ハッスル (プロレス)
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ハッスル(Hustle)とは、2004年から始まった日本のプロレス興行である。現在はハッスルエンターテイメントが主催している。
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[編集] 概略
PRIDEを主催していたドリームステージエンターテインメント(DSE)とZERO-ONEが手を組み、既成のプロレスとは一線を画した「ファイティング・オペラ」と位置付ける新しいスタイルの興行として始められた。
第1回は2004年1月4日にさいたまスーパーアリーナで行われ、メインのビル・ゴールドバーグvs小川直也が話題を呼んだ。
初期の頃は、全日本プロレスも協力して、三冠ヘビー級選手権試合が行われた。その後、ZERO-ONEの崩壊により事実上の後継団体であるZERO1-MAXを運営するファースト・オン・ステージ(FOS)とDSEにより運営されて来た。2005年のハッスル・マニアからDSEとパチンコメーカーの京楽産業.が業務提携をし、以後、ハッスルは京楽を冠スポンサーとして開催している [1]。
2007年4月に新たに運営会社として「ハッスルエンターテインメント株式会社」が設立された。同社には出版社のエンターブレインが資本参加し、同月以降の大会はDSEに代わって同社によって運営が行われている。
[編集] 特徴
従来、“キャプテン・ハッスル”として小川直也が率いるハッスル軍と、高田総統が率いる高田モンスター軍との抗争を中心とするストーリーが展開されていた。半世紀を超える日本のプロレス史の中でも特筆に値する程に多彩なアングルを展開し、ユニークな容姿や性格のレスラーが多数登場し、また芸能人や著名人がレスラーとして登場するなど、高いエンターテイメント性を追求するスタイルの興行を行っている。また試合形態も多岐にわたり、試合中に怪しげなな音楽が流れる中試合をしたり、歌唱力を競い観客にジャッジを求めたり、フードファイターVSプロレスラーが大食い対決をしたり(食えんのか!!-PRIDE系総合格闘技イベントやれんのか大晦日2007のパクリネーミングのなかPRIDE方式で大食い対決)、巨大なスロットが出現し大当たりが出るとミルコ・クロコップが助っ人として現れたり、マーク・ハントがパンチ一発で形勢逆転の助っ人として現れたり、試合中にほしのあきが胸を強調してリングに登場したりとバラエティ豊かである。
ファイティング・オペラと称するギミック満載の派手な演出、有料放送の視聴者を意識したカメラワーク、マイクパフォーマンスの重要性、興行までの仕掛けなどは、WWEを参考にしながら練られていた部分もある。しかしながら、2005年のハッスルマニアあたりからWWEでも行われていないような新機軸を打ち出し始め、国内の団体では実券の販売ではトップとなった。また、サラリーマン、OL、家族連れが非常に多いのも特徴であるとともに、既存のプロレスでは飽き足らないファンやPRIDEから流れてきた総合格闘技ファンもいることもハッスルの多様な集客層で垣間見られる。
[編集] 歴史
[編集] 前史
2002年にボブ・サップのブレイクを背景に格闘技イベントK-1と全日本プロレスが手を組んでプロレスイベントのWRESTLE-1を開始した。これにPRIDEのDSEが運営協力しており、同社の関連会社がアメリカ人の著名なプロレスラーのビル・ゴールドバーグと7回の契約を結んでWRESTLE-1と全日本プロレスに参戦させていた。ところが、2003年にK-1とPRIDEが仲違いを起こし、ゴールドバーグの契約が未消化で残った。かねてからプロレスイベントをやる構想を『紙のプロレス』の山口日昇編集長と語り合っていた榊原信行DSE代表がこのゴールドバーグの未消化の契約をきっかけとして、同年6月頃から高田延彦、ZERO-ONEの小川直也や橋本真也といったプロレスラーや元プロレスラー、ZERO-ONEの中村祥之専務といったフロントと話し合い、協力体制の元でハッスルを立ち上げる事になった[2]。
[編集] 立ち上げ後
2003年12月4日、ハッスル1開催発表会見の席上で、PRIDE男祭りの4日後(2004年1月4日)の開催という事で大丈夫か?(選手の体調面〈ケガなど〉は問題ないのか)という記者の質問に、DSEの榊原信行代表が「プロレスということなんで、大丈夫です!」という発言をして小川が机を投げ飛ばして反抗した事でハッスルのストーリーは始まった。その後、橋本真也と共にPRIDE男祭りに登場して高田延彦に宣戦布告、PRIDE戦士を集めたハッスル高田軍と対小川直也・橋本真也+ZERO-ONE連合軍の構図で立ち上がった。
ハッスル1(2004年1月4日、さいたまスーパーアリーナ)は同日に東京ドームで新日本プロレスが毎年恒例となっていた大会を開いていたという事で、反発を呼んだ。
内容面でも格闘技色の強い試合を行ったり、WRESTLE-1の色合いを残すなど方向性が定まらなかった[3]。しかし、ハッスル2(2004年3月、横浜アリーナ)以降は日本プロレス界を壊滅すべく強力な刺客たち=「高田モンスター軍」を次々と送り込む高田総統が登場。それに対し、キャプテン・ハッスル(小川直也)、ハッスル・キング(橋本真也)、ハッスルK(川田利明、その後モンスター軍へ加入し、モンスターKと命名)を中心とする「ハッスル軍」が登場する。彼らが苦しみながらもこれに立ち向かっていく、という後のストーリーが軸となる基本路線が確立された。
[編集] DSE時代
2004年6月4日、笹原圭一がGM(ジェネラルマネージャー)に、臼杵彩子がPR(パブリックリレーション)に就任して以降(ハッスル4以降)は、事前の記者会見等で抗争や因縁が勃発、それをハッスル・ハウスで発展させ、ナンバーシリーズで決着させるという三幕構成が定着した。余談ではあるが、DSEの美人PRはファンの間では人気が高かった。
2004年に『アサヒ芸能』誌で「ハッスル2」の流出した進行台本(勝者やマイクパフォーマンスの言葉が記載)が掲載されるという事件が起こったが、続く「ハッスル3」の煽りで中村専務(当時)が白紙の台本を持ってスキットに参加し、スキャンダルのアングル化を行った。
2005年4月19日、臼杵PRと入れ替わる形で岸本PRが2代目PRを襲名した。
2005年『ハッスル・ハウスvol.9』で行われたハッスル総選挙にて草間政一が勝利し、草間GMが誕生したが、その年の『ハッスル・ハウスクリスマスSP』でのVTRにて入れ替わるかたちで鈴木浩子がGM就任。
2006年、鈴木浩子のGM退任に伴いRGをGMに推薦。
2006年6月、フジテレビがドリームステージエンターテインメントとの契約を解除した。その余波で「ハッスル・エイド2006」以降、興行クレジットから東海テレビが外れた。
2006年6月17日には、ハッスル・マニア級のイベントとして「ハッスル・エイド2006」(さいたまスーパーアリーナ)が開催され、「ハッスルで地球を救え!」を合い言葉に骨髄移植推進財団らとの協力で骨髄移植のドナー登録を呼び掛けた。
[編集] 高田モンスター軍の支配〜現在
2007年、高田モンスター軍が100億モンスタードルでハッスルを買収。
2007年5月1日より、ハッスルエンターテインメントがそれまで運営していたドリームステージエンターテインメントから権利譲渡を行った。この頃から、K-1関連の用語解禁と月2回の興行が定着するようになった。また、浜名湖競艇と提携やさまざまな企業のスポンサーがつくようになった。
2007年12月31日、ハッスル初の大晦日興行である「大晦日!ハッスル祭り2007」をさいたまスーパーアリーナで開催。時間差放送したテレビ東京は、視聴率において万年最下位脱出に成功した。因みに、最下位は皮肉にもフジテレビであった。
2008年7月、ナンバーシリーズとハウスシリーズを統合したハッスル・ツアーを開始し、同時に『ハッスルGP 2008』が開幕した。また日本HUSTLE化計画が行われ、コンビニエンスストア・ローソンからカレーパンなどの商品が発売されたり、夏の江ノ島でのイベントや全国の自動車教習所などで試合なども行われた。
2008年8月、ハッスル初のディナーショーが行われ、多くの集客に成功した。
2008年10月・11月、北関東(栃木県、茨城県)での興行が行われた。栃木県から公式に県旗などの貸し出しがなされている。
2008年12月30日、ハッスル祭りがハッスル・マニアに吸収されるかたちで、「大晦日!ハッスル・マニア2008」を開催。後日(12月31日)にテレビ東京系列で放送されたが、前年と異なり、当日より前の日に行ったことと「NHK紅白歌合戦」の2部が40%越えを記録したことや前年最下位だったフジテレビが「FNS2008年クイズ!!」と生放送のクイズ番組に敗れ、3.4%と再び最下位に転落した。
[編集] 出場選手
[編集] 主な出場選手
詳細は「ハッスルに登場する人物一覧」を参照
2005年11月3日に横浜アリーナで行われた「ハッスル・マニア2005」は、狂言師の和泉元彌、タレントのレイザーラモンHGの参戦が話題を呼び、連日ワイドショーなどで報道されて一気にブレイクし、満員の観衆を集めた。また、2006年6月18日にさいたまスーパーアリーナで行われた「ハッスル・エイド2006」では芸能界で最強の主婦と言われているカイヤが参戦したが、翌日のワイドショーなどには報道されなかった。同年11月23日に行われた「ハッスル・マニア2006」には眞鍋かをりの後輩である海川ひとみが参戦した。
橋本真也は「ハッスル4」(2004年7月、横浜アリーナ)を最後に肩の手術のため長期欠場に入ったが、2005年7月に急逝している。小川直也もまた、2007年にハッスルを高田総統に売却した後、主だった成績を上げることなく、旅に出る(かつての師匠であるアントニオ猪木の新団体「IGF」に参戦するため)と称してハッスルの舞台から去っている。
「ハッスル・ハウス クリスマススペシャル」(2004年12月、後楽園ホール)にはアリシンZこと浜田文子とHikaruが女子選手として初出場。以後、Ericaことアジャ・コングを始め女子選手の参加も徐々に増えていたが、現在のところ縮小傾向にある。 2007年になるとケロロ軍曹が地球(地球外の全宇宙人の呼称はポコペン)の侵略をの一環としてハッスルに参戦、スコット・ノートンらと戦っているが、S・ノートンに無残に子供たちの目の前で圧殺されるなど、奇想天外なストーリーを繰り広げていく。その際、実際にテレビの声の出演ケロロ軍曹(渡辺久美子)、タママ二等兵(小桜エツ子)、ギロロ伍長(中田譲治)が会場入りしアテレコを行っている。
2008年現在の主な参加メンバーは坂田亘、HG、TAJIRI、高田、川田、安生洋二、島田裕二、レイザーラモンRG、天龍源一郎、曙、KUSHIDA、\(^o^)/チエ、吉江豊、荒谷望誉、越中詩郎、ゼウス、小路晃らである。
[編集] ご当地モンスター
地方開催に合わせて高田総統が発掘した「ご当地モンスター」も登場するのがハッスルの見ものである。過去には北海道「マリモブラザーズ(マリオブラザーズ)」、青森「りんごブラザーズ、恐・イタコ(恐山のイタコ、名前は京唄子の洒落)」、仙台「仙台市・ロー(仙台四郎)」、新潟「イナゴライダー(稲作の大敵イナゴおよび175Rのもじり」、静岡「ザ・モンスターT(茶=Teaの「T」から)」、名古屋「ひつま武士&モンスターコメ兵(名古屋料理と当地中古品販売店)、アリマキネン・ミヤキネン・ヤスダキネン(有馬記念・高松宮記念・安田記念)」、大阪「KIDATA・ロー(浪速のモーツァルトことキダ・タローから)」、横浜「鬼妖拳(横浜のシューマイ崎陽軒)」、福岡「ミン・タイ・スー(明太子の中国語読み)」といったモンスターがハッスル軍と激闘を繰り広げた。
[編集] ゲスト
また、対戦とは別でサプライズゲストが登場する時がある。これまでも猫ひろし、まちゃまちゃ、そして秀逸なのはモンスターKこと川田利明よりハッスルあちちこと大谷晋二郎が「最近頭髪のあたりが似ている」という指摘を受けたのを機に、2005年のハッスルハウス・クリスマススペシャルに突如観客席から江頭2:50が登場しリング上で江頭とあちちの当人同士の対面が実現した。最後の決めポーズは「がっぺむかつく!」だった[4]2007年にはアントキの猪木がA.猪木となり、ジャイアントビターンを受けたジャイアント・バボがジャイアント馬場となりタッグで対戦し往年のファンの長年の夢をあっさり実現。
- 妖精さん - 小池栄子似
- 有田総統 - 自称ハッスル軍総統
- 小島よしお
- テツandトモ
- ケロロ軍曹
- ガッツ石松
- 小梅太夫
- 藤崎マーケット
- オリエンタルラジオ
- ほしのあき
- ケンドーコバヤシ
- 小倉優子
- ウォーレン・クロマティ
- 江頭2:50
- アントキの猪木
- ドクター中松
- 鼠先輩
- ほんこん
- 佐藤栄一 - 宇都宮市長
- 福田富一 - 栃木県知事
- つぶやきシロー
- U字工事
- 木下博勝
- 田中星児
- 黒沢かずこ
- 泰葉
[編集] リングアナウンサー
リングアナウンサーは声優の太田真一郎とラジオ・パーソナティーのケイ・グラントが務めている。PRIDEのリングアナでもある太田はインリン様の試合に於いてPRIDEの四点ポジションにおける打撃の場合と同じ口調でムチの使用を認めるアナウンスを行い観客の笑いを誘った。会場で流れる選手紹介などの映像ナレーションは諏訪部順一が担当している。
[編集] ハッスルポーズ
ハッスル軍の選手が、主に試合後に気勢を上げるために行うポーズである。橋本と小川が考案した。
腰の辺りで両腕を構え(拳は握る)、「スリー、ツー、ワン」のカウントダウンの後、「ハッスル!ハッスル!」と発声しながら、ウォー・クライのポーズで二度、両腕を力いっぱい引くと同時に腰を突き出す。当初は微妙な評価であったが、継続しているうちに同イベントの象徴として定着した。TAJIRIはハッスルに正式参戦した後のサイン会で彼は「6月のECWワン・ナイト・スタンドでハッスルポーズをアメリカに広めたい」と語り、実際にハッスルポーズを黒田哲広と共に披露した。
橋本真也が途中でそのハッスルポーズはただ下品に終わってしまうとの観点から、従来のハッスルポーズに続けて頭上で手首を交差し「トルネード」と唱えながら腰を三回転半させた後に右足を出して「ハッスル!」と両腕を再度力いっぱい引く「トルネードハッスル」を考案したが、その普及を待たずして橋本が没したため、彼の追悼興行を最後に封印されている(ハッスル・ハウス vol.17で橋本真也没一年追悼公演「ハッスル・キング メモリアル6人タッグトーナメント」優勝の「チーム ハッスル・キング(大谷晋二郎・田中将斗・安田忠夫)」と橋本真也前夫人ら家族とともに「メモリアルトルネードハッスル」として記念に行われている)。現在はHG考案の「ハッスル!ハッスル!フォー!」と足を4の字に組むなど、HGの得意ネタである「フォー!」のポーズで締める事が多くなっている。ハッスル・ハウス vol.17では、モンスター軍からハッスル軍入りしたニューリン様が台の上に乗り、「ハッスル!ハッスル!トルネ〜ド〜MAX!」という掛け声と共に、橋本真也の考えたポーズにM字開脚を組み合わせたハッスルポーズを行った。
プロ野球読売ジャイアンツの選手・阿部慎之助が2004年4月29日の試合で月間本塁打の日本タイ記録をマークした直後、先輩の清原和博、タフィ・ローズらと披露した事を端緒に、スポーツ界や芸能界にも広まって流行した。同年7月には日本高等学校野球連盟が『夕刊フジ』の取材に対し「ハッスルポーズなど、試合中の選手による派手なパフォーマンスには注意を与える」と述べ、同年の参議院議員通常選挙の遊説では当時の自由民主党幹事長だった安倍晋三が応援に駆け付けた小川の勧めでポーズを決め、同年11月には競馬のGIのジャパンカップに小川がゲストに招かれ、10万人以上の競馬ファンの前でハッスルポーズを行うなど、社会現象ともなった(しかし、これは小川が当時開催されたPRIDEヘビー級グランプリに参加し、そのリング上で披露した影響が強かったと思われる。そのため、当事者らがプロレスイベントでのポーズであるとの認識は希薄である。)。
因みに、ハッスル軍が行うハッスルポーズに対抗し、高田モンスター軍にもモンスター軍流のハッスルポーズ「ドゥ・ザ・ハッスル」ポーズがある。胸の前で右腕で力こぶを作りながら「ドゥー・ザ・ハッスル!」と叫ぶだけの単純なポーズである。島田二等兵とアン・ジョー司令長官が普及を図っていたが、いつしかフェードアウトしていった。現在、モンスター軍が締める時は高田総統の音頭で「スリー、ツー、ワン、ビターン!」で締めている。退場する際は「バッドラックだ!」と言う(高田総統がその決め言葉を言う前に川田利明がその言葉を先走って言ってしまう事があり、高田もその瞬間に「おーい、その言葉は俺のだろ」と慌てふためく瞬間が多い。その切り返しを受けた川田が意に介さない表情をするのも爆笑を誘う。)。
2006年にギミック上第3代GMに就任した鈴木浩子が、小川直也が細木数子の冠番組に出演した際に教わったという新たなるポーズ「パワーアップでオー!」をハッスルポーズに代わる新たなポーズにしようと試みたが、初めて会場で披露した時には観客の大多数が拒絶反応を示した。
[編集] 試合
[編集] 試合ルール
ハッスルの試合は原則プロレスのルールで試合が行われるが、プロレス以外の試合があるのもハッスルの特徴のひとつである。以下に挙げる。
- M字ビターンマッチ
- 回転するお立ち台にてM字ビターンを行う。
- ダイナマイト・ハードコア・ハッスル・ウェポンマッチ
- 選手は各自自由に凶器を持参して入場し、試合中に使用する。試合開始から一定時間が経過すると、入場ゲートにあるパチンコ台のスロットが回転し、会場のどこかにこの回転を止めるボタンが出現して、このボタンを押して「当たり」を出すことができれば、ステージから登場する「スペシャルウェポン」を自由に使うことができる。
- ハッスル.3に初登場したが、あまりにも危険すぎるために、以降の大会では封印され続けていたが、ハッスル・マニア2007と大晦日ハッスル祭り2007で復活した。スペシャルウェポンにはジャイアント・シルバ(ハッスル.3)、マーク・ハント(ハッスル・マニア2007)、ミルコ・クロコップ(大晦日ハッスル祭り2007)が登場した。
- 観客ジャッジシステム
- その名の通り、観客が判定に参加するシステムで、現在では歌対決などに用いられている。
- エニィウェアフォール・エブリバディレフェリーマッチ
- リング内外を問わず観客がレフェリーとして3カウントを入れることができるシステム。2005年3月18日のハッスル8(両国国技館)、島田二等兵(現在の特命係長 島田工作員)vs中村カントクにて。40分を超える試合の末、島田が勝利した。因みにカウント3を入れたのは青木裕子。
- イリミネーションマッチ
- 2006年10月、2009年1月のハッスル・ツアーでのメインハッスルで行われた形式。
[編集] タイトル
団体所属或いはフリーランスの選手有志が中立の主催者の下で試合を行うイベントという性質から、当初は自前の認定王座を設けていなかったが、「ハッスル8」(2004年3月、両国国技館)より「ハッスル・ハードコア・ヒーロー」(HHH)が制定され、田中将斗が初代王者に就いている。そのハードコア戦は凶器攻撃であらゆる持ち物が持ち込み可能なため、田中将斗は白い粉が入った白いギター、黒田哲広は自転車を持ち込み、金村キンタローはパイプ椅子か竹刀を持参したりして暴れている(田中のギターは一回殴打し白い粉が出てしまえばギターが破壊され終わりであるが、その1回限りの利用を相手に使われてしまう事も度々ある。)。
以下、ハッスルが管理するタイトル(2008年10月現在)
- ハッスルGP2008
- 総エントリー数785名のなか、最後の二人に残った“モンスターK”川田利明(栃木代表) VS 坂田亘(アホ代表)で決勝戦が行われた
- 初代 - “モンスターK”川田利明
- HHH(ハッスル・ハードコア・ヒーロー)
- ハッスル・スーパー・タッグ
[編集] 興行
[編集] 興行形態
ハッスルは、1万人規模の会場で行う「ハッスル」(「ナンバーシリーズ」とも呼ばれ、主に奇数月開催)と、2千人規模の会場で行う「ハッスル・ハウス」(第1回は2004年6月28日、後楽園ホール)とに分かれる。これらの関係は、まず事前の記者会見等で抗争や因縁が勃発、それをハッスル・ハウスで発展させ、ナンバーシリーズで決着させるというファイティング・オペラの名に違わぬ三幕構成になっている。
また、その年の集大成的な興行として「ハッスル・マニア」を開催している(2005年は11月3日に横浜アリーナにて開催)。さらにクリスマスには「ハッスル・ハウス クリスマスSP」と銘打ったサブタイトル付きでよりストーリー性を明確にした興行が開催される。
ハッスル・マニア級のイベントとして、「ハッスル・エイド」と「ハッスル祭り」を開催している。「ハッスル・エイド」はその年の前半部分の集大成という位置づけであり、「ハッスル祭り」はお祭り的な意味合いが強い。なお、「ハッスル祭り」は「ハッスル・マニア」に吸収されるかたちで2008年は興行が開催された。
2008年に大変革が行われ、「ハッスルナンバーシリーズ」と「ハッスル・ハウス」が1本化され、「ハッスル・ツアー」となった。同時に、「ハッスル軍」、「高田モンスター軍」、「ボノちゃん部屋」などの枠組みを撤廃し、ハッスラーNO.1を決める史上空前のトーナメント『ハッスルGP2008』が開催され、「ハッスル・ツアー」の一部として組み込まれた。
スタート当初は首都圏で集中的に開催されていたが、2005年からは首都圏外での興行を増やし、全国展開を進めている。当時は首都圏内のナンバーシリーズをDSEが、ハッスル・ハウスおよび首都圏外のナンバーシリーズをファースト・オン・ステージ(FOS、ZERO1-MAXの運営会社)がそれぞれ運営する形となっていたが、ハッスルエンターテインメント設立後はナンバーシリーズやハッスル・ハウスを含むすべての興行が同社主催となっている。
興行のクレジットは、2006年6月5日まで「主催」がDSE、「協力」が東海テレビ放送などFNS加盟各局(名古屋大会のみ主催)とFOSとなっていた。
また、『ハッスルどライヴ全国学生パフォーマンスグランプリ』という『ハッスル』の大舞台でのパフォーマンスデビューを目指す人たちのステージも行なわれている。
[編集] ポスター
イラストレーターの金子ナンペイがポスターを描いていた[5]。橋本真也のアフロヘアー、川田利明のブルース・リーばりの黄色のトラック スーツ、小川直也の孫悟空のスタイルなど金子がポスターに描かれたいたものが後にリングの扮装に反映されることが起こっていた。2007年頃からポスターはイラストでなく写真を使う様になっている。
[編集] オーディション
ハッスルでは、随時新メンバーを決めるオーディションを開催している。
なお、2008年秋にオーディション番組「イツザイ」(テレビ東京とTVQ九州放送では土曜24:55〜25:25に放送)にて「第2のインリン様を決めるオーディション」が開催された。様々な審査が行なわれ、候補者は5名(長澤つぐみ、蓬莱沙織、憂季、小林まり枝、美月あかり)にまで絞り込まれた。しかし、12・24後楽園大会当日、候補者5名に高田総統が告げたのは、“合格者なし”であった。「ハッスル・マニア2008」(有明コロシアム)にてデビューできるイツザイが誕生することのないまま、「第2のインリン様オーディション」は終了した[6]。
2009年3月に2代目モンスター℃になりたい人材をプロ・アマ問わず大募集! 厳正な書類審査を経て、最終オーディションに残ったのは全部で5名。猫ひろしや作家、子供、肉感的な美女、プロレスリング・ノアから志賀賢太郎らが参加、と、突然そこからバトルロイヤルとなり、結果志賀賢太郎か晴れて(?)2代目モンスター℃の座を手に入れた。2009年3月25日。
[編集] テレビ放送
[編集] 放送形態
第1回大会から衛星放送ではパーフェクト・チョイスなどのチャンネルでペイ・パー・ビュー(PPV)にて興行の生中継および再放送を行っている。視聴料金は2,100円。
ハッスル公式の有料会員サイト「ハッスル・マニア」では、記者会見の模様や試合のダイジェストなど、膨大な数の動画を視聴する事が可能である。
インターネット放送GyaOでは、2005年11月にハッスル・マニア2005が配信され、以後ハッスルナンバーシリーズを全試合配信していた[7]が、2006年11月〜12月にハッスル20が配信されて以来、2008年現在は配信していない。なお、GyaOでの放送は入場曲は差し替えられていた。
2009年2月、ハッスルの過去のナンバーシリーズを有料で配信するサイト、ハッスル×ムービーゲートがサービスを開始した。
地上波放送では、愛知・岐阜・三重の3県をエリアとする東海テレビが2004年のハッスル1から全大会を75分枠の特別番組を主に月曜深夜に不定期で放送していた。この特番については地方興行の直前にテコ入れとして青森テレビ、テレビ新広島、テレビくまもとなどローカル放送される例が見られた。さらに東海テレビでは2005年10月29日よりフリーアナウンサーの矢野武を司会に、タレントの吉本衣里をアシスタントに迎え、「ハッスル×ハッスル」(通称ハスハス)という30分の情報番組を毎週金曜日の深夜に放送していた。
地上波での初の全国放送として、東海テレビをキー局にフジテレビ系列でハッスル・エイド2006を大会翌日の2006年6月19日に録画放送する事が決定していたが、同月5日にフジテレビ側からDSE関連のイベントの放送を打ち切る発表が行われ、ハッスル・エイド2006の放送が中止となったため、地上波全国放送は実現しなかった。系列局である東海テレビもこれに同調してハッスル関連すべての放送打ち切りを決定したため、「ハッスル×ハッスル」も打ち切りとなった。
因みに、大阪で興行が行われる際は近畿圏のフジテレビ系列局である関西テレビはCMの放映や興業のクレジットにも名を連ねないなど一切協力していない(ただしハッスル・マニア2005のみ放送)。大阪で開催されたハッスル16においてはライバル局である毎日放送の情報番組「ちちんぷいぷい」に高田総統が告知のため録画出演し、元同局アナウンサーで同番組の司会者(月〜水曜)の角淳一がよしもと軍団による第3ハッスルのリングアナを担当していた。また、札幌で開催されたハッスル・ハウスVol.7・8については北海道の日本テレビ系列局である札幌テレビが所有していた札幌メディアパーク・スピカで開催され、高田総統が同局で中継した日本ハムvs阪神の始球式に登場するなど宣伝活動を展開した。
東海テレビとフジテレビが放送撤退後初めての地上波の番組として、2006年10月6日に行われるハッスル19のPR番組として同月1日に兵庫県独立UHF放送局・サンテレビで「ハッスル上陸大作戦」が放送された。次いで青森県で開催された2007年6月10日のハッスル23は地元局の青森テレビが同月2日に事前PR番組を放送し、25日深夜に大会の録画中継を行った。
格闘技専門チャンネルのFIGHTING TV サムライでは、ペイ・パー・ビュー放送から時間を置いて、大会の録画中継番組を放送している。再放送はおよそ各興行の3か月後に放送される。東海テレビの「ハッスル×ハッスル」も放送していたが、フジテレビのショックを受けてハスハスも打ち切りとなった。2006年9月からは「ハッスルFC」を放送。2007年6月にはハッスル・エイド2007応援企画としてPPV放送と同じ内容のハッスル23の生中継が行われた。リピート放送はなく、再放送は同時生中継されるPPVのみだった(しかし後に再放送を行った)。
2006年6月のフジテレビショック以来、一部ローカル局を除いてハッスルの地上波放送はなかったが、2007年9月8日にテレビ東京でハッスル・エイド2007の録画中継番組を放送した[8]のを皮切りとして、同局での放送が実現した。なお、同年10月6日から2008年3月29日までは土曜26:50〜27:20にケンドーコバヤシを司会に、タレントの折原みかをアシスタントに迎えた京楽提供の情報バラエティ番組「どハッスル!!」の放送が関東ローカルのみだが放送されていた。現在は3か月に2回程度の特別番組も放送している(日曜16:00〜17:15など)。なお、これに伴い「テレビ東京系列外の視聴者にも見られる環境にする」事として、テレビ東京系列のBSデジタル放送局・BS JAPANでもテレビ東京系列の中継を再放送を行い、テレビ東京系列ではない地域でも、地上波放送の方を録り逃した人でも日本全国何処からでも見られる様にする事もやっていく、としている[9]。そして2007年12月31日にはファイティング・オペラ「ハッスル」を初めてテレビ東京系列のゴールデンタイム(21:30〜23:30 BS JAPANでは別番組でクラシック音楽番組「神尾真由子 優勝の軌跡〜すべて聴かせます!チャイコフスキーコンクール演奏10曲」を放送)で放送(同月10日から4回にわたり月曜21:54〜22:00でメイキングミニ番組「ハッスル大晦日への道」を放送[10])。関東地方での視聴率は4.0%で、テレビ東京が2002年から設定している大晦日特番(21:30〜23:30の枠)の中では歴代最高となり、フジテレビで同時間帯に放送されていた『一億分の一の男』の3.2%を超え、初の時間帯最下位脱出も達成した。
同月25日放送のものまね王座決定戦で久々に高田モンスター軍のみ久々にフジテレビに登場した。
2008年10月3日より、格闘アニメの実写版★スポーツエンターテイメント「ハッスル」の魅力をラジオで伝える番組として、『高橋大輔と高垣彩陽の夜ナ夜ナハッスル』が毎週金曜日24:00〜24:30にラジオ関西で放送されている。
2008年10月15日、“第2のインリン様オーディション”が本格始動し、テレビ東京系列で放送中のオーディション番組『ITSUZAI〜イツザイ〜』(毎週土曜日深夜0:55から放送)の番組内で募集していた“第2のインリン様発掘プロジェクト”の第1次オーディションが行なわれた。
[編集] 実況・解説者等
テレビでの実況はフリーアナウンサーの矢野武、高橋大輔。解説は東京スポーツの平塚雅人。解説席には、当初掟ポルシェ、その後ドン荒川らに変更した。しばらくタイガー木原(木原二軍監督)に定着したが、後に姿を消した。ゲストに2004年からハッスル・マドンナこと青木裕子が定着していたが、鈴木浩子第3代GMの強権により降板、坂田軍団入りしてストーリーに絡む様になった後、フジテレビショック後に説明なく姿を消した。「ハッスル・エイド2006」では眞鍋かをりが実況席のゲストとなり、眞鍋はその後もエイドやマニアの大きな大会のゲストとして出演した。2006年9月のハッスル・ハウス20から真鍋と同じ事務所の浜田翔子と海川ひとみがレギュラーの実況ゲストとして出演した。海川がハッスル・マニア2006でハッスルに参戦してからは浜田1人の実況ゲスト(ハッスルバックアッパーズ)という形が定着している。
東海テレビで放送していた特番に於ける番組ナビゲーターは、ハッスル1と2では小倉優子が担当し、ハッスル3からインリン・オブ・ジョイトイが高田モンスター軍「セクシー方面司令官」として進行役を務めた。この出演がきっかけとなって、後にインリンは「インリン様」として実際の試合に絡む様になった。
[編集] 企画
[編集] 舞台化
“日本ハッスル化計画”の一環として、2008年4月から連載中のケータイ小説『ラブ&ハッスル』が舞台化。【ハッスルガールズ】名高梨緒 近藤朱里(KG) 村上友梨 竹内綾香 富山智帆 吉永みち 【モンスターガールズ】フランソワーズ広田 バンビ(KAIENTAI-DOJO) 吉川めぐみ 市場法子 村田美樹 【ハッスラー】 TAJIRI KUSHIDA 小路二等兵 モンスター℃ \(^o^)/チエ レイ大原 高田総統 製作総指揮 泉忠司 ミュージカル統括 林浩代 プロレス総括 TAJIRI
[編集] タイアップ、コラボレーション企画
2008年12月11日 Nintendo(ニンテンドー)Wii専用ソフト『アルゴスの戦士 マッスルインパクト』(テクモ株式会社)とのコラボレーションイベント『アルゴスの戦士 ハッスルインパクト』が開催された。スペシャルゲストは人気グラビアアイドルの“オシリーナ”こと秋山莉奈。
[編集] 関連商品
- ハッスル・カレー
- 2004年11月29日から2005年3月までの期間限定で小川直也の「ハッスル チキンカレー・辛口」と橋本真也の「ハッスル ポークカレー・中辛」というレトルト食品カレーを明治製菓が発売した。小売り価格は298円、内容量は250グラム[11]。
- ハッスル・ドリンク
- ハッスルドリンクという栄養ドリンクがサンリッツ株式会社から2004年に発売された。第1弾としてハッスルドリンク・アリシンZが同年11月に発表され、タイアップした女子レスラーの浜田文子扮する覆面レスラーのアリシンZがハッスルのマットに登場する様になった[12]。続いて2005年6月には第2弾の疲れ編と眠気編も発売され、ドリンクのイメージキャラクターには高田総統とインリン様が採用されていた[13]。これらの飲み物は会場でも配布されていた。
- ハッスルオフィシャルQUOカード
- 2008年からJCBより「ハッスルオフィシャルQUOカード」が発行され、楽天市場にて発売された巷で話題のファイティング・オペラ『ハッスル』がQUOカードで登場。インリン様や高田総統などのQUOカードが販売されている。
- ハッスルオリジナル携帯
- ハッスル軍仕様とモンスター軍仕様がある。
- ハッスルイコライザーTシャツ
- 携帯の着信にあわせてTシャツのLED部分(ハッスルのロゴ)が光る。
[編集] 課題
レイザーラモンHG(住谷正樹)や和泉元彌に代表される芸能人によるハッスル参戦という話題性を先行させるスタイルをとっているため、興行に於いては芸能人参戦者が中心としプロレスラーが表向き脇役担うケース、芸能人(特にHGとインリン様〈ニューリン様〉、最近ではRG)が現役のプロレスラー顔負けのムーブなどで観客を沸かせている姿など多角的な取り組みをしてる。そのためこのスタイルに旧来のマスコミやファンの中にはプロレスラーの価値を下げているという向きもあったが、スタイルの定着・認知によりそのような指摘はなくなりつつある[要出典]。
プロレスラーの中にも北斗晶のようにハッスルに対して嫌悪感を顕わにしているものもいる。また、ハッスル・マニア2005の成功後、プロレスライターでありストロングスタイルの狂信者でもある安田拡了は「日本のプロレスが壊れた」と批判している[要出典]。しかし、高田総統は事あるごとに「日本のプロレス界を根こそぎぶち壊す」と宣言しており、ある意味で当然の事であるという指摘もある[14]。
プロレスファンからの反応については、他団体では類を見ない程に賛否両論が両極端に分かれる傾向がある。批判の多くはハッスルの持つ旧来のプロレス感への批評が旧来のプロレスファンの思い入れを否定する側面があり、その事からハッスルに対してヒステリックな批判も多い[要出典]。エンターテインメント性の強さから、ハッスルがプロレスのカテゴリーに入るかについては一部で異論もある。また、絶賛するファンの中にも旧来からのプロレスファンが多く、過去にプロレスに夢中になった自分を否定するのではなく「笑い」飛ばす屈折した見方をする者もいる[要出典]。ハッスル自体も旧来のプロレス団体(特に某老舗プロレス団体)を笑いのネタにして批判するテキストを好むため、公然と対立状態になっているのが現状である。
また、同じDSEの主催するPRIDEが2006年からフジテレビ系列での放送中止が決定し、芸人やレスラーへの干渉があり異常事態が発生。母体であるDSE自体が危機になり、立ち上げ当初「DSEの税金対策」と揶揄されたハッスルがこのままの形態で興行を続行できるのか危惧された。2007年に入りDSEからの分離独立が報道され[15]、まず2月1日に高田モンスター軍が総額100億M(モンスター)ドルで買収というギミックで独立が発表され[16]、4月24日付けで正式に新会社「ハッスルエンターテインメント」を設立して独立した[17]。
[編集] 関連項目
- ハッスルに登場する人物一覧
- ハッスルの大会一覧
- プロレス
- ドリームステージエンターテインメント
- PRIDE
- プロレスリングZERO-ONE
- ZERO1-MAX
- 小川直也
- 高田延彦
- 橋本真也
- 月刊コミックブンブン
- アバンギャルド (芸能プロダクション)
[編集] 脚注
- ^ ハッスル公式サイト「ハッスル×KYORAKU 強力タッグを結成!『KYORAKU Presents ハッスル』誕生」2005年10月11日
- ^ All About「ハッスル山口日昇新社長に聞く(下)」2007年6月24日
- ^ All About「ハッスル山口日昇新社長に聞く(下)」2007年6月24日
- ^ livedoor Sports 江頭2:50、ハッスル参戦で「テポドン打ち込む」 2006年7月20日
- ^ 『金子ナンペイ公式サイト・ナンペイ魂』お仕事・イベントその他
- ^ ハッスル公式サイト “第2のインリン様オーディション”に衝撃的結末!高田総統の重大発表とは、なんと“合格者なし”だった!! 2008年12月25日
- ^ 村松健至「GyaO、和泉元彌やHG参戦のハッスル・マニア2005全試合をノーカット配信」BroadBand Watch、2005年11月16日
- ^ 同番組の時間帯は夕方で、テレビ大阪でも同時間帯に、テレビ愛知では同日深夜も放送された。
- ^ スポーツナビ「ハッスル地上波レギュラー番組タイトルは「どハッスル!!」10月6日スタート」2007年9月14日
- ^ http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/headlines/wrestling/20071105-00000016-spnavi-fight.html
- ^ 明治製菓 プレスリリース 2004年11月18日
- ^ スポーツナビ「高田モンスター軍に「アマゾネス軍」が加入 デビューはクリスマスハッスル」2004年11月24日
- ^ ハッスル公式サイト「ハッスルドリンク新バージョン発売! インリン様、改めて川田にM字ビターンマッチを要求! 」2005年6月6日
- ^ スポーツナビ ケッパレ1試合速報結果
- ^ Zakzak 地上波復活目論む…ハッスル、PRIDEから分離独立 2007年1月26日
- ^ ハッスルがDSEから独立、高田総統が買収を発表
- ^ ハッスル営業権を「ハッスルエンターテインメント」へ譲渡


