川本良平

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川本 良平
千葉ロッテマリーンズ #39
2013chibalotte kawamoto.jpg
2013年
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 広島県呉市
生年月日 1982年4月28日(32歳)
身長
体重
178 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手外野手一塁手
プロ入り 2004年 ドラフト4巡目
初出場 2007年7月7日
年俸 2,000万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

川本 良平(かわもと りょうへい、1982年4月28日 -)は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手捕手)。

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

中学1年でシニアで捕手を始め、高校は崇徳高校に進学。高校通算打率4割超、25本塁打と強打の捕手として大活躍したが、県大会はベスト8止まりで甲子園出場はならなかった。亜細亜大学では2年上に小山良男(元中日)がいたため、2年までは一塁手と外野を主に守っていた。2年次に亜大の春秋連覇に貢献し、内野手として日米大学野球選手権大会代表にも選ばれた。その後小山の卒業後に正捕手に定着した。東都大学リーグ通算82試合出場、262打数56安打、打率.214、3本塁打、19打点。ベストナイン1回。大学では打撃の確実性に苦しんだが、2004年のドラフト会議では、早くから川本をマークしていたヤクルトスワローズから指名を受けた。4巡目ながら推定契約金が上限の1億円と、自由枠待遇の契約でプロ入りしている。背番号も古田敦也(当時27)の「次」である「28」を与えられるなど、入団当初からポスト古田と期待された。

ヤクルト時代[編集]

ヤクルト時代(2008年7月16日、阪神甲子園球場)

2005年は新人ながら一軍キャンプスタートを勝ち取り、古田から打撃のアドバイスを受けるなど貴重な経験を積んだ。早くから一軍を経験させるため、4月19日に登録枠が空いた際には、ごく短期間ながら一軍にも登録されたが、選手としての出場はならなかった。二軍では早くから起用され、フレッシュオールスターにも捕手として内定していた。しかし左手首を故障して、出場を辞退することになった。8月に手首の手術を決断し、残りのシーズンはリハビリに当てることになった。

2006年は故障明けであることから二軍スタートであったが、二軍で正捕手の座を確保。チーム最多の66試合に捕手として出場した。打率.216、2本塁打ながら、プロのスピードに慣れてきた。2007年1月23日に一般人の女性との結婚を発表した。

2007年も二軍スタートとなったが、開幕から好調を保ち、俊足を活かして外野にも挑戦。打撃も二軍では力上位と言いうる存在になってきており、シーズンも半ばを過ぎた7月頭には、打率・打点・本塁打・盗塁・得点の5部門でチームトップの成績を残し、その事が評価され一軍に昇格した。7月7日の対巨人戦で一軍初出場初スタメンを果たし、5回に深田拓也から放った初安打がプロ初本塁打(3点本塁打)となり、さらにその試合で投手陣を好リードして完封リレーに導くなど、鮮烈なデビューを飾った。7月19日には、2年前に辞退したフレッシュオールスターに5番一塁手で出場。その後8月半ばから一軍捕手のスタメンに定着し、打率こそ.208と低いものの、最終的に51試合出場、7本塁打、6盗塁、19打点の活躍を見せた。また、二軍では打率.315、6本塁打、12盗塁を記録した。

2008年は3年ぶりの一軍キャンプスタートとなったが、2月8日に全治一ヶ月の左太股の肉離れを発症し出遅れることとなった。二軍では前年同様に力上位のところを見せ、5月29日に一軍に昇格した。6月半ばまでは打率3割を維持するなど、このまま正捕手定着となるかと思わせたが、捕球のミスなどで信頼を掴みきるにはいたらず、打撃成績も徐々に低下した。7月から8月にかけてはベンチスタートの機会も増え、盗塁阻止率リーグ1位を記録した福川将和との併用が続くなど、前年の勢いを逸する形となった。

2009年横浜からFA移籍してきた相川亮二により、正捕手争いが更に激化。結果として第二・第三捕手としてベンチを暖めることが多い中、8月7日の巨人戦で自身初の満塁本塁打を放ち、CS争いが激しく繰り広げられていた最中に相川がわき腹の肉離れにより離脱。残り試合のマスクを被ることになり、10月6日からの6連勝、およびCS出場に貢献した。10月8日の阪神戦では大きな追加点となる3号2ラン本塁打などシーズン終盤で大きな働きをみせた。

2010年も前年と同様に控え捕手として一軍に帯同。4月3日の横浜戦では山口俊から球団としては40年ぶりの代打逆転サヨナラ本塁打を放ち、10月8日の巨人戦では延長10回表に高木康成から勝ち越しとなる3ラン本塁打を放つなどの活躍はあったものの、本塁打はわずかにこの2本だけ。打率も.190と精彩を欠いた。

2011年は正捕手・相川に次ぐ二番手捕手として活躍。後に「ドライチ4兄弟」の異名をとる増渕竜義村中恭兵由規赤川克紀らの登板試合では先発マスクを被る機会が多く、強気のリードで若手投手の成長と躍進を支えた。また、代走での出場機会も多かった。 9月2日の巨人戦で走塁時に負傷。当初は右足首ねん挫と発表されたが、後に両足靱帯断裂と判明しそのままシーズンを終えた。

2012年中村悠平の台頭に伴い出場機会が激減した。

ロッテ時代[編集]

2013年3月25日田中雅彦との交換トレードで千葉ロッテマリーンズへ移籍[1]。正捕手・里崎智也の不調もあり、江村直也金澤岳と共に併用され、47試合に出場した。

選手としての特徴[編集]

パンチ力のある捕手であり[2][3]、捕手ながら走力も兼ね備えている[4][5][注釈 1]。以前は肩が弱点であったが、2007年には盗塁阻止率.410を記録した[4]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2007 ヤクルト 51 166 144 22 30 3 2 7 58 19 6 0 3 2 14 0 3 38 1 .208 .288 .403 .691
2008 65 176 154 18 39 12 1 2 59 21 0 1 3 2 12 1 5 50 6 .253 .324 .383 .707
2009 39 73 66 8 13 1 0 3 23 9 0 0 2 0 4 0 1 15 3 .197 .254 .348 .602
2010 42 88 79 9 15 3 0 2 24 9 1 1 0 2 6 0 1 18 2 .190 .250 .304 .554
2011 42 83 75 7 13 1 1 2 22 4 1 0 1 0 5 0 2 23 0 .173 .244 .293 .537
2012 27 47 43 4 11 2 0 1 16 4 0 1 0 0 3 1 1 13 1 .256 .319 .372 .691
2013 ロッテ 47 103 91 5 17 2 0 0 19 5 1 0 6 0 6 0 0 25 1 .187 .237 .209 .446
2014 21 41 38 2 6 2 0 2 14 6 0 0 3 0 0 0 0 8 0 .158 .158 .368 .526
通算:8年 334 777 690 75 144 26 4 19 235 77 9 3 18 6 50 2 13 190 14 .209 .273 .341 .613
  • 2014年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]

捕手
守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 捕逸 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率
2007 .988 49 305 19 4 1 3 17 10 7 .412
2008 .989 63 352 21 4 3 2 26 22 4 .154
2009 1.000 25 111 10 0 2 1 9 7 2 .222
2010 .987 25 143 13 2 1 2 14 11 3 .214
2011 1.000 29 141 19 0 1 2 4 2 2 .500
2012 1.000 16 67 4 0 0 0 6 6 0 .000
2013 .985 46 182 16 3 1 3 18 12 6 .333
2014 .985 21 49 7 0 0 1 10 7 3 .300
通算 .991 274 1350 109 13 9 14 104 77 27 .260

記録[編集]

背番号[編集]

  • 28 (2005年 - 2013年)
  • 39 (2013年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 大学時代は中堅手としても好守備を見せており、50メートル走のタイムは6秒1[6]
  2. ^ テレビドラマ『空から降る一億の星』挿入歌[7]

出典[編集]

  1. ^ トレード成立のお知らせ
  2. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2010』 白夜書房、2010年、126頁。ISBN 978-4-86191-595-6
  3. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2011』 白夜書房、2011年、126頁。ISBN 978-4-86191-710-3
  4. ^ a b 『野球小僧 世界野球選手名鑑2008』 白夜書房、2008年、73頁。ISBN 978-4-86191-374-7
  5. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2009』 白夜書房、2009年、129頁。ISBN 978-4-86191-508-6
  6. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2006』 白夜書房、2006年、110頁。ISBN 978-4-86191-134-7
  7. ^ 2008年10月 アーカイブ”. 川本 良平オフィシャルブログ. 2014年5月12日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]