三木肇

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三木 肇
Hajime Miki
北海道日本ハムファイターズ No.33
基本情報
国籍 日本
出身地 大阪府大阪市
生年月日 1977年4月25日(31歳)
身長
体重
180cm
75kg
選手情報
投球・打席 右投両打
守備位置 内野手
プロ入り 1995年 1位
初出場 1997年4月5日
年俸 1,350万円(推定)
経歴
Template  ウィキプロジェクト 野球選手

三木 肇(みき はじめ、1977年4月25日-)は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手内野手)。血液型はA型。

元プロ野球選手の三木仁大阪近鉄オリックスに所属)は実弟。

目次

[編集] 来歴・人物

上宮高校時代は高校通算23本塁打を記録した強打者として知られ、1995年のドラフト会議ヤクルトスワローズに1位指名され入団。同級生は的場直樹福岡ソフトバンクホークス)等。

優れた身体能力から池山隆寛(現・東北楽天ゴールデンイーグルス打撃コーチ)の後継者として期待を寄せられたが、入団直後から手首を中心に怪我が頻発し、一軍に顔を出すようになってからも結果を出しては故障を繰り返している。特に打撃面が伸び悩み、1997年1999年は共に7打数無安打(1998年は打数なし)。2000年には待望のプロ初安打を放ち、2001年には79試合に出場し、またプロ初本塁打を放つなど飛躍のきっかけは掴んだものの、シーズン打率は共に2割を切り、首脳陣の評価を得るには至らなかった。

2004年以降は打撃開眼を期してスイッチヒッター転向に挑戦。この年は26打数7安打、翌2005年は11打数4安打とチャンスは少ないもののある程度の結果を残している。

2007年10月9日代打でプロ最終試合に出場した古田敦也選手兼任監督(当時)の代走に起用された。

2008年川島慶三橋本義隆押本健彦との交換トレードで、藤井秀悟坂元弥太郎と共に北海道日本ハムへ移籍(2008年1月18日公示)。

[編集] プレースタイル

  • 上述のように、度重なる手首の故障によってバッティングが伸びず、打撃に関しては若手時代に期待をかけられたほどの成績は残せていない。元は右打だったが、俊足に期待されて両打に転向した経緯がある。
  • 打撃とは対照的に、特に俊足には定評がある。単純な短距離走の能力は10代がピークだったと本人が『週刊ベースボール』のインタビューで語っており、その衰えを近年は走塁・盗塁の技術向上で補っているという。
  • 守備範囲には定評があるが、リストに問題がある為、送球の信頼度はさほど高くない。特に二塁での失策が多い。
  • ヤクルト時代は、専ら代走での出場から守備に付く起用がなされていた。しかし2002年以降は城石憲之の台頭や、野口祥順の成長、田中浩康らの入団もあり、内野手の控えの地位すらも固められないシーズンが続いていた。

[編集] 背番号

[編集] 通算成績(2007年シーズン終了時)

  • 342試合出場 打率.185 本塁打2 打点12 盗塁30

[編集] タイトル・表彰・記録

[編集] 初記録

[編集] 関連項目

ヤクルトスワローズ(現・東京ヤクルトスワローズ)
1995年ドラフト指名選手
1位:三木肇 / 2位:宮出隆自 / 3位:野村克則 / 4位:石井弘寿