ジョナサン・グッド

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ディーン・アンブローズ
Dean Ambrose WWE Axxess 2014.jpg
プロフィール
リングネーム ディーン・アンブローズ
ジョン・モクスリー
モクスリー・モックス
本名 ジョナサン・グッド
ニックネーム ルナティック・フリンジ
スライトリー・オフ
ストリート・ドッグ
身長 191cm
体重 100kg
誕生日 1985年12月7日(28歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オハイオ州シンシナティ
所属 WWE
トレーナー コーディ・ホーク
レス・サッチャー
デビュー 2004年6月
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ジョナサン・グッドJonathan Good1985年12月7日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーオハイオ州シンシナティ出身。

ジョン・モクスリーJon Moxley)のリングネームでCZWDRAGON GATE USAといったアメリカのインディ団体で活動していたことで知られている。

2011年よりWWEと契約。ディーン・アンブローズDean Ambrose)のリングネームでWWEに所属している[1]

来歴[編集]

2004年HWAHeartland Wrestling Association)にてプロレスラーとしてのキャリアを開始。トレーナーにはコーディ・ホークとレス・サッチャーの二人体制で鍛え上げられた。2005年にジミー・ターナーとネセサリー・ラフネス(Necessary Roughness)なるタッグチームを結成し、HWAタッグチーム王座を獲得。以後パートナーを変えながらもタッグチームの第一線を維持。2006年にはシングルとしても出場するようになり、5月にはHWAヘビー級王座を獲得。団体内でタッグとシングル、共にメインで働ける貴重な存在へと成長。

しばらくはHWA一筋で活動していたが、他団体からのオファーの声が多くかかるようになったことからCZWDRAGON GATE USAを始めとした多くの団体に参戦。CZWではレスラー人生で体験したことがなかったデスマッチに意欲的に参加するも過激なレスラーたちが多いということもあって徹底的に叩きのめされるという苦汁を多く味わされた。純粋なプロレスルールでは中心として活躍。CZW世界ヘビー級王座を獲得した。

2011年よりWWEと契約。傘下のFCWにてディーン・アンブローズDean Ambrose)のリングネームで活動を開始。デビューから短期間でTVマッチに登場し、セス・ローリンズとの抗争やFCWにスポット参戦したウィリアム・リーガルCMパンクなどと対戦するなど上層部から期待された。

期待の表れからWWEのロードに参加し、ダークマッチに出場するが中々昇格の機会は訪れず、またFCWと統合された新人発掘番組であったNXTでの出番もないまま数ヶ月過ごしたが、11月にWWEのPPVであるSurvivor Series 2012のメインイベント、CMパンクライバックジョン・シナによるトリプルスレットマッチにてセス・ローリンズローマン・レインズと共に乱入。場外へ逃れたライバックを捕え、3人で抱え上げて実況席へとパワーボムを見舞った。翌日のRAWにも3人で姿を現し、ライバックを強襲。WWEの不義を正す正義の盾というコンセプトのトリオユニット、ザ・シールドThe Shield)を名乗り、多くのスーパースターを襲撃。それはCMパンクを助けようとするポール・ヘイマンの策略であったことが判明。それからもスーパースター達と6人タッグ戦を行い、勝利している。

2013年、5月のPPVであるExtreme Rules 2013にてコフィ・キングストンUS王座を賭けて対決し勝利。US王座を奪取した。以降、スーパースターを相手に多数の反則やカウントアウトで王座防衛を続けた。

以降、オーソリティーの手先としてダニエル・ブライアンやウーソズ等と抗争を繰り広げたが、不調が続き仲間と衝突する場面も多かった。その後仲直りを経てオーソリティーに逆らいベビーターン。エボリューションと抗争するが、その中で不利なUS王座戦を組まれ、バトルロイヤルにてシェイマスに王座を奪われた。以降、エボリューションとの抗争では優勢だったが、6月2日のRAWにてローリンズに裏切られる。

その後、ローリンズを狙い激しく抗争。6月29日のマネー・イン・ザ・バンクのマネー戦への出場にこぎつけたが、試合ではケインの妨害を受け勝利を逃す。7月のPPVでのローリンズとのリマッチは場外乱闘の末没収試合となり、8月のPPVサマースラムにてローリンズとのランバージャック戦で乱戦の末敗れ、翌日のRAWでのハードコアマッチでも敗れた上ブロックに叩きつけられ負傷欠場となった(WWEフィルム社制作の映画『ロックダウン』撮影スケジュールを取るために欠場アングルが組まれた[2])。PPVナイト・オブ・チャンピオンズで復帰、引き続きオーソリティーとローリンズとの抗争を続け、同じくローリンズに因縁を持つジョン・シナと共闘する動きを見せたが、諍いも絶えず、オーソリティーの策略によりPPVヘル・イン・ア・セルでのローリンズ戦を賭けてシナと争うことを強要される。争いの末ポールマッチ(コーナーから延びるポールに吊るされた権利書を奪い合う反則なしの試合)にてローリンズ戦の権利を手に入れ、PPV内のセル戦を戦ったもののブレイ・ワイアットの奇襲を受け結局敗れた。

得意技[編集]

2014年10月以降のフィニッシャー。 [3]
  • スナップメア・ドライバー
サイドヘッドロックの体制から前方に倒れ込み、相手の頭部をマットに叩きつける技。2014年9月まではこちらの技がダーティ・ディーズと呼ばれていた。
変型パイルドライバー
変型フェイスバスター
  • ワン・ヒッター
バーティカル・スープレックスからDDTへと移行する一連のムーブ
  • ザ・モクシシティー
スピニング・サイドスラム
  • 変形クローズ・ライン
ジョー・ブレイカー・ラリアットの別名があるセカンドロープをバウンドに使ったクローズ・ライン

獲得タイトル[編集]

2013年、US王者時代

WWE

CZW

wXw

w / サミ・キャラハン

HWA

  • HWAヘビー級王座 : 3回
  • HWAタッグチーム王座 : 5回

他、米インディ団体を中心に多数のタイトルを獲得。

入場曲[編集]

  • Special Op
  • Retaliation - 現在使用中

脚注[編集]

  1. ^ Dean Ambrose WWE.com、2013年12月7日閲覧。
  2. ^ 参考文献『週刊プロレス』2014年10月29日号 pp125, 「WWEリポート」
  3. ^ http://www.cagesideseats.com/2014/10/23/7044101/rumor-roundup-oct-23-2014-brock-lesnar-wwe-return-randy-orton-babyface-turn-dean-ambrose-finisher

外部リンク[編集]