銃剣術

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摸擬銃による銃剣術を練習するアメリカ海兵隊
着剣したライフルで銃剣術を練習するアメリカ海兵隊員

銃剣術(じゅうけんじゅつ)とは、白兵戦近接戦闘において、先端に銃剣を装着(着剣)した小銃を武器にして敵を殺傷する武術である。

[編集] 概要

銃剣術の技は、刺突(突き)、斬撃(斬りつけ)、小銃の銃床(ストック、台尻)部分を利用した打撃が基本であるが、弾倉部分や銃全体での打撃や敵の銃剣攻撃をかわす方法、敵に剣を刺突したままでの発砲蹴り反動を利用して引き抜くなどの技術もある。銃剣での刺突時、銃身に極力ストレスを加えないよう、正確にまっすぐ刺突して、より先が相手の肉体を貫通するよう十分に荷重をかけることを求められる。ただし、相手を突いた後は、銃身が多少曲がることがあり、それにより銃の狙撃能力が落ちる事がある。

銃剣は一見、万能に見えるが、銃剣を付けた状態での射撃は安定せず命中率が低下するだけでなく、銃撃時に銃口からゴミなどが銃剣に付着し切れ味が落ちる。

戦技であるのでルールは無いが、訓練時には安全性の確保のため一定のルールが設けられる。

日本での銃剣術は、日本武術槍術をもととする技などに独自性のある日本式銃剣術とされ、剣術教範が改正されている。この旧日本軍の銃剣術を元に、戦後武道として競技化したものに銃剣道がある。

旧日本軍の銃剣術については、銃剣道を参照。

[編集] 歴史

かつて小銃の装弾数が少なかった時代は、銃剣術は重要な白兵戦技術だった。また、銃はいつでも撃てるものではなく、弾切れや火薬が湿気る、弾詰まり、不発、暴発、あるいは銃自体が壊れたり、整備不良や視界が悪い状況となることもある。そのような状況でも着剣していれば相手に対して威嚇効果が期待された。しかし、第一次世界大戦においては銃剣による死傷者は1パーセントに満たなかったといわれる。

第二次世界大戦では、最も簡易な武器を取り扱う技術として敗戦色の濃くなった国で広く教えられた。イギリスではバトル・オブ・ブリテンの時期に鉄パイプの先端に銃剣の刃を溶接した簡易槍が作られ、これを支給された市民が銃剣術の訓練を受けた。この槍の長さは当時のイギリス軍の正式小銃と同じで既存の銃剣術の訓練で扱えるように作られていた。第二次世界大戦末期に日本で行われた竹槍の訓練は槍術ではなく日本式銃剣術であった。

第二次世界大戦以降は、ハイテク技術や銃器、兵器の進歩によって、儀仗以外での使用頻度がより少なくなり、現在では野戦において塹壕内に残った敵や藪に隠れた敵を掃討する場合、倒れた敵兵の死亡確認のため突く場合や、占領地の警備や捕虜の護送等で相手にプレッシャーを与えるために銃剣を装着して警備に当たる場合など、限定された局面のみでしか用いられなくなった。冷戦期に、フィリピン武術「カリ」に伝わる棒術の技をもとにした銃剣術を新たに制定したアメリカ海兵隊のように銃剣術を重視した軍事組織もあるが、多くの軍事組織では銃剣術の訓練は減少、もしくは廃止された。

冷戦終結後は、大国が総力を挙げて衝突しあう大戦争の脅威は去ったがテロゲリラ等の低強度紛争という新たな脅威が世界の安全保障を脅かすようになり、近接戦闘の技術力強化が求められるようになった。しかし、銃剣術については重要性はあまり高まっていない。アメリカ陸軍が銃剣術の訓練を廃止した[1] ことは、その一例である。これは、屋内突入時に着剣していると銃剣が邪魔になるため近接戦闘が生起しやすい市街戦では銃剣が用いられることが少ないこと、近接戦闘が生起しやすい屋内や船舶内などでは銃剣を用いるスペースが無い場合が多いこと、室内戦では着剣機構が無いため銃剣を着剣できないサブマシンガンが使用されることも多いこと、などによる。

ただし、近接戦闘で重視されない傾向があるとはいえ、野戦で小銃の動作不良(ジャム)や弾倉交換の必要が発生することは兵士にとって大きな不安であるため、後述のように装備が銃剣戦闘に不向きになりつつある傾向にも関わらず、着剣機構を小銃から撤廃する動きは存在しない。

M16などのプラスチック製銃床は、木製銃床と異なり打撃攻撃に必要な強度を有していないとされる。また近年登場したブルパップ方式の小銃は従来型の小銃に比べて、リーチが短い、弾倉が銃床に付属するため弾倉を用いた打撃攻撃ができない、銃床の付け根にくびれがなくつかみにくい、銃全体の重心が銃床寄りであるため斬りつけの際にモーメントが働かないなどの銃剣格闘上のデメリットがある。

[編集] 関連項目

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