今村猛
| 広島東洋カープ #16 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 長崎県佐世保市 |
| 生年月日 | 1991年4月17日(20歳) |
| 身長 体重 |
183cm 86kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2009年 ドラフト1位 |
| 初出場 | 2010年8月18日 |
| 年俸 | 2,000万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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今村 猛(いまむら たける、1991年4月17日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 来歴・人物
[編集] プロ入り前
長崎県佐世保市(旧北松浦郡小佐々町)出身。小学3年生の時に楠栖クラブで一塁手として野球を始め、後に遊撃手と投手を兼任。小佐々中学校では遊撃・三塁手としてプレー。2年時に九州大会で優勝し、全国大会に出場した。
清峰高校進学後は1年夏からベンチ入り。秋には球速が140km/hを突破するなど、徐々に成長する。 第90回全国高等学校野球選手権記念大会に初出場し、2試合に登板した。その後も長崎県大会、九州地区高等学校野球大会を制する。
第81回選抜高等学校野球大会では安定した投球でチームを牽引し、決勝では菊池雄星を擁する花巻東と対戦。投手戦を1-0で勝利し見事優勝。長崎県勢としては春夏通じて初の全国優勝だった。大会では全5試合に先発し、44イニングを投げて47奪三振・4完投・3完封・1失点・防御率0.20と抜群の安定感だった。6月の練習試合で最速152km/hを記録し話題に、3年夏は全国高等学校野球選手権長崎大会準々決勝で、優勝した長崎日大に敗れ甲子園出場はならなかった。
2009年10月29日に行われたドラフト会議で、広島東洋カープが単独1位指名して交渉権を獲得した。11月13日、広島では河内貴哉以来10年ぶりとなる高卒指名での契約金1億円、年俸は球団の高卒新人では最高額となる1000万円(金額は推定)で仮契約を結んだ[1]。
[編集] プロ入り後
1年目は首脳陣の育成の方針により、シーズンの殆どを2軍で過ごした。ウエスタン・リーグでは、2010年4月21日の対福岡ソフトバンクホークス戦で中継ぎとして初登板し、2回無失点の好投で初勝利をあげた。同年7月22日に行われたフレッシュオールスターゲームではウエスタンの先発を任され、ソロ本塁打を浴びたもののMAX148km/hを記録、2イニングで3三振を奪う活躍を見せた。その後、8月18日、小島心二郎の抹消に伴い初の一軍登録を受け、当日の対東京ヤクルトスワローズ戦でプロ初登板・初先発したものの、初回に味方の失策から畠山和洋に満塁本塁打を浴びるなど、2回5失点の黒星デビューとなった。続く8月25日の対阪神タイガース戦で再度先発したが、2回3失点で2試合連続の降板、その翌日に降格となり、そのままシーズンを終えた。2軍ではシーズンを通じて先発ローテーションを任され、13試合・63回2/3を投げて4勝4敗・防御率4.81だった(被安打77と自責点34は共にチーム最多)。
2年目となる2011年は、オープン戦で先発要員として起用され好投を続けた。開幕ローテーション入りは逃したものの、同年4月16日の対読売ジャイアンツ戦で、先発ジオの負傷降板により急遽登板。3回1/3を無失点で切り抜け、プロ入り初勝利を挙げた[2]。その後は、中継ぎ、セットアッパーとして起用され、守護神のデニス・サファテの離脱後は守護神に指名され[3]、10月8日の対東京ヤクルトスワローズ戦ではプロ初セーブを挙げ、1997年に横山竜士が21歳2カ月で記録した球団最年少セーブを20歳5カ月で更新した[4]。
[編集] プレースタイル
平均球速約141km/h[5]、最速152km/h(11/9/4・マツダ)のストレートに切れ味鋭い縦のスライダー、カットボールが武器の本格派右腕。2010年秋からは上記の球種に加えてカーブの習得に取り組んでいる[6]。普段の直球は135~140km/h前後(遅いストレート)に抑えているが、得点圏にランナーが進んだ場面や要注意バッターを迎えたときには150km/h前半を記録するように、試合状況に応じて力の入れ加減をコントロールする投球術を持っている[7]。
[編集] 人物・エピソード
- フィールディングが非常に上手く、絶妙な制球で犠打さえ出来ないことも多い。マウンド上では表情を変えないポーカーフェイスだが、ドラフトで1位指名された直後の記者会見では、額に浮き出た汗を両手で何度もぬぐい、初々しい姿を見せた。
- バッティングも良く、第81回選抜高等学校野球大会初戦(対日本文理高等学校戦)では、第1打席にセンバツ大会通算600号(甲子園)となる本塁打をバックスクリーン右へ放り込んでいる。
- 2005年、城島健司・寺原隼人らがオフシーズンに開催した野球教室に参加して城島と対戦。今村は城島の内角を厳しくえぐった結果、脇腹に死球を当ててしまい、城島に笑いながら追いかけ回された[8]。
- この出来事は城島にも強く印象に残っていたらしく、高校野球で清峰高校が優勝したことを聞かされた時は我が事のように喜んだ。一方、今村はこのことについて記者に質問された際、「当たっても痛くないと思って…」とコメントしている。
- 2008年の秋季九州大会で優勝して以降、今村に対して取材が殺到した。その影響からか体調を崩して神宮大会では結果を残せなかったが、同大会の大学生の部に出場していた斎藤佑樹の投球を見て感銘を受け、試合状況に応じて力の入れ加減を調整する投球術を会得した。
- チームメイトの堂林翔太や、今宮健太(福岡ソフトバンク)、岡田俊哉(中日)などと仲が良く交友関係は幅広い。
- 新人時代の春季キャンプでは、雨が降った上に「体調が良くない」として投球練習を打ち切るなど、強心臓ぶりを見せて首脳陣を驚嘆させた。
- 寒さが大の苦手にもかかわらず、長袖のアンダーシャツは本人曰く「投げにくい」として敬遠している。初勝利を挙げた2011年4月16日は、多くの選手がネックウォーマーを着用するほどの寒さであったが、今村だけは半袖のアンダーシャツを身に纏い好投した。
- 温和な性格とその顔立ちから、チーム内では癒し系として「カピバラさん」と呼ばれている。
- 同期の堂林らからは、マイペースな性格から同い年であるにもかかわらず「オッサン」と呼ばれている。
- 2011年5月20日のオリックス・バファローズ戦では指名打者として先発発表された。これは偵察要員としての起用だったが、「指名打者は先発投手が降板しない限りは一度打席を完了させなければならない」というルールが存在するため交代は認められなかった[9]。結局今村は2回表に打席に立つこととなり、1死1塁から犠打を決めた。しかし、チームは2-3で敗れた。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010 | 広島 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 26 | 4.0 | 7 | 1 | 6 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 8 | 7 | 15.75 | 3.25 |
| 2011 | 54 | 6 | 0 | 0 | 0 | 3 | 8 | 2 | 13 | .273 | 399 | 94.0 | 97 | 10 | 30 | 3 | 1 | 76 | 6 | 0 | 50 | 49 | 4.69 | 1.35 | |
| 通算:2年 | 56 | 8 | 0 | 0 | 0 | 3 | 9 | 2 | 13 | .250 | 425 | 98.0 | 104 | 11 | 36 | 3 | 2 | 76 | 6 | 0 | 58 | 56 | 5.14 | 1.43 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 投手記録
- 初登板・初先発:2010年8月18日、対東京ヤクルトスワローズ15回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、2回5失点で敗戦投手
- 初勝利:2011年4月16日、対読売ジャイアンツ2回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、4回表2死に2番手で救援登板、3回1/3を無失点
- 初奪三振:同上、6回表にラスティ・ライアルから空振り三振
- 初ホールド:2011年6月26日、対中日ドラゴンズ8回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、6回表1死に2番手で救援登板、1回2/3を無失点
- 初セーブ:2011年10月8日、対東京ヤクルトスワローズ22回戦(明治神宮野球場)、9回裏に4番手で救援登板・完了、1回無失点
- 打撃記録
[編集] 背番号
- 16 (2010年 - )
[編集] 脚注
- ^ 今村 高卒史上最高年俸1000万円で仮契約
- ^ “今村プロ初勝利!緊急登板でG斬り”. デイリースポーツonline. (2011年4月16日)
- ^ “今村ドキドキ抑えデビュー、満塁しのぐ”. デイリースポーツonline. (2011年4月16日)
- ^ 中国新聞10月9日17版
- ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2012年、144頁。ISBN 978-4-905411-04-8。
- ^ 今村G倒!3回3Kで開幕ローテ見えた デイリースポーツオンライン (2011年2月19日)
- ^ 【恩師が語る】今村猛投手 長崎・清峰高監督吉田洸二さん(40) 中国新聞 (2010年3月16日)
- ^ 『1軍に定着できるよう頑張ります!』 広報させぼ (2010年2月)
- ^ DHに偵察要員…野村監督「完全なボーンヘッド」スポーツニッポン 2011年5月21日付記事
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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