ビビる大木

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ビビる大木
本名: 大木 淳(おおき じゅん)
生年月日: 1974年9月29日(34歳)
出身地: 埼玉県春日部市
血液型: O型
身長: 176cm
方言: 標準語
最終学歴: 西武台千葉高等学校
コンビ名: ビビる(解散)
相方: 大内登(元相方)
芸風: コント
事務所: ワタナベエンターテインメント
活動時期: 1996年 - 現在
同期: 品川庄司など
現在の代表番組: ウチくる!?
土曜スタジオパーク
BS熱中夜話
過去の代表番組: 笑う犬
リチャードホール
銭形金太郎
配偶者: 未婚
親族: 大木優紀はとこ
公式サイト: プロフィール

ビビる 大木(ビビる おおき、本名:大木 淳 - おおき じゅん、1974年9月29日 - )は、日本お笑いタレント埼玉県春日部市出身。ワタナベエンターテインメント所属。元ビビるメンバー血液型O型。春日部市立谷原中学校、西武台千葉高等学校卒業。

目次

[編集] プロフィール

1996年大内登と共にお笑いコンビビビる」を結成。担当は大木がボケ、大内がツッコミ。デビュー当時はテツandトモよりいち早くジャージを着用して活動。その後、「はじめまして、こんばんみ!!」「わっしょい!」のギャグがブレイクするなどし、バラエティ・コントなどに活動の場を広げていった。

2002年4月ビビるの@llnightnippon.com』(ニッポン放送)にて大内が芸能界の表舞台からの引退を表明。大木はかつてのコンビ名「ビビる」の名残りを残して現在の芸名に改名し、ピン芸人となる。「ビビる」を芸名に冠したのは、大木によると「ビビる」というユニットから1人が抜けただけ、とのことである。 ビビる解散後はコンビ時代以上の活躍を見せ、多数のバラエティ番組に出演。バーター芸人と呼ばれることが多く、大木自身も所属事務所の先輩である「中山秀征のバーターです。」とネタにすることあるが、最近は単独でMCを務める事も増えており、バーターから脱却しつつある。また、NHKにレギュラー番組を持っているためか、お笑い芸人の中でもNHKの番組にゲスト出演する機会が極めて多い。

[編集] 芸風

若手時代からアドリブやフリートークの上手さには定評があり、土田晃之は大木を主な雛壇芸人の一人として評価している。『ビビる大木のオールナイトニッポン』では一部のリスナー(野球・プロレスファンなど)などから人気がある。また、後述の『CHIMPAN NEWS CHANNEL』では(大木が声優であることを仮定した上で)チンパンジーの何をするかわからない動きに対しての的確なアドリブに高評価を得ている。これをきっかけにナレーションなど声を使った仕事が増えている。

[編集] 人物

  • 中山秀征明石家さんまを尊敬している。特にさんまは自らの師匠として慕っており、さんまみたいな芸人になりたいらしい。(「踊る!さんま御殿!!」にて)
  • 野球相撲、そして格闘技(プロレスなど)が大好き。『ビビる大木のオールナイトニッポン』では序盤のフリートークで必ず話していた。プロ野球は大の読売ジャイアンツファンである。
  • 3年B組金八先生』の大ファン。
  • SMAP草彅剛とは幼稚園、小学校、中学校時代の同級生[1]であり、同じ野球チームに所属していたが、草彅曰く「あんまり覚えてない」とのこと。
  • テレビ朝日アナウンサー大木優紀と「はとこ」の関係。(大木アナの父親とビビる大木の父親が従兄弟)。優紀のことは「はとこちゃん」と呼んでいる。
  • トリビアの泉』では常に高へぇを連発し、品評会会長であるタモリに『祝1周年記念SP』で、へぇボタンの押し過ぎを怒られたことがある。大木はスタッフから「多く押して視聴者にサービスするように」との指示があったと弁明していた。
  • 歴史が好き、特に幕末とのことで、度々テレビやラジオなどで幕末について熱く語り、吉田松陰を尊敬しており「松陰先生」と呼んでいる。

コンビ時代

  • マチャミの全部いただきっ!!』のスキー場でのロケで、二人はソリに乗って登場したが、事前に操縦の練習をさせてもらえず、しかも「顔が隠れる」という理由でヘルメットを装着させてもらえなかった。 案の定大きくコースを外れ、レストハウスのコンクリート壁に激突。壁にあったゴミ袋と雪がクッションの役目をしたため命に別状はなかったが、大木は第十二胸椎圧迫骨折(つまりは背骨骨折)の重傷を負った(幸運にも半身不随は免れたが、紙一重だった)、相方の大内登は頭蓋骨骨折と脳挫傷(3箇所)の重傷を負い、一時意識不明に陥り、生命も危ぶまれるほどの重態になったものの、奇跡的に無事生還。大木曰く「激突の瞬間、司会者席から笑い声がしたので(大事故には見えなかったため)オチをつけようと立ち上がろうとしたが、全身に力が入らず全く動けなかった。大内を見ると、鼻血を出してぐったりしていた」という。その後なんの説明もなしに一時期レギュラー番組から姿を消し、痛々しい車椅子姿で復帰した。また、番組側はこの事故の事を半年も隠蔽していた。今でも、まだ古傷が痛む事がある。
  • 両者ともに2ヶ月の入院の後、さらに2ヶ月の自宅療養を医師に命じられたが、当時参加していた『雷波少年』のT部長に無理矢理に日本テレビの番組対抗クイズ番組特番に参加を強いられた(車椅子にジャージというあからさまに病み上がりな姿だったため、司会の島田紳助も気をつかってくれた)。大木は後にラジオ番組で「T部長もナベプロも俺を殺すつもりだ、と思った」と語った。

  • WORLD DOWNTOWN』(フジテレビ系列)のジル・ベッソンや『CHIMPAN NEWS CHANNEL』(フジテレビ系列)のゴメス・チェンバリンの吹き替えの声優は大木であるという噂があり、声優が公表されていないためその真偽は不明であったが、フジテレビ公式サイトが案内した『CHIMPAN NEWS CHANNEL スペシャル』にてキャストの最後に「ビビる大木」と記載されたことにより、この噂は一応の決着を見た。その他、大木が吹き替えをしていることを窺わせるエピソードとして、テレビ番組などでの以下のようなやり取りがある。
    • 2007年1月30日放送の『踊る!さんま御殿!!』では、「明石家さんまの声がもし出なくなったら」という話題で、木村祐一の「(さんまさんには)喋るふりだけしてもらい、自分がサブから声をあてます」という発言を受けたさんまが「ああ、ビビるのやつみたいにな」と返す、というやりとりがあった。
    • 2007年1月31日放送の『笑っていいとも!』にて、大木がタモリからチンパンジーの吹替えをやっていることを何度もつっこまれる。それに対して大木は、番組の設定上口止めされている事を匂わせながら否定する。が、タモリがしつこく追及すると、「明らかにすると上の者に怒られる」と答えた。
    • 2007年2月17日放送の『水曜どうでしょう』にて、大泉洋が「ビビる大木さんのモノマネをします」と称して、「ミスター大泉!!!」とゴメス口調で連呼した。
    • 2007年10月2日、TVステーションの公式サイトにて2007年10月11日放送分の出演者としてビビる大木の名前が挙げられていた。
    • 2007年10月16日放送の『ラジかるッ』にて、2007年10月11日放送分の『CHIMPAN NEWS CHANNEL スペシャル』の裏番組にあたる『内藤vs亀田 世界タイトルマッチ』の話題になった際に、メインMCの中山秀征に「それでこの時間、大木さんは何見てたの?」と聞かれると、すかさずビビる大木は「チンパンジー見てました!」と答えた。その後、中山秀征に「あれって大木なんでしょ?」と突っ込まれると、即座に「違います!違いますっ!」とかなり焦った様子で答えた。
    • 2008年4月5日放送の『世界・ふしぎ発見!』に大木がゲスト出演した際、黒柳徹子に「ごもごもごもごもっとも~!」と言わされた。
    • 2008年9月26日放送の『タモリ倶楽部』で大木の喋りに合わせて口をパクパクするタモリに大木は「ゴメスじゃないんですから」、2009年7月4日放送分では同じく大木の喋りに合わせて口をパクパクするタモリに「チンパンジーは終わったんです」と突っ込んだ。
    • 2008年12月27日放送の『人志松本のすべらない話』で、大木のキャッチフレーズが、「吹き替えとアドリブの芸達者」として紹介され、かつナレーターの若本規夫が、大木の紹介後に「ごもっとも!」と言っている。

[編集] 現在の出演番組

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[編集] コマーシャル

[編集] 過去の出演番組

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[編集] 外部リンク

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ 2009年6月8日『SMAP×SMAP』日本全国一番人アンケートで大木が公言。