東京ドーム

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世界測地系35°42′21″N, 139°45′7″E

東京ドーム
Tokyo Dome , The BIG EGG
東京ドーム
施設データ
所在地 東京都文京区後楽一丁目3番61号
起工 1985年5月16日
開場 1988年3月18日
所有者 株式会社東京ドーム
グラウンド 人工芝(フィールドターフ)
照明 照明灯 - 14ヶ所
照度 - バッテリー間:2700ルクス
建設費 約350億円
設計者 竹中工務店日建設計
建設者 竹中工務店
使用チーム • 開催試合
読売ジャイアンツ(開場 - 現在) 、
北海道日本ハムファイターズ(開場 - 2003年、
2004年以降は準本拠地として使用)、
都市対抗野球大会(開場・第59回大会 - 現在)
収容能力
45,600人(内野:-席、外野:-席)
グラウンドデータ
球場規模 グラウンド面積:13,000 m²
両翼 - 100 m (約328.1 ft)
中堅 - 122 m (約400.3 ft)
左右中間 - 110 m (約360.9 ft)
フェンス 4 m (約13.1 ft)

東京ドーム(とうきょうドーム)は、日本東京都文京区後楽にある、1988年(昭和63年)にできた日本初のドーム型野球場株式会社東京ドームが運営している。愛称はBIG EGG(ビッグエッグ)。

目次

[編集] 概要

後楽園競輪場跡地に、後楽園球場の代わりとして1988年(昭和63年)に開場した日本初の屋根付き球場。日本プロ野球セントラル・リーグ読売ジャイアンツ(巨人)の本拠地、パシフィック・リーグ北海道日本ハムファイターズの準本拠地(2003年(平成15年)まで本拠地)。2006 ワールド・ベースボール・クラシックのアジアラウンド、2009 ワールド・ベースボール・クラシックの東京ラウンド、アジアシリーズなどの国際試合、日米野球などの国際親善試合も東京ドームで開催されることが多い。アマチュア野球では、社会人野球・都市対抗野球大会が毎年開催されている。野球のほかにも格闘技・プロレスの興行やコンサート、商品の展示会なども行われる多目的ドームである。杮落とし公演は美空ひばりあるいはミック・ジャガーが行ったと誤って伝えられる事が多いが、19日、20日に行われた世界各国のマーチングバンドとTHE ALFEEの共演によるコンサート、翌21日に行われたマイク・タイソンの世界タイトル防衛戦が公式な杮落とし興行である。

屋根は空気膜構造と呼ばれるもので、内部の空気圧を外部よりも 0.3%(3ヘクトパスカル)高くして膨らませている[1]。圧力差を維持するために出入り口に手動式回転ドアエアロックが設置されている(ドア開放は空気が抜けてしまうのでできない)。ドームから外に出る際、回転ドアで気圧のため外に押し出されるような感じになる。隣接する小石川後楽園の日照に配慮するため、屋根の高さが外野方面に向かって低くなっていくように設計されている。

2002年(平成14年)から「フィールドターフ」と呼ばれる新型人工芝を、日本の野球場で初めて採用した。天然芝に近い感触の特殊な繊維とクッション材を採用し、選手の負担を軽減できる工夫を凝らした。

ドームの広さは約216メートル四方で建築面積は46,755m2容積は約124万m3。東京では建物・場所などの面積や大量の物の体積・容積を表現する際に「東京ドーム何個分(何杯分)」という表現が使われることもある。

2007年(平成19年)の大改修で喫煙コーナーを廃止して完全に煙の漏れない喫煙室を新設し、ドーム球場での完全分煙を実現した。

[編集] 設備

[編集] フィールド

東京ドーム 4階席からのフィールド全景
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を元に作成。中央付近の白い建物。1989年撮影

両翼100メートル・中堅122メートル。公認野球規則1.04の付記(a)に適合した広さで設計されているものの、敷地面積の都合で左中間・右中間(110メートル)が狭い。日本での一般的な野球場のイメージである「扇型」よりは、アメリカのリグレーフィールドUSセルラー・フィールドのようにむしろ「矩形」に近い。同じドーム球場でも、扇形のフィールドを持つナゴヤドームと比べると、中堅・両翼までの距離はほぼ同じだが左中間・右中間がほぼ直線状であるため6 - 8メートルほど狭く、フェンスが低いこともあってホームランが出やすい。外野フェアゾーン側の客席が極端に少ないため、ホームランが最上段の看板へ直撃した時点では「特大ホームランの放物線の下りはじめ」程度である。

  • フィールドには人工芝を採用している。2002年からは、試合会場としては日本で初めて天然芝に近い性質を持つといわれるハイテク人工芝「フィールドターフ」を導入したものの、イベントなどで踏み荒らされるなど数年で踏み固められてしまった。2006年に巨人がシーズン当初の好調から故障者が続出し一転して低迷したが、読売ジャイアンツの滝鼻卓雄オーナーは低迷の要因の一つとして人工芝を挙げ、東京ドーム側に改善を要望すると、東京ドームではシーズン中の6月にリフレッシュ工事を行い若干の改善が見られた。2007年3月には人工芝「フィールドターフ」を耐久性、衝撃吸収力が向上した改良型へ総張り替えを実施した。
  • グラウンド地下には一周400メートルのバンク(競走路)が収納されている(後楽園競輪場跡地に建てられており、将来の後楽園競輪復活も視野に入れているため)。年に一度、「自転車フェスティバル」と題して、模擬競輪など競輪・自転車競技に関するイベントが行われている。

[編集] ホームランの出やすさの理由

東京ドームは、12球団が本拠地とする球場の中でも、特にホームランが出やすいことで知られる。東京ドームを本拠地としている巨人の原辰徳監督も、「東京ドームは狭くてホームランが出やすい」ことを認めている。[2]

ホームランの出やすさの理由は、まずその左中間・右中間の狭さという構造上の理由がある。そしてそれ以外に「エアドーム方式」のためという声がある。

球場ごとのホームランの出やすさを示すパークファクターの数値は、2007年こそ明治神宮野球場横浜スタジアムの各球場のほうが東京ドームのそれより高かったが、2008年パークファクターでは、セ・リーグの本拠地6球場の中で1位となった[3]

ドームの何かの要素を人為的に操作しているという意見に信憑性はないが、同じく空気膜構造屋根を持つメトロドームアメリカ合衆国ミネソタ州)もホームランが出やすい球場と言われたり、元球場職員の「ホームチームに有利になるよう、強力なファンで強風を送っていた」といった記事がタブロイド紙に掲載されたことがある。しかし、メトロドームの2001年から2006年までのパークファクターが基準値の1点を上回ったのは6年間で2度しかなく、同球場はホームランの出にくい球場であるとのデータが出ている。空気膜構造屋根をホームランが出やすい理由とするだけの証拠データは存在していない。しかし、一部のアンチ巨人などは巨人が一発攻勢で勝利した場合には人為的な現象があったとして、「空調」あるいは「ドームラン」といった独特の表現を用いている。

もっとも、東京ドームは建設当時、野球規則1.04に記載されている国際基準を満たすNPB初のフランチャイズであり、広い球場として位置づけられていた。実際に1987年の公式戦では112試合で234HRであったのに対し、1988年は112試合で147HRであり、ホームランは約4割も減少している。

[編集] 屋根・天井

天井
メインスピーカー

天井にはテレビカメラが備え付けられている。その映像は、野球中継だけでなくNHK民放各局の夜のスポーツ速報番組などに使われていた。最近の中継では、あまり使用されることはないが、巨人優勝時の胴上げの際には必ず使用されている。

設計に当たっては、打球が屋根に当たらないように高さが設定された。完成直前の東京ドームをテレビの収録で訪れた長嶋茂雄は「この天井にボールをぶつける事は無理でしょう」と述べていたが、開場した1988年7月4日阪急ダラス・ウィリアムズが当てたのを皮切りに、巨人原辰徳松井秀喜西武アレックス・カブレラらが、天井や天井に吊り下げられている照明機器、スピーカーなどに当てている。松井の打球はドームの切れ目に入り、ボールが落ちてこなかった。

天井や天井の懸垂物に当てた場合、以下の特別ルールが適用される[4]

  • 天井に当てた場合→ボールインプレイ(プレイ続行)。落下した打球を野手がそのまま捕球すればフライアウト。落下した地点か野手が触れた地点でフェアかファールか判断される。
    • 阪急・ウィリアムズの「第1号」は2階内野席に落ちたため、ファール。
    • 2005年7月30日の巨人対中日戦で、通算350号本塁打まで残り1本に迫っていた巨人の江藤智が本塁打性の特大飛球を放ったが、打球は屋根に当たりグラウンドに落下。中日の左翼手・英智に捕球され、350号は幻となった(通算350号は西武へ移籍した翌年4月15日に達成)。
    • 2007年のオールスターゲームでは7月20日に行われた第1戦で、オールパシフィックの山﨑武司東北楽天)が天井に当てている(結果はサードのファールフライ)。
  • 外野のフェア地域にある懸垂物に当てた(もしくは挟まった)場合→認定ホームラン(過去2例)。
    1. 1990年6月6日日本ハム近鉄戦で近鉄のラルフ・ブライアントが日本ハムの角盈男から記録。打った打球をセンター守備位置上にあるメインスピーカーに直撃させた(推定飛距離160メートル)。これをきっかけに、東京ドームではスピーカーに当てた認定ホームランを記録した選手に対してスピーカーの提供メーカーより賞金300万円を贈呈することにしている(メインスピーカーのみ)。
    2. 2008年6月7日の巨人対ロッテ戦でロッテのフリオ・ズレータが巨人のエイドリアン・バーンサイドから記録。打った打球をレフト守備位置上にある照明機器に直撃させた(推定飛距離150メートル)。
  • 打球が天井の穴や隙間、懸垂物などに挟まって落ちてこなかった場合→フェアゾーンであればエンタイトルツーベース。ファールゾーンであればファール。
    • 2002年に松井秀喜が記録。この「幻のドーム場外」ボールは2日後に取り出され、現在、野球体育博物館に保存されている。

[編集] 座席

基本的に座席の色はで統一されている。敷地の関係上、外野席の比率が低い。内野席は2層式で中間にバルコニー席があり、食事付き年間指定席となっている。バルコニー席の中央部分はVIP用スペースとなっている。下段の最上段は場内を見渡せるコンコースとなっており、立ち見席と車椅子席となっている。スタンドの一部が取り外しのきく可動席となっており、サッカーの開催も可能である。

左翼スタンドのセンター寄りを巨人の応援席にした「レフト巨人応援席」、残りの座席の一部を「ビジターチーム応援席」と設定したため、巨人ファンとビジターファンとの外野の座席比率はおよそ6:4(実質見た目は7:3ぐらいに見える。)になっている。元来ライト側に入れない巨人ファンがレフトのライト側寄りで応援していたことと、レフト側でビジターチームを応援する客が少なかったこと、2005年後半戦の阪神戦以外の全ての試合で、バックスクリーン周辺のレフトスタンドの客席の空席が目立ち過ぎたことなどから、設定された席種である。阪神戦では、レフト側で阪神を応援するファンの数が多いことと、巨人と阪神のファン同士での争い事の発生を避けることなどを理由に「レフト巨人応援席」は設定されていない。

社会人野球の都市対抗、プロ野球のアジアシリーズが開催される期間中には、一・三塁側スタンド最前列に応援団の特設ステージが設けられる。

1塁側エキサイトシート(スタンド席最前列が都市対抗・アジアシリーズ時に特設される応援団ステージ)
  • 2005年から内野一・三塁側のファウルゾーンにフィールドシート(エキサイトシート)を設定(228席)した。尚、2009年より420席(一塁・三塁各210席)に、座席列も2列から4列に増設する。
    • プロ野球を開催する場合のみ使用され、アマチュア野球や他のイベントでは使用されない(ただし、アマチュア野球の試合であってもシートの撤去はしない)。
    • 利用する観客へは防御用のヘルメットとグローブが貸し出される。ヘルメットは必ず着用しなければならない。
    • 売り子が入ることができない。入口際のネット越しに購入することが可能である。
    • 巨人主催ゲームについては年間予約席(108席)と一般指定席(120席)の2種類が設定され、一般席は抽選で販売される。座席数が非常に少ないため抽選は毎回高倍率となる。
    • 巨人主催ゲームについては学割チケットがある(阪神戦を除く)。
    • 日本ハム戦(2008年)はシーズン席だけの設定で用意されている。
  • 車椅子を利用する観客のために、立見席の一部を「車椅子席」としている。車椅子だけではなく、介護ベッドを利用する観客も利用できるようになっており、介護ベッドを設置し、介護ベッドで横になりながら試合を観戦している観客もいる。エキサイトシート同様、発売方法は通常と異なる。

[編集] 看板広告

バックネットのフェンス広告は2004年から電動により広告パターンを複数出せるようになっている。オールスターゲームが開催される場合は、オールスターゲームの冠スポンサー(2006年まで三洋電機、2007年はガリバーインターナショナル、2008年はマツダ)の広告を掲出している。東京ドームでのオールスターはこれまで1988、1991、1993、1996、2000、2002、2007年に開催されたことがある。

外野には11枚(左翼6枚、右翼5枚。〈開設当初は9枚:左翼5枚、右翼4枚〉)の巨大看板が設置されている。プロ野球開催時にこの巨大看板に直撃するホームランを打った選手に対して「東京ドーム・ビッグボードホームラン賞」として100万円の賞金、またはそれに相当する商品(自動車など)が贈呈される。ビッグボード広告は2008年現在、コクヨ麒麟麦酒東日本旅客鉄道明治乳業ニッタン眞露パイオニア大塚製薬セコム旭化成パイオニアUCカードの11社。 なお、巨人が出場した際の日本シリーズでは、ポストシーズン・ゲームのため、看板に当たるホームランが出ても、賞金、賞品は出ない[5]

かつてはライト側の柱広告に直撃するホームランを打った選手には300万円の賞金が贈呈されていたが、契約終了により2006年にこの制度が廃止。広告が撤去された。

東京ドームでは現在、消費者金融の会社の広告を一切出していない。以前、大阪近鉄バファローズが消費者金融のアコムとスポンサー契約を新たに結び、ヘルメットに同社名を入れたことについて、巨人の渡邉恒雄(当時)オーナーが「プロ野球の品位を汚す。消費者金融の広告など、子供に見せられない。東京ドームは、消費者金融の広告は一切ない。」と痛罵した。実際には、その発言をした時には東京ドームでも同業のプロミスの広告が出されていた。その後シーズンオフに、次年度の広告掲載の契約更新の際、東京ドームがプロミスに「来年の広告掲載の更新は見送って欲しい。状況を理解して欲しい。」と更新を行なわない旨を通達し、プロミスも了承し、消費者金融の広告は一切排除された。

バックスクリーンは開場当時は両サイドの広告(同一企業のもの2枚)を貼るのみだったが、その後中央部分にプリズムビジョンと呼ばれる回転板が張られるようになった。

室内広告として、試合約40分前、3回裏、5回裏、7回裏のグランド整備の間、ゲームセットコールの直後と客出しの間の15〜20分間に無人飛行船が飛ぶ。巨人勝利の際にはヒーローインタビューのTVのカメラフレームに入り込むように飛行する。 この飛行船にはカメラが備え付けられており、ビッグヴィジョンへの生中継が出来る。また、この飛行船にはサンプル商品などを投下できる小型気球を3つ取り付けられる[6]

[編集] 看板広告の歴史

  • 1988年 - 1992年: KIRIN、NISSAN全日空MINOLTASEIKO、パイオニア、JTミサワホームNEC
  • 1993年 - 1995年: KONAMI、KIRIN、NISSAN、全日空、ポカリスエット昭和シェル石油、パイオニア、JT、セコム、NEC、UCカード
  • 1996年 - 1997年: コナミ、KIRIN、NISSAN、JA共済、オロナミンC、FUJIFILM、パイオニア、JT、セコム、NEC、UCカード
  • 1998年 - 1999年: コナミ、KIRIN、NISSAN、JRA、オロナミンC、FUJIFILM、パイオニア、JT、セコム、NEC、UCカード
  • 2000年 : HOYA、KIRIN、NISSAN、明治ブルガリアヨーグルト、オロナミンC、FUJIFILM、パイオニア、JT、セコム、NEC、UCカード
  • 2001年:HOYA、キリンビバレッジ、NISSAN、明治ブルガリアヨーグルト、スカパー!、FUJIFILM、パイオニア、オロナミンc、セコム、へーベルハウス、UCカード
  • 2002年 - 2004年: コムスン、KIRIN、NISSAN、明治AYA、エプソン、FUJIFILM Finepix、パイオニア、アミノバリュー、セコム、へーベルハウス、UCカード
  • 2005年: コクヨ、 KIRIN、NISSAN、明治ブルガリアヨーグルト、JAL(日本航空)、FUJIFILM、パイオニア、オロナミンc、セコム、へーベルハウス、UCカード
  • 2006年 - 2007年: コクヨ、KIRIN、JR東日本、明治おいしい牛乳、HOYA、JINRO、パイオニア、SOYJOY、セコム、へーベルハウス、UCカード
  • 2008年:IIJ、KIRIN、JR東日本、明治ブルガリアヨーグルト、NITTAN、JINRO、パイオニア、オロナミンC、セコム、ヘーベルハウス、UCカード
  • 2009年 -:IIJ、キリン一番搾り、JR東日本、明治ブルガリアヨーグルト、NITTAN、JINRO、映画「劔岳 点の記」、オロナミンC、セコム、ヘーベルハウス、UCカード

[編集] 広告表示の歴史

  • 1988年 - 1989年: サントリー生ビールPanasonicワールドリョービ東邦生命フコク生命パソコンは富士通コニカカラー日本航空フジカラークボタ日本火災FUJI XEROX大和證券
  • 1990年 - 1992年: サントリーモルツ、Panasonic、ワールド、リョービ、東邦生命、フコク生命、FUJITSU 富士通、コニカカラー、JAL日本航空、フジカラー、クボタ、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 1993年 - 1995年: サントリーモルツ、Panasonic、ホクレン、リョービ、東邦生命、フコク生命、FUJITSU FMV、コニカカラー、JAL日本航空、CASIO、クボタ、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 1996年 - 1997年: モルツ、Panasonic、ホクレン、リョービ、東邦生命、フコク生命、FUJITSU FMV、Konica、ジャルパックのアイル、CASIO、クボタ、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 1998年 - 1999年: モルツ、Panasonic、ホクレン、リョービ、GEエジソン生命、フコク生命、KOMATSU、Konica、旅にJALカード、CASIO、クボタ、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 2000年: モルツ、Panasonic、ホクレン、KONAMIMASPRO、フコク生命、KOMATSU、Konica、旅にJALカード、CASIO、クボタ、日本興亜損保、FUJI XEROX、大和証券
  • 2001年:モルツ、Panasonic、ホクレン、KONAMI、MASPRO、フコク生命、konica、ツーカーホン、ジャルパックアイル、CASIO、日本興亜損保、クボタ、FUJIXEROX、大和証券
  • 2002年 - 2005年: モルツ、Panasonic、ホクレン、KONAMI、MASPRO、フコク生命、コニカミノルタCanon、日本航空、CASIO、クボタ、日本興亜損保、FUJI XEROX、大和証券
  • 2006年 - 2007年: モルツ、Panasonic、ホクレン、KONAMI、日研総業、フコク生命、コニカミノルタ、Canon、積水ハウス、CASIO、クボタ、日本興亜損保、スルガコーポレーション、大和証券
  • 2008年: モルツ、Panasonic、ホクレン、KONAMI、日研総業、フコク生命、コニカミノルタ、Canon、積水ハウス、CASIO、クボタ、日本興亜損保、SANKYO、大和証券
  • 2009年 - : モルツ、Panasonic、ホクレン、KONAMI、OIZUMI、フコク生命、コニカミノルタ、Canon、積水ハウス、CASIO、クボタ、日本興亜損保、SANKYO、大和証券

※2009年現在、後楽園時代からのスポンサーはサントリー、パナソニック、フコク生命、コニカミノルタ、クボタ、日本興亜損保、大和証券の7社である。

[編集] ベンチ広告表示の歴史

  • 1988年 - 1990年: MizunoキーコーヒーTDKハイクラウンコカ・コーラ
  • 1991年 - 1997年: Mizuno、キーコーヒー、TDK、ハイチュウ、コカ・コーラ、九州石油
  • 1998年 - 1999年: 代々木アニメ、キーコーヒー、TDK、コカ・コーラ、九州石油、サン・クロレラA
  • 2000年 - 2002年: 慶應進学会、キーコーヒー、TDK、コカ・コーラ、代々木アニメ、九州石油
  • 2003年 - 2004年: ラクーア、キーコーヒー、TDK、コカ・コーラ、九州石油、Meiji
  • 2005年 - : ALSOK、キーコーヒー、TDK、コカ・コーラ、九州石油、Meiji
  • 2009年:KEYCOFFEE、東京ケーブルネットワーク、チョコレートは明治、コカ・コーラ、わかさ生活、キョーリン、アサヒスーパードライ、※伊藤ハム(※北海道日本ハムファイターズの試合時はサッポロビール)

※2008年現在、後楽園時代からのスポンサーだったミズノと森永製菓は1997年限りで降板し、後楽園時代からのベンチ広告のスポンサーはキーコーヒーのみとなった。東京ドーム初年度からスポンサーになっているTDKは、東京ドーム完成後にベンチ広告のスポンサーになっており、後楽園球場においてはベンチスポンサーではなかった。

[編集] スコアボードの変遷

スコアボード
(画像は都市対抗野球時)

1988年の完成時、スコアボードは、バックスクリーン側の三菱電機製白黒2色の「スコアボード」とフルカラー表示の「オーロラビジョン」、バックスタンド上部にある白黒2色のサブボード(スコア表示のみ)だった。打順のチーム名表示は開場初年のみ「巨人」・「阪神」などの通称を使用していたが、翌年から「ジャイアンツ」・「タイガース」といったニックネームに切り替わっている(文字はどちらも明朝体)。2003年に、後述するスコアボード部改修を機に再び通称表示(パ・リーグの場合は「大阪近鉄」「福岡ダイエー」・「千葉ロッテ」等)に変更されたが、2004年にはニックネームに戻された。

オーロラビジョンは1990年ハイビジョンサイズへ変更、1999年に全面改修された。2001年にはサブボードも三菱電機製のフルカラー表示の全面オーロラビジョンに全面改修された。

2003年にスコアボード部が改修され、ホームラン時の映像パフォーマンス(ホームチームのみ)が上半分の表示から全画面表示になった。各選手の打率 (AV) 、ホームラン (HR) 表示に打点 (RBI) が加わった。球速表示も単位が"km"から"km/h"に変更され、スコア部分のチーム名表示が普通のアルファベットから各球団の帽子のマークに変更された(2004年以降の西武と大阪近鉄は帽子のマークがイラストのみのため、西武は胸マークの「L」の筆記体、大阪近鉄は太字の「Bu」が使用された)。また、選手名に使用されていた文字の字体が多少変更された。2004年のシーズン途中からは、サブボードの球速表示部分にも打席の選手名、打率 (AV) 、ホームラン数 (HR) が表示されるようになった。球速表示はその下に表示される。

2005年にはバックスクリーン側のスコアボードとオーロラビジョンの全面改修が行われ、フルカラーLED表示の全面オーロラビジョンになった。フォントCanonの角ゴシックCaに変わり、また従来のものと違い両チームのメンバーを上から下へ縦表示になり、守備位置表示が数字から英語略称になった(投手=P、捕手=C、一塁手=1B、左翼手=LF、代打=PH、代走=PRなど)。2つの境目がなくなったことで、例えば選手交代時には守備と選手名の部分が上から下にクルクル回転して変わる、などのさまざまな映像表現が可能となった。スペースの都合上チーム名が最上部に表記されず、代わりにメンバーの外側にチーム名が球団のペットマークやイニシャルと共に表示される。10億7,000万色の発色が可能となり、日本の野球場では最高レベルの鮮明な画像が見られる。縦組みのメンバー表示は後楽園時代の1987年以来の復活となった。バックネット裏スタンド最上部のオーロラビジョンもバックスクリーンと同じ尺度のスクリーンになった(スコア+打者の個人成績/リプレー映像/来場者映像の表示のみ)。

2006年から、バリアフリー対策の一環で選手名部分の字体の幅が大きくなった(それ以外はこれまで通り)。その影響でペットマークを表示していた部分がなくなり、チーム名を選手名の上部に表示するようになったため、一列に入る選手名が9人分となった。このため指名打者制の試合時は、5番打者の名前の横(3塁側のチームは右側、1塁側のチームは左側)に投手名が表示されている。

2007年より、スコアボードをより見やすく・わかりやすくするため、守備位置表示が英語略称から日本人になじみのある数字に戻り、投球数表示が追加され、オーロラビジョン部分がハイビジョンサイズ(16:9)になる。打率・ホームラン・打点の表示も英語から日本語に変わった。また、緑地のスコアボードだったが、黒に白が基調になり、球速やヒット、エラーなどの記録は黄色で表示される。前年開催された2006 ワールド・ベースボール・クラシックアジアラウンドで投手の投球数制限をわかりやすくするために使用された投球数表示をこのシーズンから公式戦でも使用し始めた。

野球の試合で使用する場合、スコアの表示は開設当時は9回まで(10回以後は9回までのスコアを消去して10回から18回までのスコアを表示する)だった。2003年の改修に際して、延長戦の表示について、プロ野球のように延長が12回までしか行われない場合は1回から9回までのスコアの幅に1回から12回までのスコアを、幅を詰めて表示するようになった。都市対抗野球大会など、延長が13回以降も行われる可能性がある場合は、従来通り9回までのスコアを消去して10回から18回までのスコアを表示する(現在のスコアボードも同様)。2007年からスコア部分のチーム名表示がアルファベット1文字になった(ベイスターズバファローズは共に「B」と表示される)。但し、2文字表記することも可能であり、2008年のアジアシリーズではSKワイバーンズが「SK」統一セブンイレブン・ライオンズが「U・L」、天津ライオンズが「T・L」と表記された。

[編集] 放送席

放送席

ネット裏の放送席の配置は、三塁側から順に東京ケーブルネットワークニッポン放送ラジオ日本テレビ朝日NHK日本テレビ文化放送TBSラジオ、6局共用ブース(北海道放送中部日本放送日経ラジオ社RKB毎日放送朝日放送毎日放送)となっている。

放送席に入るためには一度コンコースを通らなければならず、観客が解説者などにサインをねだる光景がみられる。中継ゲストに有名芸能人が登場した際(日本テレビの番組宣伝が多い)には試合終了後、放送席裏のコンコースに人だかりができて、混乱が発生する。

[編集] 喫煙に関する分煙化

2007年より、コンコースで設置されていた喫煙ブースを廃止し、新たにゲート外、及び1階内野コンコース1塁側、3塁側に設置された喫煙ルームにて喫煙を行なう「分煙化」を行なっている。

[編集] 野球体育博物館

21番ゲート右側に野球体育博物館が併設されている。この施設も後楽園球場から受け継がれたものである。

[編集] ドームツアー

ドームツアーが、東京ドーム内見学(ガイドつきツアー)と呼ばれている。ガイドによる案内で、スタンド席やグラウンド等を見学する事ができる。

[編集] 施設概要

東京都文京区後楽一丁目付近の風景
ライトアップされた東京ドーム

[編集] 建物

  • 高さ - 56.19メートル
  • 階数 - 地上6階・地下2階
  • 建築面積 - 46,755平方メートル
  • 容積 - 1,240,000立方メートル
  • エアドーム - 28本のワイヤを8.5メートル間隔で縦横に貼り、その間をガラスクロス(織物)の表面をフッ素樹脂でコーティングした素材で貼り合わせてある。素材は耐候性、耐熱性、非粘着性に優れ不燃材料である。内膜は音を吸収する特性もある。耐用年数は20年以上。総重量は400トン。太陽光の約5%を透過する。施工は太陽工業
    • 外膜は厚さ0.8ミリメートル。アメリカのケミカル・ファブリックス社製品。
    • 内膜は厚さ0.35ミリメートル。中興化成工業社製品。
  • エアドームを膨らませておくために気圧を外気圧より0.3%高くする。そのため送風ファンを合計36台設置している。ドア開閉がある場合は10台から18台を稼働させ、ドア閉鎖時は2台で気圧を維持する。
  • 備考 - 夜間はライトアップされる。面積や容積の規模を比較する単位として、「東京ドーム○個分」とたとえられることが多い。

[編集] 落成・供用開始日

  • 落成式 1988年3月17日
  • 公式戦開始日 同年3月18日
  • 一般使用開始日 同年12月24日

[編集] エピソード

一塁側より撮影(日本ハムファイターズ東京本拠地最終戦)
  • 公式戦ではじめてホームランを打ったのはヤクルトダグ・デシンセイである(ちなみに巨人の東京ドーム公式戦初本塁打は、ウォーレン・クロマティ)。前述のこけら落としのオープン戦も含めると吉村禎章が打っている。初の公式戦勝利投手は尾花高夫、初の公式戦セーブは伊東昭光、初の公式戦敗戦投手は桑田真澄
  • 1998年、開場10周年を記念して1番ゲートを「ゲート」、3番ゲートを「長嶋ゲート」と称された。これは後楽園球場時代の名残である。2000年、二人は読売巨人軍VS福岡ダイエーホークス(当時)の日本シリーズで監督として対決となるが同球場では1塁側ベンチを巨人の長嶋、3塁側ベンチをダイエーの王が使用している。
  • 2002年の日テレG+開局からは日本テレビのニュース番組のスポーツコーナーでの放送と実況放送を分離する放送を開始。
  • 2004年まで日本プロ野球は観客数を実数ではなく水増しした数字で発表していたが、東京ドームの場合も巨人戦の観客数を実際の入場者数に関わらず55,000人(1988年から1994年までは56,000人と発表)と発表していた。2005年からはプロ野球全体で観客数は実数に近い発表になったことに伴い、東京ドームでも実際に入場した人数を元に発表を行っている。
    1988年10月7日朝日新聞22面に既に「東京ドームの定員は46,314人、そのうち立ち見2,976人」とあり、2005年4月13日の産経新聞に改修を得て現在の数字に落ち着いたとある。なお実数発表以後の観客数の最多記録は2008年10月8日、巨人対阪神戦の46,783人である。なお野球以外では1998年4月4日の新日本プロレス主催のアントニオ猪木引退試合が最多動員(主催者発表70,000人)を記録している。
  • 1990年代の新日本プロレス主催の大会においては「闘強導夢」という当て字が使用されていた。
  • 2004年にストロングリーグによっておこなわれた全国軟式野球統一王座決定戦・ジャパンカップの決勝戦では、草野球大会としてはじめて沖縄県のチームが来場し千葉県代表チームに勝利し優勝を飾り、胴上げをおこなった。
  • かつて外野ライトスタンド(一階レベル)から一塁側内野スタンドへ通じる広大なコンコースが存在していた。オープン当初は売店等が立ち並び、外野と内野を行きかう人々で賑わっていたが、数年で閉鎖された。現在は外野側、内野側いずれもシャッターで閉ざされ中に入ることはできない。閉鎖後は倉庫として使用されている。

[編集] 胴上げ

1988年の開場から2005年までの間、東京ドームにおいて巨人の対戦相手が公式戦で巨人の目の前で優勝を決め胴上げをしたということはなかったが、2006年10月10日の読売ジャイアンツ - 中日ドラゴンズ戦で中日が優勝を決め、落合博満監督の胴上げが行われたことでこのジンクスは破れた(後楽園球場時代の最後にセ・リーグ優勝の胴上げをした巨人以外の球団は、1975年広島東洋カープだった)。更に、日本シリーズもドーム開場から2007年まで巨人が敵将に胴上げを許したことはなかったが、2008年埼玉西武ライオンズが優勝を決め、渡辺久信監督の胴上げが行われたことでこちらのジンクスも破れた(巨人が出場した日本シリーズにおいて、後楽園球場時代の最後に日本一の胴上げをした巨人以外の球団は、1977年阪急ブレーブスだった)。東京ドームで胴上げを経験したことがある巨人の監督は現在は藤田元司1990年)、長嶋茂雄2000年)の両監督(二度とも背番号7をつけた巨人の選手〈1990年-吉村禎章、2000年-二岡智宏〉がサヨナラホームランで優勝を決めている)と、2007年原辰徳の3人である。なおこの3名はいずれもサヨナラ勝ちで優勝を決めている。また、長嶋は1994年、2000年と日本シリーズで優勝しており、そのときも東京ドームで胴上げをしている。日本ハムファイターズは東京ドーム時代は優勝がなかった(2006年のアジアシリーズでは、本拠地としてではないが初めて優勝を決めた)。

[編集] 読売との資本関係

東京ドームは、巨人軍の本拠地だけに読売新聞グループ本社の子会社であると捉えられる場合があるが、グループ本社との資本関係はない。ただし企業としての株式会社東京ドームは、よみうりランドの大株主の一社である。

[編集] 暴力団への利益供与

2002年に、東京ドームが広域暴力団住吉会下部組織に対して、巨人戦のチケットを無償供与する等の利益供与を行っていたことが明らかになった。当時巨人戦のチケットはプラチナチケットであり、提供されたチケットをダフ屋行為を行うことで高額で転売できたため、チケット額面以上の利益供与となった。

[編集] 球場使用料

東京ドームの球場使用料は他の球場やドームに比べて極めて高く、1試合あたり観客数に関係なく1,750万円だといわれている(ちなみに阪神甲子園球場は基本的に無料)。高い使用料が日本ハムの札幌移転の理由の1つとなった(札幌ドームの球場使用料は1試合あたり「基本料金800万円+観客が2万人を超えるごとに1人当たり400円追加」で、最大1600万円強)。なお、日本ハムは現在も準本拠地として引き続き年間数試合で東京ドームを使用している。

この金額は照明、アナウンス、ゴミ掃除など観客を入れるための各種オプションも含まれた金額である。オフシーズン、平日、昼間、草野球(2時間程度)、オプション無し、などの条件であれば数十万で貸し切ることができる。

[編集] マスコットキャラクター

日本ハムの北海道移転前のマスコットキャラクター・ファイティーは、当初移転とともに役目を終える予定だったが、女性を中心としたファン達の嘆願により、東京ドーム限定のマスコットキャラクターとして2005年まで存続し、2006年以降は重大イベント限定で登場となった。また、ファイターズ戦においては日本ハムの商品マスコットであるハムリンズも2005年以降登場している。

[編集] 応援時の規制

東京ドームでは、野球開催において以下のような規制を行っている。

  • トランペット、カネ、笛、太鼓
    • 指定・許可されたNPB公認の私設応援団のみ持込・使用可
    • 拡声器、ラジカセ等、大音量を発生させる物の持込不可。ただし都市対抗野球においてはマイク使用可。
    • 騒音問題に対応し、22時以後は使用禁止。ただし都市対抗野球においては23時まで利用可能。かつ23時以降もマイク使用は可能。
  • 応援旗
    • 一般客は、縦500mm以内、横500mm以内の大きさで、持ちやすくするために柄を2本付けたものであれば持込可。それ以上の大きさのものは、指定・許可されたNPB公認の私設応援団のみ持込・使用可。
    • 枚数は制限なし。
  • 横断幕
    • 一般客は縦600mm以内、横600mm以内のものであれば持込可。それ以上の大きさのものは、指定・許可されたNPB公認の私設応援団のみ持込・使用可。上記の大きさを超える「ゲートフラッグ」は、一般客・応援団共に持込禁止。
    • 手持ちのみとし、球場施設(フェンス、スタンド等)への取り付けは禁止。また、横断幕に旗竿等を使用したものは、一般客・応援団共に持ち込みはできない。
  • 応援ボード等
    • 一般客は、大きさは縦600mm以内、横600mm以内の物で、必ず一人が手で持てる仕様であるものであれば、持込可。ボードを支える棒などは使用できない。また、2人以上で持つものは、横断幕とみなされ、持込不可となる。
    • 1枚の大きさが規定以内でも、テープ等でつなげた物は持込不可(入り口にて切り離すか、没収となる)。一枚ずつに分かれているものを2人以上で掲げ、選手の名前や文章にする行為は許可されている。

尚、応援幕・メッセージボード等の内容は、チームや選手を応援するものに限り、公序良俗に反する内容や誹謗中傷(球団への批判等)を含む内容のものは、持込ができない。また試合中に掲げたとしても、掲げている内容が試合中でも厳しくチェックされているため、発見され次第係員に没収される。

  • ジェット風船、紙吹雪、紙テープ
    • 建物の構造上の理由により応援団・一般客とも使用不可(野球の優勝決定時の演出を除く)。

なお、日本ハム主催試合においては2006年までは太鼓を使用できなかったが(理由は一説によると、東京ドームオープン時に巨人・日本ハム両応援団は「トランペット持込数増加」と「太鼓持込」のいずれかを選択することになり、巨人応援団は太鼓を、日本ハム応援団はトランペットを選択したと言われる)、翌2007年の公式戦から太鼓の使用が認められるようになった。

[編集] 持込・移動

球場内へは、グラウンド等への投げ込み防止の為、ビン・カン・ペットボトルの持ち込みは禁止されており、各ゲート入り口にて、中身を指定の紙コップに移し替えなければならない(紙パックのものは持込可)。クーラーボックスやベビーカーなど、観戦の妨げになる恐れのある物の持ち込みもできない(ベビーカーは、入場ゲートにて預かりとなる)。1995年地下鉄サリン事件2001年アメリカ同時多発テロ事件以降、入場時には厳しい持ち物検査が実施されている。

球場内では、1階から2階まで自由に行き来でき(バルコニー席のチケットを持たない人は、バルコニー席には行けない)、各階の色々な売店にて買い物ができる。

[編集] 再入場制度

東京ドームでは、一部のイベントでは一旦東京ドームの外へ出た人も再入場ができる。イベントにより再入場の手続き方法が異なる。巨人戦の場合は21ゲート、23ゲートで手に再入場を証明するスタンプを押され再入場券が発行される。再入場時にチケットの半券とスタンプ、再入場券が確認できれば、再入場ができる。

[編集] 野球以外での利用

東京ドームは野球以外にも、新商品展示会・新車発表展示会など多目的利用ホールとしても活用されている。野球がない日でも東京ドーム外に露店が出ていたり何らかのイベントが行われていたりすることもある。

[編集] 多目的ホール

1990年代前半までは多目的ホールとしても首都圏最大級の規模であり、東京の一大ランドマークとして存在感も大きかった事から、主に関東域外の地方自治体や観光協会が開催する地方物産展、富士通をはじめとした大手企業の新製品展示会など、いわゆる見本市会場的な用途としてもコンスタントな需要があった。バブル崩壊後の経済の低迷や、施設の規模に対する施設使用料の高さ、元々が野球場であるがゆえの見本市会場としての構造的な不便さなどがネックとなり、東京ドームで開催されるこれらイベントの多くは終了したり、あるいは規模によってプリズムホール東京ビッグサイトなど他のイベントホールや見本市会場へ開催地の移転が行われた。現在では見本市会場といった用途での使用は大幅に減っている。2008年5月15日の日本テレビNEWS ZEROによると、2008年4月26日・27日にマルチ商法で業務停止命令中の「ニューウェイズ・ジャパン」の全国大会に東京ドームが使用されたと放送された。

[編集] コンサート会場

[編集] 決まり事
  • コンサートで利用する場合、消防法警視庁からの指導、及び観客の転落防止のため、2階席と外野席の最前列は、緩衝地域となり、原則として客席として利用できない。ただし、一部の公演では、「立見を絶対にしない」ことを条件に、客席として使用する場合がある。2008年11月18日のビリー・ジョエルの公演は、同条件で2階最前列を客席として使用した。
  • 東京ドームでコンサートをする場合、音がかなりこもるために、スピーカーの設置などには気を使う。年々、残響音対策や騒音対策のノウハウが蓄積されてゆき、現在はドーム内全体を黒いカーテンで覆うようにしている(1階席のみ)。
  • 東京ドームで初めてコンサートを行ったのはTHE ALFEEであり、東京ドームオープニングイベントで各国代表のマーチングバンドと共に杮落としコンサートを行った。
  • 演奏は、近隣住民の騒音への配慮により、午後9時30分(年末のカウントダウン公演は午前0時30分)以降は、音を出してはいけない決まりになっている。

[編集] エピソード

詳細は「東京ドームコンサートを開催したミュージシャンの一覧」を参照

[編集] イベント・その他

レッスルキングダム (プロレス興行)」を参照

プロレスリング・ノア 東京ドーム大会」を参照

  • NBAの公式戦やNFLのプレシーズンマッチも行われた。
  • 立正大学入学試験会場としてグラウンドを使用したことでも話題になった。ただし、これは校舎建て替えに伴うものである。
  • 興行の内容(特にジャニーズ事務所系)によっては、主催者の意向により、球場内の売店でのアルコール類の販売が行われない場合がある(バーガーショップ等の球場外にある売店では、販売されている)。

[編集] 最寄駅

[編集] 脚注

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  1. ^ インフレートと呼ばれるが、完成時には屋根を膨らます作業が行われた。この作業はメディア等でも取り上げられている。
  2. ^ 3度目の日韓戦へ、原監督「先取点がカギ」WBC日本代表・公式会見 スポーツナビ(2009年3月17日)
  3. ^ 2008年シーズン・パークファクター1位の東京ドームは1.758で、最下位の甲子園球場(0.358)の約5倍。
  4. ^ 東京ドーム野球ファン情報 東京ドーム特別ルール 東京ドームシティ公式サイト
  5. ^ 詳しくは東京ドームHP・ビッグボードホームラン賞一覧参照
  6. ^ 飛行船に関する詳細 ワーナー・グレイ公式サイト内「東京ドーム」
  7. ^ 東京ドームの「遊戯王」イベント、カード販売中止で混乱 ITmedia +D(1999年8月27日)

[編集] 関連項目

夜の東京ドームおよび東京ドームホテルを望む空中写真

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
前本拠地:
後楽園球場
1937 - 1987
読売ジャイアンツの本拠地
1988 - 現在
次本拠地:
n/a
-
前本拠地:
後楽園球場
1964 - 1987
日本ハムファイターズの本拠地
1988 - 2003
次本拠地:
札幌ドーム
2004 - 現在