敗者復活戦

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敗者復活戦(はいしゃふっかつせん)とは、競技に敗れた競技者・チームの一部を、次回戦等へ進出させるために行う競技のことである。主にトーナメント形式の大会で行われる。総当たりリーグ戦での敗者は実力的に劣っていることが明白で敗者復活に理解が得られないためであると思われる。

スポーツ競技のほか、クイズなどスポーツ以外の競技や、料理演芸などの技能コンペ形式のテレビのバラエティ番組で実施されることも多く見られる。

目次

[編集] 柔道における敗者復活戦

敗者復活戦が採用されている競技としては柔道が有名である。

柔道の場合、3回戦までを予選とみなし、3回戦を終了した時点で敗者復活戦に入る。この敗者復活戦は予選で敗れた選手をブロックごとに組み合わせて行う。まず、1回戦の敗者と2回戦の敗者、続いてその勝者と3回戦の敗者が対戦するステップラダー方式により勝者が敗者復活最終戦に進出。

敗者復活最終戦はプールごとに行われ、各ブロック敗者復活戦の勝者同士が対戦し、その勝者は3位決定戦に進出。敗者は7位が確定する。

3位決定戦では準決勝敗者と別プールの敗者復活最終戦勝者が対戦し、勝者は3位、敗者は5位となる。

ただし大会によっては別方式となる場合もある。

[編集] その他のスポーツにおける敗者復活戦

競馬スキー・ワールドカップの様なシーズンを通しての競技体系が存在するスポーツの場合、際立って強い存在が登場しても、前哨戦での負傷や参加資格の都合などの事情で大きな競技大会や競走に参加できなかったり、参加資格や年齢制限の問題の場合には、最強クラスの者がいわゆる「裏街道」の路線を歩まざるを得ない状況となる事がある。また、オリンピックなどでも同様の問題により、世界クラスの大会の優勝者が不参加となる事が見られる。

この場合、本来は最強の存在を決するべき位置づけである大きな競技大会やレースが、その最強と目される存在に敗れた者たち同士を中心軸としたある意味で主役不在の、実質的には『ナンバー2を決める戦い』と見られてしまい、戦前から盛り上がりに欠けてしまう事が見られる。この様な状況を指して主にマスコミなどが揶揄的に『敗者復活戦』と表現する事がある。

このパターンで敗者復活戦という言葉が使用がされたケースとして、以下の様なケースが知られている。

[編集] 中央競馬

当時の規則で中央競馬クラシック競走に出走できなかった持込馬マルゼンスキーの前に霞んでしまった1977年クラシック三冠路線、同じく地方競馬に最初入厩した為にクラシック登録が無かった事からクラシック競走に出走できず、クラシックの裏側で連勝街道を歩んだオグリキャップの影に泣いた1988年クラシック三冠路線などで、「敗者復活戦」という表現がスポーツ新聞などで用いられた。

[編集] オリンピック

2006年トリノオリンピックにおけるフィギュアスケート女子では、最大の前哨戦となった2005/2006 ISUグランプリファイナルの覇者である浅田真央が年齢制限によって参加資格を得られなかった事から、マスコミによる戦前の下馬評は「グランプリファイナルで浅田に敗れた者たちによる敗者復活戦」というものが主流であった。

ただし、結果としてグランプリファイナルには參加すらできなかった日本人選手の荒川静香が優勝した事もあって、日本のマスコミにおいては、以降はこの様な「敗者復活戦」という下馬評が存在した事それ自体が無かった事にされている。

[編集] 将棋における敗者復活戦

将棋界の七大タイトル戦では、竜王戦棋王戦に敗者復活戦が存在する。竜王戦は1組~6組の本戦進出者決定トーナメント、棋王戦は本戦トーナメントである。

竜王戦の1組敗者復活戦は本戦進出者決定戦であると同時に2組への陥落者決定戦であり、2組以下の敗者復活戦も同様に上の組への昇級者決定戦であると同時に下の組への陥落者決定戦となる。ちなみに敗者復活戦といっても決して顔触れとして劣っていることはなく、2008年の第21期竜王戦の1組敗者復活戦では、十六世名人中原誠森内俊之佐藤康光の名人経験者を連破しながら決勝で羽生善治に敗れて本戦進出を逃している。

棋王戦のほうは本戦トーナメントの優勝者と敗者復活トーナメントの優勝者が挑戦者決定戦で戦うため、「本戦側の挑戦者決定戦進出者に敗者復活の権利がないのは不公平」との声があり、1990年代に敗者復活トーナメント側の優勝者は挑戦者決定戦で2勝せねばならないように制度が改正された。