ハライチ

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ハライチ
メンバー 岩井勇気
澤部佑
結成年 2005年
事務所 ワタナベエンターテインメント
活動時期 2006年 -
出身 ワタナベコメディスクール2期
影響 とんねるず(岩井のみ)、爆笑問題東京ダイナマイト
出会い 幼稚園
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 漫才
ネタ作成者 岩井勇気
過去の代表番組 ピカルの定理
同期 バービー(フォーリンラブ
しんのすけとシャン
山陽ピッツァ
エド・はるみ
橋本まさをなど
公式サイト 公式プロフィール
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ハライチは、ワタナベエンターテインメント所属のお笑いコンビ

メンバーは埼玉県上尾市出身。コンビ名は、上尾市内の地名「原市」から採った。

メンバー[編集]

  • 岩井 勇気(いわい ゆうき、1986年7月31日 - )
    ボケ・ネタ作り担当。
    身長171cm、体重58kg、B86cm/W76cm/H90cm。血液型O型。
    埼玉県立伊奈学園総合高等学校卒業。
    立ち位置は主に左。
    ネタ中につい横を向いて笑ってしまう。ネタ以外ではあまり笑わない。
    趣味はアニメ・アニソン関連、邦楽LIVE鑑賞、麻雀など。特技はサッカー、フットサル、ピアノなど。
    猫が好きで、絶叫マシーンが苦手。
    性格は、澤部曰く「尖ってる」。
    中学時代は陸上部に所属(県大会出場経験あり)[1]。他に父親が監督を務めるサッカークラブに通っていた。フットサル大会で全国の3位になったこともある[2]
    スピッツのファンで、スピッツのグッズのTシャツを衣装として着る場合がある[3]
    自他共に認めるアニオタで、『ピカルの定理』収録中にスタジオの裏で、共演者の平野綾に彼女が演じているアニメのキャラクターのセリフを言ってもらうよう頼んで言わせていることや、平野自身のTwitterでは、平野が演じている『らき☆すた』の泉こなたが好きであることも暴露されている[3]
    おかっぱ頭が特徴で、毎月ヘッドスパに通っていた[4]が、2012年1月1日に放送された『ピカルの定理』、「ハッピーがニューしてイヤーしちゃうSP」内の「トルコ行進曲」を間違えたら坊主頭にするという企画で、ミスタッチをしてしまい、坊主頭にされてしまった。その後は元の髪型に戻りつつあったが、同年12月12日に同番組で、又吉直樹(ピース)とのフリーキック対決に敗れ、罰ゲームで再び坊主頭にされてしまった[5]
    2012年3月1日にギルガメッシュのライブ「東京Sadistic~ぶっとおし13days~」の「バンドやろう”day」公演に「千葉ンド」のメンバーとして参加した。メンバーはVo.岩井,Gt.左迅(girugämesh),Gt.潤(ALvino),Ba.Shun(TOTALFAT),Dr.松本誠治(the telephones)。ライブ後も互いのライブに遊びに行くなど交流が続いている[6]
  • 澤部 佑(さわべ ゆう、1986年5月19日 - )
    ツッコミ担当。
    身長172cm、体重83kg、B98cm/W92cm/H103cm。血液型O型。
    立ち位置は主に右。
    坊主頭が特徴である。
    特技はバスケットボールで、中学のバスケ部ではエースだった。
    趣味はNBA、ロックフェス巡り。
    独身時代は童貞をネタにされていたが、2013年12月3日、交際10ヶ月を経て一般女性と入籍。2014年2月16日アートグレイス白金で挙式披露宴を執り行う。
    「ALASKA」と書かれた服がトレードマーク。オテンキの江波戸にもらったという[7]
    2012年7月、総合ファッションECサイト「magaseek(マガシーク)」のセール期間中の専属メンズモデルに起用された[8]

来歴[編集]

2人は幼稚園児時代からの幼馴染み。中学3年生の頃にはこの2人に、もう1人仲良しのメンバーを加えた3人組を結成、そのもう1人は最初お笑い活動に乗り気だったというが、高校2年生の頃に「やっぱり大学に進学する」と言って脱退[9]2005年1月には現在のコンビでお笑い活動を開始、同年3月にワタナベコメディスクールの『お笑いメジャーリーグ』に出場し、決勝の高校生部の3組に残り(うち1組は橋本まさをだった)、グランプリを受賞、2期生として特待生入学。

2006年3月にワタナベコメディスクールを卒業、同年4月からワタナベエンターテイメント所属となる。

M-1グランプリ』では、2005年に初出場し3回戦まで進出。その後2006年、2007年と1回戦で敗退。しかし2008年では準決勝まで進出の躍進を見せ、敗者復活戦にも出場。翌2009年には初の決勝進出を果たし5位になった。ちなみに、決勝のネタ直後のインタビューで岩井は「あまり緊張しなかったです。多分笑い飯さんが優勝なので」と発言したせいで、テレビ関係者から説教を受けたらしい。翌年も2年連続の決勝進出を果たすも、7位に終わった。ただし、4位のピースまでの差は9点だった。また渡辺正行は彼らに優勝した笑い飯と同点(90点)をつけ、自身のブログで「去年より全然うまくなってる。これに突っ込みが、もうひとつ、プラスアルファの何かがのるとかなり、新しい漫才のスタイルが生まれそう。」と彼らの将来性を高く評価した[10]

芸風[編集]

「ノリボケ漫才[11]を自称する芸が主力のネタである。岩井のボケに澤部がつっこまずについて行き、ボケ倒すという形をとる。岩井が語呂合わせのような形で言葉をつなげていくが、そのうちに最初のテーマから段々外れていき、最後には全く関係のない言葉になっている。そのため、最後に澤部が「関係無くなっちゃった!!」と言ってネタを終える形をとる。

この漫才のスタイルは、岩井が夢の中でネタが浮かんだことから生まれた。元々は序盤に普通の漫才をやり、最後だけノリボケをやるという構成だった。しかし2008年の『M-1グランプリ』一回戦で「制限時間が2分と短いから全部いっちゃおうか」と提案され、それを実行してウケたことからその後も終始ノリボケで通すようになった[12]

岩井が「仙台がマイブームの一つ」と話していたことがあり[13]、「笹かまのブーム」など仙台のことがネタに盛り込まれることもある。

木村祐一と放送作家の倉本美津留は「小さいことだが岩井のボケのワードを澤部が同じセリフを言ってしまうことをやめると、もっと飛躍する」と評している[14]

出演[編集]

澤部ピンの出演は澤部佑を参照。

テレビ[編集]

現在のレギュラー出演[編集]

過去のレギュラー出演[編集]

その他[編集]

岩井のみ

ほか多数

テレビドラマ[編集]

  • オトメン(乙男)〜夏〜(フジテレビ、2009年8月1日 - 9月26日)
  • オトメン(乙男)〜秋〜(フジテレビ、2009年10月13日 - 11月3日)

CM[編集]

ラジオ[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]