渡辺直人
| 横浜DeNAベイスターズ #2 | |
|---|---|
2011年4月3日 チャリティーマッチ:阪神戦
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 茨城県牛久市 |
| 生年月日 | 1980年10月15日(31歳) |
| 身長 体重 |
173cm 73kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 遊撃手、二塁手 |
| プロ入り | 2006年 大学生・社会人ドラフト5巡目 |
| 初出場 | 2007年4月17日 |
| 年俸 | 6,300万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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渡辺 直人(わたなべ なおと、1980年10月15日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手(内野手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
野球を始めたのは小学3年生。牛久市立下根中学校、茨城県立牛久高校、城西大学を経て2003年、三菱ふそう川崎に入社する。
入社1年目の2003年、3年目の2005年に都市対抗野球大会にて優勝を経験、自身も遊撃手として出場し勝利に貢献した。その後2006年、第16回IBAFインターコンチネンタルカップ日本代表入りを果たし、全9試合に出場、.357のハイアベレージを記録。社会人ベストナインの一人に選ばれた。社会人時代の背番号は2番。
2006年の大学生・社会人ドラフトにて東北楽天ゴールデンイーグルスより5巡目指名を受けて入団。
[編集] 楽天時代
- 2007年
- 開幕一軍は逃したが、4月17日に一軍登録され、その日の対ソフトバンク戦7回裏にリック・ショートの代走として出場し、8回表からは遊撃の守備に就き、一軍初出場。翌日の18日には遊撃手として初の先発出場を果たし、3回裏の初打席は杉内俊哉の初球を叩き二塁ゴロに倒れた。7回裏には一塁内野安打で出塁し、鷹野史寿の右前安打で一塁から生還、初得点を挙げた。7月24日の対西武戦9回表に初本塁打を記録した。当初は遊撃の守備要員という扱いであったが、打席でも力を見せたため先発出場が増え、結果遊撃手のレギュラーとして完全に定着した。8月23日の対ロッテ戦で、サヨナラエラーを含む3失策をしている。打率は3割前後をキープし、新人王有力候補とも言われたが、プロの壁は厚く徐々に打率を下げていってしまった。一方で打順は当初下位を打っていたが、後半は鉄平に代わって一番を務めることも多くなった。打率は.268だったものの、盗塁数はリーグ7位の25盗塁(成功率.833)と俊足ぶりを見せつけた。この年ルーキーとして両リーグ通じてただ一人規定打席に到達した。三振率.105はチームメイトのリックと並んでリーグ最少で、非常に三振の少ないバッターである。
- 2008年
- 1月30日、球団から入籍が発表された。開幕戦に1番遊撃手で出場。「出塁率を上げる」という目標から打席で粘って四死球で出塁というスタイルで高出塁率を維持。一時期は打率が2割台ながら出塁率が4割を超えていた時期もあった。しかし交流戦で三盗の際ヘッドスライディングをした影響で肩を負傷。重い怪我ではなかったものの、怪我の影響で打撃不振になってしまい、結果としてこの怪我が尾を引き、後半は下位や他の選手にスタメンを譲る事が多くなってしまった。打率は.251と規定打席到達では26位と奮わなかったものの、盗塁数は前年より増えて34盗塁とリーグ2位、盗塁成功率は.850であった。死球は22とダントツだった(シーズン記録では2004年の城島健司と同数の5位)。
- 2009年
- 開幕戦は9番遊撃手で出場。6月5日の対ヤクルト戦で6回裏に、二塁手の小坂誠が遊撃の守備に就き、遊撃手の渡辺が初めて二塁の守備に就いた。翌日の6日には二塁手として先発出場した。主に1番の他に2番での先発出場も多くなり、3年連続でチームトップとなる26盗塁を記録した。このシーズンは守備が安定し、6失策と初めて失策が一桁に止まり、守備率.988でリーグトップを記録した[1]。
- 2010年
- この年は115試合に出場したものの、マーティ・ブラウン新監督の若手重視の起用と自身の不調が重なって規定打席には到達せず、成績も全体的に過去最低となった。守備率は.984で遊撃手として2年連続パ・リーグ守備率1位となった[1]。
- オフに契約更改後、金銭トレードで横浜ベイスターズに移籍。移籍に至る経緯は後述する。
[編集] 横浜時代
- 2011年
- 2月1日から始まった横浜のキャンプに参加。実戦で一度も遊撃を守ることなく二塁にコンバートされたが、若手の特守にも志願して毎日参加しアピールを行った結果、4月12日の開幕戦でスタメンを勝ち取った。4月24日の対阪神戦では下柳剛から自身2年ぶりとなるホームランを放った[1]。7月には監督推薦で自身初となるオールスターに選出された。仙台で開催されたオールスター第三戦目では9番・二塁手としてスタメン出場、2安打を放ち、敢闘選手賞を獲得した[3]。夏場に調子を落とし藤田一也との併用の時期もあったが、正遊撃手の石川雄洋の怪我により9月終盤からは移籍後初となる遊撃に回った。最終的には、チーム方針により少なかった盗塁数以外は例年並みの成績を残した。
[編集] プレースタイル
俊足巧打の遊撃手。50m走6秒0の俊足を活かした軽快な遊撃守備から、三菱ふそう川崎時代は平成の牛若丸と称され、不動の二番打者として活躍した。打撃は引っ張る傾向が強いものの小技型で、二・三塁打も多いが右打ちも得意としている。
[編集] 打撃
プロ入り時は右肩が下がるアッパー気味のスイングをしており(三菱ふそう川崎の選手の特徴とも言われている)、入団初年度には監督の野村克也に「お前のスイングでは通用しない」とレベルスイングの必要性を2時間に渡って説かれ、開幕直前に矯正のために二軍降格となった。シーズンに入ってからも、事あるごとに野村監督からアッパースイングにならないようにアドバイスや指導を受けている。その都度、短期間で悪い部分を修正してくるので、その修正能力の高さを「いい選手をとった」と野村監督は評価している。
入団以来、打撃は可もなく不可もなくといった成績を残しているが、2008年からは出塁率を上げるためファウルで粘って投手に球数を投げさせた上で四球を選んだり、死球で塁に出たりと出塁率は高い[4]。そのため三振が少なく、なかなか球を避けようとしないため死球の数が多いのも特徴である。1年目の2007年からリーグ6位の12死球を記録し、2008年は7月28日に2打席連続死球を記録し、オールスター前にもかかわらず20個に到達した。しかし、現在までに死球による故障離脱は1度もしていない。
[編集] 走塁
俊足を元来の武器としているため、塁に出ればかき回せる選手であり、盗塁についてはルーキーイヤーの2007年は25盗塁、2008年はリーグ二位の34盗塁を記録し、失敗が6と非常に高い成功率を残した。2009年は26盗塁で失敗が7、盗塁成功率.788と僅かに3年連続盗塁成功率.800以上には及ばなかったものの、依然として高い盗塁成功率を維持した。盗塁数もさる事ながら、高い成功率を叩き出す盗塁技術も大きな武器である。
[編集] 守備
守備範囲は広く、ダイビングキャッチなどからのファインプレーも多い選手だが、ここ一番でのエラー・送球ミスもやや多い。安定感のある堅実な守備というよりも、恵まれた敏捷性を生かした感性型のグラブさばきを見せる選手である。2009年、2010年と連続して遊撃手としてはリーグトップの守備率を記録した[5]。
[編集] 異例の契約更改後の金銭トレード
2010年シーズン終了後の12月1日に次年度シーズン5300万円(推定)で楽天との契約更改を済ませていたが、8日になって金銭トレードでの横浜ベイスターズ移籍の方針が両球団の間で決まり、練習先の千葉県から仙台に呼び戻された渡辺に9日に通告された[6][7][8][9][10]。
この移籍は、大リーグから松井稼頭央・岩村明憲両内野手を獲得したため同じ内野手である渡辺の出場機会が減少する可能性があった楽天と、内野手の補強を目指していた横浜との間で思惑が一致して決断されたとも報道された[8][10]が、一方でポスティングシステムによって大リーグ移籍を目指していた岩隈久志の入札金を補強費として見込んでいた楽天球団が、岩隈の残留によって入札金が入らず補強費不足となり、人的補償の無い金銭トレードに向かったとも報道された(ただし、球団側は否定している)[8][9]。
同年オフに選手会副会長に就任し、プロ4年目でチームの精神的支えとなっていた選手の放出はチーム内に大きな波紋を呼び、渡辺の涙のトレード会見[9][11]の翌10日に契約更改に臨んだ鉄平(渡辺と合同自主トレをしてきた)、草野大輔(渡辺と社会人野球時代からの知己)、嶋基宏(渡辺と同期入団)が各々の記者会見の席上で、自らの話題よりも渡辺のトレードの件にふれて言葉をつまらせ、涙を流した[3][12][13][14]。
11日には、山崎武司が「出すべき選手ではなかった」と渡辺のトレードに疑問を投げかけ[5]、前述の契約更改の様子を聞いた田淵幸一コーチも「渡辺だけは出すべきじゃなかった」とコメントしたと報じられた[3]。同日夕方、仙台放送『スポルたん!LIVE』に渡辺が急遽出演し、渡辺の特集が組まれた。鉄平、嶋、そして意図せずして今回のトレードの関連人物の1人となってしまった岩隈がスタジオに急遽駆けつけ、花束を渡した[15]。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | 楽天 | 119 | 472 | 410 | 60 | 110 | 17 | 1 | 2 | 135 | 26 | 25 | 5 | 16 | 2 | 32 | 0 | 12 | 43 | 6 | .268 | .329 | .338 | .667 |
| 2008 | 132 | 567 | 470 | 79 | 118 | 11 | 2 | 0 | 133 | 30 | 34 | 6 | 19 | 2 | 54 | 2 | 22 | 66 | 6 | .251 | .354 | .283 | .637 | |
| 2009 | 125 | 547 | 463 | 79 | 128 | 24 | 2 | 1 | 159 | 28 | 26 | 7 | 19 | 3 | 55 | 1 | 7 | 69 | 13 | .276 | .360 | .343 | .703 | |
| 2010 | 115 | 425 | 355 | 43 | 94 | 14 | 1 | 0 | 110 | 26 | 12 | 3 | 20 | 1 | 39 | 1 | 10 | 43 | 8 | .265 | .353 | .310 | .663 | |
| 2011 | 横浜 | 126 | 469 | 403 | 33 | 107 | 16 | 2 | 1 | 130 | 24 | 7 | 5 | 19 | 0 | 36 | 0 | 11 | 73 | 13 | .266 | .342 | .323 | .665 |
| 通算:5年 | 617 | 2480 | 2101 | 294 | 557 | 82 | 8 | 4 | 667 | 134 | 104 | 26 | 93 | 8 | 216 | 4 | 62 | 294 | 46 | .265 | .350 | .317 | .667 | |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 年度別守備成績
| 年 度 |
遊撃 | 二塁 | ||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 |
順 位 |
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 |
順 位 |
|
| 2007 | 119 | 156 | 329 | 13 | 65 | .974 | 3 | - | ||||||
| 2008 | 131 | 186 | 360 | 16 | 62 | .972 | 5 | - | ||||||
| 2009 | 124 | 175 | 337 | 6 | 78 | .988 | 1 | 5 | 8 | 10 | 0 | 1 | 1.000 | - |
| 2010 | 111 | 165 | 312 | 8 | 58 | .984 | 1 | - | ||||||
| 2011 | 21 | 33 | 50 | 1 | 11 | .988 | - | 97 | 230 | 267 | 9 | 54 | .982 | 6 |
| 通算 | 506 | 715 | 1388 | 44 | 274 | .980 | - | 102 | 238 | 277 | 9 | 55 | .983 | - |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 記録
- 初出場:2007年4月17日、対福岡ソフトバンクホークス4回戦(フルキャストスタジアム宮城)、7回裏にリック・ショートの代走として出場
- 初先発出場:2007年4月18日、対福岡ソフトバンクホークス5回戦(フルキャストスタジアム宮城)、8番・遊撃手として先発出場
- 初安打:同上、7回裏に杉内俊哉から一塁内野安打
- 初盗塁:2007年4月28日、対北海道日本ハムファイターズ7回戦(フルキャストスタジアム宮城)、9回裏に二盗(投手:MICHEAL、捕手:高橋信二)
- 初打点:2007年5月11日、対オリックス・バファローズ6回戦(スカイマークスタジアム)、3回表にトム・デイビーから二塁ゴロ野手選択の間に記録
- 初本塁打:2007年7月24日、対西武ライオンズ14回戦(グッドウィルドーム)、9回表にアレックス・グラマンから左越2ラン
- 100盗塁:2011年7月13日、対広島東洋カープ10回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、7回表に二盗(投手:中村恭平、捕手:倉義和)
- オールスターゲーム出場:1回 (2011年)
[編集] 背番号
- 2 (2007年 - )
[編集] 登場曲
- 「栄光の架橋」 ゆず(2007年,2009年 - )
- 「HIGH G.K LOW 〜ハジケロ〜」 GReeeeN(2008年)
- 「Out Here Grindin'」 DJ Khaled(- 2011年4月)
- 「Shots」 LMFAO feat.Lil Jon(2011年4月 - )
[編集] 出典
- ^ a b c 2011年5月7日放送のTBS『プロ野球開幕スペシャル 俺たちはまだ負けられない』より。
- ^ 「渡辺選手 入団会見」 横浜ベイスターズ(2010年12月21日)、2011年11月18日閲覧。
- ^ a b c 「渡辺 古巣・楽天の本拠地で恩返しの敢闘選手賞受賞」 Sponichi Annex(2010年7月25日)、2011年11月18日閲覧。
- ^ 「今までの横浜ナインの野球感を覆す、カウント1-3における渡辺直人の選択。」 Sports Graphic Number(2010年12月27日)、2011年11月18日閲覧。
- ^ a b 「人気と戦力以外に必要なことがある! 楽天が渡辺直人と共に放出したもの。」 Sports Graphic Number(2010年12月14日)、2011年11月18日閲覧。
- ^ 「トレードのお知らせ」 横浜ベイスターズ(2010年12月9日)、2011年11月18日閲覧。
- ^ 「トレードのお知らせ」 東北楽天ゴールデンイーグルス(2010年12月9日)、2011年11月18日閲覧。
- ^ a b c 「岩隈残留“余波”…楽天、契約更改済みの生え抜き放出」 Sponichi Annex(2010年12月9日)、2011年11月18日閲覧。
- ^ a b c 「渡辺、横浜に金銭トレード 楽天」 河北新報(2010年12月10日)、リンク切れ。
- ^ a b 「楽天・渡辺直、横浜へトレード」 デイリースポーツ(2010年12月9日)、2011年11月18日閲覧。
- ^ 「【楽天】渡辺「離れるのは寂しい…」」 日刊スポーツ(2010年12月9日)、2011年11月18日閲覧。
- ^ 「楽天3選手号泣更改…渡辺直トレードで」 デイリースポーツ(2010年12月10日)、2011年11月18日閲覧。
- ^ 「渡辺トレードに楽天号泣更改」 サンケイスポーツ(2010年12月11日)、リンク切れ。
- ^ 「渡辺トレードに男3人涙、涙、涙 東北楽天」 河北新報(2010年12月11日)、リンク切れ。
- ^ 2010年12月11日放送の仙台放送『スポルたん!LIVE』より。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 渡辺 直人 - 横浜ベイスターズオフィシャルサイト
- 個人年度別成績 【渡辺直人 (横浜ベイスターズ)】 - 日本野球機構オフィシャルサイト
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