桑田佳祐

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桑田佳祐
基本情報
出生名 桑田佳祐
出生 1956年2月26日(58歳)
出身地 日本の旗 日本神奈川県茅ヶ崎市
血液型 A型
学歴 青山学院大学経営学部除籍
ジャンル ロック[1]
J-POP[1]
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ボーカル
ギター
活動期間 1978年 - 現在
1986年KUWATA BAND
1987年 - 1988年
1993年 - 1995年
2001年 - 2002年
2007年 - 2008年
2009年 - 2013年
レーベル ビクタータイシタ
事務所 アミューズ
共同作業者 サザンオールスターズ
KUWATA BAND
SUPER CHIMPANZEE
公式サイト sas-fan.net
ビートルズ
ジョン・レノン
エリック・クラプトン
リトル・フィート
ボブ・ディラン
フィラデルフィアポップス
前川清
筒美京平
加山雄三
吉田拓郎

桑田 佳祐(くわた けいすけ、1956年2月26日 - )は、日本ミュージシャンシンガーソングライターであり、バンドサザンオールスターズのボーカル兼リーダーである。愛称は、すけちゃんケイちゃん桑っちょなど。神奈川県茅ヶ崎市出身。

概要

サザンオールスターズのリーダーであり、ボーカルギター作詞作曲を担当。所属事務所はアミューズ、所属レコード会社ビクターエンタテインメントタイシタレーベル鎌倉学園高等学校卒業、青山学院大学経営学部除籍

1990年には映画『稲村ジェーン』の監督を務め、興行的成功を収めている。

変名

数多くの変名を使用しているがこれらの名前の由来は以下のとおり。いずれも桑田の遊び心に由来した名前である。

嘉門 雄三(かもん ゆうぞう)
1981年ライブ「嘉門雄三&Victor Wheels」等で使用。英語の「COME ON(カモン)」と、同郷で桑田が敬愛する加山雄三から。
桑竹 居助(くわたけ いすけ)
1988年、RCサクセションのアルバム『COVERS』等で使用。名前の区切りを変えたぎなた読み。漢字は当て字である。
JOHN PAUL MacLENNON(ジョン ポール マッカレノン)
1988年、泉谷しげるのアルバム「吠えるバラッド」にスライドギター奏者として参加した際に使用。The Beatlesジョン・レノンポール・マッカートニーより。
夷撫 悶汰(いヴ もんた)
1996年のAAAライブで使用。フランスの俳優イヴ・モンタンより。
古賀 紅太(こが こうた)
2001年、シングル「波乗りジョニー」PV等で使用。桑田がCMソングを担当した「コカ・コーラ」のもじり。

人物

身長170.3cm、体重67kg[2]

サザンオールスターズのリード・オフ・マンとして「いとしのエリー」、「真夏の果実」、「TSUNAMI」などを制作した。

青山学院大学在学中よりバンド活動を行いバンド名の変更とメンバーチェンジを繰り返した後、サザンオールスターズとしてデビュー。「サザンオールスターズ」というバンド名は、青学時代の同級生である宮治淳一(現:ワーナーミュージック・ジャパンストラテジック本部シニア・チーフプロデューサー)が名付けたもの。 1987年のソロ活動開始以降、サザンとソロ、それぞれの活動を数年毎のローテーションで行っている。

1982年に、サザンのキーボーディスト原由子結婚し、これまでに2男をもうける。長男はインディーズバンド・READ ALOUDのボーカル、桑田祐宜[3]

生い立ち

父親が茅ヶ崎で映画館を経営していた。桑田が音楽に興味を持ったのは、姉・えり子の影響が大きい(姉の岩本えり子は後年、いくつかサザン、桑田ソロの曲で英語補作詞として参加している。桑田によると、作詞に行き詰った際に電話で相談し、参考にしていたとのこと)。学生時代は、姉が集めていたビートルズ等のレコードを聴き入っていた。

  • 学生時代 影響を受けたアーティストは、上記のビートルズ以外に、エリック・クラプトンリトル・フィートボブ・ディランなどがいる。また、フィラデルフィアポップス筒美京平の作品にも影響を受け[4]、それらは後の音楽活動(演奏、作曲等)の下地になっている。
  • 中学校時代は野球部に所属していた[5]
  • 石黒ケイは親戚で、近所に住んでいた。
  • 中学生から高校生にかけ、今は無きパシフィックホテル茅ヶ崎ボウリング場でジュニアボウラーとして鳴らしていた。アベレージは200以上あり、クイズ番組『カルトQ』でも問題として出題された、アマチュアのボウリング大会に出た時の公式記録は297(10フレーム目の3投目だけは7本倒し、それまでの11投は全てストライク)とのこと。昭和40年代、大ブームだったプロボウラーを目指してもいたという。当時ジュニアボウラーはあまり多くなく、パシフィックボウル茅ヶ崎で一緒にしのぎを削っていたのが、同い年で友人の扇一平文化放送アナウンサー)である。その扇の娘で、ロックシンガーソングライターの扇愛奈は、桑田の長男と同級生で、高校時代バンドを組んでかなりの人気があった。また、桑田について中・高校時代の友人達は、後にワイドショーのインタビューに応じ「桑田は昔、歌手じゃなくてプロボウラーになりたがっていた」と語っている。

青山学院大学時代〜メジャーデビュー

高校は、鎌倉学園高等学校に通う。在学中は英語のみ成績が良く、明治学院大学と青山学院大学に合格し、青山学院大学を選択する。大学の音楽サークルBetter Days”(ベター・デイズ)に所属し、本格的にバンド活動を開始。「温泉あんまももひきバンド」「脳卒中」「ピストン桑田とシリンダーズ」「青学ドミノス」など、頻繁にバンド名の変更やメンバーチェンジを繰り返していた[6]が、1976年頃から自身のバンドに“サザンオールスターズ”の名を使用。これが定着し、メンバーも固定されるようになる。1978年6月25日ビクター音楽産業より、サザンオールスターズとして「勝手にシンドバッド」でメジャーデビュー。ちなみに、大学は一度留年した後に、学費滞納により4年在学した後、1978年に除籍になったとのこと(サザンのメンバーで青学に在学していた桑田と大森・関口・原のうち、卒業出来たのは関口と原の2人だけである)。

  • 20代であるにもかかわらず、合宿先などでステテコ・ももひき・サングラスといういでたちであったために、サークル仲間に30代だと言われていた。最も初期に付けられていたバンド名「温泉あんまももひきバンド」は、この時の桑田の風貌から来ている。
  • サザンのメンバーで、後に妻となる原由子とは「Better Days」で知り合う。当初、桑田は原の友達の女の子が目当てで原に近づいていたため、原のことは容姿を嘆いたり散々な軽口を叩いていたが、エリック・クラプトンなどの洋楽の好みで気が付けば意気投合、デビューまでの間に完全に付き合っており、サザンのメンバーやサークル仲間の間でも公認の仲であったという。詳細は、原の著書『娘心にブルースを』で語られている。
  • デビュー当時はコミックバンド扱いされていたこともあり、当初桑田も芸名を「桑田K助」にする話もあった。本意では無いものの、芸人的な立ち振る舞いで、特に長門裕之に顔が似ていることを売りにしていた。また、三遊亭圓生稲川淳二大橋巨泉などの物真似も披露しており、現在でも度々ネタにしている。
  • デビュー当時サザンは、本人達にとっては強制的な形で『8時だョ!全員集合』や『スターどっきり報告』などのバラエティ番組にも度々出演し、コントやモノマネなどの芸をしていた。ちょうどその頃、ザ・ドリフターズのリーダーいかりや長介が、ドリフ脱退を希望していた高木ブーに代わる新しい人材を探していたところで、TBSプロデューサー居作昌果を通して、桑田にドリフ加入を打診していたという。桑田は、いかりやとは会うだけ会ったが、具体的なやり取りについては明かされていない。

パフォーマンス

歌唱法

独特の歌唱法は、日本人からは高校時代より大ファンだった前川清から来ており、洋楽ではボブ・ディラン等の影響を受け、学生時代は声質をより近付けるため、ウォッカで喉をうがいし、自宅の部屋にこもって枕に顔を押し付けて大声を出し続ける等などの荒行も行っていたという。その結果、1982年頃までの楽曲にしゃがれ声が際立っている作品が多い。しかし、声帯への悪影響も強く、声が出なくなって出血することもあった。その後は、声帯を酷使する極端な歌唱を控えるようになり、しゃがれ声が際立った曲は一部に留まっている。作品の発表時期によって歌声が異なって聴こえるのはこのためである。

また、サザンオールスターズは、テレビの音楽番組における歌詞の字幕スーパーテロップ)が流される端緒を作ったとされる。これは、桑田の早口の歌い方に視聴者が「歌詞が判らない」と苦情を寄せたため、テレビ局が桑田の歌い方に対応するために歌番組でのテロップ表示を行ったとのことである。

プレイヤーとして

レコーディングなどではギターを担当することがほとんどだが、時にベースハープドラムスキーボードなども演奏するマルチプレイヤーでもある。特に、ソロ名義の「素敵な未来を見て欲しい」や「MUSIC TIGER」などは、桑田1人ですべての楽器が演奏されている。

ギタリストとしてクローズアップされることは比較的少ないが、ボトルネックによるスライドギターのプレイヤーとしても知られ、サザンやKUWATA BANDライブでは曲の間奏で度々その姿を披露、さらに泉谷しげるのアルバム「吠えるバラッド」では「JHON PAUL MacLENNON」名義でスライドギター奏者としてレコーディングに参加。しかし、本人によると「コードとかはよくわからない」という。

ライブパフォーマンス

1980年代から1990年代まで、ライブや音楽番組などでは時にステージに寝転がったり、飛び跳ねたりの激しいパフォーマンスが特徴であった。MCや曲中の煽りなども、所謂「縦ノリ」の男臭いロックミュージシャンらしい姿が見られていたが、近年では激しい動きは少なくなった反面、ギターのソロプレイを魅せる割合が多くなっている。サザンで活動の際は、ライブ終盤での客席への紙コップ(エスカレートした場合は消防用のホースでの放水)の水撒きも定番であった。これは、2005年『ミュージックステーション』出演の際に「花火や火薬等は制限があるが、水は制限は無い。これ以上スケールの大きいものは水しか考えられない」と桑田は語っている。

マイクを性器に見立ててマスターベーションを思わせるパフォーマンスは定番となっており、「イエローマン」や「BOHBO No.5 」のプロモーションビデオでも確認できる。

ライブや生放送の音楽番組では、高い頻度で歌詞を間違える。ライブで歌詞や段取りをよく間違えることは本人も自覚しているらしく、「間違えた時はスタッフを睨みつけてスタッフのせいにする」と自らコメントしていたが、視聴者向けのネタなのか本音なのかは不明。

曲作り

曲作りは、ほとんどが曲先(作曲された曲に詞を当てはめる)である。デタラメ英語などの仮歌段階のまま、編曲までほぼすべてを終わらせた後、仮歌の語感を崩さない言葉を選んで、そこから歌詞全体のテーマ・世界観を決める。そのため、日本語英語ともに文法的には間違っている歌詞も多々あり、間違いを指摘されたり「意味が分からない」などと批判される事がしばしばある。これは、文章の正確さよりも、語呂の良さ・符割などを優先させるが故の結果であり、そのためには古文方言都々逸も用い、メロディに合う言葉がないのなら造語を自分で作ってしまうこともある。

作詞の際には、作品中やタイトルに人名を登場させることも多い。特定の人物を讃えた曲もあるが、名前のみを身近な人物または縁の人物の中などから、歌詞全体とメロディに合う語感として引用し、特定の人物は指していない場合が多い。前者は『吉田拓郎の唄』『星空のビリー・ホリデイ』『Dear John』『唐人物語』など。後者は『いとしのエリー』『チャコの海岸物語』『そんなヒロシに騙されて』『MARIKO』『シュラバ★ラ★バンバ』『可愛いミーナ』ほか多数の曲で使われている。

また、英語と日本語とのダブル・ミーニングを取り入れ、日本語の中でも縁語掛詞など和歌における修辞技法がよく見られる。本人曰く「楽曲は歌詞カードも含めての作品なので、歌詞カードもじっくり読んで欲しい」との思いも込められている。

自身の音楽観については「言い訳が許されない音楽っていうのが一番正しい」とし、桑田にとってそれはポップスだとしている。[7]

サザンとソロ活動の両立

サザンとソロとの活動の違いが分かりづらいと指摘されることも多い。この疑問に対して桑田は、サザンのメンバーやサザンとしての活動は家族家庭であり、ソロ時のサポートメンバーおよびソロとしての活動は愛人と逢っているようなものと例え、サザンの楽曲やソロの楽曲はそれぞれの間で生まれた子供達だと表現をしている。また、プロレスラー武藤敬司にも例え、サザンの時は素顔の武藤として戦い、ソロの時はペイントをしてグレート・ムタとして戦うとも表現している。

また、ソロ名義で出演するライブやフェスティバル、単独名義で行っている自身のラジオ番組のライブなどでは、サザン名義の楽曲も演奏されることがある。この点に関してファンからは「ソロのライブでサザンの曲を唄わないで欲しい」との意見もあったが、その意見に対して桑田は「ファンの気持ちも分かるんですけど、『唄ったっていいじゃん、どっちでもいいじゃん』て思う時も実はあるんですよね」とインタビューで答えている。ソロ名義で行うワンマンライブやツアーでは、基本的にサザン名義の楽曲が歌われることは少ない。1986年のKUWATA BANDのときは、ライブでサザンの曲を封印していたが、1988年のサザン復活ライブでは、途中に桑田ソロコーナーを設け、「スキップ・ビート」も歌っていた。

交流関係

  • T-BOLANのボーカル森友嵐士は桑田佳祐の父がやっていた店でアルバイトをしていたことから、桑田佳祐の子供のベビーシッターのアルバイトをすることになり、桑田の自宅に出入りしていたことがある。また、サザンオールスターズのコンサート前のリハーサルを見せてもらったりもしていた。
  • 落語家、笑福亭笑光こと鳥飼達夫は1981年12月、桑田のソロ名義のライブ「嘉門雄三&Victor Wheels」のライブに前座として出演。翌1982年にはビクターの営業マンとしてビクター社員達と共に「チャコの海岸物語」の宣伝活動に回りながら、サザンのライブの打ち上げにも毎回顔を出し、次第に桑田に気に入られる。そして鳥飼は「『嘉門』の姓を譲ってほしい」と桑田に頼み了解を得て、嘉門達夫と名乗るようになる。その後も現在に至るまで、桑田は嘉門の替え歌を容認し続けるなどの仲である。
  • 同じアミューズの後輩である福山雅治のことを「マサジ」と呼んでいる。福山に対しては、ラジオや共演したライブの際に極端にイジり倒す場面も見られるが、実際にはプライベートでも一緒に飲みに行ったりビリヤードをやったりする等の仲である。桜坂を「あんないい曲、マサジに作れるわけがない」との発言は、逆に福山の才能を讃えての言葉とも言える。
  • ゆずがまだ無名の頃に、ラジオ出演していた桑田に対して「桑田さんと路上ライブをやってみたい」といった趣旨の手紙を送ったところ、桑田は本当にゆずの路上ライブに出向き、セッションをしたことがある[要出典]
  • サザンのファンを公言する平井堅は、学生時代は「NO-NAME(サザンのシングル「EMANON」の逆さ読み)」というコピーバンドを組んでおり、また、桑田の自宅の門の上に「コーラスでいいので雇ってください」と、メッセージを添えたデモテープを置いて行った、という過去を持つ(ミュージックステーション』出演時に発言[要出典])。このテープに関し桑田は「雇っておけばよかった」「つめが折ってなかったから、EXILE録っちゃった」と、冗談交じりに発言している。[要出典]このテープは桑田の自宅で2012年にも保管されており、その後、自身のFM番組『桑田佳祐のやさしい夜遊び』に平井堅がゲスト出演した回にテープの音源が流された。2003年の『FNS27時間テレビ〜みんなのうた』内の『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜サザンオールスターズスペシャル』では、桑田・原と共にサザンの「栞のテーマ」をハモり、共演を果たした。さらに、平井の2ndシングル「片方ずつのイヤフォン」の歌詞には“Southern All Stars”が登場し、アルバム『Ken's Bar』ではKUWATA BANDの「ONE DAY」、『Ken's Bar II』では「白い恋人達」、『Ken's Bar III』ではサザンオールスターズの「いとしのエリー」をカバーしている。

人柄・エピソード

  • 生まれも育ちも湘南であり、楽曲でも湘南のイメージが強いものの、桑田自身は湘南という呼称に否定的であり、自身が監督した映画『稲村ジェーン』に出てくる「地元の人間は湘南なんて誰も言わない」というセリフは桑田自身の言葉でもある。しかし、「勝手にシンドバッド」の歌詞には「いつになれば湘南 恋人に会えるの」というフレーズがある。サーフィンも、中学生時代に友人の板を借りて数回やったことがある程度で、その時はまったく立てなかったという。青学時代は「バンドマンとサーファーは敵対関係」と考えていた。デビューしてからも長い間サーフィンには目もくれず、泉谷しげる丘サーファーなどとネタにされることもあったが、1993年、37歳にしてサーフィンを始め、現在も続けている。
  • 振り付け師、南流石の芸名の名付け親である。南は流石組を率いて、サザンの1988年のライブ「大復活祭」や、原の1991年のソロライブ「花咲く旅路」にも振付師・ダンサーとして出演し、原がライブでダンスを披露する際にも振り付けを担当した。
  • オカマのことを「男と女のハーフだからニューハーフだね」と、大阪のラジオ番組で「Bettyのマヨネーズ」のママに名付け、『ニューハーフ』という言葉を世間に広めた[8][9]。しかし本人は、自分が広めた訳ではないと否定している。
  • プライベートでは良きマイホームパパであり、ラジオ番組では度々「息子とサーフィンをした」「ギターを教えた」などの話題を話している。特に2000年春、次男の小学校の卒業式に行った際、教室で卒業生の前で当時ヒット中の『TSUNAMI』を生ギターで唄い、この時の様子が雑誌「FRIDAY」に写真入りで掲載された。桑田が唄っている最中、原は教室の後方から桑田の姿をビデオカメラで撮影していたという。
  • 度々髪型を変えたり髭を伸ばすこともあり、CDのジャケット毎にイメージが異なる。特に桑田が四十路を迎え、アルバム『Young Love』リリースの1996年頃はそれまでになかった程、髪をロングヘア茶髪にしてメディアに登場していた。本人は気に入っていたのだが概ね不評で、抗議のファンレターまで届いたほどだという。翌年には元の短髪に戻していた。1999年 - 頃にはパーマもあてていたが、その期間も短く、1999年末の年越しライブ「晴れ着DEポン」の時にはすぐに戻していた。このパーマに失敗したらしく、「TSUNAMI」の大ヒットで、特にメディア出演が多かったこと故、この時の髪型にはかなり後悔していた。また、「HOTEL PACIFIC」のPVでは金髪にしていたが、「茅ヶ崎ライブ 〜あなただけの茅ヶ崎〜」の時にはすぐに元の黒髪に戻していた。
  • ラジオなどで度々、エリック・クラプトンレイ・チャールズをリスペクトする発言が目立つものの、本人に会ったことは一度も無いという(会えるチャンスは何度もあったとのこと)。これは「心底惚れたミュージシャンの普段の姿は見たくない」というファン心理からであるという。
  • お笑いが好きで自身のラジオやライブ中のMCでは自分がその時気にいっているお笑い芸人のフレーズや、流行しているものを多様する(2004年の波田陽区、2006年に斎藤佑樹のパロディで「アミューズのハンカチ爺ィ」など)。これは、サザンのメンバーやサポートメンバーもその年に流行した芸人などをネタにしている(松田弘が、自分と同じ名前であるヒロシ猫ひろしのネタを拝借するなど)。
コスプレも好きであり、第2期の『音楽寅さん』ではしばしばコスプレを披露した。また、『マンピーのGスポット』を披露する際は、「マンヅラ」と呼ばれるハゲヅラが定番となっており、年々ヴァージョンアップしている。
  • ドラマ『赤い霊柩車』にハマってる。子供や動物を使って涙を誘おうとするような番組、映画は嫌ってる。
  • プロレスファンでアントニオ猪木を敬愛している。猪木とは、幾度か共演も果たしている。ライブの煽りではスタン・ハンセンの決め台詞「ウィー!」や、猪木の決め台詞「1、2、3、ダー!」を叫ぶのが定番。2007年、「WONDA」(アサヒ飲料)のCMで(合成映像の)ジャイアント馬場と“共演”した際に馬場から“十六文キック”を浴びせられた。
  • 料理が得意であり、ラジオでもリスナーからお手軽な料理のレシピを投稿してもらうことがある。レコーディング中は鍋料理をよく作る。自分の著作に、本格的なカレーのレシピを載せたこともある[10]
  • かつてはヘビースモーカー(銘柄はハイライト)だったが、1999年10月23日から禁煙を開始[11]。以降は「口元が寂しくなるとチュッパチャプスを舐める」とラジオで語ったほか、レコーディング中に禁煙パイポを吸っている姿も度々映っている[12]。また1994年に母、2004年に父、2008年には姉をそれぞれがんで亡くしてしまったことにより、健康に対しての意識が強くなり、そのことが自らの食道癌の早期発見に繋がったともみられている[13][14]

下ネタ好き

本人は一貫して、下ネタ好きの三枚目なキャラクターを通している。サザン・ソロ名義問わず「経験 II」や「ボディ・スペシャルII」「マンピーのG★SPOT」「EARLY IN THE MORNING」等放送禁止用語を狙って作詞するケースも多い。特に、近年のライブでは、客席に向けての「ヤらせろ!!」や、「乳首見せろ!」「パンツ脱げ!」などの、セクハラ発言は恒例で、テレビ番組に出演の際に放送禁止用語を言ってしまうこともある。

  • THE 夢人島 Fes.2006』では、WOWOW生放送にもかかわらず、放送禁止用語を言ってしまった。
  • 2008年9月24日に生放送された『CDTVスペシャル!15周年プレミアライブ』にサザンオールスターズとして出演。サザン無期限活動休止前の最後のテレビ出演であるが、同年8月に行われたライブ『大感謝祭』後半と同一のピーマンを模したヅラをかぶり全4曲の最後の曲として「マンピーのG★SPOT」を披露。最後のサビにおいて生放送にもかかわらず「マンピーの・・・」の部分で「マンコの・・・」と叫んでしまった。
  • 自身のラジオ番組『桑田佳祐のやさしい夜遊び』(TOKYO FM製作)では、放送禁止用語を交えた替え歌を歌うなど下ネタを連発している。
  • 自身のテレビ番組『音楽寅さん』でもしばしば下ネタやセクハラネタ(最悪は放送コードギリギリの行為)をするのがお約束になっている。(実際、2009年2期放送開始当初スポンサーだった花王は途中でクレジットから外れてしまった。)
  • 事務所のアミューズ内でのサザンや桑田関係のスタッフは「全裸になることが多い」と桑田がラジオでコメントしている。

これらの言動は、アミューズ後輩・福山雅治岡野昭仁ポルノグラフィティ)にも影響を与えている。なお福山と同じく、大のアダルトビデオ好きであり、AV女優の夏目ナナ及川奈央Rioの大ファンだと、自身のラジオなどで公言している。2003年の桑田の誕生日で、福山から及川奈央の2枚組DVDをプレゼントで貰ったことも、ラジオで発言している。

音楽活動

ここではソロ活動を中心に記す。サザンオールスターズなど、バンドとしての活動は各ページを参照のこと。

バンド活動と並行したり休業しつつ、ソロ活動を行っているが、活動期によりテーマやコンセプトを大きく異なることで、サザンオールスターズとしての活動とは特に一線を画している。

1986年KUWATA BAND結成時には、桑田が「ロックを唄うのは英語しかない」と考えが行き着いた頃で、英語詞の洋楽テイストにこだわっていたこともある。その結果、KUWATA BAND唯一のスタジオアルバム『NIPPON NO ROCK BAND』は、日本語詞中心に構成されたシングル曲は一切収録せず、全曲新曲の全英語詞アルバムになった。しかし発売後しばらくは、自身も完成度に満足していない旨の発言が目立っていた。その後、考え方に変化が見られたのか、現在ではソロ名義のコンサートでKUWATA BANDの楽曲(シングル曲のみ)が演奏されることも多くなっている。

1987年 - 88年の第1期ソロ活動では、前年のKUWATA BANDの方向性とはうって変わって、ミュージックシーケンサープログラミング打ち込み中心のポップス路線を展開した。小林武史との共同作業によって築かれたこの方向性は、後年のサザンでの活動にも影響を与えた。また、ダリル・ホール&ジョン・オーツとの共演も話題となった。

1993年 - 94年の第2期ソロ活動は、それまでの活動とはさらに異なり、期間中に母親が亡くなったことの影響による内省的な世界観や、辛辣な風刺を前面に押し出した歌詞は、サザンでの活動とはかけ離れた、ソロならではの方向性を打ち出した。サウンド面でも、小倉博和との共同作業による、楽器本来の音に着目したアコースティックアンプラグド)・フォーク路線を展開した。

2001年 - 2002年の第3期ソロ活動は、前半と後半でさらに方向性が異なった。前半の2001年は、サザンとの差別化にはこだわらなくなった。この時はサザンでのメンバー脱退による移行があったため、もともとサザン名義で発表する予定だった楽曲を、ソロ名義で発売したものもある。また、逆にソロワークとして製作していた楽曲を、のちにサザンとしてカラーやアレンジを加えて発表した曲も生まれている(恋するレスポールなど)。後半の2002年は、斎藤誠らサポートメンバーで結成されたTHE BALDING COMPANYとの共同作業による、バンド形態の本格派ロック路線を展開した。ここでもサザンでの活動との差が色濃く出ている。CMタイアップとの関係で、思い切りポップ寄りな曲に挑戦した2001年に対し、2002年に発売された作品は、シングル・アルバムともに歴然とテーマの違いが出ている。2001年に発表された楽曲はアルバムに収録されることなく、ソロ活動の集大成として発表されたベストアルバムに収録された。

2007年の第4期ソロ活動は、楽曲的にはサザンとの差別化は特に図られていない。この4期目のソロ活動について桑田は、ラジオ番組や音楽雑誌インタビューなどの各メディアにおいて、『来年のサザン30周年に向けての足懸かりとしての期間』という旨のコメントをしている。なお、この時期のソロ活動でオリジナルアルバムは発表されていない。

2009年より第5期ソロ活動に入った。この時期も楽曲的にはサザンとの差別化は特に図られていない。2010年にはソロとしては4枚目となるオリジナルアルバムの制作に着手していたが、初期の食道癌を患っていることが発覚。治療に専念するため暫く音楽活動を休止していたが、退院後体調を考慮しながら再開し、12月26日付けで公式ホームページから完成されたことが報告された。2010年のNHK紅白歌合戦で特別枠として出演(ソロ名義では初、サザンオールスターズを含めると1983年以来となる出場)し、回復と復帰をアピールした。

略歴

ここでは桑田佳祐のソロ活動に重点を置いて説明する。サザンオールスターズなどバンドとしての活動は各ページを参照のこと。

誕生〜1980年代

1990年代

2000年代

2010年代

  • 2010年
    • 3月13日、『桑田佳祐の音楽寅さん』のDVD-BOX発売記念イベント『音楽寅さんDVD発売記念 〜DVD収録映像炎上! これぞ蔵出し“巨大上映会”@武道館〜』を日本武道館で開催。DVDの総集編の上映会や桑田によるミニライブが行われた。
    • 3月31日DVD-BOX『「桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜」あいなめBOX』発売。
    • 5月3日深夜、「桑田佳祐のやさしい夜遊び」15周年×TOKYO FM開局40周年記念特別番組『桑田佳祐の激しい夜遊び 〜真夜中の生歌オール・リクエスト・ショー 途中疲れたらCDかけるんでゴメンねスペシャル〜』をJFN全国38局ネットで生放送。
    • 7月12日、初期の食道癌であることが発覚[15]7月28日にその治療による音楽活動の休養を発表。後者に関しては10月20日に予定されていたアルバムの発売延期、およびライブツアー『桑田佳祐 LIVE TOUR 2010 全国への階段 〜Stairway to Nippon〜』の中止が決定[16]。その後、8月2日に手術を無事終了させ、22日に退院したことが公表された[17]
    • 8月25日、13thシングル『本当は怖い愛とロマンス』発売。
    • 12月31日第61回NHK紅白歌合戦に特別出演し、音楽活動を再開。ビクタースタジオ・401スタジオからの中継で『それ行けベイビー!!』『本当は怖い愛とロマンス』の2曲を歌唱した。
  • 2011年
  • 2012年
    • 4月1日、テレビアニメ『ちびまる子ちゃん』のエンディングテーマとして「100万年の幸せ!!」を提供、自身もエンディングにアニメーションで出演している。作詞は原作者のさくらももこによるもの。
    • 6月30日夏風邪のため、「やさしい夜遊び」を欠席。代行DJとして後輩の斎藤誠が起用される。
    • 7月18日、過去の桑田名義の楽曲と新曲を収録したスペシャル・ベスト・アルバム『I LOVE YOU -now & forever-』を発売。
    • 9月15日、前年単発ライブを開催した宮城を皮切りに5年ぶりとなるソロコンサートツアー『I LOVE YOU -now & forever-』を開始。全10都市22公演。
  • 2013年
    • 3月2日、この週の「やさしい夜遊び」にて「充電」・「年度末調整」と称し3月いっぱいの出演の休止を発表(実際はサザンに関する協議と活動再開に伴う新曲の制作)。この日共演していた斎藤誠が4回とも代行を務める。
    • 3月13日、15thシングル『Yin Yang/涙をぶっとばせ!!/おいしい秘密』とDVD・Blu-ray『桑田佳祐 LIVE TOUR & DOCUMENT FILM 「I LOVE YOU -now & forever-」完全盤』発売。
    • 4月7日、この週の「やさしい夜遊び」で復帰したものの、翌週から直前の6月23日まで、「仕事がない」「大里会長との間に確執がある」「自宅でAVばかり見ている」などと発言していた。
    • 6月25日8月7日のシングル『ピースとハイライト』にてサザンの活動再開を発表。
    • 8月3日、この週の「やさしい夜遊び」にてライブに専念するため、8月・9月のライブ時での出演の休止を発表。同じアミューズ所属の岸谷五朗寺脇康文が代行を務める。
    • 8月31日 - 9月1日、サザンとして地元・茅ヶ崎で13年ぶりのライブを実施。初日の31日には、ステージ上で服部信明市長より市民栄誉賞の授与を受けた。
    • 11月30日 - 12月4日、『桑田佳祐 Act Against AIDS 2013「昭和八十八年度! 第二回ひとり紅白歌合戦]』を開催。2008年以来5年ぶりとなる企画で、過去の名曲から現代にいたるまで、選りすぐりの“流行歌”全55曲を紅白歌合戦形式で熱唱した。

ディスコグラフィ

サザンオールスターズKUWATA BANDSUPER CHIMPANZEE桑田佳祐&Mr.Children桑田佳祐&His Friendsチーム・アミューズ!!の楽曲は各項目を参照。

シングル

  発売日 タイトル 形態 規格品番
1st 1987年10月6日 悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE) EP VIHX-1725
CT VST-10325
1988年2月21日 8cmCD VDRS-1001
2001年6月25日 12cmCD VICL-35305
2nd 1988年3月16日 いつか何処かで (I FEEL THE ECHO) EP VIHX-1731
8cmCD VDRS-1010
CT VST-10347
2001年6月25日 12cmCD VICL-35306
3rd 1993年10月6日 真夜中のダンディー 8cmCD VIDL-170
CT VISL-280
2001年6月25日 12cmCD VICL-35308
4th 1994年8月24日 8cmCD VIDL-201
CT VISL-311
2001年6月25日 12cmCD VICL-35309
5th 1994年10月28日 祭りのあと 8cmCD VIDL-202
CT VISL-312
2001年6月25日 12cmCD VICL-35310
6th 2001年7月4日 波乗りジョニー EP VIZL-60
12cmCD VICL-35300
7th 2001年10月24日 白い恋人達 EP VIJL-60090
12cmCD VICL-35330
8th 2002年6月26日 東京 EP VIJL-60095
12cmCD VICL-35380
9th 2007年5月16日 明日晴れるかな EP VIJL-60600
12cmCD VICL-36600 (初回盤)
VICL-36601 (通常盤)
10th 2007年8月22日 風の詩を聴かせて EP VIJL-60800
12cmCD VICL-36800
11th 2007年12月5日 ダーリン EP VIJL-60900
12cmCD VIZL-371 (初回盤)
VICL-37100 (通常盤)
12th 2009年12月9日 君にサヨナラを EP VIJL-62000
12cmCD VIZL-380 (初回盤)
VICL-37200 (通常盤)
13th 2010年8月25日 本当は怖い愛とロマンス EP VIJL-60500
12cmCD VIZL-550 (初回盤)
VICL-37300 (通常盤)
14th 2011年8月17日 明日へのマーチ/
Let's try again 〜kuwata keisuke ver.〜/
ハダカ DE 音頭 〜祭りだ!! Naked〜
EP VIJL-61000
12cmCD VIZL-570 (初回盤)
VICL-37500 (通常盤)
15th 2013年3月13日 Yin Yang/涙をぶっとばせ!!/おいしい秘密 EP VIJL-61200
12cmCD VICL-37400 (初回盤)
VICL-37400 (通常盤)

アルバム

オリジナルアルバム

  発売日 タイトル 規格 規格品番
1st 1988年7月9日 Keisuke Kuwata LP VIH-28333
CT VCF-10360
CD VDR-1520
1992年6月27日 VICL-8061
2001年6月25日 VICL-60804
2nd 1994年9月23日 孤独の太陽 CT VITL-132
CD VICL-555
2001年6月25日 VICL-60806
3rd 2002年9月26日 ROCK AND ROLL HERO LP (2枚組) VIJL-60101〜60102
CD VICL-60920
4th 2011年2月23日 MUSICMAN LP (2枚組) VIJL-60700〜60701
CD VIZL-560(初回限定盤)
VICL-63600(通常盤)

ベストアルバム

  発売日 タイトル 規格 規格品番
1st 1992年6月27日 フロム イエスタデイ CT VITL-107
CD VICL-300
2001年6月25日 VICL-60805
2nd 2002年11月27日 TOP OF THE POPS CD (2枚組) VICL-61006〜61007
3rd 2012年7月18日 I LOVE YOU -now & forever- CD (3枚組) VIZL-640(完全生産限定盤)
CD (2枚組) VICL-64000〜64001(通常盤)

その他

  発売日 タイトル 規格 規格品番
ライブ盤 1982年3月2日 嘉門雄三 & VICTOR WHEELS LIVE! LP VIX-1001

映像作品

  発売日 タイトル 規格 規格品番
ライブビデオ 1991年10月2日 Acoustic Revolution Live at Nissin Power Station 1991.3.26 VHS VIVL-49
LD VILL-43
2001年12月5日 DVD VIBL-44
ライブビデオ 1994年12月21日 すべての歌に懺悔しな!! -桑田佳祐 LIVE TOUR '94- VHS VIVL-140 (初回盤)
VIVL-141 (通常盤)
LD VILL-99 (初回盤)
VILL-100 (通常盤)
2001年12月5日 DVD VIBL-45
ライブビデオ 1997年3月5日 夷撫悶汰(いヴもんた)レイト・ショー 〜長距離歌手の孤独 in Jazz Cafe〜 VHS VIVL-200
DVD VIBL-6
2001年12月5日 VIBL-46
ミュージック・ビデオ 2002年12月11日 D.V.D. WONDER WEAR 桑田佳祐ビデオクリップス2001〜2002 VHS VIVL-270
DVD VIBL-67
ライブビデオ 2003年3月26日 桑田佳祐ライブビデオ 「けいすけさん、ビデオも色々と大変ねぇ。」 VHS VIVL-286
DVD VIBL-109
ライブビデオ+CD 2008年3月12日 桑田さんのお仕事 07/08 〜魅惑のAVマリアージュ〜 DVD+CD VIZL-500 (初回盤)
VIZL-501 (通常盤)
ライブビデオ 2009年3月25日 昭和八十三年度! ひとり紅白歌合戦 DVD (2枚組) VIBL-700〜701
Blu-ray VIXL-200
ライブビデオ 2011年11月16日 宮城ライブ 〜明日へのマーチ!!〜 DVD (通常盤) VIBL-800
DVD (完全生産限定盤) VIBL-580
2011年11月23日 Blu-ray VIXL-300
ライブビデオ 2013年3月13日 桑田佳祐 LIVE TOUR & DOCUMENT FILM
「I LOVE YOU -now & forever-」完全盤
DVD (通常盤) VIBL-900〜901
DVD (完全生産限定盤) VIZL-900
Blu-ray (通常盤) VIXL-400〜401
Blu-ray (完全生産限定盤) VIZL-901
ライブビデオ 2014年3月12日 昭和八十八年度! 第二回ひとり紅白歌合戦 DVD(2枚組) VIBL-1200〜1201
Blu-ray VIXL-600

映画

参加楽曲

プロデュース

  • 西慎嗣&ロード・ロード・ローディ・ミス・クローディ・グループ
    • アルバム『NISHI.』

楽曲提供(作詞・作曲)

  • 高田みづえ
    • 『私はピアノ』(1980年)
    • 『蒼いパリッシュ』『そんなヒロシに騙されて』(1983年)
  • 中村雅俊
    • 『マーマレードの朝』(1980年)
    • 恋人も濡れる街角』『おまかせください(ナカムラ・エレキ音頭)』(1982年)
  • スペクトラム
    • 『MOTION』(1980年)
  • Lord,Lord,Lawdy Miss Clawdy Group
    • 『すてきなトランスポーテイション』『Spin Love』『シュールなるなぎさ1963』(1980年)
  • タモリ
    • 『狂い咲きフライデーナイト』『スタンダード・ウイスキーボンボン』(1981年)
  • 高樹澪
    • 『恋の女のストーリー』『MIO-SUN』(1981年)
  • 小林克也&ザ・ナンバーワンバンド
    • 『六本木のベンちゃん』『ブルースだ〜れ!』『My Peggy Sue』(1982年)
    • 『茅ヶ崎は今日も黄色い』『プロレスを10倍楽しく見る方法 〜今でも豊登を愛しています』(1983年)
  • 研ナオコ
    • 『夏をあきらめて』(1982年)
  • 上田正樹
    • 『Miss You Baby』(1983年)
  • アミダばばあ&タケちゃんマン
    • 『アミダばばあの唄』(1983年、コーラス参加)
  • キンヤ
    • 『Let It Boogie』『タバコロードにセクシーばあちゃん』(1984年)
  • ジューシーフルーツ
    • 『萎えて女も意志をもて』『海』(1984年)
  • 増田恵子
    • 『女優』(1984年)
  • 長山洋子
    • 『シャボン』(1984年)
  • 宮本典子
    • 『海』(1984年)
  • 明石家さんま
    • 『さんまのまんま』(1987年)
  • 古舘伊知郎
    • 『夢見る頃を過ぎても』(1988年)
  • 芳本美代子
    • 『海』(1990年)
  • 村田陽一
    • 『クロス・タウン・トラフィック』(1993年)
  • おおたか静流
    • 『月(ZENTARO WATANABE MIX)』(1997年)
  • 早川義夫
    • 『アメンボの唄』(1997年)
  • YUKIKO
    • 『真夏の果実〜Slow Dance Version〜』『真夏の果実〜Ragga Mix Version〜』(1998年)

メインヴォーカル(デュエット含む)

  • ザ・ナンバーワンバンド
    • 『六本木のベンちゃん』『茅ヶ崎は今日も黄色い』
  • Real fish featring 桑田佳祐・いとうせいこう
    • 『ジャンクビート東京』
  • 村上"ポンタ"秀一
    • 『ホワイト・ルーム~サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ~天国への扉』
  • 村田陽一
    • 『クロス・タウン・トラフィック』

ライブ・コンサートツアー

形態 タイトル 公演規模・会場
1981年 単発コンサート 嘉門雄三 & Victor Wheels
1991年 単発コンサート アコースティック・レボリューション
1994年 コンサートツアー 桑田佳祐 LIVE TOUR '94 -さのさのさ-
単発コンサート 帰ってきた青山のダンディー
1995年 コンサートツアー IBM PC & OS/2 Warp PRESENTS
LIVE UFO '95
桑田佳祐 & Mr.Children ROCK OPERA
"Acoustic Revolution with Orchestra" 奇跡の地球
1996年 ライブイベント Act Against AIDS '96
夷撫悶汰(いヴもんた)レイト・ショー 〜長距離歌手の孤独 in Jazz Cafe〜
1997年 ライブイベント Act Against AIDS '97
桑田佳祐 歌謡サスペンス劇場
1998年 ライブイベント Act Against AIDS '98
桑田佳祐 オールリクエストショー
1999年 ライブイベント Act Against AIDS '99
桑田佳祐 エリック・クラプト 横浜公演
2000年 FC会員限定ライブ 伊豆だらけのローラ
ライブイベント Act Against AIDS 2000
桑田佳祐が選ぶ20世紀ベストソング
2001年 FC会員限定ライブ 古賀紅太 No Reason! ライブハウスツアー
ライブイベント Act Against AIDS 2001
桑田佳祐 plays "The Beatles" クワガタムシ対カブトムシ
単発コンサート No Reason Coca-Cola Presents
桑田佳祐 Xmas LIVE in 札幌
2002年 コンサートツアー No Reason Coca-Cola Presents
桑田佳祐全国ドームツアー2002 「けいすけさん、色々と大変ねぇ。」
カウントダウンライブ 追加公演!! No Reason Coca-Cola Presents
桑田佳祐年越しライブ2002 「けいすけさん、年末も色々と大変ねぇ。」
2003年 ライブイベント 桑田佳祐 Act Against AIDS 2003
栄光のDISCO & SOUL
2004年 ライブイベント 桑田佳祐 Act Against AIDS 2004
「THE GOLDEN AGE OF BRITISH ROCK 〜愛と青春の英国ロック〜」
2006年 ライブイベント 桑田佳祐 Act Against AIDS 2006
「星条旗よ永遠なれ!? 〜私のアメリカン・ヒーローズ」
2007年 コンサートツアー WONDA presents
桑田佳祐 LIVE TOUR 2007
呼び捨てでも構いません!! 「よっ、桑田佳祐」SHOW

supported by ショコライフ
2008年 単発コンサート Meet the Music 2008! 全国民放FM53局 & KDDI present
桑田佳祐 アコースティックライブ in 石垣島
ライブイベント 桑田佳祐 Act Against AIDS 2008
昭和八十三年度! ひとり紅白歌合戦
2009年 ライブイベント 桑田佳祐 Act Against AIDS 2009
「映画音楽寅さん チャラン・ポランスキー 監督・脚本・主演 『男はしたいよ』」
2010年 コンサートツアー 桑田佳祐 LIVE TOUR 2010 全国への階段 〜Stairway to Nippon〜
2011年 単発コンサート 桑田佳祐 宮城ライブ 〜明日へのマーチ!!〜
コンサートツアー マウントレーニアダブル presents
桑田佳祐 ライブ in 神戸&横浜 2011 〜年忘れ!! みんなで元気になろうぜ!!の会〜
2012年 コンサートツアー NTT docomo presents
桑田佳祐 LIVE TOUR 2012 I LOVE YOU -now & forever-
2013年 ライブイベント Act Against AIDS 2013
桑田佳祐 「昭和八十八年度! 第二回ひとり紅白歌合戦」

出演

※すべて桑田佳祐個人での出演によるもの。グループでの出演などはサザンオールスターズ#CMの節を参照。

ラジオ番組

テレビ番組

映画

CM

タイアップ曲

※桑田佳祐名義で発表された曲のタイアップを記載している

タイトル タイアップ先
SHE'S A BIG TEASER コカ・コーラ「I feel Coke & Sound Special」CMソング
いつか何処かで (I FEEL THE ECHO) JAL '88沖縄キャンペーン CMソング
遠い街角 (The wanderin' street) 富士フイルム「フジカラー」CMソング
Blue 〜こんな夜には踊れない 松竹富士映画『ラッフルズホテル』主題歌
真夜中のダンディー キリンビバレッジ「JIVE」CMソング
すべての歌に懺悔しな!!
祭りのあと 日本テレビ系ドラマ『静かなるドン』主題歌
キリンビバレッジ「JIVE」CMソング
MUSIC TIGER フジテレビ系『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』オープニングテーマ
波乗りジョニー コカ・コーラ「No Reason! キャンペーン」CMソング
白い恋人達
夏の日の少年 Town&Country CMソング
可愛いミーナ コカ・コーラ「No Reason! キャンペーン」CMソング
ROCK AND ROLL HERO
影法師
こんな僕で良かったら アメリカン・エキスプレス「MORE THAN JUST A CARD」CMソング
こんな僕で良かったら (Trumpet & Jazz Piano Trio:CM Version)
明日晴れるかな フジテレビ系ドラマ『プロポーズ大作戦』主題歌
男達の挽歌(エレジー) ダンディハウス「ニッポン ダンディ?」CMソング
風の詩を聴かせて 東宝系映画『Life 天国で君に逢えたら』主題歌
KDDI沖縄セルラー電話au LISTEN MOBILE SERVICE」キャンペーンCMソング
NUMBER WONDA GIRL 〜恋するワンダ〜 アサヒ飲料WONDA」CMソング
ダーリン
DEAR MY FRIEND
現代東京奇譚 ゴー・シネマ映画『闇の子供たち』主題歌
HONKY JILL 〜69(あいなめ)のブルース〜 フジテレビ系『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』オープニングテーマ
君にサヨナラを 大塚製薬「UL・OS」(ウル・オス)CMソング
EARLY IN THE MORNING フジテレビ系『めざましテレビ』2010年度テーマソング
大塚製薬「UL・OS」(ウル・オス)CMソング
月光の聖者達(ミスター・ムーンライト) 三井住友フィナンシャルグループ CMソング
銀河の星屑 フジテレビ系ドラマ『CONTROL〜犯罪心理捜査〜』主題歌
明日へのマーチ NTT docomo「walk with you 2011」キャンペーンソング
CAFÉ BLEU 森永乳業「マウントレーニア ダブル」CMソング
幸せのラストダンス 三井住友銀行 CMソング
100万年の幸せ!! フジテレビ系アニメ『ちびまる子ちゃん』エンディングテーマ
愛しい人へ捧ぐ歌 NTT docomo「ドコモthanksキャンペーン」CMソング
NTT docomo20周年記念スペシャルドラマ 夢の扉 特別編『20年後の君へ』テーマソング
MASARU フジテレビ主催イベント『お台場合衆国2011〜ぼくらがNIPPON応援団!〜』テーマソング
涙をぶっとばせ!! NTT docomo「ドコモ2012冬」キャンペーンソング
Yin Yang フジテレビ系ドラマ『最高の離婚』主題歌
フジテレビ系土曜プレミアム『最高の離婚Special 2014』主題歌
おいしい秘密 サッポロ「プレミアム アルコールフリー」CMソング

書籍

著書

関連書籍

脚注・出典

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  1. ^ a b キューブミュージック
  2. ^ 『桑田佳祐のやさしい夜遊び』2010年3月27日放送分。
  3. ^ サザン桑田長男がバンド!詞も曲も歌も - 日刊スポーツ2013年8月8日
  4. ^ 朝日新聞夕刊インタビュー記事、2005年10月12日
  5. ^ 『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』2000年11月24日放送分
  6. ^ 『地球音楽ライブラリー サザンオールスターズ 改訂版』TOKYO FM 出版、2005年。
  7. ^ ROCKIN'ON JAPAN FILE」、p.269、ロッキング・オン、1988年。
  8. ^ Bettyのマヨネーズ
  9. ^ 渡辺周 (2010年9月16日). “ニューハーフ薩摩へ帰る” (日本語). 朝日新聞(夕刊) (朝日新聞社): p. 1. "桑田が言う。「ねえ、ベティはどこの国のハーフなの?」ベティが言い返す。「ばかねえ、男と女のハーフじゃないの」" 
  10. ^ 桑田佳祐『素敵な夢を叶えましょう』角川書店、1999年、p.95
  11. ^ SASダイヤリー サザンオールスターズラボラトリー 1999年10月(Internet Archive
  12. ^ 『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜‎』2000年10月20日放送回など。
  13. ^ “サザン桑田 食道がんで8月中に手術へ”. デイリースポーツ. (2010年7月29日). http://www.daily.co.jp/gossip/article/2010/07/29/0003253735.shtml 2010年8月24日閲覧。 
  14. ^ “がん公表の桑田にエール続々…新曲予約は50倍” (日本語). スポーツニッポン. (2010年7月30日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2010/07/30/kiji/K20100730Z00002310.html 2012年3月17日閲覧。 
  15. ^ MUSICMAN初回限定盤は「“MUSICMAN” Perfect Box」より
  16. ^ 桑田佳祐、初期の食道がんを公表 手術・治療専念で新作発売延期、全国ツアー中止”. ORICON STYLE (2010年7月28日). 2014年2月25日閲覧。
  17. ^ 桑田佳祐無事退院!新作レコーディング再開にも意欲”. ナタリー (2010年8月24日). 2014年2月25日閲覧。

関連項目

外部リンク