ブライアン・ダニエルソン
| ブライアン・ダニエルソン | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | ダニエル・ブライアン アメリカン・ドラゴン ブライアン・ダニエルソン |
| 本名 | ブライアン・ダニエルソン |
| 身長 | 178cm |
| 体重 | 95kg |
| 誕生日 | 1981年5月22日(32歳) |
| 出身地 | ワシントン州アバディーン |
| トレーナー | ショーン・マイケルズ ポール・ダイヤモンド |
| デビュー | 1999年4月18日 |
ブライアン・ダニエルソン(Bryan Danielson、1981年5月22日 - )は、アメリカ合衆国のプロレスラー。ワシントン州アバディーン出身。現在はダニエル・ブライアン(Daniel Bryan)のリングネームで活動。かつては本名やアメリカン・ドラゴン(American Dragon)のリングネームでも知られる。
目次 |
来歴 [編集]
初期・ROHでのキャリア [編集]
ショーン・マイケルズ主宰のテキサス・レスリング・アカデミー(Texas Wrestling Academy)でトレーニングを積んだ後、1999年4月18日に同アカデミーが運営するインディー団体TWA(Texas Wrestling Alliance)にてデビュー。同年12月、覆面レスラーのアメリカン・ドラゴンとしてFMWに初来日。その後、WWF(現・WWE)とのデベロップメント契約を経て、新日本プロレスのロサンゼルス道場でトレーニングを積んだ。
2002年10月、新日本LA道場軍として新日本プロレスに初参戦、2004年3月にはカレーマンとのタッグチームでIWGPジュニアタッグ王座を獲得した。
2006年12月、ROH世界ヘビー級王者としてプロレスリング・ノアに来日。2008年9月14日、金丸義信を破ってGHCジュニアヘビー級王座を奪取した。本国アメリカでは、ROHレスリング・スクールのコーチを務めながら、ROHのトップレスラーとして活躍し、プロレスリング・ノアのKENTAや丸藤正道とも対戦している。また、ノアのリングにはROHのリングでも使っている本名のブライアン・ダニエルソンのリングネームで上がった。
WWE [編集]
2009年にROHと契約が満了し、WWEと契約。契約開始までの間はチカラやDRAGON GATE USAなどの団体にフリー参戦した。WWEに昇格と同時にリングネームをダニエル・ブライアンと改め、2010年2月の新番組NXT開始により「ルーキー」の一人として登場、初回から世界ヘビー級王座王者のクリス・ジェリコとシングルマッチを行った。その後は連敗を重ねたものの「プロ」による投票で1位を獲得した。そのしばらく後、最下位脱落のかかったプロによる第二回目の投票が行われる前週にマット・ストライカーがルーキー達に「翌週落とされるのは誰だと思う?」と質問した際、それまでNXTにおいて全敗していることから自分自身が落ちるべきだと発言、同様の発言をしたマイケル・ターヴァーとともに「自信のない人間はWWEに必要ない」というWWE上層部の判断でプロ投票とは別で脱落することとなった。この時のインタビューでブライアンは「"ダニエル・ブライアン"は消えるが、"ブライアン・ダニエルソン"はどうかな?」と意味深な発言をした。その後は(ルーキーとしては脱落したものの)NXTにおいて自身をこき下ろす実況を繰り返したマイケル・コールに怒りの矛先を向け、コールと抗争を展開するというアングルが用意され、NXTのスキットなどでコールと抗争を繰り広げた。それはマイケル・コールが実況を担当するRAWにも波及し、RAWではマット・ストライカーや『師匠』役のザ・ミズまで巻き込んでの抗争のストーリーを展開した。 その後シーズン1が終了、6月7日のRAWでネクサスが誕生し、他の7人と共にリングやその周辺で大暴れ。6月11日WWEから解雇が発表された。レスリングオブザーバーに掲載されたリポートで本人が語ったところによると、ネクサスとしての破壊行動中、リングアナウンサーのジャスティン・ロバーツの首をネクタイで締め上げたことが放送コードに抵触し、それがWWEから解雇された理由とのことである。
その後アメリカインディーでのマットを主体にするかと思われたが、8月16日WWEのPPV、サマースラムで電撃復帰。復帰後もNXT時代の自身のプロであったミズと抗争を繰り広げ、9月19日に行われたナイト・オブ・チャンピオンズでミズを破りUS王座を獲得。10月のブラッギング・ライツではUS王者でRAW代表としてSmackDown!のIC王者のドルフ・ジグラーと闘い勝利し、この試合がきっかけでジグラーとは抗争することになったが全勝を収めた。11月に二年ぶりに開催されたキング・オブ・ザ・リングトーナメントでは予選でテッド・デビアスを破るが、1回戦でアルベルト・デル・リオに敗れた。
NXTシーズン4ではデリック・ベイトマンを指導するプロとして登場した。
2011年4月末に行われた追加ドラフトでスマックダウンに移籍した。その後コーディ・ローデスとの抗争を経て、マネー・イン・ザ・バンクで優勝し、王座へ挑戦する権利を翌2012年のレッスルマニア28で行使する事を公約したが、11月25日のスマックダウンにおいて、ビッグ・ショーとマーク・ヘンリーの世界ヘビー級王座戦後の乱闘時に登場して同権利を行使した。この権利行使はヘンリーが試合続行不可能とされたために無効となったが、同日のメイン戦でランディ・オートン、コーディ・ローデス、ウェイド・バレットとの4ウェイ戦に勝利し、ヘンリーへの挑戦権を獲得した。その後、12月に開催されたPPVTLCにおいて、ショーとヘンリーの世界ヘビー級王座戦後の乱闘に登場し、新王者ショーに対してマネー・イン・ザ・バンクの権利を行使して世界ヘビー級王座を獲得した。同王座獲得後、ショーの王座戦にてセコンドについた恋人のAJがショーと衝突したことから、ショーを一方的に非難し、ヘンリーを含めた三つ巴抗争開始と同時にヒールターンした。そしてロイヤル・ランブル、エリミネーション・チェンバー・マッチにおいて王座防衛に成功した。
このころ、両手人差し指を空に突き上げ「YES!」を連発するパフォーマンスが大受けしているが、観客が真似をすることに腹を立て「NO!」も連発。2012年8月には、その際床に向けて指を出すようにもなった(徐々に両腕を水平に振り静止を促す動きに変動)。
2012年3月、ロイヤル・ランブルを制したシェイマスが世界ヘビー級王座への挑戦を表明し、シェイマスとの抗争を開始した。4月のレッスルマニアにて行われた防衛戦では、AJの介入によって防衛に失敗し王座から陥落し、このことからAJに対して一方的な別れを告げた。同月に行われたエクストリーム・ルールズにおいて再度シェイマスに挑戦したが敗れ、同王座路線から退いた。
2012年5月、CMパンクの所持するWWE王座への挑戦権を獲得し、パンクとの抗争を開始した。AJや、時にはケインも巻き込み抗争をつづけたが、7月のマネー・イン・ザ・バンクでの試合に敗れ、抗争は終了した。
8月はサマースラムにてケインに勝利するが、その1週間後の8月27日放送のRAWでGMとなったAJの指示により抗争相手のケインとともにアンガーマネジメント(日本語字幕では「怒り抑制セラピー」)に参加することになってしまう。その流れでタッグを結成することになり、9月10日放送のRAWでタイタス・オニール&ダレン・ヤング組とタッグ王座の挑戦権を賭けて対戦。試合中にケインにチョークスラムで投げ捨てられるも、ヤングの上に覆いかぶさる形になったためフォール勝ちしタッグ王座の挑戦権を獲得。ナイト・オブ・チャンピオンズでコフィ・キングストン&Rトゥルースと対戦した時は、試合中に再び仲間割れ。トップロープに上ったケインを突き落とすが、落とした先が倒れていたコフィだったためそのままカバーしてフォール勝ち。結果的にタッグ王座を取得。ファン投票によりタッグ名を「Team Hell NO」とした。 その後、ローデス・スカラーズやシールドとの抗争をしていくうちに徐々にベビーターンしていった。また、ローデス・スカラーズからは3度王座防衛している。 他にも2012年末のRAWでは、自由に相手を選んで王座戦ができ、抗争中のシールドとの戦いが禁止されていたため、バックステージで煩い演奏をしていた3MBを選び、ヒース・スレイター&ドリュー・マッキンタイアから、久々に訪れたNXTではNXTシーズン4優勝特典であるタッグ王座戦出場の権利を行使したジョニー・カーティスとパートナーのマイケル・マクギリカティから王座を防衛している。 2013年レッスルマニアではドルフ・ジグラーとビッグ・E・ラングストンと王座戦を行い、ケインのチョークスラムを喰らったジグラーにとどめのダイビング・ヘッドバットを喰らわせて勝利。会場中が「YES!」チャントを巻き起こした。
獲得タイトル [編集]
WWE
新日本プロレス
- IWGPジュニアタッグ王座 : 1回(第12代)
- パートナーはカレーマン。アメリカン・ドラゴン名義で獲得。
プロレスリング・ノア
- GHCジュニアヘビー級王座 : 1回(第15代)
ROH
- ROH世界ヘビー級王座 : 1回(第7代)
- ピュアレスリング王座 : 1回(第7代)
- 当時保持していたROH世界王座とのダブルタイトルマッチで勝利して獲得するもベルトを封印する。
wXw
- wXw世界ヘビー級王座 : 1回(第21代)
その他米インディ団体を中心に多数ベルト獲得歴あり。
入場曲 [編集]
- Horsepower
- Self Esteem
- Obsession
- The Final Countdown
- The Rage
- Ride of the Valkyries
- Big Epic Thing
- Flight of the Valkyries - 現在使用中
得意技 [編集]
- ノー・ロック
- WWE登場後のフィニッシュ・ホールド。通常のクロスフェイスと異なり相手の片方の腕を自分の両足でハンマーロックで固めた状態で顔面を絞め上げる。
- 最初の名称は”ラーベル・ロック”で、名称の由来はかつてロス地区で活躍したレスラーで「柔道王」と呼ばれたジン・ラーベル(en:Gene_LeBell)から。
- 2012年4月16日のRAWで、ラーベルロックという名前はもう古いとして(JSPORTS訳では「ジン・ラーベルを超えた」として)、自ら"YESロック"に改名し、観客が「YES」と連発することに腹を立て、8月に”ノー・ロック”と更なる改名をした。
- ハイキック
- WWEでフォールを奪う時のフィニッシュ・ホールド。
- キャトル・ミューティレーション
- 代表的なフィニッシュ・ホールド。うつぶせの相手にチキン・ウイングの状態になるように両腕を取り、自ら前転してブリッジ状態になりつつ両腕を絞り上げる。NXTでこの技が出ると観客からブライアンが自ら提案したキャッチフレーズ「Tap or Snap」(タップか、折るか)チャントが起こることもある。
- エルボー・バット、エルボー・スマッシュ
- 関節技のイメージが強いが、強烈なエルボー連打で3カウントを奪ったりレフェリーストップを呼び込んだこともある。
- スモール・パッケージ・ホールド
- ダニエルソンは丸め込みの名手でもあり、数々の強豪もこれで3カウントを奪われている。
- レッグロックスープレックス・ホールド
- 新日本プロレス時代のオリジナル必殺技。
- タイガー・スープレックス
- キャトルミューティレーションから繋いだり、逆にフェイントで使ったりと試合終盤に活用する。
- ドラゴン・スープレックス
- 「アメリカン・ドラゴン」の名前繋がりでかつてよく使っていた。
- その他
人物 [編集]
- 私生活では2009年からヴィーガニズムを実践しており、動物性の食品を一切食べない。2012年からはギミックにも反映され、数回だが肉食を行う者を罵倒したこともある。
外部リンク [編集]
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