松田宣浩

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松田 宣浩
福岡ソフトバンクホークス #5
基本情報
国籍 日本
出身地 滋賀県草津市
生年月日 1983年5月17日(26歳)
身長
体重
179cm
84kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 三塁手
プロ入り 2005年 希望入団枠
初出場 2006年3月25日
年俸 4,500万円(2009年)
経歴(括弧内は在籍年)

松田 宣浩(まつだ のぶひろ、1983年5月17日 - )は福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手内野手)。

妻は九州朝日放送(KBC)元アナウンサー柴田恵理

目次

[編集] プレイスタイル・課題

長打力が持ち味であり、捉えた打球は非常に鋭い。また、50メートル走6秒1、遠投110mと俊足強肩でもあり[1]2008年には両リーグトップの三塁打を記録している。主な課題は、外角の変化球への弱さからくる打率の低さと、2008年には17失策を記録してしまった守備の不安定さである。

[編集] 経歴

中京高等学校では遊撃手を守り、高校通算60本塁打を記録。亜細亜大学入学後も1年の時から本塁打を量産し、青山学院大学時代の井口忠仁が持つ東都大学リーグ通算24本塁打の記録を更新する事が期待されていた。しかし、3年の時に部員の不祥事が発覚し、亜細亜大学は二部へ降格。同時に半年間の対外試合禁止の処分も受けたため、松田が在籍中の一部復帰は不可能となり記録更新はならなかった。なお、3年生までの松田の通算本塁打は15本、シーズン最多は2年秋の6本である。その後、亜細亜大学は主将に就任した松田を中心に2005年秋のリーグ戦で優勝し、一部へと復帰。この実績を手土産に福岡ソフトバンクホークスへの希望獲得枠入団を表明。ドラフト会議翌日には王貞治監督が自ら指名の挨拶に訪れた。

入団決定時、福岡ソフトバンクホークスには3番・三塁手として27本塁打、90打点を記録したトニー・バティスタが在籍していたが、松田と江川智晃らを競わせるという方針のため1年の契約を残して解雇された。松田は長打力が注目される一方で、一部リーグ通算.225に終わったアベレージの低さから即戦力としては疑問符をつける向きもあった。

[編集] プロ入り後

2006年3月25日パ・リーグ開幕戦に7番三塁手で出場し、ホークスでは小久保裕紀以来12年ぶりのルーキー開幕戦スタメン出場を果たした。王監督の「大器に育てたい」との意向からレギュラーで使われ続けたが、打撃は大味で三振が多く、守備でも捕球に難があり多くの失策を記録してしまった。6月16日、遂に二軍落ちを命じられてしまうと、その後シーズン中の一軍復帰はなかった。

2007年は、同じ三塁手である小久保がチームに復帰したこともあり、シーズン前半は出場機会がなかったが、二軍では打率.331、チームトップの9本塁打を打つ活躍を見せた。多くの故障者を抱えるチーム事情から6月2日に一軍昇格し即スタメン出場。小久保や松中信彦の代役でクリーンナップを務めるなど、その後は1軍に定着し、8月には月間打率3割を記録。ポスト小久保としての飛躍を期待させた。

2008年は三塁手のレギュラーに定着。ケガで離脱する選手が多い中、長期の離脱も無く年間を通して活躍した。打率や本塁打など前年に比べ確実な成長を見せたが、三振率の上昇や走塁ミスなど新たな課題も見えたシーズンとなった。

9月29日の対楽天戦では、初回に岩隈久志から本塁打を打った。岩隈の2008年度シーズンの被本塁打はわずかに3本だが、そのうち2本はセ・パ交流戦で喫したもので、松田は2008年にパ・リーグで唯一岩隈から本塁打を放った打者となった。

2008年10月15日九州朝日放送(KBC)の柴田恵理アナウンサーテレビ朝日アスクからの派遣)との結婚を発表した。挙式は2008年12月20日に福岡市内のホテルにて行なわれた。

2009年の開幕戦のオリックス戦に「3番・三塁」で先発。初回に右前打を放ち、一塁へ帰塁した際に痛め、3回の守備から退いた。検査の右手甲骨折で1軍に復帰するまで約2か月を費やした。6月5日広島戦で「7番・三塁」で先発で復帰したが7月18日ロッテ戦で唐川侑己から死球を受けてその後レントゲン検査を行ったところ右手首尺骨付近の骨折の判断されて長期離脱を避けられない状況になった。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績
































O
P
S
2006 ソフトバンク 62 220 204 17 43 8 3 3 66 18 0 0 3 0 11 0 2 53 2 .211 .258 .324 .582
2007 74 221 193 28 49 13 2 7 87 22 3 0 6 2 17 0 3 35 5 .254 .321 .451 .772
2008 142 595 551 68 154 33 10 17 258 63 12 6 8 1 28 1 7 115 11 .279 .322 .468 .790
通算:3年 278 1036 948 113 246 54 15 27 411 103 15 6 17 3 56 1 12 203 18 .259 .308 .434 .742
  • 2008年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] 個人記録

[編集] 背番号

  • 5(2006年 - )

[編集] 選手出場曲 

[編集] エピソード

  • 社会人野球のトヨタ自動車硬式野球部に在籍する松田教明投手は双子の兄。
  • 愛称はマッチ
  • 好物は馬刺し。タテガミ(脂肪の多い白い肉)部分が特にお気に入り。
  • 松中信彦とは懇意な間柄。シーズンオフのグアム自主トレでは毎年ともに汗を流すほか、松中の家に招かれ食事を御馳走になることもある。[2]
  • 2008年開幕戦前に小久保が離脱して三塁のレギュラーになるが、テレビカメラの前で「小久保さんが戻ってきてもポジションは渡さない」と宣言した。松中に「おまえは以前はそういうガツガツさがなかった。そういう強い気持ちを持てばレギュラーを取れる」と言われたという。
  • 2008年6月1日マーク・クルーンがプロ野球記録となる球速162km/hを記録した時の打者でもある(結果は空振り三振)。
  • 妻からは「宣くん」と呼ぶと宣言されたにも関わらず、いまだに「マッチ」と呼ばれている。妻のことは「恵理ちゃん」と呼んでいる。
  • 2009年4月19日放送の『ジャンクスポーツ』に出演した夫人から、松田自身の私生活上のことについての告白がなされた。

[編集] コマーシャル

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク