紀藤真琴

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
紀藤 真琴
統一セブンイレブン・ライオンズ コーチ #91
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県名古屋市
生年月日 1965年5月12日(46歳)
身長
体重
178cm
84kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1983年 ドラフト3位
初出場 1987年5月28日
最終出場 2005年8月11日
経歴(括弧内は在籍年)
選手歴
コーチ歴

紀藤 真琴(きとう まこと、1965年5月12日 - )は、愛知県出身の元プロ野球選手投手)。現在は台湾プロ野球統一セブンイレブン・ライオンズの投手コーチ。

愛称は「」。

目次

[編集] 経歴

中京高校時代は控え投手兼外野手として、3度甲子園に出場した。球威は野中、球速は紀藤が一番とも言われ、野中徹博との2枚看板、Wエースとも言われたが、甲子園で投手での成績はない。

その後、1983年のドラフト広島東洋カープから3位で、入団。

しばらくは2軍生活が続くが1987年に初登板して頭角を現し、以降中継ぎで活躍し、1991年セ・リーグ優勝に貢献した。しかし、日本シリーズでは第1戦、6戦に出場するも2回とも満塁弾を打たれKOされた。1994年には先発に転向し、自身最高となる16勝5敗の成績を残し、4試合連続2ケタ奪三振、最高勝率を記録する。1995年の巨人戦で引退試合となった原辰徳にホームランを打たれた。

1996年まで2桁勝利をあげるが球威の衰えや若手の台頭で登板が減少し、2000年オフにトレードで中日ドラゴンズに移籍。中日では中継ぎなどで働きを見せたが、2004年シーズン後に戦力外通告を受け、その後無償トレード東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍。2005年限りで引退。

2006年から楽天の二軍投手コーチに就任し、2007年から一軍投手コーチに昇格し2008年まで務めた。2008年は楽天球団初のチーム防御率3点台だった。

2009年水戸市にあるパーソナル電電株式会社の執行役員となり、市内の少年野球チームの監督を務めた。

2010年興農ブルズの投手コーチを1年間務め、2011年からは統一セブンイレブン・ライオンズの投手コーチを務める。

[編集] プレースタイル

MAX147km/hの速球カーブスライダーフォークを武器とし、若い頃は「球は速いが故障が多く不安定」という印象の投手であったが、キャリアを積むに連れて徐々に安定し、円熟味を増した。右手だけで30を越える針跡があるといわれる。故障のたびにスピードは落ちていったが、球のキレが残ったことで時間がかかったが主力投手となった。しかし良かった時期は長くはなく、投球フォームがバッターにタイミングが合う素直すぎるものだったという欠点があり、よく長打・連打を打たれた。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別投手成績





















































W
H
I
P
1987 広島 18 4 0 0 0 0 3 0 -- .000 208 48.0 50 9 19 1 0 47 1 1 23 19 3.56 1.44
1988 31 10 1 0 0 4 3 0 -- .571 396 93.1 83 9 36 1 3 71 1 0 40 38 3.66 1.28
1989 61 0 0 0 0 4 1 7 -- .800 371 90.2 71 11 27 3 4 89 6 0 28 27 2.68 1.08
1990 36 2 0 0 0 3 1 1 -- .750 263 66.1 47 7 22 2 1 53 1 0 21 19 2.58 1.04
1991 36 2 0 0 0 3 3 0 -- .500 321 75.0 79 8 24 5 4 59 1 0 39 37 4.44 1.37
1992 21 0 0 0 0 0 0 1 -- ---- 123 27.2 28 2 16 2 1 27 1 0 14 14 4.55 1.59
1993 20 0 0 0 0 1 1 0 -- .500 96 21.0 24 1 10 0 1 26 3 0 10 8 3.43 1.62
1994 30 25 8 1 0 16 5 0 -- .762 758 181.1 178 28 56 1 2 149 5 0 82 80 3.87 1.29
1995 27 25 7 2 1 10 9 1 -- .526 699 169.2 156 20 47 2 3 133 5 0 75 73 3.87 1.20
1996 26 26 6 1 0 12 7 0 -- .632 719 164.1 176 21 56 2 5 114 3 0 85 78 4.27 1.41
1997 17 8 1 1 0 1 5 0 -- .167 225 49.1 63 11 20 2 2 38 0 0 33 31 5.66 1.68
1998 18 17 1 1 0 3 8 0 -- .273 414 94.2 110 16 30 1 1 64 1 1 56 53 5.04 1.48
1999 24 14 4 2 1 5 6 0 -- .455 415 100.0 95 12 21 2 6 79 4 0 45 44 3.96 1.16
2000 15 4 0 0 0 3 3 5 -- .500 145 34.1 38 4 11 1 1 29 0 0 17 16 4.19 1.43
2001 中日 21 0 0 0 0 2 0 0 -- 1.000 104 25.1 24 4 5 0 0 28 2 0 9 9 3.20 1.14
2002 30 7 0 0 0 4 4 1 -- .500 301 72.2 76 6 12 1 2 53 1 0 24 23 2.85 1.21
2003 23 17 0 0 0 7 8 0 -- .467 381 88.0 97 20 21 0 5 57 0 0 54 48 4.91 1.34
2004 12 1 0 0 0 0 1 0 -- .000 89 18.2 28 5 8 0 1 10 0 0 17 17 8.20 1.93
2005 楽天 8 8 0 0 0 0 5 0 0 .000 168 36.0 49 9 10 0 2 20 1 0 28 25 6.25 1.64
通算:19年 474 170 28 8 2 78 73 16 0 .517 6196 1456.1 1472 203 451 26 44 1146 36 2 700 659 4.07 1.32
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] タイトル

  • 最高勝率(当時連盟表彰なし):1回 (1994年) ※セントラル・リーグでは、1972年まで表彰

[編集] 表彰

  • 月間MVP:2回 (1994年8月、1996年5月)

[編集] 記録

初記録
  • 初登板:1987年5月28日、対ヤクルトスワローズ7回戦(広島市民球場)、8回表に5番手で救援登板・完了、2回無失点
  • 初奪三振:同上、8回表に八重樫幸雄から
  • 初先発:1987年10月4日、対中日ドラゴンズ25回戦(広島市民球場)、6回2/3を2失点(自責点1)で敗戦投手
  • 初勝利・初先発勝利:1988年4月27日、対中日ドラゴンズ2回戦(広島市民球場)、7回3失点
  • 初完投勝利:1988年10月12日、対横浜大洋ホエールズ25回戦(広島市民球場)、9回1失点
  • 初セーブ:1989年4月15日、対読売ジャイアンツ1回戦(東京ドーム)、8回裏に2番手で救援登板・完了、2回無失点
  • 初完封勝利:1994年9月4日、対ヤクルトスワローズ23回戦(広島市民球場)
節目の記録
  • 1000投球回数:1998年4月17日、対ヤクルトスワローズ1回戦(福岡ドーム)、2回裏に度会博文を三直で3死目をとり達成 ※史上275人目 
  • 1000奪三振:2001年9月16日、対読売ジャイアンツ28回戦(ナゴヤドーム)、7回表に清原和博から ※史上106人目

[編集] 背番号

  • 55 (1984年 - 1987年、2001年)
  • 12 (1988年)
  • 11 (1989年 - 2000年)
  • 17 (2002年 - 2004年)
  • 30 (2005年)
  • 71 (2006年 - 2008年)
  • 91 (2011年 - )

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス