ケビン・スティーン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ケビン・スティーン
ケビン・スティーンの画像
プロフィール
リングネーム ケビン・スティーン
スーパー・ドラゴン
ニックネーム ミスター・レスリング
レスリング・ワースト・ナイトメア
アンチ・キリスト・オブ・プロレスリング
身長 180cm
体重 110kg
誕生日 1984年5月7日(29歳)
出身地 カナダの旗 カナダ
ケベック州セイント・ジャン・サー・リシュルー
スポーツ歴 ホッケー
ポロ
サッカー
野球
トレーナー セルジュ・ジョーディーン
ジャック・ルージョー
ピエール・カール・ウエレ
デビュー 2000年
テンプレートを表示

ケビン・スティーンKevin Steen1984年5月7日 - )は、カナダプロレスラーケベック州セイント・ジャン・サー・リシュルー出身。様々なインディー団体に出場しており、特にカリフォルニア州を拠点にするプロレスリング・ゲリラPro Wrestling Guerrilla)やROHRing of Honor)に出場する事が多い。

来歴[編集]

デビュー前[編集]

11歳の時にレッスルマニアXIのディーゼルショーン・マイケルズWWF王座を賭けた勝負を見てプロレスに興味を持ち、3年後に親の勧めでケベックを拠点としたレスラーの元でトレーニングを開始、翌年にはジャック・ルージョーの元で本格的なトレーニングを積み始めた。2000年5月7日の16歳の誕生日にデビューし、カナダの様々なインディー団体へ進出する前の4年間をルージョーの元でトレーニングとプロモーション活動をしていた。

CZW(2004~2006年)[編集]

2004年9月10日のイベントでコンバット・ゾーン・レスリングCombat Zone Wrestling)に参戦する。エル・ジェネリコエキセスセクシー・エディの4wayマッチをするも負けてしまう。その後もCZWに出場し続け、エル・ジェネリコ、スーパー・ドラゴンエクスカリバーとチームを組むようになる。

05年の5月にはCZWベスト・オブ・ベスト・トーナメントに出場し、ケニー・バスタードクリス・ヒーローを破り、決勝戦でB・ボーイ、スーパー・ドラゴン、マイク・ケンブッシュと4wayマッチで対戦するもマイク・ケンブッシュに負けてしまう。

その3ヶ月後にフランキー・ザ・モブスターを破り、初めてCZWアイアンマン王座を獲得する。その後ナイト・ウェッブ、エル・ジェネリコ、スーパー・ドラゴン相手に次々と防衛。さらに、ネグロ・ブッチャーDJハイドB.J.ホイットマーメシアを相手にも防衛をする。

8月のトラップドという大会で、スティーンはフォールされたら王座移動という不利な条件を突き付けながら もガンディアンズ(ケビン・スティーン、エル・ジェネリコ、フランキー・ザ・モブスター、ルフィスト)、ブラックアウト(セイビアンジョーカーロビー・ミレノ)、フォア・ファザーズニック・ゲイジジャスティス・ペイン)とエディ・キングストンの3wayを行う。モブスター、ジェネリコが脱落したあとルフィストと仲違いを起こし、ロー・ブローからルフィストにフォールを奪われタイトルを失う。タイトルを落とし、しばらくしてドラゴンゲートのツアーに参加するためにCZWから離脱してしまう。

08年に一度だけ戻っており、ボーデル・ウォーカーと試合をするもノーコンテストに終わる。これ以降CZWには戻っていない。

PWG(2005年~現在)[編集]

05年の5月に、CZWと同時並行でプロレスリング・ゲリラPro Wrestling Guerrilla)にも参戦している。8月にはA.J.スタイルズを破りPWG世界王座を獲得するが、4ヵ月後にスーパー・ドラゴンの介入もあり、ジョーイ・ライアンにタイトルを奪われてしまう。そこからスーパー・ドラゴンと抗争を開始し、12月にスティーンが負け、抗争に終止符を打った。

2006年に入るとエル・ジェネリコとタッグを組み、PWG世界チーム王座を目指すようになる。翌年の07年7月になると王者組のPACロデリック・ストロングを破りPWG世界チーム王座を獲得する。3ヵ月後のツアー中にデイビー・リチャーズとスーパー・ドラゴン組に敗れるまでの3ヶ月ベルトを保持し続けた。タイトルを失った翌日、負けたらPWGからの無期限に離脱を条件に、パートナーをPACに変えて王者組にリマッチするも負けてしまう。この後スティーンはPWGから長期離脱をする。

08年3月になるとエル・ジェネリコをパートナーにPWGに復帰し、復帰と同時にジェーイ・ライアンとスコット・ロストのタッグチャンプを破り、2度目のタイトルを獲得をする。スティーンとジェリコのタッグはダイナミック・ダムヴィレート・タッグ・チーム・タイトル・トーナメントDDT4)に出場、決勝までの残るがジャック・エヴァンス、ロデリック・ストロング組に敗れてしまいタイトルを失ってしまう。

2010年の12月になると2年ぶりのPWG側の勝利のために戸澤アキラと対戦し勝利した。(戸澤は武者修行中でPWG以外の様々な団体に出ていたため2年ぶりの登場になった)11年の2月のなると3月のDDT4のトーナメントのために戸澤とナイトメア・バイオレンス・コネクションNightmare Violence Connection)というタッグ名でタッグ結成した。トーナメント初戦でブリスコ・ブラザースを破り、当時のROH世界タッグチーム王座保持者のキング・オブ・レスリングを破って決勝まで残り、決勝でザ・ヤング・バックスと対戦するが負けて準優勝で終わってしまう。

PWGの8周年記念のショーで第1試合でPACを破り、第5試合でCIMAと組んで当時PWG世界タッグ王座を保持していたザ・ヤング・バックスとノンタイトルで対戦して勝利した。ショーのメインイベントであるPWG世界王座を賭けたチャンピオンのクラウディオ・カスタリョーニと挑戦者のクリス・ヒーローの試合後、タイトルを防衛した王者にいつでもPWG王座へ挑戦できる権利を行使し、パッケージ・パイルドライバーでチャンピオンから3カウントを奪い王座を奪取した。

8月の2011 Battle of Los Angelesのトーナメントでデイブ・フィンレーエディ・エドワーズを破り決勝へ進出したが、かつてのタッグを組んでいたライバルのエル・ジェネリコに敗れてしまう。9月にデイビー・リチャース相手にPWG王座を防衛するが、10月のSteen Wolfでエル・ジェネリコとPWG王座を賭けたラダーマッチ形式で試合を行い、ヤング・バックスの介入もありエル・ジェネリコに王座を奪われてしまう。試合後、スティーンを守るために脳震盪で引退していたスーパー・ドラゴンが3年ぶりに現れ、ヤング・バックス側のゲリラ・マッチを受け入れる代わりに、ヤング・バックスが保持しているPWG世界タッグチーム王座への挑戦権を手に入れた。

スティーンとスーパー・ドラゴンはアペタイト・フォー・ディストラクション(Appetite for Destruction)というタッグ名でヤング・バックスとゲリラ・マッチで対戦し、ヤング・バックスからPWG世界タッグチーム王座を奪取した。翌年3月にはPWG世界王座を賭けてチャンピオンのエル・ジェネリコとエディ・エドワーズと3wayマッチを行い勝利しタイトルを奪取した。4月にはサミ・キャリハン、5月にはブライアン・ケージテイラーを相手に王座を防衛するが、同じ日にスーパー・ドラゴンの踵の怪我の影響でタッグ王座を返上した。PWGの9周年イベントでもウィリー・マックを相手に王座を防衛した。

9月に2012 Battle of Los Angelesに出場。1回戦でリコシェに負けている。12月に2012 Battle of Los Angelesの優勝者であるアダム・コールと対戦するが負けてしまい、ベルトを失っている。

ROH(2007年~現在)[編集]

エル・ジェネリコのタッグ結成、抗争へ(2007-2009)[編集]

2007年の2月、ROHにエル・ジェネリコとタッグを組み出場、ブリスコ・ブラザーズと対戦するが負けている。4月にジェイ・ブリスコエリック・スティーブンスとの対戦中に欠場していたマーク・ブリスコが登場し試合に乱入されるがパッケージ・パイルドライバーで葬っている。5月にはジェイソン・ブレードエディ・エドワーズ、PPVのRespect is Earnedではアイリッシュ・エアボーン(ジェイク、デイブ・クリスト)、ペレ・プリモーミッチ・フランクリンジミー・レイブアダム・ピアースの4wayマッチに参加し、勝利している。

6月のPPVでDrivenでブリスコ・ブラザーズの持つROH世界タッグチーム王座に挑戦するが負けてしまう。その後PPVでブリスコ・ブラザーズとの3連戦を行う。1戦目のDeath before Dishonor V Night 1でノン・タイトルマッチでボストン・ストリート・ファイトと対戦し勝利、2戦目のManhattan Mayhem IIでブリスコブラザーズの持つタッグ王座を賭けて対戦するが敗北、3戦目のMan Up!で再びタッグ王座を賭けてラダー・マッチ形式で対戦するが負け、負け越してしまう。

08年の6月にROH世界タッグチーム王座を賭けたワン・デイ・トーナメントにジェネリコと共に出場。初戦で潮崎豪、ROH世界王座保持者のナイジェル・マッギネス、2回戦でクリス・ヒーロー、アダム・ピースから勝利して決勝戦に進むが、タイラー・ブラックジミー・ジェイコブスのタッグに負けてしまう。6月後半はジェネリコと共に勝ち星を増やしていく。7月に初めてカナダのトロントで行われたナイジェル・マッギネスとROH世界王座を賭けて対戦するが負けている。

9月に行われたDrivenでエイジ・オブ・ザ・フォールからROH世界タッグチーム王座を獲得。09年の4月にエディ・エドワーズとデイビー・リチャーズのタッグであるアメリカン・ウルヴスThe American Wolves)に奪われるまでタイトルを保持していた。12月のFinal Battle 2009でジェネリコと共にヤング・バックスとの対戦、負けてしまう。試合後にジェネリコに突然ロー・ブローからのスチール・チェアで殴打してヒールターン、同時にジェネリコとのタッグを解消。スティーンは新たなパートナーとしてスティーブ・コリノを指名した。

翌年の2010年に入るとジェネリコとの抗争を始めるようになる。4月のPPVであるThe Big Bang!でコリノとのタッグでジェネリコ、コルト・カバナと対戦し、スチールチェアでジェネリコを殴り反則負けで負けてしまう。試合後にジェネリコの怒りが爆発、Brainbustaaaaahhhhh!!!!!を食らってしまう。6月のDeath before Dishonor VIIIでジェネリコと対戦し、勝利する。9月のGlory By Honor IXでタブル・チェーン・マッチでコリノとのタッグでジェネリコ、カバナのタッグと対戦し、コリノがタップして敗北。

12月のFinal Battle 2010に1年間続けてきた抗争の最終試合として、ファイト・ウィズアウト・オーナー形式でエル・ジェネリコは自分のマスクを、スティーンは自分のキャリアを賭けて対戦。長時間の末、ジェネリコがスチールチェアでスティーンを殴打、そのままカバーしてスティーンは負けてしまう。スティーンは強制的にROHから排除され、一時的にROHから姿を消す事になる。

レスリング・ワースト・ナイトメア(2011-現在)[編集]

2011年6月のBest in the World 2011でコリノの呼びかけでROHに復帰を果たし、復帰するとROHに不満をぶつけた(ストーリー上)が、呼びかけてくれたコリノにパッケージ・パイルドライバーを決めている。スティーンはジム・コルネットがスティーンをROHで二度と試合をさせないと観客に誓ってる最中に、会場から追い出されている。

その後7月にROHのオフィシャルメッセージボードにPWGを賞賛する書き込みをする。9月にはROHのメッセージボードにPPVであるDeath Before Dishonor IX に参戦すると表明。当日にエル・ジェネリコとジミー・ジェイコブスの試合中に乱入、エプロンにジェイコブスをパワーボムで叩きつけ、試合はノー・コンテンストになる。その後もROHの社長であるカーリー・シルキンにパッケージ・パイルドライバーを決めようとするがセキュリティーに会場から強制退場させられてしまう。

11月のRing of Honor WrestlingにOVWの法律アドバイザーのクリスチャン・マスカーニと共に登場、ジム・コルネットとROHに3週間以内に復帰させないと法的措置をとると告げた。12月冒頭のRing of Honor WrestlingにてPPVでノーDQでスティーンが勝てば再雇用コリノと対戦することが決定。PPVのFinal Battle 2011でコリノに勝利し、再雇用が決定。試合後にジェイコブスにパッケージ・パイルドライバーを決め、現れたジェネリコにもパッケージ・パイルドライバーを決めている。メインのROH世界王座を賭けたデイビー・リチャーズとエディ・エドワーズの試合後、防衛に成功したデイビーに2012年にはベルトを奪取すると宣言した。

2012年3月のPPVであるYoung Wolves Rising 10th Anniversary Showに出場、ジミー・ジェイコブスと対戦し、ロー・ブローからのF-5で勝利、メイン終了後にデイビーに再びタイトルマッチを要求。3月30日のPPVのShowdown in the Sun Night Oneでエル・ジェネリコとラスト・マン・スタンディング・マッチで対戦、ジミー・ジェイコブスがジェネリコを裏切り、勝利。翌日31日のShowdown in the Sun Night Twoではエディ・エドワーズと対戦し勝利している。

5月のBorder WarsでROH世界王座を賭けてデイビー・リチャーズと対戦して勝利、スティーンは初めてROH世界王座を獲得、カナダ人としても初めての獲得であった。タイトル獲得後にジェイコブスとステイーブ・コリノがリングに登場、3人はハグし、S.C.U.M.Suffering,Chaos,Ugliness,and,Mayhem)というユニットを結成した。

6月にはエディ・エドワーズを相手にタイトル初防衛に成功。6月のPPVであるBest in the World 2012: Hostage Crisisでデイビーを相手に2度目のタイトルを防衛している。8月のBoiling Pointでエディ・キングストンに防衛。9月のDeath Before Dishonor X: State of Emergencyのメインでライノを相手に防衛。10月にジェイ・リザールを相手にタイトルマッチを行うがノー・コンテンストに終わる。10月のGlory By Honor XI: The Unbreakable Hopeでマイケル・エルガンを相手に防衛している。

得意技[編集]

パッケージ・パイルドライバー
スティーンの代表的な必殺技。数々の相手をこの技で破った。
スティーナ・ライザー
パワーボムの体勢から相手の首を両手でクラッチして後方へ投げ捨てる技。飯伏幸太のフェニックス・ホールドを投げ捨てたような技。ターンバックル式も使用する。
F-サンク
ファイヤーマンズキャリーの体勢から勢いをつけて相手の体全体をマットに叩きつけるフェイスバスター。サンク(Cinq)とはフランス語で5を表す。つまりF-5である。12年から使い始めたフィニッシャー。
シャープシューター
数少ない関節技。中腰から完全に腰を落とした状態で極める事が多く、かなりエゲつない角度で極めている。
ゴー・ホーム・ドライバー
ブロックバスターの体勢から反動をつけ、相手の脚を背後でキャッチしてをWA4の体勢でマットに叩きつける。
スティーン・ブレーカー
肩固めの要領で捕らえた相手をベリー・トゥ・ベリーで投げつつ体を捻り膝を着き、落ちてきた相手の背中に膝を突き刺す変形のバックブリーカー。
サイドウィンダー・スープレックス
反動をつけたリストクラッチ式バックドロップ。後に反り返るのではなく自分の左サイドに落とすのが特徴的。
フィッシャーマン・バスターの要領で持ち上げた相手の後頭部を自分の右ひざに突き刺す危険技。
延髄切りスーパーキックといった各種蹴り技
みちのくドライバーⅡ
投げっ放しパワーボム
手への噛み付きやラフプレー
450スプラッシュ
ムーンサルトプレス
ハイアングル・セントーン・ボム
フェニックス・スプラッシュ
ロープの反動を利用してのその場で前方宙返り式レッグドロップ。仰向けうつ伏せ問わずに使用する。

獲得タイトル[編集]

PWG(Pro Wrestling Guerrilla)
  • PWG世界王座 :3回
  • PWG世界タッグチーム王座 :3回 (エル・ジェネリコ:2回、スーパー・ドラゴン:1回)
ROH(Ring of Honor)
  • ROH世界王座 :1回
  • ROH World Tag Team Championship世界タッグ・チーム王座 :1回 (w/エル・ジェネリコ)
CZW(Combat Zone Wrestling)
  • CZWアイアンマン王座:1回
CCCC(Capital City Championship Combat)
  • C*4王座 :1回
  • C*4タッグチーム王座 :1回 (w/マイク・ベイリー)
EWR(Elite Wrestling Revolution)
  • EWRヘビー級王座 :2回
IWS(International Wrestling Syndicate)
  • IWSカナディアン王座 :1回
  • IWSヘビー級王座 :3回
NSPW(North Shore Pro Wrestling)
  • NSPW王座 :1回
SCW(Squared Circle Wrestling)
  • 2CWヘビー級王座 :1回

その他[編集]

  • レスラーになろうと決意したレッスルマニア11は父親が録画していたもの。
  • 子供の頃はホッケーポロサッカー野球をしていたスポーツ少年だったが11歳の時にサッカーで怪我をしてしまい、スポーツのキャリアは続かなかった。
  • 結婚しており、オーウェンという子どもがいる。