土田晃之

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土田 晃之
Aeroflot Manchester United Trophy Tour in Tokyo (13047696104).jpg
本名 土田 晃之
ニックネーム つっちー
生年月日 1972年9月1日(42歳)
出身地 日本の旗 日本 埼玉県大宮市(現:さいたま市見沼区
血液型 AB型
身長 183cm
方言 共通語
最終学歴 専門学校東京アナウンス学院
コンビ名 U-turn(1992年 - 2001年)
相方 対馬盛浩(元相方)
芸風 漫才コント(ボケ)(コンビ時代)
立ち位置 左(コンビ時代)
事務所 太田プロダクション
活動時期 1992年 -
現在の代表番組 そうだ旅(どっか)に行こう。
ジョブチューン アノ職業のヒミツぶっちゃけます!
バイキング
僕らが考える夜
ほか
過去の代表番組 銭形金太郎
さしこのくせに〜この番組はAKBとは全く関係ありません〜
てんとうむChu!の世界をムチューにさせます宣言!
恋愛総選挙
※AKB調べ
ほか
配偶者 既婚
公式サイト プロフィール
受賞歴

土田 晃之(つちだ てるゆき、1972年9月1日 - )は、日本お笑い芸人である。

東京都練馬区生まれ、埼玉県大宮市(現:さいたま市見沼区)出身。太田プロダクション所属。

身長183cm、体重75kg[2]血液型AB型。大宮市立大砂土中学校(現:さいたま市立大砂土中学校)、埼玉工業大学深谷高等学校(現:正智深谷高等学校)卒業。

概要[編集]

1992年、お笑いコンビU-turnを結成しデビュー。2001年に解散しピン芸人に。愛称は「ツッチー」。 趣味はサッカーアイドルからアニメ(とくにガンダム関連)などで、その関連の仕事を得ていることから、自らをおたく芸人だと称している[3]

来歴[編集]

生い立ち[編集]

小学1年生まで東京都で育ち野球をやっていた[3]。小学2年で大宮に引っ越し、転校先の小学校の授業内容についていけず、落ちこぼれた[4]。当時からお笑い芸人を夢に見ていたが、人前ではしゃぐような明るいタイプではなく、1人でネタを考えてこそこそ笑っているタイプだった[4]運動神経が鈍く鈍足だったこともあり、学校でサッカーをやるとディフェンダーばかりやらされ、運動神経の良い同級生たちにコテンパンに打ちのめされる日々を過ごした[3]

中学生時代は、教育熱心な母親に反抗的だったが、土建業を営む父親には頭が上がらず、その父親から「家計が厳しいから私立高校へは通わせられない。公立高校に行け」と厳命された[4]。しかし、最底辺の成績しか残せず、担任から受験すれば誰でも受かる私立高校へ進学することを勧められて、父親に土下座をして入学金と授業料を支払ってもらった[4]。高校では1年生で停学処分や無期停学処分を受けたが、3年間で卒業[4]

U-turn時代[編集]

東京アナウンス学院時代に対馬と出会い、「元不良と元生徒会長」のアンバランスさを売りにしたお笑いコンビ、U-turnを結成[5]。コンビ結成後の初舞台のライブが思いのほか好評だったこともあって、自信満々になりダウンタウン? 2年で抜いてやるよ!」と豪語した[6]

GAHAHA王国』、『タモリのボキャブラ天国』など数々のお笑い番組やライブに出演するが、1999年に『ボキャブラ天国』が終了して収入が激減すると、2001年に対馬が廃業を決意したことでコンビ解散。それまで「コントがウケなかったら相方の責任にしていた」が、ピン芸人として自立することになった[7]

ピン芸人[編集]

ピン芸人になってからはプライドを捨て、それまで馬鹿にしていたリポーターの仕事も請け負うようになる。『銭形金太郎』でレギュラーになり、リポーターの依頼が増えたが仕事をこなすうちに、ストレスがたまり、ロケが続いたところ1年に3回、十二指腸潰瘍を患った[6]。仕事を続けたが何度も再発したことでリポーターの仕事をすべて辞め、『踊る!さんま御殿!!』での仕事をきっかけに「雛壇芸人」として仕事をこなすことになった[8]。大勢のタレントが集まり出演者同士の会話をメインにしたトーク番組が増えたテレビ業界の事情から雛壇芸人としての仕事が急増している[3]

評判

コメディアン萩本欽一は土田の第一印象を「暗くてなるべく近寄りたくなかった。人を見る時に下から見るから、目つきが悪い。芸能界に来る子じゃなかった」と感じていたが、「やり出したら凄いヤツだった。言葉が回るの。後々楽しみなヤツだなっていうのは思った」と発言している[9]

趣味[編集]

ガンダム関連[編集]

趣味・嗜好

ガンダム好きになったきっかけは、「中学生の頃に塾をさぼって近所の長崎屋で見た『機動戦士Ζガンダム』だった[10]」と発言したり、「ファーストからZZ(ダブルゼータ)まではリアルタイムで見ていた[11]」と発言するなど二転三転している。『同級生で「Z」、「ZZ」を見ていたのは0.1%くらい。中学生だから部活もあるし、アニメなんて見ない。ファーストは99%は見ていたんですけどね。[11]』との独自の分析を披露している。

娘の名前を『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』のヒロイン・アイナ・サハリンを元に名付けた[12]

2009年に雑誌『ガンダムエース』で5年間連載していたコラムをまとめたサンライズ公認本『土田晃之のガンダムにもの申す!』を出版。本人いわく「会いたい人に会って、聞きたい話を聞いただけ。香港で見つけた海賊版のガンダム本だと思ってくれたほうがいい。[11]」と語った。

サッカー関連[編集]

趣味・嗜好

生粋の浦和レッドダイヤモンズサポーターを自称しているが[13]、実はレッズのユニフォームを持っていただけだった[14]。取材でJリーグで好きなチームを聞かれると「フリューゲルスジュビロヴェルディ」と答えていた[14]

サッカー経験

サッカーの部活経験はなくプレーすることは得意でない[3]。本人いわく「ビックリするぐらいの下手くそ」で「助っ人で呼ばれてもなににもできないから番組をぐちゃぐちゃにする」そうである[15][16]

内村プロデュース』2004年1月5日放送分「フットサルで勝利するをプロデュース!」ではスペシャルゲストとして登場すると芸能界No.1の実力派と発言したが、ミスを連発して醜態をさらし、メンバー全員から『なにやってんだよ』『駄馬が』『ノロマが』『U-turn』『なめんな』等の罵声を浴びた[17]。以降この番組の同シリーズにおいては「助っ人として呼ばれるも、特に役に立たなかったため敗因を押しつけられる役」として出演することが慣例となった。

2010年1月10日に静岡県のエコパスタジアムで催された名波浩の引退試合に素人の身ながら参加してプレイした。これは名波本人から「普段から大口を叩く批評をしているけど、四の五の言っていないでどれだけ難しいかやってみろよ。何万人の前でプレーを見せてほしい」と要請を受けたことによるもので[15]錚々たるメンバーの中で素人の土田が動けるのか、ボールに触れることができるのかが注目された[18]。土田は素人が急に上達するわけないとプレイのことは放棄して体重を落すことだけに専念したそうである[15]

ほかにはフットサルを後輩芸人達とやっており、メンバーにどきどきキャンプの岸学などがいる。自他共に認める下手くそながらもパスには土田流の「アシストの美学」があるらしく[19]、芸人仲間のフットサルの時には小洒落たパスや奇をてらったプレーをやりたくてボールのある方に下がってくるが、後輩からは「お願いだから前にいてくれ」と追い払われている[19]

アニメ・漫画関連[編集]

漫画は『WORST』が一番のお気に入りで、前作の『クローズ』から外伝まで全巻そろえているそうである[20]

自ら「おたく芸人」と呼んでいるのでマンガやアニメに精通しているかの評判があるものの[21]、本人いわくほかの漫画は雑誌を読まないので詳しくはわからないそうで、有名になったり話題になった漫画だけを特別に押さえるようにしている[20]。ちなみに漫画のことは詳しくないながらも「浦沢直樹は知的マンガの元祖ですね。僕が大人になるのと同じにマンガの世界も大人になりました」などと独自の歴史観を披露している[20]

アニメはジブリ映画、『ドラゴンボール』などが好きである。『ドラゴンボール』に関しては、ハリウッド映画『DRAGONBALL EVOLUTION』のオファーがきたが、スケジュール的な問題で断っている[21]。ちなみに役柄は「持っていたドラゴンボールをピッコロに奪われて殺される役」だったが[21]役者の仕事には興味がないことを理由に断った[21]

映画『超劇場版ケロロ軍曹3 ケロロ対ケロロ天空大決戦であります!』のオープニングテーマ「ケロッ!とマーチ2008」で柳原可奈子とデュエットし、flying DOGから2008年2月27日歌手デビューした。

ラブライバー(ラブライブ!シリーズのファンの通称)を公言しており、希推しと本人は語っている[要出典]

家電関連[編集]

2009年にアイシェアリサーチが行った『最も影響力のある芸能人』の家電芸人部門の1位に選ばれた[22]

一方、パソコンが大の苦手で、『アメトーーク!』(2009年3月26日放送)では「Noパソコン芸人」として出演している。本人曰く、「パソコンは家電じゃない」「ローマ字がわからず、キーボードが打てない」とのこと。

人物[編集]

家族関係[編集]

妻(千葉県出身)とは『ザ・スターボウリング』がきっかけで交際、1998年に結婚[7]。現在は三男一女がおり、仕事が終われば家に直帰して一緒に食事をとり、休日には家族で外出する[8]。4人目が生まれた時には1か月間の育児休暇を取得した[8]。2009年、オリコンが10・20代の男女を対象に行ったアンケート『理想の父親だと思うお笑い芸人』で山口智充に次ぐ2位となった[23]

理想の父親に選ばれたこともあって、2009年に子ども虐待防止スポットCMに出演、子供と仲良さそうにキャッチボールをする裏で虐げる父親を熱演した[24]

父親がナメられてはいけないとの考えの持ち主で[8]、「いつまでも子供に運動能力で勝ちたい。子供たちに将来サッカー選手になってほしいとか頑張ってほしい等の思いは全くなくて、ただひたすら子供に負けたくない」と発言した[25]

家族旅行が苦手で、妻とは離婚寸前までの喧嘩をすることがある[26]

人間関係[編集]

上島竜兵[編集]

事務所の先輩で、土田より先輩の上島竜兵を呼び捨てで呼ぶときがある。これは本人曰く、先輩後輩関係なく慣れ合いができる、「ピン芸人として海パン一丁で油塗れになる仕事をした時にはじめて先輩の凄さが分かった(笑)」と供述している[7]

ちなみに土田は、上島が後輩芸人と飲む時に集まる「竜兵会」のメンバーだが、有吉弘行曰く「今では土田メンバーはほぼ来ない。3ヶ月に1回程度…」とのこと[27]

出演作品[編集]

テレビ[編集]

現在[編集]

レギュラー出演[編集]
不定期出演[編集]

ラジオ[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ “第17回ボウリング・マスメディア大賞”. 日本ボウリング場協会. (2009年7月18日). http://www.bowling.or.jp/media/massmedia2009.html 
  2. ^ http://www.ohtapro.co.jp/talent/TsuchidaTeruyuki/
  3. ^ a b c d e 2010年7月6日『朝日新聞』朝刊20面「W杯を語ろう「14番永遠のスター」お笑い芸人土田晃之サン(37)」
  4. ^ a b c d e 2011年7月21日『週刊文春』「新・家の履歴書」P95
  5. ^ “【この人物のオモテとウラ】土田晃之(タレント)”. ゲンダイネット. (2010年6月16日). http://gendai.net/articles/view/geino/124601 
  6. ^ a b “《ピン芸人学》☆土田晃之先生・陣内智則先生”. スクール革命. (2009年7月12日). http://www.ntv.co.jp/s-kakumei/onair/090712.html 
  7. ^ a b c 2011年7月21日『週刊文春』「新・家の履歴書」P96
  8. ^ a b c d 2011年7月21日『週刊文春』「新・家の履歴書」P97
  9. ^ “萩本欽一 土田晃之は「嫌なやつだなと思った」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2014年4月27日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/04/27/kiji/K20140427008053880.html 
  10. ^ “土田晃之、“ガンダム芸人”の原点を告白!”. オリコン. (2007年8月30日). http://career.oricon.co.jp/news/47591/ 
  11. ^ a b c “著者インタビュー 土田晃之さん『土田晃之のガンダムにもの申す』”. 楽天ブックス. (2009年4月16日). http://books.rakuten.co.jp/RBOOKS/pickup/interview/tsuchida_t/ 
  12. ^ 『アメトーーク』DVD第1巻より
  13. ^ “【マガダイ】土田晃之「レッズを今更裏切れない」(サカダイ)”. (2011年11月10日). http://uragi.com/news/uraginews001760.html 
  14. ^ a b “【マガダイ】土田晃之「今年から大宮を応援しようかな」”. (2010年4月21日). http://uragi.com/news/uraginews000718.html 
  15. ^ a b c “タレント土田晃之が20kgやせた理由”. サポティスタ. (2009年). http://supportista.jp/2009/10/news18060418.html 
  16. ^ “ビートたけしのいかがなもの会 2014年6月1日放送分”. (2014年6月1日). http://video.fc2.com/content/20140601K955F1Ck/ 
  17. ^ “内村プロデュース #166 フットサルで勝利するをプロデュース”. (2010年1月16日). http://say-move.org/comeplay.php?comeid=45809 
  18. ^ “【エンタがビタミン♪】中田英寿、井原正巳、北澤豪・・。名波引退試合の豪華出場陣に放り込まれた芸人。”. Techinsight. (2009年10月30日). http://japan.techinsight.jp/2009/10/tuchida-nanami-intaijiai.html 
  19. ^ a b 2011年2月8日号『週刊サッカーマガジン』「お笑い芸人土田晃之のやっぱ14番でしょう」
  20. ^ a b c “〈私のコミック履歴書〉お笑い芸人 土田晃之さん”. コミック・ブレーク (広告特集). (2012年10月17日). http://book.asahi.com/book/comicbreak/2012101600003.html 
  21. ^ a b c d “土田晃之が明かす「映画『ドラゴンボール』出演辞退」エピソード。”. ナリナリドットコム. (2008年12月3日). http://www.narinari.com/Nd/20081210680.html 
  22. ^ “あの人が1位に!?今、最も影響力のある芸能人は”. アイシェアリサーチ. (2009年5月12日). http://release.center.jp/2009/05/1201.html 
  23. ^ “理想の“パパ芸人”、1位は山口智充”. オリコン. (2009年6月21日). http://career.oricon.co.jp/news/67066/full/ 
  24. ^ “子ども虐待防止スポットCM”. オレンジリボン運動 - 子ども虐待防止. (2009年11月 1日). http://www.orangeribbon.jp/media/2009/11/post-8.php 
  25. ^ “??: ホンマでっか!?TV - 11.07.20”. http://v.youku.com/v_show/id_XMjg3MDI3MjY4.html 
  26. ^ “土田晃之、家族旅行は苦痛「離婚するくらいの喧嘩した」”. ORICON STYLE. (2013年10月7日). http://www.oricon.co.jp/news/2029439/full/ 
  27. ^ “【エンタがビタミン♪】「劇団ひとりは年に1回、土田は3ヶ月に1回」。みんな離れだした?衰退する上島竜兵「竜兵会」。”. Techinsight. (2010年3月3日). http://japan.techinsight.jp/2010/03/uesima-ryuuheikai-jittai.html 
  28. ^ 番組内のアニメコラボ企画『昆虫物語 てんとうむChu!とみつばちハッChu!』の声優(ハッチ役)も務める。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]