藤井秀悟
| 横浜DeNAベイスターズ #00 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 愛媛県伊予市 |
| 生年月日 | 1977年5月12日(34歳) |
| 身長 体重 |
175cm 86kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1999年 ドラフト2位(逆指名) |
| 初出場 | 2000年4月1日 |
| 年俸 | 3,500万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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藤井 秀悟(ふじい しゅうご、1977年5月12日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手(投手)。
日本テレビアナウンサーの藤井恒久とは、はとこ(父方の祖父が兄弟)であることが「ズームイン!!サタデー」のプロ野球熱ケツ情報のコーナーで判明した。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
1993年に愛媛県立今治西高等学校へ入学する。「伊予の怪腕」と呼ばれ、同年夏の全国高等学校野球選手権愛媛大会決勝で、平井正史を擁する愛媛県立宇和島東高等学校と対戦するが3-5で敗れる。1995年の第67回選抜高等学校野球大会では4番打者としても活躍するが、準々決勝での投球中に左肘関節を脱臼、準決勝は登板出来ず敗退した。同年夏の県大会も怪我で登板出来ず、愛媛県立松山商業高等学校に4-5で敗れた。この時は一塁手として出場していた。
1996年、早稲田大学人間科学部に進学。エースとして活躍し、東京六大学リーグでは通算48試合登板で24勝10敗、防御率1.91、249奪三振の好成績を残す。2年生春にはベストナインに選ばれた。当時、日本生命硬式野球部で活躍していた福留孝介とは親友だった。1999年のドラフト会議で、ヤクルトスワローズから2位指名(逆指名)を受けて入団。
[編集] ヤクルト時代
プロ1年目の2000年は全てリリーフで31試合に登板。4月29日、後に所属する読売ジャイアンツとの試合でプロ初勝利を挙げた。
2001年は開幕前に山部太、高木晃次が相次いで故障したこともあって先発に転向。開幕から先発ローテーションに定着した。6月17日の対広島東洋カープ戦で初完封勝利。その後も好調を維持し、チームのリーグ優勝に貢献。セントラル・リーグ最多勝利を獲得、ベストナインにも選ばれた。大阪近鉄バファローズとの日本シリーズでは第2戦に先発したが、中村紀洋に本塁打を浴びて6回途中降板、試合は敗れたが黒星はつかなかった。
5月22日の対巨人戦において、ヤクルトが8-1と大量リードして迎えた9回表2死3塁の場面で遊ゴロを打ち全力疾走した。「自軍の大量リードの場面で、投手は打ってはならない」という球界の暗黙のルールを破ったとして、9回裏のマウンドに上がった藤井は巨人ベンチから野次を浴び涙ぐんだ。この後3連続死四球を与えるなどして降板、ヒーローインタビューも拒否した。この件については、大学時代から交友関係にある乙武洋匡に「ルールを知らなくてさ」と涙ながらに漏らしている。
2002年から背番号を18に変更。開幕投手を務め、11月の日米野球では2試合に登板し打者28人に対して5安打自責点1(1敗)の成績を残す。
2003年は開幕前から左肘の違和感を訴え、4月2日の試合で先発登板したものの3回途中で降板、翌日に左肘内側側副靭帯断裂が判明した。高校・大学時代は周辺の筋肉を鍛えることで克服してきたが、3度目となる故障で手術に踏み切り、この年は1試合の登板に終わった。
2004年5月26日の対中日ドラゴンズ戦で420日ぶりの登板、6月30日には復帰後初の勝ち星を挙げるが、8月19日に左膝靭帯を損傷し登録抹消。オフには扁桃腺除去手術を受ける。
2005年4月6日の対中日戦で14奪三振を奪い、前半戦は防御率・奪三振でリーグトップを独走するが、白星に恵まれなかった。監督推薦で出場したオールスターでは第1戦に登板、打者12人に対して6安打自責点4の成績。後半戦は血行障害を発症した9月だけで防御率が1点以上悪化するなど大きく失速するなど、3年ぶりの2桁勝利を上げたが獲得タイトル無しに終わる。5月5日の対中日戦では、タイロン・ウッズに顔付近へ投球したためウッズが抗議したが、藤井が舌を出し、これに激怒したウッズに右頬を殴打されて軽症を負った。藤井には舌を出す癖があり、これをウッズが挑発と誤解したことが暴行の原因とされている(ウッズは退場処分)。後年、この件に関してウッズと藤井は和解している[1]。
2006年4月16日の対中日戦(松山坊っちゃんスタジアム)で地元初勝利を飾ったが、勝ち負け数が並んだまま、8月10日に不振のため二軍落ち。
2007年7月4日の対阪神タイガース戦でプロ通算50勝を挙げるが、防御率5.05など自己ワーストに迫る成績に終わる。メジャーリーグ志向が強いことと、若手の積極起用の構想から、2008年1月11日に川島慶三・橋本義隆・押本健彦とのトレードで坂元弥太郎・三木肇と共に北海道日本ハムファイターズへ移籍する。
[編集] 日本ハム時代
2008年4月19日の対福岡ソフトバンクホークス戦で移籍後初勝利を挙げた。その後も先発ローテーションの一翼を担うが、ここでも打線の援護に恵まれず、3勝8敗と負け越して終わった。しかし、クライマックスシリーズ第1ステージ第2戦で先発した試合では、この年15勝を挙げた小松聖との投手戦を制し、チームの第2ステージ進出に貢献した。
2009年は交流戦後半に一時離脱するが、年間を通して先発ローテに入って7勝を挙げ、巨人との日本シリーズでも第5戦に先発し7回無失点と好投した。しかし、5回または6回で降板した試合がほとんどで規定投球回に達していないこともあり、11月9日に「新しい場所で成長したい」として移籍を前提としたFA権の行使を表明した[2]。前年から導入された国内FA権を行使したのは藤井が初めてである[3]。当初、広島東洋カープが獲得に乗り出していたが、本人が在京球団を強く希望したため、12月8日に読売ジャイアンツの入団が決定した。背番号は99。(4月21日の夕刊フジから一部引用)
[編集] 巨人時代
2010年5月3日、東京ヤクルトに対して勝利投手となり、史上8人目の12球団勝利を達成した。
2011年は中継ぎで1試合の登板に終わり、25%の減額制限を超える半額の3500万円で更改した。
[編集] 横浜DeNA時代
2012年1月、巨人へFA移籍した村田修一内野手の人的補償により、横浜DeNAベイスターズへ移籍[4]。
[編集] プレースタイル
平均球速約137km/h[5]のストレートや縦・横のスライダー、サークルチェンジ、カーブなどの持ち球を低めに集める[6]。2001年、2002年は2年連続でリーグ最多の被本塁打を記録するなど被本塁打が多い。2001年以降先発で起用されているが、近年は血行障害の為に100球以下で降板する事が多く、通算完封回数は2度だけである。
[編集] 人物
シーズン中を含めてブログをほぼ毎日更新する。2008年10月には月間更新回数222回を記録するなど、1ヶ月の更新数をゾロ目にするこだわりがあり、ほぼ毎月ぞろ目を達成している。内容のユニークさもあって「球界No.1ブロガー」として取り上げられることもある[7]。愛犬家でチワワを3匹飼っていることに、ブログでたびたび触れている。
移籍後の登場曲は、「名探偵コナン」のメインテーマ(作曲:大野克夫)である。アニメもよく見ているようで、ブログでも紹介される。原作者の青山剛昌やアニメの声優陣とも交流が深い。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2000 | ヤクルト | 31 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | -- | 1.000 | 137 | 32.1 | 23 | 5 | 18 | 1 | 2 | 36 | 3 | 1 | 18 | 17 | 4.73 | 1.27 |
| 2001 | 27 | 26 | 2 | 1 | 0 | 14 | 8 | 0 | -- | .636 | 707 | 173.1 | 145 | 24 | 64 | 2 | 3 | 124 | 4 | 0 | 62 | 61 | 3.17 | 1.21 | |
| 2002 | 28 | 28 | 5 | 1 | 3 | 10 | 9 | 0 | -- | .526 | 789 | 195.2 | 167 | 25 | 44 | 1 | 5 | 171 | 6 | 0 | 72 | 67 | 3.08 | 1.08 | |
| 2003 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | .000 | 12 | 2.2 | 3 | 0 | 1 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 3.38 | 1.50 | |
| 2004 | 15 | 15 | 0 | 0 | 0 | 4 | 6 | 0 | -- | .400 | 356 | 78.1 | 91 | 16 | 28 | 2 | 7 | 73 | 0 | 0 | 53 | 48 | 5.51 | 1.52 | |
| 2005 | 28 | 27 | 0 | 0 | 0 | 10 | 12 | 0 | 0 | .455 | 740 | 176.0 | 156 | 24 | 64 | 2 | 2 | 143 | 5 | 0 | 70 | 67 | 3.43 | 1.25 | |
| 2006 | 27 | 20 | 1 | 0 | 0 | 7 | 8 | 0 | 1 | .467 | 553 | 128.2 | 124 | 15 | 45 | 1 | 6 | 88 | 4 | 1 | 64 | 63 | 4.41 | 1.31 | |
| 2007 | 25 | 23 | 0 | 0 | 0 | 7 | 10 | 0 | 1 | .412 | 539 | 123.0 | 123 | 18 | 53 | 6 | 3 | 96 | 2 | 0 | 71 | 69 | 5.05 | 1.43 | |
| 2008 | 日本ハム | 19 | 19 | 0 | 0 | 0 | 3 | 8 | 0 | 0 | .273 | 488 | 110.2 | 115 | 11 | 41 | 0 | 5 | 76 | 2 | 0 | 46 | 40 | 3.25 | 1.41 |
| 2009 | 22 | 22 | 0 | 0 | 0 | 7 | 5 | 0 | 0 | .583 | 498 | 114.2 | 120 | 11 | 48 | 0 | 6 | 63 | 3 | 0 | 45 | 45 | 3.53 | 1.47 | |
| 2010 | 巨人 | 23 | 22 | 0 | 0 | 0 | 7 | 3 | 0 | 0 | .700 | 501 | 122.0 | 107 | 16 | 34 | 2 | 6 | 91 | 4 | 3 | 53 | 51 | 3.76 | 1.16 |
| 2011 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 22 | 5.0 | 6 | 2 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 3 | 3 | 5.40 | 1.40 | |
| 通算:12年 | 247 | 203 | 8 | 2 | 3 | 70 | 69 | 0 | 2 | .504 | 5342 | 1262.1 | 1180 | 167 | 441 | 17 | 46 | 963 | 33 | 5 | 558 | 532 | 3.79 | 1.28 | |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] タイトル
- 最多勝:1回 (2001年)
[編集] 表彰
[編集] 記録
- 投手記録
- 初登板:2000年4月1日、対中日ドラゴンズ2回戦(ナゴヤドーム)、8回裏1死に4番手として救援登板・完了、2/3回無失点、初対戦打者:関川浩一
- 初奪三振:2000年4月6日、対阪神タイガース2回戦(明治神宮野球場)、8回表1死に大豊泰昭から
- 初勝利:2000年4月29日、対読売ジャイアンツ4回戦(明治神宮野球場)、9回表に5番手として救援登板・完了、1回無失点
- 初先発:2001年4月4日、対読売ジャイアンツ2回戦(明治神宮野球場)、6回1/3を3失点(自責点2)
- 初先発勝利:2001年4月11日、対阪神タイガース2回戦(阪神甲子園球場)、7回2失点
- 初完投勝利:2001年4月25日、対中日ドラゴンズ5回戦(ナゴヤドーム)、9回2失点
- 初完封勝利:2001年6月17日、対広島東洋カープ14回戦(福岡ドーム)
- 初ホールド:2006年9月27日、対読売ジャイアンツ20回戦(明治神宮野球場)、5回表に4番手として救援登板、4回無失点
- 1000投球回数:2008年8月28日、対千葉ロッテマリーンズ22回戦(千葉マリンスタジアム)、6回裏に里崎智也を右直併殺で3死目をとり達成 ※史上315人目
- 打撃記録
- その他記録
- オールスターゲーム出場:2回 (2001年・2005年)
[編集] 背番号
- 23 (2000年 - 2001年)
- 18 (2002年 - 2009年)
- 99 (2010年 - 2011年)
- 00 (2012年 - )
[編集] 脚注
- ^ 仲直り 公式ブログ 2008年3月5日
- ^ 「日本ハム藤井がFA宣言 移籍希望、球団慰留せず」47NEWS 2009年11月9日
- ^ 国内FA権は2008年は行使者がなく、2009年に藤井と藤本敦士が行使した。入団先が決まったのは藤本(阪神→ヤクルト)が先である。
- ^ “DeNAが藤井獲得=巨人村田の人的補償で-プロ野球”. 時事通信 (2012年1月11日). 2012年1月12日閲覧。
- ^ 『2011プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2011年、183頁。ISBN 978-4-930942-98-2。
- ^ えのきどいちろう「注目の藤井秀悟 「エース級」の仕事期待」どうしんウェブ、2008年3月25日、2010年2月14日閲覧。
- ^ 球界No.1ブロガー! 藤井秀悟の自主トレをのぞき見 スポーツナビ 2010年1月12日
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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