ブローダス・クレイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ブローダス・クレイ
Brodus Clay April 2012.jpg
プロフィール
リングネーム ブローダス・クレイ
G・リラ
ジョージ・マードック
本名 ジョージ・マードック
ニックネーム ザ・ファンカサウルス
マストドン
スープレックスマシーン
身長 201cm
体重 170kg
誕生日 1980年2月21日(34歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州ロサンゼルス
所属 WWESmackDown!
トレーナー マイク・クアッケンブッシュ
デビュー 2006年
テンプレートを表示

ブローダス・クレイBrodus Clay)のリングネームで知られるジョージ・マードックGeorge Murdoch1980年2月21日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーカリフォルニア州ロサンゼルス出身。ギミック上ではプラネット・ファンク出身となっている。WWESmackDown!所属。

来歴[編集]

スヌープ・ドッグボディーガードを経て、2006年WWEとディベロップメント契約。傘下団体のDSWにてG・リラG-Rilla)のリングネームでデビュー。巨体を生かした戦い方に上層部の目に留まり、12月にWWEに昇格。SmackDown!ECWの合同のハウスショーに本名であるジョージ・マードック名義で二日間出場するも、結果を残すことができず降格。

2007年フリーキン・ディーコンとタッグチームを結成し、トップ戦線に乗り出すがタッグ王座に手が届かず、3月には仲間割れをしてタッグを解消することとなった。4月にDSWがWWEとの関係を解消したことによりFCWへと移籍。その後、これといった活躍をすることができず、2008年2月にWWEから解雇されることとなった。

2010年、WWEと再契約。G・リラからブローダス・クレイBrodus Clay)にリングネームを変更、由来はスヌープ・ドッグの本名(カルバン・ブローダス)からあやかった。ドニー・マーロウコロッサル・コネクションThe Colossal Connection)というタッグチームを結成。FCWフロリダタッグチーム王座に数回挑戦しているが、手に届いていない。マーロウとのタッグを解消後はジャクソン・アンドリュースと巨漢同士のタッグを組んでFCWのリングを席巻した。

同年12月、NXTのシーズン4にルーキーとして参加。プロにテッド・デビアスマリースを迎えるが、シーズン途中にアルベルト・デル・リオに変更。前述の通り、巨体を生かしたパワーファイトで準優勝という結果を出した。NXTシーズン4終了後、3月7日のRAWの放送に登場。デル・リオから復帰したクリスチャンを相手にするよう命じられ、追い込むもトルネードDDTを喰らい敗北。4月にはWWEの祭典であるWrestleMania 27において、デル・リオのセコンドとして初出場。そして、5月のPPVであるExtreme Rulesにおいては試合途中にクリスチャンの妨害に入ったもののクリスチャンに鉄製ハシゴに投げられ、その際に顔面を切り出血、しかも直後に同じく投げられてきたデル・リオをリング下で受ける際に脳震盪を起こすという怪我を連発し退場した。以後、長期欠場。デル・リオとの関係は自然消滅し、8月からSuperstarsのダーク・マッチで復帰。Superstarsを主戦としてシングルで活動し、興行が行われる場所の地元レスラー達を相手に勝利を重ねた。11月よりRAWでプロモーションを行っているが、PPV、ザ・ロックの試合復帰といった関係上より存在感が薄くなってしまうことを懸念され登場を延ばされていた。

2012年、1月9日のRAWにてWWFに所属していたフラッシュ・ファンクのギミックに基づいたプラネット・ファンク出身のファンクダンサーというギミックでディーヴァでありバックダンサーのファンクエッティーズナオミ & キャメロン・リン)を率いてサムアップを決めてからパイロを打ち上げ派手に登場。カート・ホーキンスを相手にフィニッシャーであるフォール・オブ・ヒューマニティーを決めて圧勝した。その後もSuperstarsの時と同様、RAWとSmackDown!のレスラーたちを次々に倒した。2月に入った途端に急に出場しなくなり(使いどころや相手を怪我させてしまうのではないかと憶測されている)、RAWのバックステージで待機などが多くなるようになったが、2012年3月12日のRAWにてジンダー・マハルを相手に復帰。その際、フィニッシャーであるフォール・オブ・ヒューマニティーをオー・ファンク・イット!へと改名。WrestleMania 28では試合を組まれなかったものの、ナオミとキャメロンを従えてメインイベントのシナザ・ロック戦前に登場した。WrestleMania 28終了後、ドルフ・ジグラー & ジャック・スワガー、ザ・ミズやビッグ・ショーとの抗争が順次組まれたが、全試合勝利(ビッグ・ショーとの抗争では試合は行われず、試合開始前に襲われ叩き潰されている)。シナ対ビッグ・ショーの抗争ではシナをアシストした。また、抗争と抗争の間にもジョバー相手の試合を行った。Survivor Series 2012では10人制エリミネーションマッチにてテンサイと因縁が生まれ抗争に発展するが、次第にテンサイを弄ぶようになる。

2013年1月28日、RAWルーレットにおいて、テンサイとのランジェリー・ピロー・ファイトを命じられるが、後に試合内容がダンス対決に変更されたことをテンサイは知らずにリング上に下着姿で登場。さらにはダンスまでして見せた。2月1日のSmackDownでは、3MBに襲われるテンサイをクレイが救出し、ファンカダクタイルズと共にリング上で勝利のダンスを披露した。そしてタッグチーム'"トンズ・オブ・ファンク"'を結成し、テンサイにスウィーティーSweet T)というニックネームを名づけた。タッグチーム結成後、ローデス・スカラーズと抗争し、WrestleMania 29ではファンクダクタイルズやベラ・ツインズと共に8人タッグ戦を行う予定であったが、時間の都合により翌4月8日のRAWに回され、結果では勝利した。

11月、自身の入場曲であるSomebody Call My Momaを使用し、ファンクダクタイルズと共に登場したエグザビアー・ウッズに怒り、勝利した後も追撃する姿勢を見せた。以降、ウッズ & Rトゥルースと抗争を開始。12月15日のPPV、TLCにおいてRトゥルースとのシングルマッチでダーティーファイトを繰り広げた後に、テンサイとファンカダクタイルズから見放された上で敗戦した。翌16日のRAWにてライバック & カーティス・アクセルとのタッグマッチでテンサイが敗れた際にテンサイにオー・ファンク・イット!を浴びせ、決別した。

その他[編集]

  • 本名がマードック姓ということもあり、一部では同姓のプロレスラーであるディック・マードックの息子と捉えられているが、なんら血縁関係はない。
  • マイクアピールの際はラップ調で喋ることが特徴的。
  • 入場時や試合中の特徴として腕を胸の前でサムアップの状態で組み、独特の叫び声を上げるアピールを頻繁に行っている。

得意技[編集]

  • スプラット!
自身のスープレックスなどによって仰向けに倒れている相手に向かってロープの反動をつけて走り、プレスする技で、トンズ・オブ・ファンク結成後はテンサイと同時に一人の相手にダブルでスプラッシュを決めるフィニッシュも見せる(その際、テンサイは相手の下半身をプレスする)。
ランニング・クロスボディだが、放つ前にコーナーでグロッキーになっている相手へボディアタックを仕掛けて、倒れてから決めることが特徴である。
技名を度々改名し、フォール・オブ・ヒューマニティー、ワット・ザ・ファンク?などの旧名がある。
NXTで使われていたフィニッシャー。スタンディング・スプラッシュ。
FCWで使われていたフィニッシャー。トンガン・デス・グリップ

獲得タイトル[編集]

WWE
  • NXT : シーズン4準優勝

入場曲[編集]

  • Rip It Up
  • Somebody Call My Moma
現在使用されている入場曲。かつてWCW、WWEに所属していたアーネスト・"ザ・キャット"・ミラーが使用していた。

外部リンク[編集]