、鶴光への報告も無く自ら落語以外の仕事を取っていた事や仕事観を巡って対立し破門となった(同時に松竹芸能も解雇)。その後、嘉門達夫の芸名で歌手タレントとして活躍。現在も嘉門は鶴光と共演する時や、偶然に同じ放送局で仕事になった際には必ず楽屋への挨拶をかかさないとのこと(ニッポン全国ラジベガス2005年4月22日)。
  • 新之介は鶴光の長男。長女の小林ありさは、弟子ではないがASAZという漫才コンビを友人と組んでいた。また、鶴光は本業の落語とは別に「鶴光劇団」を旗揚げし、新宿スタジオアルタや大阪の近鉄小劇場(現在閉鎖)で定期的に公演していたこともある。

[編集] 影響を受けた人物

  • 『鶴光オールナイト』歴代アシスタントの中でも、特に松本明子はフジテレビ系『オールナイトフジ』と同時放送を行った際、鶴光と片岡鶴太郎にそそのかされて、いわゆる放送禁止用語を叫んで謹慎処分となるが、復帰後はバラドルとして、スターダムにのし上がっていった。また、日高のり子も後に声優としてブレイクしたが、その後のKBS京都はいぱぁナイト』で「身ぃ削ってナンボ!」と自ら公言したほどの師匠譲りの暴走トークで大人気を集める事になる。
    • もっとも、松本明子の一件では、鶴光は「主犯格」と見なされ、ラジオスターとしての人気ゆえ干されこそしなかったが、『松本明子を地獄に追いやった上方落語家』というレッテルを貼られて、その後長い間、関東のテレビ局や番組制作会社、アイドルタレントを擁する多くの芸能事務所から、下ネタ系要注意タレントとして警戒され続けている。その為、松本の一件以降、知名度や人気、仕事量の割にテレビ生放送の仕事や女性アイドルとの共演が少ないという状態が長く続いた。
  • この他、芸能界で活躍しているタレントの中にも『鶴光のオールナイトニッポン』のリスナーであった者は多い。元極楽とんぼ山本圭一は、番組で共演した際に鶴光の芸を「ピンク落語」と称し敬意を表した。福山雅治も鶴光の熱烈なファンで「しゃべりの師匠は鶴光師匠」と公言し、「福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル・魂のラジオ」にゲストとして呼んだほか、2005年の正月特番『鶴光のあけおめでおま!』(MBSラジオ)にゲスト出演している。

[編集] 現在のレギュラー番組

[編集] テレビ

[編集] ラジオ

[編集] 携帯電話専用サイト

[編集] 過去のレギュラー番組

[編集] ラジオ

  • 本項ではレギュラー番組のみを掲載するが、ニッポン放送については半ば専属的に出演していたため、特別番組等も掲載した。

[編集] ニッポン放送

[編集] ラジオ大阪

[編集] ラジオ関西

[編集] 毎日放送

[編集] 朝日放送

[編集] 京都放送

  • 丸物わいわいカーニバル-1972年~1974年
  • KBSワイドスコープ

[編集] その他

  • ツー快!お昼ドキッ(CBCラジオ、水曜日)- 2006年4月~2009年4月
  • 鶴光のおもいっきりラジオ(静岡放送)
  • 笑福亭鶴光のハッピーカムカム幸福ラジオ(福井放送)

[編集] テレビ

[編集] TBS

[編集] 日本テレビ

[編集] フジテレビ

[編集] テレビ朝日

[編集] テレビ東京

[編集] 朝日放送

[編集] 毎日放送

[編集] 読売テレビ

[編集] 関西テレビ

[編集] サンテレビ

[編集] 名古屋テレビ

[編集] その他

[編集] CM

[編集] 映画

[編集] DVD・セルビデオ

  • 鶴光のオールナイトニッポンDELUX・鶴光でおま(ビクターエンタテインメント)
  • ワザオギ落語会vol.3(ワザオギ
  • 鶴光のおとなの子守唄
  • 平成紅梅亭特選落語会/特選!噺家の会8(ポニーキャニオン)
  • 繁昌亭らいぶシリーズ6~笑福亭鶴光~(テイチクエンターテインメント)
  • 電車男(ポニーキャニオン)※舞台版/声の出演

[編集] 著書

  • つるこうでおま!(白夜書房
  • 鶴光のなじょなじょ512発!!―出して快感!出されて悶絶! (ニッポン放送出版)
  • 笑福亭鶴光のセクシーなぞなぞ(ワニ文庫
  • 笑福亭鶴光の金魚鉢の青春(サンケイ出版
  • 鶴光のかやくごはん(ペップ出版
  • 鶴光のかやくごはん(角川文庫)※文庫版
  • 鶴光自身(ペップ出版)
  • 鶴光のニューかやくごはん(ペップ出版)
  • お子様ランチ(ペップ出版)
  • 午前1時のひまつぶし(ペップ出版)
  • 午前2時のひまつぶし(ペップ出版)
  • 鶴光の新かやくごはん(ワニ文庫)
  • 鶴光のあの子はだあ〜れ(ワニ文庫)
  • 驚き桃の木ビックリ話(サンケイ出版)
  • 驚き桃の木ピンク話(サンケイ出版)
  • 元祖なんちゃっておじさん(ペップ出版)

[編集] レコード・CD

[編集] コミックソングほか

  • 男心の番外地/鶴光小唄(キング)(1972年4月)
  • 鶴光の大阪小唄/鶴光の浪速の子守唄(東芝EMI)(1974年2月)
  • うぐいすだにミュージックホール/ももえちゃん(ワーナーパイオニア)(1975年5月)
  • 鶴光のかやくごはん(LP)(ワーナーパイオニア)(1975年7月)
  • イザベル =関西篇=/買わなきゃ、Song!Song!(ワーナーパイオニア)(1975年11月)
  • 鶴光のかやくごはん2(LP)(ワーナーパイオニア)(1975年11月)
  • 星のふる夜/ア!なんだなるほど節(ワーナーパイオニア)(1976年4月)
  • スイタラ・タンゴ/Mr.ツルコー(ワーナーパイオニア)(1977年5月)
  • なんちゃって行進曲/なんちゃって人生(1978年4月発売予定だったが、レコード会社の判断により発売中止)※A面曲は植木等のヒット曲のメドレー
  • 鶴光の新説SOS/ナンチャッテ一代男(日本コロムビア)(1978年12月)※A面曲は岡林信康のカバー。B面曲は、発売中止となった「なんちゃって行進曲」のB面曲に予定されていた「なんちゃって人生」の改題
  • レコード版かやくごはん総集篇・ベスト・オブ・ツルコウ(キャニオン)(1979年12月)
  • すんまへ~ん!「あっごめん!」サラリーマン編/人気的英雄 スーパーヒーロー(キャニオン)(1980年12月)
  • ええかええかのテーマ(MBSヤングタウン・木曜日の歌)」(CBSソニー/福武書店)(1983年)※角淳一と共演
  • オール・ザット・おもろない/ええかええかのテーマ(クラウン)(1983年)
  • ええんやったら/クリスマスやったね(ポニーキャニオ)(1990年12月)※田中美和子と共演
  • 涙の綱取物語(ポニーキャニオン)(1994年7月)
  • うぐいすだにミュージックホール2000(日本クラウン) (2000年2月)
  • 宝船だよ!! 七福神/夢色の人生(テイチク)(2001年2月)※田中美和子と共演
  • いっしょに歌お!CBCラジオ 今月の歌セレクション Vol.4鶴光&まな「ほんまにええのんか」(サークルKサンクス)

[編集] 落語

  • 上方落語大全集・朝日放送1080分落語会実況録音盤(テイチク)
  • やんぐ寄席・松竹編(クラウン)
  • 島之内寄席ライブ第一集(キング)
  • ライブ上方艶笑落語集5(日本コロムビア)
  • 上方艶笑落語(エヌ・ジー・シー)
  • 上方落語名人選・珍品抱腹上方お色気噺(ビクター)
  • 笑福亭鶴光集成1(落語のワザオギ)

[編集] ゲーム

[編集] その他

  • かつて大阪府吹田市千里丘の自宅1階に「寄席スタジオ笑福亭」を開設。笑福亭一門の落語会やラジオ番組(ラジオ大阪の「鶴光の麺食いランド」など)の録音、鶴光劇団の稽古場として使われていたが、鶴光が東京に単身赴任するようになってからは使用されることは無く、現在は物置となっている。
  • 弟弟子である鶴瓶の実の姉と同級生であり、「絵がむっちゃ上手やったわぁ。」と毎日放送ラジオで語っていたことがある。
  • 結婚式当日、袴をもっていないことに気づき、なんば花月の舞台に出演中の仁鶴に借りたというエピソードがある。仁鶴は「今日は暑いでんな」といきなり袴を舞台に放り出したらしい。
  • かつてペットとして飼っていた猿(三吉)のせいで自宅がボヤ騒ぎになったことがある。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク