ナインティナインのオールナイトニッポン

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ナインティナインの
オールナイトニッポン
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ジャンル バラエティ番組
放送方式 生放送
放送期間 1994年4月4日 -
放送時間 木曜日 25:00 - 27:00(120分)
金曜日 1:00 - 3:00)
放送局 ニッポン放送
ネットワーク NRN
パーソナリティ ナインティナイン
岡村隆史矢部浩之
2010年7月15日 - 11月25日の間は矢部のみで放送)
企画 悪い人の夢 など
ディレクター 加藤晋(初代)
金井尚史(2代目)
神田比呂志(3代目)
石田誠(4代目)
角銅秀人(5代目)
宅野淳(6代目)
宗岡芳樹(7代目)
公式サイト 公式サイト
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ナインティナインのオールナイトニッポン』はニッポン放送の深夜番組「オールナイトニッポン」で毎週木曜日に放送されており、お笑いコンビナインティナイン岡村隆史矢部浩之)がパーソナリティを担当するラジオ番組。通称「ナイナイのオールナイト」「ナイナイのANN」「99のANN」。

目次


[編集] 概要

1967年(昭和42年)から45年の歴史を誇る『オールナイトニッポン』で歴代最長期間の放送をしている深夜のラジオ番組である。1994年4月4日の月曜2部(月曜27:00 - 29:00)の第1回から数えて2004年6月3日で通算500回を迎え、『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』の記録(11年9か月)を大幅に更新し、「オールナイトニッポン」シリーズ全体でも最長となる17年9ヶ月(2012年1月現在)も放送されている長寿番組となっている。(ただし鶴光は1時から5時までの4時間長時間放送 ナインティナインは1部、2部制になって2時間枠で放送されたパーソナリティでは歴代最長である)2009年4月2日の放送で放送15周年を迎えた。また、2009年2月5日の放送が通算732回目(特番を除く)であることが、同日の放送にて取り上げられた。さらに2010年6月17日の放送で800回を迎えた[1]

番組はリスナーから送られてくるネタコーナーとナインティナインのフリートークで構成している。 より多くネタを読まれるよう努力するハガキ職人がこの番組から多数誕生した。この番組出身のハガキ職人上がりの放送作家を数名輩出しており、将来はナインティナイン自ら育てた作家を集めてバラエティ番組を作るのが夢だと二人は語っている。 近年メールで募集しているスタイルのラジオ番組が多い中、未だにハガキのみでネタの募集受付をしている稀有な番組である。ネタに関しては岡村自身が毎週全てのハガキに目を通しており、ワンコーナーに数千通の葉書が送られてくることも珍しくない番組としてはかなりの労力を要する作業となる。

フリートークでは二人のテンションがテレビの時よりも若干低くなり、落ち着いたトークが聞かれる。そこでは、普段のテレビでは見られないようなプライベートに近い一面を垣間見ることができる。

[編集] パーソナリティ

[編集] 番組の変遷

ナインティナインのオールナイトニッポン(2部制時代)
  • 1994年4月4日 - 6月27日 月曜2部 深夜27:00 - 29:00(火曜3:00 - 5:00)
  • 1994年7月7日 - 1999年3月25日 木曜1部 深夜25:00 - 27:00(金曜1:00 - 3:00)
ナインティナインのallnightnippon SUPER!
  • 1999年4月1日 - 9月30日 木曜SUPER 22:00 - 24:00
ナインティナインの@llnightnippon.com
  • 1999年10月7日 - 2003年3月27日 木曜.com 25:00 - 27:00(金曜1:00 - 3:00)
ナインティナインのオールナイトニッポン
  • 2003年4月3日 - 現在 木曜 深夜25:00 - 27:00(金曜1:00 - 3:00)

[編集] 番組の構成

[編集] 冒頭(1時)

時報直後にナインティナイン二人が声を揃えてひとこと叫んで(通称「怒鳴り」)すぐタイトルコールがあり、間髪を容れずに「BITTERSWEET SAMBA」が流れる。怒鳴りは時事問題やナインティナイン周辺の近況などに関連して何かしらの意味を持つキーワードになっており、主にオープニングトークへのネタ振りとなっている(稀にそのパターンを裏切って特に触れないこともある)。2010年6月10日の放送では岡村の体調不良によって自身の主演する公演が延期となったことに対する謝罪から始まり、謝罪が終わってから二人で「せーの!」と言ってタイトルコールをした。

芸能人の結婚報道がその週にあると「おめでとう」と叫ぶ確率が高い。2008年7月3日の放送では岡村の誕生日当日だったため合間に竹内まりやの「今夜はHearty Party」が流れ、テーマ曲がフルで流れなかった(後述を参照)。

テーマ曲のイントロの後、岡村「どうもこんばんは」矢部「こんばんは」岡村「ナインティナインです」矢部「はい」というように始まる。時報からここまでは怒鳴りを除いて毎回ほぼ同じトーン、同じリズムである(矢部単独時でも同様のスタンスで「こんばんは、ナインティナイン矢部です。」と言っている)。

[編集] オープニング

「どなり」→「タイトルコール」→「オープニングトーク」→「提供クレジット読み」と、他曜日の同番組に比べやや変則的。 なおかつ、オープニングトークが10分前後なされる為、タイトルコール後に流れる『BITTERSWEET SAMBA』が全て聴ける。(途中の部分を5回繰り返しの4分15秒バージョン)

[編集] フリートーク

前回の放送後から一週間の内で、岡村が関心を持ったことや印象深かった出来事、身の回りで起こった出来事などを話題としてトークをしていく(矢部は概ね聞き役となる)。岡村の根拠の無いネタで進行することも多々あり、提供クレジットを読まなければならない時間を大幅に遅らせることもある。

内容によっては思わぬ方向に話が流れるため、担当ディレクターや矢部が岡村の話の腰を折り強引に進行される場合もある。ただし、思わぬ盛り上がりをみせたトークは後半のネタコーナーにさえ影響を与え、トークで盛り上がった人物が後日ハガキ職人によりネタとして登場することもある。 ナインティナインの二人が出演した番組や映画、舞台、イベントなどの裏話や見所やこれらを楽しむためのポイントが語られる事も多く、リスナーも楽しみにしている。その人気のバロメーターは番組に届く反響のメールやハガキの数で判断されている。また前回の放送から一週間の間におきたニュース(社会政治、芸能、スポーツ、気象現象 下ネタ とりあげる話題の範囲は広いが、広く浅くの場合が多い)など放送直前におきた出来事を語る場合もある。二人にとってどうでもいいニュースはあえて軽く触れスルーする場合もある。

このフリートークは、会話のテンポやトークの流れから当日の二人の体調・ご機嫌がどのようなものなのかをリスナーに伝える役割も果たす。岡村、矢部の仕事や社会情勢での不満を吐き出すいわば「毒吐き、ガス抜き」としても使われる。深夜の深い時間とあって番組がはじまった初期のころはリスナーを意識しない内容のトークも多くリスナーからの苦情やクレームまでもネタにしてしまう怖いもの知らずの内容が多かった。加齢と世間の変化と共に過激さは減ったものの悪ふざけは相変わらずで岡村のフリと矢部のトークへの焚きつけへの間はこの番組ならではである。

また、仕事以外でプライベートは一切関わらない二人の意志の疎通の場所としても使われており、ナインティナインが今後どうなるかなどの深い話もこのフリートークの場を使い行われる。 2人にとってオールナイトニッポンはテレビでのナインティナインとは違い、素顔の自分らを出すことが出来る唯一の場でありライフワークとしてラジオを大切にしていると語ることもある。このためギャランティは低く設定されているというぶっちゃけトークなども飛び出すこともある。

[編集] 番組内でよく聴かれる岡村の口癖

  • 「〜だろう」、「〜かもしれない」→「だろう運転」、「かもしれない運転」
  • 「なんちゅうの」、「なんちゅうのかな〜」(話の途中で適切な表現などを探る時)
  • 「なんていうんですか」、「○○感」→「なんていうんですか○○感」(「○○感」の部分は「緊張感」「充実感」「満腹感」などがあてはまる。DA PUMPの「Feelin' Good 〜It's PARADISE〜」の歌詞より)
  • 「そんな中、〜」(話題を切り替える時に使用する)
  • 「頑張って下さいや」(全く激励する気が無いときに無感情で発する。逆に本当に激励したい場合は、「頑張って下さいよ。」と発する)
  • 「僕は○○を逆に下に見ています」(自分が他人から見下されている、高圧的な態度をとられていると感じたときに宣言する)
  • m.c.A・T」→「アイムm.c.A・T」
  • 三浦知良」→「カズ、三浦カズ」
  • 「水・カンパン・ラジオ」(災害関連の話になると必ず口にする。放送ブース内で一緒に番組を進行している放送作家の小西マサテルだけを笑わせるためによく話題にすることがある)
  • 「わからないんですけれども」
  • 「○○の○○」(例:アナウンサー→「アナのウンサー」)

岡村はフリートーク内での話題で出たキーワードやフレーズなどで自分が気になってしまった言葉を、突然語感のリズムだけで喋ってしまうことがよく見受けらる。「言葉のスタンプ」、「言葉のだるまおとし」と名付けている。それらのフレーズは年末恒例のコーナーである流行語大賞で取り上げられることが多い。しかし必ずしも毎回うまいことをいうわけではなく、失敗してしまうことも多い。

その他、ゲストが若手俳優や俳優業に進出したばかりの芸人などの時に、話題が芝居や演技のことに及ぶと「僕はブルーリボン新人賞を獲ってね…」などと過去の栄光を自慢し先輩風を吹かせようとするボケがお約束になっている。センター入試の直前など受験シーズンには受験生へのアドバイスとして、金八先生のセリフを引用して「鉛筆を2本持っていけ」など毎年ほぼ同じことを口にする。

[編集] 2時の時報

岡村が午前2時(JST)の時報(ネット局によっては鳴らない)とともに「2時!」と怒鳴る。1997年3月20日に有楽町からお台場へと放送局が移動した頃、お台場からの放送よりインカムから時報が聞こえ始めたのが最初。この頃は「2時をお知らせします」という言い方だった。約半年間くらいこの時報のお知らせは続いたがリスナーからの注文で終了(後述の爆笑問題が先に使用していたとリスナーに言われたため)。

次にこの時報のお知らせが始まったのは2002年5月30日放送から。はじめは2時に始まることが多かったコーナーの名称である「悪い人の夢」と叫んでいた。進行状況によりコーナーの開始時間が前後することが多々有ったので、2時の時報が気になり進行できない岡村はネタとして、コーナーの開始に関係なく2時になると「悪い人の夢!」と叫ぶようになっていった。その後、「悪い人の夢」のコーナーが早い時間に移動になり、2006年6月13日の放送から単に「2時!」と叫ぶようになった。

その後再び「悪い人の夢」のコーナーが時報と同時に開始する事が多くなったため、「2時!悪い人の夢」とエコー付で怒鳴る。ただし、ゲストが来ている場合やトークの途中の場合は「2時!」や「2時!(コメントあり)」と言う。CM中に時報になった場合は「2時○○秒」や「2時ちょっと過ぎ」と言っていたが、最近はフィラー中でも強制的にBGMを止め岡村が「2時」と言っている。現在は話の途中で言うため、テンションの低い「2時」でさらっと時報をお知らせすることが多くなった。

長引いた場合など、やらない(または忘れる)週がたまにある(2008年7月17日放送分では、スラムダンクについて熱く語ってしまい忘れてしまった)。2008年10月23日(当日は矢部の誕生日)放送分で、ゲストで来た上戸彩との話で盛り上がり、岡村が叫ぶのを忘れていたので、代わりに矢部が叫ぶということもあった(例:(キー局ニッポン放送での時報)喋り・ピポ、ピポ、ピポ、ポーン「2時」)。

なお、この時報のどなりには岡村いわく裏テーマがあり、長い2時間の深夜放送で眠くなってしまうリスナーの眠気を覚ますための行動であるらしい。しかしこれは後付の理由で、岡村自身がただ気持ちがいいからというだけの事である。タイムテーブルの進行で2時にコーナーの怒鳴りが言えればよいだけの行動で進行が早かった場合は内容の無いトークで強引に時間調整をしている。この意味のないこだわりに、当初矢部も少々困惑して遠まわしに注意をしていた。しかし岡村は「繰り返す事に意味がある笑い」であることをこだわり続け、現在では文句すら言わなくなったが困惑していることは変わらない。

また、矢部のみになってからはコールを行っていなかったが、2010年9月9日の「ナインティナインの日」の放送で「2時」とコールを行った。矢部が一人で放送している期間に2時のコールは現在この回のみである。

2時の時報と共に叫ぶのは岡村が始めたネタであったが、爆笑問題太田光が『火曜JUNK 爆笑問題カーボーイ』で「2時!」と叫んでいたため、議論になった。この問題については太田が一方的に謝罪して決着した。実際には岡村のほうが少し早い時期から言っていたため現在も使用している。ただし、このような時報の叫びはナインティナイン以前にも、「スーパーギャング コサキン無理矢理100%」でもかつて行われていた。

最近では福山雅治が『福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル・魂のラジオ』で「12時!」と言っており、鬼龍院翔が『鬼龍院翔のオールナイトニッポン』で「まもなく2時です。」とコールしている。また、岡村が2005年12月18日に『笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ』にゲスト出演した際、鶴瓶とのトークの最中に時報が入り「5時!」と叫んでいる。この日の放送は通常より30分長い拡大版で放送されオールナイトを聞いているヘビーリスナーにしか分からないネタを披露した。更に2010年12月までは月曜日の『城田優のオールナイトニッポン』で城田優が、水曜日の『いきものがかり吉岡聖恵のオールナイトニッポン』で吉岡聖恵がコールしていた。

[編集] 口笛ジングル

点取り占いと同じだが、エンディング前にナインティナインの二人が前回の放送から一週間の間におきたニュースや出来事をとりあげ、岡村が話題を提供し矢部が聞き手となるという形をとっている。話題に対しての二人が率直な感想を語り、特に話を引っ張るわけでもなくスカして終わる(岡村不在時は矢部が独自で話題を提供している)。

[編集] 放送終了前後

3時の放送終了前、最後のジングルが明け矢部の提供クレジットの読み上げの後に岡村が「本日は○○スペシャルと題しまして2時間ぶち抜きでお送りしましたけれども…」などと語ることがしばしばあるが、実際は多少触れた程度または全く触れていない話題であることがほとんどであり、それほど重要でない場合が多い。分かる人にはわかるネタの場合もある。聴取率調査週間(スペシャルウイーク)では、「スペシャルウイーク一週目、(二週目)無事、怪我も無く終わろうとしているんですが…」と言う。

終了直前の短い時間でのトークで番組でとりあげた話題に関しての反省会的な部分もあり翌日の仕事の話や来週の放送の告知や前半のフリートークの補足や番組スタッフへの駄目出しなど様々である。

[編集] 番組の締め

番組を締める時(正確には2時58分ごろ)に矢部が「わーわー言うております(「言うとります」と聞こえる)」、岡村が「お時間です」、最後に二人で「さようなら」と漫才の締めに言う台詞を言ってフェードアウトとなる。これは、「番組が静かに終わってしまうのが寂しい」というリスナーのハガキをきっかけとして定番化した締め台詞である。ただし、エンディングトークが長引いた場合などには、一部のネット局では台詞の前に話の途中で強制フェードアウトされる。

この締め台詞が初めて登場したのは2部時代の1994年5月23日であるが、当初は岡村が1人で全ての台詞を言っていた。現在の掛け合いパターンになったのはそれから2週間後の6月6日である。なお、どちらかが不在で1人での放送の場合には当日の担当者が全ての台詞を言う事になっている。(岡村不在時には矢部が全て言っていた。)

最後に、ネット局にもよるが3時の時報前に「ニッポン放送、ナインティナインのオールナイトニッポン」(.com時代は「ニッポン放送LF+R、ナインティナインの@llnightnippon.com(オールナイトニッポン・コム)」)と入る(CMアイキャッチでも使用されている音声)。「ニッポン放送」と付けることによってキー局ニッポン放送であることを知らせている(これも岡村不在時には矢部のみの音声で流れていたが、CMアイキャッチでは使用されず、3時の時報前のみであった)。

[編集] エンディングテーマ

他の曜日は一定しているが、この番組のみ異例でエンディングテーマは毎週の番組内でのトークで話題となった関連した曲がスタッフの判断などによってランダムに決定されている。1998年頃までは後述の「月夜の星空」が毎週エンディングとして流れていた。その後、当日のOAでのキーワードをエンディングに使うことになり、現在のような形に落ち着いている。

[編集] ジングル

基本的には「僕の点取り占い」が読まれるか、後述する様々なシチュエーションにおける二人のコント調のジングルが流れる。エンディング前の「口笛ジングル」も「点取り」のように話題になっているネタを評価している。

季節の行事やスペシャルウィーク毎にナインティナインの二人のコントのジングルが製作されている。シュールな内容のコントがほとんどで、これらはほぼノープランで作成されており(番組内での岡村のコメントで明かされた)時に岡村のアドリブによる暴走で矢部が我慢できずに笑い出してしまうこともある。それも普通のジングルとして使用されている。後述のよくネタにされる代表的な言葉での水谷豊の「ジ〜グ〜ザ〜グ〜」はこのコントジングルからヒットしたもので、勢いあまって付け足したことが、トークで話題となり「こんなの僕ら世代にしかわからない」と忘れた頃にネタとして登場する。

番組初期に作成されたジングルにはナインティナインの二人が高校時代に所属していたサッカー部での伝統の「した」と呼ばれる部活の終了の挨拶をつかった物や、吉本印天然素材のネタで使われていた物などもあり、現在でもたまに使用されている。

ゲストがいる場合、Hi-STANDARDのNEW LIFEのイントロをバックにゲストがコメントを言っているジングルが流れる。また、そのゲストが過去に出演したときのもの、関わりのある人のものが使われることがある。

[編集] CMアイキャッチ

3時の放送終了と同様に、「ニッポン放送、ナインティナインのオールナイトニッポン」(.com時代は「ニッポン放送LF+R、ナインティナインの@llnightnippon.com」)とBGM中かあるいは前に入る。かつては岡村あるいは、矢部の声で「“ニッポン"はカタカナで」というSEが入っていたが、2005年ライブドアによる株式大量取得事件で一躍有名となって以降は廃止された。

[編集] 下ネタ

ネタコーナーでは下ネタの含まれたものも読まれる。度が過ぎると罰則の対象になる(ハガキ職人にはあえて説教をするが下ネタのハガキを選び、読むのは岡村の判断)。ある意味、逆に名誉とされている。ただし、名誉の場合はは何ももらえない傾向にある。一時期「毒まんじゅう」とよばれるノベルティをもらえないの判断基準の上限ラインで配布されていた(現在は終了)。判断の基準は番組の担当ディレクターに委ねられている。

主にビビアン・スー梨花ジャネット・ジャクソン反町隆史アニータ・アルバラード加藤鷹村西とおる杉本彩杉田かおる、「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」の人気コーナーであった「鶴光のミッドナイトストーリー」がネタにされる。

[編集] ハガキ職人大賞

1994年の年末より開始。原則として3か月に1回(番組初期の頃は次の回まで4ヶ月~半年空く事もあったが、現在はこの期間に定着している)期間中にネタコーナーで読まれた回数を競うハガキ職人大賞を開催している。放送では1位から5位、また入賞しなかった数名(頑張り屋さん)が発表される。入賞者には順位に応じて賞品として「ナインティナインのオールナイトニッポン」の判子が押してあるハガキが送られ、それぞれの枚数は1位は50枚、2位は30枚、3位は20枚となっている。このランキングにカウントされる枚数はネタハガキだけではなく、普通のお便り、FAX投稿やメールでの意見なども含まれている。これはハイレベルなネタを投稿してくる職人が多く投稿枚数の多い激戦の番組でハガキ職人大賞に参加しやすくするための配慮である。

大賞で獲得した賞品のハガキを使って他の番組に送ったことが発覚するとハガキ職人を破門になる。

[編集] 毎年恒例行事

毎年恒例となっている行事がいくつか存在する。長く聴き続けているヘビーリスナーにとって欠かせない1年の通過儀式となっている。

正月トーク(1997年より)

毎年1年の始まりの放送でナインティナインの2人がお正月休みの話をする。主に岡村の大阪帰省話が中心となって進められる。

岡村の中学、高校の同級生との新年の飲み会の話を軸として、東京では自分を発揮できない岡村がホームである大阪で起きた事件をリスナーに報告するものである。このトークに登場する岡村の同級生はほぼ全員一般人である。にもかかわらず、毎年の恒例であること、キャラが立っている人物が多いこと、岡村の話術等から、ヘビーリスナーには登場人物、関係性、起こった出来事等についての共通認識が確立されており、毎年リスナーや業界関係者、番組放送作家などに注目されるトークとなっている。高校時代の友達はナインティナインのTV番組にも登場したこともある。最近では笑福亭鶴瓶の番組の『A-Studio』で岡村がゲストの回で鶴瓶が取材しており、「こいつらおもろいなぁ、飲み会あったら俺も呼んでくれ」と岡村にお願いしている。

矢部の休み中は温泉旅行の話が中心となっており、その時に付き合っている恋人との旅行や、後輩芸人達との旅行の話がメインである。海外に出かけて放送作家の藤本義一と偶然会ったが無視をしてしまった話(2003年)や、中村雅俊の家族と偶然会った話(2001年)などが有名である。

初期の頃は、大阪帰省で岡村と矢部の遊ぶ場所がほぼ被っていて飲み屋で偶然出会ってしまう話(1994年10月)などがあった。

僕たちのLOVE&SEX(1998年11月より)

矢部と出川哲朗のスキャンダル記事が週刊誌に掲載されたことにより、その真相を語るためにゲストで呼ばれた出川とナインティナインとの他愛のない恋愛話から始まった恒例行事で、年の終わり頃にやるコーナー。3人の恋愛観、恋愛経験値の差が大きいため議論が白熱し、リスナーからの反応がよかったため年1回やることが決まった。その差ゆえ、議論は盛り上がるものの交わることなく平行線で終わることが多く、リスナーからの意見は「あまり参考にならなかった」や「面白かったんでまたやってください」など様々である。2000年10月19日の放送から現在のタイトルになった。 岡村の流れるプール論、ゆがんだ恋愛観、出川の嫁とのSEXレス、矢部の火遊びや恋愛経験が豊富なことから来る上から目線の見下しトークなど、それぞれ三者三様のトークが熱く繰り広げられる。それぞれが「お前らには負けたくない」という譲れない部分があり、終わらないトークが番組の最後まで続く。

このほか、ナインティナインの恋愛スキャンダルが報じられた時に出川が番組に呼ばれ、事の真相を赤裸々に話すこともある。

流行語大賞

毎年12月最終週(原則)の放送では、「流行語大賞」と称してその年に矢部と岡村が発した印象的な言葉をリスナーから募り、互いに発表し合うという年末恒例のコーナーがある。「流行語」とはいっても番組内で実際にその言葉が流行したわけではなく、普段の何気ないトークの中からリスナー各自が特徴的だと思ったフレーズのみを断片的に拾い上げてあるだけであり、言葉を発した当人ですら発言意図や当時の会話の内容、前後の文脈などを覚えていないことが多い(その不可解さを楽しむコーナーでもある)。

例として岡村は自身が気になっているフレーズに対して何か面白いコメントを言おうとした時にでる発言など。矢部は自身が好きで使っている物や好みを「僕、〜なんですよ。」と突然発表する言葉など。なお、例外的に番組スタッフやゲスト、ナインティナイン担当マネージャーなどの言葉や発言も「番外編」として取り上げられることがある。

近年では、年末が近づくと特に告知や募集をしないにもかかわらず自主的に投稿が寄せられるようにまでなっている。このような面白い発言を何で言ってしまったなど、その年の出来事などを思い出し一年を振り返っている。

[編集] 番組内の役割分担

番組内では概ね、岡村がフリートークの主導とネタハガキ読み、矢部は聞き役及びリアルタイムで届くメールや提供クレジット・各種告知文の読み上げといったように、役割分担がある。放送開始から現在に至るまでこれらの分担に関しては様々な試行錯誤され現在のような形が出来上がった。

矢部が告知や提供クレジットの読み上げなどを上手くまとめることに嫉妬した岡村が何度か挑戦を試みるも、緊張して上手く喋れないまたは大事な部分で失敗するなどから、結局矢部の方が向いていると納得して現在の形に収まっている。 これに対して、ネタハガキに関しては、矢部も過去に読んでいたこともあったが、岡村の面白おかしくネタハガキを読むテクニックや、必ずしも似てはいないが秀逸にデフォルメされた物まねキャラクターを作るセンスを矢部自身が認め、それを面白いと納得して楽しんでいることから、岡村にこれらを任せている。

ネタハガキを投稿してくるハガキ職人はこういう部分も考慮してネタに盛り込んでくる場合があり、また、細かい音楽の指示や、「この人の物まねでお願いします」と指示を出してくることも多い。 岡村は、このような面白くしようと努力する職人の気持ちに応え、事前に物まねの練習をしたり、ネタのシチュエーションや構成が適切でない場合に訂正・脚色を行ったりしている。 これらの作業を番組放送開始前の限られた時間の中でこなし結果を出す岡村の笑いにストイックな部分を、矢部も信頼している。役割分担に関しては岡村の方の仕事量が多いため、一時期ケンカになることもあった。番組初期からこの役割は変化せず、1997年に出版された「オールナイトニッポン大百科」で番組の取材した記事が掲載されており、机の上に岡村を囲むようにつまれたハガキとは別に写真週刊誌やスポーツ新聞に目を通す矢部と両極端な写真が掲載されている。2010年に発売された「小栗旬のオールナイトニッポン」のムック本の「旬刊小栗」の付録に収録された岡村と小栗旬との対談が納められたCDでは、ナインティナインのANN開始前の打ち合わせをしている場所にプライベートで仲のいい岡村へ挨拶訪れた小栗が、会議室のピリピリした空気に驚き、「自分のやっていたオールナイトでは時間が来るまで雑談でだらだらとしていたが、この2人の出す何とも言えない空気に耐え切れずすぐに帰ってしまった」と語っている。岡村いわく、ハガキ選びに集中しているため小栗にかまっていられない状態で申し訳なかったと謝罪している。小栗は普段、岡村とよく酒を一緒に飲みに行く間柄で自分には見せない仕事中の岡村を見た感想を「昼間のパパの仕事をしている場所を見ちゃった、みたいな。」と裏側を目撃した感想を述べている。小栗以外にも番組開始前の2人に挨拶にいった人たちは、小栗と同様にナインティナインの番組では見せない部分に驚くという。

これらの作業をこなしハガキを書いてくる職人の苦労と労力を2人はありがたく感じ、感謝しており、番組に来たゲストが出演時間をオーバーした場合にたとえ先輩であろうとも「ハガキ読まなアカンから早く帰って」と言ったり話の腰を折ったりして、ネタハガキの時間を優先させる努力をしている。それでも消化できなかったネタハガキが出てしまうこともあり、スペシャルウイークで、あえてゲストを呼ばずに「ハガキ倍増スペシャル」と題して年に数回、感謝の意味をこめてハガキを読みまくるという枠を設けている。これらに関して2人は照れくさい部分もあり、あまりこのことをくどくど説明をせず職人いじりでおちゃらけるイメージが定着していたが、16年という長期にわたる放送で新しく聞き始めるリスナーには説明不十分であったため、ネタハガキを数枚読まれたことのあるリスナーから「ハガキ職人に対するねぎらいの言葉もなく、矢部さんの宛先読みも機械的だ」と言われ、破門騒ぎに発展してしまうハプニングもあった。

矢部の不調などの理由で岡村がそれらを代読するというイレギュラーな事態も稀に起こる。2007年8月16日放送では矢部が喉(声)に不調を来たしたために実際にそのような事態となったが、岡村はここぞとばかりにこれをいじり、笑いに転じた。

変則的な雰囲気とそのしゃがれ声を面白がったリスナーによる矢部への物真似リクエストのメールが殺到した結果、岡村によってメールが通常よりも多く読まれるという珍事も起きた。

このような矢部にアクシデントが起こった場合や、矢部が珍発言をした場合には、岡村とリスナーとが一緒になって「矢部いじり」をすることがお約束となっている。

[編集] 宛先

基本はネタコーナーはハガキのみでの受付であり、「今週のインパクト」のコーナーのみ旬のネタを取り扱うためメール投稿が可能。放送中での番組へのご意見、質問もメールで受け付けている。

  • ハガキの宛先:〒100-8439 ニッポン放送「ナインティナインのオールナイトニッポン」各コーナー
  • メール:nn@allnightnippon.com
  • FAX:0570-02-1242(放送中のみ)

[編集] コーナー

コーナーは構成作家らによる立ち上げで立案される時と注目の番組や芸能人、既存のコーナーでとりわけ勢いのあるネタやキャラクターから発案される。

担当ティレクターや構成作家からの提案で立ち上がる場合はネタの説明や例題が始まる前週の告知の時におこなわれる。この例題からハガキ職人たちの投稿がある。初回はネタの方向性の探りあいで投稿してくるが、優秀なハガキ職人の場合、ナインティナインの二人が笑いそうなシチュエーションを把握している場合があり、独自の世界観を展開してくることもある。最初に提案された例題からまったく意図しない方向の転がる場合の方が多い。「最初どんなコーナーだったっけ?」や「いい方向に転がり始めた」と岡村が言う場合もある。逆にイマイチ方向性が定まらない場合は「もう一週様子を見てみましょうか」や「(職人に対して)君らはやればできる子なんだから」ということがある。

あるコーナーで人気になったネタ、キャラクターへのネタハガキの投稿が増えることやナインティナインの二人の提案で新コーナーが立ち上がる場合がありこれらを「独立」という。(大笑福亭悪びん、悪い人の夢、ジモンさんのコーナー、三村さんのコーナー、爆笑田中問題、オパブンミ一家など、これらは独立で始まったコーナー)

人気になるキャラクターやネタは、投稿されるハガキの人気が集中する場合が多くナインティナインも殺到するはがきの多さに困惑することが多い。このような時にはコーナー内で別のキャラクターやネタを生み出して投稿した場合の方が採用される確率が高くなると注意をしている。

一方終了のタイミングは、勢いがなくなった、コーナーの元ネタとなった番組が終了、元ネタの芸能人がこの番組に出演し区切りがついたなど様々である。当初予想していた方向と違った方向へ行ってしまい、収拾がつかなくなり終了することも少なくない。このような事態を、壊れるという。また投稿するハガキ職人がもうそろそろいいんじゃないかという意味も込めてコーナーを壊すために意味不明な投稿で潰しにかかる場合もある。このため壊し屋の異名を持つ職人もいる。ゲスト出演に合わせて1度しかやらないコーナーもある。

新コーナーは告知後の次の週に始まり、コーナーが終了する際には通常岡村の「終〜了〜!」という怒鳴りと「ファンファーレ」で「長々と愛されてきた○○(コーナー名)ですが今回を持ちまして無事終了となります、ありがとうございました」と言い終了となる。

[編集] ネタハガキ

ネタハガキは岡村がすべて選出して読む。一方、コーナー「どりちんクラブ」に送られてきたハガキとフツオタ、メールは矢部が選出して読む。ただし、番組初期は矢部もネタハガキを読んでいたことがある。 ハガキは岡村に分かりやすいように文字を書かないと不採用とされる場合がある。鉛筆で記入することはハガキが汚れたり文章が消えたりするという理由で、蛍光ペンなどでハガキの枠に色をつけたり文章を書くことは岡村が見づらいという理由で、それぞれ禁止されており、黒ペンの利用を推奨している。ジャネットのコーナーで片言を表現するためにカタカナで書かれたネタに、読みづらいためひらがなを使うようにと注意したこともある。

ハガキを選ぶ基準はあくまでもネタの内容や出来であり、細工を施したとしてもあまり意味がなく、ハガキ職人の名前により選ぶこともない(当番組の構成作家を務めているメルヘンうんこが投稿したネタを、放送中にペンネームを読みあげるまで気付かず選出したことがある)。長文のネタはハガキ複数に分けて投稿することとなっており、原則封書での投稿は禁止されている(過去にノートにネタを書いて封書で投稿したハガキ職人時代のメルヘンうんこが注意を受けている)。パソコンで印刷されたネタの投稿は可能だが、常連の職人になった場合にたまに手書きで投稿するとワープロ書きとのギャップをいじられる場合がある。

ハガキには原則として一枚に一ネタとなっており個々のコーナーのネタを複数書くことは禁止されている(僕の点取り占いのみ複数のネタを書き込むことが可能)。この約束事を知らない新しいリスナーからの投稿が増えた頃に、番組内でハガキの書き方、注意などを促している[2]

[編集] ノベルティ

ノベルティはネタコーナーで送られる。初期は面白かったネタハガキにのみノベルティが配られていたが、現在は読まれた人全員にノベルティが送られている。第1回から第8回ハガキ職人大賞で連続で1位を獲得した現在放送作家の谷中つよしはノベルティを独占することが多くなり、何ももらえなくなってしまった。「なにもあげません」が名誉であるのは面白いネタを送ってきた常連のハガキ職人を意味していたのだが、谷中が送ったビビアン・スーの下ネタの印象が大きくなり秀逸の内容の下ネタに「なにもあげません」が使われていくようになった。しかしこれは下ネタであるからという理由で恥じるべきことではなく名誉である事をナインティナインの二人は強調している。このほか昔からの常連の古いハガキ職人が久々に読まれた場合「なにもあげません」と最後にオチで使われることもある。

二人が大爆笑したときのみ、「ダブル(2個)」となる。特有のノベルティがあるコーナーもあり、現在「点取り占い」では「ナイナイバッジ」、「今週のインパクト」では「インパクトコンパクト」が、それぞれ送られる。インパクトコンパクトは面白かった内容のネタのみ選出され送られる。「点取り占い」の採用者はエンディングで矢部が紹介される。

過去には面白かったネタの採用者に岡村個人の私物が送られることがあった。ガンプラや岡村がその場で適当に考えたグッズで届くまで何がくるのかわからない物もあった。スペシャルウィークのプレゼントなどで無茶な内容のも本当に製作して贈られた(河内マネージャー特製糸鋸トンファー、神田ディレクター特製サイコロ、つるつるの石など)。また、岡村がハガキの内容を読み間違えたり、途中で噛んだりするなどミスを犯した場合には私物が送られることもある(番組で明かされた私物でテレビ番組のスタッフジャンパーが送られた時があった)。

ノベルティの画像はすべて非公開とされ(過去のノベルティも含む)、実際に貰わなければどんなものなのかわからなくなっている。ネットオークションでの転売、サイトでの画像の公開が発覚した場合、破門になる。ナイナイバッジ、ステッカーで使用されているデザインは当時ゲストで出演した時に藤井フミヤがコンピューターグラフィックスでのデザインに興味を持っているというトークで作ってくださいと依頼したところ、本当に作ってきてくれたので採用された。オカニオ、ヤベニオはB-DASHGONGONの弟のSOTAがデザインを担当している。

ノベルティの名称
  • ナイナイステッカー(番組初期)
  • モミアゲ(岡村のモミアゲ)矢部汁(矢部のブツブツ汁)あるある袋1994年8月頃 - 1997年9月25日)
  • どりちんしゅいん1997年10月2日 - 1999年4月頃まで(在庫処分でなくなるまでチャッピー併用))
  • ナイナイチャッピー、(岡村チャッピー矢部チャッピー)(1999年4月1日 - 2001年6月7日)
  • オカスペ(岡村スペシャル)ヤベスペ(矢部スペシャル)2001年6月21日 - 2003年10月23日)
  • オカニオヤベニオ2003年10月30日 - 2006年4月27日)
  • オカムヤベクン2006年5月4日 - 2011年2月17日
  • イチカバチカーヤベンツ2011年2月24日 - )
  • 職人ハガキ2008年10月 -枚数限定で終了 )
  • ナイナイバッジ2001年10月4日 - )

[編集] 罰則

この番組にはハガキ職人に対する処罰があり、ナインティナインの二人とディレクターで判断を下す。上位の項目ほど罰が重いと見られる。

読み手である岡村自身に対する罰則として、ネタを読んでいる時に著しく噛んだり読み間違えたりした時に、投稿者へのお詫びとして岡村の私物を送ることが恒例となっている(軽度の場合や、噛みや読み間違いを物ともしない程に大きくウケた場合は適用外となることがある)。

ネタに関して忠告やお願いが発せられることがあり、これに従わなかったハガキ職人が複数出て番組中に岡村が説教を始めたこともある。説教でやめろという言葉をいかに職人がネタとしての前フリとしてどのようにリアクションをしてくるのか、どう受け取るかという部分も含まれている場合もあり、反省文も職人としてのテクニックがためされる場合もある。

破門
オールナイトニッポンの名を貶める行為を行った場合に言い渡され、恩赦があるまでハガキなどが一切読まれなくなる。
雑誌「じゃまーる」に「ナインティナインのオールナイトの○○です」と、名前を曝してベル友を募集したことが発覚した職人が初の破門となった。この職人は以前から職人であることを口実にナンパをしていたという報告が別のリスナーの投稿で数回報告されており、それでもやめなかったため破門された。破門は現在では解除されている。
1996年9月から10月にかけて受験のためハガキ職人を休止するという宣言をした職人が、電話で当時番組ディレクターを担当していた神田へ「NHKのど自慢へ出場する」という連絡をした(第1回ハガキ職人祭で神田から直接連絡先を教えてもらっていた)。このことを番組でも取り上げたが実際は出場せず、別のリスナーからも出ていなかったというハガキが届く。本人からも連絡があり予選落ちしたという連絡が入った。しかし本人はのど自慢で予選があることを把握しておらず、神田へ連絡した時点ではまだ出場が決定していなかった。このいい加減な発言で破門となった。翌週、リスナーから届いたハガキで出場すると言っていた放送回が高視聴率だったことが判明。出場することで高視聴率になったかは定かではなかったが、破門されているにもかかわらず「自分は数字(視聴率)を持っているからスペシャルウイークで自分の特集をやった方がいい」などと発言したため、当初この破門が行きすぎと言っていた矢部も破門に同意し完全破門となった。後に本人から破門解除の要請のハガキが贈られてきてはいたが、読むだけで特にリアクションはせずしばらく放置。忘れたころに破門解除になっている。
1997年5月15日の放送の「今週のインパクト」のコーナーで、雑誌「じゃまーる」の個人売買の投稿コーナーで当時ネタハガキを読まれた人だけにもらえるノベルティのあるある袋が100円で売られていた、という報告が番組に寄せられ、そのハガキに掲載された雑誌の切り抜きが貼られおくられてきた。ノベルティはもらいたくとももらえないものなのにハガキ2枚分の価値しかないのか?とナイナイの二人は残念でしかたがないとじゃまーるでこの売買をした職人を破門にした。この回のインパクトコンパクトはこの投稿をしてきた人と、じゃまーるであるある袋を売買した人の2人に贈られた。
どりちんクラブにて「ネタコーナー終わりのナインティナイン二人の態度が冷たすぎる。岡村さんが以上ですと言った後にハガキ職人に対するねぎらいの言葉もなく、矢部さんの宛先読みも機械的だ」と直訴した職人が、岡村の怒りを買い破門となった。しかしその次の週のどりちんクラブにてハガキ3枚分にわたる本気の反省文を提出し恩赦を受け解除となった。
他にも「どりちんクラブ」で恋愛相談が読まれたことをきっかけに、下ネタのフツオタ(普通のお便り)を送り続けた職人などがある。
反省文
あまりに下品であるなど問題になりそうなネタの場合、自分がなぜこんなネタを書いてしまったかという理由を添えてディレクターに送るということになっている。基本的に、真剣な反省を求めているわけではなくネタの一環という色合いが強いケースが多いが、時々、真に受けて真面目な反省文を送ってくるハガキ職人がいてナインティナインが苦笑い的な反応を見せることがある。
1週休み
前回の投稿のネタの内容はなんであったのか、なんでこんな投稿をしてしまったのか、よく自分自身で考える時間として翌週の投稿は読まれなくなる。
毒まんじゅう
ある時期に岡村が「流行に乗り遅れている」ことを意識し、「前年に流行語大賞を受賞したから」という理由だけでことあるごとに「毒まんじゅう」を連呼するようになった。それにちなみ、ネタコーナーで下品なネタを送ってきた人に対するノベルティに罰として「毒まんじゅうを差し上げときましょう」と言っている。さらに下品なネタは「何もあげません」。下品なネタのボーダーラインとなっている。
卒業
2011年1月6日放送分で、常連の職人が、「先日の『IPPON グランプリ』に僕の出した問題が採用されました。報告まで」と葉書を送った。この末尾の「報告まで」が岡村の逆鱗に触れ、「せめて『ご』を付けろ」「他のリスナーが『先日のIPPON グランプリを見ましたが、あれはこの番組の○○さんじゃないんですか?』と言うならまだしも(事実、その類の葉書は相当来ていた)、自分でわざわざ言ってくるのはただの自慢とちゃうんか?」と説教の末に卒業させられる(岡村曰く「あくまで破門ではなく『IPPON グランプリ』で採用されるレベルにまで達したのだから卒業でええんとちゃう?」)ところだったが、放送中にその職人が「岡村さんの神経を逆なでして申し訳ございません、最早、誰を信じたら良いのか分かりません、ご報告まで」というひねりをきかせた反省文を送ってきた。これにより、一旦卒業の上で再び入学という措置が取られた。

[編集] 現在のコーナー

僕の点取り占い
番組前半の1時台のジングルで流されるコーナー。CM明けに番組へフェードインする際(もしくはCMとCMの間)にデヴィッド・ボウイ&ミック・ジャガーの「ダンシング・イン・ザ・ストリート」のイントロ部分が流れ、人物や言葉などで点数を決める。駄菓子屋で売られているおみくじの「点取り占い」をフリートークで取り上げたことからはじまった。投稿の内容は特に決まりは無く、CMやテレビでタレントが言った気になるフレーズなど、自分がツボにはまったフレーズに点数をつけて投稿するもので、2人が気に入ったネタが採用される。岡村が読み上げるバージョンと矢部が読み上げるバージョンがある。なお、ネタの採用者はエンディングの提供クレジットの後に矢部がまとめて発表する。
オールスター感謝祭』(TBS系)『27時間テレビ』(フジ系)『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日テレ系)での発言(オールスター感謝祭では「誰がよく映ったか」というネタがある。これはよく映る(多くの場合は若手女性)タレントは制作側のお気に入りであるという邪推である)、『笑っていいとも!』降板のお知らせ、選挙速報の結果(主に落選議員)、各局のワイドショー・ニュース番組のメインキャスターが夏季休暇に入った事を伝える際の台詞は、通例的に行われる。また、熱愛報道が発覚したタレントに対しての結婚した際に苗字変更される女性タレントの名前(採用例:「ウエンツ優子」(当時熱愛が報じられたウエンツ瑛士大島優子が結婚した場合に名乗る大島優子の名前))と、子供のからかいのようなネタも採用されている。東京マラソンに出場したタレントの完走したタイムやリタイヤのお知らせなど、毎年時期がくると投稿される内容のものもある。
このコーナーに関しては、ハガキに複数ネタを記入してもよいことになっている(1999年10月7日放送分より)。例としてネタのフレーズが連続するシリーズとしてのネタなど。
矢部浩之のどりちんクラブ
リスナーから寄せられた(主にについての)悩みに矢部が投稿されたハガキを読み、岡村なりに真剣に受け止め、悩みに答えるコーナー。番組の最後のコーナーで2時50分頃に始まる。矢部のタイトルコールの後に拍手と「どりちんどりちん」という掛け声が入る。矢部はこのコーナーでは「どりちん兄さん」、岡村は「しゅいん兄さん」とよばれる。悩み相談のみならず、ふつおたも読まれる。
番組初期の1996年10月17日から続く長寿コーナーの一つである。「岡村隆史のガンプラクラブ」、「岡村隆史の熱帯魚クラブ」、「岡村隆史のクッキングクラブ」、「矢部浩之のバイオハザードクラブ」と趣味を取り上げたショートコーナーとして短期(だいたい2週おき)で変化するコーナーであった。どりちんクラブも当初短期のコーナーの一つで一旦終了し、続く「矢部浩之のドライブクラブ」へ変更予定であったがリスナーから反響が大きくドライブクラブはタイトルコールのみで翌週からどりちんクラブが継続する告知がされた。第1回目のみコーナー名は「矢部浩之のドリルちんちん相談所」。もともと変更がはやかったコーナーだったため、二人の流行や新作の発売によって「バイオハザードクラブ」や岡村がその時期にマイブームになっていた「バス釣りクラブ」などに改題されたことがあった。過去には当コーナーをフィーチャーしたスペシャル放送が行われたこともあった。
1999年4月29日の「矢部浩之のallnightnippon SUPER!」 ではゲスト出演したマネージャーの坪倉による「坪倉大臣のどりちんクラブ」が放送された。
1999年11月25日は福山雅治をゲスト迎え、矢部と共に「スーパーどりちんクラブ」というスペシャルを放送。福山はスーパーどりちん兄さんとしてリスナーの性や恋の悩みに答えた。自身も担当しているオールナイトニッポンでもテレビではあまり見せない下ネタをトークネタとしている。
2009年7月2日の放送では坪倉マネージャーがナインティナインのもとを離れるため、「つぼ万太郎のオールナイトニッポン」として放送された。
最近このコーナーへの応募が少ないと矢部が放送で漏らしており、公式サイトでもハガキを送るよう宣伝している。実際に3通しか来ない週もあり、2009年8月20日放送では0通であったため、ふつおたが読まれた。
今週のインパクト
その週に起きたインパクトのあった出来事を寄せる。取り上げられるネタの幅は広く、科学的に証明された人体医学(内容は下ネタの話)や、リスナー個人に起こったインパクトのあるネタも採用されることもある。現在このコーナーが番組で一番長く続いている。インパクトのコーナーで取り上げられたことがきっかけで始まったコーナーが現在の「悪い人の夢」である。このコーナーのみ旬な内容の投稿を発表するためメールでも応募可能。.comの初期のコーナータイトルは「今週のインパクト.com」で、タイトルに「.com」が付いていた。
悪い人の夢
自分がみた悪い夢の中で起こる話を送るコーナー。現在の悪い人の夢の元となった「Windows99」というコーナーで、自分が見た夢の話をネタとしたコーナー内で、特に悪い人が小さい悪口で毒づいている夢をネタとして投稿されてきた作品が振り分けられた。コーナータイトルは当時TBSで放送されていたTV番組『大笑福亭鶴びん』をもじった「大笑福亭悪びん」というコーナー名になった。『笑っていいとも!特大号』の打ち上げでの、酔っ払った笑福亭鶴瓶がテレビでは見せない裏側で芸能人に毒づいているところをナインティナインの2人が目撃したと言うところから話が大きく広がっていった。悪い笑福亭鶴瓶が「吉川晃司、目ちっちゃいなぁ」というくらいの小さい毒を吐いているというくらいの規模が悪い人の基準となったが、様々なハガキ職人らの投稿により悪い人基準が大きく変化していった。悪い笑福亭鶴瓶以外にも悪いキャラクターが増え、Windows99に投稿されるキャラクターでも毒は吐いてはいないが言われたら気分が悪くなる悪いことを言うキャラクターであったため1996年11月6日の放送から現在のコーナー名に変更され一つのコーナーになった。
芸能人、スポーツ選手、政治家などの悪いキャラクターを、自信がある場合のみ岡村が似ているわけではないがよく特徴をとらえたモノマネを入れつつハガキを読み上げている。岡村曰く「モノマネをしている人のモノマネ」。代表的なモノマネをしている人のモノマネとしてアントニオ猪木のマネをしている春一番や、田中邦衛のマネをしている小堺一機、板東英二や出川哲朗のマネをしている松村邦洋など。
このコーナーも年間行事で通例となっているネタが多く、長く聞いているヘビーリスナーのみが笑えるネタが多い。代表的なネタとして過去にナインティナインが関連したテレビ特番の放送の後、明石家さんま本人から深夜に岡村の自宅の留守番電話に録音される「爆笑王座決定戦」があり、本人からの直接のランキングの集計が終了したにもかかわらず、これをネタにハガキ職人が投稿してくることが多い。さんま自身が言っている訳ではないのだが、特番でおきたハプニングや芸人のネタなどの的確なダメ出しをハガキ職人がさんまのキャラクターを使いネタとして投稿をしてくる。
決まりは書き出しの「夢見ました。」と誰が何をしていたかという説明部分だけで、あとはほぼフリースタイル。そのため、このコーナーで人気のネタが新コーナーになることがある。一発ネタ以外のハガキ投稿部門ではもっとも長く続いている人気コーナー。通常放送では2時の時報に合わせて岡村が「2時! 悪い人の夢!」と怒鳴り、コーナーが開始する。2時を過ぎてもトークをしている場合、「2時!」とだけ怒鳴るか、何も言わない。地方局によっては岡村の「2時!」の怒鳴りだけが聞けるところもある。
セルゲイブブカ
2002年3月7日の放送から開始。「セルゲイブブカという架空の週刊誌にものすごいお宝写真が載っています。どんなスクープ写真が掲載されているのか?」という見出しをネタに投稿するコーナー。コーナー名はゴシップ雑誌「BUBKA」と棒高跳び選手セルゲイ・ブブカをかけたもの。一時期は「〜みたいな顔になる」のネタが異常なほどに読まれていた。
もしラジ
いわゆる「もしもシリーズ」。「もしも○○が□□だったら」という小説の冒頭を募集する。
クイズ!アホ学王!
2008年4月10日の放送から開始。岡村が様々なアホクイズにチャレンジし、片っ端から正解しまくるというコーナーで、タイトルは「今すぐ使える豆知識 クイズ雑学王」に因むが、出題形式や効果音は「アメリカ横断ウルトラクイズ」の早押し問題と同じ。ちなみに、一時期最後の問題にほぼ必ず吉本興業所属の別のお笑いコンビのツッコミ担当者(ガレッジセール川田広樹ブラックマヨネーズ小杉竜一)の問題が出題されていた(小杉の発言に関しては、在阪放送局で放送されたローカル番組での発言が多い)。「〜を〜に言うと」という文章形式や「回文シリーズ」のハガキがよく採用される。岡村の休養にあわせて立ち上げた後述の「矢部学王」及び後任コーナーの「LOVE学王」となっていたが「LOVE学王」を吸収した形で2011年5月5日よりコーナー名が復活。2011年9月8日を以て終了(扱いは「休止」)。2012年1月19日から「超アホ学王」として放送再開。
大門
2012年1月19日から開始。「西部警察」がDVD化したのを受けて開始。渡哲也演じる大門刑事が劇中でヘリから狙撃している様子から、何かイラっと来る有名人の発言をヘリから大門に百発百中の腕前で狙撃してもらう。
ANN歌謡祭
2012年1月19日から開始。FNS歌謡祭での名物であるアーティスト同士のコラボの様に、誰かと誰かがコラボしている様子を送る。

[編集] 終了したコーナー

近年放送されたコーナーのみ一部掲載。その他のコーナーはこちらを参照。

おかまんJAPAN
本家の藤森慎吾オリエンタルラジオ)に乗っ取り、様々な曲に合いの手を入れる。2011年12月23日で終了。
おだです!
世界陸上」で織田裕二室伏広治のインタビューに割り込んだ、という「悪い人の夢」のハガキがベース。様々な物に「織田です!」と言いながら入り込んでくる様子を募集する。2011年12月23日で終了。
ひょっとして、○○でございますか?
謎解きはディナーのあとで」で櫻井翔が演じる執事・景山のセリフ「ひょっとして、お嬢様の目は節穴でございますか?」がベース。強烈に皮肉っている様子を募集する。2011年12月23日で終了。
悪い人の矢部
2010年7月22日から岡村の休養を受けて急遽開始された、番組初の矢部が読むネタコーナーで、矢部版「悪い人の夢」。テーマは「矢部でも分かる」「矢部でも読める(モノマネ)」もの。そのため原則的に、普段のジャネットネタなどは禁止(アレンジして矢部が読みやすくしてある物は可)。2010年12月16日を以て終了。
クイズ!矢部学王!
「悪い人の矢部」同様、2010年7月22日から開始された矢部が読むネタコーナーで、矢部版「アホ学王」。矢部の得意分野から出題され、毎週テーマが変わる。2010年12月16日を以て終了。
フザッケローニ
ザッケローニ監督に肖り、「年中ふざけてる監督」の「フザッケローニ監督」に纏わるネタを募集。2010年9月9日から放送。2010年12月16日を以て終了。
空白の5ヶ月間
2010年12月9日の放送から開始。同年12月2日の復帰までおよそ5ヶ月間休養していた岡村になりきったリスナーが、その5ヶ月間何をしていたかを考える。岡村復帰から2週間のみの期間限定コーナーとなった。
SPACE BATTLESHIP タカシ
2010年12月16日の放送から開始。映画SPACE BATTLESHIP ヤマトで木村拓哉が演じている古代進の波動砲の指令の言い方がアニメ版のTVシリーズの古代進の言い方よりクールすぎることから、カッコいい指令をタカシの乗組員の岡村が叫ぶというもの。基本は「発射!」「発進!」というフレーズを入れるという形ではあるが、面白いネタであれば何でもOKである。このコーナーはハガキ1枚に3つまでネタを書いて投稿することが可能。2011年1月20日を以て終了。
ジャネット(扱いは小休止)
ナインティナインANN史上最悪最低の下ネタコーナー。元々はジャネット・ジャクソンがインタビューで「一日中、SEXのことだけ考えている」という告白から、前述の「悪い人の夢」でネタにされていたものから派生し、2001年5月31日の放送よりスタート。2002年6月16日の放送後、急に終了したが、2007年10月4日の放送で復活。ジャネットがSEXのことを考えながらどんな行動をとっているかというのがお題。卑猥な描写でシンガポールで発売禁止になったジャネットの歌の歌詞を日本語に訳したものを岡村が関西のイントネーションを入れて読んだことが矢部に大うけし、以降ジャネットは片言の日本語に関西なまりを入れてネタを読むようになった。ハガキ職人により様々なシチュエーションで投稿された。「コーナーがある程度完成を迎えた」ため、2008年7月10日の放送で休止。「下ネタが足りなくなったら復活させる」予定らしい。ただし休止後の現在も、前出の「悪い人の夢」においてジャネットに絡めた下ネタが採用されている。笑福亭鶴光をゲストに招き、「鶴光VSジャネットエロエロ対決」を行ったが、鶴光もあまりのネタの下品さに「これネタで流しててええんか?!」と呆れかえってしまった。
2009年8月20日放送のみ、「ネタハガキで賞金ガッポリ!サマージャネット、宝クリ!!」という企画で復活。デスチキンレースで獲得した賞金55万円をリスナーに還元するためと、下ネタを強化するという旨であった。ジャネットネタをハガキを大量に紹介し、採用者にはネタの出来に応じて賞金が貰えた。「ジャネット ベッドイン」、「ジャネット メイクラブ」、「ジャネット ピロートーク」の3部に分けて紹介された。ネタの出来を判断したのはディレクターのYOSHIKIで、やや偏りのある判定にナインティナインの2人からツッコミを入れられた。
2011年2月24日の放送では「ミナサン、サヨナラ!!ジャネット卒業スペシャル!!」と題して1夜限りの復活、そしてこの回を以てジャネットネタを終わらせるとの触れ込みだったが、ナイナイもスタッフも全く終わらせるつもりはない、いわゆる茶番劇だった。
サウンド・オブ・バック・ミュージック
Hの最中に様々な有名人がかけたバックミュージックとその行為の一部始終を募集する。ただし、過剰な下ネタは禁止。2011年9月1日を以て終了。
松山小雪
松山ケンイチ小雪が結婚した際の松山の記者会見にて告白した松山が小雪に「あなたみたいなひよっ子で大丈夫なの?」と言われたり、好きな所を「田舎者な所」と言われたと語ったエピソードがベース。8歳上の姐さん女房であるが故に、上から目線で松山が小雪に言われたであろう無茶な言葉を募集する。2011年9月8日を以て終了。
クイズ!LOVE学王!
「アホ学王」恋愛版。恋愛や下ネタに関する事をクイズ形式で募集する。採用されたネタは「ナインティナインのオールナイトニッ本Vol.3」に掲載される。2011年4月28日を以て終了(扱い上は「アホ学王」に吸収された状態で、「アホ学王」に下ネタや恋愛学を送ることも可能)。
引越しラップ
岡村が引越したのを契機に、「もしも岡村の新居の隣人が蒲団叩きながらラップを叫ぶ人だったらどうなるか?」をテーマに募集するコーナー。リズムは三三七拍子あの騒音おばさんのリズムをベースに布団をたたいているのを想像して些細な内容からあるあるネタまで、リズムにのせて韻を踏むこと。内容は自由。2011年4月28日を以て終了。
にらみ
何かやりたいのにも拘らず、出来ずに睨みを利かせる。何をやりたいのかは自由。
市川海老蔵がクラブに行った際に友人らが楽しげに踊っている中、一人踊れずにフラストレーションが溜まった市川が突然その場で歌舞伎の「にらみ」を利かせた、というエピソードがベース。葉書を読み終わった後に岡村が睨みを利かせるいわゆる顔芸であるため、矢部に「ラジオには極めて不向きな企画」と言われている。2011年4月28日を以て終了。
花嫁はダミー
TBS系で2006年7 - 9月に放送されていた矢部が出演していたテレビドラマ花嫁は厄年ッ!」の当初のタイトルであった。「○○は○○」と言ったタイトルで主演は誰であるかを設定するコーナー。2006年9月21日にドラマ終了と共に終了した。
岡村さん
観月ありさ主演のドラマ斉藤さんに便乗したコーナー。2008年1月17日の放送からスタートしたが、ドラマ終了と共に3月27日の放送で終了した。
ヤベノート
番組開始約20分後にリスナーから送られてきたテーマを予告し、2時40分ごろ、矢部がそのテーマについて語る。「矢部浩之が語る、○○○」、「矢部浩之による、○○○」など。デスノートのパロディ。板尾創路がゲスト出演した際には「イタオノート」となった。10分に一度、テーマについて話さなければならずかなりハードだった。このコーナーは、ネタが少なくなってきたことと、コーナーというより矢部が壊れてきてしまったため終了。
オカムランドリーム!!!
正確には2008年の夏休み企画。東京ディズニーランドの25周年の企画を意識する形で行われた。夏休み中にリスナーの夢を叶えてしまおうというものであった。7月31日の放送からリスナーの便りを募集し、8月28日の生放送で「オカムランドリームSP!」として実践した。
隆史岡村の笑い話
タイトルは「人志松本のすべらない話」シリーズのパロディ。岡村が笑えるトークを話してるかのようなネタ送る。2008年7月17日から同年11月20日まで放送。
ラッパのオールナイトニッポン
前述の「オカムランドリーム」にて「BITTERSWEET SAMBA」をトランペットで生演奏したの女の子が、上手く吹けなかったことがきっかけで誕生。ネタは、とある人物がオールナイトニッポン開始の怒鳴りを入れた後、間の抜けた「BITTERSWEET SAMBA」の演奏が流れる。2008年9月18日から同年11月27日まで放送。
岡村隆史BIG交遊録
岡村はどんなジャンルの違うBIGな人たちと、どんな付き合い方をして、どんな交流を深めているのかを岡村の日記風に書くコーナー。岡村が小田和正と2人で飲んでいた、というインターネット上に流れたガセ情報を、ナインティナインがフリートークで取り上げたことから誕生。2008年11月27日から2009年1月22日まで放送。
フライデーチャイナちゃうん
泰葉の「フライディ・チャイナタウン」の出だしの歌詞を替え歌にして送るコーナー。2008年当時に何かと起きていた泰葉の一連の騒動がきっかけで、同年12月4日にスタート。ネタは必ず最後は「〜ちゃうん」で終わる。2009年3月12日の放送で終了。
VOCALIST99
徳永英明のカヴァーアルバムVOCALISTシリーズに便乗したコーナー。基本的に替え歌のコーナーであるが、VOCALISTに合わせ女性歌手の楽曲のみという縛りがあった。2008年1月17日から同年4月3日まで放送。
ゴミ箱を空にしますか?
2008年4月3日の放送より開始。最近マックユーザーになったばかりの岡村の覚えた操作で、せっかくゴミ箱の操作を覚えた岡村が「思わずゴミ箱にドラッグして空にしたくなるようなもの」を教えてもらおうというコーナー。2009年4月30日の放送で終了。
ピン子さん
2009年3月30日から泉ピン子が「サカスさん」に出演するのを受け、いろいろな番組でど真ん中にぐいぐい出てくる泉ピン子の様子を教えてもらおうというコーナー。3月19日の放送より開始したが、「本人に見つかるとマズい」という理由で、6週間目の4月30日の放送で終了。
ガルネタ
GIRL NEXT DOORのボーカル千紗が登場するPVの驚くべきシーンを募集するコーナー。コーナー後にGIRL NEXT DOORの曲がかかることが多かった。2009年1月29日から同年6月25日まで放送。
ナインティナインのオールナイトニッ本、読みました!
2009年8月6日より放送。同年9月9日に発売されるナインティナインのオールナイトニッ本を「もう読んだ」という体で、感想を送ってもらうコーナー。書籍の発売日が近づいた9月3日の放送で終了。
オパブンミ一家
「泣ける絵本2009」より派生。2009年6月25日の放送より開始。同コーナーにてナインティナインの2人が大爆笑した「僕らの秘密基地シリーズ」に登場したオパブンミ一家はどのような人々なのかを募集するコーナー。2009年9月17日の放送で終了。
あっしには、かかわりのねぇことでござんす
2009年5月7日の放送より開始したコーナー。江口洋介主演のドラマ「木枯らし紋次郎」の名台詞のパロディー。「あっしにはかかわりのねぇことでござんす」の前に文章を入れて、木枯らし紋次郎は何とかかわりがないのかを教えてもらおうというコーナー。滝沢秀明がゲスト出演した際には、特別に「タッキーにはかかわりのねぇことでござんす」が行われた。2009年10月29日で終了。
ちげ〜〜よ!!
2009年10月1日より開始。「ビーチ」こと番組ADの鈴木賢一が番組本発売記念イベントの打ち上げで泥酔の末、「ちげ〜〜よ!!神田さん北斗の拳ラオウなんだよ!!!」、「ちげ〜〜よ!!石田さんは北斗の拳のケンシロウなんだよ!!!」などの変な例えを連発したことがコーナー作成のきっかけ。ネタは最初に「ちげ〜〜よ!!」とキレた後「○○は○○なんだよ!!!」と、何かを何かに例える。
「ヨコハマ・ヨコスカ」がコーナーとして開始されて以降、このコーナーは行われていなかったが、「ビーチ」が「ちげ〜〜よ!!」と言わなくなったため2010年2月4日の放送で終了。
ざわ...ざわ...
2009年11月5日から開始。映画化された漫画「カイジ」での演出から派生したコーナー。「○○がカイジに出ていました」が書き出しで、必ず一言の最後に「ざわ...ざわ...」の演出を入れる。2010年2月25日で終了。
親善大使・矢部浩之
2010年3月4日開始。矢部がさまざまな地方の親善大使をはじめたという体で、ご当地の魅力や名産品などを宣伝しまくるというもの。海外都市でもO.K.。
同年2月25日放送回にて、常滑市長から正式に「常滑親善大使」に任命されたことからコーナーへと発展した(「常滑親善大使」は任命前から番組内で勝手に担当となっていた)。2010年7月2日の放送で終了。
ナイナイ人性ゲーム
人生(思春期以降)における双六のコマを作っていき、なかなかゴール(結婚)までたどり着かないようにする。出来の良いものは「オールナイトニッ本 vol.3」の付録の双六に収載予定。
岡村が休業した際に様々なコーナーが休止した中で、このコーナーだけは矢部一人で継続し、ゲストと一緒に行っていた。
ヨコハマ・ヨコスカ
2009年12月3日から開始。港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカのメロディに乗せて一言二言喋り、原曲の「お前あの娘のなんなのさ」の部分をオチの一言に変えて落とすある程度フリースタイルのコーナーである。
2009年11月19日放送の『悪い人の夢』で岡村の痔をこの歌にのせてネタにしたことから始まり、翌週の放送で急遽コーナー化が発表された。長い間、公式ホームページ上にこのコーナーの説明は表記されていなかったが、2010年2月25日放送分を更新した際に正式に表記された。
2009年12月24日にはこのコーナーのクリスマスバージョン『ヨコハマ・ヨコスカINクリスマス』がO.A.された。
FM的曲紹介
2010年3月25日の放送から開始。本来は同日の放送のみの予定だったが、レギュラーコーナーにしないのはもったいないということで、レギュラーコーナーに決定。イントロの秒数にきっちりおさまるように曲紹介するコーナー。曲は自由に選んでよいが、イントロもしくはナカトロがある曲に限定されている(ただし、同日の放送ではイントロのない長渕剛金色のライオンヴァージョンも紹介された)。コーナー冒頭には「ナインティナインのオールナイトニッポンFM的バージョン」のジングルが流れることが多い。
泣ける絵本
ナインティナインの2人が思わず泣いてしまうような絵本を作るコーナー。2008年まで「泣ける絵本」として3年間続いていたコーナーだったが、「隆史岡村の笑い話」が始まったためとって替わられた。その後2009年5月7日の放送より番組本出版に備えて復活。再開始初期は「泣ける絵本2009」と言っていたが最近は「2009」を省いている。ネタハガキの最後は「おしまい」で締めくくることになっている。BGMには、エルトン・ジョンの楽曲「僕の瞳に小さな太陽(Don't Let The Sun Go Down On Me)」のオルゴールアレンジのインストゥルメンタルが使用されていた。
優秀な作品は岡村が絵をつけた上で実際に絵本として番組本に掲載される予定(しかし、vol.1とvol.2には掲載されなかった)。本に載せる可能性があるので、盗作は絶対に禁止。送られてくるネタは日常での不条理など、笑える内容ばかりで、純粋な意味で泣けるネタは皆無。また、関西弁が多用される傾向にある。

[編集] ネタにされる人物

ある人物が話題に上ったりネタになったりすると、それにまつわる以前に収録した本人の声によるキーワードがすかさず挿入されることがある。また、ネタの中には周期的に登場する人物名やフレーズがあり、フリートークや過去のコーナーでナインティナイン・ハガキ職人達が作り上げた悪いキャラが忘れた頃に登場する。

採用時に岡村は「こんなん扱ってるのウチのラジオだけやで」と言う(新しく立ち上げる短文のコーナーに多い)。ヘビーリスナーにとっては懐かしいと同時に笑いのツボにはまるフレーズである。長期にわたる放送期間のため分かる人には分かり、分からない人には何のことなのかわからない。現在では世代にギャップがおきており、岡村が元ネタについての解説をすることもある。

関西芸人(及び関西人)を扱うネタの際は二人が大爆笑することが多い。その際関西地域のみ伝わるネタの場合は、岡村が「関西地区は大爆笑」と全国ネットを配慮したコメントをする。

毎年最初(原則)の生放送では、岡村が正月休みを利用して大阪に帰省し、中学、高校の頃の同級生と再会した時の話をするのが恒例となっている。特に、矢部も後輩として所属していた大阪府立茨木西高等学校サッカー部の同級生(俳優の鈴木健介も同席している)の変化(主に頭髪に関してで、禿げネタが番組内で非常に大きな笑いになる)や酒の席の様子の話は、リスナーのみならず、相方であり後輩でもある矢部も楽しみにしている。

岡村は年一ペースで美妻隆盛(旧:「みつまJAPAN」)のたこ焼き屋さんの近況を気にし、中山秀征がプロボウラーに挑戦したこと、海老名美どりがミステリー作家宣言で記者会見を開いた話など、同じ内容をぼんやりと思い出す。

よく挿入される人物の言葉
よくネタにされる代表的な言葉

[編集] 放送作家になったハガキ職人

谷中つよし
笑福亭鶴光のラジオ番組で作家を務めていたことが語られている
谷口雅人
メルヘンうんこ(本名:野村正樹)
顔面凶器(本名:細田哲也)
二世帯住宅
ナイナイサイズ!を手伝っていた(2005年3月31日放送分より)
炎太
主にクイズ番組の出題されるクイズを考える作家として活躍中とのことである
おくだたい(本名:奥田泰)
松原秀
銀色のミニクーパー
世界の終り
いくくるコンボ
「いくるコンボ」がラジオネームだったが、岡村に読み間違えられた挙句、「言いにくいので来週から「いくくるコンボ」に改名するように」と言われ改名を余儀なくされた

本番組のハガキ職人を経て、プロの放送作家になったものもいる。しかし作家転向後にナインティナインの二人に報告に来る職人は少ないとのことで、転向した際には番組へ報告するように呼びかけている。上記は本人が投稿で申告してきたり、ナインティナインが番組中で作家になったことを明かして、判明した限りのハガキ職人出身の放送作家である。

このうちメルヘンうんこと顔面凶器は当番組の放送作家としても活動している。また、番組本『ナインティナインのオールナイトニッ本』には、この2名と谷中つよしとおくだたいの4名が構成に参加している。


[編集] ゲスト

オールナイトニッポンではレイティング期間になるとスペシャルウィークと称して各番組にゲストが出演するが、この番組は通常放送時(岡村曰く「平場(ひらば)」)でもゲストが出演することがある。

ゲスト登場時に鳴るファンファーレは、コーナー終了時やハガキ職人大賞の1位発表時に鳴るものと同様のファンファーレを使用している。

告知や宣伝を目的として来たゲストに対しては岡村が「この番組で告知(宣伝)しても効果ありませんよ」という主旨の断りを必ずといっていいほど入れる。ほっしゃん。が自身の単独ライブのチケットを番組内で電話予約した際(自宅で受け付けた為、自宅の電話番号が公開された)、新たに9枚しか売れなかったというエピソード(1999年12月23日OA)を具体例として挙げて説明することが多い。

ゲスト出演時のCM明けには、Hi-STANDARDの『NEW LIFE』のイントロにのせて、ゲストが何らかのコメントとタイトルコールをしているジングルが事前に作られ使用されている。このジングルは保存されており、後日そのゲストの話題で盛り上がった時などに(そのゲストが来ていなくても)再利用されることがある。ゲストとして来訪していないがジングルが作成された事もある。

岡村の父親や妹や親友、矢部の兄(矢部美幸)や母などの一般人もゲスト出演している。

2010年7月15日から11月25日の岡村の休養期間は9月9日放送分(「ナイナイの日記念 ハガキ倍増スペシャル」と称して矢部が一人で放送を担当)以外は「ゲストパーソナリティー」として毎週ゲストが出演していた。

[編集] 放送リスト

[編集] スタッフ

[編集] 歴代ディレクター

  • 初代 / 加藤晋(かとう すすむ) (1994年4月4日 - 6月27日)
2部時代を担当。
  • 2代目 / 金井尚史(かない ひさし) (1994年7月7日 - 28日)
1部昇格初期を担当。
あだ名「カンダム」、「カンダゴテ」、「元神田D」。
9年間に渡り担当し、番組初期を支え続けた1人。プライベートや本番中での奇行や虚言が取り上げられるなど、様々な伝説を残し、担当を離れてからも何かと話題になることが多かった。2006年のニッポン放送再編に伴いフジテレビに移籍し、事業局事業部に所属。
  • 4代目 / 石田誠(いしだ まこと) (2003年7月31日 - 2004年5月26日)
あだ名「石田タイヤ」、「ダーイシ
ADからの昇格。担当期間中、トム・クルーズ(2003年8月)やクエンティン・タランティーノ(同年10月)の記者会見に潜入してインタビューを試み、見事指名を受けるという奇跡を起こし、伝説となった。
あだ名「カタヤマ」、「」、「角銅三(かくどうざん)」、「金正男氏と見られる男」、「痛風インキンハゲメガネ
着任早々急性睾丸炎により入院した為、2004年6月の1ヶ月間は後述の松尾ディレクターが繋いだ。またこの期間、本人の病状を伝える「今週の角銅さん」なるコーナーが冒頭に行われていた。
倖田來未のオールナイトニッポン』をめぐる社内処分でADに降格し、一旦深夜番組帯から離脱したが、2009年6月25日の放送で深夜番組帯に復帰し『福山雅治の魂のラジオ』を担当していることが明らかになった。現在は『魂のラジオ』の他、『大宮エリーのオールナイトニッポン』『AKB48のオールナイトニッポン』を担当。
  • 6代目 / 宅野淳(たくの じゅん) (2008年3月6日 - 2009年1月8日)
制作部副部長兼プロデューサー。番組を離脱する1月8日の放送で社内処分された角銅に代わりキューを振っていたことが明かされた。
  • 7代目 / 宗岡芳樹(むねおか よしき) (2009年1月15日 - )
あだ名「YOSHIKI」、「ハレンチ爆弾魔
元々当番組のヘビーリスナーであったとされ、現在は『オードリーのオールナイトニッポン』『ゆずのオールナイトニッポンGOLD』『miwaのオールナイトニッポン』『アッコのいいかげんに1000回』も担当している。

[編集] 代理ディレクター

松尾紀明(まつお のりあき) (2004年6月3日 - 6月24日)
通称「チャコちゃん」、「困った時の松尾D
角銅ディレクターの代理。
勅使川原昭(てしがわら あきら)
通称「テッシー

[編集] アシスタント・ディレクター(AD)

石井さん
2部時代を担当。
潮さん (1994年7月7日 - 2000年9月28日)
米ちん(2000年10月30日 - ?)
生江龍太郎2006年4月6日 - 9月28日)
鈴木賢一2006年3月30日 - )
通称「ビーチくん

[編集] 放送作家

小西マサテル
通称「小西さん
ブース内にナイナイと共に入っており、時々聞こえる矢部ではない笑い声は彼のものである。笑い声の質・音量・タイミングが絶妙であり、リスナーからの信頼も厚い。オンエア上では一切声を発さず、筆談でナインティナインの二人とアドバイスやヘルプを出すなどのコミュニケーションを取っている。
野村正樹(ペンネーム メルヘンうんこ 元ハガキ職人)
通称「メルヘン
元ハガキ職人。第11回から第13回ハガキ職人大賞で3回連続で1位を獲得、その後放送作家としてスタッフ入りする。主に携帯用ホームページの更新を担当している。たまに岡村の口から彼について触れられることがあるが、その際は本名の「野村」と言った後に慌てて「メルヘン」と言い直すことが多い。
川島カヨ
通称「カヨちゃん
主にPC用ホームページの更新や、放送中に寄せられるメール、FAXの選出を担当している。岡村曰く「遊べる程度の胸はある」。別称Aマイナー。雰囲気美人。岡村の怒りが爆発した時、落ち着かせるために飲ませる白湯を運ぶ役目でもある。また、岡村から「男性と温泉いっしょに入り顔」をしていると言われる。
細田哲也(ペンネーム 顔面凶器 元ハガキ職人)
通称「顔面
元ハガキ職人。第20回から第23回ハガキ職人大賞で4回連続で1位を獲得。第24回では惜しくも2位であったが、その後放送作家としてスタッフ入りする。リスナー時代にニッポン放送でナインティナインの出待ちをした時、矢部に「黒ひげ危機一髪ゲーム」をプレゼントしたが、肝心の黒ひげの人形をわざと抜いて渡したことをいまだに矢部からいじられることがある。ハゲを気にしているキャラとして一時期番組内でフィーチャーされる。突っ込んだ会話をされると心のシャッターがガッチリ閉まるために弄りにくいらしく、プライベートでの岡村との付き合いはあまりない模様。

[編集] サブ作家

初代 / 阿曽ちゃん
2代目 / モーリー

[編集] ミキサー

現在は文化放送でスタジオ管理をしており、当番組内では「鍵の救急車」とネタにされたりNACK5ファンキーフライデーで作家を担当している。
  • 2代目 / 斎藤一志(サウンドマン)(2005年10月6日 - 2006年3月30日)
  • 3代目 / 河辺健二(サウンドマン)(2006年4月6日 - 2011年3月31日)

[編集] 番組本

番組開始15周年を記念した番組本が制作されることが2009年2月5日の放送で発表され、同年7月30日の放送ではタイトルが『ナインティナインのオールナイトニッ本(ニッポン)』に決定したことが発表された。当初15冊出版する方針であったが、全5冊出版に変更された。

この本を出版するにあたり、本の構成するための資料として2部時代の音源が行方不明になっていることが番組で明かされた。このためvol.1は欠落している回が数本ある。

この本のためのハガキコーナーとして番組では期間限定で「リスナー広場ビーンとこけし」というネタ募集のコーナーが立ち上がる。また、同じくこの本独自のコーナーとして矢部によるサッカーレッスン、歴代マネージャーが語るナインティナインとの思い出、歴代ディレクターの珍エピソード、ハガキ職人へのインタビューなどが掲載されている。

[編集] ナインティナインのオールナイトニッ本 vol.1

スキャンダル事件史 94-99年 永久保存版 大年表 少年ナイフ編(2009年9月9日発売、税込み1000円)
1994年から1999年までの年表が主な内容。通称赤本。この他、ナインティナインの後輩芸人である黒沢かずこ森三中)・中田敦彦オリエンタルラジオ)・金田哲はんにゃ)の3名によるヘビーリスナー芸人座談会も収録。また付録として放送された音源を収録した2枚のCDが付属する。
同年9月6日には一般発売に先駆けて「リスナー限定!ナインティナインのオールナイトニッ本!スキャンダル先行即売会!!」がリスナー99人限定で行われた[3]
同年9月10日の放送で、この時点で12万部売れたことが明らかになった。番組本では異例の売れ行きとのこと。
本の構成は文章でオールナイトニッポンを進行しており、ラジオと同様の流れで過去の放送に関してナインティナインの2人がトークをしている。時計の写真で時報を知らせ、過去の怒鳴り名作集、オープニングトーク、ラジオ同様に進行表も作成されている。エンディングのトークのページでは、エンディングテーマも指定され、ナインティナインにとって特別な時に使用される「月夜の星空」が流れている。ラジオ同様の流れが活字で楽しむことができる。

[編集] ナインティナインのオールナイトニッ本 vol.2

お台場激闘史 00-04年 永久保存版 大年表 湾岸スキーヤー編(2010年2月15日発売、税込み1000円)
お台場の旧社屋スタジオから放送していた2000年から2004年までの年表が主な内容。通称青本。この他、笑福亭鶴瓶との対談、また岡村が「1日工場長」として大日本印刷の工場に潜入し、番組本の製作工程をレポートする企画などがある。また付録として放送された音源を収録した2枚のCDが付属する。
同年2月11日には一般発売に先駆けて先行即売会が愛知県東海市のリスナーの実家である書店で500冊限定販売が行われた。

[編集] ナインティナインのオールナイトニッ本 vol.3

ナイナイと99人の女たち編(2011年5月19日発売、税込み1000円)
通称桃本。番組開始から現在までに番組のフリートークで話題になったナイナイと関わった女性との恋愛ゴシップ、女性芸能人との岡村の妄想恋愛話、矢部の恋愛話に登場した人物など99人がとりあげられ掲載された。付録として放送された音源を収録した2枚のCD、「袋とじ企画」「ナイナイ人性ゲーム」付属する。
同年5月15日には一般発売に先駆けて先行即売会がニッポン放送イマジンスタジオで抽選で99人のリスナーを集めて行われた。約1000冊限定販売が行われた。

[編集] 頻繁にオンエアされる楽曲

主に地方局へのCM時のフィラーとして、『カモ・エブリバディ・ナインティンナイン・イン・ザ・ハウス』などナイナイライブにて使われていたオリジナルの楽曲が流れる(一切一般音源化はされていない)。初期(1999年頃まで)のフィラーはダルファーのアルバム「dig」からセレクトされて流れていた。1999年から2000年にかけては岡村主演の映画『無問題』のサウンドトラックからセレクト。2001年頃から現在のようにオリジナル楽曲という形になっている。 ジングルとしてB-DASHの『情熱たましい』をアレンジしたものやHi-STANDARDの『SATURDAYNIGHT』が使用されている。

スペシャル番組が重なる番組改編期前や、かつて開催していた9月のナイナイライブ間近など、多忙な状況においてまとまりのない放送になることを“壊れかけのレイディオ"と称し、2人が名曲とするこの曲がオンエアされる。
曲名や“ワチャゴナ"(歌詞中の「WHAT'CHA GONNA」)・“ねえ DO FOR ME"などのフレーズを2人が気に入り、度々オンエアされる。岡村曰く「聞くと元気が出る」とのこと。2006年には12月21日、28日、31日と三週連続でオンエアされ、31日の放送では生バンドをバックに矢部が歌っている。
バレンタインデー間近の放送のエンディングとして使用されている。また、2005年には千葉ロッテマリーンズが日本一になった週に監督であるボビー・バレンタインに因んでエンディングで使用した。
歌詞の一部を下ネタにしたパロディが1997年初頭からブームとなり、ジングルも作成された(矢部が相手の女性に謝っているといった場面)。現在でも突発的にそのネタが読まれたり、小室哲哉KEIKO夫妻などglobe関連の話題が上がるとその直後によく流される。
なお、同じ1997年末KEIKOは『人気者でいこう』(朝日放送)に出演した時、面白くない芸人として矢部を挙げ(実際の放送では矢部の名前は伏せられていた)、「鼻が嫌い」「あんなツッコミ私でも出来る」等の発言をしたことに対して、ナインティナインは当番組内で相当の怒りを告白している。
反町隆史が番組宣伝で『笑っていいとも!』(フジテレビ)に出演した時、愛想の無い受け答えをしていたのを岡村がテレビで見て激怒したことから、「反町っす」というコーナーが始まり、この曲もたびたびオンエアされるようになった。
岡村が一番好きな邦楽と公言する曲で、フリートークやネタハガキで話題に上がった時にオンエアされる。なお、この曲について岡村が「実はこの曲、小室(哲哉)プロデュースなんですよね」とうんちくのごとく説明することがあるが、小室哲哉は作曲のみでプロデュースはしていない。
また番組で「俺の中の素敵ランキングで鈴木杏樹さんと渡辺美里さんがトップやね。実際に会ってみてイメージと実物が変わらない女性はこの二人だけ」とも話している。
岡村曰く「ジグザグ気取った都会の街並み」と言うフレーズが気に入っているとのこと。
共にネタコーナーで曲名やその歌手の話題が出た際にオンエアされる。
  • 「ぜんまい仕掛けのカブトムシ」 / 井上陽水
ぐるぐるナインティナイン』のクワガタ捕り企画で流され、「カブトムシ 壊れた 一緒に楽しく遊んでいたのに…」というフレーズを岡村が気に入った。
かつてのエンディング曲で、現在でも一年最後の放送やスタッフが交代するなどの番組にとって特別な回で流される。2部時代には矢部が歌手名を「ボブルディーズ」と読み間違えたことがある。なお、アルバム収録バージョンではなく、シングルバージョンが流される。

[編集] ナインティナインやスタッフが歌っている楽曲

番組初期の頃からスペシャルウイークの時に毎回2人でカラオケを歌うことを盛り込んでいた。単独でのオールナイトニッポンの時も歌われた。空耳替え歌などのネタもあり、替え歌の詩は放送作家の顔面凶器が担当している。現在もたまに新しい曲が登場することがある。矢部の歌う「DO-DO FOR ME」や「HOWEVER」は人気があり放送回数も多い。

[編集] 岡村

岡村主演の香港映画『無問題』主題歌。広東語と日本語の2パターンが有り。番組ではナインティナインが失恋した際にその週のエンディングで使用されることが多い。この曲は無問題のサウンドトラックに収録されている。

[編集] 矢部

[編集] ナインティナイン

[編集] 神田比呂志元・ディレクター

  • 「想い出がいっぱい」 / H2O
神田が番組ディレクターを降板時に収録され、エンディングテーマとして流れた。フリートークで神田の話題が出ると、オンエアされる事がある。

[編集] その他

  • 「ABC」 / 少年隊(ナインティナイン&矢部美幸
  • 「わたしたちどうするの?」 / ザ・マイクハナサーズ(矢部&増田みのりアナウンサー)
岡村不在時の特別番組『矢部浩之のallnightnippon SUPER!』で初オンエア。
「愛した人はバツイチ」という曲をナインティナイン・清水ミチコ名義で発売しているが、「吉本に無理矢理やらされた仕事」とナインティナインの二人があまり良く思っていないためにオンエアされることはない。上記カップリング曲である「好きになってもいいですか 」はナインティナインの正月休みのための代打番組、FUJIWARAのオールナイトニッポン内でオンエアされた。

[編集] 特別番組

コカコーラプレゼンツ・ナイナイのゆく年くる年・99だよ全員集合
  • 放送時期:1998年12月31日〜1999年1月1日
  • 民放AM局及びラジオたんぱ(現:ラジオNIKKEI)48局ネット
  • 中継で東海林のり子西川のりおが出演
  • 通常放送時のいわゆる怒鳴りからの開始ではなくトークから始まり、開始からおよそ4分後岡村によりタイトルコールが発された。
  • インターネット屋 村田さんの協力により、インターネットでの生放送も行われた。
  • 中継は中継担当の東海林のり子による仕切りにより、二人が半分無視された状態で進んだ。
  • スタジオと北海道〜沖縄〜東京を結び、「第九」ならぬ「第99」の大合唱を行った。
  • 中継時、東海林のり子からスタジオの岡村にシンパルを送られ、自らも大合唱に参加した。
  • 西川のりおがスタジオに乱入してくるのを恐れて、もし来ても入れなくていいと二人がスタッフに指示した。
  • 安田祥子・由紀さおり姉妹の「トルコ行進曲」に岡村「あれCD出てるの」と聞き、流れたとたん二人して大喜びした。
  • 酒井法子がサーファーと入籍し妊娠した話になった時、巧いこと言った言わないで言い合いになり最終的には岡村が矢部に「芸人辞めてしまえ!」と言い放った。
オールナイトニッポン40周年記念!ナインティナインのオールナイトニッポンスペシャル ずばっと年またぎ!!
  • 放送時期:2006年12月31日〜2007年1月1日1:00:日曜23:00-25:00
  • 当時12年半と一番長く担当しているナインティナインが担当することになった。内容は通常放送の増刊号のような番組。
  • 2001年から2005年までは日本テレビ系で「ナイナイの夢と笑いが丸い地球を救うのだ!!」を放送していたが、ラジオでの年越しは上記の『ゆく年くる年』以来である。
  • 有楽町のニッポン放送本社ビル地下4階のイマジンスタジオから公開生放送で行われた。入場できるのは招待状が送られたリスナーのみであり、来場したリスナーの殆どが当番組のハガキ職人だった。
  • 元ミキサーの古谷は元番組スタッフであるにも拘らずコネを使わずに一般公募から参加を試みたらしい。結果は当選漏れだったが、昔のよしみで入場できたようである。
  • 提供スポンサーは明治製菓コカ・コーラのみであり、提供クレジットの読み上げは増山さやかアナウンサーが担当した。
  • オープニングで「瀬戸内寂聴」という怒鳴りはあっていたが、岡村が木曜日のレギュラー放送のように「ナインティナインのオールナイトニッポン」と言ってしまった。
  • キーステーションのニッポン放送では番組内で2度交通情報を入れており、会場内のリスナー全員で交通情報担当者の名前を叫んでいた。
  • 岡村ロケは前ディレクターの石田誠が担当し、レポーターは増田みのりアナウンサーが担当した。
  • コーナーとして矢部の時代だ浩之だ!年男・矢部浩之のヤベノートスペシャル!を行った。
    • タイトルの由来は2007年に年男になる矢部に関連しており、通常放送時のレギュラーコーナー「ヤベノート」をスペシャル番組として放送した。
    • 12月28日のレギュラー放送で決定した課題を矢部が12時の時報とともに行い、題目は「矢部浩之がロックを歌う」というものである。
    • 年明けはナインティナインと縁があるトッシュ増田のバンドの演奏で知念里奈の「DO DO FOR ME」を矢部が熱唱するところから始まった。
ポカリスエットプレゼンツ・ナインティナインのオールナイトニッポン・鉄板トークリクエスト!
  • 放送時期:2008年2月23日:土曜25:00-27:00(俺たちのオールナイトニッポン40時間スペシャル内で放送)
  • 企画内容は、岡村もしくは矢部が過去のレギュラー放送で同じ内容に何度も触れた定番のエピソード(=鉄板トーク)のうち、リスナーからのリクエストによって選ばれたエピソードのキーワードのみがお題として随時発表され、その都度ナインティナインの2人がそのエピソードを改めて語るというもの。
  • 「鉄板トークリクエスト」との副題があるが、怒鳴り直後のタイトルコールはレギュラー放送同様「ナインティナインのオールナイトニッポン」のみだった。
  • スタッフはレギュラー放送と同じだが、以前ディレクターを務めていた神田比呂志(現:フジテレビジョン事業部)ディレクターと石田誠ディレクターも駆けつけ、番組内で触れられた。
  • オープニングには、直前の時間帯(『福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル・魂のラジオ』)の出演のためにスタジオ付近にいた福山雅治と加藤晴彦(加藤は直後の『荘口彰久のオールナイトニッポンR』にも出演)が飛び入りで登場。岡村を加えた3人がかつて同じマンションに住んでいた話で盛り上がり、福山と加藤が岡村の当時の自宅の様子を暴露した。怒鳴りは「ハルイチ
  • オープニング冒頭で岡村が、2月24日13:00-15:00のタモリ担当枠(『タモリのオールナイトニッポン』)が生放送ではなく録音だということを示唆する発言をするが、慌てて言葉を濁した。
  • 提供クレジットは木曜日のレギュラー放送では矢部が担当しているが、当日は那須恵理子アナウンサーが担当した(鉄板トークのお題読みも担当)。
  • 当時は「ポカリスエットプレゼンツポルノグラフィティ岡野昭仁のオールナイトニッポン」放送枠だったため、「ポカリスエットプレゼンツナインティナインのオールナイトニッポン 」として放送された。
  • CMアイキャッチやジングルには過去(@llnightnippon.com時代を含む)のものが使用され、レギュラー放送で使用されている「ニッポン放送、ナインティナインのオールナイトニッポン」というSEは使用されなかった。
  • エンディングは木曜レギュラーと同じで口笛ジングルがあり、締めの言葉である「わーわー言うております。お時間です。さようなら」も使用された。

[編集] 年表

(放送回数が2つ書いてある場合、前者はオールナイトニッポン40周年記念特番等を含まずにカウント、後者は含めてカウントした回数。)
  • (1998年末は木曜だが、2006年末、2008年2月の特番は木曜以外なので、2007/1/14~2008/2/21は1回分、2008/2/28~現在は2回分カウントがずれる。)
  • (ニッポン放送の公式ページでは、2009年12月現在、前者のカウント方法(特番を含めない)になっている。)
1994年(平成6年)
  • 3月24日吉本印天然素材のオールナイトニッポン(特番で放送)で2部でレギュラー放送を開始する事を告知する。
  • 4月4日(第1回)、月曜2部(27:00-29:00)で番組開始。
  • 7月7日(第14回)、木曜1部(25:00-27:00)に放送時間変更。この時、前任者である福山雅治(「福山雅治のオールナイトニッポン」)のファンから「マシャを返して」と泣きつかれた。
1996年(平成8年)
  • 3月21日(96回)、岡村が「めちゃ×2モテたいッ!」の雪山ロケで肋骨を骨折したため欠席。電話のみの出演。
  • 4月18日(100回)、番組開始100回突破。
1998年(平成10年)
  • 4月30日(200回)、番組開始200回突破。
  • 12月31日〜1999年(平成11年)1月1日 (229回)- ナインティナインが年越し番組『ゆく年くる年』を担当。オールナイトニッポンとの連動企画で放送された。
1999年(平成11年)
  • 4月1日(242回)、ニッポン放送の深夜時間帯がLF+Rにリニューアルされたのに伴い、放送時間が22:00-24:00に変更。タイトルも『ナインティナインのallnightnippon SUPER!』へリニューアル。その際ニッポン放送ローカルの番組となる。
  • 4月29日(246回)、岡村主演映画「無問題」のロケに伴い岡村が欠席。『矢部浩之のallnightnippon SUPER! 』として放送。
  • 5月6日(247回)、「無問題」ロケに伴い香港のホテルから生放送。
  • 8月26日(263回)、『ナインティナインのallnightnippon SUPER! 真夏の5時間ぶっとーしスペシャル』と題し、旧木曜1部(当時の@llnightnippon.com)を含む5時間の生放送を担当。後半2時間は全国放送となるため、この時間のみ『大復活!ナインティナインのオールナイトニッポン』として放送。過去の上位5つの人気コーナーが復活。久しぶりの全国放送とあってコーナーへの投稿ハガキが殺到した。
  • 10月7日(268回)、『ナインティナインの@llnightnippon.com』 として、半年振りに旧木曜1部(25:00-27:00)に復帰。以後放送時間の変更は無し。
  • 11月11日(273回)、「無問題」の試写会との連動企画で、『岡村隆史の@llnightnippon.com 』として放送。このため矢部は欠席。
2000年(平成12年)
  • 1月13日(281回)、有楽町の旧社屋スタジオから当時のお台場社屋に移って、最初の放送。
  • 4月6日(293回)、番組エンディングでめちゃイケメンバーが乱入。以前から「めちゃ×2イケてるッ!」で、よゐこが膨大な投稿ハガキを送り採用を目指す企画が行われていたが、武田真治が送ったペンネーム「お台場シンディ」が悪い人の夢にて2枚採用され企画終了となったため。
  • 5月25日(300回)、番組開始300回突破。
  • 9月7日(315回)、特別番組『金子さやかの@llnightnippon.com』放送のため、午前2時から放送開始。
2001年(平成13年)
  • 5月10日(349回)、岡村主演映画「無問題2」のロケに伴い香港のホテルから生放送。
  • 5月17日(350回)、「無問題2」のロケに伴い岡村が欠席。『矢部浩之の@llnightnippon.com』として放送。
2002年(平成14年)
  • 5月30日(400回)、番組開始400回突破。
  • 6月6日(401回)、矢部のW杯取材に伴い、韓国のホテルから生放送。『ナインティナインの@llnightnippon.com inコリア FIFA公認やべっちスペシャル』として放送。
2003年(平成15年)
  • 3月27日(441回)、岡村がこの年の7月に公開される踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!に出演することが発表され、ゲストに同作品プロデューサーの亀山千広が出演した。
  • 4月3日(442回)、LF+Rレーベル終了に伴い、番組タイトルが4年ぶりに『ナインティナインのオールナイトニッポン』になったが、タイトルコールを「新・オールナイトニッポン」と言ってしまい失敗。
2004年(平成16年)
  • 4月1日(491回)、放送開始10周年。出川哲朗が結婚報告のためスタジオを訪れたが、岡村はボイコットしており、放送開始40分後に登場した。オープニングは矢部のみで怒鳴りは「ボイコット
  • 4月8日(492回)、イラク日本人人質事件に関する速報が放送されたため、午前1時12分放送開始。
  • 6月3日(500回)、番組開始500回突破。
  • 9月9日(514回)、「ナインティナインの日」の「ナイナイライブ」のため、ラジオ大阪より放送
  • 9月16日(515回)、有楽町の新社屋スタジオから放送開始。
2006年(平成18年)
  • 6月8日(600回)、番組開始600回突破。
  • 12月31日〜1月1日(特番回/629回)、『オールナイトニッポン40周年記念!ナインティナインのオールナイトニッポンずばっと年またぎ!!』と題し、年越し番組を担当。放送日は日曜日。
2008年(平成20年)
  • 2月7日(682回/683回)、1月30日に放送された「倖田來未のオールナイトニッポン」に関する訂正放送により、午前1時8分から放送開始。冒頭の提供読みは従来の矢部ではなく吉田アナが担当した。[4]
  • 2月23日(特番回/686回)、「俺たちのオールナイトニッポン40時間スペシャル!」にて、25:00-27:00を担当。放送日は土曜日。
  • 4月3日(690回/692回)、放送開始15周年。
  • 5月29日(698回/700回)、(特番を含めると)番組開始700回突破。
  • 10月30日(719回/721回)、とんねるずDJ OZMAがサプライズゲストとして登場。この模様が11月6日放送の「とんねるずのみなさんのおかげでした」で放映された。
  • 12月18日(726回/728回)、放送開始15周年を記念してオリジナルの年賀状が誕生。
2009年(平成21年)
  • 2月5日(732回/734回)、番組本制作を発表。
  • 4月2日(740回/742回)、放送開始15年。
  • 6月4日(749回/751回)、岡村が欠席。『矢部浩之のオールナイトニッポン』として放送。
  • 7月30日(757回/759回)- 番組本が9月9日発売が決定され、タイトルも『ナインティナインのオールナイトニッ本(ニッポン)』となった。
  • 11月12日 (771回/773回)、岡村の持病である痔が再発し、2時23分まで痔について熱弁したため大半のコーナーが休止。
2010年(平成22年)
  • 1月14日 (779回/781回)、『ナインティナインのオールナイトニッ本』第2弾が2月15日に発売されることが決定した。
  • 2月4日 (782回/784回)、『ナインティナインのオールナイトニッ本』第2弾を2月11日に愛知県東海市在住のリスナーの実家の書店で500冊先行限定販売することになった。(ナインティナインの2人も立ち会う)
  • 3月25日 (789回/791回)、岡村が「沖縄国際映画祭」に出席のため、沖縄にあるすてきな居酒屋より放送
  • 6月10日 (799回/801回)、オープニングで岡村が出演予定だった舞台公演の延期に関するお詫びから始まったため、タイトルコールの怒鳴りは特になく、BITTERSWEET SAMBAもフルで流れなかった。
  • 6月17日 (800回/802回)、放送800回突破。矢部が「2010 FIFAワールドカップ」の取材で南アフリカに滞在しており不在の為、岡村とゲストの博多華丸・大吉「おかっちFCのオールナイトニッポン」として放送した。オープニングで矢部も現地から電話出演を果たしたが、7月25日の放送で回線トラブルによって急遽矢部の携帯電話に直接国際電話を繋げることになり、出演の30分程前から通話状態にした。結果、矢部が通話料金4万7000円を請求されたことが発覚した。
  • 6月24日(801回/803回)、岡村が体調不良のため欠席。矢部のみで放送。
  • 7月15日(804回/806回)、冒頭で矢部が岡村の上記の体調不良がおもわしくないため無期限の休養によりしばらくの間の欠席を発表。この回からしばらくは矢部のみで放送し、吉本興業の所属タレントが毎週ゲストパーソナリティとして出演する予定。しかし「矢部浩之のオールナイトニッポン」とはしていない。
  • 10月14日(816回/818回)・11月11日(820回/822回)、岡村復帰予定と一部週刊誌とスポーツ紙に憶測記事が出たが、どちらも番組内で矢部が完全否定した。
  • 11月26日に吉本興業から正式に岡村復帰を発表。
  • 12月2日(823回/825回)岡村が復帰。この回の「どなり」は「オッケ~イ!」(番組初期の2部時代と1部昇格時に番組開始時に頻繁に叫んでいた現在のどなりの原型)。入院生活の話を久しぶりに提供クレジット読みの時間を無視して40分近く話していた。ネタコーナーは無く番組終了まで休止中の5ヶ月間話だけとなった。
  • 12月9日(824回/826回)岡村が復帰したことで矢部が一人で担当していた期間にやっていたネタコーナーが終了。矢部がネタを読んで岡村が聞くというめったにない貴重な放送になった。
2011年(平成23年)
  • 2月3日(832回/834回)番組本第3弾制作再開を発表。
  • 2月24日(835回/837回)24時間SEXのことばかり考えている番組ではエロトークでおなじみのキャラクター、ジャネットが番組を卒業するということで「みなさんさようならジャネット卒業スペシャル」が企画され下ネタを読みまくったが、卒業したらゴール、ゴールしたらそこからスタートというナイナイの茶番劇によりジャネットは新たなスタート切ることになった。
  • 3月17日(838回/840回)3月11日に発生した東日本大震災以来初の放送となったが、岡村曰く「普通にやろうやないか」と言うことで通常通りの放送を行った。その日以降、オープニングとエンディングのクレジットで「36局」と言わなくなった。
  • 3月31日(840回/842回)OPから岡村が下痢を起こし、曲の間に何度もトイレへ駆け込んだ。なおこの間に流れた曲は海援隊スタートラインだったが、この日はエンディング以外はすべてこの曲が流れ、OP直後はフルコーラスで流された。また、「今週のインパクト」では岡村がトイレでハガキを読み、矢部がスタジオでそれを聞くと言う異例の事態が起きた。
  • 4月21日(843回/845回)『ナインティナインのオールナイトニッ本』第3弾が5月19日に発売されることが決定した。
  • 5月12日(846回/848回)番組本第3弾の先行即売会が5月16日に開催されることを告知。ニッポン放送イマジンスタジオで抽選で選ばれたリスナー99人とナイナイでイベントがおこなわれた。ゲストは博多華丸・大吉。
  • 6月9日(850回/852回)・16日(851回/851回)1時台・2時台に各1人ずつ、AKB48のメンバーがキーワードを発表した。[5]

[編集] ピンチヒッター(代役)

最初から特別番組として放送されるケースと、ナインティナインが春休み、夏休み、秋休み、正月休み、ライブの準備、スケジュールの都合で休む時に代役として起用されるケースがある。

[編集] 番組を聞いている有名人

本人達曰く「一番苦労してた」時期に、KBS京都ラジオで本番組前に生放送されていた「ハイヤングKYOTO」の木曜パーソナリティーを担当していた。番組終了後にタクシーで帰宅する際には、運転手に頼んでタクシーの中で放送を聞いていた。ジングルにはTKOがネタでかつて使っていたブリッジ音が使われているものがあり、木下は放送を聞いて感動したことを明かしている。
高校時代に春日がこの番組を録音して、金曜に部室で若林も含めた部員でそろって聞くことが恒例になっていたと言う。2010年10月14日に春日が初出演した際、ゲストコーナーが終わっても帰宅せず見学を続け、番組のエンディングで再登場し、「サインしてもらおうと『オールナイトニッ本』のVol.1とVol.2を家を出る直前までカバンに入れていた(結局タレントとしての自制心と自尊心が勝って止めた)」と語った。若林も、友人とのキャンプの道すがら、録音した当番組をカーステレオで流していたら全員会話を一切せずに聞き入ってしまったというエピソードを語っている。ちなみにオードリーは土曜日の同枠で「オードリーのオールナイトニッポン」を担当している。
受験勉強の際に聴いていてからヘビーリスナーになった。「オリエンタルラジオのオールナイトニッポンR」を担当していたが、いつかはナインティナインに木曜1部を譲ってもらいたかったらしい。
現在でも番組を聴いていると『99プラス』で告白。はんにゃも2010年4月から2011年3月まで火曜日の「はんにゃのオールナイトニッポン」を担当していた。
2007年8月30日に夫のスペル・デルフィンと共に番組にゲスト出演した際、「10年前からのヘビーリスナー」であると公言した。毎週テープに録音して、次週までに4〜5回聞き直しているという。
漫画家であり、「週刊ヤングマガジン」の巻末コメントコーナーで「よく聞くラジオ番組」の問いにこの番組名を挙げた。録音したものを散歩をしながら聞いているらしい。
ラジオ好きで有名であり、この番組も開始当初の月曜二部から聞いていたヘビーリスナーだった。今週のインパクトに投稿した経験もあるが採用されたことは一度もなかったようで、2003年7月10日にゲストで来訪した際にはコーナーノベルティのインパクトコンパクトが貰えることに感激していた。
2002年8月29日の放送の録音のコメントで、兄がMDに録音して一緒に聴いていたと発言した。この時今度、兄と一緒にゲストで呼んでくださいとリクエスト。2004年12月16日にゲスト出演した際にヘビーリスナーだった兄も特別ゲストとして招かれた。

[編集] 関連項目

ナインティナインが記録を破る前のオールナイトニッポン最長番組
前身番組
ナインティナインのANN開始前の聴取率1位を毎週獲得していたオールナイトニッポン
1994年4月-1995年4月の間は木金で毎週どちらの番組も同率首位だった
ナインティナインがメインレギュラーを務めており関連も深い
2008年11月6日の放送でこの番組が放映された
ナインティナインとは関わりはないものの当番組から輩出されたハガキ職人や放送作家のスタッフが構成として番組に関わっていた。

[編集] 脚注

  1. ^ 次いで長いのは福山雅治で、通算17年7ヶ月(2012年1月現在)。また、有楽町のニッポン放送第1期旧社屋時代からお台場旧社屋〜現 有楽町ニッポン放送第2期社屋までオールナイトニッポンシリーズを2012年現在も担当しているのはナインティナインと福山の2組のみである。
  2. ^ ハガキを書くときのお約束。
  3. ^ リスナー限定!ナインティナインのオールナイトニッ本!スキャンダル先行即売会!!
  4. ^ エンディングの提供読みも吉田アナが担当
  5. ^ 9日の1時台は北原里英が登場し「ひとみちゃん」、2時台は梅田彩佳が登場し「オカバ」、翌16日の1時台は横山由依が登場し「ゆうこりん」、2時台は増田有華が登場し「B」とそれぞれ発表。

[編集] 外部リンク

月曜2部
石川よしひろ ナインティナインのオールナイトニッポン
月曜 27:00 - 29:00
ナインティナイン
小沢健二スチャダラパー
木曜1部
福山雅治 ナインティナインのオールナイトニッポン
木曜 25:00 - 27:00
ナインティナイン
荘口彰久/SNAIL RAMP
allnightnippon SUPER!
井手功二ゲルゲットショッキングセンター ナインティナインのallnightnippon SUPER!
木曜 22:00 - 24:00
ナインティナイン
SILVA
@llnightnippon.com
荘口彰久/SNAIL RAMP ナインティナインの@llnightnippon.com
木曜 25:00 - 27:00
ナインティナイン
ナインティナイン
オールナイトニッポン 木曜
ナインティナイン ナインティナインのオールナイトニッポン
木曜 25:00 - 27:00
ナインティナイン
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2012年オールナイトニッポンパーソナリティ
曜日 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
月曜 鬼龍院翔
火曜 miwa
水曜 NESMITH
木曜 ナインティナイン
金曜 AKB48
土曜 オードリー
個人用ツール
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