アマチュアレスリング

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アマチュアレスリング
Amateur Wrestling
米空軍兵同士のレスリング試合
米空軍兵同士のレスリング試合
別名 アマレス、オリンピックスタイル・レスリング
源流 パンクラチオンキャッチ・アズ・キャッチ・キャン
主要技術 投げ技テイクダウンフォール技
オリンピック競技 有り
  

アマチュアレスリングは、格闘技またスポーツの一種である。オリンピックの公式競技ともなっている。

プロレスと区別するため、アマレスと呼ばれることも多いが、競技団体側はその言い方は避け、レスリングと呼ぶようにしている。なお、これはバルセロナオリンピックからプロの参加が認められるようになったことに由来する。アマチュアのレスリング系競技は他にグラップリングなども存在するため、厳格な区別の上で「アソシエイテッドレスリング(Associated Wrestling)」「オリンピックスタイルレスリング(Olympic-style wrestling)」と表現する場合もある。

目次

[編集] 2通りのルール

大きく

  • グレコローマンスタイル(Greco-Roman style)

  • フリースタイル(Freestyle)

の2通りのルールがある。

グレコローマンスタイルにおいては、競技者は腰から下を攻防に用いることが出来ない。

これは、古代ギリシャ古代ローマでのパンクラチオンルールに由来する。「グレコローマン」は「ギリシャ・ローマの」と言う意味。

一方、フリースタイルにおいては、全身を用いることが出来る。

これは、18世紀イギリスで行われたキャッチ・アズ・キャッチ・キャンルールに由来する。

どちらのスタイルにおいても、ポイント、勝敗の判定に違いはない。なお、現在、女子の公式競技はフリースタイルのみ行われている。

上がアンドレル・ダーデン、下がエドワード・ハリス。両者とも2001年の全海兵隊レスリングチームに所属している。

[編集] 共通のルール

2人の競技者が、お互いに素手で組み合い、相手の両肩を1秒以上マットにつけることで勝敗を決する(フォール)。

  • 1908年のロンドンオリンピックでは一瞬でも両肩が付いたらフォールとなる瞬間フォール(タッチフォールとも)を採用していたが、1960年のローマオリンピックから改正された。現在のフォールはピンフォールと呼ばれる。
  • フォール以外に、柔道と同じようにポイントで判定になる、テクニカルフォールがある。決めた技によって最大5ポイントが付けられ、フォールにならずタイムアップになれば判定となる。また、6ポイント以上の差が付いた場合、その時点で勝敗を決する。
  • 打撃技、関節技、絞め技は禁止されている。

国際ルールでは、総試合時間6分。

  • 2分間ずつの3ピリオドで試合を行い、先に2ピリオドを制した選手が勝ち上がる方式である。
2008年北京オリンピックへ向けてルールが一部改正された。なお、これまでは(総試合時間6分は変わらないが)前・後半各3分ずつ行い、同ポイントの場合は更に3分間の延長戦を行う方式であった。)
女子レスリング

[編集] 階級

年齢、体重別に階級を定めて争われる。

  • 世界選手権全日本選手権の階級
    • 男子 - 55kg級、60kg級、66kg級、74kg級、84kg級、96kg級、120kg級
    • 女子 - 48kg級、51kg級、55kg級、59kg級、63kg級、67kg級、72kg級
  • オリンピックでの階級(2004年アテネ大会以降)
    • 男子 - 世界選手権等他大会と同じ
    • 女子 - 48kg級、55kg級、63kg級、72kg級

[編集] 服装と用具

レスリングシューズ
イヤーガードとニーパッド、ハイカット型シングレットを着用したレスラー

選手はシングレット(Singlet)と呼ばれるワンピース型のユニフォームレスリングシューズを着用して試合を行う。止血用の白ハンカチ携行も義務付けられている。義務化されてはいないがマウスピースも装着する。イヤーガードニーパッドを装着する場合もある。

公式戦で使用するシングレットは青と赤に分かれ、コーナーの色によって決まる。

男子のシングレットはローカット型と規定されていたが、シドニーオリンピックの頃よりハイカットに変わった。

女子の黎明期は特に規定されておらず、Tシャツショートパンツまたはブルマーが主流で、レオタードも多く、中には水着を着用する選手もいた。世界選手権が始まると男子同様のシングレットに統一された。ただし国内選手権はしばらくレオタード(ユニタード)が中心だった。

[編集] 自由な参加規程、自由な発想

レスリングはプロや他競技からの参戦の規制はなく、レスリング出身で当時現役プロレスラーの谷津嘉章ジャパンプロレス所属・日本大学レスリング部OB)が1986年全日本選手権大会(階級フリースタイル重量級)にカムバック参戦して優勝している。また、女子レスリング黎明期には当時大人気だった全日本女子プロレスが練習生や若手選手を大会に派遣し、豊田真奈美井上京子らが優勝を飾っている。最近では、永田克彦シドニーオリンピック銀メダリスト・アテネオリンピック代表・新日本プロレス所属・日本体育大学レスリング部OB)が2002年度全日本選手権大会(グレコローマン中量級)において警視庁時代4連勝、新日本プロレス所属・2連勝計6連勝(2001年体重階級区分「中量級等」が改変されたを含む)の成績を残し優勝している。また、K-1を統括するFEGに所属する田中章仁も専修大学時代より全日本選手権最重量級7連覇を記録している。2009年には日本レスリング協会が中心となり、プロアマ問わず多くの格闘技団体を巻き込み、「日本格闘競技連盟」を創設した。

  • それに比べると日本柔道、大相撲、ボクシングは、他のプロ興行への規制は厳しく、現実的には引退して出場することになる。

なお、この自由化は特に日本が他国に先んじて進めた。

[編集] 関連項目