アルベルト・デル・リオ
| アルベルト・デル・リオ | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | アルベルト・デル・リオ アルベルト・バンデラス ドス・カラス・ジュニア エル・イホ・デ・ドス・カラス |
| 本名 | アルベルト・ロドリゲス |
| ニックネーム | メキシカン・アリストクラト エッセンス・オブ・エクセレンス 仮面一族の末裔 |
| 身長 | 196cm |
| 体重 | 108kg |
| 誕生日 | 1977年5月25日(35歳) |
| 出身地 | |
| 所属 | WWE |
| スポーツ歴 | レスリング |
| トレーナー | ドス・カラス エル・シコデリコ |
| デビュー | 2000年9月29日 |
アルベルト・デル・リオ(Alberto Del Rio)のリングネームで知られるアルベルト・ロドリゲス(Alberto Rodríguez、1977年5月25日 - )はメキシコのプロレスラー。メキシコシティ出身。WWE・RAW所属。
ドス・カラスの息子であり、かつては自身もドス・カラス・ジュニア(Dos Caras Jr.)のリングネームを名乗り、父同様の覆面レスラーとしてDEEPやPRIDEなどの総合格闘技にも参戦したことがある。
伯父のミル・マスカラスとエル・シコデリコ、従兄弟のシコデリコ・ジュニアもプロレスラー。NXTレスリングに所属のメモ・モンテネグロことギレルモ・ロドリゲスは弟である。
目次 |
来歴 [編集]
父や伯父の影響で14歳でレスリングを始め、体格に恵まれていたこともあり強豪としてならし、2000年にはシドニーオリンピックのメキシコ代表に選ばれた。
マルコ・ファスに師事し、2001年から覆面(ハーフマスク)を被ったドス・カラス・ジュニア(Dos Caras Jr.)としてDEEPに参戦、史上初の覆面バーリ・トゥーダーとなった。当初は、覆面レスラーの総合格闘技参戦を疑問視する声が主流だったが、2001年8月18日『DEEP2001 in yokohama』で謙吾(パンクラスism)に右肘脱臼によるTKO勝ちを収めるなど高いレスリング技術を見せつけた。2002年3月30日のリベンジマッチでは、チョークスリーパーで一本負けを喫したが総合格闘家としての評価は高まった。
総合格闘家時代には、2001年10月14日に格闘探偵団バトラーツ『格闘ロマン2001 〜YUKI-BOM-BA-YA〜』にて村上和成に4分23秒反則勝ち、2003年10月5日『PRIDE 武士道』にてミルコ・クロコップに0分46秒左ハイキックでKO負け、2004年2月1日『PRIDE.27』にて中村和裕に0-3の判定負けなどの戦績を日本で残している。
プロレスでは2000年よりAAA、2005年よりCMLLに所属。2009年からWWE傘下のFCWにおいて、アルベルト・バンデラス(Alberto Banderas)のリングネームで活動。
2010年5月にはWWEのダーク・マッチとハウス・ショーにて再びドス・カラス・ジュニアとして登場。7月からスマックダウンにてアルベルト・デル・リオ(Alberto Del Rio)にリングネームを変更してプロモーションを行う。専属リングアナリカルド・ロドリゲスを従え、高級車を乗り回し、メキシコの貴族出身を自称する高慢なヒールとして(スペイン王家の血を引くメキシコの大富豪とアナウンスされた)登場し、8月20日の放送においてレイ・ミステリオから勝利を奪うという破格のデビューを飾った。翌週にミステリオを襲撃し負傷させ、アングル上で休場に追い込んだ。その後クリスチャンと抗争するが、クリスチャンが大胸筋断裂で実際に負傷したため、ミステリオ同様の負傷アングルで抗争は終決。入れ替わりに10月1日の放送局移籍記念のスマックダウンにてミステリオが復帰、抗争が再開された。
11月に2年ぶりに開催されたキング・オブ・ザ・リング・トーナメントでは、予選で専属リングアナウンサーのリカルド・ロドリゲスの援護もありビッグ・ショーにカウントアウトで勝利、1回戦でダニエル・ブライアンを破るが、2回戦でミステリオの邪魔が入りジョン・モリソンに敗れた。同年12月からのNXTシーズン4では、コナー・オブライアンやブローダス・クレイを指導するプロとして登場した。
2011年1月30日、ロイヤルランブル・ボストン大会のランブル戦で優勝し、レッスルマニアでの世界ヘビー級王座への挑戦権を獲得。4月3日のレッスルマニアXXVII・アトランタ大会にてチャンピオンのエッジに挑戦するも敗退した。
その後、4月25日に行われたドラフトでRAWに移籍。6日後のエクストリーム・ルールズではエッジの引退によって空位になった世界ヘビー級王座の新王者を決定するラダー・マッチでクリスチャンと戦うも、エッジの介入もあり(自身もクレイやロドリゲスを介入させていた)敗れ王座戴冠は果たせなかった。
7月17日、マネー・イン・ザ・バンクにおいて8選手参加のマネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチに勝利し、いつでもどこでもWWE王座に挑戦できる権利を獲得。8月14日のサマースラムではCMパンクがジョン・シナを破り統一WWE王者となったが、試合後にケビン・ナッシュが乱入しパンクを襲撃。そこへデル・リオが登場して挑戦権を行使し、パンクをフォール。メキシコ人初のWWE王者となるが、再戦権を行使したシナと9月18日のナイト・オブ・チャンピオンズにて対戦し敗退、王座を失った。
その後、10月2日のヘル・イン・ア・セルでのシナ&CMパンクとのトリプル・スレット・ヘル・イン・ア・セルに勝利して奪還。10月23日のヴェンジェンスでシナを破り防衛するも、11月20日のサバイバー・シリーズでCMパンクに王座を奪われた。その後、12月18日のTLCで王座奪還に失敗。さらに翌RAWでの試合で股関節を負傷し、欠場に追い込まれた。
2012年、レッスルマニアXXVIIIの直後に復帰、世界ヘビー級王者であるシェイマスに反則勝ちし、世界王座挑戦権を獲得。以後、シェイマスとの抗争が展開されたが、王座獲得には至らなかった。9月よりオートンとの抗争を開始し、11月6日のSmackDownで一騎打ちを行うも敗戦。オートンとの抗争終了後、TLCにてロドリゲスを襲った3MBを倒すためにベビーターンする。
2013年1月8日、SmackDownにて世界ヘビー級王者であるビッグ・ショーとラストマン・スタンディングマッチでの王座戦に挑戦し勝利。初の世界ヘビー級王座を戴冠した。 その後もビッグ・ショーやジャック・スワガーから王座を守ったが、レッスルマニア直後のRAWのスワガー&コルター戦で足に大ダメージを負ったところをMRマネーのドルフ・ジグラーに挑まれ、王座を失った。
人物 [編集]
「初代タイガーマスクの試合をビデオで見てプロレスラーを志した」と語るほど[1]、日本マットへの思い入れが強い。
得意技 [編集]
- 現在のフィニッシャー。飛びつき腕挫き十字固め。
- コーナーにもたれかかっている相手に対してよく使用する。たまにトップロープ上の相手にも使用する。場合によってはフィニッシャーに成り得る(主に不意打ちの時)。
- ダブル・ニー・アームブリーカー
- ダブル・ニー・バックブリーカー(カリートのバックスタバーと同型)
- トペ・スイシーダ
- プランチャ・スイシーダ
- オリンピック・スラム
- ジャーマン・スープレックス
獲得タイトル [編集]
- CMLL世界ヘビー級王座 : 1回
- CMLLラ・コパ・ジュニア : 2006年優勝
戦績 [編集]
| 総合格闘技 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 14 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
| 9 勝 | 2 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 5 敗 | 2 | 1 | 1 | 1 | ||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| × | ヤマモト・ハンシ | 2R 2:47 TKO(パンチ連打) | Cage of Combat 4: Spanish Bombs | 2010年2月27日 |
| ○ | アルター・バート | 1R 3:51 KO(ハイキック) | Cage of Combat 3: San Vale Tudo | 2010年2月13日 |
| ○ | 森谷俊之 | 1R 3:17 ネッククランク | Cage of Combat 1 | 2009年12月26日 |
| ○ | イグナシオ・ラグーナ | 2R 2:36 チョークスリーパー | Berkman MMA Promotions 1 | 2008年12月15日 |
| ○ | ハト・キヨシ | 2R 2:31 チョークスリーパー | MMA Xtreme 17 | 2007年12月15日 |
| ○ | フォアオ・トゥア | 1R 2:41 フロントチョーク | MMA Xtreme 14 | 2007年10月13日 |
| ○ | ジョージ・キング | 1R 4:00 チョークスリーパー | VFX: Vale Tudo Fighters Mexico | 2007年5月27日 |
| × | 中村和裕 | 3R(10分/5分/5分)終了 判定0-3 | PRIDE.27 TRIUMPHAL RETURN | 2004年2月1日 |
| × | ミルコ・クロコップ | 1R 0:46 KO(左ハイキック) | PRIDE 武士道 | 2003年10月5日 |
| ○ | ブラッド・コーラー | 1R 1:25 タップアウト(右肩負傷) | DEEP 12th IMPACT in OHTAKU | 2003年9月15日 |
| × | 伊藤博之 | 1R 3:21 反則 (ロープを掴んでの攻撃) |
DEEP 9th IMPACT in KORAKUEN HALL | 2003年5月5日 |
| ○ | 中野巽耀 | 1R 4:05 チョークスリーパー | DEEP2001 6th IMPACT in ARIAKE COLOSSEUM | 2002年9月7日 |
| × | 謙吾 | 2R 3:56 チョークスリーパー | DEEP2001 4th IMPACT in NAGOYA | 2002年3月30日 |
| ○ | 謙吾 | 1R 0:50 TKO(ドクターストップ:右肘脱臼) | DEEP2001 in YOKOHAMA | 2001年8月18日 |
入場曲 [編集]
- Funba Rumba
- Realeza - 現在使用中
脚註 [編集]
- ^ 東京スポーツ 2012年5月19日号 28面 デル・リオ独占インタビュー参照
外部リンク [編集]
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