WWFジュニアヘビー級王座

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WWFジュニアヘビー級王座
詳細
管理団体 WWF
創立 1965年
廃止 1985年10月
別名 WWWF世界ジュニアヘビー級王座
WWWFジュニアヘビー級王座

WWFジュニアヘビー級王座WWF Junior Heavyweight Championship)は、かつてWWFが認定した王座である。

概要[編集]

1965年ジョニー・ディファジオが初代WWWF世界ジュニアヘビー級王者に認定される[1]1978年WWWFジュニアヘビー級王座として復活するまでの王座の変遷は不明確な点が多い。

1978年1月23日に新日本プロレス藤波辰巳が、ニューヨーク州ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデンカルロス・ホセ・エストラーダを破り第3代王者となり、日本へ凱旋帰国してからは新日本プロレスに王座が定着する。藤波は途中剛竜馬に王座奪取を許すも、4年近くにわたり王座を保持した。藤波がヘビー級転向に伴い王座を返上してからはタイガーマスクが長く保持し、彼が中心となってダイナマイト・キッドブラック・タイガーグラン浜田小林邦昭らが王座を争い、新日本プロレスの全盛期を彩った。

その後はザ・コブラが王座の中心となるも、1985年10月31日にWWFと新日本プロレスが業務提携を解消することに伴って王座返上、そのまま封印。その後、IWGPジュニアヘビー級王座が創設されることとなる。

歴代王者[編集]

以下の表は、歴代王者の記録をまとめた表である。王者が王座返上した場合は、新日本プロレスの次シリーズで王座決定戦が行われた。

それ以外は、すべて前王者に勝利してのタイトル移動。

レスラー 戴冠回数 防衛回数 獲得日付 獲得した場所 / 対戦相手・その他
初代 ジョニー・ディファジオ 1 不明 1965年10月15日
第2代 カルロス・ホセ・エストラーダ 1 0 1978年1月20日 ニューヨーク州ユニオンデール / 王座決定戦(相手はトニー・ガレア
第3代 藤波辰巳 1 24 1978年1月23日 ニューヨーク州ニューヨーク MSG
第4代 剛竜馬 1 0 1979年10月2日 大阪府立体育会館
第5代 藤波辰巳 2 28 1979年10月4日 蔵前国技館 / 藤波のヘビー級転向により王座返上
第6代 タイガーマスク 1 6 1982年1月1日 後楽園ホール / 王座決定戦(相手はダイナマイト・キッド)、負傷のため王座返上
第7代 ブラック・タイガー 1 0 1982年5月6日 王座決定戦(相手はグラン浜田
第8代 タイガーマスク 2 16 1982年5月26日 大阪府立体育会館 / 試合中に負傷(頚椎挫傷)のため王座返上
第9代 タイガーマスク 3 1 1983年6月12日 メキシコメキシコシティ / 王座決定戦(相手はフィッシュマン)、引退のため王座返上
第10代 ダイナマイト・キッド 1 不明 1984年2月7日 蔵前国技館 / デイビーボーイ・スミスザ・コブラとの王座決定巴戦
キッドの全日本プロレス参戦のため王座返上
第11代 ザ・コブラ 1 2 1984年12月28日 ニューヨーク州ニューヨーク MSG / 王座決定戦(相手はブラック・タイガー
第12代 ヒロ斎藤 1 3 1985年5月20日 広島県立体育館
第13代 ザ・コブラ 2 3 1985年7月28日 新日本プロレスとWWFの提携終了により王座返上

脚注[編集]

  1. ^ 古舘伊知郎ワールドプロレスリングで実況を務めていた頃、本王座を「ディファジオ・メモリアル」と呼んでいたのは、これが由来である。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]