POPEYE

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POPEYE(ポパイ)は、マガジンハウスから発行される日本男性向けファッション雑誌である。1976年に創刊された。

目次

[編集] 概要

[編集] Magazine for City Boys

当初は月2回女性誌の「anan別冊・Men's an an POPEYE」として、コラム・マガジンとしてスタートした。漫画の主人公ポパイをキャラクターに、1976年6月に、当時の平凡出版(現在のマガジンハウス)より、「Magazine for City Boys」というサブタイトルで創刊された。創刊当時は、これまでの男性ファッション誌にはなかった切り口で、当時の男性誌の世界を一新する、新たな世界観を10代後半から20代前半の若者に植え付けた雑誌として瞬く間に人気を博した。当初は、月刊誌として創刊されたが、すぐに月2回発行となった。

[編集] 情報発信誌

[編集] 1976年 - 1979年

『気分は○○』、『スグレモノ』、『○○大好き少年!』など、この雑誌から生まれた言葉も数多い。1970年代後半のアメリカ西海岸のスタイルを日本に初めて紹介したことでも知られる。しかし、実際には、先行して西海岸カルチャーを紹介していたのは、初期の『宝島』(JICC出版局、現宝島社)であった[1]。『POPEYE』が部数を伸ばしたのに対し、『宝島』は伸び悩み、ポップカルチャー誌に路線変更せざるを得なくなった[2]

[編集] 1980年 - 1989年

1980年代に入り、ファッションサブカルチャー・ライフスタイルを紹介する、『平凡パンチ』との差異化のためにそれまで扱わなかったセックス記事を掲載しはじめ、1980年代中盤のDCブランドブームの牽引者となる一方、追随し同じ層をターゲットにして創刊された講談社の『ホットドッグ・プレス』(1979年 - 2004年)、集英社の『メンズノンノ』(1986年 - )とともに、人気男性誌となった。また、同誌を中心とした雑誌を購読する世代の文化を「カタログ文化」と呼び、1980年に文壇にデビューした田中康夫の小説『なんとなく、クリスタル』とともに、揶揄する論調も存在した。

[編集] 1990年 -

2004年から再び月刊誌となる。その後何度かリニューアルを重ねて、現在も20代前半のファッションマガジンとして情報を発信している。

[編集] 過去の寄稿者・モデル

[編集] 1976年 - 1979年

[編集] 1980年 - 1989年

[編集] 関連項目

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  1. ^ 植草甚一編集『宝島』(特集・もうブラジャーはいらない、1975年8月号、JICC出版局 - 現宝島社)、同『宝島』(特集・ビューティフルアメリカ、1976年3月号、同)等を参照。
  2. ^ 宝島 (雑誌)の項の記述を参照。

[編集] 外部リンク