マイケル・ハッター

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イーサン・カーター3世
イーサン・カーター3世の画像
プロフィール
リングネーム イーサン・カーター3世
デリック・ベイトマン
マイケル・ハッター
エージェントD
エージェントB
マイク・ハッター
本名 マイケル・ハッター
ニックネーム EC3
The USA Guy
デヴィアント
ベータマックス
ケイトマン
身長 185cm
体重 102kg
誕生日 1983年3月18日(31歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オハイオ州ウィロビー
所属 TNA
トレーナー J・ロック
デビュー 2002年
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マイケル・ハッターMichael Hutter1983年3月18日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーオハイオ州ウィロビー出身。現在はイーサン・カーター3世Ethan Carter III)のリングネームTNAに所属している。

来歴[編集]

キャリア初期[編集]

2002年、プロレスラーとしてデビュー後、PWO(Pro Wrestling Ohio)などのオハイオの各インディ団体に定期参戦。長期に渡り、中堅のポジションだったが、2005年から多くの技を身につけるようになり、2006年6月にはWWEのRAWにてスポット参戦し、クリス・クロヌスと組んで、ヴィセラ & チャーリー・ハースとタッグマッチを行い、敗北。

WWE[編集]

2007年にWWEの傘下団体であるOVWにてマイク・ハッターMike Hutter)のリングネームでデビュー。2008年にOVWがWWEとの関係を解消。しばらくOVWに所属し、2009年2月にFCWへと移籍。移籍したことにより、OVW時代に掴みかけたトップの座は白紙となってしまい、中堅へと戻ってしまった。以後、エイブラハム・ワシントンを守るSPのギミックであるエージェントAgent)になるなど、コミック路線に走るも、2010年になってデリック・ベイトマンDerrick Bateman)のリングネームへと変更し、トップ戦線へ乗り込んだ。7月にジョニー・カーティスとタッグチームを結成し、フニコ & エピコからFCWフロリダタッグチーム王座を奪取。9月にFCWフロリダヘビー級王者であるメイソン・ライアンと抗争を開始。19日にはシングルのノンタイトルマッチを行い、カーティスのフォローに助けられ勝利した。

12月、NXTのシーズン4にルーキーとして参加。プロは同じくNXTのシーズン1出身であるダニエル・ブライアン。いろいろと勘違いしているアニメ好き、いわゆるオタクというWWEにしては珍しいギミックながら、トペプランチャといった空中技を披露し、第3位となった。

2011年6月、それまでのNXTで脱落したレスラーたちが再び頂点を目指すシーズン5にて、第18週目(出場者が2人にまで絞られた回)にいきなりあらわれ、ルーキーでありながら入場曲とタイタントロンが用意されているなど好待遇での途中参加という形で登場。シーズン4と違い、ナルシストなヒールとしてキャラクター付けがなされており、師匠であるダニエル・ブライアンからも愛想を尽かされている。

その後、ダレン・ヤングタイタス・オニールとのSmackDownへの出場権を賭けた3つ巴戦に勝利するも、SmackDownにはほとんど出ることなく、ヤングやタイソン・キッド、さらに自身の手引きでNXTに復帰したマキシンと行動することが多い。11月、パートナーしてジョニー・カーティスと組む。しかし、カーティスがベイトマンの婚約者であるマキシンに言い寄り、また一度デートした事実(ギミック上)がある為、カーティスとは不仲になり、同じヒールながら抗争を始め、マキシンをとどめようとするが、カーティスの裏工作のため、12月27日のNXTでの対戦に勝利したにも関わらずマキシンを奪われてしまった。その後、ラスベガスにてカーティスとマキシンの結婚式に殴りこみ、カーティスの卑怯な工作をマキシンに伝え、寄りを戻してベビーターンした。

その後も相変わらずカーティスの工作は続き、それに引っかかりヒステリックになったマキシンに見切りをつけ、カーティスの工作に巻き込まれたケイトリンと付き合うようになる。その後、ストーリー上の人間関係のゴタゴタに巻き込まれ、ケイトリンとも不仲になりそうだったものの、シーズン5のストーリー打ち切りによって、それらのギミックは終了。シーズン5終盤には、シーズン中特に活躍したメンバーとして紹介された。

NXTシーズン6ではFCWとNXTが統合して内容が一新されたため状況が変動したが、カーティスとのライバル関係を継続させて出場。また、RAWとSmackDawn!でもダークマッチに出場し、The USA Guyなるギミックで出直しを図るが膝を負傷して欠場してしまう。

復帰後、新生NXTの初代NXTタッグ王座争奪トーナメントにてアレックス・ライリーとタッグを組んで出場したが一回戦で敗退。2月21日のカシアス・オーノとのシングルマッチを行って以降テレビショーでの出場機会はなくなり、ハウスショーを中心に活動していたが、2013年5月にWWEから解雇となった。

インディー団体[編集]

WWE解雇後、リングネームを本名名義にして地元であるオハイオ州を拠点とするインディー団体であるAIW(Absolute Insane Wrestling)を始め、NWA加盟団体であるFUW(Florida Underground Wrestling)やPWS(Pro Wrestling Syndicate)といった団体に参戦。6月29日にFUWにてジェシー・ニールと対戦し、翌30日のAIWではティム・ドンストと対戦していずれも勝利している。

TNA[編集]

8月29日、TNAにてダークマッチに出場し、ジェイ・ブラッドリーと対戦するが敗戦。9月26日にはイーサンEthan)なるギミックでプロモーションを行い、契約を交わして入団したことを発表。10月10日のiMPACT Wrestlingでは社長のディクシー・カーターの甥というギミックになり、リングネームをイーサン・カーター3世Ethan Carter III)へと変更してプロモーションを行った[1]。TNAの年間最大規模のPPVであるBound For Glory 2013にてデビューし、ジョバーであるノア・ファーナム(ピーター・アヴァロン)を圧倒し、ワン・パーセンターを決めて快勝した。11月7日にはデューイ・バルネス(ホワイトタイガー)を相手にスカッシュマッチを行い快勝。そして14日にはファーナム & バルネスとハンディキャップマッチを行い圧勝、その後も叔母の権力を利用したヒールとして連勝の活躍をしている。

2014年7月6日、WRESTLE-1に来日。

その他[編集]

  • ジョン・シナによればWWEでも指折りの腕力の持ち主だという(リーガルの解説にて)。

得意技[編集]

  • ワン・パーセンター
フィニッシャー。ヘッドロックの状態から前に倒れこんで頭を打ちつける変形スナップメア・ドライバー。WWE時代、NXTデビュー当初はマン・タスティック、シーズン5ではスウィート・ミート・シズラー、新生NXTではDBDという技名で使用していた。
NXTシーズン4時代にダニエル・ブライアンより教授された関節技。シーズン5以降は使っていない。

獲得タイトル[編集]

FCW

w / ジョニー・カーティス

入場曲[編集]

  • Digging with a Spoon
  • Stars and Stripes Forever
  • Metal Heart A
  • Gasoline Upcharge - WWE時代に使用。
  • Trouble - 現在使用中。

脚注[編集]

外部リンク[編集]