菊池雄星

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菊池 雄星
埼玉西武ライオンズ #17
Yusei Kikuchi on August 11, 2011.jpg
2011年8月11日、西武ドームにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岩手県盛岡市
生年月日 1991年6月17日(20歳)
身長
体重
184cm
88kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 ドラフト1位
初出場 2011年6月12日
年俸 2,000万円(2012年)[1]
経歴(括弧内は在籍年)

菊池 雄星(きくち ゆうせい、1991年6月17日 - )は、埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手投手)。2010年の登録名は雄星

目次

[編集] 経歴

[編集] プロ入り前

岩手県盛岡市生まれ。小学3年生の時に見前タイガースで一塁手として野球を始める[2]。盛岡市立見前中学校では盛岡東シニアでプレー。この頃から本格的に投手へ転向した。3年春に東北大会準優勝。東北選抜の一員に選ばれると全国大会準優勝に貢献し、花巻東高校に進学[2]

高校1年次、第89回全国高等学校野球選手権大会に出場。一回戦・新潟明訓高校戦にリリーフ登板し5回を1失点に抑えるもその1点が決勝点になりに0対1で敗退[3]。この試合では145km/hの速球を投げたが、速球にこだわりすぎたことにより制球が乱れ、秋の県大会では1回戦敗退に終わった[4]

2年春には球速も149km/hまでアップ。腰痛不安で公式戦初先発となった2年春の東北大会準々決勝・仙台育英戦では6対2で完投勝利した[5]。夏は県大会準々決勝で敗退。

3年春に秋の試合内容が高く評価され、逆転で第81回選抜高等学校野球大会に出場。初戦の鵡川高校戦では最速152km/hを記録、9回1死まで無安打の投球で2安打完封[6]。2回戦明豊戦でも9安打を浴びたが、勝負どころでは凄みを見せ2試合連続の完封[6]。準々決勝・南陽工戦ではビハインドの状況でリリーフ登板、4回無失点で逆転勝利[7]。準決勝・利府戦では2点本塁打を浴び初失点を喫したが5安打2失点完投[8]。決勝では、清峰高校今村猛との投手戦になるも0対1で敗れ、岩手県勢初の優勝とはならなかった[9]

春に続き第91回全国高等学校野球選手権大会に出場[10]。春の選抜決勝で戦った清峰高校は、長崎大会準々決勝で長崎日大高校に敗れていたが、選手権1回戦で奇しくも清峰を破った長崎日大とあたり、3本塁打を打たれながらも8対5で勝利。岩手県勢では夏の甲子園41年ぶりのベスト8進出を決めた東北高校戦では自己最速となる154km/hをマーク(甲子園の電光掲示板には154km/hと表示、ロッテスカウトのスピードガンでは155km/hを計時)[11]。準々決勝では今宮健太を擁する明豊高校と当たり、4回までパーフェクトと好投を見せ、7対6で勝利するも、腰痛を訴え5回にベンチに退いた[12]。準決勝の中京大中京戦では背筋痛のため先発せず、4回2死満塁から登板するも打ち込まれ、わずか11球でマウンドを降板、1対11で敗れた[13]。その後の精密検査で、左の5本目の肋骨が折れていたことが判明[14]上半身を鍛えておらず、腰の回転が速すぎて骨がついていかなかったと本人は語っている[要出典]

しかし、その投球は日本のプロ野球のみならず、MLB球団からも注目され[14]、元々の志望もありアメリカでのプロ入りも考えていた[15]。しかし最終的には日本のプロ野球でプレーすることを表明し[16]2009年のプロ野球ドラフト会議で、埼玉西武ライオンズ阪神タイガース東京ヤクルトスワローズ東北楽天ゴールデンイーグルス中日ドラゴンズ北海道日本ハムファイターズの6球団による1位指名の競合の末、埼玉西武ライオンズが交渉権を獲得。契約金1億円+出来高5000万円、年俸1500万円(金額は推定)でサインし、背番号は17に決まった[17]

[編集] プロ入り後

2010年1月19日、球団から登録名を「雄星」とすることが発表された[18]。このため背ネームが「KIKUCHI」のユニフォームは入団発表で着用しただけで、キャンプからは背ネームも「YUSEI」となった。2月16日には入学願書を提出していた東北福祉大学総合福祉学部通信教育部に合格。これは、野球選手を引退後もスムーズに働けるようにとの考えからである。また、プロ入り後に大学に合格した例は極めて珍しく、プロ野球選手としての生活の傍ら、通信教育で教員免許取得を目指すこととなった[19]。同年の新人としては非常に注目され、かつ契約金等も高かったことから、その契約金を元手に「ぜひ先輩にも使ってほしい」との心意気で、3月24日には420万円の酸素カプセルを購入し、寮の自室に設置した。しかし、部屋の一角を大きく占有したうえ、取扱説明書をよく読まずに操作したため、機械から蒸気が出て部屋の温度が30度という熱帯状態を作りだした揚句、故障したという[20]

シーズンでは左肩痛の発症により一軍登板はなく、二軍戦でも5月4日以来登板はなくリハビリに終始した[21][22]。オフにはホリプロとマネジメント契約を結び[23]、12月24日には本人の希望により登録名を本名の「菊池雄星」に変更すると発表された[24]

2011年はフォームをスリークォーターに戻し[25]、開幕一軍入りを果たす。中継ぎ投手としてベンチ入りするも登板機会は無く4月22日に登録抹消となった。二軍で調整した後[26]、6月12日の阪神タイガース戦で一軍初登板・初先発するも2回1/3を4失点で降板。それでも初めての一軍登板を終えた嬉しさからか、試合後のインタビューでは涙を流した。その後二軍での調整を経て30日のオリックス・バファローズ戦に先発し、5回を2失点でプロ初勝利を挙げた[27]。8月18日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦では8回まで無失点の好投をし、9回表に山崎武司に通算400号本塁打を打たれたものの、初完投勝利。8月31日には、故郷・岩手県での試合に登板し、打線の援護がなくプロ初黒星を喫たもののシーズン2度目の完投。結局9試合に先発し4勝をあげた。シーズン終了後の11月8日から12月22日まで、オーストラリアABLメルボルン・エイシズに派遣され、5試合の登板で1勝2敗、防御率4.38、WHIP1.54の成績を残し、オールスターゲームにも出場した。12月26日に契約更改した[28]

[編集] プレースタイル

肩甲骨の可動域が広く、球持ちのよいフォームから投げる最速155km/hのストレートと、斜めに滑り落ちる軌道のスライダー[18][29]スプリットチェンジ[30]ツーシーム、縦のカーブを武器とし[29]、他にもフォークボールカットボールチェンジアップシンカーを投げ[18]クイックも1.0秒台と速い[31]

柔軟なフォームから投げる内角への速球が最大の武器で、今宮健太選抜において「100%来るとわかっていても打てなかった」と語っている[32]

打者走者としても一塁到達まで4.0秒台を記録する俊足を誇る[31]

[編集] 人物

利き手は、投打だけでなくペン等も左利きである(箸は右利き[1] )。趣味はラーメンの食べ歩きと読書[14][33]若獅子寮入寮の際は「(持っている本の)10分の1くらい」としながらも50冊を超える本を持ち込んだ[33]。 小学生時代には、野球、バレーボール、水泳、器械体操、習字、ピアノ、ソロバン、将棋、絵など数々の習い事をしていた[34]

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別投手成績





















































W
H
I
P
2011 西武 10 9 2 0 0 4 1 0 0 .800 231 54.1 63 6 8 0 3 24 1 0 26 25 4.14 1.31
NPB:1年 10 9 2 0 0 4 1 0 0 .800 231 54.1 63 6 8 0 3 24 1 0 26 25 4.14 1.31
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 17 (2010年 - )

[編集] 登録名

  • 雄星(ゆうせい)(2010年)
  • 菊池 雄星(きくち ゆうせい)(2011年 - )

[編集] 脚注

  1. ^ 西武 契約更改 - スポニチ、2012年1月17日閲覧。
  2. ^ a b プロの星へ 挑む菊池雄星(上) - Yomiuri Online、2010年1月15日、2010年1月29日閲覧。
  3. ^ 新潟明訓、1-0で花巻東下す 高校野球第4試合 - asahi.com、2007年8月10日、2010年1月29日閲覧。
  4. ^ プロの星へ 挑む菊池雄星(中) - Yomiuri Online、2010年1月15日、2010年1月29日閲覧。
  5. ^ 花巻東が仙台育英撃破 - nikkansports.com、2008年6月15日、2010年1月29日閲覧。
  6. ^ a b 花巻東・菊池雄星「あと3つ!」とV宣言 - nikkansports.com、2009年3月31日、2010年1月29日閲覧。
  7. ^ 花巻東雄星0封救援&V打4強 - nikkansports.com、2009年4月1日、2010年1月29日閲覧。
  8. ^ 利府力尽く…花巻東に優勝託す - nikkansports.com、2009年4月2日、2010年1月29日閲覧。
  9. ^ 準V花巻東・菊池雄星号泣 - nikkansports.com、2009年4月2日、2010年1月29日閲覧。
  10. ^ 雄星独り舞台! 春夏連続決めた - nikkansports.com、2009年7月25日、2010年1月29日閲覧。
  11. ^ 雄星155キロ花巻東8強進出 日刊スポーツ、2009年8月21日。
  12. ^ 雄星背筋痛降板…準決回避も - nikkansports.com、2009年8月22日、2010年1月29日閲覧。
  13. ^ 雄星号泣、最後の舞台は11球 - nikkansports.com、2009年8月24日、2010年1月29日閲覧。
  14. ^ a b c 菊池雄星(プロ野球・西武)涙もろい150キロ左腕[リンク切れ] - asahi.com、2010年1月12日、2010年1月27日閲覧。
  15. ^ 日米争奪戦に……先駆けとなるか菊池雄星 - allabout(瀬戸口仁)、2009年9月24日、2010年1月29日閲覧。
  16. ^ 悩みに悩んで…菊池 涙のメジャー断念 - Sponichi annex、2009年10月26日、2010年1月29日閲覧。
  17. ^ 菊池、背番号「17」…西武と仮契約 - Yomiuri Online、2009年11月22日、2010年1月29日閲覧。
  18. ^ a b c 登録名は「雄星」[リンク切れ] - 中日スポーツ、2010年1月10日、2010年1月27日閲覧。
  19. ^ 【プロ野球】西武・雄星、通信制大学合格も投球は足踏み - MSN産経ニュース、2010年2月16日、2010年3月25日閲覧。
  20. ^ 西武・雄星、420万円酸素カプセル破壊… - sanspo.com、2010年3月25日、2010年4月12日閲覧。
  21. ^ “雄星 2週間ぶりにキャッチボール再開”. スポニチ. (2010年9月9日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/09/09/07.html 2010年10月2日閲覧。 
  22. ^ “工藤退団にショック…雄星「ずっとアドバイスもらった」”. スポニチ. (2010年10月2日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/flash/KFullFlash20101002012.html 2010年10月2日閲覧。 
  23. ^ 雄星の来季所属はホリプロ!?日刊スポーツ、2010年12月16日。
  24. ^ 「雄星」やめて「菊池」で出直し原点戻る日刊スポーツ、2010年12月25日。
  25. ^ 雄星改め菊池“原点回帰”で2年目の飛躍をスポニチ、2011年1月18日。
  26. ^ 雄星 登録抹消も前向き「肉体改造してきます」スポーツニッポン、2011年4月21日。
  27. ^ 雄星、苦難乗り越えプロ1勝「自分を褒めたい」スポニチ、2011年6月30日。
  28. ^ 雄星 年俸2000万円 カーブで来季は「投手戦を演じられる投手に」 - スポニチ、2011年12月26日記事
  29. ^ a b 「菊池雄星(花巻東高)」、『アマチュア野球』第23号、日刊スポーツ出版社、2009年5月、 pp.17 - 20頁。
  30. ^ 雄星きょう先発「スプリットチェンジ」挑戦日刊スポーツ、2011年6月30日。
  31. ^ a b 小関順二 『WBC日本代表はなぜ世界一になれたのか?』 ぴあ株式会社、2009年、195-197頁。ISBN 978-4-8356-1740-4
  32. ^ ソフトB1位今宮の夢3000安打日刊スポーツ、2009年10月30日。
  33. ^ a b 菊池雄星、西武「若獅子寮」に入寮 50冊超の愛読書も - asahi.com、2010年1月7日、2010年1月27日閲覧。
  34. ^ 西武・雄星「教師になって教壇に立ちたい」”. 産経新聞 (2010年2月5日). 2011年1月9日閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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