中村悠平
| 東京ヤクルトスワローズ #52 | |
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2011年10月15日、横浜スタジアムにて
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 福井県大野市 |
| 生年月日 | 1990年6月17日(21歳) |
| 身長 体重 |
178cm 72kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 2008年 ドラフト3位 |
| 初出場 | 2009年10月2日 |
| 年俸 | 530万円(2010年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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中村 悠平(なかむら ゆうへい、1990年6月17日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手(捕手)。
目次 |
[編集] 来歴・人物
[編集] プロ入り前
下庄小学校で5年生の時に友達から誘われ、野球を始める[1]。最初の守備位置はレフトで、その後内野も一通り経験し、小5の夏から捕手になった[1]。陽明中では3年時に県選抜チームの「福井クラブ」で全日本少年軟式野球大会に出場した[2]。
福井県立福井商業高等学校では、強肩強打を武器に1年秋から正捕手となり、2年連続の夏の甲子園出場に貢献した。2007年夏の甲子園は緒戦敗退。翌2008年夏の甲子園では初戦で酒田南高等学校を破り2回戦に進出したものの、橋本到を擁する仙台育英学園高等学校に惜敗し、ベスト16入りはならなかった。
高い身体能力を持っており、スポーツ用品メーカーが高校球児を対象に行っている体力測定では過去数人しか記録していない最高レベルを記録した[3]。憧れの選手には古田敦也をあげており、投げ方を真似したこともある[1]。二塁送球は最速1.78秒、50メートル走は6.1秒を記録している。高校1年次から3年までの2年間、テレビ中継で谷繁元信や矢野燿大を参考に記録したリード研究用のノートは、10冊を超えたという[4]。
東京ヤクルトの他に阪神、中日、日本ハム、巨人、横浜などからも高評価を得ていた。2008年度ドラフト会議で東京ヤクルトスワローズの3巡目指名を受け、契約金4500万円、年俸480万円(金額は推定[2])で入団した。福井商業高校から東京ヤクルト及びその前身球団に入団した初の選手となった。その後中村は、契約金の一部から母校にピッチングマシンを贈っている[5]。
[編集] プロ入り後
2009年の春季キャンプは二軍スタートながら、2月21日の対起亜タイガース戦(練習試合)で逆転2ラン本塁打を放つ活躍をみせた。その後、3月29日の対埼玉西武ライオンズ戦(オープン戦)で途中出場し、アレックス・グラマンと対戦して三振に倒れる。開幕も二軍で迎えたが試合では先発出場することが多く、5月5日の対北海道日本ハムファイターズ戦(イースタン・リーグ)では星野八千穂から自身公式戦初の本塁打を放った。6月に故障で離脱するも、7月上旬に復帰する。7月23日のフレッシュオールスターゲームでは6回表に登場して適時打を放つと、その裏から赤川克紀とバッテリーを組んで2回を無失点に抑える活躍を見せた。イースタン・リーグでは最終的に打率.301・2本塁打・22打点・2盗塁、守備率.991の好成績を記録している。
9月29日、負傷によって抹消された相川亮二と入れ替わりで初昇格し、10月2日の対広島東洋カープ戦(明治神宮野球場)で7回裏に代走としてプロ初出場。10月6日の対横浜ベイスターズ戦(横浜スタジアム)では5回表に由規の代打でプロ初打席に立つと、その裏から一軍公式戦で初めて捕手として守備に就いて後続を無失点に抑え、高田繁や初バッテリーを組んだ松井光介から賞賛を受けた[6]。最終的に安打は生まれなかったものの、守備に就いた3試合・合計10回2/3を無失点で切り抜け、チームも3試合共に逆転勝ちを収めている。10月12日の対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)では、鈴木尚広の二盗を刺して初の盗塁阻止も記録した。
2010年は2年目ながら春季キャンプで一軍スタートが決定[7]。紅白戦では飯原誉士の二盗を阻止するなど、首脳陣から高評価を得ている。この年に台湾で開催された第17回IBAFインターコンチネンタルカップ日本代表に選ばれた。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | ヤクルト | 5 | 5 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | .200 | .000 | .200 |
| 2010 | 3 | 6 | 6 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | .333 | .333 | .500 | .833 | |
| 2011 | 13 | 6 | 6 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .333 | .333 | .333 | .667 | |
| 通算:3年 | 21 | 17 | 16 | 3 | 4 | 1 | 0 | 0 | 5 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 0 | .250 | .294 | .313 | .607 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初出場:2009年10月2日、対広島東洋カープ24回戦(明治神宮野球場)、7回裏に畠山和洋の代走として出場
- 初打席:2009年10月6日、対横浜ベイスターズ23回戦(横浜スタジアム)、5回表に由規の代打で出場、桑原謙太朗の前に遊撃ゴロ
- 初先発出場:2010年4月14日、対広島東洋カープ5回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、8番・捕手として先発出場
- 初安打・初打点:同上、2回表に齊藤悠葵から中前適時打
[編集] 背番号
- 52 (2009年 - )
[編集] 脚注
- ^ a b c 2009年1月27日公式サイト「ルーキーの素顔★中村選手、日高投手、新田選手編」2009年7月26日閲覧。
- ^ a b SponichiAnnex「NPB選手名鑑(2009年)」
- ^ 『報知高校野球』による。
- ^ 2008年8月8日「デイリースポーツ」による。
- ^ 2009年4月2日付け中日新聞ウェブサイト「ヤクルト中村選手が母校に恩返し 福井商にピッチングマシン」(リンク切れ)
- ^ 「1年生捕手の中村を監督絶賛」2009年10月12日閲覧。
- ^ 東京ヤクルトスワローズ公式サイト“2010年春季キャンプ参加メンバー”. 2010年1月24日閲覧。
[編集] 関連項目
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