田中雅彦

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田中雅彦
千葉ロッテマリーンズ No.39
基本情報
国籍 日本
出身地 大阪府
生年月日 1982年1月9日(26歳)
身長
体重
175cm
75kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 捕手
プロ入り 2003年 4巡目
初出場 2007年5月27日
年俸 950万円(推定)
経歴
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田中 雅彦(たなか まさひこ、1982年1月9日 - )は、大阪府出身のプロ野球選手千葉ロッテマリーンズ所属。ポジションは捕手だが、内野二塁三塁)も守る。背番号39番。

目次

[編集] 来歴・人物

PL学園高では田中一徳と同期で、1年次の秋から捕手としてベンチ入りし、1998年 選抜大会ではベスト4、選手権大会はベスト8にチームが進出。地方大会では出場はなかったものの、選手権大会本大会準々決勝の対横浜戦では正捕手の石橋勇一郎が負傷したため急遽出場した(「PL学園対横浜延長17回」の項目も参照)。レギュラーとなった2年次の秋以降は1999年選抜大会でベスト4、夏の選手権大会は大阪府大会ベスト4だった。

高校卒業後は近畿大に進み、1年次からレギュラーとなる。同期に野村宏之がおり、2000年の1年秋の関西学生野球連盟秋季リーグでは優勝し、早くもベストナインに選ばれた。2年次の秋季リーグでも優勝、2002年の3年次は春季リーグで優勝してベストナインに選ばれ、大学野球選手権では三回戦で敗退した。秋季リーグも優勝し、MVPとベストナインに選ばれる。4年次の2003年は春季リーグで優勝しベストナイン、大学野球選手権では二回戦で敗退している。

2004年千葉ロッテマリーンズに入団。持ち味の俊足と打力を生かすため、入団後捕手から内野手(二塁手三塁手)にコンバートした。捕手登録であり二軍では毎年10試合以上捕手も守るが、現在は内野手としての出場のほうが多い。2005年は二軍で打率.280、10盗塁、2006年も二軍で打率.254、11盗塁を記録し、俊足をアピールした。

2007年、二軍で9盗塁・打率.318(イースタン・リーグ6位)の好成績を残し、西岡剛が欠場した6月30日に1番・三塁手として一軍初スタメン出場。6月14日には途中出場でプロ初安打も放ち、この試合は大差で勝ち、打のヒーローが居なかったことからヒーローインタビューにも呼ばれた。ファンからは「二軍に落ちるなよ!」など野次も飛んだが、その後安打を放つことはできず結局すぐに二軍に落ちてしまった。結局この年、一軍では打率.063とアピールできなかった。二軍では二塁手21試合、三塁手8試合、捕手11試合、さらに遊撃も11試合守った。しかし、二塁、遊撃、捕手は無難にこなしたものの、三塁はたった8試合の出場ながら3失策を記録してしまい、守備率は.792だった(ちなみに2006年も三塁守備は37試合で8失策、守備率は.886だった)。なお、応援歌は2008年よりウインズのNEVER GIVE UPを使用。

[編集] 通算成績(2007年シーズン終了時)

  • 14試合 16打数 1安打 0本塁打 1打点 打率.062

[編集] 記録

[編集] 関連項目

千葉ロッテマリーンズ
2003年ドラフト指名選手
1巡目:内竜也 / 3巡目:杉原洋 / 4巡目:田中雅彦 / 5巡目:三島輝史 / 6巡目:成瀬善久 / 7巡目:藤井宏海