野球キューバ代表
| 国または地域 | |
|---|---|
| 協会 | キューバ野球連盟 |
| 監督 | ビクトル・メサ |
| オリンピック | |
| 出場回数 | 5回 1992、1996、2000、2004 2008 |
| 初出場 | 1992 バルセロナ |
| 最高成績 | 金メダル (1992、1996、2004年) |
| ワールド・ベースボール・クラシック(WBC) | |
| 出場回数 |
3 ワールド・ベースボール・クラシック初出場大会=2006年 |
| 最高成績 | 準優勝(2006年) |
| パンアメリカン競技大会 | |
| 最高成績 | 優勝(1951、1963、1971、1975、1979、1983、1987、1991、1995、1999、2003、2007年) |
野球キューバ代表(やきゅうキューバだいひょう、Selección de béisbol de Cuba)は、キューバにおける野球のナショナルチームである。赤いユニフォームは特徴で、「赤い稲妻」「赤い軍団」とも表現され、中南米屈指の強豪国である。
目次 |
実績 [編集]
夏季オリンピックで野球が正式種目となった1992年のバルセロナオリンピック以降の5大会で3度の金メダル(バルセロナオリンピック、アトランタオリンピック、アテネオリンピック)と2度の銀メダル(シドニーオリンピック、北京オリンピック)を獲得している。その他インターコンチネンタルカップで17大会中優勝11回、ワールドカップで39大会中優勝25回等、実績では他国を圧倒している。このことから「アマチュア最強チーム」との呼び声も高い。
大リーガーが多数参加し2006年に行われた第1回WBCでも、決勝戦では日本代表に敗れたものの、ドミニカ共和国代表を始めとする大リーグのオールスター級を揃えた各国代表に勝利し、準優勝となった。
1951年のワールドカップで3位となって以来、主要な国際大会で常に決勝戦に進出し優勝または準優勝になっていた。しかし、2009年の第2回WBCで2次予選で日本と2度戦って2回とも完封負けで敗退。58年ぶりに主要な国際大会での決勝進出を逃し、初めて4位入りを逃した形になった。2013年の第3回WBCでもオランダと2度戦って2回とも敗退し、2大会連続で4位入りを逃した。
パワフルかつ柔軟な打撃と、堅実な守備・走塁を持ち味としている。しかし、専ら長打という訳ではなくバントや盗塁などの小技や、選球眼も優れている。投手陣も高水準だが野手ほどの評価を受けていない。また、近年投手を中心に高齢化が際立つ。
成績 [編集]
ワールド・ベースボール・クラシック [編集]
- 2006年-準優勝
- 2009年-二次ラウンド敗退
- 2013年-二次ラウンド敗退
オリンピック [編集]
- 1992年 - 優勝
- 1996年 - 優勝
- 2000年 - 準優勝
- 2004年 - 優勝
- 2008年 - 準優勝
- IBAFワールドカップ
- 優勝:25回(1939年、1940年、1942年、1943年、1950年、1952年、1953年、1961年、1969年、1970年、1971年、1972年、1973年、1976年、1978年、1980年、1984年、1986年、1988年、1990年、1994年、1998年、2001年、2003年、2005年)
- 準優勝:4回(1941年、2007年、2009年、2011年)
- 3位:2回(1944年、1951年)
- IBAFインターコンチネンタルカップ
- 優勝:11回(1979年、1983年、1985年、1987年、1989年、1991年、1993年、1995年、2002年、2006年、2010年)
- 準優勝:3回(1981年、1997年、1999年)
代表選考 [編集]
野球の国際大会にプロ選手の参加が認められてからも、各国はプロリーグの日程を優先したり、主力選手の離脱に難色を示すプロ球団の意向などもあり、代表チームで最高の選手を揃えることは難しい。しかしキューバ球界は例外で、国際大会での勝利を最優先し、国内リーグの日程を国際大会参加に支障がないように組んでいる。
キューバ国内リーグは2段階に分けられている。第1段階はセリエ・ナシオナルと呼ばれるもので、11月から翌年4月まで全16球団で戦うリーグ戦である。これが終わると第2段階のスーペル・リーガに移る。スーペル・リーガは2002年から始まったもので、セリエ・ナシオナルで優秀な成績を残した選手のみが招集され、5球団に分けられて28試合を戦う。毎年5月から7月にかけて開催され、ここで優秀な成績をあげた選手が代表候補となる。その後各国代表などと強化試合を行い、最終的な代表が決定する。
大学代表チームも、週1回大学に通っていれば、学生とみなされるため、ほぼ毎日練習漬けの選手かつ、代表クラスの選手を派遣することができる。
他国へ亡命した選手は代表には招集されない。また、ケンドリス・モラレスのように「亡命の意志がある」と見なされただけで代表チームから追放されるケースもある(モラレスはその時点で亡命の意思はなかったが、追放されたのを機に亡命した)。代表を引退した選手は、オマール・リナレスのように他国でプロ選手になることが認められる場合があるが、方針により巨額年俸での契約はできない。国により認められた選手でもメジャーリーグベースボールへ挑戦することは皆無である。
歴代代表選手 [編集]
投手 [編集]
- フレディ・アルバレス
- ローランド・アローホ(1996年に亡命)
- ホセ・イバール
- ノルベルト・ゴンサレス
- ユリエスキ・ゴンサレス
- ホセ・コントレラス(2002年に亡命)
- アロルディス・チャップマン(2009年に亡命)
- オズワルド・フェルナンデス(1995年に亡命)
- ヤディエル・ペドロソ(2013年に事故死)
- ノルヘ・ベラ
- オーランド・ヘルナンデス(1997年に亡命)
- ユニエスキ・マヤ(2009年に亡命)
- ヤデル・マルティ(2008年に亡命)
- ペドロ・ラソ
- マエルス・ロドリゲス(2003年に亡命)
捕手 [編集]
内野手 [編集]
- ホセ・アブレウ
- ミチェル・エンリケス
- エクトル・オリベラ
- ヨアンディ・ガルロボ
- オレステス・キンデラン
- ユリエスキ・グリエル
- ルイス・ナバス
- アントニオ・パチェコ
- エドゥアルド・パレ
- ホアン・ペドロソ
- ヘルマン・メサ
- オマール・リナレス
外野手 [編集]
- オスマニー・ウルティア
- ヨエニス・セスペデス(2011年に亡命)
- フレデリク・セペダ
- アルフレド・デスパイネ
- アレクセイ・ベル
- アレクセイ・ラミレス(2007年に亡命)
参考文献 [編集]
- 横尾弘一 「“赤い軍団”に死角なし!?-金メダル争い最大のライバル・キューバの動向」『週刊ベースボール』2004年7月12日号、ベースボール・マガジン社、2004年。
関連項目 [編集]
- バルセロナオリンピック野球キューバ代表
- アトランタオリンピック野球キューバ代表
- ボルチモア・オリオールズ対キューバ代表のエキシビションシリーズ
- シドニーオリンピック野球キューバ代表
- アテネオリンピック野球キューバ代表
- 2006 ワールド・ベースボール・クラシック・キューバ代表
- 2007年パンアメリカン競技大会野球キューバ代表
- 北京オリンピック野球キューバ代表
- 2009 ワールド・ベースボール・クラシック・キューバ代表
- 第38回IBAFワールドカップ・キューバ代表
- 第17回IBAFインターコンチネンタルカップ・キューバ代表
- 第39回IBAFワールドカップ・キューバ代表
- 2011年パンアメリカン競技大会野球キューバ代表
- 2013 ワールド・ベースボール・クラシック・キューバ代表
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