アマチュア

提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アマチュアは、ある分野において一定以上の経験や知識をもっているが知識技術が専門的な水準にないことや、そのような状態の人を指す。当該分野における活動の動機づけを形づくる精神活動が趣味性、規範性などを中核とする場合、これを汎くアマチュアリズムと呼ぶ。これをして活動の信条又は集団の綱領とする場合は知識や技術に関係なくアマチュアに分類される。職能人または職能集団としてのプロフェッショナルと比較したり、全くの技量の優劣を以って「アマチュア」と呼ぶ場合もある。略して「アマ」。素人(しろうと)とも言う。

20世紀においては理論と実務の間で大きな役割を果たし特に無線パーソナルコンピュータの発展において顕著。この経緯から前記の分野ではアマチュアの存在に対して敬意を払う文化もある。他にアマチュアの定義としては

  1. スポーツにおけるアマチュア。以下において記述されている。
  2. パチンコパチスロでは「素人さん」と呼ばれ、プロに対する対語として用いられる。この業界では、正業に就いているか否かにかかわらず、攻略法に精通して立ち回る人種をプロと呼んでいる。

スポーツにおけるアマチュア(Amateur)とはスポーツ選手を職業としていないで、なおかつ報酬を受け取っていない人の事を指す。(もしくは指していた。)

目次

[編集] 定義

アマチュアとはスポーツ選手の状態を経済的側面から量ったものである。1980年代初めまで「アマチュア」の規定は国際オリンピック委員会(IOC)による「オリンピック憲章」の「アマチュア条項」をはじめとして、国際競技連盟(IF)、ほとんどの場合で国内のスポーツを横断的に掌握する国内オリンピック委員会(NOC)で解釈に若干の違いはあるものの、その定義は凡そ上に掲げたものに集されていた。

現状において「アマチュア」という規定は非常に曖昧である。これは「オリンピック憲章」の「アマチュア条項」を筆頭にして「アマチュア条項」や「アマチュア規定」と呼ばれるものが削除される傾向にあるためである。従ってIOCに追随して「アマチュア」の規定自体を行っていないIFやNOCも存在する。これによって選手の経済的状態がどのようなものであろうと問題化することが無くなったため(いいかえるとアマチュアである事に固執する必要性がなくなったため)「アマチュア」という定義、規定自体が無意味化しつつある。

[編集] 状態

前述の通りアマチュアとは選手の経済的な状態を指す。アマチュアと真正面に位置する状態がプロフェッショナル(Professional)である。プロフェッショナルとはスポーツ選手を職業としてなおかつ報酬を受け取っている人の事を指す(以下プロとする)。

アマチュアにしろプロにしろこれはあくまでもスポーツ選手の「状態」を示すものであり、カテゴライズを指すものではない。従ってこの中間の状態も存在する。即ちスポーツを職業としていないが、スポーツをする事で報酬を受け取っている人という状態である。この状態はアマチュアと定義出来ない。このような状態にあるスポーツ選手をFIFAなどではノン・プロフェッショナルと表現する。

現状でオリンピックや大規模な国際大会に参加するトッププレーヤーの多くはプロか、若しくはこのアマチュアではない状態で参加している。これは既に述べた通り「アマチュア」という形態で参加することにほとんど意味を見出せないためである。

[編集] 歴史

19世紀から次々と近代的なスポーツが誕生してきたが、その参加資格に肉体労働者を排除するのものが存在した。これは特権の保持の一つであった。実際問題として労働者階級が「アマチュア」のままスポーツを楽しむには経済的な問題があって難しかった。一方で裕福な上流はこうした経済的な問題をクリア出来たので自然とスポーツに参加する「アマチュア」は裕福な者に限定されるようになった。

19世紀末のアメリカ合衆国イギリスでは、労働者階級でスポーツをするために問題になっていた経済的な問題を「補償」という形でクリアする仕組みが生み出された。これがプロフェッショナルの誕生である。同時期に始まった近代オリンピックでは参加資格をアマチュアに限定していた。スポーツへの参加をアマチュアに限定すると言うのは上級階級における特権の保持の一つであった。

第二次世界大戦後、ソビエト連邦を初めとする東側諸国はスポーツをプロパガンダの重要な一面として捉えた。彼等がオリンピックで大量にメダルを獲得するために生み出したのがステート・アマと呼ばれる仕組みである。これは身分としてはアマチュアを装っているものの、実態としてはスポーツに専念できる環境を十二分に与えられた者たちであった。ステート・アマをアマチュアのカテゴリとして捉えてよいのかについては議論の余地が残る。

1980年代に、IOCはステート・アマに対する西側からの批判、更にプロ選手を出場させる事によって得られそうな経済的な見返りの誘惑からそれまでの「アマチュア憲章」を放棄してオリンピックのオープン化を図った。この結果オリンピックに参加するスポーツ選手、特にトップレベルの選手がアマチュアであることに意味がなくなり、多くの選手がアマチュアからの脱却を図ったりプロであることの宣言を行ったりした。

[編集] 日本におけるアマチュア

日本のスポーツ牽引してきた要素として学校スポーツ企業スポーツがある。これらはいずれも「アマチュアスポーツ」として発足したが、オリンピックと同じく現状で「アマチュア」である事に意味を見出せなくなっている。現状でもこれらが「アマチュアスポーツ」であるという理解の仕方は存在するが「アマチュア」の定義や、「学校スポーツ」「企業スポーツ」の現状を無視したものであり、ややクラシカルな認識、定義の方法である。

「学校スポーツ」は高校や大学の体育会系で行われているスポーツである。特に後者については「企業スポーツ」が整備されるまでは日本のスポーツのけん引役を担ってきた歴史がある。柔道などでは形式上企業スポーツに移行した選手でも実体は出身校などの学校スポーツで普段練習しているケースもある。現状においてはこれらのトッププレイヤーはスポーツで活躍する事を期待して入学を許可されていたり、その見返りとして学費や部費の免除が与えられている。これらは「スポーツ特待生制度」などと呼称されるが、これは経済的な見返りであり、この時点で「アマチュアではない」という状態になる。特に公立学校の選手は「ステート・アマ」の一種とみなされることもある。

「企業スポーツ」は会社内の同好会やサークルとして始まったものである。1960年代以降全国規模のリーグ戦が実施されるようになって企業アマと呼ばれる形態が成立し、それ以前の大学スポーツに代わって国内スポーツのけん引役を担うようになった。「企業アマ」とは社員・職員の福利厚生や健康増進、若しくは企業の対外的な宣伝効果を名目として、所属する企業からお金を出させるシステムである。例えば就業時間内に練習をしても、就業したものと見なして賃金を払わせたり、体育館やグランドの整備に会社からのお金を出させるという仕組みであった。こうした企業アマについてもステート・アマと同じく「アマチュア」と呼んでいいのかについて議論の余地が存在する。企業によるスポーツ活動はあくまでも企業メセナの一環であり、会社の業績如何、若しくは全体的な好不況の如何によって整理、廃止される事がある。リーグ自体が存在できなくなったという場合も想定できる。

西ヨーロッパで重要な位置を占めているアスレチッククラブ、スポーツクラブなどでの「社会スポーツ」の形態は日本ではレクレーションスポーツや習い事としては盛んである。チャンピオンスポーツ・トップレベルの選手育成をこの社会スポーツに主流をおいているのは水泳シンクロナイズドスイミングフィギュアスケート体操ゴルフなど一部の競技に限定されてきた。1990年代以降になってJリーグはこうしたスポーツクラブの形態を積極的に推奨した。また、バブル崩壊以降の景気後退の局面で、経済的な判断によって企業によって放り出されたチームが積極的に「企業スポーツ」から「社会スポーツ」に転換する例も見られるようになった。こうした経緯によって「社会スポーツ」は既存の「学校スポーツ」や「企業スポーツ」に次ぐ第三のスポーツの場として、日本でも重要度が増してきている。Jリーグにおいては年代別チーム(ユース、ジュニアユース、ジュニア)の所有を義務付けられており、また、これ以外にも女子チームやアマチュアチームを所有するクラブが存在する。またサッカーに限らず幅広いスポーツの普及、選手の育成に乗り出すクラブも存在する。Jリーグ主導のクラブは既に収入を得る仕組みを有しているためクラブ財政が許容する範囲で選手にお金をかける事が可能である。また、これ以外のスポーツクラブについてもトップレベルの選手を商業的に利用したり、クラブが独自にスポンサーを得ることによって運営資金を得ている。この範囲の中で選手にお金をかけるのはJリーグクラブと共通である。また、柔道やレスリング、相撲などを除くマイナー格闘技、マイナー武道や武術の世界はトップレベルの選手育成も含め社会スポーツ中心で古くから行われている。この「社会スポーツ」が「真のアマチュア」と捉えられているが、自らや家族の金銭的支出が多く、貧困層の参加が困難であり、スポーツ界における経済力での差別を生む要因との批判もある。

日本では「野球」を除いて全てのスポーツが程度の差はあるが上記のような現状であると理解して構わない。トップレベルの選手は既に「アマチュアでない」事が多いが、アマチュアでなくてもオリンピックやその他国際大会には出場可能である。また国内大会でも国体インターハイインターカレッジも出場可能な方向へ徐々に改められている。このため「アマチュアでない」ことに対して特段問題になる事はないため選手の実態についても問題にされる事はない。

[編集] 野球における「アマチュア」

日本の野球では「プロ野球」以外のものを総称して「アマチュア野球」にカテゴライズしている。この解釈は「プロフェッショナル以外は全てアマチュア」という二元論であり、この「アマチュア」の定義は他のスポーツと比べて極めて特異である。野球以外のスポーツについても学校や企業のスポーツが無条件でアマチュアであるという古典的な理解の仕方がまかり通るのは野球の影響するところが大きい。

この特異さは選手(特にトップレベル)の実態が「アマチュアでない」高校野球大学野球社会人野球においてしばしば問題化する。選手の実態としてはこれらの野球においても他の競技の学生スポーツ、企業スポーツと変わるところは無い。日本の野球が極めて特異なのはこうした選手の実態を完全に無視して「アマチュア」野球であると主張するところに存在する。建前としては「アマチュア野球選手」はあくまでも「アマチュア」であると主張するものである。このため実態と建前を分けて理解する必要に迫られる。

さらに特異なのは他のスポーツを掌握する組織の傘下に野球が属していないか(高野連高体連に属していない)属していても対外的な大会に参加するための組織と国内大会に参加するための組織がバラバラであることなどから他のスポーツの基準や潮流が野球に関して全く適用されない事である。「アマチュア」の規定に関して既に日本の野球、独自のローカルルールになってしまっているのは既に述べたとおりである。また、他のスポーツでは最近の潮流として「アマチュアでない」状態が追認されているが、日本の「アマチュア野球」では歴史的な経緯から「プロ野球」との明確な差異を求められる事がしばしば存在し、そのために急激なアマチュア回帰が行われる事がある。

2005年に発足された四国・九州アイランドリーグ(発足時は四国アイランドリーグ)を始めとする独立リーグについては、プロ・アマのいずれでもない「セミプロ」にカテゴライズされる見方が強くなっている。

[編集] 関連項目