バンビキラー

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バンビキラー
プロフィール
リングネーム バンビキラー
クリストフ・ヘルツォーク
クリス・ザ・バンビキラー
本名 クリス・ラーバー
身長 194cm
体重 115kg
誕生日 1981年2月19日(33歳)
出身地 オーストリアの旗 オーストリアレオーベン
トレーナー ドリー・ファンク・ジュニア
イアン・ロッテン
デビュー 1998年
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バンビキラーBambikiller)のリングネームで知られるクリス・ラーバーChris Raaber1981年9月6日 - )は、オーストリアプロレスラーレオーベン出身[1]

来歴[編集]

オーストリア南東部のレオーベンという町に生まれ、1998年5月9日―16歳の時にプロレスラーの経歴を始動。[1] それからというもの、母国オーストリアとその隣国たるドイツのプロレス団体群を主戦場としつつ、時には海を越えてエクアドルコロンビアイギリスアイルランドデンマークアメリカ合衆国日本などといった数多の国々を舞台に活動してきた。[2]

自身初の獲得タイトルは、2002年トーマス・ブレードから勝ち取ったウエストサイド・エクストリーム・レスリング(wXw)のヘビー級王座[3] 2006年から2007年にかけて日本のZERO1-MAXのマットに集中的に参戦。2006年10月27日には自身の持つEWA世界ヘビー級王座をかけて大森隆男と対戦した。[4]2008年はイギリスのオールスター・レスリング(ASW)への集中的な参戦を行った。同年にはプロレス・エキスポにもオーストリア代表として来日、参戦した。[2]また、プロモーターの活動も行うようになった。[1]

2009年WWEとディベロップメント契約を交わし、傘下団体のFCWにてクリストフ・ヘルツォークChristoph Herzog)のリングネームで活動。2010年にはWWEの契約下にありながら、許可を受けて日本で1年間の武者修行を行うということで再びZERO1に参戦した[5]。2010年7月11日後楽園ホール佐藤耕平の保持下にあったZERO1世界ヘビー級王座に挑戦し、見事奪取に成功した[6]。しかし同年9月9日新宿FACEにて行われた防衛戦で関本大介に敗れ王座から転落。またその試合のダメージ等による体調不良を訴えたため直後に緊急帰国した[7]2012年11月には全日本プロレスに参戦したが、27日のジョー・ドーリングとのシングルマッチ中にリングから転落した際に頭部を痛打、失神状態となり京都市内の病院に搬送された。脳震盪頚椎を痛めている可能性があり、次期シリーズの世界最強タッグ決定リーグ戦は大事を取って欠場することが決定、回復の様子を見て帰国後、精密検査を行う予定になった[8]

2014年北海道シリーズで半年ぶりに全日本プロレスに参戦。

得意技[編集]

バンビ・デスショット
大森隆男アックス・ギロチンドライバーと同型技。開脚式にして低く落とす改良型も時折使用する。
キラー・ボトム
相手の脚を脇で抱えたタイプのバンビ・デスショット。
バンビキラー・スイングネックブリーカードロップ
フィッシャーマンズスープレックスのクラッチで抱え上げ左方向に抱え上げひっくり返す荒技。

獲得タイトル[編集]

wXw
ZERO1

他、世界各国の団体のタイトルを獲得。

出典[編集]

外部[編集]