ジョン・シナ

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ジョン・シナ
ジョン・シナの画像
プロフィール
リングネーム ジョン・シナ
ザ・プロトタイプ
本名 ジョン・フェリックス・アンソニー・シナ
ニックネーム チャンプ
ワル学博士
賛否両論の男(JR命名)
身長 185cm
体重 114kg
誕生日 1977年4月23日(37歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
マサチューセッツ州の旗 マサチューセッツ州
ウェスト・ニューベリー
所属 WWE
デビュー 1999年11月5日
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ジョン・シナJohn Felix Anthony Cena、男性、本名:ジョン・フェリックス・アンソニー・シナ1977年4月23日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラー映画俳優WWE所属。マサチューセッツ州ウェスト・ニューベリー出身。左利き。

「ジョン・シーナ」や「J・シーナ」と表記されることもある。

経歴[編集]

大学卒業後スポーツ用品メーカーに勤めながらボディビルを行っていたが、プロレスラーに転向。UPWでの活動後WWEと契約。WWE傘下のファーム団体OVW時代はサイボーグギミックで、ザ・プロトタイプリングネームで活動する。

2002 - 2004[編集]

2002年スマックダウンの下部番組ヴェロシティーに数回出演後、6月27日のスマックダウンにて、当時WWEのトップスターの一人であったカート・アングルの対戦者公募に挑戦し、正式にWWEデビューする。カート戦では敗れたものの、試合後アメリカン・バッドアス、ジ・アンダーテイカーがシナの元へ訪れ握手を交わし、シナの健闘を称えた[1]。その後はジェリコと抗争、初のPPVであるヴェンジェンスでジェリコから勝利を奪った。最初は純アスリート系のベビーフェイスであったが、冬頃からブル・ブキャナンとのタッグでラッパーキャラにギミックを変えて、ヒールターンする。


上層部の強いプッシュもあり2003年バックラッシュブロック・レスナーの持つWWE王座への挑戦や、ヴェンジェンスでアンダーテイカー、ノー・マーシーではカートといった実力者との対戦が組まれた。この頃から、対戦相手をこき下ろす過激なマイクパフォーマンスが人気となって次第にベビーフェイス以上の声援を受けるようになり、サバイバー・シリーズを前にレスナー率いるヒール軍団との衝突から、ベビーターンする。 当初は経験不足からベテラン相手に(実際に上手いとは言えない)反則技を使ったり、タッグ戦では頻繁にフォールされ、その度に相方に妨害してもらうなどの稚拙な一面も目立った(真っ向勝負で知られた、クリス・ベノワさえもシナとのタッグでは頻繁にフォール妨害をしていた。)。

2004年WrestleMania XXビッグ・ショーに勝利し、US王座初戴冠となった。その後は、レネ・デュプリーブッカー・Tカリートと王座を巡って抗争を繰り広げる。カリートに敗れた直後に、主演映画「The Marine」撮影のため、カリートの手下、ヘスースにバーで刺されて負傷というアングルでしばらく欠場する。11月のサバイバー・シリーズで復帰し、翌週のスマックダウンで、カリートに勝利し、US王者に返り咲く。

2005 - 2006[編集]

この頃から典型的なキャラクター先行型になり始める。 ロイヤルランブルでのランブル・マッチで最後の2人まで残り、バティスタとの勝負に挑むが、同時落下後の再戦で敗れ、優勝を逃す。2月のノー・ウェイ・アウトのWWE王座挑戦者決定トーナメント決勝でカートを破り、WrestleMania 21でのWWE王座への挑戦権を獲得した。その後オーランド・ジョーダンに敗れてUS王座を手放したが、WrestleMania 21でJBLを下し、WWE王者となった。ジャッジメント・デイで、再戦権を行使したJBLを破り、王座防衛に成功する。


WWE王者となってからはベルトをシナモデルのスピナー・ベルトに変更し、6月6日、ドラフトでRAWに移籍する。移籍直後に当時のGMだったエリック・ビショフと対立し、ビショフと利害が一致したクリス・ジェリコヴェンジェンスサマースラムと王座戦を組まれたが、連勝して防衛に成功する。サマースラムの翌日のRAWで敗者追放マッチに勝利し、ジェリコをWWEから追放する[2]。その後もビショフはシナを王座からあの手この手で引きずり下ろそうとするがシナは王座を防衛し続ける。

2006年ニュー・イヤーズ・レボリューションで、自身初となるエリミネーション・チェンバー・マッチ参戦し、勝利したが、その直後にWrestleMania 21でのマネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチを制し、王座挑戦権を所有していたエッジに王座戦を挑まれ、疲労困憊のシナはエッジに敗れ、王座を奪われる。しかし3週間後のロイヤルランブルで再戦権を行使し、WWE王者に返り咲く。その後もトリプルHやエッジを相手に防衛を続ける。 WWE vs ECWの抗争が開始すると、WrestleMania 22でのマネー戦を制したロブ・ヴァン・ダムワン・ナイト・スタンドで王座戦を行うがエッジの乱入により、王座から陥落した。王座陥落後もECWのレスラーたちと抗争し、ヴェンジェンスではECWを代表するスーパースター、サブゥーに勝利する。

その後WWE王者となったエッジと抗争を開始する。何度か王座に挑むも王座奪取とはならなかった。その後、敗れたらスマックダウンへの移籍を条件にエッジとの再戦権を得て、エッジの地元であるカナダで開催されたアンフォーギヴェンで、エッジが得意とするTLC戦で勝利し、3度目のWWE王座戴冠を果たした。サイバー・サンデーでは史上初となるWWE王者、世界ヘビー級王者、ECW王者の対戦となったチャンピオン・オブ・チャンピオンズ・マッチに参戦するが、ブリトニー・スピアーズの夫(当時)で歌手・ダンサーのケビン・フェダーラインの介入により、キング・ブッカーに敗れる。

2007 - 2008[編集]

ロイヤルランブルウマガとのラストマン・スタンディング・マッチを行い、王座を防衛する。翌日のRAWでショーン・マイケルズとタッグを組み、Rated-RKOから世界タッグ王座を奪取し、WWE王座、世界タッグ王座の2冠王者となった。 ノー・ウェイ・アウトでは、WrestleMania 23のメインイベントで対戦するスーパースター同士がタッグを組むという異例の対戦でマイケルズと組んで、バティスタ・テイカー組に勝利した。翌日のRAWの世界タッグ王座バトルロイヤルにおいて、タッグパートナーのマイケルズが裏切り、タッグ王座から陥落する。ジャッジメント・デイワン・ナイト・スタンドではザ・グレート・カリに連勝し、王座を防衛した。

夏頃からはショーン・マイケルズ、RVD、ダスティ・ローデスから連勝を重ねてきたランディ・オートンとの抗争を開始する。 サマースラムでオートンに勝利し、アンフォーギヴェンでも反則負けという形ではあるものの王座を防衛した。その後、試合中に負傷し怪我の治療のため王座を返上した。

復帰は早くても4月以降という大方の予想を覆して、ロイヤルランブルのメインイベント、伝統のランブル戦で電撃復帰し、30番目の登場で優勝した。復帰後は休場前に抗争していたランディ・オートンと王座を巡り抗争する。2月のノー・ウェイ・アウト、4月のWrestleMania XXIVバックラッシュで王座に挑むも、王座奪取とはならなかった。6月からはドラフトによりRAWに移籍してきたバティスタと誤爆が原因で対立する。8月のサマースラムでバティスタとの初対決が実現する。しかし、試合中に受けたバティスタボムの影響で首の椎間板ヘルニアを発症し(実際には翌週のハウス・ショーで負傷)手術のため休場となった。11月のサバイバー・シリーズで復帰した。復帰戦ではクリス・ジェリコに勝利し、自身初の世界ヘビー級王座を獲得した。12月のアルマゲドンでもジェリコを退ける。

2009年[編集]

ロイヤルランブルでは王座挑戦権を懸けた4ウェイマッチに勝利したJBLの挑戦を受ける。試合終盤にはショーン・マイケルズの乱入もあったが防衛に成功する。2月のノー・ウェイ・アウトにおいて、大会1試合目のエリミネーション・チェンバー形式WWE王座戦で敗退し、王座転落していたエッジがRAW側のチェンバー戦である世界ヘビー級王座戦に無理やりエントリーする。エッジの次に参戦したシナは連続で各選手のフィニッシャーを喰らい、参戦してから数分で敗退し王座を奪われる。しかし4月のWrestleMania XXVでエッジ、ビッグ・ショーとのトリプルスレットマッチを制し世界ヘビー級王座に返り咲く。その後バックラッシュで行われたエッジとのラストマン・スタンディング形式世界ヘビー級王座戦の終盤で乱入してきたビッグ・ショーにより、7000ワットの照明に投げつけられ、防衛に失敗する。これがきっかけとなり、ビッグ・ショーと抗争を開始する。

以降、ビッグ・ショーやザ・ミズとの抗争を経て、7月頃からはWWE王者のランディ・オートンと抗争を開始する。その後幾度となく王座奪取に失敗していたが9月のブレーキング・ポイントでのアイ・クイット・マッチでオートンに勝利し、約 3年ぶりにWWE王座を獲得した。しかし、続く10月4日のヘル・イン・ア・セルでの王座戦でオートンに敗れ、王座を奪われることとなる。そして、10月25日のブラッギング・ライツで「シナが負ければRAW追放」の条件の下でオートンとのアイアンマッチで勝利し、王座を取り戻した。11月のサバイバー・シリーズではDXのトリプルH、ショーン・マイケルズとの三つ巴王座戦を制し防衛するが、12月のTLCのテーブル戦でシェイマスに黒星を喫し、王座を失ってしまいその後の再戦でもシェイマスの反則裁定により王座奪還の機会を失う。

2010年[編集]

1月31日のロイヤルランブルではランブル戦に19番目に入場し、最後の二人まで残るがエッジに排除され、優勝を逃す。2月21日のエリミネーション・チェンバーでのチェンバー戦でWWE王座を勝ち取る。しかし試合後に現れた会長のビンス・マクマホンによって決定したバティスタとのWWE王座戦に敗れ、王座を失う。これをきっかけにバティスタとの抗争が始まり、WrestleMania XXVIでは、WWE王座を賭けて対戦し、勝利をおさめた。しかし、その後もバティスタとの抗争は続き、エクストリーム・ルールズのラストマン・スタンディング戦で再び対戦して勝利するも、バティスタはまたも王座に再挑戦し、オーバー・ザ・リミットのアイ・クイット・マッチで見事勝利。バティスタを引退させた。フェイタル・4ウェイではランディ・オートン、エッジ、シェイマスとのフェイタル4ウェイ形式の王座戦を行うも、NXTの1期生であるネクサスの襲撃を受け、混乱に乗じてシェイマスにフォールを奪われ王座を失う。マネー・イン・ザ・バンクにてスティールケージマッチ方式のWWE王座戦でシェイマスに挑戦し、健闘するも、ネクサスの介入により、あと一歩及ばずシェイマスに惜敗。 その翌日のRAWでネクサスに休戦を要求。しかし断られ、諦めたかと思いきやネクサスはサマースラムで消滅すると言い放ち、エッジ、ジョン・モリソンR-トゥルースザ・グレート・カリ、クリス・ジェリコ、そしてブレット・ハートと共にネクサスに襲い掛かり、ネクサスを撤退させた。そしてサマースラム本大会にて行われたWWE対ネクサスのエリミネーション・マッチでは最後まで勝ち残りWWEを勝利に導く。ナイト・オブ・チャンピオンズでは6パック形式のWWE王座戦の出場者の一人として出場したが、ウェイド・バレットに敗退させられ、王座獲得を逃してしまった。その後から本格的にバレット(ネクサス)との抗争がはじまり、バレットからヘル・イン・ア・セルで行われるセル戦でこの抗争に決着をつけるとを言い渡され、その時にバレットが「お前は俺に負けたらネクサスに入れ」と言われシナはこの条件を受け入れた。だがシナも「じゃあ俺が勝ったらネクサスとはおさらばだ」とネクサスの解散を要求し、それぞれの条件のもと試合が成立した。だがヘル・イン・ア・セルでの試合は卑怯な手段を使ったバレットが勝利してしまい、シナのネクサス加入が決定してしまった。 当初シナはネクサスの内部崩壊を目指し、マイケル・ターヴァーを叩きのめし脱退させたが、その後匿名のRAWGMから「ネクサスにいる以上バレットの命令に従わなければクビ」と告げられ、ネクサスメンバーとしての活動を余儀なくされる。

ブラッギング・ライツではデビッド・オタンガとタッグを組んで、コーディ・ローデス & ドリュー・マッキンタイアからWWEタッグ王座を奪取した。しかし、その翌週のRAWにてリーダーであるウェイド・バレットから同じネクサスのメンバーであるジャスティン・ガブリエル & ヒース・スレイターにタッグ王座を渡すよう指示され、オタンガがリング中央で横になり献上した。 また、ウェイド・バレットとランディ・オートンのWWE王座戦の特別レフェリーを勤め、バレットに「俺が勝たないとクビにする」と言い渡されていたため、試合手版にバレットを殴り飛ばして反則勝ちにすることでクビを免れた。しかし、バレットが勝ったことで、再度王座戦を組まれてしまう。

サバイバー・シリーズではまたしてもWWE王座戦の特別レフェリーを勤めた。この試合ではバレットが勝てばシナはネクサスから解放、オートンが勝てばWWEを解雇させられるというルールだった。しかしシナは卑劣なことができず、オートンの勝利によりシナの解雇が決定した。 しかし、その後から観客席などから乱入してネクサスのメンバーを一人ずつ襲うようになり、ネクサス内でもバレットにシナを復帰させろという声が出た。それによりWWEとの再契約が賭けられた12月19日のTLCのイス戦が行われ、バレットととの一騎打ちに勝利し、再びWWEと契約した。

2011年[編集]

2月20日に行われたエリミネーション・チェンバーでのWWE王座挑戦者決定戦に勝利し、レッスルマニアでのザ・ミズのWWE王座への挑戦権を獲得する。また、この前後よりレッスルマニアのホスト役として復帰を果たしたザ・ロックと舌戦を展開する。

2月21日のRAWではレッスルマニアの対戦相手であるミズとタッグを組んで、ジャスティン・ガブリエル & ヒース・スレイターを破りWWEタッグ王座を獲得した。しかし直後にコアが再戦権を行使したため防衛戦を闘うがミズに裏切られて敗北、王座を失った。

4月3日に行われたWrestleMania XXVIIではロックの介入に遭い、ミズに敗れてWWE王座奪取に失敗する。翌日のRAWでロックとマイク合戦を行った後、翌年のレッスルマニアでの一騎打ちを誓い合った。

5月1日に行われたエクストリーム・ルールズではジョン・モリソンを含めたトリプルスレット形式の金網戦でミズを下し、トリプルHと並ぶ通算8度目のWWE王座戴冠を果たした。翌日のRAWにてミズとWWE王座戦のリマッチを組まれ、ミズのベルト攻撃でカウントを奪われ一度は負けが宣告されるもレフェリーがベルト攻撃に気付き反則勝ちで防衛戦スタートとなった。その後オーバー・ザ・リミットでのアイ・クイット・マッチ形式でミズとアレックス・ライリー2人を相手に防衛に成功した。

7月17日に行われたマネー・イン・ザ・バンクでは、「シナが負ければ解雇」の条件の中、「WWE王座を保持したまま、WWEを去る」と明言していたCMパンクに対して防衛戦を行ったが敗れてしまい、王座を失った。条件によりビンス・マクマホンから解雇を通知されたが、ビンスのCEO解任により解雇は撤回された。

9月18日に行われたナイト・オブ・チャンピオンズではアルベルト・デル・リオを下し、通算10度目のWWE王座載冠を果たした。

10月2日に行われたヘル・イン・ア・セルでは得意技を何度も繰り出すも試合の途中セルの扉から出されてしまい、デル・リオがレフェリーから鍵を強奪。扉の鍵を閉められ再びセルの中へ入ることができなくなってしまい、結局デル・リオがパンクから3カウントを奪い王座防衛に失敗した。同月23日に行われたヴェンジェンスにおけるデル・リオとのリマッチにも敗れた。

11月20日に行われたサバイバー・シリーズではロックとタッグを組み、ミズとRトゥルース組から勝利した。

12月5日に行われたRAWにて、パンクの保持しているWWE王座への挑戦を表明しザック・ライダーから勝利したが、ライダーのUS王座挑戦をアシストするために、ジョン・ロウリネイティスが提示した、もう一度ライダーにチャンスを与える代わりにWWE王座挑戦を諦めるという条件をのみ、WWE王座挑戦を断念した。翌週12日のRAWにおけるマーク・ヘンリーとの試合中、乱入したケインによってチョークスラムを喰らい抗争を開始した。

2012年[編集]

1月29日に行われたロイヤルランブルでのケインとの試合は両者リングアウトにより引き分けとなり、2月19日に行われたエリミネーション・チェンバーでの救急車戦に勝利して抗争は終了した。

その後はロックとのレッスルマニアXXVIIIへ向けたアピール合戦を行い、4月1日に行われた同大会にてロックに敗れる。大会翌日のRAWにてロックへの再戦をアピールしていたが、その最中にジョン・ローリネイティスブロック・レスナーが登場し、2人との抗争が勃発、4月23日に行われたエクストリーム・ルールズでレスナーに勝利した。

5月20日に行われたオーバー・ザ・リミットではビッグ・ショーの乱入によってローリネイティスに敗れたことを発端に、翌日のRAWにて、ショーとの抗争を開始。6月17日に行われたノー・ウェイ・アウトではショーに勝利し、またローリネイティスに引導を渡す。さらに7月15日のマネー・イン・ザ・バンクでは元WWE王者5人でマネー戦を展開、そして勝利するものの、1000回目RAWでのCMパンクとのWWE王座戦ではショーの妨害で王座取得ならず、初のMrマネーの失敗者となってしまう(試合としては反則勝ち)。 8月にはサマースラムにてパンク、ショーと3つ巴のWWE王座戦を戦う。ビッグ・ショーを倒すものの、パンクにフォールを盗まれ、負けずして王座取得に失敗した。

その後、腕の負傷や半月板の負傷により短期間ながら休場することも多く、WWE王座戦のチャンスを数度ライバックに譲ることとなった。また、世界王座専用のマネーの権利をかけてTLCにてドルフ・ジグラーとも戦ったが、恋愛ギミック(?)を展開していたAJ・リーに裏切られ敗れた。

2013年[編集]

1月27日、ロイヤルランブルのロイヤルランブルマッチに19番目に出場し、2度目の優勝を飾った。レッスルマニアでのロックとのWWE王座戦を希望する。 CMパンクは「レッスルマニアで王座挑戦に相応しいとのは俺だ」と主張し、翌週のRAWでシナとパンクのロックとの王座戦をかけた試合が組まれる。ここでシナは勝利することで王座挑戦権を守り抜き、そして4月7日、レッスルマニア29にてロックとのリターン・マッチを行い、激闘の末に勝利して見事11度目のWWE王座を獲得する。 翌RAWにて、ヘンリーに襲われているところをライバックに助けられたが、直後ライバックがヒールターン。王座を巡り抗争を開始し、エクストリーム・ルールズのラストマン・スタンディング戦で引き分けてしまう。そこでライバックはアンビュランス・マッチ(救急車戦。敵を救急車に閉じ込めたほうの勝ち)を提案したが、自身はさらに過酷な、地獄の三本勝負(1本ごとに試合形式が変わり、今回はランバージャック戦、テーブル戦、救急車戦が組まれている)を持ちかけ、承諾され、勝利し、さらに翌PPV、マネー・イン・ザバンク2013でのマーク・ヘンリー戦もタップアウトで勝利。 次いで、サマースラム2013での挑戦者を自分で選ぶ権利を得たことで、観客にその権利をゆだねると、ファンはダニエル・ブライアンを選び、激戦の末惜敗し王座を失った。 翌日のRAWで、肘の手術のため4ヶ月以上の休場を発表したものの、ずっと早い期間で復帰。10月27日のPPVヘル・イン・ア・セル2013で復帰戦をアルベルト・デル・リオのもつWWE・世界ヘビー級王座への挑戦という形で行うことを発表し、現地時間10月27日のPPVヘル・イン・ア・セルWWE・世界ヘビー級王座を獲得した。 しかし、12月のTLC戦では自身の提案したTLC形式の王座統一戦でオートンに敗れ、惜しくも敗北し王座を失った。

2014年[編集]

ロイヤルランブル2014にて、WWE・世界ヘビー級王座を賭けてオートンと対戦。しかしワイアット・ファミリーの乱入により敗戦。 抗争へと発展し、度重なる心理戦に苦しみながらも、レッスルマニア30のシングル戦で勝利。 続くエクストリーム・ルールズでの金網戦では敗れたが、ペイバックでのラストマン・スタンディング戦にでは再度勝利を得た。 6月29日、マネー・イン・ザ・バンクのハシゴ戦形式によるWWE・世界ヘビー級王座戦にて勝利し、王座を取得。しかし8月17日のサマースラムブロック・レスナーを相手にした王座防衛戦に敗れ、王座を失った。ナイト・オブ・チャンピオンズの再戦ではレスナーを追い詰め王座奪還目前で、マネー・イン・ザ・バンクの権利を行使しようとしたセス・ローリンズの乱入に遭いレスナーの反則負けで王座防衛を許してしまう。以降は同じくローリンズに因縁を持つディーン・アンブローズと微妙な関係ながら共闘してローリンズやオーソリティと抗争を開始。

10月13日のRAWではローリンズとのヘル・イン・ア・セル戦を賭けたポールマッチでアンブローズに敗れ、PPVでのオートンとのヘル・イン・ア・セル形式WWE世界ヘビー級王座第一挑戦者決定戦がへの出場が決まる。 10月26日のヘル・イン・ア・セルではオートンに勝利し、WWE世界ヘビー級王座第一挑戦権を獲得する。

サバイバーシリーズではチームシナ(ドルフ・ジグラービッグ・ショーライバックエリック・ローワン)と共にチームオーソリティとの生き残り戦に出場。自身はビッグ・ショーの裏切りで敗退するが、ジグラーの活躍とスティングの乱入でチームは勝利し、オーソリティの権力を失わせた。

得意技[編集]

アティテュード・アジャストメント(旧名F-U)(2012年 対ケイン戦)
STF(旧名STF-U)
キルスイッチからファイブ・ナックル・シャッフルに移行する際「You Can't See Me(見えっこねぇ)」と挑発する。
アティテュード・アジャストメント(F-U)
いわゆるデスバレードライバー。初期から現在のフィニッシャー。ブロック・レスナーとのタイトルマッチを前に身に付けた技で、相手を持ち上げるまでの動作がレスナーの「F-5」と同様だったことから、「Fuck You」と掛け合わせて「FU」と命名された。ビッグ・ショーザ・グレート・カリを持ち上げたこともある。中期以降はファイヤーマンズキャリーの体勢からフェイスクラッシャーの要領で足を開きボディスラムの様に落とす形になっていた。現在はフィニッシャー、もしくはSTFへの繋ぎとして使用されている。放送コード上の問題から2009年1月より名称をF-UからAttitude Adjustmentに変更。頭文字を取ってAAと実況されることもある。通常の投げ方のほかにそのまま投げ捨てる投げ方がある。相手がトップロープから飛んできたところを捉えた後に技の形に入りそのまま繰り出す事もある。
ファイブ・ナックル・シャッフル
右手を高らかに掲げたらこの技を繰り出す合図。ダウンしている相手に向かって、自分のほうに手のひらが向くようにして、自分の顔の前で手をヒラヒラさせ「You Can't See Me(見えっこねぇ)」と挑発し、ロープリバウンドの後、両肩を交互に上下し、肩の埃を払うような仕草からおもむろにフィスト・ドロップを浴びせる。この技が出る度に観客も「You Can't See Me」チャントをする。何度やっても通用しない場合コーナートップから狙う他、挑発をカットしてすばやくロープリバウンドからフィストドロップを打ち込むことがある。
ダイビング・ファイブ・ナックル・シャッフル
コーナートップから右手を高く掲げた後、自分のほうに手のひらが向くようにして、自分の顔の前で手をヒラヒラさせ「You Can't See Me(見えっこねぇ)」と相手を挑発した後コーナートップから相手めがけてダイビング・フィスト・ドロップを浴びせる。大一番の時や、ファイブ・ナックル・シャッフルが破られた時などによく使用する。通常のファイブ・ナックル・シャッフル同様、この技が出る度に観客も「You Can't See Me」チャントをする。
ダブル・ファイブ・ナックル・シャッフル
両手を高く掲げたらこの技を繰り出す合図。ダウンしている相手二人に同時に両手で自分の顔の前で手をヒラヒラさせ「You Can't See Me(見えっこねぇ)」と挑発しロープリバウンドの後、両肩を交互に上下し、肩の埃を両手で払うような仕草からおもむろに二人同時にフィスト・ドロップを浴びせる。対戦相手が複数にいる時に稀に使用するあまり見られない技。通常のファイブ・ナックル・シャッフル同様、この技が出る度に観客も「You Can't See Me」チャントをする。
STF(STF-U)
現在のフィニッシャー。通常のSTFはフェイスロックだがシナの場合はチンロックのように顎を締め上げながら太い腕で首の頸動脈も同時に締める。F-Uと同様放送コード上の問題で2009年1月より名称変更。現在はオリジナルの名前である、STFで呼ばれている。旧技名の元ネタは「Shut the Fuck Up」。
ダイビング・フェイマサー
ダイビング式のフェイマサー。コーナーから相手の後頭部にむけて放つダイビングレッグドロップ。
スローバック
変形フェイスクラッシャー。相手の後ろから走って近づき、前転宙返りし、その途中で相手の首をつかんでフェイスクラッシャーをしかける。
スープレックス
旋回バックドロップ。デビュー当時のフィニッシャーだったが、現在はこの技からファイブ・ナックル・シャッフルへと繋ぐのが定番ムーブとなっている。現在はクリスチャンが従来のフィニッシュホールドであるアンプリティアーをWWE復帰後に「キル・スイッチ」と改名したため、単にバックドロップ、スープレックスなどと呼ばれる。
フライングショルダーアタック
劣勢になっているとき、反撃にうつる際に用いられる。ロープに振られ、相手の攻撃をかわしつつ反対のロープの反動を利用して攻撃。それを2 - 3回繰り返し、キルスイッチで相手をダウンさせてから、観客席を見回しつつ右手を高らかに上げ、ファイブ・ナックル・シャッフルにつなぐのが定番パターン。
ワンハンド・ブルドッグ
片手で仕掛けるブルドッグ。シナの場合コーナーに相手を自慢のパワーで強く投げつけた後コーナーにぶつかった反動で前に出てきた相手の後ろに素早く走りこみ、ロープの反動を使って勢い良く仕掛けるというパターンが定番。
ヒップトス
昔は投げると同時に自分も投げた方向に跳びながら繰り出していたが、近年では普通にこの技を使っている。
フィッシャーマンズ・スープレックス
シナの場合スピーディーに技の形に入り、勢い良く投げる。
ガットレンチ・スープレックス
ジャーマン・スープレックス
WWEナイト・オブ・チャンピオンズ2012では雪崩式を披露した
スーパーアティテュード・アジャストメント
セカンドロープから仕掛ける雪崩式のアティテュード・アジャストメント。大一番の時に仕掛ける。
クローズライン
極稀に使用する。
ショルダー・タックル
通常のショルダー・タックル。クローズライン同様、極稀に使用する。
エメラルド・フロウジョン(初期型アティテュード・アジャストメント)
OVW時代から使用していた技。技の名前はエメラルド・フロウジョンだが、現在のフィニッシャーであるアティテュード・アジャストメントの初期型でもある。アティテュード・アジャストメントが現在の形に変わりラッパーキャラになってから使用することは無かったが、2011年になってから稀に出すようになった。
チェーン・ナックル
ラッパーキャラの時に使っていた凶器攻撃。チェーンを拳に巻き着け、その拳で相手目掛け思い切り殴る。

また技ではないが、よくPPVなどの大一番の時の試合中に道具、凶器を独特な使い方をすることがある。 例としてはExtreme Rules 2010の際、ラストマン・スタンディング・マッチにて倒れたバティスタをコーナーまで引きずり、両足首をコーナーにエプロンの下にあったガムテープで巻きつけ、自力で立てないようにして10カウントを奪い、勝利したことがある。

決め台詞[編集]

  • Word Life(これマジ)
  • You Can't See Me(見えっこねぇ)
  • The Champ is here(チャンプはここだ)
  • If you want some, come get some(欲しい物があるなら、取りに来いや)

タイトル歴[編集]

WWE
OVW
  • OVWヘビー級王座:1回
  • OVW南部タッグ王座:1回(w / リコ:1回)
UPW
  • UPWヘビー級王座:1回

人物[編集]

  • ニックネームはチャンプラッパー[3]を模した反逆児ギミックと過激なマイクパフォーマンスで知られる。決め台詞はYou Can't See Me(見えっこねぇ)、The Champ is here(チャンプはここだ)などが代表的。その一方で、リングの外においては非常に勤勉・真摯で、問題を起こさない『優等生』でもある。特にメイク・ア・ウィッシュ財団に対しては長年にわたり協力しており、2009年にはその功績を讃え同財団より「Chris Greicius Celebrity Awards」を贈られた。
  • フジテレビ版の『スマックダウン!』では「俺様ラッパー」なるキャッチコピーが付けられていた。なお番組レギュラーだったヒップホップグループ「HOME MADE 家族」とのラップでのコラボレーションも実現している。
  • 2004年夏の日本武道館大会で来日した際にコーヒー牛乳が気に入り、同年や2005年7月のハウス・ショーさいたま大会では、「コーヒー牛乳大好き!!」とマイクパフォーマンスでも取り入れていた。2005年2月のテレビショーさいたま大会では、DDT高木三四郎がサインボードに取り入れた。
  • 週刊プロレス内のインタビューでザ・デストロイヤーアブドーラ・ザ・ブッチャーはシナに対し(特にデストロイヤーは元からエンターテインメント重視のWWEを批判していたにもかかわらず)、「あの独自のスタイルはグッド。レスリングもできる」と高く評価している。実際2011年に行われたCMパンクとの王座戦ではキャラクター性を前面に押し出したいつものスタイルではなくシリアスな動きを多分に取り入れていた。
  • 父親のジョン・シナ・シニアはインディー団体のミレニアム・レスリング・フェデレーション英語版でレスラーのマネージャーをしている。またその父親はアタッシュケースで対戦相手の邪魔をするのを売りとしているらしく、エッジがアタッシュケースを使いだした時息子が会社にネタを売ったと思ってシナに詰め寄ったという。
  • 上記のように私生活でも優等生で、リング外での問題を起こすこともないので団体上層部からの信任も厚い。主に低年齢層からの人気が高く、ここ数年はWWEの絶対的なエースとして君臨している。最近の活躍から、かつてWWEの象徴だったストーン・コールド・スティーブ・オースチンの後継者とも言われている。
  • 一般層からの人気は高いものの、典型的なキャラクター先行型であるため、2005年頃からベビーフェイスであるにもかかわらず、玄人志向のファンからはブーイングを受けるようになる。近年は(昔は負けが目立った)レスナー相手にも互角以上に戦うなどレスリング技術も向上しているものの、現在に至るまでレッスルマニアなどの大舞台でトップヒールを相手に戦う場合はシナがブーイングを受け、ヒールが声援を受けるということも少なくない。近年の試合ではシナファンとアンチシナファンが交互にLet's Go CENA!(レッツ・ゴー、シナ!)、Cena Sucks!(シナ最低!)とチャントを競い合うのが通例となっており、シナ自身もRISE ABOVE HATE(憎しみを超えろ)をスローガンに掲げて自身のキャラクターの一部としている。
  • 近年ヒールターンを望んでいる声が多く、ハルク・ホーガンも「自身がヒールターンして「nWo」で大ブームを巻き起こしたことから、シナもそろそろヒールターンすべき」とインタビューで語っている。

リング外での活動[編集]

2005年には従兄弟でもあるラッパー、トレードマークとともにJohn Cena & Tha Trademarc名義でオリジナルのアルバム『You Can't See Me』を発売した。セールスは50万枚に達したといわれる。

  • 収録曲のThe Time Is Nowは現在のシナの入場曲として使用されている。
  • 収録曲のBAD,BAD MANのPVは特攻野郎Aチームのパロディとなっている。このPVはジャッジメント・デイ2005のDVDに収録された。
  • 収録曲のIf It All Ended Tomorrow は後述のシナ主演映画『ネバー・サレンダー 肉弾凶器』のエンドロールで使用された。
  • アルバムからは3曲がシングルカットされたが、それぞれチャートには入っていない。

また、これまでにWWEフィルムが製作した映画3作品に出演している。

2012年10月14日にメットライフ・スタジアムで行われるNFLニューヨーク・ジェッツの名誉キャプテンに選ばれた。なお彼自身は本来ニューイングランド・ペイトリオッツファンである[4]

入場曲[編集]

  • Slam Smack
  • Insert Bass Here
  • Basic Thuganomics
  • The Time Is Now - 現在使用中
  • We Are One

脚注[編集]

  1. ^ 当時WWEは、ザ・ロックの俳優転向やストーン・コールド・スティーブ・オースチンの首の怪我によるレスラーからの引退でトップスターが相次いで不在となるため、それらの選手に代わる新たなスターを誕生させるのに躍起になっており、テイカーは新たなスター誕生のために一役買っていた。当時、テイカーによってポジション格上げが行われた選手は、シナの他にもブロック・レスナーやジェフ・ハーディーなどがいる。
  2. ^ 表向きは解雇であるが、実際は音楽活動に専念したかったジェリコの円満退社である。
  3. ^ シナ自身が元々ラップ好きで、仲間内でよく披露していたことがきっかけで、それがキャラクターとなった。
  4. ^ ペイトリオッツファンのWWEレスラー、ジェッツで一日主将に”. NFL JAPAN (2012年10月14日). 2012年10月21日閲覧。

外部リンク[編集]