KUSHIDA

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KUSHIDA
KUSHIDA at BCW East meets West 2.jpg
プロフィール
リングネーム KUSHIDA
YUJIRO
櫛田 雄二郎
本名 櫛田 雄二郎
ニックネーム タイム・スプリッター
トルネード・スター
竜巻KID
身長 175cm
体重 87kg
誕生日 1983年5月12日(31歳)
出身地 東京都大田区
所属 新日本プロレス
トレーナー 桜庭和志
TAJIRI
デビュー 2006年9月7日
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KUSHIDA(くしだ、男性、1983年5月12日 - )は、日本プロレスラー東京都大田区出身。本名及び旧リングネームは櫛田 雄二郎(くしだ ゆうじろう)。新日本プロレス所属。

経歴[編集]

幼少時代からプロレスラーを志し、中学時代より高田道場に入門。2003年1月、総合格闘技団体ZSTにおける水野健次戦で総合デビューを果たす。2004年にはジェネシスライト級トーナメントで優勝を飾るなど総合では無敗を誇った。

専修大学経営学部経営学科在学中は東京スポーツ編集局でアルバイトをしており、正社員としての内定も得ていたが、プロレスラーとしての夢を捨てきれず内定を辞退[1]2005年に休学し、単身メキシコへ遠征。現地でトレーニングを積み、9月16日にプレデビュー戦を行う。また、覆面レスラーYUJIRO」としても活動していた。

ハッスル - SMASH[編集]

2006年2月10日に行われたハッスルオーディションに参加。選考から外されるも、その素質を買われて練習生として同団体に入団。TAJIRIの内弟子となってトレーニングを積み、9月7日に行われた「ハッスル・ハウス Vol.20」で、師匠のTAJIRIとのタッグで高田モンスター軍赤鬼蜘蛛 & 青鬼蜘蛛組と対戦。超新星ラナで赤鬼蜘蛛からピンフォール勝ちを収めた。

2007年からは活動範囲を広げ、アパッチプロレス軍ドラディションに参戦。7月には本名の「櫛田雄二郎」の名義で全日本プロレスに参戦。2008年2月、PLAYBOY CHANNEL NIGHTタッグトーナメントにてT28とのタッグで優勝。3月にはT28と共にジュニア・タッグリーグ戦に出場。カズ・ハヤシからピンフォール勝ちを収めるなど活躍を見せた。同年には大阪プロレスにもTAJIRIと共に参戦し、タッグフェスティバルで健闘する。

2009年11月、海外修行の道中でチカラのマットに初参戦。フィラデルフィアアリーナ大会でヘリオスと一戦を交えた[2]2010年には、同年より新たに旗揚げされたSMASHの所属選手となる。

5月8日、新日本プロレスが主催するSUPER J TAGトーナメント外道とのタッグで出場するも、二回戦で敗退。さらに、双方のファイトスタイルの相違が原因で遺恨が勃発する。6月、BEST OF THE SUPER Jr.に初出場。予選落ちが確定し、その最終戦である13日、外道とのシングルマッチが組まれるも、外道のリザーバーとして出場した矢野通に叩きのめされ、敗北。試合後、テーピングでロープに縛り付けられ外道に竹刀による殴打を喰らうも、棚橋弘至に救出され事なきを得る。

翌19日、DOMINION6.19にて、矢野と髪切り闘争を展開していた棚橋がルーザーボールド・ルールで矢野に勝利するも、矢野の奇襲により逆に髪を切られそうになるという事態に発展する。これに対してTAJIRIと共に棚橋を救出し、矢野を丸坊主にすることに貢献した。バックステージで棚橋、TAJIRIを交えたユニット「タナスマ」を結成。同月のJ SPORTS CROWN〜無差別級6人タッグトーナメント〜では同ユニットとして出場し、準優勝に輝く。

7月19日、未だ遺恨の潰えていない外道と対戦。ミッドナイトエクスプレスでピンフォール勝ちを収め、抗争に終止符を打つ。

新日本プロレス[編集]

2011年2月25日、SMASH.14の舞台で新日本プロレスに円満移籍することを発表し[3]、3月8日に入団会見を行った[4]。19日にはプリンス・デヴィットが保持するIWGPジュニアヘビー級王座に初挑戦。31日に開催されたSMASH.15にて、大原はじめとのシングルマッチをもってSMASHを退団し、4月1日付で正式に新日本プロレス所属選手となる。

8月14日、G1 CLIMAX最終日のセミファイナルで行われたIWGPジュニアタッグ戦終了後、IWGPジュニアヘビー級王者である飯伏幸太に同王座への挑戦を直訴し、飯伏がこれを承諾し対戦カードが決まる。しかし、飯伏が古傷の左肩を脱臼した為、ベルトを返上。急遽、前王者のデヴィットとの次期王者決定戦となった。序盤デヴィットを圧倒するも徐々に追い込まれ、最後はブラディサンデーでピンフォール負けを喫する。

2012年8月、アメリカに遠征しSWFに参戦。同興行でフォーエバー・フーリガンズロッキー・ロメロ & アレックス・コズロフ)に襲撃を受けたアレックス・シェリーを救出。これをキッカケにシェリーは新日本に定期参戦を果たし、タッグチームタイム・スプリッターズTIME SPLITTERS)」を結成する。10月8日、KING OF PRO-WRESTLINGにて、フーリガンズが保持するIWGPジュニアタッグ王座に挑戦するも、敗戦を喫する。

10月21日、11月2日、両日とも後楽園ホールで開催されたSUPER Jr. TAG TOURNAMENTにシェリーとのタッグで出場。一回戦で邪道 & 外道、準決勝でタイチ & TAKAみちのくを破り、決勝戦でApollo55プリンス・デヴィット & 田口隆祐)と対戦。合体技・I-94で田口からピンフォールを奪い、優勝を遂げる。11月11日、POWER STRUGGLEで、再びフーリガンズとのタイトルマッチに臨み、これに勝利。第34代IWGPジュニアタッグ王者に輝く。

2013年上半期は、ジュニアタッグ王座を巡ってフーリガンズと幾度となく対戦を重ねる。THE NEW BEGINNINGでは防衛に成功を収めるも、レスリングどんたくで敗北を喫し王座から陥落する。対戦成績を五分五分で迎え、DOMINION6.22で五度目の対戦を行ったが、コントラクトキラーで自身がピンフォール負け。負け越した状態で抗争は一時終結する。

2014年1月4日、レッスルキングダム8にて、ヤング・バックスマット・ジャクソン & ニック・ジャクソン)、フーリガンズ、タイチ & TAKA組を交えたIWGPジュニアタッグ選手権試合4WAYマッチにシェリーと共に出場。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に登場するタイムマシン「デロリアン」に乗り、同作品の主人公マーティ・マクフライが着用していたデニムジャケットダウンベストを着込んで入場した。

4月12日台湾大会において、石井智宏が保持するNEVER無差別級王座に挑戦したが、敗北を喫した。

6月21日DOMINION6.21にて、シェリーとのタッグでヤング・バックスの持つIWGPジュニアタッグ王座に挑戦。これに勝利し、第38代IWGPジュニアタッグ王者に輝く。

7月4日、後楽園ホール大会のメインイベントで飯伏幸太のもつIWGPジュニアヘビー級王座に挑戦。見事勝利し第68代チャンピオンとなる。[5]

獲得タイトル[編集]

新日本プロレス
その他

得意技[編集]

ミッドナイト・エクスプレス
現在のフィニッシュ・ホールド。ムーンサルトプレスの要領で後方宙返り中に360°錐揉み回転を加えて腹部から体を浴びせていく。
SMASH所属選手時代より使用していたが、新日本プロレス移籍後は同団体に所属している内藤哲也スターダスト・プレスと被ってしまい、それを考慮して使用頻度を減らしている。それでもタイトルマッチやBEST OF THE SUPER Jr.といったシングル戦ではフィニッシュとして用いられており、大一番では解禁している。
技名はトルコの刑務所で「脱獄」を意味する隠語
ムーンサルトプレス
上述のミッドナイト・エクスプレスへのフェイント技として使用しているが、フォールを奪うことは少ない。
その場飛び式で使用することもあり、タッグマッチの際には二人同時に押しつぶす型も存在している。
ハッスルに所属していた頃は「超新星プレス」の名称でフィニッシャーとして使用していた。
9469
相手の背中に膝を置き体重をかけ、手で相手の首を反り上げる変形式のキャメルクラッチ
バズソーキック
中腰の相手の側頭部への回し蹴り。師であるTAJIRIの代名詞的な技。
ハンドスプリング・エルボー
相手にロープへ振られた際、ロープ直前でハンドスプリングし、両足にぶつかったロープの反動を生かして後方の相手に向かってバックエルボーを放つ。
師であるTAJIRIの得意とする技の一つでもある。
タッグマッチの際は、コーナーに控えている相手に対して倒立型で打撃を与えて場外へ追いやる型も使用する。
ブレーン・チョップ
主にタッグマッチ時に使用。パートナーからタッチを受け、トップロープ上でバウンドをつけながら相手の脳天に手刀を振りかざすスワンダイブ式を使用。
トペ・コン・ヒーロ
トップロープを掴んでから放つ一般的な形の他に、トップコーナーから放っていく型も使用する。
ジャパニーズ・レッグロール・クラッチ・ホールド
KUSHIDAが最も使用するクイック技で、ピンフォールを奪うことも少なくない。
ホバーボードロック
飛びつき首固めからホイップし、キムラロックに捕らえてギブアップを奪う。

入場テーマ曲[編集]

  • KUSHIDA MAKES YOU ROCK
2012年1月 - 現在まで使用。作曲者はGEEKS
  • KEEP ON BURNING
新日本移籍後のテーマ曲。2011年6月 - 2011年12月まで使用。
新日本移籍前より使用していたテーマ曲。

脚注[編集]

外部リンク[編集]