ビビる大木のオールナイトニッポン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ビビる大木のオールナイトニッポンニッポン放送の人気深夜放送オールナイトニッポン水曜日で元ビビるビビる大木がパーソナリティを担当したラジオ番組である。2004年10月6日2005年3月23日に放送された。

目次

[編集] 放送時間

  • 水曜1部 深夜25:00-27:00(ニッポン放送をキーステーションに全国36局ネット)
  • 2005年10月22日 土曜R 深夜27:00時-28時30分(一夜限りの復活)

[編集] 概要

  • 1999年10月、土曜日のU-turn@llnightnippon.com内の「ビビるの芸能界ビビリまくり!!」という10分番組でスタート。半年で「ビビるのIt's Show Time!」に改名。
  • 2000年10月~2001年9月、オールナイトニッポンRで木曜深夜(金曜未明)3:00-4:30を担当。大木は「日本童貞党」を立ち上げる。
  • 2001年10月~2002年9月、「ビビるの@llnightnippon.com」として放送していたが、2002月4月末でビビるが解散、大木一人の放送になる。
  • 2002年10月、ネプチューンの堀内健とコンビを組み、「堀内健とビビる大木のallnightnippon SUPER FRIDAY!」を放送。
  • 2003年4月~2004年3月、「堀内健とビビる大木のオールナイトニッポン」を放送。
  • 2004年10月6日、ナイターオフシーズンで本放送開始。番組開始時から2005年3月での放送終了がすでに決定していた。
  • 2005年3月12日、ニッポン放送イマジンスタジオにて「ビビる大木のオールナイトニッポンファン感謝デー!」を開催
  • 2005年3月23日、明石家さんまをゲストに迎えての最終回。さんま自身にとって「オールナイトニッポン」の出演は25年ぶりで、CM明けジングルも過去のジングルを使用した。また、さんまのおしゃべりが盛り上がりすぎて、曲は1曲ぐらいしかかからなかった。
  • 2005年3月30日より、松浦亜弥がパーソナリティをつとめる「松浦亜弥のオールナイトニッポン」が後番組としてスタート。
  • 2005年10月22日(23日未明)にオールナイトニッポンR スペシャルナイトで一夜限りの復活。深夜3時~4時30分にもかかわらず生放送で放送。

[編集] 番組の特徴

  • オープニングでは主に野球情報から入る(「しだるま野球情報!」、「しだるまキャンプ情報!」等)。また初っ端から、「楽天・紀藤が自由契約になりました!」と入った回もあった。それに対して、あるリスナーは「だれが自由契約なったか」を頼まれてもいないのにメールで送って来ていた。これは後に「今週の自由契約」というひとつのコーナーに発展した。本人曰く、「誰がどうなったのか非常に気になるけど、自由契約の話をすると暗くなるね」とも。また、相撲情報も行う。
  • 後期には、タイトルコール・オープニングトーク後のその日の1曲目には主にヘビーメタルを流していた。そして、それに対する反響としてリスナーから即座にメールが届く事が多かった。ヘビメタ好きなリスナーからは、「深夜のメタルゴッド・大木、今夜もヘビメタお願いします。」などと好評のようであったが、ヘビメタに馴染みのない一般のリスナーからは、「ヘビメタ、重い。」「勉強中にヘビメタはやめてくれ!」などの批判のメール、はたまた「文化放送聴くぞ!」と、脅しまがいのメールまで届く始末で、賛否両論であった。
  • 上記のことと、後述するコーナー「ベストヒット・ニッポン」などからわかるように、この番組は大木自身の趣味・嗜好が色濃く反映されており、やや玄人向けな番組であると言えよう。リスナーには、それに呼応するマニアなリスナーと、大木に批判・反発するリスナーとで二極化していた。

[編集] コーナー

歴代コーナー一覧。

[編集] BIBIYAのBADランキング

春日部に店を構えるレンタルショップの貸し出しランキング最下位の作品のタイトルを募集。

[編集] ネゴロさん引き止め計画

諸事情により辞めようとしているネゴロさんを引き止める一言を募集。

[編集] 出て来いミラクル

UFOを呼んだり、妖精の写真を撮影したり、とんでもぶりが話題になった。妖精写真は東京スポーツにも掲載された。オカルト研究家で作家の山口敏太郎が月一レギュラーで出演している。

[編集] ぐってぃん

人や物、世の中の出来事などに対しての愚痴を募集。

[編集] 未来川柳

近未来に起きそうな出来事を川柳にして募集。

[編集] ベストヒットニッポン

大木のお気に入りの曲を一曲紹介し、流すコーナー。ベストヒットUSAのパロディーで、紹介時のBGMも同じものが使われていた。誰もが知るヒット曲よりも、いわゆる“知る人ぞ知る隠れた名曲”と言えるような曲が多く紹介され、リスナーからも好評で、「〇〇〇、すげーいい曲っすね!」「ベストヒットニッポン、(コンピレーション・アルバムとして)発売してください!」などのメールが毎回のように届いた。

[編集] ビビる大木の妹・弟分オーディション

[編集] 3年C組ゆうこ先生!

ニッポン放送社員報道部の宮崎裕子デスクがコーナー出演し、リスナーから "報道部のゆうこ先生" に学校社会の時間に習ったけどいまいちわからない聞いてみたい質問を思い切って聞いていた。

[編集] エピソード

  • スタジオにザブングルクールポコ等後輩芸人が見学に来ていたこともあり、彼らがリスナーに対して人生相談に乗っていた回もあった。
  • 最終回の一週前の回では、大木が大ファンであると公言し、それまで番組内で「国仲師匠」と称し度々話題に挙げていた女優・国仲涼子をゲストに迎えた。しかし大木は国仲が来てもお構いなしとばかりに、野球・相撲情報やヘビメタなどのお決まりのコアな展開を繰り広げ、更には大木自らが脚本したラブコメ風のラジオドラマを読ませるなどし、国仲は終始苦笑い気味であった。対照的に、大木は大変満足気であった。
  • 最終回では、タイトルコール・オープニングトーク後の1曲目は台本ではおニャン子クラブじゃあねであったが、お決まりの大木の独断でチープ・トリックがカバーしたデイ・トリッパービートルズ)を流そうとした。ところが流れてきたのはかねてから大木がファンであった浜田省吾からの録音コメントであった。大木は労いの言葉を贈られ、曲は「Midnight Blue Train 2005」が流された。スタッフからのこのサプライズな計らいに、大木はとても感激していた。

[編集] スタッフ

  • ディレクター:松岡
  • 放送作家:杉本

[編集] 代理

[編集] 関連項目


オールナイトニッポン
前担当:
坂崎幸之助
ビビる大木のオールナイトニッポン
水曜  25:00 - 27:00
ビビる大木
次担当:
松浦亜弥