ケン・アンダーソン

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ミスター・アンダーソン
ミスター・アンダーソンの画像
プロフィール
リングネーム ミスター・アンダーソン
ミスター・ケネディ
ケン・ケネディ
ケン・アンダーソン
カミカゼ・ケン
本名 ケネス・C・アンダーソン
ニックネーム ミスター
身長 187cm
体重 110kg
誕生日 1976年3月6日(38歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ウィスコンシン州グリーンベイ
トレーナー エリック・ハマーズ
マイク・マーキュリー
OVW
デビュー 1999年
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ケン・アンダーソンKenneth C. Anderson1976年3月6日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーミネソタ州ミネアポリス出身。ミスター・ケネディMr.Kennedy)のリングネームWWEに所属していた。現在はミスター・アンダーソンMr.Anderson)の名義でTNAに所属している。

なお、WWEにて用いていた「ケネディ」のリングネームは、自身がオンラインゲームで以前用いていたハンドルネームに由来する。「アンダーソン」という姓は、プロレス界ではジンラーズオレイアーンらのアンダーソン4兄弟(ミネソタ・レッキング・クルー)との関連を連想させるために改名した。

来歴[編集]

原子力施設のガードマン等の職を経験後、プロレスデビューは1999年。インディ団体を中心に活動した後に個人トレーナーをしていたことがきっかけでWWEと契約。OVWに所属し、ヴェロシティ、ヒートといった下部番組にも時々登場していた。

2005年8月25日のスマックダウンに初登場。なお初登場時の対戦相手はフナキで、二回目の登場から「ケネディ」に名前を変えた。かつてのプロレス興行のようにリングの中央に天井からつるされたマイクで一度自分の名前をコールした後、コーナーポスト(タイトロンから見て右側のコーナー)によじ登り、もう一度自分の名前をコールするマイクパフォーマンスを行う入場シーンが特徴である。名前を2回繰り返すマイクパフォーマンスのルーツは自身が高校時代にバスケットボールのアナウンスで2回選手の名前を繰り返してアナウンスした事が好評だったことから。

WWEの強いプッシュもあり、2006年7月14日のスマックダウンでマット・ハーディーに敗れるまで、デビューから1年近くフォール負けを喫しなかった。

2005年11月8日には、同年11月13日に死去したエディ・ゲレロの最後の対戦相手を務めた(結果は反則裁定によるエディ・ゲレロの勝利)。

12月に入り、WWEのヨーロッパ遠征の試合で背中の筋肉を断絶し、長期間欠場した。欠場中は何度かスマックダウンのTV解説者を務めることもあったが、2006年6月にリングに復帰した。7月に入ってからはバティスタとの抗争を繰り広げている。元世界ヘビー級王者や元WWE王者相手に反則やリングアウト等あの手この手で勝ち星を増やし、「一年間で6人の元チャンプに勝った男」という称号を得る。

2007年ロイヤルランブルにおいてバティスタの保持する世界ヘビー級王座に挑戦するが敗れる。その後、ボビー・ラシュリーECW世界王座に挑戦するも敗北。しかし、レッスルマニア23マネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチで勝利。翌年のレッスルマニア24にてその権利を使用すると予告する。だが、ハウスショーにて腕を負傷したため5月のRAWでマネーインザバンクを賭けたエッジとの試合に敗れ鞄の権利を奪われた。その後ドラフトでRAWに移籍。同団体のベテラン、ショーン・マイケルズと抗争12月16日アルマゲドンにて対戦するが敗れる。

2008年ロイヤルランブルに出場。前年の抗争相手ショーン・マイケルズを敗退させる。2月25日のRAWより入場テーマ曲を変更した。レッスルマニア24後にエネミー・ラインシリーズの第3作の主演に抜擢され、その撮影のためにしばらく欠場。6月に行われた追加ドラフトで1年振りにスマックダウンに移籍した。11月より作品のプロモを行うため復帰したが、試合は行っていない。

2009年の追加ドラフトにより、RAWへ移籍。5月に電撃復帰をベビーとして果たすも、復帰試合で再び負傷する。同年5月29日にWWEから解雇が発表された。その後、ハルク・ホーガンオーストラリアにてプロデュースした興行「ハルカマニア・ツアー」に参加。

2010年1月より「ミスター・アンダーソン」のリングネームでTNAのリングに登場。10月のTNA iMPACT!でジェフ・ハーディーの背後からのイス攻撃により後頭部に大怪我を負うアクシデントに見舞われる。

2011年1月、PPV Genesisマット・モーガンとのトップコンテンダーマッチに勝利した直後、エリック・ビショフによって急遽組まれたジェフ・ハーディーとのタイトル戦で連戦のハンディがありながらもマイクチェックでフォールを奪いTNA世界ヘビー級王座を奪取。

得意技[編集]

  • マイクチェック/マイクドロップ
足掛け式スパイラル
  • グリーンベイ・プランジ 
コーナ中段からのリバース・バックフリップ2007年レッスルマニア23ではホーンスワグルにハシゴ上からこの技を掛けた。自分の首にも相当の衝撃が入る危険技のため、半は封印技扱いになっている。現在のフィニッシャーであるマイクチェックを使う前には、相手を担いでその場で使うことが多かった。2008年レッスルマニア24では、ラダーの上に決めた。
デビュー初期にグリーンベイ・プランジと並ぶ大技として使用されていたが、ジェフ・ハーディーの復帰から数ヶ月で使用しなくなった(技が被ってしまうからだと思われる)。
  • ランニングキック
一時期は相手を鉄階段にもたれさせて肩を蹴り飛ばすムーブがあったが、ラシュリーが大怪我を被って以降使っていない。

入場曲[編集]

タイトル歴[編集]

WWE
TNA
ACW
  • ACWヘビー級王座 : 2回
  • ACWTV王座 : 1回
  • ACWタッグ王座 : 3回(w / Mike Mercury)
MAW
  • MAWヘビー級王座 : 1回
NWA中西部
  • NWA中西部ヘビー級王座 : 1回
UPCW
  • UPCWタッグ王座 : 1回(w / Big Daddy Loker)
XICW
  • XICWタッグ王座 : 1回

外部リンク[編集]