嶋基宏
| 東北楽天ゴールデンイーグルス #37 | |
|---|---|
2011年8月30日、こまちスタジアムにて
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 岐阜県海津市 |
| 生年月日 | 1984年12月13日(27歳) |
| 身長 体重 |
179cm 82kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 2006年 大学生・社会人ドラフト3巡目 |
| 初出場 | 2007年3月28日 |
| 年俸 | 6,000万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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嶋 基宏(しま もとひろ、1984年12月13日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(捕手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
岐阜県海津市出身。海津市立吉里小学校1年から「吉里少年団」で投手として野球を始め、海津市立日新中学校では軟式野球部に所属して2年時に第20回全国中学校軟式野球大会に出場し、3年時には主将を務めた。子供のころから中日ファンだった[1]。
中京大中京高校では1年秋からベンチ入りし、上級生が引退した後は主将となり秋季東海大会で優勝。明治神宮大会ベスト4。3年春の第74回選抜高等学校野球大会に二塁手として出場。1回戦で西村健太朗、白濱裕太らを擁する広陵高校と対戦し初戦敗退。夏は愛知大会決勝で東邦高校に敗れ準優勝。野球部の同期には深町亮介がいる。
高校の大藤敏行監督が東都大学野球連盟に所属する國學院大學硬式野球部の竹田利秋監督に推薦し、本人も「野球のためだけではなく教師になりたかったから」という理由で同大学に進学。強肩を見込まれて捕手にコンバートされ[1]、1年春からベンチ入りした。2年春のリーグ戦以降正捕手となり、3年時は春季リーグ戦で首位打者を獲得して秋からは主将となった。4年春には二部リーグで優勝してMVPに選出され、入れ替え戦を制して1993年春以来となる一部昇格に貢献。秋の一部リーグ戦では3試合目に左足首を負傷したが、「後輩のためにも絶対に降格は出来ない」と痛み止めを飲まずテーピングのみで出場。チームは優勝争いを演じて3位となり、自身はベストナイン(捕手)に輝く。大学の1年後輩にはプロでもチームメイトとなる聖澤諒がいた。
2006年の大学生・社会人ドラフトで東北楽天ゴールデンイーグルスより3巡目指名を受け入団。野村克也監督が縁起を担いでいる「足して10になる数字」にあやかり背番号は37に決定。入団会見の挨拶では「19(野村監督の現役時代の背番号)が欲しかった」と冗談混じりに発言し、その場で監督から「いい捕手になったら19番を譲る」と約束された。
[編集] プロ入り後
2007年は2月26日の千葉ロッテマリーンズとの練習試合でバッテリーを組んだ田中将大が先頭のTSUYOSHIを追い込むと、「ショートバウンドでいいよ」と言ってフォークボールの要求を匂わせつつ速球勝負という“ささやき戦術”を見せた。TSUYOSHIには「お前、うるせえよ!」と怒鳴り返されたが後続打者にも同様にささやいて三者凡退に打ち取り、それを聞いた野村監督に「そこで黙ったらいかん。『言わないと監督に怒られます』と言えばエエ。西岡が怒るのはお前を意識しているってことや。心理で揺さぶるのも戦術」とアドバイスを受けた。シーズンに入るとチーム内の新人で唯一開幕一軍登録され、125試合に出場。盗塁阻止率リーグ2位を記録し、オールスターにもファン投票で出場した。打撃ではシーズン通して打率2割未満だったが、リーグ8位の20犠打を記録した。オフの11月28日に選手会主催のゴルフコンペで選手、球団スタッフ84人が参加する中、グロス106ながらハンディを生かして優勝。賞金50万円を獲得した。
2008年は藤井彰人や井野卓の台頭などにより、出場機会が減少。夏場にはリード面で精彩を欠いて二軍落ちを経験した。打撃は前年の3分の2弱の打席数ながら打率.230と2割を超えて三振の割合は減り四球の割合が増え、出塁率・長打率も向上した。オフの12月4日、契約更改の記者会見時に大学の同級生だった女性との入籍を発表。
2009年はシーズン前半から出場機会が多く、藤井が怪我で離脱してからは岩隈久志ともバッテリーを組むようになった。しかし、野村監督から各投手に合わせた配球ができていない事を指摘されてシーズン終盤には中谷仁が多く起用され、正捕手へ定着するには至らなかった。
2010年は開幕から打撃好調で5月29日の対広島東洋カープ戦で自身初のサヨナラ安打を記録した。また、オールスターに選手間投票で選出された。シーズンのほとんどで3割以上の打率をキープし、自身初で楽天の捕手としても初めて規定打席に到達し、パ・リーグの捕手としては2005年の城島健司以来の3割超となる打率.315を記録した。また、球団史上初となるゴールデングラブ賞を受賞し、ベストナインにも選出された。同年オフ、選手会長に就任することが決定した。
2011年は4月2日に東日本大震災の復興支援のために行われた慈善試合の前にスピーチした際の「見せましょう、野球の底力を」という言葉が注目を集めた。
「見せましょう野球の底力を」も参照
レギュラーシーズンでは藤井がFA移籍したため5年目で初の開幕スタメンマスクを被り、試合では成瀬善久から3点本塁打を放ち勝利に貢献した[2]。しかし前年に見られた巧打は精彩を欠き、伊志嶺忠が2番手捕手として台頭した影響もあって僅かながら規定打席には到達せず、打率は.223、失策はパ・リーグの捕手では最多の11失策と大きく成績を落とした。この年は田中将大との最優秀バッテリー賞を受賞した。
[編集] プレースタイル
1.9秒台の二塁送球をコンスタントに記録する[3]素早く正確なスローイングに定評があり[4]、プロ入り以来リーグ上位の盗塁阻止率を記録しているが数字自体は下降している。リード面ではエース級の投手では自信を持ってサインを出すものの、力の落ちる投手に対しての配球に迷いを見せ[4]、他球団のスコアラーからは「両サイドに投げわけてゴロを打たせるのは得意だけど、緩急を使う縦の配球はあまりうまくない」と評されるなど課題を抱える[5]。捕球面ではショートバウンドの処理を手だけで行うクセなどが指摘されるが[6]、2007年にリーグワーストを記録した捕逸数が2009年には大幅に減るなど改善傾向にある。
打撃はスイングの弱さ等が指摘されており[6]、プロ1年目には一時期バスター打法にしたり流し打ちに取り組むなどした。プロ入り以降例年右方向への打球割合が45パーセントを越えるなど、打球方向は中堅から右翼方向が多い。他にも左投手に強く、特に2009年からは2010年にかけては対右打率.268に対し左では.319を残している。バント等の小技は上手く、2番打者として出場することもあり、満塁でセーフティスクイズを決めたこともある。一塁到達4.36秒と捕手としては足も遅くなく[4]、2010年には12球団の捕手で最多タイとなる9盗塁を記録している。
[編集] 人物
読書が趣味で、特技の書道は六段の腕前。好物は肉じゃが。座右の銘は「愛情」「真心」。口癖は「決定打に欠けるなあ」
尊敬する野球選手は谷繁元信。谷繁が自宅から近い國學院大學グラウンドを毎年自主トレ場に使っており、学生時代からその姿に魅了されたという。実戦でも谷繁から直接譲り受けたミットを使用している。
中学時代は野球部の主将に加えて生徒会執行部、体育祭の応援団長を務め、学業でも9教科でオール5の成績だった[7]。
高校時代は実家のある岐阜県海津市から電車で片道1時間半かけて通学していた。愛知県外出身者としては中京大中京高校史上初めての主将であった[7]。
高校野球入部当初は目立たぬ存在で、二塁手としては補欠の三番手ということもあり、2年時には「マネージャーとしてチームに貢献したい」と申し出るも、大藤敏行監督に「怪我人も出るかもしれんし、まだチャンスはある」と諭され慰留している。
大学時代の監督で、仙台育英高校と東北高校の監督として27回の甲子園出場経験が有る竹田利秋は「嶋ほど人間性やコミュニケーションに優れた学生や、頭脳、心、洞察力を持った選手は見たことがない」「嶋は相手を見抜く洞察力と投手の力を引き出す能力がある。監督が何を考えているかをくみ取ってゲームメークできる。佐々木主浩の天職がクローザーなら、嶋は捕手が天職」と高く評価している[7]。
野村克也元監督は捕手は頭脳が良くなければいけないという持論から、コーチに頼んで正捕手候補数名の中学時代の通知票を取り寄せたところ、嶋がオール5だったことからルーキーでの一軍起用を即決したという[8]。
試合中に野村監督からベンチに直立させられて説教を受けることが若手選手の中でも特に多かった。入団当初はリードの失敗や捕逸などでの説教が多かったが、2008年シーズン中盤以降は投手の失策で失点して投手と一緒に説教を受けたり、出場していない試合で説教を受ける場面も多々見られた。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | 楽天 | 125 | 354 | 312 | 33 | 57 | 6 | 0 | 2 | 69 | 16 | 3 | 2 | 20 | 1 | 20 | 0 | 1 | 74 | 6 | .183 | .234 | .221 | .455 |
| 2008 | 85 | 223 | 196 | 20 | 45 | 13 | 0 | 0 | 58 | 19 | 4 | 1 | 11 | 0 | 16 | 0 | 0 | 40 | 6 | .230 | .288 | .296 | .584 | |
| 2009 | 106 | 294 | 249 | 27 | 58 | 9 | 0 | 1 | 70 | 14 | 1 | 4 | 20 | 0 | 22 | 2 | 3 | 55 | 5 | .233 | .303 | .281 | .584 | |
| 2010 | 127 | 485 | 422 | 33 | 133 | 17 | 0 | 3 | 159 | 43 | 9 | 5 | 17 | 1 | 45 | 1 | 0 | 90 | 15 | .315 | .380 | .377 | .757 | |
| 2011 | 129 | 421 | 362 | 33 | 81 | 16 | 1 | 2 | 105 | 28 | 7 | 3 | 24 | 2 | 30 | 1 | 3 | 85 | 7 | .224 | .287 | .290 | .577 | |
| 通算:5年 | 572 | 1777 | 1541 | 146 | 374 | 61 | 1 | 8 | 461 | 120 | 24 | 15 | 92 | 4 | 133 | 4 | 7 | 344 | 39 | .243 | .305 | .299 | .604 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 年度別守備成績
| 年 度 |
捕手 | 一塁 | |||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
企 図 数 |
許 盗 塁 |
盗 塁 刺 |
捕 逸 |
阻 止 率 |
順 位 |
守 備 率 |
順 位 |
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 |
|
| 2007 | 125 | 773 | 101 | 8 | 10 | 126 | 80 | 46 | 13 | .365 | 2 | .991 | 5 | - | |||||
| 2008 | 85 | 526 | 49 | 5 | 7 | 56 | 36 | 20 | 7 | .357 | 3 | .991 | 6 | - | |||||
| 2009 | 106 | 616 | 47 | 2 | 7 | 70 | 50 | 20 | 2 | .286 | 3 | .996 | 1 | - | |||||
| 2010 | 127 | 834 | 69 | 8 | 5 | 104 | 80 | 24 | 6 | .231 | 3 | .991 | 10 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 |
| 2011 | 126 | 809 | 74 | 11 | 9 | 7 | .228 | 5 | .988 | 8 | - | ||||||||
- 表中の太字はリーグ最多記録、カッコ内は順位。
[編集] 表彰
[編集] 記録
- 初出場:2007年3月28日、対福岡ソフトバンクホークス2回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)、6回裏に捕手として出場
- 初打席・初安打:同上、8回表に杉内俊哉から投手内野安打
- 初先発出場:2007年4月1日、対オリックス・バファローズ2回戦(フルキャストスタジアム宮城)、9番・捕手として先発出場
- 初盗塁:2007年4月20日、対千葉ロッテマリーンズ3回戦(フルキャストスタジアム宮城)、7回裏に二盗(投手:藤田宗一、捕手:里崎智也)
- 初打点:2007年4月24日、対オリックス・バファローズ3回戦(スカイマークスタジアム)、4回表にダン・セラフィニから中前適時打
- 初本塁打:2007年4月29日、対北海道日本ハムファイターズ8回戦(フルキャストスタジアム宮城)、7回裏に八木智哉から左越ソロ
- オールスターゲーム出場:3回 (2007年、2010年、2011年)
[編集] 背番号
- 37 (2007年 - )
[編集] 登場曲
- 『Chaka Dance』:Beenie Man(2007年)
- 『熱くなれ』:大黒摩季(2008年 - )
[編集] 脚注
- ^ a b 野球浪漫 嶋基宏『週刊ベースボール』2011年12月5日号、ベースボール・マガジン社、2011年、雑誌20442-12/5, 54-57頁。
- ^ 嶋が届けた 楽天に東北に「特別な」1勝 スポーツニッポン 2011年4月13日付記事
- ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2007』 アスペクトムック、2007年、226頁。ISBN 978-4-7572-1338-8。
- ^ a b c 小関順二、西尾典文、石川哲也、場野守泰 『プロ野球スカウティングレポート2011』 廣済堂出版、2011年、236頁。ISBN 978-4-331-51519-8。
- ^ 巨人の切り札、朝井復活の陰にリード抜群の阿部あり夕刊フジ、2010年9月15日。
- ^ a b 『野球小僧 世界野球選手名鑑2010』 白夜書房、2010年、97頁。ISBN 978-4-86191-595-6。
- ^ a b c 楽天は田中将大だけじゃない新人捕手・嶋基宏に期待!web R25、2007年5月31日。
- ^ 決勝3ラン楽天嶋 復興へ奇跡呼ぶ怒られ役の“底力”zakzak、2011年4月13日。
[編集] 関連項目
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