土田晃之

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土田 晃之
本名 土田 晃之
ニックネーム つっちー
生年月日 1972年9月1日(39歳)
出身地 日本の旗 日本 埼玉県大宮市(現:さいたま市見沼区
血液型 AB型
身長 183cm
方言 共通語
最終学歴 専門学校東京アナウンス学院
コンビ名 U-turn(解散)
相方 対馬盛浩(元相方)
芸風 漫才コント(ボケ)(コンビ時代)
立ち位置 左(コンビ時代)
事務所 太田プロダクション
活動時期 1991年-
同期 メッセンジャー
ジャリズム
アンバランス
過去の代表番組 ウィークワンダー
銭形金太郎
フューチャーガールズ
配偶者 既婚
公式サイト プロフィール
受賞歴

土田 晃之(つちだ てるゆき、1972年9月1日 - )は、日本お笑い芸人である。

東京都練馬区生まれ、埼玉県大宮市(現:さいたま市見沼区)出身。太田プロダクション所属。

身長183cm、体重73kg。大宮市立大砂土中学校(現:さいたま市立大砂土中学校)、埼玉工業大学深谷高等学校(現:正智深谷高等学校)卒業。

目次

[編集] 概要

1991年、お笑いコンビU-turnを結成し、1992年にデビュー。2001年に解散しピン芸人に。愛称は「ツッチー」。 趣味はサッカーアイドルからアニメ(とくにガンダム関連)などで、その関連の仕事を得ていることから、自らをおたく芸人だと称している[2]

[編集] 来歴

[編集] 生い立ち

小学1年生まで東京都で育ち野球をやっていた[2]。小学2年で大宮に引っ越し、転校先の小学校の授業内容についていけず落ちこぼれた[3]。小学校のころから将来の夢はお笑い芸人になることだったが、人前ではしゃぐような明るいタイプではなく1人でネタを考えてこそこそ笑っているタイプだった[3]運動神経が鈍く、友達の影響で『キャプテン翼』を知ってサッカーに興味を持ったが[2]鈍足だったこともありディフェンダーをやらされ、運動神経の良い同級生たちにこてんぱんに打ちのめされる日々を過ごした[2]

中学では教育熱心な母親に反抗的な態度をとったが土建業を営む父親には頭が上がらず、その父親から「家計が厳しいから私立高校へは通わせられない。公立高校に行け」と厳命された[3]。しかし最底辺の成績しか残せず担任から受験すれば誰でも受かる私立高校へ進学することを勧められて、父親に土下座をして入学金と授業料を支払ってもらった[3]。高校では1年生で停学処分や無期停学処分を受けたが、3年間で卒業[3]

[編集] U-turn時代

東京アナウンス学院時代に対馬と出会い、「元不良と元生徒会長」のアンバランスさを売りにしたお笑いコンビU-turnを結成[4]。コンビ結成後の初舞台のライブが思いのほか好評だったこともあって自信満々になりダウンタウン? 2年で抜いてやるよ!」の迷言を残した[5]

GAHAHA王国』、『タモリのボキャブラ天国』など数々のお笑い番組やライブに出演するが、1999年に『ボキャブラ天国』が終了して収入が激減すると、2001年に対馬が廃業を決意したことでコンビ解散。それまで「コントがウケなかったら相方の責任にしていた」が、ピン芸人として自立することになった[6]

[編集] ピン芸人

ピン芸人になってからはプライドを捨て、それまで馬鹿にしていたリポーターの仕事も請け負うようになる。『銭形金太郎』でレギュラーになり、リポーターの依頼が増えたが仕事をこなすうちに、ストレスがたまり、ロケが続いたところ1年に3回、十二指腸潰瘍を患った[5]。仕事を続けたが何度も再発したことでリポーターの仕事をすべて辞め、『踊る!さんま御殿!!』での仕事をきっかけに「雛壇芸人」として仕事をこなすことになった[7]。大勢のタレントが集まり出演者同士の会話をメインにしたトーク番組が増えたテレビ業界の事情から雛壇芸人としての仕事が急増している[7]

[編集] 趣味

[編集] ガンダム関連

ガンダム好きになったきっかけは、「中学生の頃に塾をさぼって近所の長崎屋で見た『機動戦士Ζガンダム』だった[8]」とも、「ファーストからZZ(ダブルゼータ)まではリアルタイムで見ていた[9]」とも発言するなど二転三転している。『同級生で「Z」、「ZZ」を見ていたのは0.1%くらい。中学生だから部活もあるし、アニメなんて見ない。ファーストは99%は見ていたんですけどね。[9]』との独自の分析を披露している。

2009年に雑誌『ガンダムエース』で5年間連載していたコラムをまとめたサンライズ公認本『土田晃之のガンダムにもの申す!』を出版。本人によると「会いたい人に会って、聞きたい話しを聞いただけの僕のオナニー。香港で見つけた海賊版のガンダム本だと思ってくれたほうがいい(笑)[9]」そうである。

[編集] サッカー関連

趣味・嗜好

浦和レッドダイヤモンズサポーターを自称しているが[10]、Jリーグブームのころは横浜フリューゲルスのファンで本人によると毎週のように試合を見に行ったそうで、取材で好きなチームを聞かれたら「フリューゲルスとジュビロヴェルディ」と答えていた[11]

2010年4月13日号の『週刊サッカーマガジン』のコラムにおいて浦和レッズのサポーターを辞めると答えた後、大宮アルディージャに乗り換えようとしたが、2010年12月21日号の『週刊サッカーマガジン』のコラムでは「娘の七五三で隣の氷川神社に行ったんですけどね(笑)」「スタジアムで観戦したのはレッズのホームゲームを数試合(笑)」と述べるなど2010年4月13日号の『週刊サッカーマガジン』での発言は無かったことにしたようである[12]

しかし『週刊サッカーダイジェスト』2011年11月22日号では「J創設時から浦和レッズを応援していました。レッズは芸人として売れる前から付き合っていた彼女のようなもの、いまさら裏切れないですよ」などとそれまでの供述内容を覆しフリューゲルスとジュビロとヴェルディのファンだと称していた過去を隠蔽した[10]

発言

スペインのアンドレス・イニエスタ選手の名前を「イエニスタ」と間違えて覚えている。2010年6月16日(水)にフジテレビ系列で放送された南アフリカでの2010 FIFAワールドカップのスペイン対スイス戦の事前番組にゲストとして出演して注目選手は誰かと質問されたとき、司会者のジョン・カビラから「イニエスタ」と数回ほど訂正を入れられたものの、間違いにまったく気づかず「イエニスタ」と連呼した[13]

土田「イエニスタのパスが大好きなんですよ!」
カビラ「ああ、イニエスタね」
土田「そうイエニスタに注目したいですね!」

この試合はスイスが勝ったが、翌日のスポーツニッポンでのコラムでは「この衝撃は“マイアミの奇跡”級ですね。スイスの得点シーンは、決してきれいじゃなかったですしー。スペインのピケが崩れてーの、ガチャガチャがあって、そこにフェルナンデス(スイス)がいたし。カシージャスは前に出ちゃったし。得点シーンもマイアミの奇跡に似てましたねー」などと供述している[14]

ほかに南アフリカ大会では日本について「一般人は調子に乗っているがデンマーク戦で勝ったのは出来すぎ。本当はこんなもんじゃない」と豪語[15]、イタリアについて「日本はイタリア相手なら何とかなりそう[16]」「何がカテナチオだ[16]」などと対戦する前から息巻いた(土田の予想は外れて日本は結局イタリアとは対戦しなかった)。

本人によると年数回程度の観戦のライト層ながら浦和には言いたいことが山ほどあるらしく[12]、浦和のフォルカー・フィンケ前監督について「フィンケのサッカーでは明日がない」「フィンケはいらない」と否定した[12]

サッカー経験

サッカーの部活経験はなくプレーすることは得意でない[2]。「ビックリするぐらいの下手くそ」である[17]

内村プロデュース』の「スーパー小学生に勝利するをプロデュース〜フットサル編〜」では醜態をさらし、メンバー全員から『なにやってんだよ』『駄馬が』『ノロマが』等の罵声を浴びた。以降この番組の同シリーズにおいては「助っ人として呼ばれるも、特に役に立たなかったため敗因を押しつけられる役」として出演することが慣例となった。

2010年1月10日に静岡県のエコパで催された名波浩の引退試合に素人の身ながら参加してプレイした。これは名波本人から「普段から大口を叩く批評をしているけど、四の五の言っていないでどれだけ難しいかやってみろよ。何万人の前でプレーを見せてほしい」と要請を受けたことによるもので[17]錚々たるメンバーの中で運動音痴の土田が動けるのか、ボールに触れることができるのかが注目された[18]。土田は素人が急に上達するわけないとプレイのことは放棄して体重を落すことだけに専念したそうである[17]

ほかにはフットサルを後輩芸人達とやっており、メンバーにどきどきキャンプの岸学などがいる。自他共に認める下手くそながらもパスには土田流の「アシストの美学」があるらしく[19]、芸人仲間のフットサルの時には小洒落たパスや奇をてらったプレーをやりたくてボールのある方に下がってくるが、後輩からは「お願いだから前にいてくれ」と追い払われている[19]

[編集] アイドル関連

2011年6月19日に放送されたSmaSTATIONのスーパー戦隊シリーズ特集の番組終盤に「今ハマっているモノやコトはなんですか?」という質問について司会者の香取慎吾と次のように会話し、K-POPマニアであることアピールした[20]。特にKARA少女時代T-araとかレインボーアフタースクールが好みだとアピールしたが、香取の「K-POPの良い所はなんですかね」 との質問については「なんですかね(笑)。ぼくもよくわからないです(笑)」 と供述した。

[編集] アニメ・特撮関連

ジブリ映画、『ドラゴンボール』、『鋼の錬金術師』などが好きである。『ドラゴンボール』に関しては、ハリウッド映画『DRAGONBALL EVOLUTION』のオファーがきたが、スケジュール的な問題で断っている[21]。ちなみに役柄は「持っていたドラゴンボールをピッコロに奪われて殺される役」だったが[21]役者の仕事には興味がないことを理由に断った[21]

ケロロ軍曹』好きでもある。映画『超劇場版ケロロ軍曹3 ケロロ対ケロロ天空大決戦であります!』のオープニングテーマ「ケロッ!とマーチ2008」で柳原可奈子とデュエットし、flying DOGから2008年2月27日歌手デビューした。

[編集] 家電関連

2009年にアイシェアリサーチが行った『最も影響力のある芸能人』の家電芸人部門の1位に選ばれた[22]

[編集] 人物

[編集] 家族関係

妻とは『ザ・スターボウリング』がきっかけとなり交際がはじまり1998年に結婚[6]。2011年現在は三男一女がおり、仕事が終われば家に直帰して一緒に食事をとり、休日には家族で外出する[7]。また4人目が生まれた時には1ヶ月間の育児休暇をとった[7]。2009年、オリコンが10・20代の男女を対象に行ったアンケート『理想の父親だと思うお笑い芸人』で山口智充に次ぐ2位となった[23]

父親がナメられてはいけないとの考えの持ち主で[7]、2011年7月20日にフジテレビで放送した『ホンマでっか!?TV』「ホンマでっか!?人生相談」コーナーで「いつまでも子供に運動能力で勝ちたい。子供たちに将来サッカー選手になってほしいとか頑張ってほしい等の思いは全くなくて、ただひたすら子供に負けたくない」と発言した[24]

[編集] 交友関係

[編集] ペナルティ

ペナルティワッキーのことを敵視している。これは、「アメトーーク」で土田の持ち込み企画「華の昭和47年組芸人」において、話題についていけなかったワッキーに対して土田がブチキレたことが発端である。このことがあって番組で共演する時は土田はワッキーを嫌悪しているように振舞い、不快感を露わにし暴言を吐くことが多く、ワッキーは「土田のせいでストレスにより嘔吐したことがある[13]」「本当に土田が怖い」などと語っている。以上の理由から土田が間違ってイエニスタと覚えていて何度も言い間違いをしていることにワッキーは気がついていたものの「直前の楽屋でもイエニスタって言っていて面白いから注意しなかった」 そうである[13]

[編集] 上島竜兵

事務所の先輩で、土田より12学年上の上島竜兵を呼び捨てで呼ぶときがある。本人によれば上島のいるダチョウ倶楽部自体を常日頃から馬鹿にしていたが、「ピン芸人として海パン一丁で油塗れになる仕事をした時にはじめて先輩の凄さが分かった(笑)」と供述している[6]また、竜兵会の本を出した際の取材で「上島、肥後が僕らの位置まで下りてきてくれて、何でも言いやすいような空気を作ってくれたから。そこが、あの人たちの唯一いいところで偉大なところ」とも語っている。[要出典]

[編集] 出演作品

[編集] テレビ

[編集] 現在

[編集] レギュラー出演
[編集] 不定期出演

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ “第17回ボウリング・マスメディア大賞”. 日本ボウリング場協会. (2009年07月18日). http://www.bowling.or.jp/media/massmedia2009.html 
  2. ^ a b c d e 2010年7月6日『朝日新聞』朝刊20面「W杯を語ろう「14番永遠のスター」お笑い芸人土田晃之サン(37)」
  3. ^ a b c d e 2011年7月21日『週刊文春』「新・家の履歴書」P95
  4. ^ “【この人物のオモテとウラ】土田晃之(タレント)”. ゲンダイネット. (2010年6月16日). http://gendai.net/articles/view/geino/124601 
  5. ^ a b “《ピン芸人学》☆土田晃之先生・陣内智則先生”. スクール革命. (2009年7月12日). http://www.ntv.co.jp/s-kakumei/onair/090712.html 
  6. ^ a b c 2011年7月21日『週刊文春』「新・家の履歴書」P96
  7. ^ a b c d e 2011年7月21日『週刊文春』「新・家の履歴書」P97
  8. ^ “土田晃之、“ガンダム芸人”の原点を告白!”. オリコン. (2007年08月30日). http://career.oricon.co.jp/news/47591/ 
  9. ^ a b c “著者インタビュー 土田晃之さん『土田晃之のガンダムにもの申す』”. 楽天ブックス. (2009年04月16日). http://books.rakuten.co.jp/RBOOKS/pickup/interview/tsuchida_t/ 
  10. ^ a b “【マガダイ】土田晃之「レッズを今更裏切れない」(サカダイ)”. (2011年11月10日). http://uragi.com/news/uraginews001760.html 
  11. ^ “スペシャルインタビュー Vol.1「土田晃之」”. J.LEAGUE プロサッカークラブをつくろう!ONLINE. (2010年). http://www.j-saka-online.com/hangame/library/interview/vol01/ 
  12. ^ a b c 2010年12月21日号『週刊サッカーマガジン』「お笑い芸人土田晃之のやっぱ14番でしょう」
  13. ^ a b c “ワッキー 土田のイエニスタ発言について”. デイリーモーション. (2010年). http://www.dailymotion.com/video/xdufx4_yyyyyyyyyyyyyyyyyyy_sport 
  14. ^ “スイスの頑張りに感動…衝撃は“マイアミの奇跡”級”. Sponichi Annex. (2010年06月18日). http://www.sponichi.co.jp/soccer_worldcup/special/2010reading/tsuchida/KFullFlash20100618061.html 
  15. ^ 2010年7月27日号『週刊サッカーマガジン』「お笑い芸人土田晃之のやっぱ14番でしょう」
  16. ^ a b “原因はセリエA?名前で勝てなくなったイタリア”. Sponichi Annex. (2010年06月22日). http://www.sponichi.co.jp/soccer_worldcup/special/2010reading/tsuchida/KFullFlash20100618061.html 
  17. ^ a b c “タレント土田晃之が20kgやせた理由”. サポティスタ. (2009年). http://supportista.jp/2009/10/news18060418.html 
  18. ^ “中田英寿、井原正巳、北澤豪・・。名波引退試合の豪華出場陣に放り込まれた土田晃之”. ZIBUN-NEWS(自分ニュース). (2009年). http://www.zibun-news.com/2009/10/%E4%B8%AD%E7%94%B0%E8%8B%B1%E5%AF%BF%E3%80%81%E4%BA%95%E5%8E%9F%E6%AD%A3%E5%B7%B3%E3%80%81%E5%8C%97%E6%BE%A4%E8%B1%AA%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%80%82%E5%90%8D%E6%B3%A2%E5%BC%95%E9%80%80%E8%A9%A6%E5%90%88.html 
  19. ^ a b 2011年2月8日号『週刊サッカーマガジン』「お笑い芸人土田晃之のやっぱ14番でしょう」
  20. ^ “SmaSTATION: Super Sentai 35th Anniversary Special (Part 6) RAW”. http://www.youtube.com/watch?v=YEAHns4pnK4 
  21. ^ a b c “土田晃之が明かす「映画『ドラゴンボール』出演辞退」エピソード。”. ナリナリドットコム. (2008年12月3日). http://www.narinari.com/Nd/20081210680.html 
  22. ^ “あの人が1位に!?今、最も影響力のある芸能人は”. アイシェアリサーチ. (2009年05月12日). http://release.center.jp/2009/05/1201.html 
  23. ^ “理想の“パパ芸人”、1位は山口智充”. オリコン. (2009年06月21日). http://career.oricon.co.jp/news/67066/full/ 
  24. ^ “视频: ホンマでっか!?TV - 11.07.20”. http://v.youku.com/v_show/id_XMjg3MDI3MjY4.html 

[編集] 外部リンク

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