スタジオジブリ

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株式会社スタジオジブリ
STUDIO GHIBLI INC.
Studio Ghibli.png
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:184-0002
東京都小金井市梶野町一丁目4番25号
北緯35度42分11秒 東経139度31分45秒 / 北緯35.70306度 東経139.52917度 / 35.70306; 139.52917座標: 北緯35度42分11秒 東経139度31分45秒 / 北緯35.70306度 東経139.52917度 / 35.70306; 139.52917
設立 2005年4月
業種 情報・通信業
事業内容 アニメーション映画、テレビCM、テレビ映画、実写映画等の企画・制作
代表者 代表取締役社長 星野 康二
資本金 1000万円(2013年3月31日現在)
純利益 5億1000万円(2013年3月期)
純資産 94億6300万円(2013年3月31日現在)
総資産 186億7600万円(2013年3月31日現在)
従業員数 300人
決算期 3月末日
関係する人物 関連人物の節を参照
外部リンク http://www.ghibli.jp/
特記事項:2005年4月に組織形態を有限会社から株式会社へ変更[1]。同一商号の前身法人は1985年6月15日創業、1997年6月に徳間書店が吸収合併し解散[2]
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株式会社スタジオジブリ: STUDIO GHIBLI INC.)は、アニメーションを主体とした映像作品の企画・制作を主な事業内容とする日本企業日本動画協会準会員。

概要[編集]

長編アニメーション映画の制作を主力事業としているが、1990年代中期以降、短編作品の制作および実写作品の企画を手がけている。また、日本国外のアニメーションの公開やDVD発売、『熱風』という小冊子の発行を行う出版事業、さらに音楽事業も行っている。

1985年6月15日、『風の谷のナウシカ』を制作したトップクラフトを発展的に解散・改組する形で徳間書店の出資によって設立。このためスタジオジブリ関連書籍の大半が徳間書店から刊行されている。徳間書店社長の徳間康快が初代代表取締役社長に就任したが、実質的な経営財務責任者は旧トップクラフトを設立した常務の原徹であった。当初は作品ごとにスタッフを集め、完成と共に解散する方式を採っており、他社同様アニメーターは業務委託契約による歩合制だった。後に人材育成のためにアニメーターを正社員化・固定給制にするなど、高品質で安定した作品作りの拠点とした。

1996年ウォルト・ディズニー・カンパニー(WDC)並びに日本法人のウォルト・ディズニー・ジャパン(WDCJ)の間で国内でのビデオソフト(「#ジブリがいっぱいCOLLECTION」)発売および海外でのジブリ作品配給に関わる事業提携を締結したことに伴い、「もののけ姫」よりWDC(「ディズニー」表記)が長編アニメーション作品に出資・参画するようになった。また、海外では基本的に(作品毎に地域が異なる)ウォルト・ディズニー・スタジオかWDC子会社のミラマックスが配給し、ウォルト・ディズニー・スタジオ・ホーム・エンターテイメントがビデオ発売を担当する。2008年にはWDCJ社長の星野康二が創業メンバーの鈴木敏夫の指名により社長に就任している。

劇場作品専門スタジオのイメージが強いが、他社テレビ作品の動画グロスも請け負っている。

名称[編集]

「スタジオジブリ」の名称は、サハラ砂漠に吹く熱風(ghibli)に由来しており、第二次世界大戦中のイタリアカプローニ社の偵察/爆撃機の名前でもある(CAPRONI Ca309 GHIBLI)。紅の豚においてエンジンにGHIBLIの名前もあり、宮崎駿の思い入れがうかがえる。宮崎駿の思い込みから「ジブリ」となったが、「ギブリ」の方が原語に近い発音である(イタリアのマセラティ社の乗用車ghibliは日本でも1970年代から「ギブリ」と呼ばれている。このイタリア語はもともとアラビア語のリビア方言の「ジャバル(山)」がなまったものである[3])。スタジオジブリのマークは、スタジオジブリの作品『となりのトトロ』に登場するキャラクター、トトロがデザインされている。スタジオジブリの第2レーベルで実写作品部門の「スタジオカジノ」は、スタジオの所在地東京都小金井市梶野町から命名された。

2005年の徳間書店傘下からの独立に際して、「ジブリ」の名称を徳間書店から買い取らなければならなくなった。宮崎駿が買い取りに消極的な姿勢を示して鈴木敏夫もそれに同意し、新しい名称として宮崎が「シロッコ」(これもサハラ砂漠に吹く風に由来)という案を出したが、社内の評判がよくなく、結局ジブリの名称を継続することとなった[4]

沿革[編集]

2009年から2010年まで「西ジブリ」が開設されていた、トヨタ自動車本社ビル
  • 1985年 - 株式会社スタジオジブリ(初代)設立。
  • 1991年 - 宮崎駿の新スタジオ建設案で経営方針の対立が勃発。原徹が常務を辞任し退社。後任に鈴木敏夫が就任。
  • 1992年8月6日 - 小金井市梶野町(東小金井駅近く)の新社屋に移転。
  • 1997年6月 - 経営悪化した徳間書店の収益確保の一環で徳間書店に吸収合併。株式会社スタジオジブリを解散。徳間書店の社内カンパニー株式会社徳間書店 スタジオジブリ・カンパニー」となる。同年『もののけ姫』完成後、宮崎駿が退社。
  • 1999年 - 徳間書店が事業部制を導入。「株式会社徳間書店 スタジオジブリ事業本部」となる。同年に宮崎駿がスタジオジブリ所長として復帰。
  • 2004年 - 徳間書店スタジオジブリ事業本部を株式会社[要出典]スタジオジブリに分割。
  • 2005年4月 - 組織形態を有限会社から株式会社へ変更[1]。株式会社スタジオジブリ(2代)がスタジオジブリ事業本部の業務すべてを継承。鈴木敏夫が代表取締役社長に、宮崎駿とスティーブン・アルパートがそれぞれ取締役に就任。
  • 2008年2月 - 鈴木敏夫が代表取締役社長を退任し、後任に星野康二(元ウォルト・ディズニー・ジャパン会長)が就任。
  • 2009年4月 - トヨタ自動車本社内に新スタジオとして「西ジブリ」を開設[5][6]
  • 2010年8月 - 西ジブリを閉鎖。

レーベル[編集]

映画[編集]

スタジオジブリ
1985年の株式会社スタジオジブリの設立とともに発足したレーベル。自社で制作した長編アニメーションを手がけており、同社を代表するレーベルの一つである。
天空の城ラピュタ』(宮崎駿原作脚本監督)、『となりのトトロ』(宮崎駿原作・脚本・監督)、『火垂るの墓』(高畑勲脚本・監督)など。
スタジオカジノ
株式会社スタジオジブリの第二レーベルとして設立された。設立当初はスタジオジブリが従来手がけてこなかった実写分野を中心に活動していたが、のちにアニメーション分野にも進出している。
式日』(庵野秀明監督)、『サトラレ』(本広克行監督)、『ポータブル空港』(百瀬ヨシユキ監督)、『space station No.9』(百瀬ヨシユキ監督)、『空飛ぶ都市計画』(百瀬ヨシユキ監督)など。
スタジオギブリ
スタジオギブリ(ジブリ)の作品『ギブリーズ episode2』に登場する架空のアニメ制作会社で、スタジオギブリのマークはスタジオジブリのマークとほぼ同様のデザインだが、同作に登場するキャラクター「野中くん」が描かれている。また、同作のエンドロールでは「製作 スタジオギブリ」と表記されている。
ギブリーズ episode2』(百瀬義行監督)など。
三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー
2007年に株式会社スタジオジブリと財団法人徳間記念アニメーション文化財団により設立されたレーベル。徳間記念アニメーション文化財団傘下の三鷹の森ジブリ美術館により運営されており、他社が制作した映画の公開、および、DVDの販売を行っている[7]。主に日本国外のアニメーションを担当しており、高畑勲や宮崎駿の推薦などに基づき、三鷹の森ジブリ美術館が作品を選定している[7]
春のめざめ』(アレクサンドル・ペトロフ脚本・監督)、『アズールとアスマール』(ミッシェル・オスロ原作・脚本・監督)、『雪の女王』(レフ・アタマーノフ監督)など。

ビデオ[編集]

ジブリがいっぱいCOLLECTION[編集]

1996年にウォルト・ディズニー・カンパニー(WDC)並びに日本法人のウォルト・ディズニー・ジャパン(WDCJ)の間で国内でのスタジオジブリ制作作品のビデオソフト発売および海外でのジブリ作品配給に関わる事業提携を締結した。これに伴い、「ジブリがいっぱいCOLLECTION」(ジブリがいっぱいコレクション)のシリーズが創設され、 1997年6月27日の「となりのトトロ」よりVHSビデオソフトの販売をWDCJのビデオソフト部門の「ブエナビスタ・ホームエンタテインメント ジャパン」(現:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ホーム・エンターテイメント ジャパン)が行うようになった。
また、2001年からはDVDビデオ版、2009年からはBlu-ray Discビデオ版のパッケージ展開も開始している。発売時のテレビCMなどの宣伝についてもWDCJが行う。なお、販売・レンタル店向け営業はWDCと提携関係にあるポニーキャニオンが行っている。

これ以前に発売された「耳をすませば」までのVHSソフトは「TOKUMA VIDEO」のレーベルで徳間書店が発売元、販売元は徳間ジャパンが担っていた。徳間によって発売されたジブリの旧作品についても「ジブリがいっぱいCOLLECTION」シリーズとしてVHSおよびDVDビデオで順次発売されている。DVDビデオ・Blu-ray Discビデオについては、本編以外に絵コンテ集などの特典映像が収録されたディスクを含んだセルパッケージで発売されるタイトルがある。(レンタルDVD仕様は本編ディスクのみ)

なお、レーザーディスクソフトにおいては徳間との関係が継続されたため、1998年発売の「もののけ姫」については徳間からの発売・販売となった。

ジブリライブラリー[編集]

ジブリ学術ライブラリー
過去に放送されたドキュメンタリー番組や過去に公開されたノンフィクション映画のビデオを販売するレーベル。他社が制作した作品が中心である。
NHK特集 人間は何を食べてきたか』(NHK制作)、『柳川堀割物語』(高畑勲監督)、『堀田善衞 時代と人間』(日本放送協会制作)など。
ジブリCINEMAライブラリー
他社が制作した映画のビデオを販売するレーベル。「三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー」に移管された作品もある。
ダーク・ブルー』(ヤン・スヴェラーク監督)、『キリクと魔女』(ミッシェル・オスロ原作・脚本・監督)など。

音楽[編集]

スタジオジブリレコーズ
徳間ジャパンコミュニケーションズ(現在は第一興商子会社)と提携して設立したレーベル。主にスタジオジブリ作品のサウンドトラックと主題歌を含んだアルバムCDをリリース。以前は「アニメージュレコード」レーベルで事業を行っていた。2006年の「ゲド戦記」より主題歌制作とシングルCD発売についてはヤマハ・ミュージック・コミュニケーションズに移管された。

出版[編集]

文春ジブリ文庫
文藝春秋、2013年4月創刊で毎月刊。宮崎駿・高畑勲自身の著作の再刊や、新装版(過去に徳間書店のシネマ・コミックや同〈アニメージュ文庫〉などで出版された書目)に加え、作品論「ジブリの教科書」などオリジナル出版も行っている。

服飾[編集]

仕立屋スタジオジブリ
プライムゲート社がスタジオジブリとGHIBLIブランドの洋服および服飾小物の企画・製造・販売のライセンス契約を締結し、2004年秋冬から販売開始したメンズ・ブランド。イメージモデルは、『紅の豚』の主人公、ポルコ・ロッソ。本物志向の40歳代以上の男性がターゲットである。

作品一覧[編集]

劇場アニメーション長編[編集]

# 公開日 タイトル 制作(配給) 原作 脚本 監督 絵コンテ 作画監督 時間 備考
1 1986年8月2日 天空の城ラピュタ 徳間書店
スタジオジブリ
東映
宮崎駿 丹内司 124分
2 1988年4月16日 となりのトトロ 徳間書店
スタジオジブリ
東宝
佐藤好春 86分 2本立て
3 火垂るの墓 新潮社
スタジオジブリ
(東宝)
作:野坂昭如
画:永田力
高畑勲 近藤喜文
百瀬義行
保田夏代
88分
4 1989年7月29日 魔女の宅急便 徳間書店
ヤマト運輸
日テレ
スタジオジブリ
(東映)
作:角野栄子
画:林明子
宮崎駿 宮崎駿
近藤喜文
大塚伸治
近藤勝也
近藤喜文
102分
5 1991年7月20日 おもひでぽろぽろ 徳間書店
日テレ
博報堂
スタジオジブリ
(東宝)
作:岡本螢
画:刀根夕子
高畑勲 高畑勲
百瀬義行
近藤勝也
近藤喜文
佐藤好春
119分
6 1992年7月18日 紅の豚 徳間書店
JAL
日テレ
スタジオジブリ
(東宝)
宮崎駿 賀川愛
河口俊夫
93分
7 1994年7月16日 平成狸合戦ぽんぽこ 徳間書店
日テレ
博報堂
スタジオジブリ
(東宝)
高畑勲 高畑勲
百瀬義行
大塚伸治
賀川愛
河口俊夫
箕輪博子
119分
8 1995年7月15日 耳をすませば 柊あおい 宮崎駿 近藤喜文 宮崎駿
近藤喜文
高坂希太郎 111分 同時上映『On Your Mark
9 1997年7月12日 もののけ姫 徳間書店
日テレ
電通
スタジオジブリ
(東宝)
宮崎駿 安藤雅司
高坂希太郎
近藤喜文
133分
10 1999年7月17日 ホーホケキョ となりの山田くん 徳間書店
スタジオジブリ
ウォルト・ディズニー・カンパニー
日テレ
博報堂
松竹
いしいひさいち 高畑勲 百瀬義行
田辺修
小西賢一 104分
11 2001年7月20日 千と千尋の神隠し 徳間書店
スタジオジブリ
ウォルト・ディズニー・カンパニー
日テレ
電通
東北新社
三菱商事
(東宝)
宮崎駿 安藤雅司
高坂希太郎
賀川愛
125分
12 2002年7月20日 猫の恩返し 徳間書店
スタジオジブリ
ウォルト・ディズニー・カンパニー
日テレ
博報堂
三菱商事
(東宝)
柊あおい 吉田玲子 森田宏幸 井上鋭
尾崎和孝
稲村武志
山森英司
田村篤
山下明彦
75分 同時上映『ギブリーズ episode2
13 2004年11月20日 ハウルの動く城 徳間書店
スタジオジブリ
ウォルト・ディズニー・カンパニー
日テレ
電通
三菱商事
(東宝)
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 宮崎駿 稲村武志
高坂希太郎
山下明彦
119分
14 2006年7月29日 ゲド戦記 スタジオジブリ
ウォルト・ディズニー・カンパニー
日テレ
電通
博報堂DYメディアパートナーズ
三菱商事
(東宝)
作:アーシュラ・K・ル=グウィン
案:宮崎駿
丹羽圭子
宮崎吾朗
宮崎吾朗 宮崎吾朗
山下明彦
稲村武志
二木真希子
米林宏昌
山形厚史
116分
15 2008年7月19日 崖の上のポニョ 宮崎駿 近藤勝也
高坂希太郎
賀川愛
稲村武志
山下明彦
101分
16 2010年7月17日 借りぐらしのアリエッティ スタジオジブリ
ウォルト・ディズニー・カンパニー
日テレ
電通
博報堂DYメディアパートナーズ
三菱商事
ワイルドバンチ
(東宝)
メアリー・ノートン 宮崎駿
丹羽圭子
米林宏昌 賀川愛
山下明彦
中村勝利
小野田和由
横田匡史
廣田俊輔
山形厚史
94分
17 2011年7月16日 コクリコ坂から スタジオジブリ
ウォルト・ディズニー・カンパニー
日テレ
電通
博報堂DYメディアパートナーズ
三菱商事
(東宝)
作:高橋千鶴
画:佐山哲郎
宮崎吾朗 稲村武志
高坂希太郎
山下明彦
山形厚史
廣田俊輔
91分
18 2013年7月20日 風立ちぬ スタジオジブリ
ウォルト・ディズニー・カンパニー
日テレ
電通
博報堂DYメディアパートナーズ
三菱商事
KDDI
(東宝)
宮崎駿 高坂希太郎 126分
19 2013年11月23日 かぐや姫の物語 作:「竹取物語
案:高畑勲
高畑勲
坂口理子
高畑勲 高畑勲
田辺修
百瀬義行
佐藤雅子
笹木信作
橋本晋治
小西賢一 137分
20 2014年7月19日 思い出のマーニー ジョーン・G・ロビンソン 丹羽圭子
安藤雅司
米林宏昌
米林宏昌 安藤雅司 103分

テレビアニメ[編集]

放映日 タイトル 原作 脚本 監督 絵コンテ 作画監督 時間 放映局 備考
1993年5月5日 海がきこえる 氷室冴子 丹羽圭子 望月智充 近藤勝也 73分 日本テレビ系列 1993年12月25日から中野武蔵野ホールにて上映
2000年4月8日 ギブリーズ 百瀬義行 不明 15分 日本テレビ系列

アニメーション短編[編集]

タイトル 監督 公開年 備考
On Your Mark 宮崎駿 1995年 同時上映『耳をすませば
フィルムぐるぐる 宮崎駿 2001年
くじらとり 宮崎駿 2001年
コロの大さんぽ 宮崎駿 2002年
めいとこねこバス 宮崎駿 2002年
空想の空飛ぶ機械達 宮崎駿 2002年
空想の機械達の中の破壊の発明 庵野秀明 2002年
ギブリーズ episode2 百瀬義行 2002年 同時上映『猫の恩返し
ポータブル空港 百瀬ヨシユキ 2004年 同時上映『キューティーハニー
space station No.9 百瀬ヨシユキ 2005年
空飛ぶ都市計画 百瀬ヨシユキ 2005年 同時上映『タッチ
水グモもんもん 宮崎駿 2006年
星をかった日 宮崎駿 2006年
やどさがし 宮崎駿 2006年
ちゅうずもう 山下明彦 2010年
パン種とタマゴ姫 宮崎駿 2010年
たからさがし 不在[8] 2011年

劇場実写長編[編集]

タイトル 監督 公開日 時間 配給
式日 庵野秀明 2000年12月7日 120分 徳間書店
サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS 本広克行 2001年3月17日 130分 東宝

実写短編[編集]

タイトル 監督 公開年 時間 備考
巨神兵東京に現わる 樋口真嗣 2012年 9分
巨神兵東京に現わる 劇場版 樋口真嗣 2012年 10分 同時上映『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q

テレビCM[編集]

その他[編集]

  • 金曜ロードショー』オープニング映像(1997年 - 2009年3月20日、『ジブリがいっぱいSPECIAL ショートショート』に収録)
  • 特上!天声慎吾』オープニング映像(2003年)
  • 24時間テレビ』のTシャツのデザイン(2006年、2010年)
  • 神奈川近代文学館堀田善衞展 スタジオジブリが描く乱世。』(2008年。堀田の作品をモチーフとしたアニメ作品『定家長明』『路上の人』を「もし作るとしたら」という仮定のもとの設定画を、宮崎吾朗、武重洋二、田中直哉等が描いた)
  • キュッキュの大冒険(2011年、ニコニコ動画5周​年記念新サービス発表会の生放送内で放送された)

制作協力[編集]

スタジオジブリも1アニメーション制作会社であり、常に映画を制作しているわけではないので新作映画公開後には様々なアニメの下請けとしてクレジットされる。

テレビシリーズ[編集]

ゲーム[編集]

他にも背景や作画などの制作を担当している作品は複数あるが、ここでは省略する。

ラジオ番組[編集]

他社作品のビデオ化など[編集]

日本国内 歴代ジブリ作品収入ランキング[編集]

日本映画製作者連盟によるデータ。

順位 作品 配給会社 公開年度 配給収入 興行収入 観客動員
1 千と千尋の神隠し 東宝 2001年   3040304億円 23502350万人
2 ハウルの動く城 東宝 2004年   1960196億円 15001500万人
3 もののけ姫 東宝 1997年 1130113億円 1930193億円 14201420万人
4 崖の上のポニョ 東宝 2008年   1550155億円 12001200万人
5 風立ちぬ 東宝 2013年   0925120.2億円 0750
6 借りぐらしのアリエッティ 東宝 2010年   092592.5億円 0750750万人
7 ゲド戦記 東宝 2006年   076576.5億円 0588588万人
8 猫の恩返しギブリーズ episode2 東宝 2002年   064664.6億円 0550550万人
9 紅の豚 東宝 1992年 028028億円 047647.6億円 0304304万人
10 平成狸合戦ぽんぽこ 東宝 1994年 026526.5億円 044744.7億円 0325325万人
11 コクリコ坂から 東宝 2011年   044644.6億円 0355355万人
12 魔女の宅急便 東映 1989年 021521.5億円   0264264万人
13 おもひでぽろぽろ 東宝 1991年 018718.7億円   0216216万人
14 耳をすませばOn Your Mark 東宝 1995年 018518.5億円   0208208万人
15 ホーホケキョ となりの山田くん 松竹 1999年 00797.9億円   0115115万人
16 となりのトトロ火垂るの墓 東宝 1988年 00595.9億円   008080万人
17 天空の城ラピュタ 東映 1986年 00585.8億円   007777万人

※日本では、1999年まで配給収入が用いられてきたが、2000年から興行収入に切り替わっている。

評価[編集]

日本国内での評価[編集]

日経BPコンサルティングが2001年から毎年実施している「ブランド・ジャパン」のコンシューマー市場調査結果によると、スタジオジブリは2002年から2006年まで「消費者から最も評価されているブランド」の上位5位以内に毎年ランクされていた。「共感するブランド」部門では、2002年から5年連続で第1位に選ばれている。

  • 2002年 第3位
  • 2003年 第4位
  • 2004年 第5位
  • 2005年 第2位
  • 2006年 第1位
  • 2007年 第12位
  • 2008年 第2位
  • 2009年 第4位
  • 2010年 第3位
  • 2011年 第8位
  • 2012年 第12位
  • 2013年 第5位

電通ヤング・アンド・ルビカムが、2007年6-7月期に実施したブランドに関する世界最大の消費者調査 「ブランド・エナジー」パワーランキングにおいて、スタジオジブリは第2位に選ばれた。

日本国外での作品公開と評価[編集]

ベルリン国際映画祭の金熊賞、アカデミー賞アニメーション部門(『千と千尋の神隠し』)やヴェネツィア国際映画祭の金のオゼッラ賞(スタジオジブリの技術に対する評価)で受賞するなど、国際的にも高い評価を受けているジブリ映画であるが、そこに至る道のりは平坦ではなく、現在もその評価は一様ではない。

ジブリ作品は早くから日本国外の映画祭に何度も出品したが、一般大衆レベルでジブリのアニメ映画が早くから受容されていたのは香港である。1987年6月に『天空の城ラピュタ』が『天空之城』の題で公開され、興行収入はその年の香港における外国語映画2位となる1300万香港ドルのヒットとなった。1988年2月には『風の谷のナウシカ』が『風之谷』の題で興行収入1070万香港ドル、1988年7月に『となりのトトロ』が『龍猫』として1100万香港ドルの興行収入を挙げた。いずれも1997年時点で香港における日本映画の上位に食い込む好成績だった。以後も『魔女宅急便』が1990年に公開されるなど、スタジオジブリ作品は香港で上映されていった[9]

その後、ジブリ映画はニューヨーク近代美術館 (MoMA) などで回顧展が開かれたり[10]、『千と千尋の神隠し』が映画批評を集計するサイト、Rotten Tomatoes[11])でほぼパーフェクトに近い点を記録したり、アカデミー賞(アニメーション部門)を受賞したり、国際的なフランス人漫画家メビウスが自分の娘にナウシカと命名したり[12] と高い評価を受ける一方、『ゲド戦記』の原作者で小説家でもあるアーシュラ・K・ル・グウィンは、本作の原作改変部分やディティールの弱い絵などに強い違和感を示した[13]

フランスでも宮崎アニメの正式な紹介は遅れ、1993年のアヌシー国際アニメーション映画祭では『紅の豚』が長編部門の作品賞を受けるものの、1995年の劇場公開では興行的に惨敗した。

アメリカにも『風の谷のナウシカ』が輸出されているが、配給権を得たのは低予算C級映画で知られるロジャー・コーマン配下の会社であった。116分の本編は95分にカット、ストーリーも大幅に改竄されて『風の戦士たち(Warriors of the Wind)』と題して、アメリカ国内で短い期間劇場公開された後にビデオで販売され、更にはヨーロッパ各国にも転売された(風の谷のナウシカの「日本国外版」も参照のこと)。この『風の戦士たち』は宮崎アニメファンたちの間では悪評が高い[14]。このアメリカ向け短縮版は宮崎駿に無断で作成されたものだったが、この一件で宮崎駿とスタジオジブリは自社作品の輸出に当たってはノーカット公開を要求するようになった。

その後のアメリカでは、1989年に『天空の城ラピュタ』が小規模な劇場公開があったが[15]、欧米では本格的な劇場公開は行われず、正規ルートでのビデオ発売も遅れたため、不法コピーの海賊版が出回っていた。

アメリカでの興行収入は、スタジオジブリ作品では借りぐらしのアリエッティが1920万2743ドルで1位[16]崖の上のポニョが1509万399ドルで2位[17]千と千尋の神隠しが1005万5859ドルで3位[18]となっている。これは公開館数の違い(アリエッティ1522スクリーン、ポニョ927スクリーン、千尋714スクリーン)もあるが、借りぐらしのアリエッティのポスタートレーラーは旧来のジブリ作品に比べてディズニー色が強くなっている[19]

声優の配役の特徴[編集]

基本的に(テレビアニメと比較して)制作費の大きい劇場版アニメ映画なので[要出典]声優も大物の実力派が多く起用される。

1980年代までは脇役に俳優が起用されることもありつつ(糸井重里寺田農など)、主役級には主に本業の声優が起用されていたが、1990年代以降の作品では、主役や主役級キャラクターの声は、テレビドラマ等で有名な俳優を多く起用する傾向が顕著となった。これに関しては作品に合う合わないでの選考ではなく一般にも著名なタレントを起用する事で観客動員数を増やす為の「商業目的」である事を鈴木プロデューサーが明かしている[要出典]。また、タレントやアイドルを起用する事による宣伝効果及び観客動員数を増大させる事も目的である事を明言している[要出典]。2014年の思い出のマーニーでは舞台を北海道とした経緯から[要出典]北海道出身の大泉洋などを脇役やガヤとして起用している事からも顕著である。

声優の選考に関して、『千と千尋の神隠し』の完成報告記者会見で宮崎駿は、自分の中のイメージが出来上がった後、プロデューサーが次々に持ってくる声から選んでいると答えている。外国メディアからのインタビューの中では「日本の女性声優はコケティッシュな声の持ち主しかいないし、男性的な視点が欠けている。我々は全く必要としていない」と述べている[20]

『もののけ姫』以後も役名がクレジットされないキャラクターに文学座所属の俳優[21]が多く起用される傾向にある。

後継者の育成[編集]

元々、スタジオジブリは、映画『風の谷のナウシカ』の商業的な成功をきっかけに設立されたプロダクションであり、当初は同作制作の中心人物であった宮崎駿・高畑勲が監督する劇場アニメーション長編の制作を中心業務としていた。そのため社内は常に宮崎と高畑を頂点にして回っている一面があった。しかし、1990年代の時点で宮崎・高畑両監督ともすでにベテランであり、とりわけ国民的映像作家としての地位を固めていた宮崎の後継者の確保はジブリの経営にとっては大きな長期的課題の1つであり、比較的早い段階から様々な試みがなされていた。

1995年7月15日、近藤喜文監督作品『耳をすませば』が公開。近藤はジブリの設立以前から数多くの宮崎・高畑作品を支え、また当時のジブリ作画陣の代表格ともいえる敏腕アニメーターで、同作の成功により宮崎・高畑の最良の後継者と認知されジブリの内外から大きな期待を集める存在になった。しかし、その近藤は1998年1月に47歳で病死してしまう。

その後のジブリでは、長編作品で宮崎と高畑の後釜を担える力量を認められた監督候補として近藤に代わるだけの人材が決定的に不足しており、組織内の人材育成も難航を極めていた。また、それまでも含めて、育成だけではなく、外部からも今までに主に若手・中堅世代で注目したクリエイターを何名か監督候補として招いて制作作業に携わらせているものの、ジブリの社風に馴染めず降板したケースが少なくなかったという。過去には『魔女の宅急便』で片渕須直、『ハウルの動く城』では東映動画から出向していた細田守の降板などが伝えられている。

このような状況を指して、庵野秀明は1996年の時点で既に「宮さん(宮崎)におんぶにだっこのジブリの環境では、後継者は育ちませんよ」[22]と指摘しており、後には当のジブリ経営陣であるはずの鈴木敏夫をして、ジブリは宮崎と高畑の2人のためのスタジオであり、人材が育つわけがないと発言している。鈴木はジブリの若手・中堅世代のアニメーター育成のためにテレコムからベテランアニメーターの大塚康生を招聘したが、その大塚の主なアドバイスは「宮さんの言うことは、右から聞いたら左へ流しなさい。自分の好きなように描け」というものであったといい、前述の近藤はその発言を受け入れたことで頭角を現した1人だったという[23]。近藤没後の2001年、『千と千尋の神隠し』の作画監督をした安藤雅司もまた「ある意味、ジブリを壊していかなくてはいけない」と、ジブリの方法論に従うだけの現状を疎んでおり、実際に製作中ジブリの外からアニメーターを積極的に受け入れるなどしていた[24]

鈴木は2006年、『ゲド戦記』の制作にあたって、当時三鷹の森ジブリ美術館の館長で、それまでアニメーション制作の仕事は実質未経験であった宮崎の息子の宮崎吾朗を監督に起用する人事を行った。これは鈴木が「前提としてジブリの今後を考え、当の鈴木を含め宮崎や高畑勲が高齢であるため」と発表当初のインタビューで述べており、つまりは事実上の「後継者育成」の一策として起用したものであると認めている[25]。しかしこの吾朗の監督起用については、宮崎と鈴木の意見が真っ向から対立しており、2010年末にも鈴木は質疑応答の中で「(宮崎は)いまだに『ゲド戦記』を吾朗くんに撮らせたことについて、僕のことを許していないんですよ」と明かしている[26]

2009年頃からは、宮崎の主導による「スタジオジブリ経営5カ年計画」がスタートした。最初の3年間は若手の起用(企画と脚本だけは宮崎が用意)、最後の2年間は超大作の制作に充てるというプランで、この計画の第1弾としてジブリ生え抜きの米林宏昌の『借りぐらしのアリエッティ』が、第2弾として宮崎吾郎の『コクリコ坂から』が制作された[26]

他方で、鈴木は、経営再建中だった徳間書店の傘下から2005年にジブリが独立した際の資本金が1000万円であったのは、それが宮崎、高畑、鈴木の3人で拠出できる金額であったからで、宮崎と高畑の2人が引退したらジブリも終わるのが基本という旨のことも述べている[27]

歴代社長・経営者[編集]

期間 社長 経営者
1985年6月 1991年7月 徳間康快 原徹
1991年7月 2000年9月 鈴木敏夫
2000年9月 2001年1月 牧田謙吾
2001年1月 2005年3月 松下武義
2005年4月 2008年1月 鈴木敏夫
2008年2月 現在 星野康二
  • スタジオジブリは1997年に徳間書店に吸収合併された。徳間書店は社内カンパニー制を導入していたため、スタジオジブリは徳間書店の一カンパニーとなった。
  • 徳間書店は1999年に事業本部制を導入したため、スタジオジブリは徳間書店の一事業本部となった。

関連人物[編集]

アニメーター・演出家[編集]


美術・彩色等[編集]

製作・制作[編集]

その他[編集]

  • 川上量生 ※株式会社ドワンゴ会長。2011年より会長を続けながらジブリにて見習い

関連展覧会[編集]

ジブリがいっぱい スタジオジブリ原画展
1996年、新宿三越美術館(同年8月31日 - 9月16日)を皮切りに日本全国の三越百貨店で開催された。『風の谷のナウシカ』から『もののけ姫』までの原画が展示された。徳間書店とウォルト・ディズニー・カンパニーとの業務提携およびジブリ作品の世界進出のニュースが大きな話題となった。また1999年7月22日 - 8月10日には、日本橋高島屋で開催された。こちらでは『ホーホケキョ となりの山田くん』までの原画の展示となった。
ジブリがいっぱい スタジオジブリ立体造型物展
2003年6月14日 - 9月7日東京都現代美術館で開催された。『ハウルの動く城』までの世界を立体造型物として再現、公開当時の新聞記事と一体化したディスプレイが展示された。この展覧会では、22万人以上の動員があった。
ジブリの絵職人 男鹿和雄展
2007年7月21日 - 2010年2月7日、東京都現代美術館や松坂屋美術館など計9ヶ所で開催された。東京展では30万人に迫る入場者数を記録した。
スタジオジブリ・レイアウト展
2008年7月26日 - 2011年11月27日、東京都現代美術館やサントリーミュージアム「天保山」など計9ヶ所で開催された。東京都現代美術館では12万5000人以上の動員があった。『崖の上のポニョ』(2010年頃の会場からは『借りぐらしのアリエッティ』も)までの原画・レイアウト約1300点が展示された。
ジブリの動画家 近藤勝也展
2012年7月20日 - 8月26日新居浜市立郷土美術館にて開催されている。

関連施設[編集]

三鷹の森ジブリ美術館
東京都三鷹市
2001年10月1日オープン。スタジオジブリの世界を展示している。毎年内容が変わる企画展も好評で、2006年の『アードマン展』に続き、2007年には『3びきのこぐま展』を開催している。
サツキとメイの家
愛・地球博記念公園 - 愛知万博会場跡地
2005年3月竣工。『となりのトトロ』の草壁家を忠実に再現している。

店舗[編集]

日本各地にジブリクッズを販売する専門店は多数ある。東京駅八重洲口地下の東京キャラクターストリート内にある「どんぐりガーデン」、名古屋市にある「めっせ」、宮崎県日向市宮崎市にある「むさしや」、鹿児島県鹿児島市にある「あみゅの森」、高知県高知市にある「どんぐり共和国」などである。また金曜ロードショー → 金曜ロードSHOW!でジブリ作品を独占的に放映する日本テレビのグッズを扱う日テレ屋でもジブリグッズが発売されている。

一方で、大型アニメショップのゲーマーズアニメイトでは殆どジブリグッズが売られていない(アニメイトではグループ企業のムービックが関わるグッズのみ販売)。

出典[編集]

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  1. ^ a b 2005年(平成17年)2月1日『官報』第4024号29ページ「組織変更公告」
  2. ^ 1997年(平成9年)4月22日『官報』第2122号26ページ「合併並びに資本減少公告」
  3. ^ 臼杵 陽『世界史の中のパレスチナ問題』講談社 2013年
  4. ^ 鈴木敏夫『仕事道楽』岩波書店《岩波新書》、2008年、pp.184 - 185。鈴木は「『ジブリ』という名前を捨てるのは、もう全然気にならない」と記している。
  5. ^ 星野康二「スタジオジブリ新スタジオ“西ジブリ”設立について」『スタジオジブリ - STUDIO GHIBLI - スタジオジブリ新スタジオ “西ジブリ”設立について』スタジオジブリ、2009年3月2日
  6. ^ 中井正裕「スタジオジブリ:トヨタ本社に新スタジオ開設へ――新人アニメーター養成」『スタジオジブリ:トヨタ本社に新スタジオ開設へ 新人アニメーター養成(まんたんウェブ) - 毎日jp(毎日新聞)毎日新聞社2009年3月6日
  7. ^ a b 「世界の優れたアニメーションをお届けします。」『三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー - ジブリ美術館ライブラリーとは…徳間記念アニメーション文化財団
  8. ^ 監督は存在しないが、宮崎が構成を、稲村武志が演出アニメーターをそれぞれ担当している。
  9. ^ 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、p67、p105、p128、p148。
  10. ^ "THE MUSEUM OF MODERN ART PRESENTS FIRST U.S. RETROSPECTIVE OF ACCLAIMED JAPANESE ANIMATION STUDIO"〔PDF〕
  11. ^ ROTTEN TOMATOES
  12. ^ MIYAZAKI MOEBIUS:COUP D'ENVOL 2004年6月12日http://www.animeland.com/articles/voir/618
  13. ^ asahi.com 2006年8月24日http://www.asahi.com/culture/movie/OSK200608240047.html
  14. ^ 『朝日新聞』1985年10月7日の記事によれば、ロサンゼルス国際アニメーション映画祭の長編部門1位になるなどオリジナル版の評価はされていた
  15. ^ 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、p105
  16. ^ The Secret World of Arrietty (2012) - Box Office Mojo” (英語). Box Office Mojo. 2013年6月27日閲覧。
  17. ^ Ponyo (2009) - Box Office Mojo” (英語). Box Office Mojo. 2013年6月27日閲覧。
  18. ^ Spirited Away (2002) - Box Office Mojo” (英語). Box Office Mojo. 2013年6月27日閲覧。
  19. ^ The Secret World Of Arrietty Disney Official Site” (英語). Disney. 2013年6月27日閲覧。
  20. ^ “A god among animators”. guardian.co.uk. http://film.guardian.co.uk/interview/interviewpages/0,6737,1569689,00.html 2010年9月3日閲覧。 
  21. ^ つかもと景子(『もののけ姫』から『ポニョ』まで5作に出演)、斉藤志郎山像かおり山田里奈八十川真由野山本道子山本郁子など(複数作出演者のみ)、洋画 - 韓国ドラマの吹き替えで活躍している顔ぶれが並ぶ。
  22. ^ 『Quick Japan』太田出版、1996年Vol.9。大泉実成編集『庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン』太田出版、1997年に再録。
  23. ^ ほぼ日刊イトイ新聞 - ジブリの仕事のやりかた。
  24. ^ 『ロマンアルバム 千と千尋の神隠し』 p75-82
  25. ^ 世界一早い「ゲド戦記」インタビュー 鈴木敏夫プロデューサーに聞く”. yomiuri.co.jp. 2008年10月5日閲覧。
  26. ^ a b 宮崎駿監督、「コクリコ坂から」吾朗監督に「映画監督は2本目が大事」”. eiga.com (2010年12月16日). 2011年2月12日閲覧。
  27. ^ 「ザ・要注意人物 鈴木敏夫」『サイゾー』インフォバーン、2006年6月号

外部リンク[編集]