ウィンダム・ロタンダ

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ブレイ・ワイアット
Bray Wyatt.jpg
プロフィール
リングネーム ブレイ・ワイアット
ハスキー・ハリス
デューク・ロトンド
アクセル・マリガン
アレックス・ロトンド
アレックス・ロタンダ
ウィンダム・ロタンダ
本名 ウィンダム・ローレンス・ロタンダ
ニックネーム イーター・オブ・ワールズ
アーミータンク・ウィズ・フェラーリエンジン
身長 188cm
体重 134kg
誕生日 1987年5月23日(27歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
フロリダ州ブルックスビル
所属 WWERAW
トレーナー FCWスタッフ
デビュー 2009年
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ウィンダム・ロタンダWindham Lawrence Rotunda1987年5月23日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーフロリダ州ブルックスビル出身。現在はブレイ・ワイアットBray Wyatt)のリングネームでWWERAWで活動している。

父はIRSやマイケル・ウォールストリートなどのリングネームで知られる元WWF世界タッグ王者マイク・ロトンド。弟はボー・ダラスことテイラー・ロタンダ。バリー・ウインダムケンドール・ウインダムの甥であり、WWE殿堂者ブラックジャック・マリガンを祖父に持つ。

来歴[編集]

2009年WWEとディペロップメント契約。4月に傘下団体であるFCWにてアレックス・ロトンダAlex Rotunda)のリングネームでデビュー。リングネームを度々の改名し、デューク・ロトンドDuke Rotundo)名義で落ち着く。6月に弟のボー・ロトンドとタッグチーム、ロトンズThe Rotunds)を結成。7月にジャスティン・エンジェル & クリス・ローガンからFCWフロリダタッグチーム王座を奪取した。

2010年WWE・NXTのシーズン2にルーキーとして参加。リングネームをハスキー・ハリスHusky Harris)に変更し、コーディ・ローデスをプロに迎え、第4位という結果に終わった。NXTシーズン2が終了してからはFCWに戻った。

10月にWWEのPPVであるヘル・イン・ア・セルにてジョン・シナネクサス入りかネクサス解散が賭けられたウェイド・バレット対シナ戦で、同じNXTシーズン2の卒業生であるマイケル・マクギリカティと介入し、バレットの勝利に貢献、シナをネクサス入りさせた。以後、マクギリカティと共にネクサスのメンバーとなった。

2011年、新生ネクサスのメンバーとして活動するが1月31日のRAWにてランディ・オートンにパントキックを決められ長期欠場となる。3月18日にFCWにてアクセル・マリガンAxel Mulligan)というマスクマンとして登場し、リカルド・ロドリゲススタナーで破った。しかしマスクマンのギミックは1回限りで終了。以後はハスキー・ハリスに戻してFCWに出場。2012年2月、弟のボーとタッグを再結成し、二度目のFCWフロリダタッグチーム王座を戴冠。

タッグ王座陥落後はNXTシーズン6に合わせ、サイコスリラー映画ケープ・フィアー』に基づいたギミック、ブレイ・ワイアットBray Wyatt)へとリングネームを変更。イーライ・コットンウッドを相棒にし、不気味で不可解な言動を放つワイアット・ファミリーWyatt Family)なるユニットを結成。しかし、間もなくワイアットは負傷して欠場し、コットンウッドは解雇となりユニットは解消された。8月にFCWと統合したNXTに復帰した際、新たにWWEに入団したルーク・ハーパーを部下にしてワイアット・ファミリーを再結成。また、11月にはエリック・ローワンもメンバー入りし、ファミリーを拡大。マネージャーとしてタッグマッチで相手チームへの妨害を加えるなど悪事を行い、またシングルとして試合に出場。

2013年、ファミリーと抗争していたNXTタッグ王者であるブリティッシュ・アンビションオリバー・グレイを負傷させた。そしてグレイの代役となったボー・ダラスをも巻き込み、シングルマッチやタッグ王座戦で抗争を展開。

4月のハウスショーにてカシアス・オーノと対戦した際に鼻の骨を骨折。そのため5月4日のRAWハウスショーから短期間、防護マスクを着用して出場していた。この時期より上層部から期待されるようになり、5月2日のNEXにてクリス・ジェリコと対戦した。5月下旬よりワイアット・ファミリーのPVがRAWやSmackDownなどの番組で流されるようになり、7月8日のRAWでケインクリスチャンのシングルマッチにファミリーのメンバーと共に乱入。ケインを襲撃したことで抗争勃発。サマースラムのリング・オブ・ファイアマッチにて、ハーパーとローワンの助けを借りて勝利。ケインを火葬し行方不明にした。

10月、ダニエル・ブライアンCMパンクを相手に襲撃を仕掛けるようになるが、CMパンクはザ・シールドとの抗争に移ったため、ブライアンを標的にして抗争を開始。試合を行う度に一家の仲間になるように誘い、12月のPPVであるTLC 2013において3対1のハンディキャップマッチや12月31日のRAWではガントレットマッチでは勝敗の有無に関わらず、試合後一家総出でブライアンに対して暴行を加えていき、遂にブライアンをにファミリー入りを決意させたと思われたのだが、それはブライアンがワイアットを翻弄するための演技であった。

2014年1月13日、RAWでワイアット & ブライアン vs ウーソズのケージマッチにてブライアンに裏切られ敗退した上ブライアンに制裁された。2014年1月26日、Royal Rumble 2014ではブライアンと決着戦を行い勝利して抗争を終結。

Royal Rumble 2014でのオートン vs シナのWWE世界ヘビー級王座戦や、2月16日のWWE Elimination Chamber 2014でのWWE・世界ヘビー級王座争奪チェンバー戦の試合にも乱入し、ジョン・シナを敗戦させたことでシナとの抗争に移る。

4月6日、年間最大のPPVであるWrestle Mania XXXではシナと対戦して敗戦。5月4日、Extreme Rules 2014でのスティール・ケージ・マッチでは、ワイアット・ファミリーが総力を上げて介入してきた事により勝利する。6月1日、Payback 2014ではラストマン・スタンディングマッチで対決。最後は会場の機材を収納するボックスに放り込まれ、脱出できずに敗戦した。

6月29日、Money in the Bank 2014において、WWE世界ヘビー級王座を賭けたラダーマッチで対戦するがベルトを奪取をするに至らなかった。

シナとの抗争後、7月よりクリス・ジェリコを襲撃して抗争を開始。7月20日、Battleground 2014では敗れたが、Summer Slamと9月8日のRAWにて行われたケージマッチに勝利し、抗争は終了した。

10月26日、WWE Hell in a Cell 2014にてディーン・アンブローズ vs セス・ローリンズにて乱入。アンブローズを襲撃して敗北に追い込み、27日のRAWにおいてアンブローズを挑発した。また、ルーク・ハーパーとエリック・ローワンを「羊の群れに狼を放った」などと支離滅裂な説明を行いファミリーからの独立を発表した。

その他[編集]

  • ギミック上、彼のマイクの内容は一般的な常識では理解不能の支離滅裂なものであり、それらの言葉を用いた心理戦で対戦相手(抗争相手)に精神的に揺さぶりをかける。
    • 支離滅裂な言葉の一例は「ハゲタカを追え」など。
  • ゲームであるWWE'12に使用可能キャラクターとして収録されているが、入場曲がなぜかメイソン・ライアンが使用しているもの(Here And Now Or Never)になっている。同じくライアンの入場曲もWWEでは使用したことがない曲になっている。
  • 容姿が橋本真也に似ている事でも話題になっている。[1]

得意技[編集]

ブレイ・ワイアットになってからのフィニッシャー。スウィンギング・リバースSTO。NXT時代は敵と無理やりに踊ってから放っていた。また、技そのものをする直前、相手の額にキスをする。乱戦時などまれに走り込んで来た相手に前振りなしのカウンター式を使用する。
NXT及びネクサス時代までのフィニッシャー。
アクセル・マリガン時代のフィニッシャー。
技ではないがワイアットを代表するムーブ。基本型はコーナー付近に立ちトップロープを掴み体を後ろに倒しアピールする。ごくまれにエビ反り状態から奇怪な動き(映画エクソシスト2の悪魔に取り付かれた少女のような動き)をすることによって対戦相手に精神的揺さぶりをかける。

獲得タイトル[編集]

FCW
w / ボー・ロトンド

入場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「週刊プロレス」2010年11月10日号

外部リンク[編集]