石塚英彦

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石塚英彦
本名 石塚英彦
ニックネーム 石ちゃん
生年月日 1962年2月6日(52歳)
出身地 日本の旗 日本 神奈川県横浜市保土ケ谷区
血液型 O型
身長 175cm
方言 共通語
最終学歴 関東学院大学経済学部卒業
コンビ名 ホンジャマカ
相方 恵俊彰
芸風 コントボケ
立ち位置
事務所 ワタナベエンターテインメント
活動時期 1983年 -
現在の代表番組 メレンゲの気持ち
ぴったんこカン・カン
世界一受けたい授業
過去の代表番組 元祖!でぶや
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脳内エステ IQサプリ
他の活動 グルメリポーター
俳優
配偶者 既婚
公式サイト 公式プロフィール

石塚 英彦(いしづか ひでひこ、1962年2月6日 - )は、日本のお笑いタレントグルメリポーター俳優。お笑いコンビホンジャマカボケ担当。愛称は石ちゃん

神奈川県横浜市保土ケ谷区出身。ワタナベエンターテインメント所属。身長175cm、体重117kg(ピーク時には135kg)。

来歴[編集]

デビューまで[編集]

横浜市立富士見台小学校[1]、横浜市立岩井原中学校、横浜市立桜丘高等学校関東学院大学経済学部卒業(大学では途中2年間の休学期間あり)。スポーツは中学時代に水泳、高校時代に柔道をやっていた[2]。高校時代に自主制作映画の制作に参加。俳優を目指したきっかけは、映画『ロッキー』を観たことで、大学も演劇サークルがあるという理由で決めた。しかしそのサークルは英語劇をやるところだったため、自分のやることと違うと思い途方に暮れた後[3]、大学を休学して20歳の時劇団ひまわりに入団し、基礎から2年間レッスンに専念した。なお、現在の夫人はこの劇団ひまわり在籍中に出会った同期生であり、石塚の食い気に惹かれて付いて来たという[2]。この当時、『お笑いスター誕生!!』に出演したこともある。また、いいとも青年隊のオーディションは1982年の初代のオーディションを含めて2回受けたが、いずれも落選したという[4]

ホンジャマカ結成[編集]

大学卒業後の1983年に、渡辺プロダクション(現在のワタナベエンターテインメントの親会社)が若手タレント養成機関「BIG THURSDAY(ビッグサースデー)」の第1期生として参加(同期には中山秀征がいる)。1988年に11人体制で演劇集団「ホンジャマカ」のメンバーとしてデビュー。立花理佐のバックダンサーをしていた時期もある。しかし、メンバーが次々と脱退して最終的には恵俊彰と2人だけになり、改めて恵とコンビ「ホンジャマカ」を結成。以来、お笑いライブやテレビ番組などを中心に活動している。

この頃、夫人とは約9年の交際を経て、夫人の父親の最大限のサポートもあって結婚[2]

ソロでの活動[編集]

現在でも恵と組んでのホンジャマカ単独ライブを行うことはあるものの、1990年代末期からは石塚個人でのソロ活動が目立つようになった。特にグルメ番組への出演やテレビドラマへの出演が多い。

グルメリポーターとして[編集]

グルメレポーターになる転機となったのは1996年頃、相方の恵に単独での仕事が多く入るようになったその時、石塚にもある朝番組の豪邸訪問レポートの仕事が入り、最初は玄関や掛けてある絵画など装飾の方を褒めていたが、訪問先で食事が出され、石塚はその時が一番生き生きしていたとみんなが気付いたことだったという[3]

1年のうちの約半分はグルメ番組のロケで日本全国を食べ歩いていて、これまでにありとあらゆるものを食べてきた。グルメ番組ではただ料理を食べて感想を言うのではなく、駄洒落を交えながらリポートするという手法を取っている。「誉めることしか考えず、料理した人の情熱をしっかり楽しく伝える」という仕方を通しているという[5]

テレビ東京の『元祖!でぶや』出演以来、グルメレポートで料理を頬張った後に「まいうー」(「美味い」の業界用語)と発言するのが定番。この言葉には「ありがとう」の思いを込めているという。ロケで自分のキャラを貫き通して、普通じゃないことをやっているという姿勢は、石塚が慕っているという忌野清志郎の考えを表しているという[5]

大食いキャラクターであるが、あくまでキャラクターとしてであり、実際には大食いではない。石塚は“グルメショー”として、むしろ料理の見映え、作った人の気持ちの方に着目してレポートをしている[3]ロケ等で料理は常に1口か2口だけ食べ、後は駄洒落等を言いながらシーンが変わるまで食べずに残すのが定番。その後処理は、同行スタッフが行っていることが明らかになっている[要出典]

これに関連して、1992年から2011年までTBSにて放送された『関口宏の東京フレンドパークII』では、最後のコーナー「ハイパーホッケー」において恵共々コスチューム姿で搭乗した際、食べ物が絡んだギャグを披露して恵に突っ込まれることもあった。

人物[編集]

特徴[編集]

デビュー当時は二枚目タイプで痩せていたが、後に大きく太り、デブタレントとして認識されるようになった。伊集院光松村邦洋らとともに「デブタレ御三家」と呼ばれるようになり、さらに内山信二またはパパイヤ鈴木を加えて「デブタレ四天王」などと呼ばれている。体格の変化については、彼女(現在の夫人)と交際していた頃に彼女の手作り弁当を「弁当の量が多いと思いながらも完食し、さらに量が増加していき、結果的に太り始めた」というのが石塚の弁である。

グルメ番組やバラエティ番組に出演する際には、真冬の屋外であろうともタンクトップオーバーオール(柄はホルスタイン柄や迷彩柄など様々)という姿が基本である。迷彩柄の時は「ちょっと悪キャラ」を演じる時だという[2]

ビデオリサーチによる「テレビタレントイメージ」の好感度調査の上位に定着。2007年8月期の調査では、初めて男性タレント部門の1位になった[6]

芸風[編集]

他者を毒舌や暴力で攻撃して笑いを取る手法を嫌い、敢えてこれを排除した芸風を取り続けている。「他人の中傷で笑いを取るのはダメ。気持ちいいと思わない。頭をはたくようなことも嫌い」という趣旨の発言もしている[2]

デブタレントとして[編集]

伊集院光松村邦洋内山信二らとともに「デブタレ四天王」と呼ばれている。

デブタレントが増えてきたことについて「動物園に例えるなら、ばかり。デブタレントとは1つの番組に1人でいいと思っていたが、デブタレントにも1人1人に徐々に個性が出て来た」といったことを話している[2]

趣味・嗜好品[編集]

好きなもの[編集]

苦手なもの[編集]

嫌いな食べ物はほとんど無いが、唯一駄目な物はネギだという。ラーメンや蕎麦などの上に薬味で刻んだネギが少量乗っているだけでもテンションが下がる。そのため、料理にネギが使われている場合は「平静を装いながら、視聴者に分からないようにネギをカメラの死角へと隠し、料理を食べる」というテクニックを独自に習得している。

尊敬する人物[編集]

尊敬する人物に初代林家三平を挙げている。また、ウガンダ・トラも尊敬人物の1人に挙げているが、これは彼からデブタレントのあるべき姿を学んだことと、彼の「カレーライスは飲み物」という発言に感銘を受けたことによる[7]

出演[編集]

恵とのコンビでの出演はホンジャマカ#出演を参照。

テレビ番組[編集]

テレビドラマ[編集]

ラジオ番組[編集]

CM[編集]

映画[編集]

吹き替え[編集]

アニメ[編集]

  • IQサプリ番組内のクイズ問題にて『ドラゴンボールZ』などにゲスト出演している(同じく同番組レギュラーの今田耕司とペアで登場することが殆ど)。

ゲーム[編集]

出版[編集]

書籍[編集]

CD[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「石ちゃんの まいうー哲学」”. 日本放送協会 (2010年10月3日). 2010年10月3日閲覧。
  2. ^ a b c d e f インタビュー<日曜日のヒーロー>第404回 石塚英彦”. 日刊スポーツ (2004年3月7日). 2014年7月7日閲覧。
  3. ^ a b c ロングインタビュー・石塚英彦(3/3)”. Web R25 (2013年6月20日). 2014年7月7日閲覧。
  4. ^ 石塚英彦「いいとも青年隊」狙っていた!オーディション2回落ちる”. スポーツニッポン (2014年2月4日). 2014年2月5日閲覧。
  5. ^ a b c <私の恩人>石ちゃん「まいうー」の原点は忌野清志郎さん”. livedoorNEWS (2014年2月2日). 2014年2月5日閲覧。
  6. ^ プレスリリース”. ビデオリサーチ (2007年9月26日). 2007年10月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年7月4日閲覧。
  7. ^ 新三共胃腸薬プラス CM詳細情報”. 第一三共ヘルスケア. 2010年3月23日閲覧。

外部リンク[編集]