エットレ・ユエン

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ビッグ・E
ビッグ・Eの画像
プロフィール
リングネーム ビッグ・E
ビッグ・E・ラングストン
ウィリアム・ラングストン
本名 エットレ・ユエン
身長 180cm
体重 130kg
誕生日 1986年3月1日(28歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
フロリダ州タンパ
所属 WWERAW
スポーツ歴 アメリカンフットボール
パワーリフティング
トレーナー FCWスタッフ
デビュー 2009年
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エットレ・ユエンEttore Ewen1986年3月1日 - )は、アメリカ合衆国パワーリフターであり、プロレスラーフロリダ州タンパ出身。WWERAWにてビッグ・EBig E)のリングネームで所属。

来歴[編集]

プロレスラーになる以前は、アイオワ大学アメリカンフットボールをし、ディフェンスラインとして活躍。また、在学中に掛け持ちでしていたパワーリフティングに適正があることを見出し、卒業後にはパワーリフティング選手としてUSAPL(USAパワーリフティング)が主催するUSパワーリフティング・チャンピオンシップ2010、RAWナショナル・パワーリフティング・チャンピオンシップ2011にて高記録を残した。

2009年WWEとディペロップメント契約。傘下団体のFCWにてウィリアム・ラングストンWilliam Langston)のリングネームでデビュー。同年、ビッグ・E・ラングストンBig E. Langston)に変更。2010年、前座の位置からステップアップし、スキップ・シェフィールドとタッグを組んでタッグ戦線に乗り込むも、シェフィールドの引き立て役となることが多かった。

2011年カルバン・レインズとタッグを組んでFCWフロリダタッグチーム王座を奪取した。

2012年ニック・ロジャースとタッグチーム、チーム・ジャケットTeam Jacked)を結成し活動するが、FCWが新人発掘番組であるNXTと合併し新生NXTへと移行後タッグは自然解消。NXTではシングルで活動し、エイデン・イングリッシュ & カマーチョと抗争。この二人とハンディーキャップマッチを行うこともあったがいずれも勝利。12月6日にはNXT王者であるセス・ローリンズからベルトを奪取した。同月17日にはWWEに昇格。RAWのメインイベントであるAJ・リー & ドルフ・ジグラー vs ジョン・シナ & ヴィッキー・ゲレロのミックスマッチにてシナがジグラーを攻める間にAJ・リーから呼ばれ登場し、シナを倒した。

以降、ジグラー、AJと行動を共にして2013年WrestleMania 29ではWWEタッグ王者ヘル・ノーと対戦し、敗戦。しかし翌日のRAWでダニエル・ブライアンとシングルマッチを行い仲間のアシストに助けられ勝利した。その後アルベルト・デル・リオジャック・スワガー、そしてジグラーが世界ヘビー級王座を巡っての抗争を始めたことで、それに関するシングルマッチやタッグマッチをしつつジグラーをアシストした。6月、NXTにてボー・ダラスに敗れNXT王座を陥落。7月には、ジグラーがベビーターンしAJを振ったことから抗争になり、PPVであるSummerSlamで対戦するも敗戦。以降、しばらくSuperstarsMain Eventでの出場が中心としていた。

10月19日のSmackDownにおいてCMパンクとの試合後、パンクを襲撃しようとしたカーティス・アクセルライバックからパンクを守りベビーターン。そして11月18日のRAW CountryにてIC王座を保持するアクセルと対戦して勝利し、ベルトを奪取した。

2014年2月よりリングネームをビッグ・EBig E)へとマイナーチェンジしている。 王座時代はファンダンゴダミアン・サンドウジャック・スワガー等から王座防衛をしていたが、5月、エクストリーム・ルールズにてバッドニュース・バレットに敗れ王座陥落した。

その他[編集]

  • NXTでは勝利した際、倒した相手に追い打ちをかけるフィニッシャーを決めて5カウントを数えるパフォーマンスをしていた。

得意技[編集]

ビッグ・エンディング
フィニッシャー。フロントパワースラムの体勢からカッターへと移行する。
スピアー
通常のスピアーではなくエプロンにいる相手にスーサイド・ダイブのような形で行う。
パワーボム
クローズライン
フットボール・タックル
ボディプレス

獲得タイトル[編集]

WWE
FCW
w / カルバン・レインズ
NXT