有田哲平
| 有田 哲平 | |
|---|---|
| 本名 | 有田 哲平 |
| ニックネーム | アリペイ、アリペー |
| 生年月日 | 1971年2月3日(41歳) |
| 出身地 | |
| 血液型 | 不明[1] |
| 身長 | 173cm |
| 方言 | 標準語 |
| 最終学歴 | 立教大学法学部中退 |
| 師匠 | コント山口君と竹田君 |
| コンビ名 | くりぃむしちゅー |
| 相方 | 上田晋也 |
| 芸風 | 漫才、コント(ツッコミ→ボケ) |
| 立ち位置 | 右 |
| 事務所 | プライム→ナチュラルエイト |
| 活動時期 | 1991年 - |
| 同期 | ナインティナイン よゐこ キャイ〜ン ほか |
| 現在の代表番組 | 有田とマツコと男と女 |
| 過去の代表番組 | アリケン むちゃぶり! ホリペイ オレたち!クイズMAN テキトーTV 目からウロコ!21 ほか |
| 作品 | 特典映像(監督作品) |
| 配偶者 | 未婚 |
| 親族 | 有田真平(実弟) 矢野暢(叔父) |
有田 哲平(ありた てっぺい、1971年2月3日 - )は、日本のお笑い芸人、司会者。お笑いコンビくりぃむしちゅーのメンバーで、相方は上田晋也。愛称はアリペイ、アリペー。
熊本県熊本市出身。ナチュラルエイト所属。身長173cm、体重80kg。
目次 |
[編集] 略歴
幼少時から大学入学直後まで裕福な家庭で育つ。熊本大学教育学部附属中学校を経て、熊本県立済々黌高等学校に入学。高校の入学式当日、後にコンビを組む上田晋也に出会い、その後、共通の趣味であるプロレスをきっかけに意気投合。そろってラグビー部に入部し親交を深める。高校卒業後、一浪して立教大学法学部に入学。弁護士を目指したが、早稲田大学を中退した上田からの誘いを受け、有田も大学を中退。1991年にコンビ「海砂利水魚」を結成し、コント山口君と竹田君の付き人となる。
2001年9月に、『新・ウンナンの気分は上々。』の「負けたら改名」の企画にて、さまぁ〜ずとの対決に敗れた為、ウッチャンナンチャンの内村光良命名の「くりぃむしちゅー」に改名された事が話題になりブレイク。
[編集] 人物
[編集] 学生時代
熊本大学教育学部附属中学校在学中の2年生時にはアメリカにホームステイしていた事もある。
高校のラグビー部時代、試合では上田がレギュラーであったのに対し、有田はベンチ要員だった。その上、ラグビーのルールをよく理解しておらず、ある試合で上田がボールを持ちトライするべくラインに向かって走ると、有田は何を思ったかチームメイトである上田にタックルを仕掛けたという。初めて出場した試合では試合慣れした様子を出そうと野次を飛ばし審判に注意された。その後気まずさを隠して歩いているとサイドフラッグに引っかかり右腕を折る。恥ずかしくて名乗り出られず、数プレーの間左手だけでボールを扱おうとするも上手くいかず、事情を知らないチームメイトから注意された[2]。また、ある日ラグビー部の皆で将来の夢を話していた時、他の部員は「弁護士」「起業家」などと真面目に目標を述べていたが、有田は「俺は光GENJIに入る!」と真顔で豪語し、一同を呆れさせた[3]。
現役で明治大学法学部二部に合格していたが、上田に「一緒に早稲田に入ろう。」と言われ熊本壺溪塾で浪人する。一浪を経て、上田は早稲田大学に合格するも、有田は敢え無く不合格。有田は上田がまた浪人してくれると思っていたそうだが、「お前は立教がいい」と言い包められ、結局立教大学に入学した。しかし、有田も上田と同様に大学での生活に馴染むことが出来ず、友人も殆ど作れなかったことから、しばしば一人ぼっちでキャンパス内のベンチに座り、煙草を吸いながら時間を潰していたといい、最終的に中退に至ったのも、この事に起因した部分もあったという[4]。
[編集] 家族・親類
3人兄弟の次男。弟は放送作家の有田真平、兄は地元で教師をしているという。
母は水泳でオリンピックの代表候補になる程の選手だった。現在も熊本県内にある室内プールで管理者の傍ら、子供達に水泳の指導を行なっている。2008年には、マスターズ世界水泳選手権の平泳ぎ・シニア部門で6位に入賞した。あまり練習せずに大会に挑んだそうで、もっと練習していれば3位以内には入れた、と悔んだという[5]。
父は広告代理店を経営していた。高校生になってからも父親の事を「パパ」と呼んでいたという(そう呼ぶように言われていた)[6]。しかし、有田の大学入学後に会社が倒産、授業料を滞納する事態に。それに関する父親からの報告と、有田からの「大学を中退してお笑いをやりたい」旨の報告とが偶然にも重なり、有田は勘当を覚悟したが、父親に「学費を納めなくていいなんてお前は孝行息子だ。それにやりたい事を見つけるなんて素晴らしい!」と絶賛されたという。後に知るが、その時点で会社が傾いていたらしい[7]。父親の事業破綻後に両親は離婚したが、有田はその事実を知らず、当時レギュラー出演していた『王様のブランチ』の中継コーナーで実家を訪ねると、有田家の表札が「長谷川」に変わっており、大変ショックを受けたという[8]。
叔父は政治学者で、日本初のノーベル賞選考委員やスウェーデン王立アカデミーの会員を務めた矢野暢。「幼少期より、よく両親から『親戚にいる大学教授の叔父さんを見習え』と言われていたが、その人がセクハラで訴えられた。」というネタをよく使う[8](詳細は本人の頁を参照)。
[編集] 身体的特徴
あごがしゃくれている。
年々太ってきており、数年前に『笑っていいとも!』に出演した際には、「デビュー当時と比べて15kg程太った。」と明かした。ファンや上田から、とろサーモンの久保田和靖に似てきていると指摘されており、視聴者が久保田を見て有田と間違った事もあるらしい。タレントのヒロミが経営する加圧トレーニングジムに通っていた事があり、番組で共演した際に“成果”を披露したが、ヒロミは突き出た腹を見て、「営業妨害だよ!」と呆れていた[9]。
人間ドックで脂肪肝が判明し、ウエストの測定結果は97cmという危険な数値(メタボリックシンドロームの基準値は85cm)だった為、2007年の11月から炭水化物を完全に抜き、年内に体重を75kg、ウエストサイズを85cmにまで減らす事を同年放送の『オールナイトニッポン』で宣言した。そして同番組にて年末に体重測定を行った結果、83kgから76kg(脱衣時75kg)にまで減量していたが、約束の体重を1kgオーバーしていた為、上田の取り決めにより番組内で罰ゲームをする羽目になった。翌2008年6月24日の放送で久々に体重測定を行った結果、82kgへと再びリバウンドしてしまった。
高校時代から芸人デビュー前まで、寄生虫持ちだったため、今とは比べ物にならないほどスリムな体型だった。高校時代にラグビー部を引退した後、上田共々部活をやっていた頃と同様の暴飲暴食を辞められなかったことから、上田が急激太りだしたのとは対照的に、全く太ることは無かったという。一方で、その当時は年に4回ほど尻の猛烈な痒みに苦しめられてもいた[10]。
頭髪が薄く、自身は祖父からの隔世遺伝であると述べている。育毛剤を使用しているが、その育毛剤の力を強くする為に「モミダッシュ」なる頭皮洗浄用の機器を使用している[4]。
[編集] 趣味・嗜好
カジノが好きで、海外旅行は専ら韓国やアメリカ等のカジノがある国が多い。韓国のカジノで熱くなりすぎて負けが込み、現地に居合わせた見ず知らずの日本人や、当時ほぼ初対面であった美川憲一にお金を借りたらしい。ちなみにそのお金は、日本に帰国してすぐに二人の元へ返しに行ったという。
菅野美穂の大ファン。2009年1月19日放送の『しゃべくり007』で念願の対面を果たした。
[編集] プロレス
大のプロレスファンで、自身の芸風にも活かされている。メジャー・インディー団体問わず、選手やマット界の動向にも詳しい。また、毎週欠かさずに週刊プロレスを愛読(第一号から全て)する他、多くのプロレスグッズも所有している。『笑っていいとも!』の「テレホンショッキング」に出演した際には、同誌をタモリへのお土産として持参した事がある。
敬愛するアントニオ猪木の引退試合を観戦した際、入場時には声援を送っていたものの、肝心の試合時に居眠りしていたのを『ダウンタウンDX』のコーナー「視聴者は見た!」で暴露される。この回には猪木本人も出演しており、すぐにビンタ制裁を受けた。
『ハッスル・エイド2006』では、自前の「高田総統」のコスプレをしてオープニングに登場。翌2007年12月31日の『大晦日!ハッスル祭り2007』でも、高田将軍(戦国時代バージョン)が現れた後に、有田総統としてリングに登場した。
[編集] アニメ・ゲーム
TVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の大ファンで、『アメトーーク!』に「エヴァンゲリオン芸人」として出演した事もある(2008年4月24日放送)。
いわゆるヘビーゲーマー。『オールナイトニッポン』等で、ゲームソフト『実況パワフルプロ野球9』(コナミ)の「サクセスモード」について熱く語っていた事があり、『パワプロクンポケット7』には有田をモデルにした「有田修吾」というキャラクターが登場した。また、定期的にオールナイトニッポンのスタッフ達を集めてパワプロ大会を行っているという。しかし、実際の野球にはあまり興味が無い上に疎い。
『龍が如く』(セガ)に関しては、同番組で面白いゲームであると太鼓判を押した為[11]、本人が知らない内に「くりぃむしちゅー有田も大絶賛」というキャッチコピーを付けられていた。後にマネージャー大橋によりその仕事を引き受けていたことが判明した。
[編集] 音楽
好きな音楽ジャンルはヒップホップとK-POP。ヒップホップアーティスト・ZEEBRAとも親交があり、『シュガーヒルストリート』では、「ALI-T(途中からFAKE-Aに改名)」に扮してZEEBRAと一緒に司会を務めた。これが縁で、ZEEBRAのシングル「Stop Playin' A Wall」のプロモーションビデオにも出演している。KARAや少女時代に詳しい。
ほかに、兄の影響からビートルズのファンでもある。ギターを練習して、『くりぃむナントカ』のスタッフらと共にバンドを結成、ボーカルとしてビートルズの楽曲でライブを開催したり[12]、映画『アイアンマン』他のDVD販促キャンペーンでは自作の「応援歌」を披露した[13]。
[編集] 交友関係
- アンタッチャブルの山崎弘也を可愛がっており、山崎と同じマンションに住んでいる。なお、山崎は後輩なので有田より下の階に住んでいるという。
- おぎやはぎの矢作兼とも大変仲が良く、山崎を含めた男三人で毎年旅行に出かけているほど。
- 番組収録の合間に山崎やおぎやはぎ、次長課長等の後輩芸人を集めて、芸に対するアドバイスやダメ出しを行う(「有田塾」と呼ばれている)が、「全くためにならない話ばかり」しているという。また、土田晃之には「『銭形金太郎』のロケで泣け。」とアドバイスをした[14]。
- 共演の多いネプチューンの堀内健からは、「これからの事も、お笑いの事も真剣によく考えているし、芸術を見るセンスもある。とにかく凄くいい奴。」と評されている[16]。
- 相方・上田の2人の姪(上田の実兄・上田啓介の娘)を大変可愛がっており、上田を心配させている。有田曰く、「どんなにユルいギャグを言ってもウケるから気分がいい。」との事で、休日には2人と遊ぶ為だけにわざわざ熊本まで帰省し、当時流行していたナルミヤ・インターナショナルのジュニア向けブランド服「メゾピアノ」等をプレゼントした事もあるという[17]。2人は有田を「ありぶす」と呼び、「ありぶす、お前顎伸びたな〜。」などと散々な事を言われるという。ちなみに、アンタッチャブルの山崎を「やまぶー」、柴田英嗣を「しばめんこ」と呼び、2人ともメールでの近況報告等もしている[18]。
[編集] 芸風
どの様な内容の番組であっても徹底してボケを貫く。お笑い評論家のラリー遠田は、有田を「自分が一歩引いて、相手の面白い部分を引き出す事に長けている、引き芸の達人」と評している。遠田によると、コンビのボケ担当で引き芸に長けているのは比較的珍しいタイプだという[19]。
格闘技ネタを得意とする。ものまねのレパートリーは、自身が大のプロレスファンという事もあり、プロレスラーが多数を占めている。中でもアントニオ猪木のものまねは、『内村プロデュース』での「○○で勝利するをプロデュース(スポーツシリーズ)」で内村光良のふりで披露、後に鉄板ネタとなった。
長州小力がする長州力のものまね「キレてないですよ」(実際は「キレちゃいないよ」である[20])は、有田のネタが元となっている。後に『笑いの金メダル』で小力と組んで「W長州」としてネタを披露した。
[編集] ものまねのレパートリー
[編集] エピソード
- 2001年6月、相方と共に出演していた瀬戸内海放送(KSB)の人気深夜番組『ばちこい!』の企画で、「Bachicco!(ばちっ娘!)」というローカルアイドルをプロデュースし、見事デビューさせた。なお、デビュー曲「ばっちり恋しよう!」には有田のラップパートが収録されている。
- 新コンビ名の由来にもなったクリームシチューが大好物だと公言していたが、『いきなり!黄金伝説。』の企画「クリームシチューだけで1週間過ごすコンビ」に挑戦した際にかなりの野菜嫌いだった事が判明し[22]、クリームシチューの殆どを相方の上田に食べさせていた。上田曰く「有田が好きなのは、クリームスープ」。
- 「H/K(話変わるけど)」という若者言葉を作った。『銭形金太郎』の深夜放送時代にVTRの前フリで好んで使用していた。
- 2008年5月1日放送の『アリケン』の企画で、左頬のシミを消すプチ整形を行った。
- かつては愛煙家であり、若手時代より相方の上田から「そろそろ禁煙しろ」と度々注意されていたが、2011年2月にTBSテレビの廊下で和田アキ子とすれ違って挨拶をした際に、「絶対、タバコはやめたほうがいいぞ」と言われ改心し、禁煙に成功した[23]。
[編集] 女性関係
- 『ロンドンハーツ』で、相方の上田から「合コン好きの有田を懲らしめてほしい」と番組に依頼され、騙しの合コンをセッティングするという企画が組まれた。この企画は3回に渡って放送されたが、全て番組が仕掛けた落とし穴に落下している。女性と2人きりになった時、淳の指令でその女性が「クルトンって呼んでいい?」と言った事から、番組では「クルトン(有田)[24]」と呼ばれる様になった。その仕返しとして有田は、「上田の好感度を落としたい」として田村淳に上田を騙す為のハニートラップを依頼したが、その中で上田は、有田とは正反対の硬派な振る舞いを見せ、放送終了後、番組ホームページのBBSには上田を絶賛する女性視聴者からの書き込みが多数寄せられ、逆に上田の好感度を上げてしまう結果となった。その放送後には、上田の硬派キャラをパクって合コンをしている事をアンタッチャブルの山崎弘也に暴露され、再度、同様の騙し合コンに引っ掛かり、最後にはまた落とし穴に落下している。
- 2004年8月、女優・深田恭子との泊まりがけデートが写真週刊誌・フライデーにスクープされた。更に同じ月、山崎と合コンを行った帰りにラブホテルに入る様子を同誌に激写されている。また、別の女性との同棲も報じられ、ルックスに似合わずプレイボーイとして有名。上田からは「フライデーに連載を持っているのか?」と揶揄された。しかし深田との一件以来モテなくなったと発言している。
- 写真週刊誌の一件以来、合コンなどを自粛する一方で、相方の姪っ子2人にハマり、2人と遊ぶため休日にわざわざ熊本まで上田を伴わずに帰っているという。理由は「どんなにユルいことを言ってもウケるから気分がいい」とのこと。因みに2人は、有田のことを「ありぶす」(また、アンタッチャブル山崎を「やまぶー」、柴田を「しばめんこ」)と呼び、「ありぶすお前顎伸びたな~。」等散々なことを言われるという[25]。2人とはメールでの近況報告などもしている。しかし、最近は年に2~3回は行くらしいが合コンのお陰で色々教わってもらったと言っている。[26]
- キャバクラも好きで、行く先々の店で必ずと言って良い程セクハラ行為をしている。
- 服などの買い物をする時矢作兼(おぎやはぎ)とよく一緒に行くらしいが、店員が好みの女性だと「(TVのイメージと違って、実は)自分は後輩思いの優しくて良い先輩である」と、見せつける為に、矢作に奢ってあげているが、その時の店員が男性又は好みの女性でなかった場合は、決して奢らず割り勘との事。好みの女性のタイプは、巨乳の若い女性(有田風に言うところの『パイオツカイデー』な女性)。
[編集] オールナイトニッポン
- レギュラー化する前の『海砂利水魚のオールナイトニッポンスペシャル』時代に上田と対決し負け、放送終了後に番組プロデューサーの勅使川原昭によって丸坊主にされた。
- 2005年7月5日、山崎弘也、矢作兼と共に夜に中華料理店へ行き、2人から酒を勧められ、一度は断るものの、この後にオールナイトニッポンの初回放送があるにも拘わらず飲んでしまい、本番で上田に叱られた。
- 前述の様に、番組内で度々ダイエット企画を行っているが、本人曰く、外は色々な誘惑が多い為、家に籠りがちだという。その時の家での生活は、ゲームをして、週刊プロレスを読み、朝から地ビールを飲んで一日を終えるというもので、上田は「俺に言わせればゴミ」だと呆れ返った。
- 番組では、「月に一度のお楽しみ」として上田に無茶振りをしていたが、あっさりとこなされる為、有田は「無茶振りなんて大した事無い」と思い、『むちゃぶり!』という番組の仕事を引き受けた。ところが、実際に無茶振りを受けてみると驚く程グダグダになってしまい、上田を「無茶振りの天才」と認めた。
- 2009年4月16日に、それまで出演出来なかった裏番組の『アンタッチャブルのシカゴマンゴ』にゲスト出演。第一声は、有田がオールナイトニッポンの冒頭で必ず口にしていた「まいったね…」であった。
[編集] 出演
以下は、有田哲平のみの出演番組を記載します。コンビでの出演番組は、くりぃむしちゅーの項目を参照してください。
[編集] 現在の出演番組
- 私の何がイケないの?(2011年10月-、TBS)レギュラー出演
- とんねるずのみなさんのおかげでした(2004年-、フジテレビ)「博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜」のモノマネロボ1号・有田くん(コーナーレギュラー)
- 有田&山崎のひきだし太郎(2008年-、テレビ東京)不定期放送
- 雨上がり決死隊のトーク番組 アメトーーク!(テレビ朝日)不定期出演
[編集] 過去の出演番組
- 有田とマツコと男と女(2010年10月-2011年9月、TBS)レギュラー出演
- 生でGONG! X2(FIGHTING TV サムライ)
- 内村プロデュース(テレビ朝日)常連出演
- ぐるぐるナインティナイン(日本テレビ)「かぶっちゃや~YO!」のコーナーレギュラー
- 目からウロコ!21(2003年-2004年、ニッポン放送)
- 進研ゼミ高校講座Presents 目からウロコ!24(2004年-2005年)
- 恋するハニカミ!(TBS)
- ぶっちゃけ!99(2004年-2005年、TBS)
- テキトーTV(2005年-2007年、テレビ朝日)不定期放送
- 人志松本のすべらない話 第4弾・第13弾・ザ・ゴールデンSP3(フジテレビ)
- シュガーヒルストリート(2006年-2007年、日本テレビ)
- 模範解答男(2006年12月27日、フジテレビ)単発特番
- むちゃぶり!(2007年-2009年、TBS)
- クイズ・タイムリミット(2008年5月31日、TBS)単発特番
- ホリペイ(2009年、BSジャパン)
- オレたち!クイズMAN(2009年10月-2010年7月、TBS)
- アンタッチャブルのシカゴマンゴ 複数回出演
- ガッテンお盆臨時営業中「マニアに学ぶ ビールをおいしく飲む法」(2010年8月12日、NHK総合)
- アリケン(2008年4月-2010年9月、テレビ東京)
- アリなし〜アリケン★ゴールデンスタジアム〜(2010年10月-2011年9月、テレビ東京)
- スタイル!(2000年、テレビ朝日) - 牛膝ジュン 役
- 学校の怪談 春の物の怪スペシャル 第3話「俺たちの文化祭」(2001年3月27日、関西テレビ)
- 春ランマン(2002年、関西テレビ) - 不動産屋 役
- 零のかなたへ〜THE WINDS OF GOD〜(2005年、テレビ朝日)
- 和田アキ子殺人事件(2007年2月12日、TBS) - 三上慶介 役
[編集] 映画
- ピーナッツ(2006年、コムストック) - アゴ男爵 役
[編集] テレビアニメ
- 名探偵コナン(有田哲平)
[編集] 劇場版アニメ
- ドラえもん のび太と緑の巨人伝(2008年、東宝) - パルナ 役
[編集] インターネット
[編集] CM
[編集] PV
- ZEEBRA「Stop Playin' A Wall」(2006年12月6日、UBG Records)
- 餓鬼レンジャー「CALL 〜Skit〜」アルバム『ラッキー・ボーイズ』収録(2004年7月21日、ビクターエンタテインメント)高田延彦のものまねで参加。
[編集] 雑誌
- 俺はお前のかませ犬だ!(2010年3月-2011年5月、週刊プレイボーイ)
[編集] 作品
[編集] DVD
- 特典映像(2008年、ビクターエンタテインメント)監督
- シルバーフィクション 第1集(2011年、ポニーキャニオン)
[編集] 書籍
- プロレスラー 伝説のビッグマウス!(2010年7月、河出書房新社)責任編集
[編集] 脚注
- ^ 2008年4月23日放送の『徹子の部屋』に出演した際、「血液型が分からない為に『出来なかったこと』が無いので、検査する機会も無い。」と述べていた。
- ^ 日本テレビ『しゃべくり007』2011年2月7日
- ^ TBS『ぴったんこカン・カン』より
- ^ a b テレビ朝日『徹子の部屋』2008年4月23日放送回
- ^ ニッポン放送『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』2008年4月29日放送回
- ^ 日本テレビ『しゃべくり007』2009年11月16日放送回
- ^ にゃゴ研 『笑ナビ—必読!お笑い芸人ナビゲーション』 アンドリュース・プレス、2005年。
- ^ a b フジテレビ『とんねるずのみなさんのおかげでした』他多数の番組で披露。
- ^ TBS『ズバリ言うわよ!』2007年11月6日放送回
- ^ TBS『有田とマツコと男と女』2011年4月15日放送回
- ^ “くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン【今週の放送】”. ニッポン放送 (2006年1月31日). 2010年1月17日閲覧。
- ^ ニッポン放送『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』より
- ^ “くりぃむしちゅー・有田が初ソロライブ 「大晦日はNHKで」”. オリコン. (2009年3月17日) 2010年1月17日閲覧。
- ^ テレビ朝日『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』より
- ^ フジテレビ『僕らの音楽 -OUR MUSIC-』2009年5月15日放送回
- ^ 日本テレビ『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』2008年8月30日-31日放送の深夜企画「どうでもいい世紀の誓い 100連発!」より
- ^ フジテレビ『あっぱれさんま大教授』より
- ^ BSジャパン『ホリペイ』2009年1月25日放送回
- ^ “くりぃむしちゅー有田哲平が見せる「引き芸の境地」”. 日刊サイゾー 2010年1月17日閲覧。
- ^ 1995年10月9日の対安生洋二戦後のインタビュー。
- ^ 腕固めを仕掛けた際の白目を向く表情(通称「キラー永田」)。
- ^ クリームシチューに入っていたニンジン、ブロッコリー、カボチャ、シイタケ、マッシュルーム等。他に、キュウリは好きな方だが、トマトは食べられないという。
- ^ 2011年4月23日放送ニッポン放送「ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回」での和田の発言より。
- ^ 悪いクルトン、略して「ワルトン」とも。
- ^ 「あっぱれさんま大教授」にゲスト出演時の発言より
- ^ 2009年1月25日「ホリペイ」(BSジャパン)の本人の発言より