ライアン・パーメーター

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コナー
Conor O'Brian 2013 A.jpg
プロフィール
リングネーム コナー
コナー・オブライエン
ライアン・オライリー
ペイン
ラフハウス・オライリー
本名 ライアン・パーメーター
ニックネーム ジ・アセンション
アイリッシュ
ラフハウス
身長 196cm
体重 130kg
誕生日 1980年2月6日(34歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ミシガン州グランドラピッズ
所属 NXT
トレーナー ジョディ・ハミルトン
ビル・デモット
デビュー 2001年
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ライアン・パーメーターRyan Parmeter1980年2月6日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーミシガン州グランドラピッズ出身。WWE傘下のNXTに所属し、コナーKonnor)のリングネームで活動[1]

来歴[編集]

ラスティ・ブルックス・レスリングスクールにてトレーニングを開始。2001年にプロレスラーとしてデビュー。FSCW(Four Star Championship Wrestling)を始めとした各インディー団体で多くのタイトルを獲得した後、2005年WWEと契約。ライアン・オライリーRyan O'Reilly)のリングネームで傘下団体のDSWにてデビュー。

2006年ECWに昇格。DSWではライバルでもあったデリック・ナイカークと組んでFBIとの抗争を開始。抗争が一段落した後はDSWに降格となり、当時、ディーバでGMをしていたクリッシー・ヴェインと実生活において交際を開始。2007年にECWに再昇格を果たし、ボビー・ラシュリーを襲ったがインパクトが残せずDSWに再降格。7月に入って、RAWSmackDown!ダーク・マッチに登場する機会が増えたものの、10月に父親の健康問題と、ロードに出てクリッシーと離れたくなかったことから家族を優先したいという理由でクリッシーと共にWWEに契約解除を申し入れた(契約解除となった翌11月のドラッグテスト違反者リストにオライリーの名前が記載されている)。

2013年

WWE解雇後、各インディー団体に出場し、2010年7月14日に再びWWEと契約。FCWにてコナー・オブライエンConor O'Brian)のリングネームで再始動。12月NXTのシーズン4にルーキーとして参加。プロはアルベルト・デル・リオ。ネズミ顔であるという理由でチーズが好きという設定だった。NXT以前にWWEに登場していたがルーキーとしての扱いや、アルベルトの専用リングアナウンサーであるリカルド・ロドリゲスに邪険に扱われ、存在が邪魔であったことによりアルベルトに異議を唱えるとリカルドと一騎打ちすることを命じられ、敗北。そのまま第5位という結果に終わり、自らリングの下へと転がり消えていった。

2011年3月、NXTシーズン5に今までNXTに参加し、脱落したレスラーたちが再びNXTの頂点を目指すという名目で参戦することが決定。プロはウラジミール・コズロフ。良い師弟関係のストーリーが組まれ、活躍を見せたものの結果は第4位というべき結果に終わった(3位のはずであったが、脱落直後にデリック・ベイトマンが参戦決定したため順位が変動。しかし、順位が発表されたわけではない)。再度活動の場所をFCWに戻し、9月から大型ユニット、ジ・アセンションThe Ascension)の一員として活動。

2012年、FCWとNXTが統合された新生NXTに移行。ジ・アセンションの相棒であるケネス・キャメロンと共にメイン戦線で活躍。ウーソズとの抗争において圧倒的な力の差を見せつけていたが、12月にキャメロンが不祥事を起こして解雇されたことでジ・アセンションは解散することになった。キャメロン解雇後はジ・アセンションのギミックのままシングルで活動。

2013年8月

2013年ビッグ・E・ラングストンと抗争を開始。途中でコリー・グレイブスが抗争に加わり三つ巴戦となるも王座挑戦権を勝ち取り、4月4日にラングストンに挑戦するが敗戦した。以降、5月よりスカッシュマッチなどで勝ち続ける中、勝利後にリック・ビクターが登場するようになり、6月5日のアレックス・ライリーとの試合で、勝利後に登場したビクターと結託し、ジ・アセンションを復活させた。

8月よりNXTタッグ王座を奪取することを目論み、当時NXTタッグ王者であったエイドリアン・ネヴィル & コリー・グレイブスを標的とするようになり抗争を開始。同月28日にバックステージにてグレイブスを襲撃して負傷させたことによりタッグ王座奪取への距離を短くし、9月25日のタッグ王座挑戦権を懸けたタッグターモイルマッチに勝利。そして10月2日の王座戦にて勝利し、同王座を奪取した。11月よりリングネームをコナーKonnor)へとマイナーチェンジしている。同月、フニコ & カマーチョと抗争を開始。

2014年1月8日にNXTタッグ王座を懸けたトルネードタッグマッチによる決着戦が行い勝利し、抗争は終了となった。2月27日、WWE Network開局記念にNXT初の特番、arRIVALにて往年の名タッグチームであるトゥー・クールスコッティ・2・ホッティ & グランマスター・セクセイ)と対戦。老獪且つ変則的な戦法に翻弄されるも、終盤にはビクターがスコッティによるワームを阻止し、フォール・オブ・マンを決めて勝利した。

arRIVAL以降、ジョバーチームとのスカッシュマッチを続け、5月29日には特番、Takeoverではエル・ローカル & カリストを相手に防衛戦を行い、体格差を生かした戦法で押し切って勝利した。

9月9日、Main Eventに出場し、ロス・マタドーレスディエゴ & フェルナンド)と対戦してフォール・オブ・マンを決めて勝利した。

9月11日、Takeover Fatal 4 WayにてNXTタッグ王座挑戦権争奪トーナメントにて優勝したルチャドラゴンズ(カリスト & シン・カラ)と王座戦を行うが敗戦し、タッグ王座は陥落。また、同日にNXTデビューにおいてマイクパフォーマンスをしたヒデオ・イタミに対して因縁をつけて襲撃するも返り討ちにされた。

10月2日、ビクターがヒデオ・イタミとシングルマッチを行う予定であったが入場してリング内へ入ると同時にセコンドであるコナーと共にヒデオを襲撃。レフェリー達が割って入るも事態を収拾する事ができなかった。9日には再びビクター vs ヒデオのカードが組まれて対戦するが、ドロップキックを決められ敗戦。試合後にコナーがヒデオの応援者であるフナキを捕まえ、痛めつける事でヒデオの気を取り、ビクターが復讐。そしてヒデオをロープに挟め、フナキへフォール・オブ・マンを見舞った。何度も襲撃されるヒデオは遂にパートナーを呼ぶ事になり、11月6日にフィン・バロールを連れて対戦。何もする事ができずに敗戦した。

12月11日、Takeover R Evolutionにてコスチュームを変更したヒデオ、ボディペイントとフェイスペイントを施したバロールに臆する場面があったが、試合では中盤までコントロールした。しかし、最終的にはバロールとヒデオによるダイビング・フット・スタンプを決められて敗戦した。

12月12日、SmackDownにてフェイスペイントを施した姿で登場を予告するプロモーションを行った。

その他[編集]

  • 2006年より交際を続けてきたクリッシー・ヴェインことクリスティ・ユーバンクスと2013年6月に婚約し、結婚式を挙げた[2]

得意技[編集]

グラウンド式オクトパス・ホールド
  • フォール・オブ・マン
フラップジャックからランニング・レッグドロップへと移行する一連のムーブ。
フルネルソンスラム
ダブルレッグ・スープレックス
ケネス・キャメロンとの合体技。ジョーブリーカーからフラップジャックへと移行。
  • フォール・オブ・マン
ケネス・キャメロン及びリック・ビクターとの合体技。キャメロンの場合はフライング・ニールキック、ビクターの場合はフライング・フォアアーム。そしてオブライエンが水面蹴りを同時に放つ。

獲得タイトル[編集]

NXT
w / リック・ビクター
DSW
  • DSWヘビー級王座 : 2回
その他
  • GCWヘビー級王座 : 1回
  • KPWヘビー級王座 : 2回
  • MPWヘビー級王座 : 1回
  • NWAサンライヘビー級王座 : 1回
  • CCWヘビー級王座 : 1回
  • CCWタッグチーム王座 : 1回
w / ショーン・アレン
  • FSCWヘビー級王座 : 1回
  • FSCWタッグチーム王座 : 1回
w / ジェフ・ブルックス

入場曲[編集]

  • Rebellion
  • Let Battle Commence
  • Anchor

脚注[編集]

  1. ^ Konnor WWE NXT 2013年12月25日閲覧。
  2. ^ WWE NXT Wrestler Conor O’Brian Gets Married 411mania.com 2013年6月10日閲覧。

外部リンク[編集]