永井怜
| 東北楽天ゴールデンイーグルス #30 | |
|---|---|
2010年6月20日(千葉マリンスタジアム)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 群馬県藤岡市 |
| 生年月日 | 1984年9月27日(27歳) |
| 身長 体重 |
178cm 72kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2006年 大学生・社会人ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2007年4月1日 |
| 年俸 | 6,400万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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永井 怜(ながい さとし、1984年9月27日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
藤岡市立神流小学校3年生の頃から「神流リバース」にて外野手として野球を始め、後に内野手、投手を兼任。野手兼任は中学時代いっぱいまで続き、高校生から投手に専念することになる。東農大二高時代は2年生秋からベンチ入り。最高成績は3年生春の県大会ベスト16だった。
東洋大学では、1年生秋からリーグ戦に登板。2年生からエースとして活躍。2005年春の東都大学リーグ戦、対中央大学戦では16奪三振を記録。2006年は春に青山学院大学戦にて2試合連続の完封勝利も記録し、夏の第35回日米大学野球大会と第3回世界大学野球選手権大会のメンバーにそれぞれ選ばれた。東都リーグ通算50試合登板12勝12敗、防御率2.92の成績を残す。当初はプロ野球選手という進路は考えておらず、高校野球の指導者になることを志望していた。このため高校公民の教員免許取得を目指していたが、最終的に2単位足りず取得できなかった。卒業後も単位を取得すれば教員免許は得られるため、いずれは取得したいと語っている。なお東洋大への入学はスポーツ推薦ではなく一般入試である。そのため、ドラフト指名後も試験や教育実習、卒業論文の提出などに忙しく度々キャンプを離れていた。因みに、法学部法律学科である。
2006年、大学生・社会人ドラフトで東北楽天ゴールデンイーグルスに1巡目指名を受け入団。 大学時代の背番号は18番だったが、この番号は高校生ドラフトで1巡目指名された田中将大に用意されていたため、永井は30番を提示された。これに対して永井は「奪うくらいの気持ちで頑張りたい。負ける気はしない。」とライバル心を燃やしていた。しかし本人は背番号自体に対する強いこだわりはなく、提示された30番に対しては江川卓を思い浮かべ、「30番といえば江川さん。凄い投手ですけど、そうなれるように頑張りたいです。」とコメントした。
[編集] プロ入り後
2007年、開幕一軍登録は果たせなかったものの、1週間後の4月1日に初の一軍登録。同日の対オリックス戦(フルスタ宮城)で初登板を果たす(9回表から1イニングのリリーフ登板)。同17日、対ソフトバンク戦(フルスタ宮城)で初先発を果たし、8回2失点。初勝利を挙げた。シーズン中盤まで先発ローテーションを守り続けたが、先発で4勝、防御率4点台とぱっとせず、一場靖弘、岩隈久志の先発復帰により先発陣が充実してきたこと、リリーフ陣が安定しないことから、8月途中からリリーフに転向した。リリーフでは22試合に投げて防御率1点台に抑えて3勝を挙げ、安定した成績を残し、チームの最下位脱出に新人ながら大きく貢献した。
2008年、3月26日、開幕5戦目のオリックス戦(京セラ)で先発し、初の無四球完封勝利。この試合がチームのシーズン初勝利試合となった。さらに4月23日のソフトバンク戦でも無四球完封勝利を上げるなど好調だったが、交流戦の後半ごろから調子を落とし、その後の成績が奮わず、先発ローテーションを外され、中継ぎに回るようになるが、中継ぎでも昨年のような安定した投球をすることが出来ず、二軍落ちも経験する。最終的には6勝7敗、防御率も1点台悪化させてしまい、昨年の成績を下回ってしまった。しかしその年のハワイ・ウィンターリーグに聖沢諒、枡田慎太郎と共に参加し、リーグ最多勝利と最多奪三振、最多投球回を記録するなど大いに活躍し、最優秀投手に選ばれた。
2009年、6月20日の阪神タイガース戦3回戦にて、3回表にチームが打者一巡の猛攻を見せる中で2度打席が回り、リーグ16人目となる1イニング2三振の珍記録を達成してしまった。前半戦、チームで唯一ローテを守って活躍した永井怜に対し、7月22日のスカイAのインタビューで野村克也監督は「先発ピッチャーの中で唯一ふんばって頑張ってくれている。ありがたい」とコメントした。9月9日のオリックス戦で完投勝ちし、10勝目。自身初のシーズン2ケタ勝利を達成。このシーズンはチームでただ一人ローテを開幕から閉幕まで守り、13勝7敗という好成績を挙げチーム2位の躍進に貢献した。
2010年1月11日に元モデル木谷真美と入籍[1]。春季キャンプでは新球シュートを習得した。しかしシーズンに入ると昨季よりも与四球や被安打が大幅に増え、投球回数は増えたものの全体的にムラのあるピッチングが目立ってしまい、シーズン最終登板で何とか2年連続の2桁勝利を挙げたが10敗を喫した。
2011年5月20日、第1子となる長女が誕生[2]。シーズン序盤から田中将大とともに先発ローテーションを支えていたが、7月3日のロッテ戦(Kスタ)で登板中に右肩を故障。一旦戦列を離れ、再び先発として一軍に戻ったがまたしても右肩を故障、そのままシーズンを終えた。規定投球回には到達しなかったもののチーム2位の2完封をマークし、防御率も2.85だったが打線との巡り合わせが悪く、援護率は2.49という低さの影響もあって4勝5敗という成績に終わった。
[編集] プレースタイル
野球選手としては細身ではあるが、オーバースローから投げる平均球速約140km/h[3]、最速147km/hのストレートとスライダー、カーブ、フォーク、ツーシームを投げ分ける。2010年からはシュートの習得にも挑戦している。
SFF以外に抜群の球種はないが、しつこく低めを狙っていく投手である。制球力も比較的良く、楽天キャンプ時に臨時投手コーチで就任した江川卓も高く評価した[要出典]。しかし調子が悪くボールのキレがない日は、変化球を見切られたり決め球のSFFがすっぽ抜ける場合があり[要出典]、四球も多くなる。全く相手を寄せ付けない試合もあれば序盤に大量失点してしまい試合を壊してしまう時もあり、調子のムラが激しい投手でもある。かつては100球を前に疲れを見せる事もあり先発投手としてのスタミナに課題があったが、2009年は田中将大の6完投に迫るチーム2位タイ(同率2位は岩隈久志)の5完投を挙げるなど、改善が見られる。
プロ入り以来、ほとんどの試合で同期入団かつ同い年の嶋基宏とバッテリーを組んでいたが、2009年8月以降は中谷仁と組むことが多くなっている。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | 楽天 | 38 | 16 | 0 | 0 | 0 | 7 | 7 | 0 | 1 | .500 | 542 | 127.0 | 117 | 14 | 51 | 2 | 8 | 98 | 3 | 0 | 55 | 51 | 3.61 | 1.32 |
| 2008 | 27 | 15 | 2 | 2 | 1 | 6 | 7 | 0 | 0 | .462 | 521 | 117.1 | 121 | 17 | 47 | 0 | 4 | 111 | 6 | 0 | 68 | 61 | 4.68 | 1.43 | |
| 2009 | 26 | 26 | 5 | 2 | 0 | 13 | 7 | 0 | 0 | .650 | 703 | 171.0 | 153 | 17 | 50 | 2 | 8 | 144 | 7 | 0 | 69 | 65 | 3.42 | 1.19 | |
| 2010 | 27 | 27 | 4 | 1 | 0 | 10 | 10 | 0 | 0 | .500 | 779 | 182.2 | 173 | 20 | 69 | 0 | 3 | 125 | 4 | 0 | 82 | 76 | 3.74 | 1.33 | |
| 2011 | 16 | 16 | 2 | 2 | 0 | 4 | 5 | 0 | 0 | .444 | 420 | 102.2 | 92 | 10 | 26 | 0 | 3 | 77 | 4 | 0 | 39 | 32 | 2.81 | 1.15 | |
| 通算:5年 | 134 | 100 | 13 | 7 | 1 | 40 | 36 | 0 | 1 | .526 | 2965 | 700.2 | 656 | 78 | 243 | 4 | 26 | 555 | 24 | 0 | 313 | 285 | 3.66 | 1.28 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 投手記録
- 初登板:2007年4月1日、対オリックス・バファローズ2回戦(フルキャストスタジアム宮城)、9回表に2番手で救援登板・完了、1回無失点
- 初奪三振:同上、9回表に北川博敏から
- 初先発・初勝利:2007年4月17日、対福岡ソフトバンクホークス4回戦(フルキャストスタジアム宮城)、8回2失点
- 初ホールド:2007年9月15日、対西武ライオンズ20回戦(グッドウィルドーム)、7回裏に2番手で救援登板、2回無失点
- 初完投勝利・初完封勝利・初無四球試合:2008年3月26日、対オリックス・バファローズ2回戦(京セラドーム大阪)
- 打撃記録
- 初安打:2011年6月6日、対東京ヤクルトスワローズ4回戦(明治神宮野球場)、3回表に館山昌平から中前安打
- その他記録
- オールスターゲーム出場:1回(2008年)
[編集] 背番号
- 30 (2007年 - )
[編集] 登場曲
- 『Life Is Cool』 スウィートボックス(2007年)
- 『L.O.V.E.』 クリスティーナ・ミリアン(2008年)
- 『恋シテル』 加藤ミリヤ(2009年)
- 『Circus(2009Remaster)』 ブリトニー・スピアーズ(2010年)
- 『Lovin' Life』 FUNKY MONKEY BABYS(2010年)
[編集] 脚注
- ^ 永井が結婚!お相手は初代「はとバスイメージガール」
- ^ 永井怜選手 第一子誕生のお知らせ2011年5月20日 東北楽天ゴールデンイーグルス・オフィシャルサイト
- ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2012年、67頁。ISBN 978-4-905411-04-8。
[編集] 関連項目
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