TBSテレビ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
東京放送ホールディングス(TBSHD) > TBSテレビ
株式会社TBSテレビ
Tokyo Broadcasting System Television, Inc.
TBSロゴ
TBS headquarters 2013.JPG
TBSテレビ本社が所在するTBS放送センター
種類 株式会社
略称 TBS
本社所在地 日本の旗 日本
107-8006[1]
東京都港区赤坂5丁目3番6号
TBS放送センター
設立 2000年3月21日
(株式会社TBSエンタテインメント[2]
業種 情報・通信業
事業内容 放送法に基づくテレビジョン放送事業
代表者 代表取締役会長 井上弘
代表取締役社長 石原俊爾
資本金 3億円(2012年3月31日現在)
売上高 2,131億7,200万円(2013年3月期、単体)
営業利益 53億7,600万円(2013年3月期、単体)
純利益 39億1,600万円(2013年3月期、単体)
純資産 2,340億6,900万円(2012年3月期、単体)
総資産 2,798億5,600万円(2012年3月期、単体)
決算期 毎年3月31日
主要株主 東京放送ホールディングス 100%
外部リンク http://www.tbs.co.jp/(トップページ)
http://www.tbs.co.jp/company/(会社の情報)
特記事項:
  • 2004年10月1日に 当時の株式会社TBSエンタテインメントが株式会社TBSライブならびに株式会社TBSスポーツと合併し現商号に変更。
  • 2009年4月1日、東京放送ホールディングスからテレビ放送免許承継、テレビ放送事業及び文化事業の現業一切を分割された。
テンプレートを表示

株式会社TBSテレビ(ティービーエステレビ、: Tokyo Broadcasting System Television, Inc.)は、関東広域圏放送対象地域としてテレビジョン放送を行う特定地上基幹放送事業者である。 また、スカパー!プラットフォームとしてTBSニュースバードTBSチャンネルの放送を行う衛星一般放送事業者赤坂サカスを業務区域とするエリア放送地上一般放送事業者でもある。 略称はTBS東京放送ホールディングス(以下TBSHD)の連結子会社である。

本項目では、法人としての株式会社TBSテレビ、および地上基幹放送局としての「TBSテレビ」、「TBSテレビジョン」について記述する。

概要[編集]

TBSテレビ
英名 Tokyo Broadcasting System Television, Inc.
放送対象地域 関東広域圏
東京都茨城県栃木県群馬県埼玉県千葉県神奈川県
ニュース系列 JNN
番組供給系列 TBSネットワーク
略称 TBS
愛称 TBS
呼出符号 JORX-DTV
呼出名称 TBSデジタルテレビジョン
開局日 1955年4月1日
本社 〒107-8006
東京都港区赤坂5-3-6
TBS放送センター
北緯35度40分18.35秒
東経139度44分4.09秒
座標: 北緯35度40分18.35秒 東経139度44分4.09秒
演奏所 本社と同じ
リモコンキーID 6
デジタル親局 東京 22ch
アナログ親局 東京 6ch
ガイドチャンネル 6ch
主なデジタル中継局 中継局参照
公式サイト TBS
特記事項:
2001年9月までラテ兼営、サインはJOKR。
2009年4月1日、東京放送ホールディングスからテレビジョン放送免許を承継。
テンプレートを表示
TBSテレビ
未来の子どもたちに今、テレビが伝えられること。TBS6ch
基本情報
略称(愛称) TBS
運営(番組供給)事業者 株式会社TBSテレビ
本社(本部) 〒107-8006
東京都港区赤坂5-3-6
TBS放送センター
ジャンル 地デジ難視対策衛星放送
放送内容 地上デジタル放送サイマル放送(マルチ編成の場合は主番組のみ)
視聴料金 無料
衛星基幹放送(BSデジタル放送)
放送事業者 社団法人デジタル放送推進協会
チャンネル番号 Ch.296
物理チャンネル BS-17ch
放送開始 2010年3月11日
放送終了 2015年3月31日終了予定
公式サイト
特記事項:
地デジ難視対策衛星放送対象リスト(ホワイトリスト)に掲載された地区のみ視聴可能。

1955年4月1日、ラジオ東京(開局当時の社名)は民間放送で2番目にテレビ放送を開始し、同時に東京で唯一のテレビ・ラジオ兼営局となった(2001年に分社化)。当時のラジオ東京はニュースネットワーク(JNN)を形成するにあたって新聞色の払拭を進めたことで、多くの地方局をJNNへ取り込むことに成功し、強力な報道体制を確立した。

2009年3月までは、放送免許は親会社の東京放送が保有していたため、厳密には「放送事業者」ではなく「テレビ番組制作会社」であり、日本民間放送連盟(民放連)に加盟していなかった。

同年4月1日付で東京放送(同日に「株式会社東京放送ホールディングス」に商号変更)が分割され、テレビ放送免許の承継を含むテレビ放送事業と、赤坂サカス赤坂BLITZといった各種施設の運営や催事等の文化事業を吸収し、略称を「TBS」に変更。一般放送事業者(現・民間特定地上基幹放送事業者)となり、民放連にも加盟した。その他、TBSラジオ&コミュニケーションズ(TBSラジオ)から同社送信所埼玉県戸田市)の保守管理業務を受託している。

沿革[編集]

テレビ放送参入までの歴史についてはTBSラジオ&コミュニケーションズ#沿革を参照

  • 1955年(昭和30年)4月1日、ラジオ東京(後のTBSラジオ&コミュニケーションズ。現・東京放送ホールディングスの起源)が東京都港区赤坂一ツ木町(現在地)で地上アナログテレビジョン放送の本放送開始(コールサインJOKR-TVチャンネル6、映像出力10kW、音声出力5kW。送信所も同所。なお世間一般には、新聞のテレビ欄表記から「KRテレビ」や「ラジオ東京テレビ」と呼ばれていた。)。
  • 1958年(昭和33年)5月29日、在京民放で初めて米アンペックス社製の2インチVTRが2台導入される(当時の金額で1台2500万円だった。)。
  • 1958年(昭和33年)6月8日、同局初のVTRを使った番組「ナショナル日曜観劇会」『デン助の裏町人情』が放送される[3]。これを契機に、同局のVTRを使った番組が増加する[4]
  • 1958年(昭和33年)10月31日、同局初のVTRを使ったテレビドラマ『私は貝になりたい』(橋本忍脚本、加藤哲太郎題名・遺書、岡本愛彦演出。VTRは前半で使用し、後半は生放送)を放送。大反響を呼び、この年の芸術祭大賞を受賞した(番組は全編ビデオテープにて現在も保存されており、同局に残された最古の番組アーカイブとされている。)。
  • 1959年(昭和34年)8月1日、皇太子ご成婚パレード中継での取材協力を機に、NHKに対抗する日本初のニュースネットワークとして「JNN(Japan News Network)」を結成。
  • 1960年(昭和35年)1月17日、テレビ送信所を赤坂から東京タワーに移転。映像出力50kW、音声出力12.5kWに増力。当時の赤坂送信所に使われていたアンテナの頂部エレメントは現在、正門前に記念碑として設置されている。
  • 1960年(昭和35年)9月10日、カラーテレビ本放送を開始(カラー放送は開始当初1日平均5分のフィルムによる番組しか行っておらず、カラーVTRを同社はまだ使っていなかった。ちなみにNHK、日本テレビと共に東京地区では初だった)。
  • 1960年(昭和35年)10月、ラジオ東京が東京証券取引所第一部に株式上場
  • 1960年(昭和35年)11月29日株式会社東京放送と商号変更し、略称をTBSとする。この頃、「東京テレビ」「東京ラジオ」という呼称を採用したものの、定着には至らなかった。
  • 1961年(昭和36年) この年、開局10周年を記念して、『TBSソング』が作られ、非売品のソノシートに吹き込まれた。なお、作詞・歌は今井メイコ、作曲は今井メイコの夫が担当した。このTBSソングは、「社史」に掲載されていない。
TBS 旧筆記体ロゴ
  • 1961年(昭和36年)8月、業務用マーク制定。(原案:今道潤三、制作:市川景)。電波のイメージと筆写体の「TBS」をアレンジしたもので、CI導入の1991年まで長く使用された。
  • 1961年(昭和36年)9月、コーポレートカラー「光の3原色(青・赤・緑=能力・熱意・責任)」制定。車両の塗装等に使用開始。
  • 1961年(昭和36年)10月、「光の3原色」による社旗、社章(バッジ)制定。
旧社屋竣工当時の外観(1961年)
補足

TBSテレビジョン(東京放送)の新聞ラ・テ等番組表のおける表記は、ラジオ東京時代(1955年4月1日-1960年11月28日)は「KRテレビ」(←JOKR-TV)、東京放送に商号変更後の1960年11月29日から1961年11月30日までは「東京テレビ」(東京放送テレビ)としていたが、「TBS」に対外呼称を統一した1961年12月1日以降は「TBSテレビ」となっている。

特色[編集]

1963年にはゴールデンタイムの年間視聴率で第1位となり、1981年までの19年間に亘ってトップを維持した。この19年連続年間視聴率1冠以上獲得の記録は在京キー局では現在も破られていない[16]。この頃のTBSは「キー局の雄」や「民放の雄」などと称され、日本の民間放送界をリードする存在であった。1978年には民放史上初の年間視聴率三冠王(ゴールデン・プライム・全日でトップ)を達成している。また1970年代には『8時の空』という10分間の気象情報番組で、各地の天気カメラを繋ぐ「お天気カメラリレー」を開始させた。

1982年に年間視聴率三冠王を達成したフジテレビに民放トップの座を明け渡したが、その後も金曜日・土曜日の夜7時・8時枠など曜日別・時間別や上期・下期の視聴率ではフジを抜いて民放トップになる事も多く[17]、視聴率首位に躍り出たフジテレビと首位争いを続けていた。しかし、1990年には年間視聴率2位の座も日本テレビに奪われてしまい、その勢いに陰りが見え始めた。その後は首位争いに絡む事もなくなり、日本テレビの躍進やTBSビデオ問題の発覚などにより年間視聴率も3位が定位置となる。更に『総力報道!THE NEWS』を放送していた2009年度は多くの番組が低迷するなど、危機的状況に陥る。最近では「冬の時代」と言われており、年間視聴率が万年4位だったテレビ朝日をも下回るばかりかNHK総合テレビ東京をも下回ることが多い。このため起死回生を図ろうと後述の大型改編を1980年代後半から他局と比して頻繁に行っているが、それが裏目に出るなど年間視聴率でも最下位の可能性とともに「勝てないTBS」となっていて、さらなる低迷を促す悪循環に陥る事態になっている。そしてこれら長年の経営戦略ミスが続いた結果、2012年にはついに単体売上高までテレビ朝日に抜かれてしまった[18]。これにより年間視聴率・売上高共に民放キー局4位に転落となり、名実共に「振り向けばテレビ東京」となってしまった。

かつては報道番組(『JNN報道特集』や『中村敦夫の地球発22時』は有名)やテレビドラマが高い人気を誇り、「報道のTBS」や「ドラマのTBS」という異名で知られていた。現在でも報道番組やテレビドラマの制作を得意としている。

労働組合の力が強いことで知られ、労使交渉がまとまらなければ番組を担当するアナウンサーもストライキに入ることがある。2009年3月13日には、『ピンポン!』『2時っチャオ!』『イブニング・ファイブ』など各番組の担当アナウンサー(メイン司会も含む)が視聴者に説明もないまま欠席したため、担当番組を管理職のアナウンサーや外部のフリーアナウンサーが代行出演し穴埋めをした。この他にも赤坂本社内のスタジオ(報道用のNスタとTBSニュースバード用のBSスタは除く)については、労組との深夜労働に関する取り決めの関係から、事前に延長使用届を提出していない場合は24時(午前0時)に強制的に照明の電源が落とされる措置がとられている。

2003年からの新卒・中途採用は全て東京放送の子会社であるTBSテレビで行っており、2005年度以降の入社組は2004年度以前の入社組(東京放送入社組)とは全く異なる給与体系[19]となっている。また、TBSテレビ社員は東京放送社員とは違い家族手当や扶養手当もなく、同じ歳・同じ仕事内容でも年収は3割以上の差があると言われている[20]。現在では東京放送入社組も大半がTBSテレビへ転籍したが二重給与体系は未だに解消しておらず、TBS労組はこれを問題視している。2012年6月には給与体系統一へ向けての労使交渉が開始した[21]が、1年以上経った現在も給与体系統一の目処は立っていない。

日本の民放テレビ局では最後まで消費者金融会社のコマーシャル(CM)を解禁していなかったが、2001年4月1日を以て解禁した。宗教関連では積極的にテレビCMを展開している新宗教団体・創価学会とその関連団体のCMを、同団体を支持母体に持つ公明党と学会本体の主催および後援・協賛イベントのCMを除いて開局以来一貫して放送されていなかったが、2010年9月5日から一部番組のスポンサードネットで聖教新聞のCMをPT扱いで放送するようになった。なお学会本体および学会直系の学校法人創価大学のCMは2012年3月まで放送されていなかったが、同年4月から放送が開始されたMBS制作枠の全国ネット番組のナショナルスポンサーとしてTBSでも放送されるようになった。創価大学を出稿者として認めていないのは当局が全国唯一であった。

文字多重放送による字幕放送対応のバラエティ・情報番組が1990年代から深夜番組でも2000年代後半から当局でも数多く放送されているが、2009年頃から制作費削減のため、字幕放送を行っているレギュラー番組(ドラマ除く)では週によって行う場合と行わない場合がある。ただし、深夜に字幕放送対応している番組に関しては毎週行っている。バラエティ番組の生放送リアルタイム字幕放送を行う場合もある。

在京キー局では唯一リアルタイム字幕放送以外での文字多重放送で句点(。)を使用していない[22]

2014年11月現在、MBS共同制作やCBC制作を含めて一社提供番組が7本存在しており、特に土曜や日曜の30分番組に集中している。その中には『日立 世界・ふしぎ発見!』のように長寿番組化されているものもある。

芸能プロダクションではホリプロとの関わりが強い。テレビドラマ赤いシリーズ』をはじめ、古くから番組制作に関わっており、同じくホリプロとの関わりが深いテレビ朝日と並んで同プロダクションが制作および制作協力した番組が多い(ホリプロの制作番組一覧も参照)。

制作番組[編集]

報道・情報番組[編集]

報道は開局当初から積極的に力を入れてきた分野であり、現在に至るまでTBSの看板的存在となっている。現在、『Nスタ』、『NEWS23』、『報道LIVE あさチャン!サタデー』、『報道特集』、『サンデーモーニング』などのニュース番組を報道局が制作し、『あさチャン!』、『ひるおび!』、『新・情報7days ニュースキャスター』などの情報番組を情報制作局が制作している。

一方で、ゴールデンタイムやプライムタイムでは、過去に『JNNニュース22プライムタイム』や『総力報道!THE NEWS』などの大型報道番組を放送していた時期があったが、何れも短期間で終了している。

スポーツ[編集]

2002年から2011年まで、親会社の東京放送ホールディングスプロ野球横浜ベイスターズの運営母体を務め、同局ではベイスターズの試合を中継する傍ら、関連番組も制作していた。2012年以降、球団はDeNAに譲渡されたが、引き続きTBSの資本が残るため、テレビ中継に必要な放送権は維持されている。

古くから格闘技中継に積極的である。ボクシングでは、1960年代に極東ボクシングクラブとの提携で『東洋チャンピオンスカウト』を放送。1978年に協栄ボクシングジム主催の元『ガッツファイティング』と題した中継枠を設け、以降、具志堅用高鬼塚勝也佐藤修坂田健史など同ジムに所属するボクサーの世界タイトル戦やその前哨戦を中継している。また、2000年頃から浪速のボクシング兄弟として地元で話題になっていた「亀田三兄弟」に密着取材するようになり、彼らがプロデビューして間もない2004年以降はTBSが独占的に試合の模様を中継している。現在ボクシング中継の中心に据えているのは、井岡弘樹の甥で、日本人選手最短となるプロ11戦目での2階級制覇を達成した井岡一翔

その他の格闘技では、1960年代後半にキックボクシングのテレビ放映にいち早く乗り出し、ブームに大きく貢献。1968年から1974年まで国際プロレス(『TWWAプロレス中継』)の中継を実施し、1990年代前半には、高田延彦が創設したプロレス団体・UWFインターナショナルの試合の模様を中継していた。2001年の大晦日、立ち技格闘技『K-1』や総合格闘技PRIDE』などで活躍する選手が一堂に会した格闘技イベント『INOKI BOM-BA-YE』を放映、『NHK紅白歌合戦』の裏で15%以上の視聴率を獲得し健闘した。2002年からはK-1の中軽量級部門『K-1 WORLD MAX』も放映。2003年には『K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!』の瞬間最高視聴率が43.0%を記録、民放の裏番組として初めて紅白歌合戦の視聴率を超える快挙を達成[23]したが、格闘技ブームの終焉に伴い、2010年を最後にこれらの格闘技中継から撤退している。

1997年からは世界陸上競技選手権大会(世界陸上)の国内独占放送権を獲得しており、同年のアテネ大会以降の大会を全て放送している。またTBSは世界陸上の主催団体である国際陸上競技連盟(IAAF)のオフィシャルスポンサーも務めている他、日本で毎年開催されるゴールデングランプリ陸上も放送している。

Jリーグ(日本プロサッカーリーグ)とは2002年以後放映権を取得し、地上波では不定期で、BSBS-TBS(旧BS-i)とCSTBSチャンネルでは毎週生中継をしていたが、スカパー!e2のBS放送強化などによる移行・特化を理由にBS-TBSでの定期放送は2011年で終了。2012年からはスカパー!からサブライセンスを受ける形で、TBSチャンネルと一部地上波のみの中継になった。

国内の民放で唯一、アジア太平洋放送連合(ABU)に正会員として加盟しているため、NHKとともにアジア競技大会を中継している。

バラエティ・音楽番組[編集]

1959年旅番組の草分けとなる『兼高かおる世界の旅』がスタートする(1990年終了)。

大掛かりなセットを組んでコントやゲーム番組を行うことに強みを持っており、古くは『8時だョ!全員集合』や『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』、『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』、『関口宏の東京フレンドパークII』などがある。特に1990年代以降は『筋肉番付シリーズ』が人気を博し、そこから派生した『SASUKE』は「Ninja Warrior」(ニンジャ ウォーリアー)のタイトルで海外でも放映され、高い人気を得ている。

音楽番組においても『ロッテ歌のアルバム』、『ザ・ベストテン』などヒット番組を生んでいる。また、1959年から始まった日本レコード大賞を開始当初から放送しており(番組としては『輝く!日本レコード大賞』、生放送になったのは1969年以降)、この成功に刺激を受ける形で他局が同様の歌謡賞を設けるなどの影響を与えた。近年では『ベストテン』『レコ大』などの映像資産を活用した懐メロ番組が多く見られるようになった。

教養系のバラエティ番組も多く、特に『わくわく動物ランド』や『どうぶつ奇想天外!』の流れをくむ動物や科学を扱った番組は現在も途切れることなく制作されている。

ドラマ[編集]

テレビドラマは内外からの評価が高く、テレビ関係の賞も多く受賞している。テレビ黎明期の1958年に制作された単発ドラマ『私は貝になりたい』の大ヒットで、ドラマ分野は報道番組と並んでTBSの看板となり、「ドラマのTBS」と称された。1960年代から1970年代にかけては『肝っ玉かあさん』、『ありがとう』、『時間ですよ』、『寺内貫太郎一家』などのホームドラマが人気を博す。

1986年に制作された『男女7人夏物語』は、1980年代末期から1990年代初頭にかけて大ブームとなった「トレンディドラマ」の根幹を築いた作品となり、この手法は同年代のフジテレビのドラマ制作にも生かされるきっかけとなった。

1990年代に入ると、フジテレビと同様にヒットした連続ドラマを映画制作に繋げる流れが多くなり、数十億円の興行収入を上げた作品も少なくない。

アニメ・特撮[編集]

日本のテレビ局による国産テレビアニメへの参入はTBSが国内初であり、1961年に『インスタントヒストリー』でアニメーションに参入した。

1960年代後半は『オバケのQ太郎』、『パーマン』、『怪物くん』など藤子不二雄原作の作品が多く放送されていた。

近年はアニメの制作に消極的であり、1992年9月にゴールデンタイムで放映されていた『DRAGON QUEST -ダイの大冒険-』が終了。MBS制作分の『まんが日本昔ばなし』を除けば、在京キー局でいち早くゴールデンタイムからアニメ枠を撤退させた。2003年4月に、火曜19時枠に『探偵学園Q』の放送を開始し、およそ12年振りにゴールデンタイムにアニメ枠を復活させたが、わずか半年で土曜夕方ローカルセールス枠に異動となっている。2000年代以降で1年間放送されたTBS製作のアニメは、『RAVE』、『GetBackers-奪還屋-』の2つだけである(一部地域で半年で終了した『探偵学園Q』は除く)。また、2009年10月よりTBS系列東名阪ネットで再放送された『魔法少女リリカルなのはA's』は、「元はUHFアニメとして放送された作品をキー局で再放送する」という異例の形(史上初)で放送された。2000年代以降はTBSが製作するテレビアニメ番組は自局または持分法適用会社のBSデジタルテレビ放送局・BS-TBS(旧BS-i)の、共に深夜枠(深夜アニメ)がほとんどである(2004年10月期以降はTBSでは基本的に木曜深夜2枠体制となっているが、火曜深夜にも臨時的に枠を設ける場合がある(JNN全28局ネットだった『けいおん!!』など))。

そんな中、TBS(JNN)ネットワークのアニメ番組を長年支えてきたのは、アニメ制作に積極的な在阪準キー局の毎日放送(MBS、毎日新聞社との資本関係は様々な経緯から現在は解消している)である。前述の『まんが日本昔ばなし』をはじめ、『機動戦士ガンダムSEED』以降のガンダムシリーズや『鋼の錬金術師』などの作品を制作し、ヒットに導いている。

アニメ制作には消極的な一方で、2001年夏より自社製作作品の宣伝を兼ねたイベントとして「TBSアニメフェスタ」を毎年開催。コミックマーケットにもTBS(アニメ)ブースを出展している。

TBSが制作していた特撮番組としては、円谷プロダクション制作の『ウルトラシリーズ』が有名だが、平成以降は、ウルトラマンティガウルトラマンコスモス(平成ウルトラマンシリーズ)はMBS、ウルトラマンネクサス以降はCBCが制作した。ウルトラマンフェスティバルなどのウルトラマン関連のイベントにも関わっているが2010年代以降からは、前述ウルフェスは、TBSラジオ主催へと変更になっている。

腸捻転解消以降、『仮面ライダーシリーズ』(仮面ライダーストロンガー仮面ライダーBLACK RXまで)をMBS制作の下に放映していたが、平成仮面ライダーシリーズからは、シリーズを共同制作する東映が大株主であり、初代シリーズから仮面ライダーアマゾンまでをMBSからネット受けしていたテレビ朝日が制作・放送している。

大型番組改編[編集]

1987年[編集]

この年に行われた大改編は報道番組が中心であった。

1987年10月、帯ニュース番組『JNNニュース22プライムタイム』を開始させる。これに伴い、1984年から18時30分 - 19時20分というゴールデンタイムに食い込む形で放送されていた夕方全国ニュース『JNNニュースコープ』が再び19時までの放送時間へと縮小された。また、最終便ニュース『ネットワーク』も終了した。

放送時間の確保のため、平日22時に放送されていた『月曜ロードショー』(21時からの2時間枠)や『そこが知りたい』、「金曜ドラマ」などを枠移動させた。しかし、鳴り物入りでスタートした『プライムタイム』だったが、1年で番組が終了。その後『JNNニュースデスク'88・'89』となったが、1989年秋に平日22時台から帯ニュース番組を終了させ、『筑紫哲也 NEWS23』で再び23時台に戻った。

1992年[編集]

1992年にはバラエティ番組クイズ番組の大改革が行われている。

前年12月に開局40周年を迎えたものの、一部番組の低迷が顕著だったため、同年に入り、当時の社長・磯崎洋三が大改革を掲げた鶴の一声を発した影響から、春改編より一部番組の終了やリニューアルが実施され、秋改編では月曜日から木曜日の19時台に『ムーブ』という日替わりのバラエティ番組枠を誕生させた。

ただ、この影響で、月曜日夜にあった『クイズ100人に聞きました』や『わいわいスポーツ塾』を筆頭に、水曜日にあった『わくわく動物ランド』、土曜日夜にあった『クイズダービー』、『KATO&KENテレビバスターズ』など、1970年代から1980年代にスタートした名物番組の多くを、視聴率の良し悪しや地域差などにかかわらず終了させている。

しかし、この大改革も『関口宏の東京フレンドパーク』と『上岡龍太郎がズバリ!』が存続したのみで、失敗に終わっている。これらの改革の失敗により、TBSの視聴率はそれまで万年4位であったテレビ朝日にも番組によっては抜かれることが多くなった。

そこに追い討ちをかけるように、1996年にはいわゆる「TBSビデオ問題」が発覚、この頃より同局に対して世間から厳しい目が向けられる。

2005年[編集]

2009年[編集]

番組一覧[編集]

2014年11月現在放送中の番組については

既に終了した番組及び廃枠分については

放送地域[編集]

放送対象地域関東広域圏である。

呼出符号、呼出名称、チャンネル[編集]

JNN系列のリモコンキーID地図
現在の送信所である東京スカイツリー
  • リモコンIDは「6」である[25]のはアナログ放送のチャンネル番号に由来する。一部の地域ではデジタル放送のリモコンIDに「6」を使用していないが、NHK地方拠点局のある地域に多く見られる(毎日放送CBCテレビRKB毎日放送など)他、広島県以西の放送局の多くがリモコンIDに「3」を使っていることも理由として考えられる[26][27]


中継局[編集]

東京都

  • 新島 - 22ch
  • 伊豆大島 - 45ch
  • 八丈 - 32ch
  • 青梅沢井 - 22ch
  • 八王子 - 22ch
  • 新島本村 - 22ch
  • 八王子上恩方 - 36ch
  • 鶴川 - 39ch
  • 小仏城山 - 42ch

茨城県

  • 水戸 - 15ch
  • 日立 - 15ch
  • 十王 - 41ch
  • 山方 - 22ch
  • 常陸鹿島 - 22ch
  • 日立神峰 - 22ch
  • 竜神平 - 22ch
  • 北茨城 - 15ch
  • 奥久慈男体 - 22ch
  • 大子 - 15ch
  • 里美 - 15ch
  • 御前山 - 22ch
  • 水府 - 15ch
  • 笠間 - 33ch
  • 岩瀬 - 22ch
  • 那珂湊 - 22ch

栃木県

  • 宇都宮 - 15ch
  • 矢板 - 15ch
  • 足利 - 22ch
  • 今市 - 22ch
  • 馬頭 - 22ch
  • 日光清滝 - 38ch
  • 鹿沼 - 33ch
  • 足尾 - 39ch
  • 那須伊王野 - 22ch
  • 日光広久保 - 16ch
  • 黒羽中野内 - 22ch
  • 烏山神長 - 22ch
  • 南那須志鳥 - 22ch
  • 黒羽川上 - 36ch

群馬県

  • 前橋 - 36ch
  • 沼田 - 22ch
  • 利根 - 22ch
  • 吾妻 - 22ch
  • 下仁田 - 22ch
  • 桐生 - 22ch
  • 草津 - 15ch
  • 片品 - 14ch
  • 川場 - 22ch
  • 沼田発知 - 27ch
  • 桐生梅田 - 31ch
  • 嬬恋田代 - 36ch
  • 沼田沼須 - 27ch
  • 倉渕 - 15ch
  • 妙義 - 30ch
  • 横川 - 22ch
  • 嬬恋干俣 - 36ch
  • 片品東小川 - 22ch
  • 子持小川原 - 15ch
  • 利根大原 - 22ch
  • 白沢 - 20ch
  • 松井田上増田 - 15ch

埼玉県

  • 秩父 - 22ch
  • 小鹿野 - 57ch
  • 児玉 - 22ch
  • 鬼石 - 20ch
  • 秩父定峰 - 39ch
  • 秩父栃谷 - 39ch
  • 風布- 22ch
  • 飯能上赤工 - 36ch
  • 横瀬根古谷 - 36ch
  • 飯能原市場 - 36ch

千葉県

  • 銚子 - 22ch
  • 東金 - 22ch
  • 大多喜 - 22ch
  • 君津 - 22ch
  • 長南 - 15ch
  • 市原加茂 - 41ch
  • 勝浦 - 22ch
  • 館山 - 22ch
  • 小見川 - 22ch
  • 佐原 - 22ch
  • 下総光 - 22ch
  • 丸山 - 41ch
  • 勝浦総野 - 41ch
  • 鴨川 - 48ch

神奈川県

  • 平塚 - 22ch
  • 小田原 - 36ch
  • 南足柄 - 36ch
  • 湯河原 - 36ch
  • 愛川 - 45ch
  • 箱根湯本 - 36ch
  • 横須賀武 - 36ch
  • 相模湖 - 22ch
  • 仙石原 - 36ch
  • 山北 - 22ch
  • 津久井 - 45ch
  • 久里浜 - 36ch
  • 逗子 - 36ch
  • 秦野 - 36ch
  • 横須賀鴨居 - 50ch
  • 湯の沢 - 14ch
  • 笹下 - 22ch
  • 釜利谷 - 45ch
  • 秦野菩提 - 29ch
  • 中井 - 36ch
  • 戸塚 - 22ch
  • 鎌倉 - 36ch
  • 衣笠 - 36ch
  • 大船 - 36ch
  • 箱根強羅 - 46ch
  • 小田原東 - 46ch
  • みなとみらい - 45ch
  • 藤野 - 45ch

アナログ放送の概要[編集]

2011年7月24日をもち終了。アナログ放送最後の番組は『アッコにおまかせ!

  • コールサイン
    • テレビ放送 - JORX-TV
    • 音声多重放送 - JORX-TAM
    • 文字多重放送 - JORX-TCM
    • データ多重放送 - JORX-TDM
      • 2001年9月30日まではJOKR-***(***は上と共通)であった。
  • 呼出名称 - TBSテレビジョン(2001年9月30日までは東京放送
  • チャンネル - 送信所:東京タワー 第6チャンネル(映像周波数183.25MHz・同出力50kw、音声周波数187.75MHz・同出力12.5kw)他99中継局。1都6県の中継局から視聴する場合でも6にプリセットする場合が一般的であった。

主な中継局

東京都
  • 大井町 - 72ch(品川区)(SHF)
  • 八王子 - 37ch
  • 多摩 - 53ch
  • 新島 - 56ch(垂直偏波
  • 八丈島 - 6ch
  • 三宅島 - 6ch
  • 小笠原父島 - 55ch
茨城県
  • 水戸、(ひたちなか) - 40ch(垂直偏波)
  • 鹿嶋 - 37ch
  • 日立 - 56ch
  • 十王、(高萩) - 55ch
栃木県
  • 宇都宮 - 55ch
  • 日光、(鬼怒川) - 56ch
  • 矢板 - 42ch
群馬県
  • 前橋 - 56ch
  • 富岡 - 55ch(垂直偏波)
  • 桐生 - 55ch
  • 沼田 - 55ch
埼玉県
  • 本庄 - 55ch(垂直偏波)
  • 秩父、(小鹿野) - 18ch
千葉県
  • 成田 - 55ch
  • 銚子 - 55ch
  • 香取佐原 - 56ch
  • 勝浦 - 55ch
  • 館山、(千倉) - 56ch(垂直偏波)
神奈川県
  • 山下町 - 73ch (SHF)
  • 横浜みなと - 56ch
  • 横須賀久里浜 - 39ch(北方向は水平偏波・南方向は垂直偏波)
  • 平塚 - 37ch(垂直偏波)
  • 小田原、(箱根、真鶴、湯河原) - 56ch
沖縄県
  • 南大東島 - 56ch
  • 北大東島 - 44ch

など

区域外再放送[編集]

山梨県・長野県・静岡県の各一部地域のCATV事業者は各県に系列局はあるものの激変緩和措置として、区域外再放送をアナログ放送終了後3年間(2014年7月24日まで)を限度として実施していた。 緩和措置の期間満了後は個別協議により次の通り継続実施する。

静岡県

CS放送[編集]

東経124・128度CS放送スカイパーフェクTV!)でニュース専門局TBSニュースバード及び、過去のコンテンツを生かしたTBSチャンネル1,2の3つのチャンネルを放送している。 3つのチャンネルは東経110度CS放送・スカパー!e2(現・スカパー!)では衛星基幹放送事業者(旧委託放送事業者)であるシー・ティ・ビー・エス(C-TBS)を通じて放送され、また一部のケーブルテレビでも放送されている。

オープニング・クロージング[編集]

  • 「赤坂鉄塔」バージョン - KRT開局-1961年3月
  • 「モノクロ夕日」バージョン - 1961年4月-1962年12月
  • 「ガラス棒」
    • 90秒バージョン(ナレーション:藤田恒美アナウンサー) - 1963年1月1973年1月よりカラー化)- 1987年9月
    • 30秒バージョン(同) - 1973年10月 - 1991年9月
    • この頃、ラジオ(当時はTBS本体がラジオ・テレビを併営していた)の終夜放送が行われるようになっていたので、最終番組終了後にラジオの深夜番組についての告知スポットを放送し、その後ブルーバック(その後夜景をイメージしたイラストに変更)の字幕で「ラジオは窓際に置いたほうがよく聞こえます。夜も更けました。音量は控えめに…」を表示してからガラス棒の映像に入った。なお60秒バージョンはオープニング・エンディング共にあったが、30秒バージョン製作時に廃止された。
    • このガラス棒映像は筆記体ロゴが変更になるまで長らく使われた。
  • ミクロコスモスバーション(ナレーション:林美雄アナウンサー) - 1991年9月末-1994年3月27日
    • TBSロゴがミクロコスモスに変更されたことから全面的に改められた。CGで万華鏡の ような背景の中に太陽系の惑星が次々と出てくる映像。この代からステレオ化され、音声多重放送のコールサインも告げられる。また、テロップ・ナレーション から「東京放送」の名称が消えた。オープニング・クロージングは共通。周波数情報などのテロップは順に出てきて奥に小さく消えてゆく。60秒。
  • 地球バージョン(ナレーション:林美雄アナウンサー) - 1994年3月28日-2000年3月
    • CGで地球を映しながら、英語で書かれた周波数情報、コールサインを地球に沿う形で流してゆくもの。ミクロコスモスが短期間で終了したため、TBSロゴおよび映像が変わった後も、BGMはそのまま使用され、ナレーション、共通のオープニング・クロージング、60秒も変更なし。
  • 新社屋完成記念特別バージョン(ナレーション:鈴木順アナウンサー) 1994年10月3日
    • TBSの赤坂での新社屋が完成したことによる特別バージョン。5時25分、新社屋の空撮とともに鈴木アナによる生放送での技術情報の後(文章は上記の林美雄バージョンと同一だが、音声出力を言い間違えるミスを起こしている)、当時アジア大会が開催されていた広島から磯崎社長の挨拶などが生中継された。
  • 獏と子供KRバージョン(ナレーション:ケイ・グラント) - 2000年4月-2001年9月
    • ジ〜ン」の制定により、全面的に変更となったもの。アニメーションを使い、従来の映像に比べると柔らかい印象になった。なお、「東京放送」の名称は出ないが、「Tokyo Broadcasting System」の英語名称がナレーション・映像に使われている。
  • 獏と子供RXバージョン(ナレーション:林美雄アナウンサー) - 2001年10月-2003年3月
    • TBSラジオ分社化に伴い、コールサインが「JORX-TV」となったための変更。尚、ナレーションの林アナは2002年7月に亡くなったものの、2003年春の変更迄は林アナの追悼の意味も込めてこのバージョンが使用された。
  • ショートバージョン(ナレーション:吉川美代子アナウンサー) - 2003年4月-2009年12月
    • 他局同様、放送終了後はフィラー化したため、オープニング・クロージングも簡略化される傾向が強い。このバージョンもその例に漏れない。なお、デジタル放送用もほぼ同じだが、アナログで「Tokyo Broadcasting System」とコールする部分は、「東京放送です」とアナウンスし、ガラス棒バージョン終了以来久々に「東京放送」の名称が使われるようになった。アナログのみ最後に制作当時のキャッチフレーズ「この窓は、キミのもの。TBS」と表示される。
    • 2009年4月1日に旧TBS(株式会社東京放送)が持株会社「東京放送ホールディングス(TBSHD)」になり、テレビジョン放送免許を子会社の株式会社TBSテレビが保有することになったが、同年末まで訂正もせずに従来のジャンクションが使われていた。
  • コマ撮りバージョン - 2010年1月-
    • コールサイン等の字幕以外は、アナログ・デジタル共通[29]。前作と同じく15秒のバージョンとなっている。コマ撮りで撮影されており、全部で150コマ、1枚あたり10分の1秒程度映し出される。手に持っている紙(全部で150枚)の絵や背景(赤坂通りから赤坂五丁目交番前交差点を左折し三分坂を登り、TBS放送センターに至る)がコマごとに少しずつ変化し、最後はTBS放送センターの前で紙の絵が「TBS」のロゴに変わる。BGMは管弦楽の音楽を使用。アナウンスは女性の声で「JORX-(D)TV、TBS(デジタル)テレビジョン」とシンプルである。

キャッチフレーズ[編集]

コーポレート・スローガン[編集]

TBSのマスコットキャラクター[編集]

ブタでもないクマでもない架空のキャラクター[BooBo](ブーブ)。2014年3月[BooBo]の友達としてピンク色の[Boona](ブーナ)が加わった。

各種テロップ[編集]

ウォーターマーク[編集]

  • シンボルマークである「ジ〜ン」の下に「TBS」のロゴ。(デジタル放送開始当初より)

スタジオ[編集]

TBS放送センター

TBS放送センター(ビッグハット)[編集]

(東京都港区赤坂、赤坂サカス内)
総工費800億円をかけ、1994年4月完成。設計および監理は日本設計、施工は大林組鹿島建設大成建設。地上20階・地下2階建てで、“ビッグハット”の愛称は、最上部にある2層の円形パラボラデッキが由来。このパラボラデッキはヘリポート状[39]になっており、ドラマや音楽番組などの収録にもしばしば使われている。なお、放送センターの土地・建物は親会社の東京放送ホールディングスが所有している。

キー局では3番目に大きい放送センターであり、1階は総合受付とロビー中央管理室と及び防災センター、2階から6階まではTBSテレビのスタジオ、8階と9階がTBSラジオのスタジオ、最上階が東京放送ホールディングスの役員室、それ以外は社員食堂・医務室・理髪室・銀行ATMのほか、関連子会社などのオフィスがある。 地下1階は駐車場、地下2階は中継車専用駐車場と冷暖房・エネルギー管理設備がある。

 ※AスタジオBスタジオは美術搬入口が一体化している為、共同搬入口部を用いて連結が可能。

過去に存在したスタジオ
  • Sスタジオ<旧>(2F、面積不明)…『TBSニュースバード』初代スタジオ。現在はインタビュールームとして使用されている[41]
  • スタジオサカス赤坂サカス内にある、オープンスタジオ)以前は、『サカスさん』、『イブニングワイド』で使用されていた。『イブニングワイド』終了後に解体され、現存しない。

緑山スタジオ・シティ[編集]

砧スタジオ[編集]

報道用サテライトスタジオ[編集]

ほか

旧・テレビ局舎スタジオ[編集]

TBSテレビの前身である、ラジオ東京がテレビ放送を開始するのに合わせ、港区赤坂一ツ木町(現:赤坂5丁目)にテレビスタジオと高さ174メートルもの鉄塔からなるテレビ局舎を建設し、1955年にテレビ放送を開始。1961年には隣接地の一ツ木通り沿いにTBS本館ビルを建設した。
前述の一ツ木通り沿いのTBS本館ビル(後の赤坂メディアビル)とTBS会館の後ろ側にテレビ局舎は存在し、TBS本館ビルとは渡り廊下で繋がっており、TBS会館側からもテレビ局舎側の通路が確保してあった。
やがて39年を経過し老朽化も進み、1994年10月2日深夜(3日午前)1時17分を以ってTBS本館ビルとともに運用を停止。翌10月3日にテレビ局舎西側に建設された現在のTBS放送センター(通称:ビッグハット)に移転された。2003年の再開発による解体までTBS本館ビルとTBS会館は残ったものの、テレビ局舎はビッグハット移転後に解体された(鉄塔については1995年3月2日に解体)。
跡地は赤坂ACTシアター赤坂BLITZとなる。

その他[編集]

1987年に日比谷シャンテ(現・TOHOシネマズシャンテ)内にサテライトスタジオを開設し(管理は千代田ビデオが担当)、TBS本局と専用の映像回線で結ばれていたため生放送での利用も可能だったことから、『新伍のお待ちどおさま』『平成名物TV』などの放送が同スタジオから行われていたが、1994年に閉鎖されている(現在のスクリーン3)。また同じく千代田ビデオが管理する科学技術館内のスタジオもサテライトスタジオ的に使われ、『3時にあいましょう』『料理天国』等の放送に利用されていた。

情報カメラ設置ポイント[編集]

TBSの情報カメラは浅間山及び地震対応カメラを除き、すべて画角16:9。銚子、隅田川、浅間山及び地震対応カメラを除きHD対応。

  • 群馬県
    • 浅間山(浅間山の火山活動対応用。画角4:3・SD画質)
  • 新潟県
    • 苗場スキー場
苗場プリンスホテル屋上・冬季のみで主に天気番組(コーナー)で映像が使用される。(苗場スキー場がある地域は、新潟放送 (BSN) の放送エリアである。)
  • 静岡県
    • 静岡放送が自社エリア内である静岡県伊東市および熱海市に設置している情報カメラも専用回線により同社東部総局(沼津市)経由にて受信可能(TBSからのカメラ操作はできないが、静岡放送の了解のもと、映像の独自使用が可能)
  • さらに、上記の情報カメラに加え、地震発生時の瞬間映像を撮影するため、水戸市千葉市さいたま市宇都宮市など関東の複数地点にカメラが設置されている(ただし全て画角4:3のSD映像)。

製作映画[編集]

最近の日本映画は「製作委員会方式」で作られる作品が主流で、TBSが制作・出資に関わる映画は、JNN基幹局MBSHBCCBCRKBも制作委員会に名を連ねている作品が多い。

1979年

1980年

1988年

1990年

1992年

1993年

1994年

1995年

1997年

1998年

1999年

2000年

2001年

2002年

2003年

2004年

2005年

2006年

2007年

2008年

2009年

2010年

2011年

2012年

2013年

2014年

2015年

主な役員・社員[編集]

アナウンサー[編集]

不祥事・事件・トラブル[編集]

※別項が作成されている事案の詳細はリンク先を参照。

1989年に発生した坂本堤弁護士一家殺害事件の発端になったとされる「TBSビデオ問題」後、TBSでは、報道被害偏向報道虚偽報道などを防ぐために、役員・従業員が守るべき行動基準として「TBSグループ行動憲章」を定め、TBS自身も番組制作と放送のルールを定めている。ところが、その後もTBSの不祥事案件は減る事はなく、マスコミの信用を失墜させかねない報道や、出演者が負傷する事故を頻発させたり、社員に行政処分が下されるような重大な不祥事も相次ぎ、これに関連する書籍が存在する[46]等、在京キー局の中でも、特に社会問題視されている。

名誉毀損・報道被害[編集]

  • 2003年11月2日、「石原発言捏造テロップ事件」。
  • 2004年7月26日のニュース番組で、代理母出産を行ったタレント向井亜紀の講演での発言について、「生みの親」を批判する印象を抱かせるように報道したため、視聴者から向井側へ非難がよせられた。これに対し向井側は発言の一部のみを切り取って放送するTBSの手法を非難して抗議した。のちにTBSは誤りを認め向井側へ謝罪した[47]
  • 2008年2月16日放送の『歴史王グランプリ2008 まさか!の日本史雑学クイズ100連発!』で、会津戦争において「旧幕府軍が若松城を明け渡したとんでもない理由とは?」との出題に対し「糞尿が城にたまり、その不衛生さから」を正解とした。これに対し、戊辰戦争時の若松城のイメージを損なうとして、3月28日に会津若松市と会津若松市観光公社はTBSと番組制作会社に24日付で抗議文を郵送したことを公表した[48][49][50]。TBSは訂正放送を行わなかったが、3月30日に書面にて、4月8日昼の番組でそれぞれ謝罪した[50]

偏向的・作為的報道[編集]

  • 1968年3月10日、「TBS成田事件」。
  • 2006年7月21日、「安倍官房長官印象操作映像事件」。
  • 2007年10月11日ボクシング内藤大助亀田大毅の世界タイトルマッチで「実況、解説が不公平である」という抗議電話が相次いだ。なお、TBSラジオでは全く正反対の内容で放送していた[51]こともあり物議を醸した。TBSはその後も単独独占生中継であるにもかかわらず「マスジャーナリズム」を例に挙げ、視聴者もろともお互い様であると締めくくり、ネット、視聴者からの批判が相次いだ。同時に、朝日新聞産経新聞だけではなく、身内の毎日新聞からもTBSに対して10月16日朝刊において名指しで批判を受けた[52]。また亀田兄弟の世界戦中継の際には、興毅・大毅ともに、番組の開始から実際に試合が開始されるまでの時間が非常に長く、視聴者からの苦情が殺到していた。
  • 2009年4月12日、ウェブサイト「WEB多事争論」内の掲示板コンテンツ「週刊争論」において、同サイトの編集委員を務めるTBS編集部副部長の吉岡弘行が「2009年4月のメディアの改編・刷新について」と題する記事の導入部で「麻生太郎首相が“弥栄(いやさか)”を“いやさかえ”と誤読した」と誤解に基づく批判を展開。[53]読者からの指摘に対し、吉岡が誤りをすぐに認めず「しかし茶の間で観た方々は、何かしら違和感を持ったのは事実ではないでしょうか?」などと発言したために批判のコメントが殺到した。同サイトのコメント機能は停止され、「週刊争論」は2009年5月21日時点でも閉鎖されたままである。
  • 2010年3月11日関西大学李英和教授らが朝鮮学校に対する高校授業料無償化についての会見を行ったことを取り上げたニュースで、李教授の「朝鮮学校の子ども達の為になることというのは、お金をあげることじゃなくて学校運営を民主的にすることですから」と述べた部分を、「朝鮮学校の子どもたちのためになることというのは、お金をあげることですから」というテロップを付与して放送した。TBSは翌日に訂正とお詫びを自社サイト内のニュースページ「News i」に掲載、YouTube内のTBS公式チャンネル「TBS News-i」からは当該動画を削除した[54]。また、この件はBPOにも多数の批判が寄せられた[55]

捏造・やらせ・誤報[編集]

  • 2004年3月5日放送の報道特別番組『告白〜私がサリンを撒きました〜オウム10年目の真実』で、インタビューに出演した男性に、伝聞に基づく情報を実際に目撃したかのように証言させたとするやらせがあった、と雑誌が報じた。TBSは、誤解をまねく不適切な表現があったと謝罪したが、やらせについては否定した[56][57]
  • 2007年1月22日・23日・2月2日、「TBS不二家捏造報道問題」。
  • 2007年3月12日、「TBS掲示板捏造問題」。
  • 2010年4月2日MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島で行われていたプロ野球セントラル・リーグ 広島巨人戦において、試合開始前にノックをしていた巨人の木村拓也コーチ(4月7日死去)がグラウンド内で突然倒れ、救急車で病院に搬送された際に、夕方の関東圏向けニュース『Nスタ』で意識不明であったにもかかわらず速報で「急死」と報じた(詳細はNスタ#不祥事を参照)。同日の『JNNフラッシュニュース』及び『NEWS23X』、TBSの公式ホームページで謝罪し、翌週の4月5日の番組冒頭でもメインキャスターの堀尾正明長峰由紀が謝罪及び訂正を行った[58][59][60]
  • 2010年5月19日夜、5月20日朝に、民主党幹部が明かした話として「赤松農水相が外遊中に海外でゴルフをしていた」などと報じた。情報源であるはずの民主党の幹部も、20日朝になって「伝聞だった」などとして、具体的な根拠はなかったことを明らかにしたという。これを受けてTBSは、「発言に対する裏付け取材が不十分だった」として番組内で陳謝した[61]
  • 2012年11月16日放送の『みのもんた朝ズバッ!』でNHKアナウンサーの電車内での痴漢行為による逮捕のニュースを放送する際に、誤って安倍晋三の映像を2秒間流した。後にアナウンサーが謝罪した。
  • 2013年4月29日放送の『私の何がイケないの?』に出演した女性が高級外車の購入を決めたと伝えられたが、実際は購入されておらず、価格も異なっていたことが発覚。
  • 2014年1月15日放送の『奥様はモンスター』の収録現場で、「とくにデヴィ夫人への絡みは面白くなるから、よろしく」とある女性に対してデヴィ・スカルノを挑発するように仕向けるヤラセを行っていたことが判明した。また、その女性の夫とされる男性は婚姻関係が全くなかったことも明らかになっている[62]

収録中の事故[編集]

  • 2001年10月16日、『うたばん』の収録中にアイドルグループ・モーニング娘。のメンバーだった紺野あさ美が、スタジオ内の深さ90センチメートルの溝に転落する事故が発生。右ひざ上に合計12針を縫う怪我を負った。TBS側は謝罪したものの、デビューを目前に控えていた紺野はコンサートや番組のキャンセルを余儀なくされた。
  • 2002年5月5日緑山スタジオでの『筋肉番付』収録中、京都大学1年の男性中国人留学生と東海大学3年の男子学生(いずれも当時)が、競技中に頚椎などを損傷する重傷、さらに1人が頚椎捻挫を起こす事故が発生。5月24日、TBSは『筋肉番付』の打ち切りを決定し、後に同番組は終了した[63]。ただし、5か月後の2002年10月12日より『体育王国』に改称する形で事実上再開している。
  • 2006年8月、緑山スタジオでの『KUNOICHI』の収録中に参加者が感電し病院で手当てを受ける事故が発生したが、TBSは県警や消防への通報および事故の公表を行わなかったことが判明した。また、事故の際他の参加者への事故の説明を一切行っていなかった。TBSは安全確認の徹底に努めるとして謝罪した[64]
  • 2007年3月3日緑山スタジオでの『新SASUKE2007』の収録中、お笑いコンビブラックマヨネーズ小杉竜一が左肩を脱臼する事故が発生した。緊急搬送されたが、事故の公表も警察への通報も行わなかったことが判明した。放送では小杉の競技の模様はオンエアーされたが、脱臼に関する部分は一切カットされていた。その後、小杉を含む計5人が負傷し、うち1人は足を複雑骨折して全治6か月の重傷で入院していることが判明した。TBS側は「けがは通常起こりうる範疇のもの」と釈明した。また、一連の事故に対するマスコミのTBS批判に対し、TBS社長井上は定例記者会見で「不当なバッシング」と述べた[65][66]
  • 2007年4月19日、2002年の『スポーツマンNo.1決定戦 芸能人サバイバルバトル』の収録において、俳優の金子昇が手首を骨折する怪我を負っていたことが判明した。『KUNOICHI』『SASUKE』の事故と同様に事故の公表や警察への通報をしていなかった[67]
  • 2007年4月25日、『第二アサ秘ジャーナル』で、バギーによるタイムトライアルの収録中に、出演者の江口ともみが転倒する事故が発生し、腎臓を損傷し手術で摘出するという重傷を負った。TBSは謝罪したが、後に収録はバギーを管理する那須バギーパークの安全に対する警告がありながら強行されたことが判明した[68][69]
  • 2008年3月29日、生放送の『オールスター感謝祭』でお笑いコンビ次長課長河本準一が、1コーナー「大相撲赤坂場所」(体にローションを塗って相撲を取るゲーム)で、マットを被せた発泡スチロール製の土俵で胸を強打し、右胸の肋骨を骨折。全治1か月のケガをした[70]。ただし河本本人はそれ以降もこの企画には参加している。
  • 2010年1月21日、『オレたち!クイズMAN』のロケ中にお笑いコンビ・オードリー春日俊彰が非常に危険なスタントを行い、左足関節を骨折する事故が発生した。クッションやダンボールを厚さ約1m20cmほどに重ねた着地場所の養生マットに着地。しかし、背中から落ちる予定だったが、誤って足から落ちた。この事故が起きた後、入院し手術を受けたという。この事故を受けTBS側は「ご本人をはじめ、オードリー・若林正恭氏、所属事務所ほか関係各所の皆様に大変ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」と謝罪。「今後このような事故が起こらないように番組制作上の安全管理をさらに徹底していく」としている[71]

不適切な表現・取材[編集]

  • 1990年5月16日、「TBSビデオテープ押収事件」。
  • 2007年11月30日、横綱朝青龍記者会見のため両国国技館近くで待機していたTBS腕章着用者が屋外で喫煙するところを日本テレビに生中継されてしまった。場所が公道上か国技館敷地内かは不明だが、公道上であれば墨田区路上喫煙禁止条例違反、国技館敷地内であっても国技館指定の喫煙所ではないため、いずれにしてもマナーに反する行為であることに変わりはない[72]
  • 2009年10月23日・同21日、生活情報番組『2時っチャオ!』(同年3月終了)に出演していた女性リポーターが、傷害と過失傷害の疑いで滋賀県大津地検に書類送検された。2009年2月、取材で滋賀県内の民家を訪れた際「人違いだ」と取材を拒否した被害女性宅に強引に上がり込もうとして揉み合い、その際、女性は玄関ドアに指を挟み、左手に1週間のケガを負ったとして警察に被害届を出していた。
  • 2009年11月12日英国人女性殺人事件の容疑者が送検された際、送検車の前に立ちふさがり運転席側窓ガラスを数回叩くなど警察官の職務を妨害したとして、千葉県警行徳警察署はTBS情報制作局の男性ディレクターを公務執行妨害容疑で現行犯逮捕した。同日夜「逃亡の恐れがなく、身元がはっきりしている」として釈放した。男性ディレクターは釈放後、「何か撮影しなければとの思いに駆られた。自分が一番先に車の前に立ちはだかった意識はないが、申し訳ないと思っている」と話した。なお、神戸新聞に逮捕されたTBS社員の実名が掲載され、『みのもんたの朝ズバッ!』の制作などに携わっていたことが判明している[73]。2010年7月1日、千葉地検は、この男性ディレクターについて、起訴猶予処分にしたことを明らかにした[74]
  • 2009年11月29日、男子ゴルフツアー『カシオワールドオープン』にて、石川遼選手らを取材していたTBSクルーの乗ったカートが観客の女性4人をはねる事故を起こした。被害者のうち一人はカートの下敷きになったまま約10メートル引きずられ、左眼窩底骨折の重傷で高知市内の病院に運ばれた。関係者は業務上過失傷害の疑いで警察から事情聴取された[75]。該当のカートは大会2日目にも強引な運転等によって大会運営を妨害したとされ、運営側から注意を受けていた[76]。この件に関して2010年1月20日高知地裁はTBSに雇われたフリーカメラマンに対して自動車運転過失傷害罪で禁錮2年、執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。担当裁判官は「自分の都合で無理に発進して十分な間隔を取らなかった過失は重大」と述べた[77]
  • 2010年2月14日バンクーバーオリンピックカーリングチーム青森の非公開練習を無断で盗撮し、日本オリンピック委員会により出入り禁止処分となる[78]
  • 2010年1月15日、前年の2009年12月5日にTBS『報道特集NEXT』と、同8日『イブニングワイド』で放送された、詐欺事件に関する番組の取材過程で、制作会社の記者が、取材対象の外国人男性の郵便物を無断で開封し、内容を盗み見ていたことが発覚。制作したAPF通信社の記者は、男性のアパートの郵便受けから、公共料金請求書を抜き取り、本名を確認した後、再び封をして戻していた。

その他[編集]

  • 2003年3月29日、メディア推進局副理事(当時)が東京国税局より9千数百万円の申告漏れを指摘され、うち、7000万円は不正な所得隠しであると認定された。これは取締役として属していた子会社のTBSエンタテインメント(当時)から番組制作費を下請けプロダクションへ水増し発注し、水増し分をキックバックさせて得ていたものとされる。本人は不正を認めなかったが、TBSは「会社の信用を傷つけた」として諭旨解雇処分とした[79]
  • 2005年5月11日、公式サイトに掲載されていたコラム『ダッグアウト』にて、毎日朝日読売の各新聞社からの記事盗用が発覚した。1本のコラムに複数の記事から盗用していた例もあり、盗用された記事は計39件にも及んだ。TBSは当初「外部のフリーライターがやったこと」と発表していたが、のちに当時の編成制作本部スポーツ局担当部長が行い、フリーライターがやったように見せかける偽装工作が判明し、同部長は解雇された。また、その後の社内調査でこれとは別に3件の盗用があることが判明した[80][81]
  • 2009年7月17日、『キミハ・ブレイク』の収録中、8月1日スタートのドラマ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の番宣を兼ね、東京都葛飾区荒川河川敷にて花火数十発を打ち上げたが、その時間は警察に届けていた「20時から21時」をとうに過ぎた22時45分であったため、所轄の亀有警察署には苦情の110番通報が数件寄せられた。番組ディレクターは、「収録が長引いた。ご迷惑をかけてすみません」と謝罪、警察は注意と再発防止を指導した[82]。その後の31日には、『こち亀』の主人公両津勘吉を演じるSMAP香取慎吾が通報を受けた亀有署の一日警察署長を務めた。本来は『ぴったんこカン・カン』での企画であり、当初は『キミハ・ブレイク』内での放送予定はなかったが、上記の通りスケジュールが大幅に押したため、『キミハ・ブレイク』内での放送となった。
  • 2010年の1月から3月に放映されたドラマ『特上カバチ!!』で、行政書士が、法律で認められていない示談交渉を行う場面が描かれたとして、大阪弁護士会がTBSに正式に抗議し、DVD販売や再放送の自粛を求めた[83]
  • 2010年6月1日さいたまスーパーアリーナで開催された、韓国のテレビドラマ『アイリス』のイベント「ドラマティック・ライブステージ『IRIS』」において、本来、特設花道として使用する部分を誤って座席スペースとして発券してしまい、該当する観客に席の移動を促したところ、当該観客から抗議を受けるトラブルに発展した。その後、係員が代替の3階席に誘導したが、その3階席に通じる階段が閉鎖されており、4階・5階席への代替に再変更するなどの不手際が相次ぐ[84]。同イベントを主催したTBSは、当該座席を購入した観客の内、会場で既に返金手続きを済ませた観客を除いた全ての人に、代金9800円全額を返金する措置を発表した[85]

出典[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 各TBS制作番組宛の郵便番号は従前通りラジオ・テレビ共通で「107-8066」。
  2. ^ 法人格として。
  3. ^ 放送は13時15分からの45分間で、番組の収録は2日前に、浅草松竹演芸場のデン助劇団の21時からの公演を収録したという。
  4. ^ ただし、当時のビデオ・テープは米3M社製の輸入品のみで、1時間録画ができるそれで当時のお金で1本約100万円もする余りにも高額な物で、さらに消去できて使い回しができるので、同年に製作されたドラマ『私は貝になりたい』以前のビデオ・テープは同局では残されていないという。
  5. ^ 関東地区では当初はNETにネットされていたが、NETの編成方針で打ち切りとなり、東京12チャンネル(現・テレビ東京)にネットが移行されネットチェンジ直前までネットされた。TBS系列の中国放送RKB毎日放送 (RKB) は腸捻転時代から既に番組販売扱いでネットされていた。
  6. ^ 。民放ではフジテレビジョンと同時で初。ただしフジは未明の30分-1時間程度、メンテナンスのために放送を中断し、カラーバー(試験電波)を放送していたため完全な24時間放送ではなかった。TBSはこのようなカラーバーなどの中断を挟まず完全に24時間番組を配信していた(メンテナンス日は除く)。
  7. ^ 2000年代になってから同局番組『ドリーム・プレス社』は番組ロゴの一部として筆記体マークを使用していた。
  8. ^ TBSシンボルマーク”. 2001年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月14日閲覧。
  9. ^ シンボルマーク”. 2002年2月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月14日閲覧。
  10. ^ JNNニュース番組での表示は一部を除き無し。なお後にTBS制作の一部の全国ネット番組のクレジットタイプで表示されなくなった。
  11. ^ “TBS、TV番組と連動したショッピングサイトをオープン”. ASCII.jp ([KADOKAWA]]). (2000年10月23日). http://ascii.jp/elem/000/000/317/317804/ 2014年8月4日閲覧。 
  12. ^ [1]
  13. ^ テレビ視聴率(6月28日 - 7月4日) - スポニチ Sponichi Annex 芸能
  14. ^ BS-TBS、ホワイトスペースで国内初の地上波3D生放送日本経済新聞、2010年8月25日)
  15. ^ “TBSがアニメ専門オンラインストア「アニまるっ!」 7月22日オープン”. ねとらぼ (ITmedia). (2014年7月11日). http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1407/11/news082.html 2014年8月4日閲覧。 
  16. ^ 2位はフジテレビの12年連続(1982年 - 1993年)である
  17. ^ 1984年度、1987年度の下期視聴率は、ゴールデンはTBSがトップだった。
  18. ^ 2013年3月期決算より。TBSテレビの2131億72百万円に対しテレビ朝日は2176億62百万円となり、TBSは開局以来初めて単体売上高でテレビ朝日(日本教育テレビ・NETテレビ時代も含む)に抜かれてしまった。
  19. ^ 東京放送は月給制で年功序列給であり、TBSテレビは年俸制で成果主義給である。
  20. ^ 視聴率下落のTBS、7月番組改編の深刻 年収格差は2 - 3割くすぶる若手の不満東洋経済新報社
  21. ^ 日刊合同通信バックナンバー 2012年6月6日(水)第57巻 第13826号
  22. ^ ただし、関西の準キー局のMBSテレビでは『情熱大陸』などの一部番組を除き原則句点を使用している。関西ではABCテレビテレビ大阪が使用していない。
  23. ^ 大みそか視聴率 サップ×曙、紅白上回る43%。PRIDEも健闘 BoutReview 2004年1月5日
  24. ^ JNN系列局としてはチューリップテレビや大分放送と同じ物理チャンネルであり、系列外でリモコンキーIDを6に採用した局でも名古屋テレビ放送と同じ物理チャンネルである。
  25. ^ 同系列で岩手県IBC岩手放送石川県北陸放送もアナログからチャンネル番号を継承しデジタルも「6」が使われる
  26. ^ 中国放送 (アナログ親局4ch)・長崎放送 (同5ch)・熊本放送 (同11ch) は当初は「1」を希望していた。
  27. ^ テレビ山口 (同38ch) と大分放送 (同5ch) は県内5波のリモコンIDを隙間なく埋めることから「3」を獲得。奇しくも大分県のリモコンIDは開局順に割り当てられている。なお、沖縄県琉球放送在日米軍放送AFLとの重複回避上から「6」を使わなかった。
  28. ^ 朝日放送は、1975年3月までTBS系列だった。
  29. ^ アナログではレターボックス放送になっている。
  30. ^ 当時系列局だった福島テレビ(現・フジテレビ系列)でも使用(「FTVはもうひとつの家族です」の表記)
  31. ^ 東北放送でも使用(「TBS」部分を「TBC」に変更)。
  32. ^ 東北放送でも使用(「6チャンネル」部分を「TBC」に変更)。
  33. ^ テレビユー福島でも使用(「TBS」部分を「TUF」に変更)。
  34. ^ テレビユー山形でも使用(「TBS」部分を「TUY」に変更)。
  35. ^ 中部日本放送でも使用(「TBS」部分を「CBC」に変更)。
  36. ^ イメージキャラクターは326が担当した。
  37. ^ “チャンネル・ロック!!”は「6チャンネル」と「チャンネルはそのまま」をかけており、番組の最後に流れる「クロスプログラム」(次の番組の告知)でも右上に「チャンネル・ロック」と表示された。2005年以降は、デジタル放送のリモコンIDがTBSと同じ「6」となる系列地方局でも、当該地域向けにTBSが用意する宣伝映像の中で、密かに「チャンネル・ロック」のフレーズが出てくることがある(愛媛県あいテレビなど)。
  38. ^ 「テレビが無くてもTBSはある」の意。 稀に全国向けにフレーズを差し替えた“No TV? but JNN”が登場することもある。また、同じキャンペーンCMでJNNロゴと各地方局のロゴを並べたものに差し替えた地方局用のバージョンも存在する。一部番組の制作クレジット表記では「TBS(ジ〜ン」の代わりにこのキャッチコピーを使用している。
  39. ^ 格子状に抜けており、ヘリコプターの離陸のための揚力が得られないことから、ヘリポートとしての利用は不可能。
  40. ^ スタジオ名称の「P」は「パノラマ=Panorama」の「P」である。
  41. ^ http://www.kumehiroshi.jp/radio_04/large/16.jpg
  42. ^ ただし、『砂川啓介 いま!朝です』や『ドーナツ6』など情報色の強い番組でも使用された
  43. ^ ただし、それまでの科学技術館内のスタジオから移転した1994年4月から半年のみ
  44. ^ 赤坂の情報カメラは「本社屋上である」との誤解が多いようであるが、正しくは隣接し本社放送センターよりも高層である赤坂パークビルヂング屋上(ここにTBSテレビとラジオの予備送信設備も設置)に設置されている。故にTBSの各番組では「TBS屋上」という表現はなされずに、「赤坂のお天気カメラ(情報カメラ)」と表現される。
  45. ^ サカス広場のカメラは移動可能の半固定式である。サカス広場でのイベントに応じて設置位置を適宜移動している。
  46. ^ 「TBS「報道テロ」全記録―反日放送局の事業免許取り消しを!」 - 晋遊舎ISBN 4883805913
  47. ^ またやったTBSお粗末VTR…向井亜紀激怒”. ZAKZAK (2004年7月30日). 2007年6月14日閲覧。
  48. ^ TBS番組に会津若松激怒、鶴ヶ城開城「不衛生だから」? 読売新聞 2008年3月28日
  49. ^ 【 TBSテレビ番組への抗議 】 衆議院議員 かんけ一郎(前会津若松市長)のブログ 2008年3月27日
  50. ^ a b 会津若松市記者会見”. 会津若松市役所 (2008年3月27日). 2010年10月1日閲覧。
  51. ^ 亀田の深刻な反則行為についてテレビでは「亀田、若さが出てしまいました」であったのに対し、ラジオの実況は「亀田、最低の試合!」と非難していた。
  52. ^ 「亀田親子を増長させた」 朝日と毎日に批判されたTBS”. livedoorニュース (2007年10月16日). 2007年10月22日閲覧。
  53. ^ 古事・儀式では"いやさかえ"で正しい。
  54. ^ TBSまた捏造か!? 朝鮮学校無償化問題報道のテロップミスでネット紛糾中”. 日刊サイゾー (2010年3月12日). 2010年4月23日閲覧。
  55. ^ 視聴者の意見 BPO 2010年3月に視聴者から寄せられた意見
  56. ^ TBS総務局広報部 『週刊誌「FLASH」の記事について』 東京放送、2004年4月24日。
  57. ^ TBS総務局広報部 「04年4月、井上社長定例記者会見の概要について」 東京放送、2004年4月30日。
  58. ^ 『Nスタ』内での字幕スーパー誤表記に関するお詫び 2010年4月2日
  59. ^ TBSが巨人・木村コーチを「急死」と誤って表示 産経新聞(2010年4月3日)
  60. ^ 誤って巨人コーチ「急死」の字幕…TBS 読売新聞(2010年4月3日)
  61. ^ “またまたまたTBS…赤松氏「ゴルフ疑惑」“捏造”だった”. ZAKZAK. (2010年5月20日). http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/393450/ 2010年6月9日閲覧。 
  62. ^ デヴィ夫人に殴られた女性は後藤田正純代議士の“不倫相手”週刊文春 2014年1月29日
  63. ^ TBS総務局広報部『「筋肉番付」について』 東京放送、2002年5月13日。
  64. ^ またTBS…今度は収録中の感電事故を通報せず”. ZAKZAK (2006年9月13日). 2007年6月14日閲覧。
  65. ^ TBSまた事故隠し…ブラックマヨネーズ、収録中ケガ”. ZAKZAK (2007年4月2日). 2007年6月14日閲覧。
  66. ^ 【コラム・変】不当なバッシング!?”. 産経新聞 (2007年5月3日). 2007年6月14日閲覧。
  67. ^ TBSの番組で俳優、金子昇が骨折…5年前の収録で”. ZAKZAK (2007年4月19日). 2007年6月14日閲覧。
  68. ^ TBSまた事故!江口ともみ重傷、夫のつまみ枝豆は…”. ZAKZAK (2007年4月26日). 2007年6月14日閲覧。
  69. ^ 永本悦巳 「プレスリリース『テレビ番組収録中の事故について』」 那須バギーパーク、2007年4月29日。
  70. ^ 次長課長:河本さん、収録中に全治1カ月の骨折”. 毎日新聞 (2008年3月29日). 2008年3月31日閲覧。
  71. ^ オードリー・春日が骨折…TBS番組ロケ中に落下事故”. スポーツ報知 (2010年1月22日). 2010年1月23日閲覧。
  72. ^ “マスコミの取材マナー悪さ ネットで指摘が相次ぐ”. J-CASTニュース (ジェイ・キャスト). (2007年12月4日). http://www.j-cast.com/2007/12/04014120.html 2009年6月3日閲覧。 
  73. ^ “TBS社員を現行犯逮捕 容疑者送検で妨害容疑”. 神戸新聞. (2009年11月12日). http://www.kobe-np.co.jp/knews/0002510281.shtml 
  74. ^ “TBSディレクター起訴猶予に「社会的制裁受け反省」”. J-CASTニュース (ジェイ・キャスト). (2010年7月2日). http://www.j-cast.com/2010/07/02070191.html 2010年7月5日閲覧。 
  75. ^ 遼クン取材のTBSカート暴走、観客4人はねる 読売新聞 2009年11月29日
  76. ^ 遼くんギャラリーなぎ倒したTBSカートは2日目にもイエローカード msn産経ニュース 2009年11月30日
  77. ^ TBSカート事故で有罪判決 自らの都合で無理に発進 47news 2010年1月20日
  78. ^ チーム青森への無断撮影で、テレ朝&TBSが取材禁止に” (2010年2月14日). 2010年2月18日閲覧。
  79. ^ 小池正春 (2003年3月29日). “TBSの脱税副理事、イラク開戦の日に発表”. JANJAN (日本インターネット新聞). http://www.news.janjan.jp/media/0303282479/1.php 2009年11月12日閲覧。 
  80. ^ TBS記事盗用、35本に…コラム開始早々からだった”. ZAKZAK (2005年5月13日). 2007年6月14日閲覧。
  81. ^ TBS新たに盗用発覚…ドラマの解説文を外部HPから”. ZAKZAK (2005年6月30日). 2007年6月14日閲覧。
  82. ^ TBS「キミハ・ブレイク」収録で深夜に打ち上げ花火 警視庁が注意 産経新聞 2009年7月28日
  83. ^ ドラマで行政書士が示談交渉、大阪弁護士会がTBSテレビに抗議 読売新聞 2010年4月9日
  84. ^ “消えた責任者…またまたTBS、イベント大失態のワケ”. イザ!. (2010年6月3日). http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/television/399055/ 2010年8月28日閲覧。 
  85. ^ 6月1日(火)さいたまスーパーアリーナ開催 ドラマティック・ライブステージ「IRIS」のお詫びと訂正について”. TBS. 2010年8月28日閲覧。

関連項目[編集]


外部リンク[編集]