自主映画
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
自主映画(じしゅえいが)は、商業映画ではない種類の映画を指す。自主制作映画(じしゅせいさくえいが)、インディーズ・ムービー、インディペンデント映画などとも呼ばれる。
学生が制作したものは学生映画、フィルムではなくビデオ撮影されたものは自主制作ビデオといったように、範囲を区分した呼び方をされる場合もある。アニメーション作品については自主制作アニメとも言われる。作品権利などが制作者(主に監督)にあるので、自主映画といわれる。マンガで言えば同人誌、音楽で言えば自主制作盤に相当する(音楽のインディーズとは異なる)。
自主映画のみを対象とした映画祭も存在し、ぴあフィルムフェスティバル、インディーズムービーフェスティバルなどがある。
目次 |
[編集] 解説
[編集] 制作者
自主映画の多くは、大学や社会人の同好の士による映画サークルや社会人団体、映像系学校の学生など、アマチュアのスタッフ・キャストによって制作される。制作団体としては、大学の映画サークルや西東京を拠点とする「映創会」、後にアニメ制作プロダクション「ガイナックス」となった「DAICON FILM」などが知られている。また、最初は自主映画の世界で名を知られ、後にプロとして成功した映画監督や映像作家も多い。なお、自主制作アニメにおいては、コンピュータソフトウェアの発達により、ほぼ個人での制作が可能になっている。また、インターネット環境の整備によりWebアニメとして公開する者もいる。本格的なアニメーション作品では、「新海誠」がその先駆けとして知られている。
[編集] 自主制作作品の歴史
かつては機材費が安価な8ミリフィルムでの撮影が主流であったが、近年はフィルムと比べより手軽で安価なデジタルビデオの普及やデジタル映像編集技術の発達から個人によるデジタル制作も増えてきており、劇場スクリーンでの鑑賞にも十分耐えられる高画質のビデオカメラを、学生やアマチュアが使いこなして映像を創り出す時代になっている。
だが、現在の日本では学術的に映画や映像技術を学べる体系はそれほど整備されておらず、自主映画が学校・ゼミなどの単位で制作されることはあまり見られない事もあり、ほとんどの作品は趣味の同好の士による制作である。大学機関でも学問として映画を専門的に学べる所は他の先進国と比べ格段に少なく、海外に留学する映画青年は多い。だが、その陰には国の文化政策において映画産業がそれほど重要視されてないという事も挙げられる。
[編集] 作品のテーマ性
自主映画は興行収入を重視する必要が少ないため、制作者独自の考えや遊び心が掣肘されることなくそのまま作品に投影されやすい。そのため、視聴者が意味を理解しづらい内容のものや、商業作品では行えない様な映像実験的要素や社会風刺などを含んだ作品も多い。さらに言うならば作者による自己満足的な内容のものも別段珍しいものではない。だが、それゆえの楽しさが生み出される事もあり、熱狂的な支持を得ている作品や伝説的な存在になっている作品なども少なからず存在する。また遊び心だけの映画も存在する。
[編集] 欧米での自主映画
なお、欧米では、インディペンデント映画と表記する場合、非商業やアマチュアの同人作品ではなく、メジャーなスタジオ(例えばハリウッド系)の系列構造に所属しない、独立資本やアートハウス系のスタジオなどをインディペンデントとして扱う。 それらのインディペンデント系作品は、大抵がローバジェット(小規模予算)で、上映系列も非常に限定されている事が多い。 ただし、ローバジェットと言っても、メジャーと比較してのローバジェットであり、例えば、日本人監督の北野武の映画は、日本国内では平均的な邦画として扱われているが、海外市場では特段にメジャー系列とは提携せず、10億円程度の"少ない"予算で作られるため、基本的に海外ではインディペンデント映画と見做されている。 つまり、製作から上映する映画館まで、全てが産業構造として組み込まれているメジャーに対して、映画単体を独立製作しているという意味でのインディペンデント、という認識である点に注意が必要。
[編集] 自主映画から有名になった映画監督
- 青山真治
- 庵野秀明
- 飯田譲治
- 石井聰亙
- 犬童一心
- 今関あきよし
- 岩井俊二
- 大林宣彦
- 大森一樹
- 荻上直子
- 小野寺昭憲
- 北村龍平
- 熊切和嘉
- 黒沢清
- 塩田明彦
- 新海誠
- 諏訪敦彦
- 園子温
- 塚本晋也
- 辻岡正人
- 手塚眞
- 橋口亮輔
- 平野勝之
- 古厩智之
- 森田芳光
- 矢口史靖

