日立 世界・ふしぎ発見!

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日立 世界・ふしぎ発見!
ジャンル クイズ番組 / 教養番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 テレビマンユニオンTBS
企画 重延浩 /
菅沼直之、冨吉雅成(企画渉外)
製作総指揮 菅沼直之、冨吉雅成(制作) /
岩垣保、佐藤寿一、大塚修一
(制作統括)
演出 菅沼直之、大塚修一、高木昇 / 加藤敏浩 /
本郷幸高(総合演出)
プロデューサー 重延浩
出演者 草野仁
出水麻衣(TBSアナウンサー)
黒柳徹子
野々村真 ほか
音声 ステレオ放送2005年10月以降)
字幕 文字多重放送
オープニング 作曲:越部信義
(編曲:内藤慎也
エンディング #エンディングを参照。
外部リンク 公式サイト(TBS)
放送開始から1987年9月まで
放送時間 土曜日22:00 - 22:55(55分)
放送期間 1986年4月19日 - 1987年9月26日(49回)
1987年10月から
放送時間 土曜日21:00 - 21:54(54分)
放送期間 1987年10月10日 - 現在(1100回)

特記事項:
放送回数は2011年2月12日放送分まで。
2006年4月8日よりハイビジョン放送。
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日立 世界・ふしぎ発見!』(ひたち せかい ふしぎはっけん、英称:Discovery of the World's Mysteries[1][注 1] は、TBS系列で毎週土曜日21:00 - 21:54に放送されている、世界各国[注 2]をテーマとした教養系クイズ番組である。略称は『ふしぎ発見』。TBSとテレビマンユニオンの共同制作番組。

目次

概要[編集]

世界各地の様々な歴史風土文化不思議ミステリーに関する知識を視聴者に紹介する番組であり、それを現地取材によるレポート形式およびスタジオでの司会者と解答者とのクイズおよびトークの形式で、楽しく紹介するものである。1986年4月から続いている長寿番組である。

取材の質の高さが比較的高いことが世界各国で認められ、これまでに数々の遺跡等の「テレビ 初取材」に成功している。特に2007年には、エジプト取材中、日本のテレビクルーとしては初めて、ミイラ発掘現場での棺の引き上げ作業に立ち会った。[注 3][注 4][注 5]

取材対象国の頻度のランキングに関しては、順に日本アメリカ中国フランスイギリスイタリアエジプトインドペルードイツメキシコ[2]

1986年4月19日から[3]放送されており、1990年代前半には土曜夜を代表するクイズ番組となり[注 6]、その後もその雰囲気を残している。

日立グループ単独スポンサー番組。[注 7]

JNN28局および系列外3局(秋田放送福井放送四国放送)の全国31局ネット。[注 8]

様々な受賞[編集]

「親が子どもに見せたい番組」のアンケート調査で第4位を獲得した番組である[4]

「優良放送番組クイズ番組部門」第1位[5]2008年9月[6]日本旅行業協会旅行業の発展に寄与した政府観光局メディアに対して贈る「ツーリズム大賞」を受賞した[1]。受賞理由は、自然文化に対する興味を呼び起こし、日本人の海外旅行に対する憧れを常に刺激し続けてきたことだという。

解答者[編集]

  • 1986年4月19日(第1回)から2000年7月8日(第693回)まで
解答者はレギュラー3人とゲスト2人の5人体制で、解答者席のモニターはパネリストの上にあるセットであった。
  • 2000年7月15日(第694回)から
セットを明るくリニューアルし、モニターを解答者の下へ移動し、レギュラー3人・ゲスト3人の6人体制となった。[注 9]

[注 10]

  • 2005年4月9日(第911回と第912回の間のスペシャル)~[7]
司会席がセット中央に、解答者はそれを取り囲むように左右に3人ずつ並び、モニターは司会席の後方に置かれるようになった[8]
  • 2008年12月20日(第1082回)から
スタジオセットを一新し、解答者もレギュラー3人とゲスト4人の7人体制になった[9]
  • 2011年3月26日(第1180回)~[10]
解答者は司会席を取り囲むように右に3人・左に4人、横に並ぶようになった。
  • 2013年最初の放送~
板東英二の出演見合わせにより解答者が6人であるように編集されたが、板東出演分が終了しても解答者は6人のままになっている。
  • 2013年7月13日(第1281回)~
初期の頃とほぼ同じ形で、6人横一列に並ぶようになった。
  • ゲスト解答者は、初期は作家など文化人と呼ばれる者や中高年の芸能人が主だったが、2000年7月のリニューアル以降は20代、30代の若手の芸能人が多く出演するようになった。また、視聴者が解答者席に座ったことがある。1997年8月9日(第556回)と8月16日(第557回)、また翌年1998年7月25日(第600回)と8月1日(第601回)[11]の4回である。このときは学校の社会科の先生が出演者募集の条件であった。この時は野々村真と男性ゲストの間に一席設け、6人の解答者でクイズを行った。
  • 1987年10月24日(第80回)[3]放送回では「飛び出しスペシャル」として、放送局のスタジオを飛び出し、エジプトのギザのピラミッドの前でクイズを行った。解答席を持ち出し、出演者もエジプトに赴いて収録を行った。1990年3月24日(第197回)[3]には第2弾としてインド・アグラタージ・マハルの前にて同様に飛び出しスペシャルを行った。

[注 11] [注 12] [注 13] [注 14] [注 15]

ミステリーハンター[編集]

番組独自のリポ-ターが海外取材および出題を担当する。このリポーターを「ミステリーハンター」と呼んでいる。第1回の初代ミステリーハンターは女優・黒田福美で、最多出演は竹内海南江[注 16] スタジオで進行する草野仁とコントラストを持たせるために、基本的には女性が務める。劇団・プロダクション所属の女優やタレント、モデル、アナウンサーなどが登板する。[注 17]。だが、まれに男性も務めたこともある。[注 18]

  • 1992年の放送300回[3]、2002年の800回[12]、2013年の1300回を記念し、ミステリーハンターをオーディションによって一般公募したことがある。第300回は2人の一般視聴者が選ばれ1992年5月9日(第301回)[11]エジプトを2人で取材した。第800回は同様に2人が選ばれたが、それぞれペルールーマニアを取材し2003年1月4日(第807回と第808回の間のスペシャル)[13]内で放送された[14]。第300回のうちの一人と第800回の2人はその後も数回出演している。1300回では3人が選ばれ、それぞれセネガルインドメキシコを取材し、2013年12月14日(第1299回と第1300回の間のスペシャル)において放送された。
  • 2010年10月23日(第1162回と第1163回の間のスペシャル)[15]の2時間スペシャルでは通常のミステリーハンターとは別に、司会を含むレギュラー出演者とゲスト出演者が現地へ赴き取材を行った[16](詳細は後述)。

内容[編集]

この番組は、視聴者に世界の様々な地域の「不思議」「謎」「ミステリー」に関して知識を提供する番組で、それをクイズ形式で行うものであるが、では具体的にどのような知識を届けてきたかと言うと次のようなものである。例として2011年の放送内容を紹介する。

2011年
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月


クイズのルール[編集]

番組開始初期(1986年4月19日 - 1986年9月27日放送まで)[編集]

4問の問題が出題された。金貨の入った袋(ガリンペイロ)10個をあらかじめ持ち、解答時にこの中から解答への自信に応じて金貨の袋を賭け、正解すればガリンペイロを2倍獲得出来たが、誤答の場合は賭け分が没収(ボッシュート)された。ガリンペイロ10個分を表す「大ガリンペイロ」という袋もあった。また、途中から、最終問題のみ、正解すると賭けた分の他に大ガリンペイロももらえるようになった。黒柳徹子は絶対に1個ずつしか賭けなかったが、このルールのおかげで確実に得点を増やしていった。ガリンペイロの個数は、『世界まるごとHOWマッチ』のニアピン賞と同様、次回の出演時に持ち越す。

合計50個になれば解答者が海外旅行(世界七不思議旅行)を獲得できるが、マイナス10個になると(0個になった場合、10個借りることができ、解答席の出演者名が赤くなる。その分もなくなると)、『アメリカ横断ウルトラクイズ』のような、海外での罰ゲーム(いわゆる「地獄行き」)がある。野々村真井上順が罰ゲームを受けたが(ヘビだらけの中に放り込まれる、刑務所に入れられる、ビーチで風鈴売りをさせられるなど)、和田アキ子は無謀な賭けを繰り返して2回もマイナス10個になったにもかかわらず、罰ゲームを受けることなく、代わりに番組に出演しなくなった。なお、トップ賞の基準は4問中3問以上正解の最高成績者であった。

中期(1986年10月4日 - 2000年7月8日放送まで)[編集]

問題数は4問。金貨の袋に替わり、司会の草野仁をモデルにしたマスコット「ヒトシ君人形」が登場した(人形がガリンペイロを背負っている)。解答者は、「ヒトシ君人形」3個と、正解すると「ヒトシ君」3個を獲得できる「スーパーヒトシ君人形」1個の計4個をあらかじめ持っていた。

解答時に「スーパーヒトシ君」「ヒトシ君」のうち1個を賭け、正解すると賭け分の「ヒトシ君」が得点分となった。(但し、稀に草野の独断で、正解の繊細な部分をより明確に答えた場合には、ボーナスとしてもう1つヒトシ君人形が貰える場合があった。)スーパーヒトシ君は通常のヒトシ君人形3個に交換。その際、コンパニオンによって「ヒトシ君」人形に金貨の袋(ガリンペイロの名残と思われる)が付けられ、解答席前部のスペースに移される。不正解だと、賭けた「ヒトシ君」はボッシュートされた。

なお、一度得点分となった「ヒトシ君」は再び賭ける事はできなかった。

クイズ終了時の、ヒトシ君人形の獲得個数でトップ賞が決定する。全問正解の場合、ヒトシ君人形は6個となり、「パーフェクト賞」を獲得できる(解答者はトップ賞の賞品のみで、視聴者に海外旅行が抽選でプレゼントされる)。ただし、スーパーヒトシ君の1問のみ(=ヒトシ君3個)でトップとなる事を避けるため、トップ賞獲得の条件がヒトシ君人形4個以上と設定されていた。(しかし、草野は3問終了後に成績発表する時に、ここまで全問不正解で、尚且つスーパーヒトシ君人形を残している回答者に対しては気休めの為か「○○さんは、まだスーパーヒトシ君を残していますので、頑張って下さい。」と言う事が多かった。)そのため、実際に(まれではあるが)トップ賞無しの回があった。このルールによって、3問正解でもスーパーヒトシ君を賭けた問題をボッシュートになった場合は、トップ賞がもらえないだけでなく、2問正解でもスーパーヒトシ君によって4個を獲得した解答者に持っていかれる場面もあった。トップ賞はクイズのテーマにちなんだもの、取材国のブランド品や工芸品・民芸品が贈られた。またスポンサーである日立の電化製品の場合もあった。

また、1994年5月7日放送(398回)では参加者5人全員がヒトシ君人形4個で並び、「全員がトップ賞」という珍事になった。

なお、1992年10月 - 1993年3月に土曜夜8時枠に放送された『突然バラエティー速報!!COUNT DOWN100』の第11回内で番組とは無関係なテロップが表示されてしまい、その中に本番組で送出されるはずだった『提供 HITACHI』の表示があった。このように開始当初から中期の途中までは、提供クレジットを送出マスターから流していた(現在はVTR込みで出している)。

(2000年7月15日 - 2005年3月26日放送まで)[編集]

問題数は4問から3問へ変更となり、「スーパーヒトシ君」の換算も「ヒトシ君人形」2個分と変更された(また、スーパーヒトシ君を賭けた時に惜しい解答した場合には、部分点として1個のヒトシ君人形が貰える場合もあった)。そのため、パーフェクトは人形4個となった。なお、トップ賞獲得の条件は撤廃され、同じ数のトップ賞が2人以上出た場合、同時トップ賞とする。ただし賞品の数に限りがある場合もあるため、同時トップ賞になっても賞品をもらえないこともあった。

2005年4月9日から2008年3月22日放送まで[編集]

放送開始20周年突入に当たり、解答者がクイズに挑戦してトップ賞を目指す番組形式から、解答者が書いた解答の中から、正答と思われるものに視聴者が投票し、視聴者へ賞品を授与する(視聴者参加型番組テレゴング形式へ変更。トップ賞が廃止され、同時にスタジオセットも大幅に変わり、アシスタントとしてTBSアナウンサーの小林麻耶が進行役に加わった。

司会・草野仁はこの年から「スーパークイズマスター」と名乗り[17]、6名の解答が4種類以上に分かれた場合はその中から3個を選び出し、それをテレゴング1・2・3の選択肢とする。草野仁が行うこのテレゴングの選択肢を選び出す(あまりにも正解からかけ離れた解答を除外する)行為を「マスターズ・チョイス」と呼ぶ。ただし、解答者の答えが3種類以内の場合は「マスターズ・チョイス」の選出はなし。「マスターズ・チョイス」後、選ばれた選択肢を書いた解答者は、解答への自信に応じて「金」「銀」「銅」のヒトシ君人形からひとつ選ぶ。ただし、これが得点や賞品に影響を及ぼす事はなく、テレゴングで投票する際の参考にするだけである。解答者の中に正解者がいなかったときのために、4「正解なし」という選択肢も用意されている。文字フォントの色もデジタル放送受信機のリモコンの色に準じて1に「青色」、2に「赤色」、3に「緑色」、4に「黄」の文字フォントがそれぞれ使われている。2006年4月現在、デジタル放送で解答を選べる双方向サービスは実施されていない。

なお、3択で出される問題も出題されるが、その場合は4「正解なし」がない。また、「視聴者限定!ラスト・クエスチョン」で出される問題も同様である。2006年6月3日放送分からは、テレドームにサービスを切り替えたため、NTT東日本・西日本の加入電話だけではなく、携帯電話などでも参加できるようになった。

(2008年4月5日 - 2012年1月21日放送まで)[編集]

2008年4月からは、それまでの電話投票形式に加えて、3年ぶりにトップ賞を争う形式が復活した。解答者は答えの自信度に合わせ、金、銀、銅のヒトシ君人形を賭け、正解すればそれぞれ3ポイント、2ポイント、1ポイントを獲得できる。すなわち2005年3月以前の『ヒトシ君人形』『スーパーヒトシ君人形』を賭けたルールに近い形になった。不正解での減点は今までどおりない。正解、不正解にかかわらず一度賭けた色の人形は使えない。つまり3問正解パーフェクトなら6ポイントとなる。またマスターズチョイスが廃止された(すなわちテレゴングでは、解答者が出した全種類の解答に、全員不正解の「正解なし」を加えた最大7択(8択)から選ぶことになる。また、不正解の解答は2005年3月以前同様全てボッシュートされる)。なお、点数状況の表示は2005年3月以前のヒトシ君人形を置く形式とは違い、モニターで点数を数字で表示する形式になったが、現在はこれに加え、クイズ終了毎(途中経過の得点状況)及びトップ賞の発表時(最終結果の発表)に画面の右下に小画面で点数状況を表示する形式を採っている(正解数1 - 3問(パーフェクト)がトップ賞)。また、2009年4月からはアシスタント交代により、TBSアナウンサーの出水麻衣が初登場(理由は、小林麻耶が卒業(退社)し、ニュースキャスターになるためアシスタントを交代)。

2008年12月20日放送分からは、クイズのルールは2008年4月からのものと変わらないが、2005年4月から導入された各問題での電話投票形式が廃止された。金・銀・銅のヒトシ君人形の頭に3・2・1と獲得できるポイントの数字が付けられ、各解答者の獲得ポイントがひと目で分かるようになった。正解すると賭けたヒトシ君人形の頭についている数字部分の電飾が点滅し、後に点灯状態になるほか、クイズ終了後の最終結果を発表直後、トップ賞及びパーフェクトを達成した解答者のみ獲得したヒトシ君人形の頭についている数字部分が点滅する。また以前のスタジオセットの床下にあったモニター画面がなくなったため、クイズ終了毎(途中経過の得点状況)及びトップ賞の発表時(最終結果の発表)にモニター画面や画面の右下に子画面で点数状況を表示する形式はなくなり、アシスタントが口頭で途中経過の得点状況や最終結果を発表する。番組最後の予告前に電話投票形式での視聴者プレゼントクイズ(視聴者限定ラストクエスチョン)がある。

2011年3月26日放送分からは基本的ルールをそのままにセットを変更。金・銀・銅のヒトシ君人形を賭けるのは同じだが、点数表示はヒトシ君人形でなく、その前面に設置された数字パネルで表示されるようになった。また、アンサー制度が導入され、各問題ごとにアンサーVTR、アンサーウーマン、アンサーマンなどがスタジオに登場し、問題を詳しく解説する制度が登場した。なお、これに伴い問題の正解を発表(表示)される際の「正解」が「アンサー」に変更された。

番組25周年特別企画[編集]

2010年10月には番組開始25周年を記念して3週にわたる特別企画を放送。10月9日、10月16日は問題が全問三択となり、その全てが電話投票形式での視聴者プレゼントクイズとなった。

同年10月23日には2時間スペシャル(19:56 - 21:54)を放送。番組出演者一同がハワイへ上陸し、解答者2チームと司会者に分かれて取材を行いながら、視聴者向けに電話投票クイズを出題した。その後、取材の成果をもとに日立の樹の前に特設セットを設け、解答者チームが対抗で電話投票形式のクイズ対決を行った。また、ミステリーハンターの日記も現地の小学校を取材。小学生と共に特設セットに飾るための絵を描き、電話投票クイズの出題を行った。

(2012年1月28日放送から)[編集]

2012年1月28日放送分のスペシャル回から2005年度から一旦廃止した「スーパーヒトシ君人形」が復活、更に得点表示もヒトシ君人形による表示が復活し、概ね2000年度中盤までのルールに回帰した[18]

ノーマルの場合は1ポイント、スーパーヒトシ君の場合は3ポイント。つまり、3問全問正解・5ポイント獲得するとパーフェクト賞と視聴者に海外旅行がプレゼントされる。スペシャル版の場合、問題が1問増えるため、使用可能なノーマルヒトシ君人形の数が1つ増える。 概ね2000年度中盤までのルールに復帰しているがトップ賞獲得の条件は復活しておらずスーパーヒトシ君の1問のみ(=ヒトシ君3個)の正解のみならず、ノーマルヒトシ君1問の正解だけでトップ賞を獲得することもある。

未使用のヒトシ君人形は解答者席横のボックスに収納されている。正解すると獲得できるヒトシ君人形は解答者席前面のスペースにあらかじめセットされており、獲得ポイント分のヒトシ君人形が出てくる仕組みになっている。

パーフェクト賞の解答者にはトップ賞の賞品に加え、クリスタルスーパーヒトシ君が贈呈される。

ボッシュート[編集]

不正解になるとヒトシ君人形が没収される。この没収のことを司会草野仁ボッシュートと呼んでいる。

ヒトシ君人形が落とされる様子がダストシュートに似ているということで、「没収」と「ダスト・シュート」を掛け合わせた造語である。視聴者からの問い合わせがあった際に『「没収」と「シュート」を合わせた言葉』であると説明した。

ヒトシ君人形のデザイン[編集]

最初にこの人形の企画およびデザインを行ったのはモンチッチの作者でもあるワシの良春。非常に精巧な制服と小道具、頭が揺れるデザイン、ボッシュートの際にある程度の高さから落ちても大丈夫な耐久性、といった条件を満たすために非常に高価であり、製作はひとつひとつが手作りだった。第一回の企画および制作費は約50万円、一体の制作コストは6万5000円した[要出典]。2008年には放送1000回を記念して、各ヒトシ君人形の貯金箱や首振りフィギュア、首振りマスコット、マスコットストラップなどが商品化された。なお、オールスター感謝祭で本番組のオリジナルCMが放送された時に、このヒトシ君人形が主役のものが作られ「僕は野々村真のヒトシ君人形、今日はお姉さんに運んでもらえるかな?」(当時は正解すると女性が運んできていた)というもので、その後アッサリ不正解になったらしく「あぁ~」とボッシュートで落っこちて行く、というものがあった。

板東英二は他局である日本テレビ系列のクイズ番組「マジカル頭脳パワー!!」で司会を務めていたが、この関係で「マジカル」に回答者で出演していた所ジョージが、スーパーヒトシ君人形を「某局から借りてきた」と言ってクイズ解答のタイミングで披露した事がある。また所はスーパーヒトシ君を模した「スーパー坂東君」人形も同じく披露した。

ヒトシ君人形(基本形)[編集]

初代:1986年10月 - 2005年3月26日
2頭身で、首振り人形である。探検家の衣装を身にまとっており、左肩に地図、ズボンのベルトにハンマーを提げ、ガリンペイロを1個背負っている。
頭部に帽子(ピスヘルメット)をかぶっており、正面にイニシャルである「H」(Hitoshi)の文字が描かれている。
帽子・服・ズボンの色はクリーム色。
2代目:2005年4月9日 - 現在
衣装の基本的なデザインは初代と同じだが、2頭身から3頭身になり、頭が揺れるデザインでなくなった。また、ガリンペイロを背負わなくなった、服のボタンの色が黒から赤に変わった、ボディビルのダブルバイセップスのようなポーズから、草野が行う「ふしぎ、発見!」のポーズになったりするなど、大きくモデルチェンジした。
ただし、後述する「金・銀・銅のヒトシ君人形」の登場により、2012年1月21日までオープニングなどのCGアニメーションのみの登場となってしまったが、同年1月28日のルール変更により、ようやく新たな2代目フィギュアが製作された。

スーパーヒトシ君人形[編集]

初代:1986年10月 - 2005年3月26日
服の色はヒトシ君人形と同じであるが、帽子・ズボンのみ赤色である。ヒトシ君人形はガリンペイロ袋1個背負っているのに対し、スーパーヒトシ君人形は2個背負っている。頭部に帽子の正面にはガリンペイロのマーク(ツタンカーメンの黄金マスクを模したイラスト)が描かれている。
2代目:2005年4月9日 - 2012年1月21日
ガリンペイロを背負わなくなり、スーパーヒトシ君人形の帽子に描かれていた先述のマークは金色で「H」の文字に変更された。
2代目は当初、ヒトシ君人形と同じくCGアニメーションのみの登場となっていたが、後にパーフェクト賞を達成した解答者への賞品としてのフィギュア(トロフィー)が製作された。
3代目:2012年1月28日 - 現在
ルール変更により、新たなフィギュアが製作された。衣装のデザイン、色は2代目に準ずるが、赤いマントを装着しており、帽子には金色で「SUPER」の文字が描かれている。

金・銀・銅のヒトシ君人形[編集]

  • 2005年4月のルール変更により、新たに3色の衣装をまとったヒトシ君人形が登場。金・銀のヒトシ君人形は光沢がある。
  • 人形は解答者席に既にセットされており、ボタンを押すことによって出すことができる。
  • 2011年度終盤のルール変更により、2012年1月21日放送分をもって姿を消した。

クリスタルヒトシ君人形[編集]

  • 2005年4月から視聴者向けクイズの正解者に贈られる、スケルトンタイプのヒトシ君人形が登場。後に、パーフェクト賞を達成した解答者にも贈られるようになった。
  • 2012年1月28日より、パーフェクト賞として贈呈されるクリスタルヒトシ君人形は、クリアレッドのマントを着けた「クリスタルスーパーヒトシ君人形」に変更された。

セットのデザイン[編集]

セット自体は何度も入れ替わっているが、デザインは2000年7月15日、2005年4月9日、2008年12月20日、2013年7月13日の4回分で大幅な変更がされている。2代目の途中(1994年10月)から社屋が変わっている。

以下はセット全体のデザインの変遷である。

  • 初代:1986年4月19日 - 1991年5月4日
  • 2代目:1991年5月11日 - 2000年7月8日(使用期間が最も長い)
  • 3代目:2000年7月15日 - 2005年3月26日
  • 4代目:2005年4月9日 - 2008年3月22日
  • 5代目:2008年4月5日 - 2008年12月13日(使用期間が最も短い)
  • 6代目:2008年12月20日 - 2011年3月19日(2010年4月10日から置物をチェンジした)
  • 7代目:2011年3月26日 - 2013年7月6日(2012年1月28日から解答席のデザインが大幅にチェンジされ、同年8月18日より壁面と床面のデザインがリニューアルされ、2012年12月15日から司会者席のバックのデザインがチェンジされた)
  • 8代目:2013年7月13日 - 現在(天窓からやさしい光が差し込む博物館をイメージしたセット、2代目以来13年ぶりに解答席が横1列に戻った)

出演者[編集]

司会[編集]

  • 草野仁(1986年度 - 現在)
    当初の19年間は単独で司会を担当。アシスタント(TBS女性アナウンサー)が入った2005年4月からは「スーパークイズマスター」という肩書きで出演していたが[17]、2013年7月13日のスペシャル回以降は「スーパークイズマスター」の名称はなくなり、単に「司会」と肩書きするようになった。

アシスタント[編集]

番組開始から2004年度までは、アシスタントはいない。

解答者[編集]

レギュラー[編集]

現在[編集]
  • 黒柳徹子(初回から出演)
    本番組では、ほぼ毎回着物を着て出演する。
  • 野々村真(初回に出演したが最初期は準レギュラー、1991年4月27日(第250回)より毎回出演)
過去[編集]
  • 板東英二(最初期の約3ヶ月間は準レギュラー)
    2012年12月に自身の所得隠し問題が報じられた影響で、同月22日の放送分を最後に出演を自粛。2013年2月9日付で正式に降板した[19]

ゲスト、準レギュラー[編集]

この中には、スポーツ選手など芸能人以外の者、また物故者や引退等で芸能活動を行わなくなった者も含んでいる。

あ行

か行

さ行

た行

な行

は行

ま行

や行

ら行

わ行

ミステリーハンター[編集]

ちなみに、ミステリーハンターの場合、字幕水色である。

歴代ミステリーハンター[編集]

回数は公式ホームページに準ずる(レギュラー放送のみの回数)。公式ページでは水沢螢石井麻理長田江身子の回数がスペシャル回を含んだ回数になっているので、その3人に限っては下記の回数と公式ページの回数は一致しない。

登場回数ランキング

ら・わ

ゲストミステリーハンター[編集]

男性ミステリーハンター[編集]

番組内でのランキング[編集]

パーフェクト賞ランキング
  • 1位:黒柳徹子(191回)
  • 2位:板東英二(77回)
  • 3位:東貴博、野々村真(6回)
  • 5位:ソニン、大沢あかね(3回)
  • 7位:土田晃之(2回)
  • 8位:大宮エリー、にしゃんた、南雲吉則、玉井詩織(1回)

オープニング[編集]

オープニングは、長らく「今夜の不思議の舞台は、○○。」で始まり、ナレーターによる出題テーマの紹介を経て、「日立、世界、ふしぎ発見!」で締め括るオープニングナレーションが、番組テーマ曲に合わせて放送された。このオープニングナレーションが終わると、スタジオが映し出されて、司会の草野仁が挨拶して本番が始まる。

但し、近年では、「今夜の不思議の舞台は、○○。」の台詞を入れずに、出題テーマの紹介から始まるナレーションで始まっている。

テーマ曲[編集]

  • 初代:番組開始 - 2000年度中盤、越部信義作曲
  • 2代目:2000年度中盤 - 2004年度、初代のアレンジ版
  • 3代目:2005年度 - 現在、内藤慎也編曲によるアレンジ版

オープニング映像[編集]

  • 初代:番組開始 - 1993年度…宇宙を背景に右端に火星から地球に移動するアニメーション。ピックアップする国を紹介→柱の真ん中を移動したあと、ダイヤが出てタイトル表示(金色)。
  • 2代目:1994年度 - 1998年度…リニューアルと同時に、CM前の表示も番組名からヒトシ君人形の「CMだよ」になった。ピックアップする国の紹介→ヒトシ君人形の足跡を砂漠につけた後、タイトル表示。
  • 3代目:1998年度 - 2000年度…2代目のマイナーチェンジ版。壁画映像が映し出された後、ピックアップする国の紹介→ヒトシ君人形の足跡を砂漠につけた後、タイトル表示。
  • 4代目:2000年度 - 2004年度
  • 5代目:2005年度 - 2007年度
  • 6代目:2008年度 - 2009年度
  • 7代目:2010年度 - 2011年度末…2010年度末より短縮バージョンに。
  • 8代目:2011年度末 - 2013年度夏…月明かりに照らされているピラミッドの頂にスーパーヒトシ君が登場する。歴代までのOP映像の中で短く、テーマ曲も3代目のイントロのみ。
  • 9代目:2013年度夏 - 現在…少年が街を疾走するシーンのアニメーション。テーマ曲は、3代目のものを多少アレンジしたもの。

エンディング[編集]

エンディングテーマは2 - 3か月おきに変わる。番組開始から2000年7月8日までは、スタジオの映像が終わったあと、エンディングテーマ曲のイントロと同時に翌週の予告が流れ、歌いはじめとともに、プレゼントの告知やスタッフロールが、その週の取材風景-移動中や現地の人々・風景、あるいはNGシーンなどをバックに流されていた。ほとんどの場合、イントロからワンコーラスまで流されていた。

2000年7月のリニューアルとともにエンディング部分も変更となり、スタジオ部分での司会者の挨拶のあたりから曲の途中が流れはじめ、スタジオ風景がフェードアウトして取材風景に切り替わる形となった。2005年4月からはエンディングテーマの後に翌週以降3週分の予告、さらにパーフェクト者がいる場合のみテレゴングによる視聴者向けクイズの出題があった。このため、エンディング曲が聴ける部分も、取材風景もそれまでに比べて格段に減った。

2009年1月17日のリニューアルで再度エンディングの構成が変わり、スタジオの映像が終わったあと、テレゴングによる視聴者向けクイズの出題と翌週以降2週分もしくは3週分の予告を挟んで、エンディング曲が取材風景をバックに流れるという形となった。

2012年7月7日よりさらに変更、3問目の回答を開けた後、次週予告とコマーシャルを挟み正解・トップ賞発表となりそのまま提供読みとなる。エンディング曲が廃された。

スタジオEDについては、番組開始 - 1992年3月ごろは、カメラがズームアウトし観覧席のみ映し出されていた。1992年4月ごろ - 1998年9月以降ズームアウトせず茶色いレンガが映し出された。ほとんどの場合は画面左端に石像(白・金・茶または顔の向きは日によって異なる)が設置されていた。1998年10月 - 2000年7月1日まで、「茶色いレンガが映し出され、左にパンスキャンし茶色い壁を背景に壁画が映る→壁画アニメ」だった。

エンディングテーマ[編集]

番組開始 - 1994年3月26日には、制作局のテロップが表示されてから、意見・感想の宛先が表示されていた(番組中にテロップが流れたのは1994年4月以降)。1991年5月4日までは白色背景、1991年5月11日 - 1994年3月26日はうす黄色背景。

エンディング画面[編集]

日立のCM→提供画面(2000年5月までブルーバック)→日立のCM(番組開始 - 1994年3月26日)→エンディング画面(1994年4月以降は、提供クレジット→エンディング画面)

  • 初代:番組開始-1993年度 : ホワイトバックにタイトルの右端に「来週もおたのしみ」と表示
  • 2代目:1994年度-2000年度 : 砂漠にいるヒトシ君人形を背景に、タイトル画面に「おわり」と表示
  • 3代目:2000年度-2004年度 : パネリストのお別れ映像を背景に、タイトル画面に「おわり」と表示
  • 4代目:2005年度-2007年度 : 暗いスタジオ映像を背景に、タイトル画面に「おわり」と表示
  • 5代目:2008年度 : 地面のパネルで走っているヒトシ君人形の影を、タイトル画面に「おわり」と表示
  • 6代目:2008年度-現在 : 暗いスタジオ映像を背景に、タイトル画面に「おわり」と表示

ナレーション[編集]

ネット局と放送時間[編集]

放送対象地域 放送局名 系列 放送時間 遅れ
関東広域圏 TBSテレビ (TBS) TBS系列 土曜 21:00 - 21:54 (制作局)
北海道 北海道放送 (HBC) 同時ネット
青森県 青森テレビ (ATV)
岩手県 IBC岩手放送 (IBC)
宮城県 東北放送 (TBC)
山形県 テレビユー山形 (TUY)
福島県 テレビユー福島 (TUF)
山梨県 テレビ山梨 (UTY)
新潟県 新潟放送 (BSN)
長野県 信越放送 (SBC)
静岡県 静岡放送 (SBS)
富山県 チューリップテレビ (TUT)
石川県 北陸放送 (MRO)
中京広域圏 CBCテレビ (CBC)
近畿広域圏 毎日放送 (MBS)
鳥取県島根県 山陰放送 (BSS)
岡山県・香川県 山陽放送 (RSK)
広島県 中国放送 (RCC)
山口県 テレビ山口 (tys)
愛媛県 あいテレビ (ITV)
高知県 テレビ高知 (KUTV)
福岡県 RKB毎日放送 (RKB)
長崎県 長崎放送 (NBC)
大分県 大分放送 (OBS)
熊本県 熊本放送 (RKK)
宮崎県 宮崎放送 (MRT)
鹿児島県 南日本放送 (MBC)
沖縄県 琉球放送 (RBC)
秋田県 秋田放送 (ABS) 日本テレビ系列 土曜 12:00 - 12:55 7日遅れ
福井県 福井放送 (FBC) 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
徳島県 四国放送 (JRT) 日本テレビ系列 土曜 13:00 - 13:54

ネット局に関する備考[編集]

当初は土曜22:00 - 22:54の放送であったが、1987年4月4日より21:00 - 21:54に枠移動した(枠移動後の初回は編成の都合上、基本放送時間より30分遅れでの放送となった)。

CS放送TBSチャンネルでは、2004年に、同年のアテネオリンピック開催に合わせ、アテネやオリンピック関連のテーマを取り扱った回の再放送が行われた。

系列外のABS・JRT・FBCは1995年に開始(いずれもNNSマストバイ局。ABS・JRTは4月に、FBCは10月に開始)。系列外ネット開始当初は木曜19:00-19:54(当時ローカル枠だった『嗚呼!バラ色の珍生!!』を差し替え)での放送であったが、日本テレビ系列では1999年3月をもって、ゴールデンタイムのローカル枠が廃止となったため、現在の放送時間となる。なお、番組名に特定の企業名が入っていることから、ABS・FBC・JRTによる放送でもスポンサーの変更はない(いわゆる、時差スポンサードネット)。[20] [21]

スタッフ[編集]

  • 構成:藤岡俊幸、野村安史、西澤公太郎(スタジオ) / 石田章洋山名宏和(VTR取材)
  • 音楽:越部信義 / 有澤孝紀 / 赤坂東児
  • 選曲:内藤慎也
  • TD:白井昭至
  • CAM:柳田智明
  • VE:木野内洋、青柳陽子、後藤静香、青木智奈未
  • 音声:原田光、藤井忍
  • 照明:山本和宏
  • 特機:サークル、滝沢健太
  • VTR編集:小野貴志
  • MA:森岡浩人
  • 音響効果:溝口博子、東谷尚
  • タイトルCG:綿川尚明・安田孝裕(アニメーションスタッフルーム
  • CG:水留健吾・久世友喜(MandB Design)
  • 美術プロデューサー:飯田稔[22]
  • 美術デザイン:西條実、鈴木直人
  • 美術制作:平原道夫
  • 装置:鈴木匡人
  • メカシステム:大谷圭一
  • 電飾:芹沢茂明
  • 衣裳:岡崎貴子
  • 会場担当:廣中信行(TBS)
  • 番組宣伝:河野裕之(TBS)
  • 編成:荒井麻理子(TBS)
  • TK:阿部直子
  • 演出補:杉山哲也、鈴木洋平、飯笹雅之
  • FD:朴泰斗
  • 総合デスク:五十井菊
  • キャスティング:今山典子
  • 制作補:草地正典
  • 企画渉外:菅沼直之、冨吉雅成
  • 海外プロデュース:黒田亜希
  • 海外デスク:金井理恵、下村絵美、岩田亜美
  • 演出:菅沼直之、大塚修一、高木昇 / 加藤敏浩
  • 制作:菅沼直之、冨吉雅成
  • 制作統括:岩垣保、佐藤寿一、大塚修一
  • 総合演出:本郷幸高
  • プロデューサー:重延浩
  • 技術協力:東通タムコエヌ・エス・ティーティ・エル・シーNTTメディアクロス
  • 美術協力:アックス
  • 収録スタジオ:東京メディアシティ
  • 製作:テレビマンユニオンTBS

過去のスタッフ[編集]

  • プロデューサー:藤井康夫(TBS)
  • 編成:神成尚史・太田寛・片山剛・津村有紀・上田学・福田健太郎(全員共TBS)
  • 総合演出:中谷直哉
  • ロケ演出:村田吉廣、上野関一郎、内山雄人、小山清悟
  • 演出補:国分禎雄、服部圭介、鬼頭明、高垣圭介、野口康裕
  • 制作補:杉田浩光
  • 海外プロデュース:畠山陽子
  • TM:小林敏之(TBS)
  • TD:佐藤陽士・金澤健一(全員共TBS)、広瀬正行、平井洋子(以前はカメラ担当)
  • CAM:広瀬正行
  • カラー調整→VE:八木真・橘一男(全員共TBS)、倉島康明
  • 音声:大口真・坂井健志(全員共TBS)
  • 照明:鈴木孝夫(TBS)
  • 編集:宮島文
  • VTR編集:大石康弘、野田智雄
  • MA:堀田元子
  • 音響効果:半藤徹
  • 美術プロデューサー:河瀬洋男(TBS)
  • 美術デザイン:宇野宏美
  • 電飾:藤山雅夫
  • デスク:宮嶋文
  • 技術協力:テイクシステムズテクノマックス
  • 収録スタジオ:テイクスタジオ東京タワースタジオ

その他(トリビア)[編集]

  • 2004年、1987年ごろより使用してきたテーマ曲を一新。ただし、パネリスト正解時のBGMとボッシュートのBGM出題時のBGMは当初から使用されている(全員不正解のときに流れるBGMは基本的にはない。全員不正解時でもボッシュートのBGMが流れている。ただし、2005年10月以降はステレオ化されたため、音源が変わっている)。
    • なお、初代オープニングテーマは、C3001H以降の日立製auKDDI)向け携帯電話着信メロディとして入っている(ただし、W41H以降は再び「日立の樹」に戻った)。
    • 2000年7月よりパネリスト解答時のBGMが変更。その後も、2005年4月、2011年3月にもBGMが変更されている。
  • 1990年代以降クイズ・バラエティ番組において過度なテロップ表示が乱立しているが、本番組は固定スーパー(番組ロゴ等)はなくテロップは問題文・正解など極力必要最低限に抑えられている。
  • 2000年7月までは前番組の放映終了後に流れる5秒間の番組告知(クロスプログラム)にて、出演者がその回のテーマを言った後、それにちなんだダジャレを言うパターンが通例となっていた。
  • 番組の企画の中には、世界の遺跡の最新の発掘現場を訪ねるもの、ゲスト解答者としてもおなじみの考古学者吉村作治の古代エジプト調査団を追うもの、後日公開予定の映画の宣伝と予習もかねてその映画の舞台背景を探るものがある。
  • 番組で使う航空会社(エンディングロールで紹介する協力会社)が、最近全日空(ANA)やスターアライアンス加盟の航空会社が優先的に使われている。
  • 2007年3月3日の放送分で放送1000回を迎えた。それを記念し3月17日に19:00 - 21:48の3時間スペシャルを実施した(過去に21:00 - 22:54の2時間スペシャルや21:00 - 22:24の1.5時間スペシャルは数回あるが、3時間スペシャルは番組開始以来、初めてのことであった)。1000回記念スペシャルでは2人1組のチーム戦(近年のスペシャルではこの形式が多い)となり、通常のテレゴング形式に加え、現在の形式となってからは初めて解答者がトップ賞を目指す形式となった。得点は、解答者席の後方に置かれた水晶玉のような電光掲示板で表示された。また3ポイントクエスチョンや4ポイントクエスチョンなど、得点形式はポイント制とされた。また、スイスからの生中継による出題も行われた(これも初めて)。結局、終始トップだった板東英二・和希沙也チームが優勝となった。そして番組の最後にはこれまでずっと番組に出演してきた草野・黒柳・板東・野々村に花束が贈呈され、番組を締めくくった。
  • 2008年12月20日放送分から番組構成が変更になり、第2問のVTRの途中と草野が「ラストミステリー、ふしぎ発見!」と振って、最終問題のVTRを流す前、それに最終問題の正解VTR前にCMが流れるようになった(それまでは各問題の正解VTRの前にCMだった)。2012年7月からは、次回予告が最終問題の正解発表前に流れるようになっている。
  • 2009年5月30日放送の「ルーキーズスペシャル」では出水アナウンサー以外の全員がルーキーズのユニフォームを着用の上クイズに臨んでいた。この日はレギュラーの3人以外はパネラーがルーキーズメンバーだった。
  • なお、2009年以降、一つ前の枠の連続ドラマが時間拡大した場合、同時に後続枠である『(新)情報7days ニュースキャスター(NC)』も拡大し、本番組が休止となるケースがある。
  • 2011年4月23日放送分(第1183回)は、史上初の全員全問不正解となり、トップ賞なしとなった。この緊急処置として「パーフェクト賞」が出た場合にプレゼントする海外旅行を、トップ賞の賞品を含めプレゼントした[23]
  • 2011年3月の東日本大震災発生以降、数か月程度の間、観客への公開を伴わない形式で放送された(前述の同年4月23日も含む)。
  • 2012年1月28日放送分(第1217回)からは番組開始当初から長年に渡って使用されていた『スーパーヒトシ君人形』が7年振りに復活し、2004年度以前までのルールが復活した。
  • 1992年、板東が司会を務める日本テレビの『マジカル頭脳パワー!!』のコーナー「マジカルミステリー劇場」にて、解答者の所ジョージが当時のスーパーヒトシ君人形を借りていったことがある。
  • 2014年7月5日放送分は、20:57 - 21:00に予告番組『もうすぐ日立 世界・ふしぎ発見!』を放送(『JNNフラッシュニュース』は短縮してステブレレス接続)し、21:00から本編に入るという、変則フライングスタートだった(本番組のフライングは極めて異例)。

書籍・ゲーム[編集]

  • 書籍『世界・ふしぎ発見! クイズで学ぶアメリカ史』(1989年小学館
  • 書籍『世界・ふしぎ発見! クイズで学ぶヨーロッパ史〈ギリシア・イタリア編〉』(1989年、小学館)
  • 書籍『世界・ふしぎ発見! クイズで学ぶヨーロッパ史〈フランス・スペイン編〉』(1989年、小学館)
  • 書籍『世界・ふしぎ発見! 古代エジプト7つの謎』(吉村作治監修、1996年幻冬舎
  • 書籍『世界・ふしぎ発見! これが世界の新・七不思議』(1997年、幻冬舎)
  • 書籍『世界・ふしぎ発見! 南米・消えた黄金文明』(1998年、幻冬舎)
  • Windowsゲームソフト『世界・ふしぎ発見! トロイア』(発売元:TBS)
    同名でドリームキャスト(1999年7月22日発売)に移植されている。
  • ボードゲーム『世界ふしぎ発見!ゲーム』(1991年発売、発売元:エポック社
  • DVDブック『世界ふしぎ発見!わんぱくパンダ ふしぎ発見!』(2009年7月27日発売、発売元:出版文化社
    パンダについて取り上げた作品を抜粋し、児童向け書籍化したもの。
  • ニンテンドーDSゲームソフト『世界ふしぎ発見!DS 伝説のヒトシ君人形を探せ!』(2009年8月6日発売、発売元:フリュー

スポンサーについて[編集]

第1回から日立製作所(以下「日立」)の一社提供だったが、1997年10月からは日立と日立グループにスポンサーが変更となり、番組の最後に『日立の樹』をBGMにしてグループ参加企業一覧を流すCMが放送され始めた。ただし、日立グループ各社の名義となっても、日立の樹以外のCMは基本的に日立製作所だけであり、グループ各社の協賛はこの日立の樹のCMでのロール字幕表示のみとなっている[24]

当初の提供クレジット画面はブルーバックだったが、2000年5月末からは世界風景の映像を背景に提供字幕がアニメーションする形式に変更された。同年7月8日以降、OP映像が終わったあとスタジオ画面が映し出されたと同時に、提供画面が表示される形式に変更された。EDについてはこれまでと同様。これに伴いCMは、答えの発表後から答えの発表前に流れる形式に変更された。提供アニメーションは、2005年4月(テレゴング形式への変更時)にパターンが変更されている。

以前、提供CM枠は6分だったが、現在は終了後のジャンクション明けにヒッチハイクCM[25]が放送されているため、提供CM枠は5分30秒(日立の樹の1分間を含む)[26]となっている。

2014年4月12日より提供CM枠が4分30秒に短縮され、後クレは右下表示されるようになったため提供読みは前クレのみとなった。これに伴いヒッチハイクCMが拡大され、CM1 - 3が日立のCMが90秒ずつ、CM4が90秒ヒッチハイクとして本編中に内包して流れるようになった。また、後クレが表示された後は次回予告などでの番組タイトル表示が「日立 世界ふしぎ発見」ではなく「世界ふしぎ発見」と、企業名が外れている。

また、2007年3月17日放送の1000回突破記念3時間スペシャルなど、放送時間枠が拡大した場合でも日立グループの一社提供となり、他社のスポンサー及びスポットCMは一切入らなかった。

視聴者へプレゼントされる海外旅行は「ルックJTB」(ジェイティービー。現在はJTBワールドバケーションズ[27]の提供)である。以前は司会の草野仁が「いつも、いちばん新しい旅を。ルックJTB」と紹介していたが、TBSアナウンサーの小林麻耶がアシスタントとなったことで交代した。現在は、「海外旅行のルックJTB」と紹介されており、草野自身が「ルックJTB」のCMキャラクターである。番組開始当初は、近畿日本ツーリストが海外旅行を担当していた。

先述した通り、この番組の放送時間中のCMは日立グループだけであるが、この番組の放送時間中にしか放映されないCMがいくつかある(デジタルハイビジョンプラズマテレビ「Wooo」のCMなど。日立のホームページで視聴可能)。2007年3月17日のスペシャルでは、日立に勤める父親とその息子が『ふしぎ発見』を見ながら会話するという、この日限定の3分間のミニドラマ仕立てのCMが放映された。

1996年に野々村真が日本経済新聞のキャンペーンキャラクターに起用された。野々村の本番組でのできが悪いというイメージを逆に利用し、日経で勉強するというものである。広告は、新聞を読む野々村に「草野さん、見てなさい」「黒柳さん、待ってなさい」「板東さん、笑ってなさい」という3種類のコピーがついていた。

2013年からは日立の企業CM(『日立はすべてを 地球のために』シリーズ)に限り、字幕台詞が付けられたCMが放送されるようになった。

提供表示[編集]

1986年4月 - 2000年5月 (始まる時のみ)
提 供 HITACHI
※ブルーバック画面で提供読みの時もあった。
2014年4月 - (ラストミステリーのクエッションの時のみ)
提 供 HITACHI Inspire the Next

提供読み[編集]

1986年4月 - 1997年9月 (終わる時のみ)
この番組は技術の日立の提供でお送りしました。
1997年10月 - 2000年5月(終わる時のみ)
この番組は技術の日立・日立グループ各社の提供でお送りしました。
2000年5月末 - 2009年12月、2011年1月 - 2014年3月
次の時代に新しい風を。Inspire the Next(インスパイヤー・ザ・ネクスト). 日立グループがお送りします(しました)。
2010年1月 - 2010年12月
おかげ様で創業100周年。Inspire the Next(インスパイヤー・ザ・ネクスト). 日立グループの提供でお送りします(しました)。
2014年4月 -
次の時代に新しい風を。Inspire the Next(インスパイヤー・ザ・ネクスト). 日立グループがお送りします。

パロディ[編集]

世界七ふしぎ発見 木梨憲武が行く韓国の旅
2010年12月7日にTBS系列のバラエティ番組『お茶の水ハカセ』で放送。司会(マスター)は木梨憲武。アシスタントは出水麻衣(オリジナルと同じ)。オリジナルと同じセットを使用し、「ヒトシ君人形」のかわりに木梨をモデルにした「憲くん人形」及び「スーパー憲くん人形」を使用。
解答者は草野仁(オリジナルの司会者)、野々村真(オリジナルのレギュラー)、大竹一樹、三村マサカズ、はいだしょうこ・森本慎太郎ペア、大島美幸・鈴木おさむペア、村上知子・黒沢かずこペアの7組。
謎のホームページ サラリーマンNEO
NHKサラリーマンNEO』の単発放送時代、2005年に行われたニュースコント。本家のミステリーハンターの水沢蛍がコントで事件現場レポーター役に出演し、「この現場でいったい何をしているのでしょうか」と本家の番組同様に、クエスチョン(問題)を出題(SEも本家をパロディ化したものが流れた)。生瀬勝久が板東英二の真似をして本家の番組同様に解答した。
世界ふしぎオハッケン
日本テレビ(日テレNEWS24)の『Oha!4 NEWS LIVE』の2010年12月24日放送のクリスマス特別企画のコーナー。オープニングは本家オリジナルの物を流用。ルールは本家と一緒(ヒトシ君人形が番組マスコットのオハナにかわっただけ)。問題は日本テレビの海外局(ニューヨーク・パリ・カイロの特派員)からの「今年あった出来事」に関しての3択問題。司会進行は曜日メーンキャスターの坂木萌子が担当。
ホストふしぎ発見
TBS系列のバラエティ番組『中居正広の金曜日のスマたちへ』で放送。司会は中居正広。ミステリーハンターは大竹しのぶ。2代目のセットと、当時のシンキングタイムの音楽と、中居をモデルとした「正広くん人形」「スーパー正広くん人形」を使用。ホスト業界に関するクイズを4問出題した。
回答者は、当時レギュラーの飯島愛篠原涼子他。

脚注[編集]

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  1. ^ 番組表・番組内容を告知するCM・前番組の放映終了後に流れる5秒間の番組告知(ジャンクション)などでは、「日立」の文字を抜いたタイトル「世界・ふしぎ発見!」を使用している。これはスポンサリングしている枠を超えての企業名の宣伝になってしまうことを避けているのである。(前番組『日立テレビシティ』時代も同様の措置をとっていた)。
  2. ^ 文字通り世界各国なので、北米・南米・ヨーロッパ・アフリカ、アジアすべて含み、その中には日本も含む。
  3. ^ 民放のテレビ番組は、低予算で作ることで利益を上げようとするので、しばしばいい加減な取材になりがちである。そうした番組が多い中では、この「日立 世界・ふしぎ発見!」は良心的な取材を行っている。
  4. ^ フジテレビ『なるほど!ザ・ワールド』、毎日放送『世界まるごとHOWマッチ』、日本テレビ『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』等の世界クイズ番組は現代の世界に対して[要出典] 焦点を当てており、『ふしぎ発見』は過去・古代の世界もしくは過去から見た現代に焦点を当てている。
  5. ^ (トリビアで百科事典の知識としては不要であるが、)参考までに紹介しておくと、TBSテレビ(※旧TBS(東京放送)時代のものも含む)が制作していた世界紀行をメインテーマに取り上げる全国ネット番組として、『兼高かおる世界の旅』(当時は『三井ワールドアワー 兼高かおる世界の旅』という番組タイトルであった。という、ジャーナリストの兼高かおるがナレーター役、当時のTBSアナウンサーが聞き手となって、海外現地の取材映像を流し2人がナレーションを行うという独特の番組進行を行っていた番組(映像制作会社・教育文化制作との共同制作)も過去に存在した。詳細は該当記事参照。
  6. ^ 当時、競合関係にあった番組は『たけし・逸見の平成教育委員会』(フジテレビ系列、19時台)、『マジカル頭脳パワー!!』(日本テレビ系列、20時台)、『クイズ!タモリの音楽は世界だ』(テレビ東京系列、22時台)などである。
  7. ^ 番組内のCMは親会社の日立製作所のみで、1997年9月以前は日立製作所一社のみの提供だった。1997年10月以後はこの枠内で日立の樹が放送されることから、名義を「日立グループ」各社とした。後述詳細を参照
  8. ^ THE世界遺産』とは異なり、日本国内を取り上げる場合でも、地元系列局は製作協力に加わらない。
  9. ^ (トリビア)1986年から使用されたセットは1991年5月11日(第252回)にマイナーチェンジされた
  10. ^ (トリビア)モニターに解答が表示される時、1986年4月19日(第1回)から2000年7月8日(第693回)までは背景色が通常は緑色で、正解が発表された後は正解した解答者のモニターの背景色が緑から赤に変わったが、2000年7月15日(第694回)からは背景色が通常は白色で、正解が発表された後は当初画面内に「○」と表示されたが、後にモニターの背景色が白から赤に変わるようになった。
  11. ^ (トリビア)レギュラーのうち野々村真だけは放送開始から長年月にわたり一度もパーフェクトをとったことが無かったが、2005年8月6日放送(第928回)「第七の大陸 マダガスカル大冒険!」(第914-959回の記録”. TBSテレビ. 2006年5月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。)において、番組開始から20年目にして初めてのパーフェクトを達成した。なお、この回の瞬間最高視聴率は野々村のパーフェクト達成の瞬間で19.1%を記録した(この回の平均視聴率も16.6%を記録している)。またこのパーフェクトを記念して帝国ホテルでパーティーが開かれた。
  12. ^ (トリビア)2008年6月21日(第1058回)「緑の楽園スロバキア 知られざる山と森と洞窟の国」(第1041-1089回の記録”. TBSテレビ. 2009年3月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。)で、ゲスト解答者である博多華丸が番組初登場でありながらパーフェクトを達成した。
  13. ^ (トリビア)2009年5月30日(第1101回)「ルーキーズ・スペシャル ルーキーズVSボストンレッドソックス」では、メンバーが2人ずつのチームを組んでクイズを行う回だった(第1101回の記録”. TBSテレビ (2009年5月30日). 2009年6月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。)が、この回で野々村・中尾明慶組と黒柳・城田優組がパーフェクトを達成した。この回では野々村はチームを組んだ上でのパーフェクトを達成しているが、野々村の番組でのパーフェクト記録にはこの回は含まれない。
  14. ^ (トリビア)2010年5月1日(第1142回)「世界の屋根には何がある? アンデス天空大紀行」にて野々村が通算2度目のパーフェクトを達成した。
  15. ^ 1988年頃までは和田アキ子も準レギュラーだった。野々村真は初期の約2年間は準レギュラーであり、1988年頃にレギュラーに昇格したが、毎週必ず出演するようになったのは1991年4月27日の第250回からである(1988年 - 1990年頃までは1、2か月に一度の割合で他の解答者がゲスト出演していた)。2012年末までは板東英二もレギュラーだったが、個人事務所による所得隠しの問題で出演の見合わせをおこなった(収録済みの2013年1月分は出演場面および解答モニター、他の解答者や草野との会話のやり取り等は編集でカットされて放送している)
  16. ^ (トリビア)2011年9月17日(第1200回)までの放送のうち、竹内は250回の出演をしている。初登場は1987年11月7日(第82回)。これまでに104か国を取材している。
  17. ^ (トリビア)本上まなみはしのえみは新人のころに「ミステリーハンター」としての出演経験があり、その後パネラーとしても出演した。
  18. ^ 男性の「ミステリーハンター」が起用されるのは、サッカー編のうじきつよし江戸川乱歩編の大槻ケンヂ、日本歌謡史編の玉置宏など、テーマにの特性に配慮したもの。
出典類
  1. ^ a b これまでの受賞ツアー”. JATA ツーリズム大賞. 日本旅行業協会. 2013年2月9日閲覧。
  2. ^ 第1200回までの記録”. TBSテレビ. 2013年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。
  3. ^ a b c d 第1-300回の記録”. TBSテレビ. 2009年5月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。
  4. ^ 2006年度 マスメディアに関するアンケート調査子どもとメディアに関する意識調査(平成19年3月) (PDF)”. 資料DATA. 日本PTA全国協議会. pp. 27-32(ペーパー上は23-28) (2007年3月). 2013年2月9日閲覧。
  5. ^ 第5回調査結果第5回「クイズ番組」調査報告書 (PDF)”. アンケート調査結果. 優良放送番組推進会議. pp. 1-4 (2009年8月). 2013年2月9日閲覧。
  6. ^ JATA国際観光会議・世界旅行博2008開催報告”. じゃたこみ2008年11月号. 日本旅行業協会. pp. 6-7. 2013年2月9日閲覧。
  7. ^ 第900-945回の記録”. TBSテレビ. 2006年1月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。
  8. ^ 第911-912回の間のスペシャルの記録”. TBSテレビ (2005年4月9日). 2005年12月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013-02-09 quote=今回からスタジオセットやクイズ形式もリニューアル閲覧。
  9. ^ 第1082回の記録”. TBSテレビ (2008年12月20日). 2009年3月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。 “スタジオでは解答者が7人に増え、2009年に向けてますますパワーアップ”
  10. ^ 第1178-1180回の記録”. TBSテレビ. 2013年2月9日閲覧。
  11. ^ a b 第301-700回の記録”. TBSテレビ. 2009年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。
  12. ^ 第800回の記録”. TBSテレビ (2002年11月2日). 2003年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。
  13. ^ 第787-842回の記録”. TBSテレビ. 2003年10月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。
  14. ^ 第807-808の間のスペシャルの記録”. TBSテレビ (2003年1月4日). 2003年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。
  15. ^ 第1148-1196回の間の記録”. TBSテレビ. 2011年8月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。
  16. ^ 第1162-1163回の間のスペシャルの記録”. TBSテレビ (2010年10月23日). 2011年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。
  17. ^ a b 番組紹介”. TBSテレビ. 2013年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月9日閲覧。
  18. ^ “「ふしぎ発見」スーパーひとしくん人形復活”. SANSPO.COM (産経デジタル). (2012年1月28日). オリジナル2012年3月2日時点によるアーカイブ。. http://wayback.archive.org/web/20120302141036/http://www.sanspo.com/geino/news/120128/gnj1201280503008-n1.htm 2012年2月1日閲覧。 
  19. ^ 板東英二「世界ふしぎ発見!」を降板(『デイリースポーツ』2013年2月27日付記事)
  20. ^ 現在日本テレビ系列におけるゴールデン・プライムタイムにおけるローカルセールス枠は日曜22:30 - 23:30のみとなった。
  21. ^ 先述の2010年6月のBSSでの代替放送の場合も日立協賛の時差スポンサードだった。なお、通常木曜19-20時台のスパモク!!の枠はローカルセールス枠で各局任意編成(当時BSSはテレビ朝日系番組の時差放送)となっている。
  22. ^ 当時はTBSテレビ美術センター所属だったが、現在はアックス
  23. ^ “世界ふしぎ発見!:26年目で初の全員全問不正解! 視聴者に海外旅行プレゼント”. MANTANWEB (毎日新聞デジタル). (2011年4月28日). http://mantan-web.jp/2011/04/28/20110428dog00m200029000c.html 2013年2月9日閲覧。 
  24. ^ なお、2011年度内より『日立の人』編のシリーズCM(30秒)がこの日立グループCMの手前に流されている。
  25. ^ 過去に同じ日立グループの一社である日立マクセル日立建機が隔週で流れていた。
  26. ^ 2011年4月30日 - 6月11日の間は3分間。
  27. ^ 親会社であるジェイティービーの方針により、海外旅行あっ旋に関わる業務を継承して分社化・設立した子会社。

関連項目[編集]

  • 日立テレビシティ
  • 日立の樹
  • ザ・ベストテン:黒柳徹子が出演する日立提供番組の一つ。1978年1月~1989年9月。
  • スクール☆ウォーズ:先輩番組。「この物語は、(中略)余す所なくドラマ化したものである。」という主題歌前奏に合わせたオープニングナレーションなど、『ふしぎ発見』に似た構成が使用されている。1984年10月~1985年4月。
  • ポニーテールはふり向かない:先輩番組。『ふしぎ発見』の枠で、野々村真が出演していたドラマ。1985年10月~1986年3月。

外部リンク[編集]

TBS 日立一社提供
前番組 番組名 次番組
日立 世界・ふしぎ発見!
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TBS系列 土曜22時台
日立テレビシティ
日立 世界・ふしぎ発見!
(1986年4月 - 1987年9月)
赤ちゃんに乾杯!
【ここからドラマ枠】
TBS系列 土曜21時台
日立 世界・ふしぎ発見!
(1987年10月 - )
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